日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「フォークロア」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:島、矛盾、伝説】


 全身に力を込め、青年は地面を蹴る。
 右手には片手剣を、バックラーを装備した左手をやや前に出しつつユウは駆けていく。
 こちらへ襲い掛かって来ようとしているのは、大きめの野犬のようだった。
 だがしかし、その姿形はユウ達が普段知っているようなそれではない。牙や爪は鋭く体格
も大きく、何より身体中に青白い文様がびっしりと走っている。
 魔物。この手の者達はざっくりとそう総称されている。
 魔物。深く地底から現れ、通り掛かった人々を襲う害獣。憎き「魔族」の眷属──。
「……っ!」
 切り結んだ。野犬型の魔物が飛び掛かってくる、その瞬間にユウはさっと身を半分捻り、
バックラーで爪を牙を受け流しながら同時にその腹を剣で薙ぐ。
 どうっと、魔物は地面に倒れ、紫色の血を流しながらやがて動かなくなった。
 剣を一振るいして汚れを拭い、辺りを見渡すと、仲間達も同じく他の野犬らを相手にして
いるのがみえる。
「ぬんっ!」
 一人はユウよりも大柄な、斧を振り回す男性だった。
 身のこなしで敵を捌くこちらのスタイルとは対照的に、彼は持てる膂力に任せて一閃、飛
び掛かってくる野犬達の顔面を真横からかち割る。
 やはり紫色の血を吐き出すその身体に向かって、とどめの叩き斬り。
 正直狩りの効率で言えば、この相棒の方がよかったりする。
「ちょ、ちょっと! 多過ぎぃ!」
 視線を向け直す。もう一人は弓を番える少女だった。
 こちらは間違いなく小柄。だがその矢の狙いは寸分違わず次々と野犬の魔物達の脳天に吸
い込まれている。
 それでも弓使いという戦法上、近付かれる(多数の)相手というのは彼女にはあまりよろ
しくはない。見れば少しずつ、彼女が狙いを向けているのとは別の方向から魔物達が迫って
いた。ユウは眉を寄せ、剣を引っさげて再び駆け出しながら相棒に叫ぶ。
「リキ、ケイのフォローを! 俺と円を描いて捌くぞ!」
「ああ!」
 少女──ケイの背後から迫る魔物達を、割って入ったユウの剣とリキの斧がばさりと薙ぎ
払った。そしてすぐに二人は左右へと展開する。
 ちらり。そして目で「サンキュー」と苦笑(わら)いかけてくる彼女を中心に、時計周り
に立ち回りながら、彼ら三人は暫く、この湧いてきた魔物達の群れの退治に専念することに
なる。
「……やっと、終わったわね」
「だな。まぁ懲りもせずよく次から次へと湧いてくるもんだ」
「仕方ないさ。俺達が“大穴”に近付けば近付くほど、奴らからの攻勢は激しくなる。何た
って敵の本陣だからな」
 青白い亡骸と紫色の血だまりの中をてくてくと歩き、三人はぼやいていた。
 弓を矢を背にしまいつつ、ケイがほっと胸を撫で下ろす。ユウは腰の鞘に剣を収めて盾を
背に負ってから不敵に肩を竦めるし、一方でリキは厚手の布で斧を手入れしながらも慎重な
様子を崩さない。

 ──彼らは、旅をしていた。
 魔族討伐。それは王の名の下募られた、腕に覚えのある者達がその本拠地である“大穴”
へ向けて旅立つ遠征の名だ。この大地のずっと向こう、海のど真ん中に魔族らはこちら側の
世界へ侵入する為の“大穴”を空けており、そこからは日々多くの魔物が溢れ出ているのだ
という。
 その昔、人間と魔族は世界の覇権をかけて戦ったという。
 それはあまりに激しく、大地の少なからずを海に沈めてしまうほどだったそうだ。そして
激闘の末、人間は辛くも魔族と魔物達を撃退し、地底深くに封印したのだと。
 だがそれも……長い時が流れたことで破れ始めたのだという。
 事実“大穴”の出現があった。事実そこから魔物が魔族らが現れては、遭遇した人間達が
その毒牙に次々と倒れている。
 故に王は決断を下した。

“武勇の覚えある者達よ、今こそ世界の危機にその力を振るえ。世界を、救うのだ──”

 かくして以来、王の兵達或いはユウらのような志願した武芸者達は、こぞってこの魔族蔓
延る地“大穴”を目指している……。

「しかし、一体いつになったら着くんだろうな」
「そうだねぇ。私達、結構歩いたよね?」
「まだまだ先だろう? “大穴”にある陸地には、まだ三つほど渡らなければ」
 小休止。近くの岩や木の根に腰を下ろし、ユウがケイが言った。それを荷物から地図を取
り出して広げながら、リキは宥めるように応えている。
 世界地図。その大半は海として記されていた。
 伝承の通り、陸地は大昔の戦争で沈んでしまったというのことか。
 地図上には点々、大陸というよりは島というに近い大地の形が描かれている。実際に歩い
てみると人の足には随分と広大に感じられるのだが、それでもかつて人は今よりももっと多
くの大地を闊歩していたことになる。
(……想像がつかんな)
 リキは、地図に目を落しながら思った。
 復讐と考えれば分からなくもない。
 だがそもそも、こうも限られた自分たち人間の土地に、今更魔族らが侵攻して来るメリッ
トが本当にあるものなのだろうか……?
『──ッ!?』
 ちょうどそんな時だったのだ。休憩を取っていた三人は不意に、自分達の方へ近付いてく
る気配を察知し、一斉にその方向に振り返った。
 そして、驚愕する。
 そこに立っていたのは一人の青年だった。だが明らかに自分達と違う所がある。
 文様があったのだ。顔や手の甲、胸元などの全身に、魔物のそれと同じ青白い文様がびっ
しりと走っていたのである。
「魔族……!」
 ユウが警戒感を露わにし、剣を抜いた。ケイも同じく顔を顰めながらも素早く弓を番え、
驚きつつもリキもそっと傍らに置いてあった斧を手に取る。
「そ、そんな怖い目をしないでくれよ。僕は君達を攻撃するつもりはない」
「嘘つけ。じゃあこいつらは何なんだよ? お前らの差し金じゃねぇのか?」
 最初青年は、そんな三人の臨戦態勢に少々焦ったようだった。
 だがびしりと、ユウが向けてくる指の先──倒された犬型の魔物達の亡骸を見て、彼は何
やら一人納得したらしい。
「……この辺りにも生息圏が。そうか。違うよ、僕らじゃない。大体、差し金とか何とか、
君達は」
「うるさい! あんた達の所為よ! あんた達が……魔族が、魔物が、私達の村を無茶苦茶
にしたんじゃない……っ!」
「……」
 それでも、先手を取ったのはユウ達だった。
 ぶつくさと呟く青年。その顔面に向けてケイが矢を放ち、叫ぶ。しかしそれを彼は咄嗟の
反応でしゃがんでかわし、怒りに震える彼女に言葉を詰まらせた表情をみせている。
「やってやる! “大穴”に着く前の、腕試しだ!」
 ケイと同じくするように吼えて、ユウが地面を蹴って飛び出した。
 引っさげた剣、背中から手を回して正面に構え直した盾。やや低めに軌道を描く銀閃が、
この青年の首筋へと迫ろうとする。
「仕方、ないか……」
 だが次の瞬間、ユウは小規模に爆ぜる炎の直撃を受け、吹き飛ばされていた。
 盾が大きく焦げてへしゃげている。中空を舞い、白目を向いてどうっと地面に転がり落ち
ていく。
 指を弾いた青年の片手。更に払うようにもう一度。すると今度は第二射を撃とうとしてこ
れに驚くケイに向け、冷気の靄を。するとどうだろう、途端に彼女は手足を凍らされ、成す
術もなく同じく短い悲鳴を上げながら地面に転がってしまう。
「……魔法か」
 あっという間に仲間二人がやられ、リキはぎゅっと歯を食い縛った。
 斧を担ぐように構え、苦々しく眉間に皺を寄せる青年を見る。
 魔族が持つ不思議な力・魔法。
 話には聞いていたが、ここまでとは……。
「……お願いだ。武器を下げて欲しい。僕らは君達と争うつもりなんてないんだ」
 その青年は言う。だがリキは表情を緩めることはなく、小さく唇を結んだ。
 これは本当に懇願か? 強者の余裕ではないのか?
 いや、そんな事はどうでもいい。事実として、今目の前でユウ達がやられた。
 二人とは故郷が違う。だが自分達は似た者同士であり、パーティーの仲間なのだ。少なく
ともその二人を見捨てて逃げるような真似は……自分にはできない。
「うおぉぉぉーッ!!」
 両手で斧を持ち上げ、地面を蹴る。
 そんな、勇気を振り絞ってくる彼に、青年は「やれやれ」と左右に首を振ると再度片手を
払って指を弾いて──。


「──んぅ……?」
 それから、どれだけの時間が経っただろうか。
 リキは沈んでいた意識からフッと目を覚ました。見れば同じようにユウやケイも目覚めつ
つあり、お互いに「一体何があった?」と言わんばかりに顔を見合わせている。
「目が覚めたかい?」
 そして、また三人は驚くことになる。
 青年がいたのだ。自分達が倒れていた、そのすぐ傍で。
 身構えようとした。だが気が付けば武器などの装備は既に剥ぎ取られ、青年側にある大き
めの箱にまとめて詰められている。襲われたくないからだろう。当然の対応か。
 いや、何より驚いたのは、今いる場所だった。
 聞こえるのは絶え間なく続く水流の音。着実に暗がりになっていく周囲。こちらを物珍し
そうにしながら泳いでいく、様々な魚の群れ──。
「……海?」
 ケイが最初に代表して、そうぽつりと口にすると小首を傾げた。
 確かにここは海、水中らしい。
 しかし何故自分達は平気なんだ……? そしてその答えは、他ならぬ青年が程なくして教
えてくれることになる。
「そうだよ。君達を、僕らの世界に連れて行っているところだから」
 四人が立っていたのは、大きな大きな泡の中。
 青年は、苦笑を何とか優しい笑顔にしようと努めているようだった。
 だがそれでも先刻そのユウ達当人らから敵意を向けられたのもあって、やはりその表情は
硬くならざるをえない。
 ぽこぽこ。四人を保護するように包み込みながら、この大きな泡はゆっくりと海底へ沈ん
で行っているらしかった。
 暫し、ユウ達は唖然と周りとこの眼前の泡を見比べている。
 試しに軽く突いてみてもビクともしない。これも魔法の一種なのだろうか。やけに弾力が
あって丈夫にできているようにみえる。
「お前達の世界というと……地底か? いや、そもそもお前達は大昔に封印された筈じゃ」
「封印? ああ、人間族(そっち)ではそういう話になってるんだっけ。うーん、やっぱり
一筋縄ではいかないなあ」
 リキが訊ねると、青年は明らかに苦笑していた。
 嘲笑、という訳ではない。言わば気後れというか何というか。肌の青白い文様が妙に深海
の色とマッチしていて、ふと美しいというフレーズがリキ達の脳裏に過ぎっていく。
「……さて。そろそろ着くよ」
 やがて、そうしていると不意に視界が明るくなった。
 見れば眼下に光が溢れている。
 海底──岩盤ばかりだと思っていたのに、何とそこにはいくつかの大きな穴が空いていた
のだ。都市。その穴と海中を隔てるようにして空色の膜が張られており、自分たち人間の都
でも中々お目に掛かれないような壮麗な街並みがそこには広がっている。
「あれが……地底?」
「綺麗……」
「そうだよ。ここから見えるのはごく一部だけど」
 ユウやケイも、色々なものが根元からひっくり返されるようで唖然としていた。
 青年が少し照れ臭そうに頬を掻きながらも、くるりと三人に振り返りながら言った。
「ようこそ、僕らの世界へ。一応衝撃に備えてしっかり立っておいてね」

 ぼこん。まるで半ば膜と同化するようにして、四人を乗せた泡はゆっくりと地底──もと
い魔族らの都市の上空へと降り立っていった。
 見ればあちらこちらに空色の泡が浮かんでいる。都市の建物も青や白を基調として整えら
れており、さも当たり前のように魔族や魔物──青白い文様を全身に持つ者達が思い思いの
時間を過ごしている。
「……何か、想像してたのと全然違うんだが」
「私も。もっとこう、地獄みたいな場所かと思ってた」
「その認識が改まってくれれば幸いだよ。間違いなく、これが事実さ。僕らはちゃんと普通
の生活を、まっとうな生活を送っているんだよ。君達人間と同じようにね」
「……」
 離着陸スペースらしき塔の屋上に泡が降り立って消えると、青年はユウ達三人を案内する
ように塔の階段を降りていった。魔族、地底に封印されし蛮族──。伝承とはまるで違う街
の光景に、三人は終始驚かされっぱなしで彼に続く他ない。
 驚く、という意味では魔族(じゅうにん)側も同じではあった。
 だがこうして人間がやって来るのは言って珍しくはないのだろう。最初は「お?」と珍し
げに視線を遣ってくるが、ユウ達を連れているのがこの同胞の青年だと知ると、何やら納得
したように破顔に戻り、中にはわざわざ気安く声を掛けてくる者すらある。
「よう。クロ、また例の仕事か」
「大変だねぇ……。地上(うえ)で危ない目に遭わなかったかい?」
「大丈夫ですよ。これでも戦士団の一員ですし」
 どうやら彼らの口ぶりからするに、三人にはこの青年・クロの立場とやらが分かってきた
気がした。
 街の人達から信頼されている戦士。要するに騎士団員のようなものか。
 しかし「例の仕事」とは何だろう? まさかわざわざ人間を拉致してくることがそれだと
いうのだろうか……?
「……何も取って食いやしませんよ。さっきも言ったように、僕らは君達と同じような暮ら
しをしてる。肉は食べても、人間を食材になんかしないし。そもそもそんな目的だったら、
倒した相手に治癒の霊力なんて掛けないでしょう?」
『え──』
 そんなユウ達の思考が顔に出ていたのだろうか、クロは肩越しにそう苦笑(わら)いなが
ら言った。まぁ治癒系は、正直得意じゃないんですけどね……。そう何気に恐ろしいことも
言ってのけてながら。
 話し掛けてきた住人達と別れ、四人は再び街の通りを歩いていった。
 言われてみれば確かに、店先に並ぶ食材はどれも鶏やら豚やらといった家畜肉によく似て
いる気がする。尤もそれらは全部、青白い文様──魔物のそれであるように思えるのだが。
(うーんと……。つまりあいつら、眷属を食ってるってこと?)
(分かんねえ。さっきから俺だって混乱しっ放しだしよ……)
(少なくとも武器は箱ごと塔の職員達に持っていかれたからな。下手に動かない方がいい。
どうやら害意はないようだが、こちらの出方次第では魔法の雨霰が降るぞ)
 ぶるっ。ケイとユウは身体を震わせ、互いに顔を見合わせ、そう同じく小声で呟くリキに
何度も頷いていた。恐る恐る。少し前をいく二人の背中とクロと呼ばれたあの青年を視界に
入れつつ、リキはぼんやりと考える。
(霊力……彼らは魔法を、いや本来そう呼ぶのか)
 あの時は防具をつけていたとはいえ、この服には少々戦塵がついている程度だった。
 凄まじいものだ。自分達をあそこまで圧倒した攻撃力にせよ、そのダメージをこうも消し
てしまう技術力にせよ、仮にあの時手加減されていたとしてもよく先人はこんな奴ら相手に
勝てたものだなと心底思う。
(……。本当に、そうなのか?)
 だからこそ、疑問を抱いてしまう。
 あの時の交戦も、目の前に広がるこの風景も、人間(じぶんたち)の“常識”とはまるで
違っているではないか──。
「よう。クロ」
「お疲れさーん」
「お疲れさまです。例の志願兵さん達です。団長、いますか?」
 そうしていると、一行は通りの一角にある大きな石造りの建物へと辿り着いた。仲間なの
だろうか、クロの姿を認めると門番らしき正面玄関の魔族二人がそう気安く挨拶してくる。
 彼は丁寧に応えると、そうユウ達を示して言葉を返していた。
「ちょっと待ってな……」
 そしてこの門番の内の一人が建物の中へと入って暫く。ふと彼はひょいっとまた顔を出し
て来ると、クロともども四人を中へと促してくる。
「──遠路遥々ご苦労だった。まぁ座ってくれ」
 通されたのは、この建物──クロ達の言う戦士団の団長を務める人物の執務室だった。
 その顔は組まれた手はやはり魔族で、青白い文様。佇まいはまさに歴戦の戦士といった風
格で、声色こそ穏やかながら隙一つない。
 妙に柔かく形を自在に変えるソファに腰を下ろして、ユウ達三人は緊張した様子で辺りを
見渡していた。室内には団長と、クロを始めとした何人かの魔族戦士たちが彼の左右を固め
るように控えている。
「先ずは自己紹介をすべきだろうかな? 私はトマス。王都戦士団第二分団の責任者を務め
させてもらっている者だ。途中で聞いたかもしれないが、彼はクロ。君達のような、人間側
の討伐軍を調査・回収する任を帯びているチームのメンバーでね」
「は、はあ」「ちょ、調査……?」
「……つまり捕虜ということですか。いや、違うな。それだけならわざわざ幹部級の目の前
に連れてくる必要はない。一体何のつもりです? 大体、貴方達は我々の知る魔族とはまる
で違う……」
 ここは年長の自分がしっかりしなければ。
 リキはすっかり怯えてしまった仲間二人に代わってそう訊ね返していた。
 ほう? トマスが机の上で組んだ手を弄りながら、じっと目を細めてこちらを静かに見据
えている。
 ──気を抜けない。
 だが対するトマスは、クロを含む周りの戦士達は、これにむしろ困惑や哀しみの感情を滲
ませて応えようとしたのだった。
 嘆息。だがそれは三人への害意ではない。何とか解って貰おう──まるでそう腐心するか
のような暫しの思案顔であったのである。
「……結論から言おう。伝えたかったのだ。君達のその“常識”は間違っている。全くの逆
なんだ。そしてその事実を地上に持ち帰ってもらう、それこそが我々戦士団に託されている
任務であり、我らが首長・大盟主様の御意思なのだよ」
「間違ってる、だと?」
「それに持ち帰るって……」
「……大盟主。その人物が我々で言う所の“魔王”ですか。なるほど、確かにこちらの知っ
ている──知らされている話とは随分違うようですね。その逆、というのは」
「言葉の通りだ。そもそも我々は大昔の戦で人間に“負けてなどいない”──勝っている。
それは先ほど上がってきた報告の通り、君達はクロ相手に痛いほど理解した筈だがね?」
 驚き、戸惑い、思案。ユウ達三人の視線がそれぞれに交わった。
 言わずもがなクロの魔法によって圧倒されたことだろう。悔しそうだったが、ユウもケイ
も思い出し、頷かざるを得なかった。
 なるほど……。リキは顎に手を当てて考え込む。
 これは少しずつ、いやもしかしなくても、彼らは自分の抱いたこの疑問の塊を解き明かし
てくれるつもりらしい。
「我々も今や歴史の資料でしか知らないが、それはそれは酷い戦いだったと聞く。それこそ
大地を穿ち破壊してしまうほどのね……。故に先祖達は逃げたのだそうだ。たとえ戦争に勝
っても、その力の差に胡坐を掻いて人間達を支配しようとすれば、きっとまた大きな争いが
起こる……。だから我々は地底に逃れた。結界系の魔法を使って世界を上下に分かち、此処
に篭ることでもう争いを起こす事も起こされる事もないようにしたんだ」
「ちょ……ちょっと待てよ!」
「そ、それじゃあ私達の戦いはどうなるの!? 封印が解かれたんじゃなきゃ、何で──」
「緩みだよ。魔法だって必ずしも万能じゃないからね。ここ百年ほど、こちら側とあちら側
を分けている結界膜の痛みが激しくなっている。今までは定期的に補修を行うことで繋ぎ止
めてきたけれど……」
「遂に、穴が空いてしまったんだよ。君達が“大穴”と呼んでいるものだね」
 クロからの補足を更に補足するように、トマスが言った。
 ユウがケイが、先ほどから引き攣った顔で震えている。無理もないだろう。今まさに現在
進行形で自分達の当たり前が壊されていっているのだから。
「あくまで自然に劣化したもので、意図的ではない。そもそも人間の側が貴方達を封印した
などという事実はない、と?」
 リキが改めて確認を取っていた。トマス以下、場にいる全ての魔族が確かに首肯する。
「“大穴”が空いてしまったのは間違いなく我々の不手際だ。そのためにこちら側の生き物
達──君達が魔物と呼んでいる者達がそちらへ流入を始めてしまっている。こちらとて生態
系を変えさせるつもりはない。すぐに人員を派遣して、こちらへ連れ戻す作業を行っている
のだが……」
「それが人間に見つかり、魔族の復活という報せになった、と……」
 トマスの言葉を整理しつつ、リキはちらりと横の仲間達を見る。
 ユウがケイが、その魔物の被害によって故郷を滅茶苦茶にされた当人らが怒りをぶつける
先を見失いかけて震えていた。
 本当にすまない──。トマスが場の彼らを代表して深く頭を下げている。
 それでも彼らに襲い掛かるようなら、リキは止めようと思った。だが幸いにも二人はそこ
までの分別は持ち合わせていたようだった。
 実際に魔族が本気になった時の強さを知っていることもあろう。だが何より、魔族に魔物
に侵略の意図など無かったことが、彼らの牙を存外に折ってしまったのだと思われる。
「我々が君達に願うのは一つだ。君達人間が派遣する、討伐軍を取り止めるよう説得して欲
しい。何度か使者を送ったが、そちらの王には敵襲と勘違いされてしまったようでな。だか
ら大盟主様たちは話し合い、こうして君達のような討伐の兵に現実を見せ、内側から彼らの
考えを解していこうと試みている。求めがあればすぐに君達を地上に帰そう。だが、もしよ
ければ、この話を多くの人々に伝えてくれればありがたい」
『……』
 それでも、三人はすぐにはその話に首を縦には振れなかった。
 すぐに信じてしまえなかったこともある。何より危ないことだと程なくして予見できてい
たからである。
 信じて貰えるのだろうか? 彼らは言うが、そう簡単に、こんな話を人々が受け入れてく
れるものだろうか……?
「いきなり……そんなこと言われても、困るよ……」
「あ、ああ。大体、俺達そんな話、全然聞いたことねぇぜ? あんたらの話じゃ俺達以外の
連中にも同じことしているっぽいが、それなら何で今もずっと志願兵の募集が続いてるんだ
って話になるだろ?」
 ユイは戸惑って拒み、ユウはがしがしと髪を掻き毟りながら言った。
 今度はトマスたち魔族の面々が困惑する番であった。
 効果がない? それは、つまり──。
「やはりそういうことなのか……」
 言って、トマスの表情が苦悩に歪んだ。机の上で組んだ手に、ぐいっと垂れた額を押し付
けて何やら考え込んでいる。
「? やっぱりって、どういう?」
「……要するに、他の者達でも聞く耳を持たれなかったということだろう。王達に真実だと
証明できなかったか、或いは」
「或いは?」
「……嘘つき、裏切り者として処罰されているのか」
 ユウとケイが「ひいっ!?」と怯えるのがリキには手に取るように分かった。
 嗚呼、そういうことか。
 大方“魔族に敗れて死んだ”或いは“捕らわれた”とでも人々に広報しておけば情報を隠
すことはできる。
 はたして王達はどれだけを知っているのだろう? 単に信じていないだけで処刑している
のならばまだしも、ある程度魔族の実情(しんじつ)を知ってるのなら、自分達が置かれて
しまったこの状況は今、間違いなく危険極まりないものになる。
「おそらく、君の推測は正しいと思う。実際、過去何度と君達のような討伐兵だった者達を
送り返したが、そうか……。おそらく我々が送り届けた後、同胞に──」
 加えて、トマスの苦渋に満ちた表情と言葉が、その可能性を一層色濃くしていた。
 リキは「すまない」と静かに目を瞑って彼らに軽く頭を下げる。ケイは「そんなぁ、まだ
死にたくないのにぃ……!」と泣きながらユウにしがみ付き、そのユウも行き場を失った、
怒りを通り越した後悔と恐怖でぐらぐらと瞳を揺らし、全身を戦慄(わなな)かせていた。
「ど、どうしましょう? もしそうだとすればこのまま送り帰す訳には」
「だがよぉ、クロ。かといってこのまま彼らを此処に住ませるっても……」
「そもそも俺達にそんな権限ねぇよ。街の皆だってどう思うか……」
 クロや他の戦士達も、戸惑っていた。互いにあーだこーだと意見を口にするが、そう簡単
に解決するものではないことは明らかだ。
『……』
 そんな様子を目の当たりにして、ユウ達三人は互いに顔を見合わせていた。
 アイコンタクト。ごしごしと涙を拭う、震える身体を気合いで押さえつける。リキの眼が
そんな二人の仲間を見ていた。
「行くよ。俺達」
「えっ?」
「帰ります、私達。だってそれ、誰かがやらなくちゃいけないんでしょう? “大穴”さえ
直してくれれば、昔通りの平和を取り戻せるんですし。その為に私達にできることがあるの
なら、な、何だってします!」
「それに……あんたらの話が本当なら、ここはあんたらの土地だろ? そもそも図々しく、
命惜しさに俺達が居ていい場所じゃねえじゃねぇか」
「で、でも──」
 クロが驚く。だがそれを他ならぬトマスが制止していた。
 横に出した手をそっと下ろしながら、彼は二人を見ている。そして更にその横、決断を示
したこの仲間達を静かに見守るリキの微笑みを、彼は確かに捉えていた。
「……本当に、いいんだな?」
「ああ。まも──あんたらの世界の動物達に故郷(ふるさと)を滅茶苦茶にされたのは事実
だけど、それがあんたらが指示したことでもなく野生動物の暴走だってなら、あんたらをぶ
っ殺すなんてやり過ぎだ。俺達の……逆恨みだろ。復讐心がなかったと言えばそりゃあ嘘に
なるんだろうけど、俺が剣を取ったのはあくまで同じような経験をしちまう誰かを増やさな
いことだからさ……。あんたらも止めたいんだろ? なら同じだ。俺達が身体を張って戦い
も魔物が湧くのも終わらせられるなら、俺は協力を惜しまないぜ」
 ぽん。隣の、泣き腫らしながらも気丈に唇を結ぶケイの肩を叩きながら、ユウは言った。
 トマスらが暫し目を瞬いて驚いている。
 無理もないだろう。あれだけ魔族(じぶんたち)への敵意を表していた青年と少女が、事
情を一通り話して気付けば味方についてくれると言ったのだから。
「っと。そういう訳だけど、いいよな? リキ?」
「……ああ。お前達がそう決めたならそうすればいい。俺も一人でここに留まる理由なんて
ないからな」
 はたっと思い出したように、彼と彼女が振り返る。
 リキは微笑(わら)って快諾していた。年の所為だろうか、激情を乗り越えて進んでいく
この二人を見ていて、彼はこの若者達と組んでいてよかったなと思う。
「分かった。ならば急いだ方がいいな。先ず、急ぎ大盟主様にこの情報(はなし)を報告し
に行ってくれ。併せて出発の準備をしよう。……クロ、こんな状況ですまないが、彼らの随
伴役、務めてくれるか?」
『はっ!』
「勿論です。……今度こそ、彼らを無駄にはさせません」
 そうして話は纏まった。
 敬礼をして部屋から駆け出していく魔族の戦士達、キリッと真剣な面持ちをしたトマスと
その求めに応じるクロ。ユウとケイ、リキはそれぞれに互いを見合わせるとこつんと拳を合
わせ、これから始まるであろう帰路に不敵の笑顔を漏らすように努める。


「──それはまことか?」
「はい。当班(パーティー)からの定期連絡が三度連続で途絶えています。それ以後からの
目撃情報もありませんし、おそらくは……」
 一方その頃、煌びやかな王の間にて一人の武官がそう報告の為の謁見を行っていた。
 玉座の上の王。長く蓄えた壮年の薄髭。彼はこの武官の報せを聞き、ふむと顎を擦りなが
らそっと静かに目を細めていた。
「また一つ、若き力が失われたか……」
 ゆっくりと吐き出すように紡ぎ、王は呟く。大儀であった──武官にそう言葉を掛けて退
出させ、規定の事務を執るよう官吏らに申し付ける。
 数日もすれば、彼ら三人の故郷で亡骸なき葬儀が行われるだろう。その時には国から見舞
金が支払われる手筈だ。
 その身を賭して魔族討伐に当たった者とその家族へのせめてもの労い。
 表向きは、そういう事になっている。
『──』
 ちらり。恭しく退出していった武官や下級官吏らの姿がなくなったのを確認し、王は傍に
控える重臣達、その内でも高価な法衣に身を包んだ僧正に密かな目配せをしていた。
 すぐに小さく頷き、そっと玉座の段の袖に引っ込んでいく僧正。
 するとそこには不意に、城内の煌びやかさとは対になるような暗がりの通用口があった。
彼はそこで一人そっと足を止め、音もなく近付いてくる者達に命じる。
「……報告書には目を通したな? 早速頼むぞ。その三人が魔族側に“落ちた”か否かを確
認し、もしそうであった場合速やかに抹殺すること。くれぐれも内密にな。……行け」
 それは彼らに気付き、よく耳をそばだてない限り聞き取れないような小声だった。この老
練の僧正の一言で、物陰に潜んでいた隠密達は、やはり現れた時と同じように音もなく首肯
だけを眼光の揺れとして残し、消えていく。

(──中々どうして辿り着かんわ。流石はかつて人間を滅ぼしかけた魔性の民よ)
(──兵力が削がれるばかりだな。次期の募集枠はもう少し多めに採るとしよう)
 ぽつねん。僧正は彼らの気配が消え去ったのを確認し、再び王の間へと踵を返す。
 冷淡冷酷。王は玉座にじっと座り、細めた瞳の中にこの国運を懸けた戦いの行く末を観よ
うとする。

“何としてでも勝ち取ってみせる。人間(われわれ)には、もっと多くの土地が必要だ”

 時の流れが風化させ、失ったが故に強く欲するもの。
 人を率いる王とその側近達は、今日も今日とて権謀を巡らせるのだった。
                                      (了)

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  1. 2014/05/02(金) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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