──これから毎週、小説を書こうぜ?
毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。
【今週のお題:天使、諺、ヒロイン】
ある意味、これが何よりの青春であるのかもしれないが。
登校後の空き時間。恭平は教室(クラス)の片隅に着いたまま、ぼんやりとこのざわめき
の中に身を潜めていた。
「……」
肩幅の広い、ガタイの良い体格。何よりも切れ目の鋭い顔の作り。
恭平はいわゆる強面な少年だった。
それでも……彼だって年頃の男子だ。恋の一つくらいはする。いや、まさにその真っ只中
なのである。
「──で、そいつが言ったのよ。ばっかみたいでしょー?」
「ふふ。それはそうかもしれないけど……あんまり酷く言うのは可哀相だよ~」
視線はずっと、それとなく一人の女子生徒に向いていた。
ほぼこちらとは対角線上、とある女子達の集団。そこに一人の少女が笑っていた。
ぱあっと咲き誇るような優しい微笑み。輝きが散らばるような錯覚。
勿論、それは恭平の目にしか映らない錯覚なのであったが──そんな脳内補正(もの)を
抜きにしても、彼女は魅力的に映るのだった。
滝沙弥花。それが彼女の名前だ。
ずっと、恭平が出会ってからずっと、その想いを寄せている少女である。
(ああ、やっぱ可愛いなあ……滝……)
にへら。恭平は密かに、この日も彼女の横顔を遠巻きに愛でながらも、ハッと我に返って
はその緩んだ表情(かお)を引き締め直していた。
いかんいかん。まるで変態じゃないか。バレてはいけない……。
恭平はまだ胸がどきどきするのをそっと押さえつつも、敢えてその視線を窓の外へ、彼女
とは反対側に移す。始業時間も近いこともあり、流石にもう登校してくる生徒達でごった返
す頃合は過ぎているようだ。時折ぽろぽろ、遅れ気味な生徒が駆けて校舎へ入っていくのを
確認できる程度である。
(……以前は、俺もあそこの常連だった筈なんだけどな。変われるもんだ)
片肘をついて頬を支え、恭平は声もなく自嘲(わら)っていた。
元より色々事情はあるにせよ、お世辞にも自分はいわゆる模範生とは言い難い。むしろこ
んな風体のせいで勘違いされがちで、実際に後先を考えずに突っ走ってしまう事も多い。
なのに、この習慣だけは、何とか現状維持している。
朝早い時間に登校すること。その為に逆算して、早く家を出ること。
全ては彼女の顔を見ていたいがためだった。自分とは違って元より優等生な彼女の行動帯
に合わせようとすると、こうするしかなかったからだ。
それでも、だからといって肝心の彼女と何か進展があった訳ではない。相変わらずだ。相
変わらず自分達の関係は何一つ直接的なそれはなく、ただクラスメートというふわふわとし
た安定性も何もない繋がりしか持たない。
しかし……一方で、恭平はもうそれでいいんじゃないか? と、そう思うことがある。
聞かないのだ。自分が知らないだけかもしれないが、あれだけ誰にも優しくて可憐な彼女
について、浮ついた噂を聞いた試しがないのだ。
曰く、実は今まで何度となく告白はされているが、全部断っているとか。
曰く、実は周りの親しい女子達が、彼女を男の毒牙から守るべく暗躍しているとか。
曰く、いやいや実はただの猫被りで、その本性は千年の恋も冷める凶悪女だとか。
(いやいや。流石にそれはねぇだろ……)
きっと半分以上は願望を込めて、恭平は一笑に付していた。
彼女は、滝はいい奴だ。そう自分は思うし、信じたい。
だって──あんな事があったから。
だから事実、こういった他人からの評(うわさ)に羨みとやっかみが混在しているにして
も、せめて自分は彼女の味方でありたいと思う。
「……」
しかし。恭平はこっそりと視線を向こう側の沙弥花に遣りながら思った。
どだいそれは綺麗事なのかもしれない。ただの頭の中の勝手な願望なのかもしれない。
何せ相手はいわば高嶺の花、皆に好かれる優しい子。
一方で自分はというと、周りからは“ケンカ番長”なんて認識をされている不良くずれ。
釣り合う筈なんて……無いんだ。
「おーい、ホームルーム始めるぞ~。席に着け~」
ぐったり。改めて思い至ったことで自分の席に突っ伏し、恭平はやがてドアを開けて入っ
て来た担任教師の声を聞いていた。
お喋りが徐々に鎮まっていく気配。皆が席に戻る足音。委員長の「起立、礼」の掛け声。
立ち上がり、急に気だるくなった身体をいつものパターンに嵌めながら他の皆と同じよう
に再び席に着き直すと、恭平は今日もまた悶々とする一日を迎える。
──それは、まだこの高校に入学して間もない頃の話だ。
俺は迷っていた。思った以上に広い敷地に、知り合いも何もなくふらっと歩いてしまった
ことで完全に道を見失っていた。
(や、やべぇ……)
真新しい下ろし立ての制服。春の陽気。あちこちで咲き誇る桜の花。
なのに俺は身を硬くして立ち往生していた。
恥ずかしさもあったのだろう。まさかこの歳になってまで迷子になるなんて。手には入学
のしおり──校内の地図も載ってはいたが、先ず現在地が分からなくなっている以上、この
まま動き回れば泥沼に陥りそうだった。
勿論、訊こうとはした。恥はかき捨てなんて云う。
だけど……誰も応えてくれなかった。制服のカラーからして様子からして同じ新入生だと
思われる生徒達を途中で見つけては話し掛けようとしたのだが、皆が皆、俺の焦りをプラス
した顔に怯えて逃げ出してしまっていたのだ。
『……何も取って食いやしねぇのに』
だから諦めかけていた。高校(こっち)に来ても腕っ節云々の噂は届いてしまっているら
しかった。
嗚呼、このままじゃ入学式に間に合わない。
こんな事なら、もっと遠くの学校を受験しておけば──。
『どうしたの?』
ビクッと身体が強張った。そんな時、ふと後ろから掛けられる声があったからだ。
正直、振り返るのが怖かった。
女の子の声。
俺が“狂犬”吉住(よしずみ)だと分かれば、またこの子も……。
『一人でどうしたの? 入学式、始まっちゃうよ?』
なのに彼女は──滝沙弥花は全く怯えていなかったのだ。
もしかしたら当時、俺の話を聞いたことがなかったのかもしれないけど、あの時の彼女は
とても美しく見えた。咲き誇る、さらさらと流れる桜と春風を背景にして、まるでその姿は
救いの女神であるかのように感じられて……。
『……あ、いや。その……迷っちまってさ』
『あっ、そうなんだ。じゃあ一緒に行こう? 私もちょうど向かっていた所だから』
言って、滝は嫌味の一つも言わずに笑ってくれた。微笑み。とことん優しくて、お人好し
な笑顔を向けて俺に手を差し伸ばしてくれたのだ。
あの瞬間、あの日あの時点では自分でも気付かなかったんだけれど。
恋に落ちていた。
そんな屈託のない彼女に……俺は、心を奪われていたんだ──。
「どうしたんです、恭平さん?」
なのに、無粋でむさ苦しい、だけど聞き慣れた声がそう思い出に浸っていた恭平を現実に
引き戻した。
すぐ、やや斜め正面。そこに購買のサンドウィッチを頬張りながらこちらにあっけらかん
と目を遣ってきている男子の姿があった。名を細川。恭平の一の徒弟を名乗る後輩である。
「……何でもねぇよ」
焼きそばパンの残りを齧りつつ、恭平はばつが悪そうに呟いた。細川も頭に小さな疑問符
こそ浮かべていたが、特にそれ以上追及してくることはなく紙パックの牛乳をストローで吸
っている。
見渡せば──いつもの風景。男ばかりのむさ苦しい絵図。
時は昼休み。恭平はいつしかこの時間になると屋上の一角、給水タンク群の陰に陣取って
は仲間達と暫しの休息を取ることが当たり前になっていた。
わいわい、がやがや。揃いも揃って男ばかりが集まっては飯を食ったり、或いはとうに食
べ終わって携帯ゲーム機で遊んでいたり、賭け花札をしていたり。
サァっと、記憶の中のあの美しい情景が粒子になって消えていくような気がした。
恭平は眉を顰め、しかし面と向かって彼らに愚痴を垂れることもできず、嘆息をただ茶を
飲む動作と共に呑み込むしかない。
……そもそも、何でこんなに野郎ばかりが自分の周りに集まるようになったのか。
確かに中学の頃から、自分は何かと喧嘩の類に巻き込まれることが多かった。だがそれは
仕掛けてきた連中がいたからで、暴力に物を言わせてやりたい放題する馬鹿どもが許せなか
ったからで、こんな──派閥(ファミリー)の頭(ドン)みたいなものに収まろうなどとは
考えていなかった。それを気付けば、あれよあれよと舎弟を名乗る連中が増え、妙に統制が
取れてしまい、現在に至る。
(大体こんなんじゃ、滝どころか女の子の一人も近寄れねぇだろうがよぉぉぉ!?)
嗚呼。恭平は空になった茶の紙カップをぐしゃりと握り潰し、そう声にならない煩悶で頭
を抱えていた。途中、そのさまを見て細川が「おいおめーら、恭平さんが悩んでるぞ。あん
まり騒ぎ過ぎんなよー」と場の面々に軽く注意していたが……違う、そうじゃない。
「ん? なぁあれ、滝ちゃんじゃね?」
「──ッ!?」
そんな時だった。それまで雑談と持ち込んだゲームで遊んでいた面子の一人が、ふと間近
にある柵越しから眼下を見下ろしてそう口にしたのである。
「あ、本当だ。何であんな所に……」
数人、周りの面子がその言葉に視線を一にしていた。恭平も半ば反射的に、ハッと顔を上
げると彼らの方へ、柵の方へ地面を蹴る。
そこはちょうど、立地的に校舎裏の空き地だった。
こうして皆で屋上にいたからこそ看破できた一コマ。そして恭平は仲間達と、そこへとや
って来た沙弥花とその向かう先を見遣り──絶句する。
「誰かいるな」
「男子っぽいな。これって、もしかして滝ちゃんが呼び出されたってことか?」
「……」
柵にぎゅうぎゅうと野郎ばかりが集まり、恭平達はその一部始終を覗いていた。
勿論、こういうのは決して褒められたことではないのだが……気になる。あくまで他人事
な仲間達とは対照的に、恭平の心臓は加速度的にその鼓動を激しくするばかりだった。
「何か話してるっぽいが……ここからじゃ聞こえねぇな」
「でもこれって、もしかしなくても告白じゃね? 男の方が何か必死っぽいしさ」
そう、告白。彼女を呼び出しての、愛の告白。
仲間達ののんべりとした様子を余所に、恭平は祈るような気持ちでこの遠く眼下の様子に
目を凝らしていた。
遠巻きだから確証は持てないが、うちのクラスの奴じゃない。むしろだからこそ、放課後
は運動部があちこちで走り込みなどをして通り掛かる可能性があるからこそ、今この時間帯
を狙って呼び出したのではないか?
男子生徒は身振り手振り、必死になって沙弥花に何かを伝えようとしていた。
それを──気のせいかもしれないが──対する彼女は、何処か困ったように聞いているよ
うにも見える。胸元にそっと両手を添え、こちらはじっとただ相手の言葉を聞いているよう
に思える。
「あっ」
「頭下げた……」
するとどうだろう、程なくして沙弥花はこの男子生徒に向かって頭を下げていた。
何度も、何度も申し訳ないといった様子で。
それは対するこの男子が明らかに落胆しているさまからも彼女の返事が「否」であったこ
とを物語っている。
(滝……)
内心、ホッとした。だがすぐに恭平はそんな感情を抱いた自分が酷く醜く思えた。
振られたかー。まぁあの滝ちゃんだしなー。すっかり集合して覗き見ていた細川達が互い
に顔を見合わせて苦笑している。他人事なのだろう。まさか、仮にも自分達のリーダーをや
っている自分までもが彼女を狙っているとは考えていないようだ。
「……ぼちぼち片付けるぞ。あんまり他人のあれこれを覗き見するのも、悪ぃし」
恭平は複雑な感情を押し殺し、サッと踵を返し始めていた。
ういーッス。細川達も気だるくも妙に統制の取れた返事を重ね、すぐ後をついて来て場の
後片付けを始める。
『──ごめんなさい。本当にごめんなさい』
だから、屋上からは遠過ぎるから、恭平達には聞こえていなかった。
『私と関わっちゃ……駄目なんです』
ショックで灰色になってゆくこの男子生徒に、沙弥花が何度も何度も涙目になりながらも
頭を下げて謝り、そして逃げるように駆け出していくさまを。
「──んぅ?」
そしてその瞬間(とき)はやって来た。灯りの落ちたままの自室の布団から、恭平はむく
りと起き上がっていた。
手を伸ばし、枕元の携帯電話を手に取って時刻を確認する。
午前一時九分。少し仮眠を取り過ぎたか。
「起きなきゃ……」
この日もいつものように布団を部屋の隅に纏め、そそくさと身支度を済ませる。外での作
業ということもあって格好は決まってジャージの上下だ。つい立一枚隔てただけの弟を起こ
さないように気を配りながら、恭平は廊下に出る。
「んじゃ、母ちゃん。行って来るわ」
「あいよ~。気を付けてな」
一部屋、台所だけ電気を点けて家計簿と睨めっこをする母に一声を掛け、恭平はそのまま
家を出発した。
新聞配達(アルバイト)である。あまり裕福ではない一家の家計を助ける為、恭平は入学
直後からこのバイトを始めていた。
空はまだまだ明け切らず、じわりと暗闇。
眠気とはどうしても共存しながらでなければやっていけないが、この仕事の後もまた軽く
寝てから登校することになる。だが自分で選んだ道だ。
「……ん?」
そんな行きがけの途中だった。いつものように夜の街を歩き、とあるコンビニの前へと差
し掛かった時、恭平は思いもよらぬ人物を目の当たりにしたのである。
『~♪』
沙弥花だった。他ならぬ沙弥花が駐車場を隔てたコンビニから出て来、その両手にいっぱ
いのお菓子を抱えてご満悦な表情を浮かべていたのだ。
(何で……滝が……?)
恭平は思わず足を止め、遠巻きにその様子を見ていた。
どうやらお菓子を(まだ自分達は子供だが)大人買いして来たらしい。普段天上の存在の
ような穏やかさと清潔さを醸し出している彼女の、意外な一面。恭平はそんな偶然の眼福に
つい頬が緩んでしまうが、すぐにハッとなって怪訝に目を瞬かせる。
自分のような早朝バイトならいざ知らず、女の子がこんな夜中に一人で出歩くなど……。
『──や、──すね』
だが次の瞬間だった。ぼうっと目を遣っていた恭平の眼前で、いきなり駐車場に停まって
いた黒塗りの車から数人の男達が出現、彼女を取り囲んだのである。
驚き、恭平は顔を引き攣らせてその様子に目を凝らした。
ぽろりと、幾つかお菓子の箱がこぼれている。沙弥花は彼らを見て明らかに「拙い」とい
った表情をしていた。店の裏手側、ちょうど物陰になっているそこはこちらとコンビニの敷
地の向かい──大通り側からはL字型になって直接見ることはできない。
恭平はぎゅっと唇を結んだ。
沙弥花(かのじょ)が身を硬くしている。嫌そうにしている。
ぐっと、アスファルトの歩道を踏み込む両脚に力が入る。
「てめぇら! 滝に何してやがんだッ!」
相手は皆大人、どう見たってヤバそうな黒スーツ。大体今はバイトに向かう途中で、ここ
で暴力沙汰を起こせばほぼ間違いなくクビになる未来図が視える。
それでも恭平は地面を蹴り、男達に向かって叫んでいた。……好きな人のピンチに何もで
きず、何が番長だ。男だ。
えぇいままよ、どうとでもなれ……!
気付いた時にはあれこれ考えるよりも速く、身体が動いていた。
「ああ? 何だおま──げふっ!?」
先ず、一番に彼女の近かった男に飛び込みながらの先制左ストレート。出し惜しみは一切
なし。今まで何人もの不良どもを叩きのめしてきた、誰が呼んだか鋼鉄の左手。半ば奇襲を
受ける形で、この黒スーツはこちらの一撃をもろに顔面に受けると、そのまま敷地を仕切る
壁の方へとぶっ飛ばされる。
「何だァ?」
「おい、取り押さえろ!」
勿論他の黒スーツ達は驚き、しかし次の瞬間には標的をこちらに切り替えて襲い掛かって
きた。それでも恭平は怯まない。伊達に喧嘩に巻き込まれ続けた身体じゃない。単に組み掛
かってくる程度の動きなら、よく観察すれば後は身体が反応して(さばいて)くれる。
次々に、男達が恭平に体の空きに潜り込まれ、足を払われ、アスファルトの上に転がって
いった。とはいえそれで撃退できるほど小心者な筈もなく……程なくして沙弥花を庇うよう
に身構える恭平を、このスーツの一団は改めて取り囲んでしまう。
「……大丈夫か、滝? ここは俺が何とかするから、急いで逃げろ!」
「えっ!? よっ、吉住君。ち、ちが」
「ほう。ガキかと思えば結構やるじゃねぇか」
そうして前に出て来たのは、彼らのリーダー格と思しき男だった。
着こなした上物の黒スーツに豹柄なネクタイ、意図的に切れ込みを添えた丸刈り頭と真っ
黒なサングラス。
明らかに他の男達とは格が違う……。恭平は一目見てその秘めたる力量を感じていた。
互いに構える。睨み合う。
正直言って、多分自分では勝てない。
せめて今も背中を握ってくる彼女を、何とかこの場から逃がす隙さえ出来れば──。
「虎之輔さんも止めて! 彼は、私のクラスメートなんですってば!」
「……へ?」
だが次の瞬間、恭平は聞いてしまった。
背後で必死になって叫んだ沙弥花の言葉。それは、まるでこの男達を知っているかのよう
な口ぶりで……。
『ごっ──』
「ご学友、ですって?」
「……これは失礼。危うくお嬢ゆかりの方を殺めてしまう所でした」
「お、お嬢?!」
するとどうだろう。沙弥花のその一言で、目の前の男達から一斉に殺気が抜けていくのが
分かった。乱れたスーツを整えながら、怪訝ながらも害意を収めていく彼ら。特に虎之輔と
呼ばれたリーダー格は、さらりとそんな物騒なことを呟きながらも丁寧に軽く頭を下げすら
してくる。
「あの……滝……」
ギチギチ。恭平はまるで全身が錆び付いたブリキ人形のように、ゆっくりと振り返りなが
ら沙弥花に訊ねていた。
もしかして。
もしこの理解が正しければ、自分はとんでもない勘違いを……。
「……う、うん。皆が怖がっちゃうから、学校とかでは絶対に言わないようにしているんだ
けどね?」
もじもじ。そして彼女は、ばつが悪そうに顔を赤くしながら、買い物袋を抱えた両手の指
先を何度も擦り合わせながら告白する。
「私の家、極道なの。谷川組っていうんだけどね。お父さんが……そこの組長」
「──」
嗚呼。色んなことが頭の中で急速に符合していった。
こんなにいい娘なのに、浮いた話の一つもないこと。
そりゃそうだ。こんな“本職”たる一家に本気で命を懸けよう(ちょっかいをかけよう)
と思う奴なんて、そうそういるもんじゃない。
(なんてこった……)
白目になって、真っ白になって、硬直する。
時既に遅しに過ぎるのは重々に分かってしまっていた。
それでも恭介は、この恋がとんでもなく危険なものであることを認識せざるをえなかった
のである。
“綺麗な花には棘がある”
そんな言葉が、猛スピードで脳裏を掠めていきながら。
(了)
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- 2014/04/27(日) 21:00:00|
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