日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅳ〔50〕

「少ーし……遅かったガネ?」
 白衣の“使徒”が哂っている。イセルナ達はこの眼前に広がる光景に少なからず青褪め、
絶句していた。
 つい先程まで閉ざされていた、この塔頂上を覆う石材のドーム。
 その中でアルスとエトナ、セドやサウル、ファルケンの五人が深手を負って倒れ込んでい
たのである。
「アルス君!」『アルス様っ!』
 イセルナが、リンファやサジが、次の瞬間には慌てて彼らの下へと駆け寄っていった。
 ゆっくりと身体を抱え起こそうとする。脇腹や胸、じわりとアルス達の身体は赤に染まっ
ており、その面積が出血の酷さを物語っている。
「盟約の下、我に示せ──水脈の中癒(プラルヒール)!」
 思わず眉を顰めて唇を噛み、それでもイセルナは呪文を唱えた。
 抱えたアルスの胸元に手をかざし、現れた水色の魔法陣、光と共に治療を施していく。
 周りでは、一緒に乗り込んできた仲間達も残る四人を囲っていた。リンファやサジは心配
そうにこちらを覗き込んでいるし、魔導の使えるトナン兵が同じように治療を始めていた。
更にマルタは竪琴(ハープ)を抱えて聖譚曲(オラトリオ)を歌い、アルス達を身体の芯か
ら癒してくれている。
「……」
 その一方で、皆に介抱される父(サウル)の姿を、サフレだけはじっと目を細めて見つめ
るしかしなかったのだが。
「すまねぇ……。助かった」
「礼なら後にしてくれ。こんな化け物を前にして聞ける台詞じゃねぇよ」
「全くだ。立てるか? エイルフィード伯、フォンティン侯、ファルケン王」
「ああ」
「何とか、な……」
 やがてトナンの兵達に支えられながら、セド達も何とか復帰しようとしていた。
 それでもセキエイやウル、四魔長は皆を守るようにずらりと横並びになり、身構えたまま
警戒を怠らない。
 そんな彼らの正面には──戦鬼(ヴェルセーク)。こちらを睥睨する漆黒の巨体。
 既にその両腕から形成された刃は主(ルギス)からの指示を待ち侘びており、今にも振り
かぶられそうな程だ。
 アルスが、エトナが続いて意識を持ち直し、イセルナらに支えられて立ち上がる。五人か
ら三十人近くになった。それでもまるで打ち勝てるような気がしない。それはひとえにこの
鎧騎士の後方で佇むルギスやリュウゼン、黙したままの“教主”の威圧感故なのだろう。
「おい、何ぼさーっとしてんだよ。回復してっぞ、あいつら」
「構わんのだガネ。むしろ時間を掛けてもらった方が、こちらとしては好都合だろウ?」
 両手と頭に輪状の魔導具を装備しているリュウゼンが、中々ヴェルセークに迎撃の指示を
出さないルギスをちらっと見遣って言った。
 それでも当のルギス本人は尚も余裕綽々といった様子だ。眼鏡のブリッジを指で押さえて
そう応えると、リュウゼンはさも納得したかのように小さく頷きながら、そこはかとなく視
線を彼から逸らしている。
「……皆さん、気を付けてください。あの白衣の男……只者じゃない」
『えっ?』
「コーダスさ──戦鬼(ヴェルセーク)にやられていたんじゃないの?」
「それも、あるけどね。だけど、あたし達にこの一撃を入れてきたのはあのガリ白衣だよ。
あいつ、一瞬で何個も魔導を使ってきたの。詠唱だって殆どなかった」
「お前らも気付いていたか。そうだよ。どうやらあいつも“色持ち”らしい。こりゃもう、
魔人ども(れんちゅう)は基本的に皆そうだと考えて間違いないだろう」
 まだ呼吸の荒いアルスの一言。エトナの言葉にセドが続き、彼はぎゅっと文様入りの手袋
を新しく着け替えていた。
 色持ち? イセルナ達は頭に疑問符を浮かべて一瞥したが、今は悠長に質問をしている時
ではない。少なくとも先ず交わすべきは、必要最低限の状況報告だ。
「四魔長の皆さんから話は伺いました。王達はうちの団員達で外に逃がしました。今、中程
の層で正義の盾(イージス)と正義の剣(カリバー)、七星・ロミリアの兵力が追って来た
魔人(メア)達を食い止めています。市民の皆さんの避難も終了しました。後は大都を取り
戻すだけです。だけ……なんですが」
「ああ、分かってる」
「コーダス君を、助けないとな。むしろ私達はその為にここに残ったようなものだよ」
 セドがサウルが、そう途中まで言い終わったイセルナを声で制し、肩越しにフッと微笑み
掛けて応えた。
 やはり初耳だったのだろう。リンファやサジ、サフレ達はそんな遠く眼下で続いている状
況を聞いて目を丸くしていたが、ちらと目を合わせたアルスとエトナの力強い首肯と眼差し
を見て全てを悟る。
「揃いも揃って……。いや、俺もその一員か。ま、シノ皇やハウゼン爺さん達が無事だって
ならもう気兼ねは要らねぇよな。第二ラウンドと洒落込もうぜ!」
 そして鎧戦斧(ヴァシリコフ)を大きく振り払って呵々と笑ったファルケンの声が合図と
なった。前衛と後衛。イセルナ達は二手に分かれ、一斉に得物を抜き放って身構えると戦闘
態勢に入る。
『……ルギス。もう暫く“遊んで”やれ』
 するとそんな一同に応じたのか──いや、何処となく虚空をみていたような──“教主”
がそう呟き、命じた。
 仰せのままに。ルギスが眼鏡のブリッジを押さえたまま顔を上げ、もう片方の手をさっと
横に振って合図する。戦鬼(ヴェルセーク)が吼えた。残りの間合いを一挙に詰め、両腕の
刃を振るい、四魔長やイセルナら前衛組と激しくぶつかっていく。
「この鎧もだが、あの白衣野郎には気をつけろ! さっきの感覚が、俺の記憶が正しければ
あいつは《白》だ。どんな相手の特性もコピーできる。下手に攻撃を撃つのは自分で自分の
首を締めるだけだぞ!」
 すかさず後衛組が詠唱に入る。そんな中でセドが叫んでいた。
 コピー。彼はさらりと口にしたが、イセルナ達にもそれがこちらにとり大きなネガティブ
材料であることくらいは解る。
 背後で魔法陣が、銃口が輝き、向けられていく。
 一対十人以上。なのに集まった切っ先は火花を散らすばかりで狂化霊装(ヴェルセーク)
の硬い装甲を中々打ち破れない。
「ぐぅ……。リュウゼン、さん……っ!」
 セキエイは絞り出すように声を出していた。オーラで強化した拳で全身で、この行く手を
阻む鎧騎士を押し返そうとする。
「──」
 彼がその背後にみていたのは、リュウゼンだった。
 ヴェルセークに加え、ルギスの陰にそっと半分身を預けるようにして魔導具の制御に集中
している同じ鬼族(どうほう)。
 ちらつくのは記憶。二人を繋ぐ、過去(きおく)。
「何で……何であんたが“結社”にいるんだ!? やっぱ恨みなのか? テンドウさんが、
テンドウさんがあんなことになったから、あんたは──」


 Tale-50.檻の只中、叫びは満ちて

 斬り飛ばされた右手の断面から、切り裂かれた胸元や口の中から血が溢れてくる。
 だがそんな肉体的ダメージよりもジークに一撃を入れられたという事実、精神的ダメージ
に当のバトナスは只々唖然としていた。
(接続開始(コネクト)……? こいつ、何を──)
 だがのんびりと思案している暇は無い。
 次の瞬間には二刀を引っさげ、常人には明らかに不釣合いな量のオーラを纏って突撃して
くるジークの姿がある。
「くっ……!」
 受けてはいけない。今し方の結果からして、バトナスはそう半ば本能的に思った。踏み出
すのではなく一旦迎え、一撃目の突きを身を返してかわす。続く斬撃は先程の──すぐに向
かい直ってきたジークの右側に重心を移して身体を傾け、即座にその横へと割り込むように
しながら回避する。
 まだ残っている左の拳を放っていた。
 先程よりも強く、より魔獣化させて力を込めた一発。だがジークは眼前に迫るそれを寸前
の所で仰向けになってかわし、拳の下を身を反転させながら跳ぶ。
 全身を回転させながらの二刀だった。
 対するバトナスはそれに対して左の背を向けている格好。彼は咄嗟に左脚を滑らせ、腕と
共に防御のラインを作る。
 ガキィンッ! 最初とは比べ物にならないほどの衝撃が左の腕と脚から伝わった。
 押されている。俺と……競り合っている。バトナスは深く顔を顰めた。全身にざわっと悪
寒が走るのが分かった。
 受けちゃ駄目だ。耐え切れない。
 事実、防御に回した手足は悲鳴を上げ始めていた。びちびち。二刀の刃、纏うオーラに触
れた箇所が次々と裂傷をきたしていく。
 聖浄器──! バトナスはすぐに気付き、侮っていた自分を殴り殺してやりたかった。
 そうだ。こいつの得物は聖浄器だった。
 護皇六華。告紫斬華(シキのけん)と対をなす業物。
 これまでは当人の力量がずっと格下だからと高を括っていたが……今は違う。一体どんな
細工をしたのかは知らないが、今目の前のこいつは魔人(おれたち)のパワーにスピードに
ついて来ている。聖浄器本来の、対魔用武具としての真価が発揮され始めている──。
「ぐ、おぉぉぉぉぉーッ!!」
 右脚で全身で踏ん張り、バトナスは多数の裂傷を抱えながらもジークを弾き飛ばした。腕
に脚に、押し付けられた傷が血を吐き出す。治癒が遅い。聖浄器の力が魔人(メア)の再生
能力を阻害しているのだ。
 ジークはすぐにまた突っ込んで来た。だんっと着地し地面を蹴り、素早い斬撃や刺突を繰
り出してくる。
 バトナスはかわした。受ければ無駄に傷を増やすだけだ。
 オーラの練りも魔獣化も、半端なものでは意味を成さないだろう。
 左右上下。紙一重でジークの連撃をかわし、少しずつ後退しながら、彼は頬までの全身を
隈なく魔獣化、オーラを一気に練り込んで反撃の機会を窺う。
「っ、らぁッ!」
 バトナスの左拳と、ジークの横薙ぎの刃が激しくぶつかった。
 ぎちぎち。互いの力が相手を押し返そうとし、小刻みに震えている。
 やはり片腕だけじゃあ厳しいか……。そうバトナスは眉を潜めて──ふと視界、ジークの
背後遠くに立ち、不安げにこちらを見つめているリュカの姿を認める。
(……あいつは確か、竜族(ドラグネス)の魔導師。ん? 待てよ……)
 そしてバトナスは気付いた。視線をすぐさま眼前のジークに戻し、その仮説が正しいこと
を確認する。
 ストリームが在ったのだ。よく目を凝らせば、ジークの背中にストリームが一本、挿し込
まれている。だが本来こんな現象は起きない。魔流(ストリーム)とはありとあらゆる空間
に存在するマナの気流のようなものだ。呼吸するようにそこからマナを拝借──取り込む事
はしても、こうも直に、物理的に刺さるなんてことは先ず自然には起こらない。
(そういうことか……!)
 ジークを弾き飛ばし、バトナスは犬歯を剥き出しにして嗤った。
 好戦的な狂気が戻ってきた。からくりさえ判ってしまえば何てことはない。
 再度地面を蹴ってくるジーク。だがバトナスは、その太々と魔獣化させた左腕を彼にでは
なく、すぐ目の前の地面に向かって打ち込んでいた。
 一瞬にして石畳が割れる。土埃と岩石が飛び散って両者の視界を寸断する。
 ジークは慌てて突撃に急ブレーキを掛け、立ち止まっていた。
 奇襲を掛けるつもりか? だが当のバトナスから攻撃が飛んでくる様子はない。二刀を構
えていつでも防御できるようにしたまま、彼はじりっじりっと注意深く回り込み始める。
「……」
 そんな相手の様子を、バトナスはしっかり気配で感じ取っていた。
 案の定、あまり時間は取れない。だが充分だ。
 乱れた息を整えながら、バトナスはくわっと目を見開いて力を込めた。
 次の瞬間、起こったのは変化。ジークに斬り落とされた右手、その断面が急速に盛り上が
ってはボコボコと沸騰し、骨格から肉、真皮と瞬く間に失われた右手が再生していく。
 この為の煙幕だった。いくら魔人(メア)とはいえ、腕の欠損を治すには相応に持てる力
を集中させねばならない。そして現状、ジークがあの豹変を経た状態では、彼からの攻撃を
捌きつつこれを併行するのは難しかったのだ。
 さながら人体模型な右手。しかし形と感覚が戻れば充分。左腕と同様、バトナスは右腕も
一挙に魔獣化──強化させてコキコキと骨を鳴らした。
 ややあって濛々としていた土埃が晴れてくる。ジークはすぐには突っ込んで来なかった。
散っていく煙幕の隙間から、再生を果たした右手を確認したのだろう。ぎゅっと眉間の皺が
更に深くなったのが距離を取っていても分かる。
「……要するに、ドーピングみたいなもんだろ?」
 ぴくん。ジークが無言のまま身体を強張らせるのがみえた。間違いない、バトナスは全身
に改めてオーラを纏わせながら嗤う。
 つまり、この少年(ガキ)はストリームを自身の身体に直挿ししたのだ。奴は魔導の心得
があるようではないし、あの時のやり取りから後ろの竜族(ドラグネス)が近場に流れてい
たストリームを掴み、彼に挿し込んだのだろう。
 確かに可能だ。ストリームとは流れゆくマナの束。その流れの先を自分自身にねじ込ませ
れば、抱え込めるマナの量は爆発的に増大する。奴が急に魔人(こちら)のレベルに追いつ
いてきたようにみえたのはそのためだろう。
 だが……それは所詮、付け焼刃だ。一時的な強化でしかない。そもそも──何度も何度も
使い倒した後ならいざ知らず──それで導力が上がる訳ではなく、常人の身体ではその前に
器がもたなくなるだろう。乱発は、おいそれとできない筈だ。
(それに──)
 看破を振り切るようにジークが突撃してくる。確かに速い。しかしもうバトナスには最初
のような驚きはなかった。冷静に、ならば同格に迫らんとする敵として相対すればいい。
 半身を返して一撃目をかわし、次ぐ攻撃もかわし受け止めいなす。
 全くの無傷という訳にはいかなかったが、魔獣化を行き渡らせて生身より硬くなった身体
は支障が出るような大きなダメージを防いでくれている。小さな裂傷ばかりだ。だがそれで
も相手は聖浄器。一発目に受けた胸元の傷は勿論、こうした掠り傷はいつもよりずっと再生
速度が遅い。
 何度も立ち位置を変え、二人は激しく撃ち合っていた。
 ジークが尚も怒号のような叫びを上げ、その二刀を振るっている。
 バトナスは凌いでいた。いや、待っていたと言うべきだろう。繰り出す拳は蹴りは、常人
ならばその時点で即死級だが、あくまで牽制。この“接続(コネクト)”とやらがこちらの
理解の通りであれば、きっとその瞬間は来る。
「……っ」
 はたして、それは訪れた。それまで目まぐるしく撃ち合っていたジークの動きがふと鈍り
始めたようにみえたのだ。
 振り下ろしの斬撃をかわして脚で半円を描き、バトナスはその瞬間を見逃さなかった。即
座に地面を蹴って彼の真横へと回り込み、右手にぐっとオーラを込める。
 所詮は付け焼刃(ドーピング)なのだ。強化の理由が抱え込んだ“だけ”のマナならば、
いずれそれらは剥がれていく。使い手の導力を超える量のマナは、基本的に保持することは
できないのだから。
 故に待っておけばいい。凌げばいい。後は勝手に時間切れに──この技は本来力を失う。
「貰った──!」
 繰り出されるバトナスの拳。反応し切れず咄嗟に防御しようとしているジーク。ゆっくり
と悲鳴の表情になっていく遠巻きのリュカ。
 一撃が入っていた。バトナスの拳が、二刀を交差したジークの正面に打ち込まれていた。
 殴り飛ばされる。ジークはそのまま吹き飛び、点在する石柱の一つに吸い込まれいく。
「……ふん」
 破壊。轟音の後の土埃。
 バトナスは、拳を振り抜いた格好のまま、嗤う。


「前列交替っ! 防衛線(ライン)を下げるなー!」
「団長達が天辺に着いたみたいだ」
「もうちょっとの辛抱だ、踏ん張れぇ!」
 迷宮内中層。各正規軍・冒険者連合と“結社”達との交戦は続いていた。
 扇形に展開した兵達は消耗を抑える為に前衛の人員を目まぐるしく入れ替え、迫るオート
マタ兵や魔獣らを迎撃している。場に残った、ダン以下ブルートバードの団員達も、遥か上
空で石のドームを破壊したとみえるイセルナ達を確認し、必死に耐え続ける。
 そんな左右両翼の兵を余所に、ダグラスら正義の盾・剣(イージス・カリバー)の正副長
官率いる本隊は、その中央にて“使徒”達と激しい鍔迫り合いを繰り広げていた。

 ──剣が槍が、魔導がぶつかる。
 フェニリア・フェイアン姉弟が繰り出すのは、炎鬼達と氷の大蛇だ。
 それらをヒュウガは、自在に操る大量の血で防ぐ。それらは全て、道中と此処で屠ってき
た者達のものである。
 猛火がぶつかって蒸発していく血色の水分。だが蒸発してもその本質は水。彼が一度その
“色相”で呼べばそれらはたちまち再び集結し、次には襲い掛かる氷の大蛇を無数の赤い槍
で撃ち砕いていく。
「ちっ」
「……流石は元・七星ね。大した錬度だわ」
「そっちこそ。普通ならとっくに串刺しになってる所なんだけどねえ?」
 姉弟はそれぞれに深く眉を顰めていた。一方で渦巻く血染めの水量を纏い、ヒュウガは尚
も悠々としている。
 ──エクリレーヌが祝福(キス)を与えた魔獣達が、文字通り混ざり合う。
 何体もの合成魔獣(キマイラ)。だがライナは怯まない。
 両手に雷剣の閃(サンダーブレイド)を、周囲には磁力で浮かばせ飛び交う無数の剣や銃
を。彼女はその魔導の二刀で襲い掛かるキマイラ達の骨肉を切り裂き、同時に後者を雨霰と
弾丸のように降らせて彼らの身体を蜂の巣にしていく。
「うぅ……。皆を、皆をぉ!!」
「他人の事を言えるつもり? あんたのそれは押し付けがましい愛情よ。いえ、愛情ですら
ない。魔獣ってだけで……苦しみなのよ。それを、あんたは」
 魔獣使いの少女はぼろぼろと涙を零し、されど眼前の相手への敵意を弱めることはない。
 ライナは珍しく真剣な面持ちをして呟いていた。
 それは魔人同士(おなじ)だから。だから彼らに同朋意識を抱く彼女の気持ちが分からな
い訳ではないし、だからこそその幼さに、繰り返すその愚弄を許せないと思う。
 ──セシルとヒルダは迫っていた。
 相手は正義の盾(イージス)長官・ダグラス。槍の名手である彼の得物を取れば自分達の
勝ちだと思った。
 だが既にロミリアにその瘴気のオーラで斬り掛かるさまを見せてしまったこともあり、対
する彼は慎重だった。槍は近距離まで詰められた時の牽制用。彼はむしろ自身が持つ《地》
をフル活用し、周囲の石畳を次々と岩槍に変えては延ばし、或いは撃ち、迫ってくる二人を
遠ざけようとする。それでもセシルは剣と手を、ヒルダは全身でかわしたそれらに触れ、そ
の瘴気のオーラによって朽ちさせていく。
「やぁねえ。こんな物ばっかりで近付けさせてくれないなんて」
「無駄だ。俺達の前では、こんな攻撃は通じない」
「……通じずとも構わんさ。私はこれでもお前達で痛い目をみている(をしっている)」
 あくまで相手を掻き乱そうとする、朽ちさせの男女。
 あくまで冷静に時間稼ぎを念頭に置く、さも地面のように堅い“槍聖”。
 立場も性格も、この両者が交わることはきっとない。
 ──ヘルゼルという男は、まさしく変幻自在の魔人(メア)であった。
 最初は巨大な合成獣(キメラ)として、次には巨大な鎧騎士に、更にそれから本来の鴉系
鳥翼族(ウィング・レイス)の姿に。それでも腕と思っていたものは次の瞬間には大鉈に化
けていたし、振り上げた脚は首狩りの大鎌へと変ずる。
 これは幻術の一種だ。対するエレンツァはそう直感した。
 何と精巧なまやかしなことか。十中八九、これらを“本物”と認識して直撃を受けてしま
えば、本当にこの身体は真っ二つに切り裂かれてしまうだろう。
 だから彼女は、彼からの攻撃を防御するよりも、大きく回避することに心血を注いだ。
 そしてそんな合間を縫って放つは《雲》。紫色をした魔力の雲がヘルゼルを覆い、無数の
落雷や鋭い雹を降らせて攻撃する。しかしヘルゼルはこれを巨大に化け直すことで一挙に弾
き返すと、けろりとして彼女を見下ろしていた。
「ほう……。君も中々のテクニシャンみたいだな。でも、足りない。俺を倒そうってんなら
そんな火力じゃ間に合わないぞ?」
「……心配要らないわ。すぐにそんな口、利けなくなるから」
 化けていてもいなくても、変わらずその態度は大きい。
 再びエレンツァはオーラを紫雲に変え、その濃くなっていく暗さに力を込める。
 ──グノアは焦燥を抱えていた。
 機械の義手、掌から放たれる光線(レーザー)。それはかつてオーキス公を殺害した彼の
必殺技だ。
 なのにこの男、グレン・サーディスはそれを何度も何度も弾き返している。高速で飛んで
来ている筈なこの光線を大剣の腹で軽くいなし、或いはそのオーラに触れた瞬間爆ぜさせて
無力にしてくるのである。
 魔人(メア)の、武人の年季が違うか……。思ったが後悔するには遅過ぎる。
 グレンが地面を蹴っていた。それこそ猛烈な加速で。
 咄嗟に義手から刃を迫り出し、応戦する。つんざくような金属音が響き、身体の生身な部
分にぎしぎしと痛みを伝えてくる。この義肢が狂化霊装(ヴェルセーク)と同じ素材でなけ
れば……とうに粉微塵になっているだろう。
「おいおい、どうした? お前“使徒”にしちゃ随分と弱いな。ハズレ引いちまったか?」
「し、失敬な! 確かに私は新参だが……もうあの頃の私とは違う!」
 くわっと叫び、近距離からの光線(レーザー)。
 だがグレンはこれをやはり軽々とかわしていた。同時にすくい上げるように大剣を振り抜
いてからの爆発。《炸》の力。グノアは義手を損傷させられながら吹き飛ばされていたが、
それでも素材が持つ再生能力に助けられる格好になる。
「……何故だ?」
「んぅ?」
「何故だ。何故お前達は凡俗の、ヒトの味方をする? 正義の盾(イージス)の二人はとも
かく、お前達兄妹は我々と同じ魔人(メア)だろう!?」
 五者五様、いやそれ以上の数の交戦。
 自動的に修復されていく義手を庇いながら、グノアはのそりと起き上がって叫んだ。その
眼は明らかな血色の赤で、彼もまた魔人(メア)の身であることを知らしめる。
『──』
 そんな訴えに、他の使徒達も耳を傾けていたらしい。彼らはそれぞれに対峙する相手と距
離を取り直すとゆっくりとこちらを向き、ぎろりと同じく赤い眼を土埃舞う戦場の中に並べ
て光らせる。

『どうして? あの子達だって生きてるんだよ? 何で苛めるの?』
 かつて少女は怖かった。大人達はその分け隔てない──動物も魔獣も変わらず愛で、その
為の素質に恵まれていた彼女を忌み子として扱うようになった。
 殺された。少女が連れ帰った手負いの魔獣を、大人達は寄って集って殺した。
 あれは悪い生き物なんだ。いちゃいけない存在なんだ。そう言って彼らは棍棒を、慣れな
い剣を振り下ろす。どれだけ少女が叫んでも、止めてくれなかった。がしりと彼女は周りの
大人達に捕らえられ、処分(ざんさつ)の一部始終を見せられ、やがて……棄てられた。
『で、出て行け! こ、この化け物がッ!』
 かつての仲間を、彼らはいとも容易く裏切った。
 冒険者としてとある町に逗留していた男とその持ち霊。彼らはある日、町の人々から付近
の街道沿いに棲み付いた魔獣を討伐してくれと依頼を受ける。
 抜かったと言えばそうなのだろう。本来の目的であるその魔獣を倒すことはできたが──
二人は瘴気に中てられてしまった。
 半ば不死身となった身体、半身を百足に変えられてしまったパートナー。
 それでも彼らは町に戻った。せめて脅威は去ったと伝えたかった。……或いは彼らなら受
け入れてると期待していたからか。
 しかしその淡い思いは打ち砕かれる。魔人(メア)と化した二人を人々は恐れ、化け物と
罵り、石を投げ武器を取って追い払わんとしたのだ。
『ふん……。何一つ力も持たない若造に、何ができる』
 青年は打ちのめされていた。武装した兵らを率いる官吏に見下され、彼らの暴力によって
ボロ雑巾のように放り出された。
 国策として、村が接収されるという。自分の故郷が巨大な工業プラントになるという。
 勿論村人らには移住先が用意され、相応の保証金も出ることが約束されていた。だから大
半の村人達は、お上の言う事だからと仕方なく受け入れ、しかし青年や一部の同志だけがこ
の開拓話に反発し続けた。
 故に振るわれた。一向に言う事を聞かない民草へ、役人達は強硬策に出た。
 交渉の場と聞かされてやって来た青年達を、兵らが襲った。勿論青年達は武器など持って
いない。仮に持って来ていても勝てたかどうか。そしてこの一件は既に他の村人達には了解
を──もとい黙認の確約を取り付けてあったらしい。
 半殺しに遭った。それでも充分だと思ったのだろう。だが青年の怒りに火が点いた。
 たとえ一人になってでも闘ってやる──。しかしそんな思いは虚しく、彼は只々蹂躙され
るだけに終わった。血だらけになってその場に倒れ、そう侮蔑を隠さない官吏自身によって
脚蹴りにされ、高く崖の下へと放り出されていく。
『いいな? 俺達が迎えに来るまでそこを動いちゃいけないよ』
 それは残虐な嘘だった。まだ幼い姉弟は置き去りにされたのだと、後年知った。
 口減らしだった。姉弟らの故郷は貧しく、全員が全員を養うだけの稼ぎと実りを得られな
かったのだ。親の亡くなった者、身寄りのない年寄り、村に迷惑を掛ける悪童。そういった
村にとって“要らない”者達が一斉に目隠しをして連れられ、何処とも知れない洞窟の中へ
と置き去りにされた。
 そこは忌避地(ダンジョン)だった。即ち魔獣の巣窟。その事実に気付く頃には、姉弟達
の少なからずが餌食になっていった。死んでいった。二人は必死になって生き延びた。這い
つくばって雑草で空腹をごまかし、泥水を飲んで、飢えに耐えた。
 魔人(メア)に為ったのは……それから何年、見知らぬ地で生き延び続けた頃だろう。
 行く当てなど無かった。あの頃一緒に放り込まれた仲間は、皆死んでいった。だからあの
日手を差し伸べてくれた“結社(かれら)”は恩人だ。様々なことを学び、彼らは見違える
ほどに強くなった。
 そして姉弟(ふたり)が先ず望んだのは──帰郷だった。
 燃え盛る家々。凍て付き粉々にされたかつての同郷の人々。
 そう自らの手で故郷を滅ぼし、二人はこの時ようやく「卒業」を果たす。

 兵達が怯えていた。使徒達(かれら)は言葉こそ発さなかったが、その紅い双眸から向け
られるものの正体と苛烈さに、少なからぬ者達が半ば本能で嗅ぎ取っていたからだ。
 怨憎。おぞましいまでの憎しみ。
 グノアだけではない。周りに立つ他の魔人(メア)達が、気付けばさも自分達を親の仇で
もあるかのような眼光で睨み付けていたのである。
「──そっちこそ、どういうつもりさ。こんな事をしたって、自分の首を自分で絞めるよう
なものだろうに」
 だがそんな連合軍らの中で、ほぼ唯一平然としている男がいた。
 ヒュウガ・サーディスである。弟グレンと妹ライナもややあってこれに同調するように顔
を見合わせて頷き、大剣を雷剣を肩に担ぎ、両手にぶら下げて睨み返している。
「そもそも話を持ってきたのは統務院の方だからな。俺達はそれを傭兵として受けたってだ
けだぜ? てめぇらに文句言われる筋合いなんてあるかよ」
「でも、ちょうど良かったって思ってる。あたしら魔人(メア)が公に役立っているっての
が広く知られれば、やたらめったら怖がられてる同胞達を助けることにもなるしさ?」
 二人が言葉を引き継ぐ。ざわっと味方の兵達がどよめいていた。
 やはりなのか……。それでもダグラスや他の名のある者達はある程度聞き及んでいた噂だ
ったらしく、そっと彼ら三兄妹の横顔を見遣りながら目を細めている。
「それに……魔獣を間引く為の組織のトップに、その親戚がいたら筋が通らないだろ?」
 はは。ヒュウガは笑っていた。だがその笑顔はちっとも明るくない。線目な表情(かお)
には確かに静かな陰が差しており、むしろ威圧感を辺りに振り撒いている。
「大体、変わらないさ。そうやって憎しみだけをぶつけても──“世界は変わらない”」
 ヒュゥン。
 たっぷりと血の滴った長剣を一度軽く拭うように振るうと、ヒュウガは言った。

 ──二人の出会いは、まだセキエイが年端もいかない少年だった頃に遡る。
 地底層・魔界(パンデモニム)。
 当時四魔長の一角である鬼族(オーグ)の首長は、テンドウという名の男が務めていた。
リュウゼンはその彼が率いた幹部達の一人であり、セキエイはその首長邸にて働く小間使い
の一人であった。
 周囲の、当時を知る者達は語る。
 このテンドウという鬼族(オーグ)はまこと義侠心に溢れ、身分の上下を問わず大兄貴と
慕われる存在であったらしい。
 そんな面倒見の良さは、いち小間使いである若きセキエイにも及んでいた。現在、次代の
首長となった彼が同じような生き方を貫いているのも、この先代の影響が大きいことは言う
までもないだろう。
 当時、魔界(パンデモニム)を始めとした地底層の世界群は、まだ今ほど開拓が進んでい
ない状態だった。それは即ち、地上だけでは飽き足らなくなった者達の食指が天地上下層へ
と延び始めていたことを意味する。
 故に鬼ヶ領──鬼族(オーグ)達の本拠地たる山麓地帯に在る首長邸では、連日そうした
新興勢力への対応について話し合いが持たれていた。
 受け入れるか、否か。
 元来、地底層の世界は「力」を至上とする群雄割拠が続いてきた土地だ。
 最も多くの種族と住人が暮らす“魔界(パンデモニム)”。
 険しい山岳と荒地帯で占められる“器界(マルクトゥム)”。
 年中濃い霧に覆われ夢と現が混じり合う“幻界(アストラゥム)”。
 いわゆる「魔族」と総称される地底の住人達は、地縁と種族を梃子に大小様々な派閥を作
っては長らく離合集散──縄張り争いを繰り返してきた。
 現在でこそ四大種族である妖魔族(ディモート)・鬼族(オーグ)・宿現族(イマジン)
・夢幻族(キュヴァス)によってこれら雑多な諸勢力をピラミッド式に纏め上げるシステム
が構築されているが、今も昔も彼らの基本精神は『我らが門閥(ファミリー)が第一』──
身内同士の結束と独立色が強いのである。
 だからこそ意見の集約は困難を極めていた。
 自分達の土地が開拓という売り文句よって荒らされるという懸念。それでも人々の豊かさ
に繋がるのなら、地上のような発展ができるのなら受け入れいくべきだという反論。その賛
否や付随する意見の但し書きは方々のベクトルに及び、特に器界(マルクトゥム)での最大
勢力である宿現族(イマジン)達からは強烈な反発があったという。
『これはやはり、四魔長への委任という形でないと収拾がつかんな……』
『だが首長(ドン)ラポーネは反対しているんだろう? 夢幻族(キュヴァス)内でも難色
を示す重鎮が多いと聞くし、仮に委任となっても意見が割れるんじゃないか?』
『ああ。そうなると連合体制自体が揺らぐことに……。どうします、兄貴?』
 幹部達は忙しなく領内を飛び回り、各門閥(ファミリー)との折衝を続けていた。
 それでも開拓それ自体、個々の商談は現在進行形で進んでいる。あまり悠長にしている状
況ではなかった。態度を明らかにする必要があった。このままでは……この来つつある波に
地底(セカイ)全体が呑まれてしまう。
『……何とか、皆に俺への委任を取り付けられねぇか? ちゃんと開拓連中(むこうさん)
とは、話し合いを持たなきゃなんねえ』
 だが当の首長テンドウは、そのギリギリまで土着の皆と進出せんとする者達との融和を望
んでいたらしい。
 部下達にすら頭を下げ、彼は整えようとしていた。
 より沢山の多彩な幸福を。
 それは彼が実際に残したとされる一節であり、また長らく門閥に固執しがちな人々に光を
差そうとした、彼なりの期待だったのかもしれない。
 だが……事態はそんな彼の思いとは裏腹に疾走する。
 当のテンドウ自身が暗殺されたのだ。
 犯人は開拓反対を訴えるとある門閥(ファミリー)の数名。その身柄は犯行直後ほどなく
して確保され、後日彼の後を追わされることになる。

“敵だ! 奴らは俺達の土地を奪いに来たんだ!”
“テンドウは鬼族(オーグ)の恥晒しだ。いつまでも「決めない」からこうなる……!”

 四つの頭が一つ欠けた。しかしこの事件によって、それまで辛うじて賛否双方に割れてい
たパワーバランスが激しく後者に傾くことになる。
 大きなうねり共に、排斥が始まった。中には開拓に対し期待を掛ける者もいたが、重なり
合っていく力の連鎖の前には、その声を上げることすらままならない。
 やがてそれらは、大きな軍事衝突へと発展した。
 門閥(ファミリー)らを御する力が足りなくなった中で暴れ出す反対派の魔族達、襲撃さ
れる開拓者、そんな彼らの保護の為に動き出す地上──統務院が投じた連合軍。
 残る四魔長および万魔連合(グリモワール)の面々はこの状況を憂いた。悔いた。
 こんな事になるのは本意ではない。だが不行き届きであると指摘されれば否めない。
 結果、終戦の交渉は地上側に優位な形で進まざるを得なかった。顕界(ミドガルド)から
始まった開拓は、かくして地底層の各世界へも広がっていくことになったのである。
『──』
 それが、切欠。
 リュウゼンはテンドウ亡き後、他の幹部達と共に争いの矢面に立たされていた。
 怒号、悲鳴、爆音。止められなかった。リュウゼンは自身も発生した武力衝突に巻き込ま
れて深手を負い、瘴気立ち込める谷底へと落ちていった。

 ……それから、どれだけの時間が経ったのだろう。
 彼の耳には聞こえていた。心を削り取るように不快な、機械仕掛けの摩擦音。掘削音。
 確かに文明水準は向上した。機巧技術と魔導、両者を組み合わせた多くの技術が地底層の
世界にも伝えられ、やがて時の流れと共に人々はかつてその受け入れを巡って喧々諤々とな
ったことすらも忘れて笑っている。各門閥(ファミリー)が幅を利かせる構造は残ったまま
だったが、それでも随分と活気がついたように思う。今では物見遊山に地上へ足を運ぶ魔族
も少なくない。時代が……確かに歯車を回しながら動き出していた。
(──る、さい)
 それでも、彼には耳障りだった。身を堕とし、激しい空虚さの中で無限とも錯覚する時間
を過ごした彼にとって、それは耐え難い苦しみであった。
 両の瞳がすっかりと色彩を失っている。仰向けの身体はじっと淡い水面に浮かんでいる。
 ガコンガコン。開拓に邁進する世界の足音が、騒々しく耳元で鳴り響く。
(この世界は……五月蝿過ぎる……)

「──らぁッ!」
 セキエイの渾身の拳を、ルギスは悠々と防いでみせていた。
 魔導で目の前に出現させた岩の防壁。彼はそこへ更にオーラを伝わせて包み、この防壁を
鋼鉄のように黒々と変化させたのである。
 暫しの拮抗、いや耐久。ヴェルセークの隙を縫ってルギスの眼前まで飛び込んだセキエイ
だったが、その一撃は虚しく力負けし、大きく弾き飛ばされる。
「やはり気に食わんな……。あの時と一緒で、過激派(きさまら)という者はあまりに無慮
に多くものを切り捨て過ぎる」
 その反対側で、ウルが回り込んでいた。右腕に巨大な槍──角錐型の具現装(アームズ)
を出現させると、そのまま巨体を活かしてルギスを突こうとする。
「ふん……」
 しかしルギスは変わらず落ち着き払い、その掌をこれへと向けていた。
 眼鏡越しに見つめた瞳の光。それがある程度彼の間合いに迫ったその瞬間、角柱はまるで
見えない何かに押し潰されるようにして先端から大きく陥没、彼に届くよりも前にド派手に
地面に叩きつけられて消えてしまう。
「領域選定(フィールド・セット)!」
 それでも更に、アルスとエトナによる中和結界(オペレーション)。ルギスを薄緑の結界
が包み込み、施術が始まろうとする。
 だがルギスはこの現象をざっと睥睨すると「ほう?」と笑ってすらいた。
 まるで何かを計算するような眼差しで結界を、遠くでマナのオペ具を編むアルス達を順繰
りに見遣り、腕に巻いた装置を何度か操作していく。
「これが話に聞いていたオペレーションとやらカ。だが甘いネ、ムラがあるヨ?」
 一撃だった。次の瞬間、ルギスは片手を上げると掌に魔法陣を出現させ、そのまま焔の術
でいとも軽々と結界を粉々にしてみせる。
「ぐッ!?」「きゃっ──!」
『アルス様っ!』
 反動を受け、アルスとエトナはその場で大きくぐらついた。リンファとサジ、トナンの戦
士数名がこれを慌てて支えに掛かる。
 イセルナがこれを横目で見ていた。できれば戦力的に二人には前衛──ヴェルセーク破壊
に加わって欲しいのだが、皇国近衛隊という立場が立場なだけに無理強いはできまい。それ
に決して優勢にもなっていない攻めにメンバーを割き過ぎて彼を失うようなことになれば、
それこそジークに殺されるかもしれない。
「ぬぅ……ファルケン王!」
「おうっ! はぁぁぁーッ!!」
 サフレ・サウル親子が槍で絡め取り、ファルケンの鎧戦斧(ヴァシリコフ)が何度目とも
しれぬ部位破壊を達成する。
 だが駄目だった。やはりヴェルセークの装甲は壊れたままにはならず、すぐに自己修復を
始めてしまう。加えてその時間を稼ぐ為、今はルギスが後方から魔導攻撃の雨霰を撃って皆
を引き離しに掛かってくる。
 セキエイやウルもファルケン達も、ミザリーやリリザベート、セドら後衛組も後退と散開
に走らざるを得なかった。そしてその間にヴェルセークは修復を完了し、また理性なき咆哮
を撒き散らして立ちはだかる。
「父さん……」「コーダス……」
「チッ、やっぱ駄目か。根本的に急所じゃねえ。あの鎧を引っぺがす、コーダスを引っ張り
出す何かがあると思うんだが……」
 セドが焦りを隠し切れぬまま呟いていた。ヴェルセーク──コーダス・レノヴィンである
筈のそれが刃を握って襲い掛かってくる。
 飛翔態のイセルナが割って入った。何本もの氷の柱で四肢の重心をずらし、攻撃を逸らさ
せる。唸る黒騎士。それでも氷程度ではすぐに両腕を振るって砕かれ、次にはファルケン達
の三方一斉攻撃でまたもや押し合いになる。
『イセルナ』
「……大丈夫よ。引き続きマナの充填をお願い」
 ふらつくのを相棒(ブルート)に気遣われ、それでもイセルナは踏ん張って剣を構えた。
 すぐ前では前衛組がヴェルセークを止めようと必死になっている。後衛組も後方のルギス
から放たれる魔導を空中で迎撃し合い、少しでもその援護をと奮戦している。
(おかしいわね……)
 だが、イセルナは別のことを考えていた。違和感、とでも言うべきだろうか。
 王達は逃がした。団員達(みんな)が外に出て行くのをしっかりとこの目で見ているし、
正義の盾(イージス)や正義の剣(カリバー)、他の兵達が魔人(メア)らを食い止めてく
れている筈だ。
 なのに──彼らは抵抗している。明け渡さない。王達という人質が手元を離れ、聖浄器を
奪い取る担保を失った今、結社(れんちゅう)の作戦は半ば崩壊しているというのに。
(……もしかして。奴らにはまだ、別の目的がある……?)
 改めて剣を握り直す。
 そしてイセルナはそう静かに、この留まり続けている“結社”らの姿をじっと観る。


「……退いた方がいいよ。君達じゃあ、僕は倒せない」
 ジーヴァとヴァハロ、猛者二人を両脇に控えさせるようにして、芥子色(からしいろ)の
ローブに全身を包んだ男は言った。
 声色は穏やかだった。それこそ戦場にふぅっと吹く、静かな風のような。
 だが兵士達はどうしようもなく怯えている。自分達のリーダー二人をあっさりと倒してし
まった魔人(メア)らを低頭させるような立場らしいという情報は勿論、先ほどからずっと
目深に被ったままの同色のフードが、表情を隠して何とも言えない静かな威圧感をひしひし
と与えてきているからだ。
 迷宮内・志士聖堂前。
 彼らは今、この得体の知れない相手に呑まれようとしている。
「くっ……!」
「はいそうですか、などと言うものか!」
「俺は、俺達は……正義の盾(イージス)だ!」
 だがそれでも兵士達は退かなかった。構えた銃、震える手元を押さえつけながらも引き金
をひき、このフードの男へと前列が攻撃を仕掛ける。
 それはひとえに彼らなりの正義感や忠誠心、矜持だったのだろう。
 目の前で上官──デュゴーとスタンロイが倒された。されどその恐れで逃げ出してしまえ
ば、この聖堂を守る者はいなくなる。任務を放棄したことになる。何より……我が身を賭し
た二人の生命を、足蹴りにすることになる。
 しかし彼らの攻撃は何一つ通らなかったのだ。
 弾かれる多数の銃弾。見れば薄っすらと、フードの男は手をかざすことすらせずに障壁を
張ってこれを防いでいた。
『──』
「いいよ。僕がやる。たまには動かないと鈍っちゃうしね」
 ジーヴァとヴァハロが動こうとした。だがそれを当のフードの男が軽く制止する。ばさり
とローブを翻し、ゆっくりと竦んだ兵達の方へ近付こうとする。
 その背後、地面に倒れ伏した重症のデュゴーは、そんな彼を何とか止めようと思った。
 止めろ……止めてくれ……。
 斬り裂かれた腹からの出血が全身を汚し、デュゴーは力の入らない身体をずるずると引き
摺って這いつくばって、手を伸ばそうとした。
 向かいには事切れたまま沈黙しているスタンロイの大柄。
 駄目だ。お前達、逃げろ、逃げるんだ! もう、俺達では──。
『……ひっ!?』
 次の瞬間だった。フードの男の頭上に、さも彼に呼応するように、無数の魔法陣が次々と
現れ始めたのだ。
 赤、青、黄、白、黒、金、銀──あらゆる属性のそれ。兵士達はその眩くもあり得ない、
およそ常人には御し切れない数の魔導を見、改めて恐怖に絶望に撃たれている。
「や、止め──」
 搾り出したデュゴーの叫びが、呆気ないほどに掻き消されていた。
 一斉掃射。そして無数の魔法陣から放たれた魔導攻撃。
 部下達が撃ち抜かれていた。その攻撃一発一発は、威力からして間違いなく上級の術式。
 逃げる暇すらなかった。フードの男が放つ魔導達は、寸分違わぬ精度で彼らを──まるで
吸い込まれるように飛んでいき、いとも容易くその身体をバラバラにする。悲鳴、断末魔。
猛烈な勢いで兵士達が屠られていった。
 地獄絵図。引き攣りきったデュゴーの目には、この光景はまさしくそんな様に映った。
 尋常じゃない。威力も、精度も、何よりこれだけの数の魔導を一度に使えるなど魔導具の
併用であるとしてもあり得ない。
 全身が告げている。
 奴は……あの二人よりももっとヤバい相手であると。
「む?」
 それでもだ。デュゴーは立ち上がっていた。ぐらりぐらり、その身体はとうに限界を越え
た満身創痍だったが、彼はそれでもオーラを練って沸き立つ溶岩(マグマ)を纏っていた。
 睥睨。半ば気力だけで身体を突き動かしている状態。
 許さない。よくも、よくも皆を──。
「……まだ立てたのか」
 ヴァハロ、そしてジーヴァが振り返り、剣を向けようとした。
 だがそれもまた、フードの男がサッと片手だけで制してしまう。同じく振り向いた彼の背
後には惨状と言う他ない、一千人分の死骸と飛び散った鮮血が転がっている。
「驚いたな。でも」
 変わらず穏やかな声だった。今し方人を殺戮したとは思えない。
 今度は片方の掌を向けてきた。オォンと銀色の魔法陣が展開されていく。

 ボコボコ。溶岩(マグマ)を纏い、デュゴーは立ち向かおうとする。
 されど刹那、彼に魔法陣は強い光を放って──。

「ジーク!」
 殴り飛ばされたジークに向かって、リュカは思わず叫んでいた。
 遠巻きに見守るしかなかった彼とバトナスの一騎打ち。
 ジークは“接続(コネクト)”を使って挑んだが、結局マナ量の時間経過による減少──
鈍化を看破され、石柱に叩きつけられて土埃と瓦礫に埋もれてしまう。
(やっぱり駄目よ。こんな、こんな戦い方……)

 それはまだ大都に駆けつける前、フォーザリアから鋼都(ロレイラン)に戻って来た頃の
ことだ。早速オズの修理・改装に掛かるレジーナ達、出発に備えて買出しに出掛けたサフレ
とマルタ。自分以外が傍にいない状態でふとジークがその話を持ちかけてきたのだった。
『──無茶よ、そんなの! 確かに、理論上強くなることはできる、けど……』
 名付けて接続(コネクト)。それはストリームを身体に直接挿し込み、一時的にだが持て
るマナの、ひいては練り上げるオーラの量を大幅に強化しようという試みだった。
 勿論、リュカは反対した。いくら何でも無茶過ぎる。
 要するにやろうとしている事はドーピングだ。身体が無事な訳がない。
『無茶なのは分かってる。でも他に魔人達(あいつら)に敵う方法があるのかよ? ずっと
考えてたんだ。悔しいけど、今の俺達じゃあ奴らには勝てねえ。今回のことで痛いだけじゃ
済まないくらい思い知らされたろ』
『それは……』
『だろう? だから必要なんだ。切欠は前に、アルスと導話して訊いた話なんだよ。あの洗
脳野郎が使ってた能力だ。ストリームを挿して、他人を操ってたんだろ? だから思ったん
だ。操るとかはしなくても、事実ぶっ挿せるものなら俺にもできるんじゃねえかって。マナ
の塊なんだろ、ストリームってのはさ? なら有効活用できる筈だ。魔人達(あいつら)が
単に導力の差であそこまで強いってのは正直怪しいけど、少なくともその差を埋めるくらい
はできると思うんだ。でも俺はアルスやサフレみたいにマナを視れないし……だからいざっ
て時はリュカ姉に頼みたいんだよ。合図をしたら、近くのストリームをぶっ挿してくれ』
 真剣な面持ちで熱心に語るジーク。リュカはふるふると首を横に振った。
 場所はルフグラン・カンパニー社屋内の休憩室。向かい合っていた椅子を心持ち彼の方へ
と引き寄せて座り直すと、リュカはこの危険な提案を何とか思い留まらせようとして彼の肩
を取る。
『そんなの……できないわ。本当に解ってるの? 貴方のやろうとしている事は自殺行為に
等しいのよ? 蓋をした瓶の中で延々火を燃やし続けるようなものなの。力が上がっても身
体がついてこないわ。導力が高まる前に、貴方という器(からだ)が壊れてしまう……!』
『じゃあどうしろってんだよ!? また繰り返せってのか、またあいつらにボロ負けしろっ
ていうのか!? もう嫌なんだよ! 俺の所為で、俺がいつまでも奴らに勝てない所為で、
これ以上人が死ぬなんて許せねぇんだよッ!!』
『──っ』
 だがジークにそう叫ばれて、リュカは次の言葉を出すことができなかった。
 反論できる訳がない。事実そうして今までも、フォーザリアでも“犠牲者”が出た。彼の
焦りは自分とて同じだった。でも……それは貴方一人の所為なんかじゃ……。
『頼む、この通りだ! もうこれ以上、負けられねぇんだ……ッ!』
 肩を取られた手を振りほどき、ジークはそう懇願していた。がばっと床に滑り込み、頭を
低く低く擦りつけて頼み込んできた。
 リュカは胸の痛みで、引き攣った表情を隠せない。
 結局この時、ジークは彼女から承諾を得るまで、土下座を止めることはなかった。

「さて、と……」
 ハッとリュカが我に返る。気付けばジークを殴り飛ばした当人であるバトナスが、ふぅと
一息をついてこちらを見遣っているところだった。あちこちが魔獣化した身体、両拳を包ん
でバキボキと鳴らし、ゆっくりと近付いてくる。
「先ずはお前だな。さっきの細工をしたのはてめぇだろ? 潰しときゃ素人のあいつにもう
同じ手は使えねぇ……違うか?」
 リュカは眉根を寄せて身構えた。踏み込まれればおしまいだ。どうする? 詠唱している
暇はない。ならばもう一度、駄目元で騎士団(シュヴァリエル)を──。
「ッ!?」
 その時だった。バトナスが迫ろうとした次の瞬間、立ち込めていた土埃から三発、蒼桜の
斬撃が飛んで来たのだった。
 慌ててバトナスは回避する。左右。されど最後の一発は正面で受けざるを得なくなる。
 土埃を引き裂いて、そこへジークが二刀を引っさげて突っ込んで来た。
 霊石……!? 見ればその口にはマナの結晶が一個、がしりと咥えられている。バトナス
はにわかに頬を引き攣らせた。こいつ、霊石で剥がれていく分を補充してきやがった──。
 それから再び、二人の撃ち合いが始まった。リュカも心持ち後退り、また距離を取り直そ
うとする。
 しかし今度はバトナスではない、ジークの優勢だった。
 最初の奇襲が効いたのかジークは相手の体勢がグラついたのを直させず、次から次へと斬
撃を叩き込んでいく。結果バトナスはこの石廊の端へと、徐々に追い遣られる格好になる。
「ぐぅっ!?」
 飛んできた突きをかわそうと身を捻り、しかしフェイントを掛けられて返す手でもろに腹
に柄撃ちを喰らい、バトナスは大きく吹き飛んだ。ズザザッと地面を穿って後退し、石廊の
端で思わず片膝をつく。
「……」
 顔を上げれば、ジークは紅梅にマナを集中させていた。振りかぶった刀身が激しく紅い輝
きを放ちながら膨らんでいく。強撃が来る……! バトナスが急ぎ、対応しようとする。
「ぬんっ──!!」
 溜めと共に小さくなっていく口の霊石がぽろりと空中に舞いながら、ジークはその一撃を
叩き付けた。紅色の大きな斬撃が抉り込むように石廊の地面に撃ち込まれ、バトナスをその
足元から粉砕しに掛かる。
 予想外だった。バトナスは駆け出そうとした体勢を崩し、そのまま崩落していく石廊だっ
た物の瓦礫達に巻き込まれていく。
「……チィッ!」
 力んだ末の結果か? いや、おそらく違う。これは奴が狙ってそうしたのだ。霊石で補完
はしたものの、向こうもあのドーピングの正体に気付かれたと分かったのだろう。このまま
戦い続ければ──少なくともあの竜族(ドラグネス)にもう一度ストリームを挿して貰えな
ければ、勝敗の天秤は確実に相手の方に傾く筈だと。
 舐め腐りやがって……。バトナスは憤りに全身を奮わせた。空中に放り出され、瓦礫の中
にこの身があること自体が、腹立たしい。
 てめぇこそ、逃げてんじゃねぇよ。こんな姑息で勝ちにする気かよ? くわっと目を見開
き、全身のバネを使って身を捻り、近くの瓦礫に脚をつける。
「まだだ……まだ、終わらねぇよォッ!!」
 踏みしめて、跳ぶ。また別の瓦礫を踏みしめて、跳ぶ。
 バトナスは空中からそんな猛烈な復帰をみせようとしていた。空中の落ちていく無数の瓦
礫を足場として伝い、次々に昇っていってジーク達のいた高さまで戻ろうとする。
「っ!?」
 そんな執念に、崩落の際に立っていたジークは驚き、そして迎え撃とうとしたのだが。
「盟約の下、我に示せ──伏さす風威(ダウンバースト)!」
 彼の背後に、リュカが駆けつけて来ていた。眼下、バトナスに向けてかざされたのは、天
属性を示す白い魔法陣。
 詠唱は完成した。刹那、目の前の空間を丸ごと押し潰すようにして目には見えない巨大な
風圧がバトナスを瓦礫の群れを襲う。
「くっ、そぉぉぉぉぉーッ!!」
 その威力で、次々と粉微塵になっていく無数の瓦礫。
 そんな中でバトナスは、二人に迫る寸前で押し戻され、遥か眼下へと落ちていく。

 ダンの戦斧が、また一体魔獣を真っ二つに叩き割っていた。
 どうっとその亡骸が崩れ落ちる。ちらりと周りを見渡してみれば、仲間達も皆各々懸命に
なって“結社”の軍勢を押し留めては弾き、押し返しては得物を叩き込んでいる。
「……イセルナ達が天辺(うえ)に着いたか。アルス達も無事だといいんだが……」
 鳴り止むことなく響き続ける剣戟。ダンは呟いて天を仰いだ。
 高く遠い、迷宮の最上層を覆っていた石のドームには風穴が空き、周囲に妨害を切り抜け
た跡とみられる不自然に盛り上がって砕けた岩柱や凍て付いたままの箇所が点在する。ここ
からでは流石に内部(なか)の音は聞こえないが、今まさにイセルナ達は“教主”らと相対
していることだろう。
 側面から迫ってくるオートマタ兵を数体、振りざまに一閃。ダンは静かに眉根を寄せる。
 大丈夫だろうか。おそらく敵の主力はこちらに振り込まれているとはいえ、その本丸まで
がもぬけの殻という事はない筈だ。少なくともこの結界の術者やヴェルセーク、彼らを守護
する他の魔人(メア)などが居ると考えて間違いはない。
 いや……それよりも心配なのはあいつだ。
 クロム。今も信じられないが“結社”を裏切ってまでこちらに付いてくれると約束してく
れた魔人(メア)──鉱人族(ミネル)の僧兵。
 お咎め無しなどあり得ない。奴らは彼を抹殺しようとするだろう。それだけは避けなけれ
ばとダンは思った。やっと、やっとジーク(あのおひとよし)に“報い”がもたらされよう
としているのだ。少なくとも今ここで、あいつを失わせる訳にはいかない。
「ダンさん!」
 団員達の声が聞こえた。目を遣ればオートマタ兵や魔獣を皆で押し返し、少しずつ少しず
つ叩き伏せながらも、こちらに向かって呼び掛けてきている。
「行ってやってください! 俺達なら大丈夫です!」
「魔人(メア)連中は長官さんらが押さえてますしね。向こうに加勢を。アルスを、多分上
に向かってる筈のジーク達を頼みます!」
「……ああ!」
 ダンは頷いた。サッと混戦模様の中でシフォンやユイ、オズを捜し、互いに目で合図し頷
き合って一旦集まろうとする。
 それを、周りのオートマタ兵が邪魔しようとした。四人がすぐに察知し、迎撃しようとす
るが──代わりにそれを担ったのは、援護するように割って入って来た数名の兵達だった。
「ここは自分達が!」
「終わらせてください。この戦いを!」
 二丁拳銃や携行型大砲を装備した統務院兵、或いは剣や矛を握り締めた冒険者など。
 見ればこの中層域(しゅせんじょう)に新しく兵が増えているように思えた。先刻からの
騒ぎを目撃し、迷宮内各地の友軍兵力がそれぞれに合流しようとしているのだろう。
 ダンは改めて頷いた。シフォンら三人も程なくしてこちらに到着し、急ぎイセルナ達の後
を追おうとする。
「……さて。行くにはいいが、どうやってあそこまで行くかだな」
「走って行っても到底間に合いそうにはないですものね……」
「それなら任せてくれ。僕が送る」
 言って、シフォンが弓を構え始めた。
 向ける先は中空、目指すべき最上層の方向。引き絞った右手のオーラから無数のマナの矢
が生み出され、しかしそれらは次の瞬間、ぐっと気合いの一呼吸で以って一本の極太な矢へ
と纏め上げられる。
「さぁ、柄(シャフト)に掴まって! 撃つよ!」
「お、おう……」
「えっ。ゆ、ユーティリア殿はどうなさるのですか? それではご自身が──」
「何とかなるさ。すぐに追いつく。どうやらオズ君は飛行機能もある(とぶこともできる)
ようだしね」
 ダンとユイ、二人は一瞬顔を見合わせて、しかしすぐに彼の言葉に従うことにした。武器
を一旦しまって両手を開け、マナの輝き眩しい矢の柄部分にしっかりとしがみつく。
 シフォンは目を凝らした。標的はこの迷宮の最上層、風穴の空いた石のドーム。ただ飛ぶ
だけでは結界主に邪魔されてしまうだろう。だが自分なら──矢の軌道をこの空間内のスト
リームに乗せてやれば、多少変則的な動きをしても辿り着く筈だ。実際、凝らすこの眼には
最上層へと集束するように流れる多数の力の流れが視える。
「──流星、巨砲っ!」
 限界まで弦を引き絞り、矢にありったけのエネルギーを詰め込む。そうして放たれた極太
の矢は、銘の通り目にも留まらぬ速さで空を駆けていった。
 味方達が目を見張り、小さくガッツポーズをする。一方でダグラスやヒュウガ達に食い止
められている使徒達はその策に驚き、しまったといった様子で目を見開いている。
「の、おぉぉぉ……!?」
「んぐぅ……!」
 二人は必死に食らい付いていた。恐ろしく速い。加速度がつくが故の風圧に、ややもすれ
ば振り落とされそうになる。
(? あれは……)
 そんな途中だった。ダンは眼下、軌道上の少し先にその姿を見つけた。
 クロムである。彼は生え散らかった石塔を尋常でない身体能力で次々と跳び移り、最上層
を目指そうとしているようだった。
「──クロム!」
 躊躇いなどほんの一瞬でしかなかった。気付けばダンは、腹の底からそう彼の名を叫び、
気付いて石柱の上で立ち止まったこの男へと片手を伸ばす。
 驚いたような眼。互いの距離。躊躇い。
 だがそれでもクロムは、すぐに彼の意図する所を察し、伸ばされたその手に応えたことで
ぐんと飛翔。共にマナの矢に乗ってドームの風穴へと吸い込まれていく。

「グ……オォォォォォーッ!!」
 戦鬼(ヴェルセーク)の容赦ない刃が、ファルケンやサウル、セキエイにウル、サフレと
いった前衛組の組み付きを払い除けようとしていた。
 バキンッ! つんざくような金属音と共に弾き飛ばされる面々。右に左に薙がれる斬撃を
方々に散りながら何とかかわしては、彼を押さえようとする。
 そんな時だった。不意に何かが近付いてくる気配を察知してファルケン達が大きく飛び退
くと、まるでそのタイミングを合わせたかのように高速の飛行物──極太のマナの矢がヴェ
ルセークの左半身に直撃、大量の土埃を伴って場に大きな轟音が響き渡ったのだった。
「……えっ?」
「な、何? この光は……シフォンの?」
 半身を破損しながらも、やはり自動修復していくヴェルセークがゆっくりと立ち上がる。
 アルスやセド達、場の面々はそれぞれに虚を衝かれたように唖然としていた。そんな中で
逸早くイセルナだけは周囲に飛び散った光──シフォンの矢の残滓を認め、少なくともこれ
が敵襲でないことを察知する。
「……ほう?」
「来やがったか」
 ルギスが、リュウゼンが呟いていた。濛々と立ち込める土埃が少しずつ四散していく。
 その中に立っていたのは、三人。
 武器を抜き直したダンとユイ、そしてただ構えずに立っているクロム。
『……それが“答え”か。鉱僧クロム』
 彼は応えなかった。じっと黙していた“教主”がそう静かに紡ぐのを、ただついっと顔を
上げて見返しただけで、その身は戦斧を、不可視の剣を構えたダンやユイの傍らに在る。
「悪ぃ。遅くなった」
 ニッと不敵に。
 にわかに綻ぶ仲間達を見て、そうダンは嗤った。

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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