日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「指定席」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:猫、枝、冷酷】


 そこにいつも、彼らはいました。
 そこは住宅街の一角にありました。一軒屋やアパート、マンションが不規則に並べられた
中でぽつんと空いた、小さな空き地です。
 そこに彼はいました。
 空き地に生えたとある一本の樹、焦げ茶と黒の縞模様。
 この虎猫は、毎日のようにその樹の枝にゆたりと身体を預け、のんびりと過ぎ行く時間に
じっと身を預けています。

『……はぁ』
 二人の出会いは、猫(かれ)がこの縄張りに腰を落ち着かせて暫くした、とある春の午後
のことでした。いつものように枝と幹の間、ぼうっと暖かさに身を任せていると、ふと足元
へと近付いてくる気配があったのです。
 ぴくん。彼はそっと耳を立て、自分の憩いの場に足を踏み入れる者の正体を探りました。
 それは──少年でした。制服を着ているその背格好から十五・六歳ほどと思われます。
 彼は一人ふらふらとこの通り掛かった空き地に目を遣ると、明らかに気だるいその元気の
なさを、全身に纏いながら入ってきます。
(……やっぱ、向こうに残った方がよかったのかなぁ)
 少年は悩んでいました。樹の根元に腰を下ろし、一人大きく息をつきます。
 彼はこの春、両親の転勤に伴いこの町に引っ越してきていました。ですが当の彼はという
と、新しく転校──入学した学校に人間関係に馴染めないでいたのです。
 少年は独りでした。故に彼にとっては、この木漏れ日から注ぐ春の日差しも、何処か憎ら
しいもののように感じられていました。
『ん? 猫』
 だから、程なくして気付きます。
 何となく樹の上を仰いだ少年の目に、枝に身を預けた一匹の猫がこちらをじっと見下ろし
ていました。縞模様。焦げ茶色と黒色の虎猫です。暫く両者は、じっと互いを見つめていま
した。さわわっと、風が鳴ります。
『……そんな警戒するなよ。確かに僕は“余所者”だけどさ』
 フッと少年は自嘲(わら)っていました。
 これまでの地縁になかった相手だから。
 おそらくそんな理由で、この地元の同級生達と中々馴染めないのは予想していなかった訳
ではありません。でも少年は、加えて猫にまでそっぽを向かれるのが内心辛かったのかもし
れません。
『余りだけど喰うか? 食が進まなくってさ』
 ごそごそ。少年は少し考え、傍らに置いた鞄から半分だけ残った菓子パンを取り出すと、
この頭上の虎猫に差し出していました。
 帰宅前、早めの昼休みに食べた残りです。留め具代わりの輪ゴムを外し、袋から出してや
ると彼は「ほれ」と何度かこのパンを軽く揺らしてみせます。
『……』
 警戒。それでも虎猫は少年に敵意がないと感じると、暫くして降りてきました。
 ひゅん、たん。慣れた身のこなしで枝から枝へと降り、残り二メートルほどを軽やかに着
地、少年の下に近付きます。
 ふっと少年は苦笑(わら)いました。それは中々どうしてごちこちないものでした。
 それでもじりじり、猫(かれ)が差し出されたパンを見つめ、匂いを嗅ぎ、ぱくっと一口
目を齧り付くと優しい破顔になります。
 少年は樹の根元に座ったまま、暫くパンを何度か千切って虎猫に与えました。猫(かれ)
も思わぬ食事にありつけたと思ったのか、実に悠々とそれらを全部ぺろりと平らげてしまい
ます。
 のんびりとした午後でした。
 軽く毛づくろいをした虎猫に、少年はそーっと手を伸ばします。ぴくんと猫(かれ)は真
っ直ぐに少年を見返しましたが飯の礼なのか、そのまま彼に抱き上げられるのを許します。
『んー……。やっぱり首輪してないな。お前野良か? 僕が言うのも何だけど、あまり簡単
に釣られちゃ駄目だぞ? 僕が前住んでた所でも、薬を混ぜた餌が置かれてた……なんて事
件もあったらしいし』
 ぶらりん。虎猫は小さく小首を傾げるようなまま、少年に抱き上げられたままでした。
 縞模様と毛並み、首輪なき野生のいでたちと雄だと解るそれ。言って苦笑し、少年はすと
んと猫(かれ)を目の前の地面に下ろします。
『……もしかして、お前も一人なのか? 集会とかないのか? そっか。ぼっちはぼっち同
士、分かるのかもしれないな』
 風が吹きました。ですが少年は目を細め、辛そうです。
 虚しい気分でした。その語りかけは一方的な推測であり、願望であり、きっと他人に見ら
れればおかしいものに見えるでしょう。
『……ごめんよ。うちのアパート、ペット禁止だから』
 それでも虎猫は、貰えるものは貰ったのに、そこから動こうとはしません。ただじっと向
かい合って少年の方をそのつぶらな瞳で見つめています。
 だから少年は困ったような表情(かお)をしました。ややもすれば安易に絆されそうな自
分の感傷(よわさ)に、そうやって尤もらしい理屈をつけて誤魔化そうとします。
『でも……お前がここに棲んでるなら、また会えるかな?』
 なー。小さくこの虎猫が鳴きます。少年がふっと微笑(わら)います。
 少年は「うーん」と少し考えていました。
 お前、ではちょっと偉そうかも。折角の縁だ。また顔を合わせることがあるなら、今度か
らはちゃんと名前で呼んであげよう。
『──トラオ。虎猫のトラオ。……って、流石に安直過ぎるかなぁ?』

 それから少年は、ほぼ毎日のようにこの空き地へ立ち寄りました。
 最初は、友達のできない自分を埋めてくれると思ったから。人間のように差し向かっても
疲れることもないだろうから。
 最初は、だから少年は初めて会った時と同じように、菓子パンを持参しました。
 自身の昼飯の残り。やがて別にもう一個買って、更に暫くして──餌すら必要にならず。
 トラオは思いの外少年に懐いていました。菓子パン(もらえるもの)は貰ってはいました
が自分から催促するようなことはせず、気付けばただ少年が顔を出してくるだけですとんと
樹の上から降りて来ました。餌がなくとも興味をなくさず、ただのんびりと少年の傍に佇む
ようになりました。
 それは穏やかな日々でした。
 春の麗らかを共にうつらうつらと過ごし、夏の暑さは木陰の涼で一休みし、秋の色彩を静
かに一緒になって愛でました。寒々とする冬は少年も防寒着を着込み、温めた牛乳入りの瓶
を持って訪れ、相棒(トラオ)の身体を温めます。
 季節は何度も巡りました。
 最初はこの土地に馴染めなかった少年も、そう活発ではないながら徐々に友人を作ってゆ
くことができるようになりました。
 だから時折、少年は友人達を連れ、トラオを紹介することもありました。
 流石に大人数は驚くのか数度逃げ出されてしまいましたが、彼らが少年の“味方”だと知
ったのか、トラオもやがて彼らと共に──数の増えた仲間達と共にゆったりとした時間を過
ごすようになりました。
 ですが……変わるのです。時間が過ぎるとは、変化なのです。
 三年でした。三回季節が一巡りしました。
 トラオにとっても決して短くはない時間です。そして少年達にとっても。
 青春が次の段階(ステージ)に移ろうとしていました。進学、就職、同じ時間を共有でき
る瞬間は、間違いなく少年達とトラオの中にあっても減っていく一方でした。
 それでも、トラオは待ちました。
 いつもの空き地で、樹の上で懐かしい顔を、まどろみの中で待ちました。
 それが結局、少年達の進路と共に、泡沫の過去(きおく)になっても。

「──おい。どうなった?」
 そしてまた季節が巡ってゆきます。この町にもやがて春の息吹が訪れるでしょう。
 ですがこの年ばかりは、どうにも騒がしくなっていました。ガタガタ。空き地に作業員や
重機、建材が入り、春には新しいマンションが建つ予定だったからです。
「駄目ッスね。うんともすんとも動いてくれませんで。よっぽどあそこが気に入ってるんで
しょうかねぇ……?」
 現場監督らしき男がやって来て、作業員らがそう略式に会釈をしていました。
 言って、その内の一人が見上げます。そこには一本の大きな樹──その枝に、あの時と変
わらぬ位置に、以前よりも少なからず歳を取って毛並みが荒くなった虎猫が眠っています。
「困ったな……。あんまりのんびりしていると工期が狂っちまうぞ」
 監督がぼやく間も、数人の作業員が長い棒を手にして枝の辺りをついついっと突いてみて
いました。それでもこの虎猫──トラオは動きません。まるでここが自分の居場所であるか
のように目を瞑って枝に身を預けて、耳を時折ぴくぴくと動かしながら眠っているのです。
 彼らは互いに顔を見合わせていました。
 実はここ数日、彼らはトラオを樹から追い払おうとしていたのです。
 それでも当のトラオは、まるで何かを悟ったかのように、その日の工事が始まる前に空き
地へとやって来てはこうして日がな樹の上で眠りこけるのです。
「……もういいんじゃないですかね? たかが猫一匹です、誰かが登って引き摺り下ろして
くればいい。いざとなったらそのまま伐採を始めちゃいましょう。流石に危険を感じて降り
て来るでしょう」
「ああ……。そうだな」
 でも、大人達は淡々としていました。彼らとて仕事なのです。請け負った期間内に図面の
建物を仕上げなければいけない。土地の所有者からもとうに了解は得ている。ただちょっと
だけ──何処ぞと知らぬ野良猫が居座っている、それだけのこと。
 監督が少し言いよどみながらも頷き、そう言い捨てた片腕の言葉に従いました。
 合図が遣られ、大きな音を立てて重機が動き始めます。加えてチェーンソーを立ち上げさ
せた作業員が二人ほど樹の根元に近付いていき、ざくりと両側からその振動する刃を入れて
いきます。
『ママー! 猫ちゃんがまだいるよー!?』
 轟音。しかしそんな中で作業員らの耳に幼い子供の声が届きました。
 何人かがちらっと後ろを振り向きます。するとそこには、仕切りの高さを越えた空き地の
向かいにある家の二階から、母親と共にこちらを見ている小さな男の子の姿がありました。
『しーっ。おじさん達お仕事中だから……ね? 猫ちゃんもすぐ起きるでしょう』
 工事を見物していた母親は慌ててそんな息子の口を押さえ、苦笑いで作業員らに窓越しか
ら会釈をしていました。
 チェーンソーの音、倒れないよう受け止めている、重機と巻きつけられたワイヤーの手。
 しかし……動きません。これだけ危険だと目に見えているのに、樹の上の虎猫は目を覚ま
せどその場から逃げ出そうとしないのです。
『ママー?』
「お、おい。あの猫」
「……もう一度追っ払って来い。これじゃあ俺達が殺すようなもんだ」
 窓の向こうの子供が不安そうに、いや泣きそうになりながら、母親に訴えていました。同
じく現場監督もようやくこの虎猫の頑なさに何かを感じ取り、神妙な面持ちで部下に改めて
指示を飛ばします。
 樹は既に半ば切り倒される間近まで迫っていました。
 それでも駆け出していった作業員がチェーンソーと重機の同僚達を止め、その間に別の人
員が改めて長い棒で枝上の猫を追い払おうとします。
『猫ちゃーん。危ないよー』
「ったく、何なんだよ? 早く降りて来いって!」
「ここはアパートが建つんだよ。仲間の所に帰んな!」
 そうして、遂に棒先が猫の腹を捉えました。
 流石にこの虎猫はぴょいっと飛び跳ねてしまいます。しかし彼は地面に降り立つのではな
く、あくまで枝を伝って周囲の屋根へ。じっと、まるで恨むようにその瞳を眼下の作業員達
に向けています。
『猫ちゃーん』
 樹が、倒されていきました。
 ようやく邪魔者がいなくなってホッとしたのでしょう。現場監督は再び指示を出し、止め
ていたチェーンソーと重機を再稼動させます。ぐらり、大きな樹があっという間に切り倒さ
れていきました。横倒しになった樹は数個のワイヤーで持ち上げられてスタンバイされてい
た大型トラックの荷台へ。残った切り株も、重機のアームが土ごと根こそぎ掘り返していき
ます。
「猫ちゃーん、大丈夫ー?」
 がらり。耐えかねたのか男の子が母に窓を開けてもらい、この虎猫へ心配そうに声を掛け
ようとします。
 じっー。虎猫は肩越しにこの男の子を見ていました。
 気の弱そうな、だけど優しそうな面持ち。手を伸ばし、心寄り添う眼……。
「──」
 するとどうでしょう。ひょいっと、この虎猫はてこてこと屋根を歩き、ベランダから男の
子の下へとやって来たのでした。
 少なからず驚く彼と、母親。
 だけど何となく分かっていたのかもしれません。男の子がこの猫を抱き上げると、母親は
苦笑しながらも問います。
「……もしかして、飼いたい?」
「うんっ! いいの、ママ?」
「まぁ、ね。あんな一部始終見ていたら放っておけないし……。でも、ちゃんと最期まで世
話するって約束できるならよ?」
「うんっ、する! またさっきみたいな危ない目に遭ったら可哀想だもん!」
 両脇を抱えられて、この虎猫はそう声を張る男の子の顔を見上げていました。
 その瞳にはきっと映っていました。時の流れの中に消えていった──かつての友の顔が。

 トラオ。
 きっとその余生は名前は、何よりその居場所は、変わってしまうのだろうけど。
                                      (了)

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  1. 2014/04/13(日) 21:00:00|
  2. 週刊三題
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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