日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)否む・苛む・纏まらぬ

賽は投げられた\◆/

どうも、今月最初の雑記となります。こんにちは、長月です。

先日用事からの帰り道に、町内の小学校の正門に「入学式」と書かれた看板が立て掛けられ
ているのを見て、嗚呼そんな季節なんだよなぁ、新年度なんだよなぁと再認識しました。
小学校──。もう自分にとっては二十年以上も前の出来事なんですよねぇ。
歳月はこうして永遠のようで無常に過ぎていくものか。あの頃の自分といえば、何かと癇癪
を起こしては周りに迷惑を掛けてばかりいたような……。
流石に今はそうではない(と信じたい)ですけど、何だかんだで我が侭なガキんちょという
意味ではあまり成長していないのかもしれないです^^; まぁこうやってはたと昔に思いを
巡らすようになった分、少なくとも歳は喰っている筈であり、証であるのでしょうが……。

前々回の雑記で言及・事前通知をしましたように、昨日『Dear~』を当庵となろうさんから
取り下げ(削除)しました。郵送した原稿も無事出版社の方に届いたようですし、一先ずは
物理的なアウトはなさそうです(;=_=)-3 後は冒頭の通り、いつも通りもそもそ創りながら
結果を待つのみです。
ですので、なにぶん小説公募は初めてなものですから、まぁあまり期待を乗せ過ぎないよう
にしようかなぁとは思っています。一次選考を通過できれば万々歳といった所でしょうか。
そもそも──分量を収める練習を意図していたとはいえ──始めから公募用にと決めていた
物語でもないですし、所謂レーベル毎の傾向と対策といったことも皆無。思いがけず分量が
収まったことなどを経て背中を押された……というのが実際ですし。保険乙

好きなものを書く(描く)。
それは創作人の「創りたい」の根っこで、長い目で見れば一番それが精神衛生的にも最善で
あるのだと思っています。実際公募で何度も撃沈し、感想を求めた相手にも酷評され、己の
書くもの(価値観)が全否定されているように感じて筆を折ってしまう──なんて知り合い
を自分も見てきていますので(´・ω・`)

だから不安がない訳じゃない。無い訳ない。むしろ湧き出過ぎる。

題材、文体、技巧、世界観──人間観。そして何処かにいるであろう読み手への「優しさ」。
まだまだ足りない……そんなことばかり_(:3 」∠)_


でも──前回雑記のポジティブ教徒な物書き仲間さんではないですが──かといってそう不安
だ不安だと、それは違うそれはおかしいとばかり口にしていても“詮無い”んだよなぁとも
思う訳で……。

一つは現実的観点からみて、不安や不満を述べるだけでは何も解決しないということです。
別な物書きさん(ライターさん?)にも『不安は不安を呼ぶだけですよ』と窘められるよう
に言われたこともあって、そうポジティブな方向ではないものの、徒に吐き出すことの意義
を、今は以前よりもフッと見失いつつあるように感じています。
もう一つは、諦観──辟易とでも言えばいいのでしょうか。
自他から否定される、或いは否定する──そういうやり取りにやはり、僕は以前よりも意義
を見出せなくなっている気がするのです。

とりあえず、例の如く創作界隈に絞ってこの雑感を組み立ててみたいと思います。
以前より言及している通り、僕は「小説家になろう」さんにて拙作の一部(というか現行の
メイン連載)を当庵と合わせて投稿しています。それはそもそも、元はといえばなろうさん
が多くの潜在的読者を抱えている場であり、自分も当庵だけでなくそこにUPすれば拙作が手
に取られる確率が増えるだろうと踏んだ……ただそれだけの、いやざっくりながら計算して
みてのことでありました。
実際、ユー録も三題もお陰様で共にPV五桁に到達するコンテンツになりました。逐一調べて
いる訳ではありませんが、そんな拙作にもブックマークや評価点、レビューなども頂き、僕
個人としてはそれだけでも当庵だけに閉じ篭らずにいて良かったと思っています。
……それでも、欲を掻けば「上」はいくらでもいます。
それこそ何千何万というポイントを稼ぎ、ランキングに食い込む猛者(俗にランカーと言う
そうです)がわらわら。その全部を読んだ事はないのですが、あんたら一体どうやってそこ
まで大量の数字を……? なんてことはよく眉根を寄せて思うことであります。
一言でいうと「戦略」なんですよね。
初動の「営業」と細やかな更新、そして「流行り」に乗っかった作品を創って、尚且つ自分
だけのアレンジ(強み)を混ぜ込む──。
こういった生の話を聞く機会はごく最近増えたのですが、やはりただ「何となく」だけでは
決して到達できないものであることは解ったように思います。
……だからか、いや人の営みである以上、それはもう宿命なのか。
所謂アンチですね。概して歓迎されない類の批判者のことを指します。
勿論批判・意見は大いに結構(自由)なのですが、こういった手合いは往々にして作品自体
を「場」──ここではなろうさん──と結び付けてくる。曰くこれは俺TUEEE系(※最強的な
主人公が敵を蹴散らす爽快感を売りにしている小説群のこと)だの、異世界ハーレム物だの、
そういったなろうにおける“偏った流行り”が、書き手も読み手も歪めている!……云々。

一時期は僕も、こうした類の批判(○○は△△に迎合している!けしからん!)に共感して
密かに突っ掛かっていたりしました。実際ユー録も三題も、他の拙作も、上記のような所謂
なろうさん内の流行りとは無関係に書き続けているものです。そういう意味では今でも僕は
“反骨”的精神で“文藝”をしようという気持ちがあるのかもしれません。
(主分野がファンタジー系なのは、そもそも僕自身が好きだからなんですけどね。念の為)
だけど……じゃあ、今の潮流に大して真っ赤になって(或いは白け哂って)反発したところ
で否定したところで、何がどうなるものか。
結局は俺TUEEE系も異世界ハーレム物も「流行り」の一環なんですよ。いち時代なのですよ。
当たり前ではあるのですが「流行りは作られるもの」である以上、彼らが否定しに掛からん
とする相手もそれ相応にスクラムを組んできている訳です。
その肯定派と否定派が(web上であろうと)居合わせて──諍いにならない訳がない。

単に両方の言い分を知ったから……だけなのかもしれませんね。でも、

『自分は「小説家になろう」という場を借りて作品を発表している。ならばそこの流儀に従
うのが先ず前提で、そこで自分の理屈だけを通そうとするのはおかしいと思う』

みたいな事を某なろうユーザーさんが話していたのを聞いて、嗚呼と僕は思ったものです。
……当たり前ではあるけど、お互い考えていることはあるんですよね。
だけど、否定しに掛かるその時、批判者Aは多くの場合、この被批判者Bについて知らない
ことが多い。むしろBについて深く知ろうとする──その土壌に関わること自体が“負け”
であり、仮に反論があっても事実なり印象なりで既に論理武装しているから、やっぱり結局
両者は中々交わらない。そこでBの側が攻勢に出なかったり(無視したり)すればただ単に
“批評”で過ぎ行くかもしれない。でも……そうなってくるともう「議論」ではない。互い
の認識を交換し、より良い思考へと至る。議論というものを勝負──こちらの正しさを証明
することと履き違えている以上、両者の接触は直接的であれ間接的であれ、相互の被害感情
<デメリット>しか生み出さない──。

てめぇら、もう二度と話し合うな関わるな!とは言いません(それは殲滅願望だから)
ただ僕個人は虚しいというか、厭になってくるというか。この雑記では創作に絞って綴って
みたものですが、大よその事象に対する態度として、とかく「否定」しに掛かろうというの
は宜しくないなぁと思う今日この頃なのです。
俺達とお前達、一体どちちが“正しい”か?
そもそもそういう白黒を絶対に付けないといけない事柄なのか?

《諍いが厭いだ》──その一念が根底にある私怨であろう面は、指摘されれば否めません。
ただそれでも、言葉にしたかった。相変わらず上手く纏まらない結果ばかりだけど、整理も
兼ねて残しておきたかった。

何でもかんでも、画一的にしなきゃいけないことはないのに。
事務処理の類ならばいざ知らず、それらは突き詰めれば個々人の価値観の配分であって。
とにかく「場」において登り詰めたい人はいるだろうし、逆に目立たなくてもいいから好い
てくれる人がいればいいという人もいる。或いは衆目に晒すこと自体をせず、もっと内々で
収まって良しとする人もいる。
──そういう多彩を、否定して回ってどうするんだろう。
登り詰めたい人を叩くにしても、それは嫉妬かもしれない。或いは登り詰めて目立った創り
手を見出し、ビジネスが青田刈りすることへの反発──嫌儲か。確かにそういう発掘方法が
見受けられるようになったのはなんだかなぁとは思うし、それまでの「場」のエネルギーと
いうかパワーバランスが崩れてしまう結果になることは予想するけれど、かといってそうい
った“資本”を突っ撥ねることで被るデメリットも、一方では厳然として存在する。
反骨とはただ単に『権力を持った奴が気に食わない』を美化する文句ではない筈だ。
誰かに寄り立って闘うと決め、その敵へ、もたらせる害故に圧力をかけてくる者達へ安易に
ブレないと筋を通すからこそ美しいのだと僕は思う。否定とて手段だ。そこに真摯な目的と
美意識が欠けるなら……たちまち「説き伏せる」は辟易させられる泥仕合に変じうる。

ある者は描きたくて。物語達が多くの人に資するものであれば尚のこと幸福で。
ある者は儲けたくて。商人として生き残りたくて。その為の活路を探していて。
ある者は究めたくて。己が信じる藝術なり理想、それらで世界を満たしたくて。

だから僕らはいがみ合うし、必要ならば手を結ぶのだろう。
少なくとも思うほどセカイは画一的じゃない。それぞれが見ている方向も像も、各々違う。
それをいきなり勝手に捻じ曲げ、ぶち壊して挿げ替えようとするんだから、そりゃあ怒るの
も無理はないし、当然の結果だろう。なのに「否定」したがる人は、その行いを「正しい」
と云って憚らない。……逆に否定されれば激昂するか、相手を哂って論理武装を撃ち、取り
付く島もないことが大半ではないかと思う。

仮に否定したがる矛先がその界隈を変えてしまっても、或いは滅ぼしてしまっても、多分僕
は何もできない。こうしてぶつくさ、言葉を捏ねているだけなんだろうと思う。
流石にそんな事態になれば責められるべき者(モノ)は出てくるのだろうけど……はたして
その時、自分はどこまで“石を投げてよい”人間であるのだろうか?

何かを描く、書く、伝える、或いは動いている。
もう遅いんだ。そもそも……どうしようもないのだ。
僕には味方になるような誰かがいる、貴方にも味方がいる。だけどどちらにも敵になる誰か
だってきっといて、何よりこの二者以上に、無関心・無関係な誰かがわんさかといる。

……もやもや。やれやれ。

だから僕は、先ず僕が書きたいものを書こうと思う。思えるように、強く在りたい。

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  1. 2014/04/10(木) 00:45:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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