日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(書棚)感想:上橋菜穂子『精霊の守り人』

書名:精霊の守り人
著者:上橋菜穂子
出版:新潮文庫(2007年)
分類:一般文藝/和風ファンタジー

──皆が皆、清濁併せ呑みながら生きるしかないんだ。
女用心棒と幼き皇子。運命に翻弄されし二人の物語が、始まる。


どうもお久しゅう。気付けば此方ではざっと四半期ぶりになりますか。
今回は上橋菜穂子氏『精霊の守(も)り人』の読書感想です。何気にがっつりファンタジー系
の小説感想を此方でしたためるのは初めてですね。
先に触れておくと、上橋氏は文化人類学の研究者でもあります。かねてよりその学識を活用
した世界観が売りである──という話は耳にしており、以前書店で見かけた際に買い求めた
のでありました。
同作は以降何巻も続き、完結をみた「守り人シリーズ」の第一巻的な位置づけの物語です。
またあとがきにもありますように、上橋氏ご本人の意向からシリーズに一区切りがつくまで
は文庫化が保留されたという経緯があるようです。僕は一連の読書感想において、出版年を
その本(入手のし易さから大抵は文庫版)自体の初版年として記載しているのですが、厳密
な初出年月日はこれよりも十年以上前になっています。念のため。あしからず。
(尤も同作に限らず、初出と文庫版初版の年が離れているというのはそう珍しいことではな
いと思いますが)
物語の概要は、次の通りです。

物語の舞台は北に大きな山脈、他三方を海に囲まれた半島に位置する「新ヨゴ皇国」。
その地で長らく用心棒をしながら暮らしていた女槍使い・バルサは、ひょんなことから皇国
の第二皇子・チャグムの危機を救う。
その夜、皇子の母である二ノ妃より礼を兼ねて宴に呼ばれたバルサだったが、そこで妃より
とある依頼を(半ば強制的に)される。
“チャグムを逃がして欲しい”
実は年若き皇子には精霊の卵が宿ってしまっており、神の子の末裔とされる帝と側近たちは
この事実を民に知られぬため、何度も皇子を暗殺しようとしていたというのだ。それを母親
である二ノ妃は察知、バルサという腕利きの用心棒に息子を──たとえ王族の身分を捨てる
ことになっても生き延びて欲しいと託そうとしたのである。
どのみち「始末」される……。依頼を受諾したバルサは最初その巡り会わせを呪いつつも、
幼きチャグムを連れて王宮を脱出、帝と陰の実力者・聖導師が放つ刺客、ひいてはチャグム
が宿す精霊の卵を喰らわんとする異界の怪物から彼を守るために戦い続ける。
幼馴染の薬師で呪術の心得があるタンダ、その師匠で当代最高の呪術師とされるトロガイと
いった仲間と合流しながら送る、緊迫と安寧の逃亡生活。先住民ヤクーが細々と伝えてきた
独自の世界観と伝承。新ヨゴ皇国の建国神話がひた隠しにしてきた歴史の真実。バルサ達は
やがて、精霊の卵の正体とその真の意味を知り──といった内容。

──嗚呼、自分の力量のなんと未熟なことか。
この物語を読み終えて僕が何よりも思ったのは、そんな同じいちファンタジー畑の書き手と
しての感慨でありました。
とにかく、綺麗。
実際に書いて(創って)いる方なら分かるかなと思うのですが、ファンタジーという題材は
世界観の自由度が高い反面、つい諸々の設定をぶっ込み過ぎてしまうという傾向が大なり小
なりあると思うのです。特に物語の序盤、この物語がどんな世界で語られるのかという下地
を示す為につい、僕も含め書き手は設定や用語を盛り過ぎてしまいがちなのですが……この
『精霊の守り人』においてはその按配が綺麗に収められている。この一点だけでも中々巧く
いかないものですから、おおっ!となりますね。
加えて(序盤は割とゆっくりなのですが)構築されている世界観も、綺麗。
先述のように上橋氏は文化人類学の研究者でもあります。それ故今日びのファンタジー作品
にありがちなテンプレな「西洋」ではなく「東洋」を意識した新ヨゴ皇国、先住民ヤクーと
いったオリエンタルな世界観が本作ではサラサラッとちりばめられている。

空を観察し、そこから未来を天の神の営みを読み取る《天道》を、その専門家である星詠み
達(の最高位・聖導師)が政治の中枢──実質的な権力を握る新ヨゴ皇国。
一方でこちら側《サグ》とあちら側《ナユグ》という二つの世界が重なって存在し、多くの
山川草木に大いなる力、精霊を見出し、これを信仰する先住民ヤクー達。

後者は歴史の荒波に揉まれ、作中ではヨゴ人との混血も増えてその教えは先細る一方だと描
かれていますが、文化の複数──多様性を読者にこうもしっかりと意識させ、かつ現実味を
持たせる筆力は流石だなと思いました。
『歴史は強者が作る。でも真なる歴史は、同じく捻じ曲げられがちだけど、弱者の側にある
ものだ』──作中、その展開の肝となるのは、おそらくそういったメッセージ。念頭。
物語の前半、精霊の卵はそれ自体が皇国の中枢からは忌むべきもの(神の子の末裔たる皇子
に異形の卵が宿るなどあってはならぬ)という認識をされていますが、ヤクーの血を引いて
いるトロガイのある一手により、聖導師ヒビやその片腕となっていく星詠みの一人・シュガ
はやがて王宮奥深くに保管された古文書を読み解き、やがて歴史の真実──精霊の卵とは何
なのか? 本当の「敵」とは何か? に直面することになります。
“認識の逆転”──物語中の前提をひっくり返すどんでん返し。それ自体は本作に限らない
技巧ではありますが、やはりこれへと読み至り体験するというのは、物語を読む面白さ・醍
醐味の少なからずを占めるのだと僕は信じます。
何より……それからなのです。
ひっくり返った世界、否定された常識、そこから主人公達がどう“進んで”いくのか?
(或いはそこで“絶望”して異なる道を往く者が「悪」役になるのかもしれません)
それがきっと物語が人に資するものとなる瞬間であり、それが込められていることが物語の
大きな意義でもあるのだと僕は思うのです。
(勿論ただ「娯楽」で一貫されている物語であっても、それはそれで安らぎと安楽を与える
という形で人に資する訳ですが……)

歴史(強者の都合)が変えてしまうもの。変えても密かに生き残っていくもの。
僕らの生きる現実(リアル)とは異なる世界。だけどその世界観にはある種のリアリティ、
同じ「人間」を描くからこそ連想できてしまう、この現実(リアル)との共通点が散在する。
何よりもバルサやチャグム、物語を奏でる者達の心の内が、成長(する過程)が細やかで、
はたと手に取った者の空想と現実の境を取り払ってくる──己の記憶と思いが重なる。
それはさも、この物語世界における呪術師が、あちら側の世界《ユナグ》に顔を浸して異界
の「人」と語らうかのような瞬間でもあって……。

前半は特に人と人の戦い、後半は特に人と魔との戦い。
それら隙間に、世界が違ってもどうしようもなく変わらない人間の性というものが、其処に
はそこはかとなく描かれている……。

ファンタジー好きな方もそうでない方も、是非。
このシリーズも、また機会があれば続編を手に取ってみたいなぁと思います。

<長月的評価>
文章:★★★☆☆(全体的にさっくりとして読み易い。多少文節が混雑する箇所もあるけれど)
技巧:★★★★☆(設定でゴテゴテしない描き方は見習う価値あり。伏線の提示は易い難易度)
物語:★★★★☆(複層的な文化観、キャラ達の内心描出。特にチャグムの成長ぶりはお勧め)

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  1. 2014/04/04(金) 12:30:00|
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Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

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