日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅳ〔49〕

 時は今より遡り──地底層・魔界(パンデモニム)。
 その中心地であり、第一の都である魔都ラグナオーツ。その一角に煉瓦造りの大きな洋館
が建っていた。七星が一人“黒姫”ロミリア。彼女が率いるクラン・オラトリヲの本拠地で
ある。
 普段は都の市民すら畏れ多くて安易に近付かない場所。
 だがこの日、そんな館へ一人の上客が訪れていた。
「やっほー。ロミリア、いる?」
「……来ると視えたからこうして待っていたんじゃない。いいの? 常夜殿──首長の仕事
の方は」
「いいのいいの。爺達に任せてあるから。おかげ様で今の所大きな問題は起きてないしね」
「……そう」
 館でも中枢も中枢、ロミリアの私室にそう上がり込んで来た人物。それは四魔長の一人に
して妖魔族(ディモート)の現首長・ミザリーだった。
 丸いサイドテーブルの中空に占札(タロット)を浮かべ、はらりはらりと捲りながら横目
を寄越すロミリア。彼女らは共に美貌の持ち主だが、ミザリーは勝気な姉御肌、ロミリアは
思慮深い艶というそれぞれ毛色の違った雰囲気を纏っている。
「それより飲みましょ? 良い酒が手に入ったの」
 にししっと笑い、ミザリーは手に提げていた木枠の篭を持ち上げてみせた。
 中には値打ち物の赤ワインが数本。ロミリアもそれを見てスッと視線を留め、タロットを
慣れた手付きで一束にしまい直す。
 程なくしてお互いの従者を退室させ、二人は葡萄酒(さけ)を酌み交わした。
 グラスになみなみと注いだ赤。色と香りを愉しみ、ミザリーがくいっと飲む。続いてロミ
リアも静かに嗅ぎ、一口二口。
 一見すれば穏やかな時間だった。種族や立場こそ違えど、彼女達は折に触れて飲み交わす
友でもあった。
「……聞いたわよ。今度、地上(ミドガルド)に行くんですってね」
 そうして、暫く黙々と飲み交わした後だった。そっと上機嫌な声色を落とし、ミザリーが
さも探りを入れるかのようにその話題を切り出してくる。
 ぴくり。言葉にこそ出さなかったが、静かに静かに、ロミリアの動きが止まる。
「ええ」
「共和国(サムトリア)から直々に招聘されたそうじゃない。顧問になるんでしょ? 少し
前に新しい大統領になったばっかりだものねぇ」
「……」
 くっと長めに一口、ロミリアはグラスの中のワインで喉を潤していた。
 ミザリーに対して横斜めに腰掛けた位置。そこからやはり横目に視線を持ち上げ、彼女は
この友に静かな弁明を試みる。
「私は傭兵ですもの。大口の仕事が入った、それだけよ」
「ふぅん……?」
 なのにミザリーは退きそうにない。むしろ空になったグラスを自身眼前のサイドテーブル
に置き、肘をついて軽く両手を組みながら、更なる言葉を投げ掛けてくる。
「雇い主──新しい大統領の名前、何だっけ? ああ、そう。ロゼッタ・ウィンストン。統
務院議員も経験してるルーキーちゃんよね」
「……ミザリー」
「分かってるわよ。他言してない。する気もないし、スキャンダルになっちゃうものね」
 しつこい。
 そういう意図なのか、やがてロミリアがじっと彼女を諌めるような眼を向けていた。それ
でも当の彼女は余裕を持って微笑(わら)い、しかし次の瞬間にはスッと真面目な表情にな
って更に訊ね返す──本題をぶつけてくる。
「……本人に、話したの?」
 どうやらそれが、今日この館を訪れた目的だったようだ。
 ロミリアは答えなかった。二口三口、黙したまま残りのワインを飲み干している。しかし
その沈黙は実質肯定に等しいものだ。
 ミザリーは深く息を、ため息をついた。やっぱり……。
 この子の真面目さ(せいかく)からしてそうだろうなとは思っていたけれど、実際その頑
なさを発揮されると、中々どうしてお節介が疼くじゃないか。
「伝えた方がいいんじゃない?」
「メリットが無いわ。仕事(ビジネス)に支障が出るだけ。彼女の方にしたって、今が踏ん
張り所なのに“隙”をみすみす作るようなものじゃない」
「まぁ、それはそうかもしれないけど……」
 ロミリアの言うことは確かに間違ってはいなかった。だけど、ミザリーは思う。
 たとえその出会いが──引き合わせが偶然から起こったことであっても、それを自らふい
にしてしまうなんて……哀し過ぎる。
「大体、今更どう名乗ればいいっていうの? 私は、私達は……あの子の苦労を知ろうとも
してこなかったのに」
「……」
 ぽつり。漏れる心。
 ロミリアもまたグラスを空にし、友にすら目を合わせず、じっと去来する想いに思考に抗
っているようだった。捌こうとしているようだった。
「らしくないわね。七星の紅一点、未来を見通す知将なんて呼ばれる貴女ともあろう者が」
 数拍間を置いて、ミザリーは言う。
 だがそれは皮肉を装った──背中を押す一言だ。ロミリア自身も黙してこそいたが、この
友の意図には間違いなく気付いていただろう。
 暫くそんな彼女(とも)の思案顔、やり過ごしたいという横顔をミザリーは見遣った。
 ふぅと静かに嘆息をつき、手ずからまたなみなみとグラスにワインを注ぐ。
「それでもね。事実は事実じゃない」
 おそらく友(かのじょ)は承知しないだろう。だけど伝えずにはいられなかった。
 たっぷりと置いた間。グラスの中の赤を揺らして、ごちる。
「たとえ腹違いでも……この世でたった一人の妹なんだから」


 Tale-49.その力、繋ぎ止めんが為

 使徒(クロム)の背中を、場の面々が唖然として見ていた。
 足元に転がっているのは陥没を作り、大破した二体目の狂化霊装(ヴェルセーク)。さも
蒸気を上げているかのようなその右腕は、鋼鉄のように黒く硬化されている。
「……」
 四つの黒球──王達が無事外に運ばれたこと、その嬉々も一緒に吹き飛ばした一撃。
 ダグラス隊やロミリア以下集まった傭兵達、イセルナ隊に加え他の使徒達も。
 誰もがまだその衝撃から立ち直っていないそのままに、クロムは黙々とこの倒れ伏した鎧
騎士を形成する内部の蛇腹を掴み出して引き千切り、中身──半ばミイラのようにやつれて
真っ白になった人間をその場に放り出す。
「何をしている。早く“黒姫”を離脱させろ」
「えっ?」
「セシルの瘴気を浴びたろう。急いで浄化しろ。今ならまだ間に合う筈だ」
 あっ……。ロミリアの部下達が、程なくして肩越しに告げる彼の言葉を理解し、コクコク
と頷いていた。急ぎ皆で彼女に肩を貸して運び出し、後事を仲間達に託して一足先に結界の
外へと離脱していく。ミザリーやウル、少なからぬ面々がについっと肩越しに顰めた視線を
遣り、佇んでいる。
「どういうつもり? クロム」
「裏切り、だよねえ……。美しくない。そんなことをしてどうなるのか、分からない君じゃ
なかろうに」
「万死に値するぞっ! 何故今更凡俗に? 我々の大義に何の不満があるというのだ!?」
「セシル!」「……大丈夫だ。それよりも、あいつを」
「やれやれ。これは死体がまた一つ増えるかねぇ?」
「クロおじさん……。何で……??」
 兵達の安堵。だがそれは勿論、そう長くは続かなかった。
 フェイアン、フェニリア、エクリレーヌ、セシルとヒルダにグノア、ヘルゼルら。使徒達
の眼光は総じて鋭く、強い非難のそれで、一斉に得物を向けて彼に迫ろうとしていた。
「クロムぅぅッ!! やっぱりそうか。やっぱりお前が、レノヴィンに手心をッ……!!」
「わわっ。お、落ち着きなよぉ、ヘイト……」
 その中でも特に、ヘイトの激昂は相当なものだった。
 少年の身には不釣合いな程に憎しみに満ちた眼光。今にもストリームを手足のように操っ
て攻撃を加えようとする勢い。それを、傍のアヴリルが慌てて押さえ込んでいる。
「……どういう事だ? 仲間割れか?」
「わ、分かりません。少なくともあの鎧騎士(ヴェルセーク)を倒したとしか……」
 そして混乱しているのは、何よりもダグラス達だった。
 臨戦態勢はそのままに、されど怪訝に眉根を寄せて槍を剣を銃を構える面々。副官である
エレンツァも一応分析的にこの状況を観ようとしているが、ではその理由はとなると同じく
戸惑うばかりだ。
 合流していた傭兵達、イセルナと団員達、そして四魔長もそれは同様で、互いに顔を見合
わせてはクロムの方を見る。次にどう動けばいいのか? すぐには判じかねて動けない。
「何をしている。急げ。リュウゼン──この結界の主は最上部にいる。レノヴィンの片割れ
達も一緒だ。急がなければ……失うぞ」
『ッ!?』
 するとそんな面々を見て内心焦ったのだろうか、クロムが再びそうはっきりとこちらに向
かって促してきた。
 氷を纏うフェイアン、掌に炎鬼を作り始めるフェニリア、瘴気を漂わせるセシルとヒルダ
に義手から刃を迫り出させるグノア。イセルナと団員達、そして四魔長が真っ先に反応し、
互いの顔を見合わせる。
 やはりそうなのか……?
 徐々に心が急けていく。見えない何か押し出されるように、身体が脚が動き出す。
 だけど……だけどこのままでは、彼が。
「行け! ブルートバード!」
『させるかぁっ!』
 それでも、くわっと叫んだクロムの一喝が合図となった。
 次の瞬間、石廊の先へ向かうイセルナ達、させじと切っ先を向け直して襲い掛かろうとす
る使徒達と残り一体のヴェルセーク、そしてこれを防がんと飛び出すダグラス達の三者三様
の動きが三つ巴の様相を呈そうとする。
『──ッ!?』
 だが、その直後だったのである。
 まるで三者が交わる、そこに割って入るかのように突如として足元──遥か眼下から、お
びただしいエネルギーの奔流が噴き出してきたのだった。
 面々の視界が一瞬にして眩しく染まる。バリバリッと、辺りに無数の滾り──磁力の片鱗
が奔っていく。現れたのは同じく無数の影だった。人やモノ、兵士達や武器の類・金属類。
それらがまるで噴水で押し出されたが如く、一斉に空を舞って来たのである。
「あ、あぁぁぁぁぁーッ!?」
「ちょっ、ライナさん、高いです高いです! 無茶過ぎますってぇぇぇ!!」
「つべこべ言わない! 下層(した)から急いで登って来るには、こうでもしなくちゃ間に
合わないでしょ!」
 ライナ・サーディスだった。正義の剣(カリバー)副長官の片割れ、魔人兄妹の一人だ。
 この眩いばかりの一発は彼女の仕業だったのだ。持てる力を総動員し、磁力であらゆる仲
間達を引き寄せ、自身も盾だった物らしき金属板の上に腕を組んで仁王立ち。部下や傭兵達
こもごもの兵力を、殆ど無理やりにこの場に持ち込んでみせたのである。
「いっけぇぇぇーッ!!」
 そして、降り注いだ。彼女のその合図、振り払った手と共に、この磁力で浮かばされた兵
達が一斉にこちらに向かって急降下してきたのだった。
 三者三様にその顔が引き攣っていた。それらは磁力の反発──加速力を得た数え切れない
程の兵士達の突撃であり、持ち主なき武器らの高速の投擲である。
 使徒達が、ダグラス隊や傭兵達が、イセルナ隊と四魔長が、咄嗟にその場で防御に専念せ
ざるを得なかった。
 ライナの放つ無数の武器と兵士らが滑空しながら舞う。だがそれらの標的はしっかり制御
されており、どうやらこの四方八方からの突撃全ては使徒達に向かっているようだった。
 斬り伏せられた、撃ち落とされた。それでも使徒達は各々に──鬱陶しそうにこれらを捌
き、その位置関係から巻き込まれざるを得ないクロムも、先ほど倒したヴェルセークの装甲
を盾代わりにしながら同じく黙々と凌いでいる。
「わわわわっ!? な、何で? 何であの人が……」
「追いかけて来たんだろうね。全く、スマートじゃない──」
 そんな時だった。邪魔をしてくる無数の鉄屑や時々兵士、それらを氷漬けにして落下させ
ていくフェイアンに向かって、大きな人影が二つ、襲い掛かってきたのだ。
「どっ」「せいっ!」
 爆発と猛火。中空から斬りかかってきたのは、グレンとダンだった。
 フェイアンが咄嗟に氷の武装と共にこの大剣と戦斧を受け止め、周囲に赤く赤く爆発の炎
が飛び散る。それら二つと彼の長剣が、ギリギリと激しく鍔迫り合いを起こした。立ち込め
る煙や土埃は激しく広範囲に渡り、三者を──特にクロムを、他の使徒達から遠ざける。
「調子に……乗るなよっ!」
 氷の大蛇達(オロチ)がお返しにと、グレンとダン目掛けて襲い掛かった。
 牙を剥く冷気の塊。だがそれを二人はすんでの所でかわし、焔のそれでいなし欠けさせ、
密かに距離を取り直していたクロムのすぐ前へと着地する。
「ダン! それにシフォンに皆……ユイさんも」
 一先ず使徒達および“結社”の軍勢を押し返すことはできたようだ。流石に魔人(メア)
達をこの奇襲で獲ることはできなかったが、オートマタ兵や魔獣──配下の雑兵はかなり削
り取れたと思われる。
「おう、イセルナか! 無事だったみてぇだな」
「大丈夫かい? カードキーの話、ジーク達から聞いたよ」
「イセルナ・カートン──認証プロセス完了。マスターノ上官殿(マスター)デスネ」
「下層(した)にいた人々の避難は、先程完了しました。後は大都(このまち)を取り戻す
だけです!」
 ユイの報せに、少なからぬ仲間達が嬉々とする。
 ライナの磁力で宙を舞わされていた兵士達も含め、下層にいた面々がいよいよ合流を果た
しつつあった。次々と足場に降り立ち、ずらりと並んでいた。
 ライナ・グレン以下正義の剣(カリバー)の兵達、ダンら団員や傭兵達、そして各国の軍
や大都の守備隊。尚も居座り濛々とくゆる土埃と黒煙の中、新たに戦力を補充したイセルナ
達一同は、改めてこの使徒達と相対そうとする。
「そう……よかった……」
「で、ですがどうしたっていうんです? その男は使徒です。“結社”の魔人(メア)なん
ですよ? 何故彼が、貴方達に庇われて──」
「ああ。それなら……」
「心配すんな。色々あってな、今は俺達の味方だよ」
 そして疑問だったクロムの挙動も確信へ。エレンツァが皆を代表して問う声に、グレンか
らダンへ、ニカッと妙に清々しい笑顔が返ってくる。
「味、方……?」
「こっちについたってのか? まさか……」
 当然面々はざわついていた。ダンはそう言うものの、兵達の視線はそうすぐには信用する
には足らない。実際正規軍を率いる立場のダグラスも槍を片手にじっと目を細めていたし、
彼を睨むヘイトの眼光は益々憎悪を帯び続けている。
「……マーフィ殿の言葉を信じよう。もし本当に私達と共に戦ってくれるなら、これほど心
強い助っ人は他にいない!」
 それでも、この勢いを自ら萎めさせる訳にはいかなかった。尚もざわつく皆々を鎮めるよ
うに、ダグラスがびしりと力を込めた声で叫ぶ。
 対峙していた。大連合と使徒、および“結社”の軍勢達。
 確かに王達は逃がした。だがまだ安心はできない。
 この恐ろしき敵達をもう暫し食い止められなければ──きっと奴らは皆を追い殺す。
「……小癪な。狂装兵(ヴェルセーク)っ!」
 そんな中、先にけしかけたのは、グノアだった。
 右顔面を機械の面で覆い、前髪で隠れ、されど確かに眼を血走らせて振り払う手。それを
合図として、残っていた三体目のヴェルセークが両腕から巨大な刃を形成する。
 だが──その攻撃、その一歩目から蹂躙されたのだった。
 やや濃紫の、量産型の鎧騎士。その堅牢な筈の装甲へと次の瞬間、多数の赤々とした柱が
飛んで来たかと思うとこれを貫いたからだ。
「なっ……!?」
 グノアが、他の使徒達が咄嗟に避ける。大きく飛び退く。次々に赤い柱が、その彼らの立
っていた場所に突き刺さっていく。
 血だった。よく見るとそれは凝結されて巨大な針となった、血の角柱だったのである。
「──やれやれ。やっと追いついた」
 再び舞った土埃、傭兵達の「おおっ!」と漏れる歓声と、舌打ちする使徒達。
 くるり。ヴェルセークを串刺しにして動かなくさせた、その血柱の端に立って振り返った
のは……ヒュウガ・サーディスだった。

 相変わらず飄々と微笑(わら)ったまま、彼はぶらりと剣を手に下げている。
 感嘆。沈黙。
 正義を名乗る剣と盾が、今ここに揃い踏みとなる。

「退け退け、退いてくれぇッ!」
「おい誰か! 誰か、冥魔導が得意な奴はいねぇかっ!?」
 結界の外、第三隔壁の周辺は、シフォン達が必死の思いで逃がした大都(バベルロート)
の市民達でごった返していた。
 何せ顕界(ミドガルド)最大の都市、その人口をほぼ丸々である。随時用意され、忙しな
く離発着を繰り返す飛行艇群でも、その輸送は中々間に合わない。
 なのにまた新たに、風穴から転がり込むように飛び出してくる一団があった。
 一見する限りでは……傭兵。
 そんな如何にもといった身なりの数人が、何か両手で大事そうに抱えながら、そうごった
返す人ごみの中で叫び始めている。
「ちょ……ちょっと、押さないでよ!」
「おい、次の便はまだか!? いつになったら俺達は運んで貰えるんだ!?」
「急いでくれぇ! ばっ、化け物に、化け物どもに殺されるぅ……!」
 だから当然の反応ではあったのだろう。最初、救助を待つ市民らはこの傭兵(あらくれ)
達の乱入を明らかに快く思っていないように見えた。上空を飛んでいく飛行艇を見上げ、行
列を捌く兵士に詰め寄り、或いは傭兵達(かれら)を直接、邪険に弾き飛ばそうとする者達
すらもいた。
「ちょっとそこ、割り込みは止めてください! 順番に、順番にお願いします!」
「現在、住民の皆さんの保護を最優先にしています。冒険者の方でしたら、避難よりも先ず
周辺の警護に加勢を──」
「そんな場合じゃないんだよ! いいから早く魔導師を呼んでくれ!」
「ここにいるんだ、王達がいるんだよ! 急いで出してやらねぇと……!」
 故に傭兵達──ブルートバードの団員らがそう必死の形相で叫び、差し出してきた四つの
黒球を見て、彼らを制止しに来た守備隊員数人がピシリと固まっていた。
 限界までまん丸に見開かれた目。油が切れたようにゆっくりと持ち上げられた視線。
 それは……本当か? 彼らの眼がそう確認している。団員達は頷いた。一ミリとて冗談を
言っている場合などではないのだ。
 そんなあまりの気迫にサァッと青褪め、守備隊員らは互いに顔を見合わせていた。
 次の瞬間、ぐるんと身を捻り、彼らは人ごみの中の仲間達に向かって叫び出す。
「おい! 魔導兵を、大至急魔導兵を寄越してくれッ!」
「冥魔導だ! 冥魔導の使い手をっ!」
 辺りが別の意味で騒ぎ始めていた。ややあって魔導兵が数人駆けつけ、市民達も何事かと
あちこちから覗き見の視線を遣ってくる。
「……無明の闇沼(ブラックホール)か。この中に、王達が?」
「ああ。アルス──皇子が機転を利かせたんだとよ」
「俺達じゃ分からん。開けてくれ。……できるか?」
「ま、任せておけ」
 ごくりと息を呑んで、魔導兵らは受け取った黒球を地面に置いてそっと掌を被せた。その
表情(かお)は大役からの緊張で引き攣っている。
『──解放(リリース)!』
 ぐっと手にマナを込める。紫色の魔法陣が逆向きに出現した。四つ、底なしの闇色が場に
巨大な柱となって噴き出していく。
 団員達が兵達が、市民達がそのさまを見上げていた。
 濛々。まるで粘り気を帯びた沼のよう。そんな闇が暫く辺りに霧散し、皆が皆、此処に逃
がされたという当人らの姿を探す。
「…………。んぅ?」
 そして、彼らは見つけることが出来たのだった。
 徐々に晴れていく闇色のぬめり。その中でぼんやりと、眩しそうに目を開けるシノ達──
結社に囚われていた筈の王達の姿がそこに現れていたのだった。
「シノさん!」
「ばっか、今は女皇様だろ」
「よかった……。無事に戻せた……」
 団員達を皮切りにして、兵らがぱぁっと安堵と喜色の表情を浮かべる。
 シノはそんな彼らを──ざわざわとこちらを見てくる大都の市民達を見て、ようやく状況
を理解したようだった。
「……脱出、できたらしいな」
「ふ、ははは! やってくれた。あの若き皇子も、中々の切れ者ということか……」
「嗚呼、皆さん! よかった。助かったのですね?」
「空が青い……。大都の隔壁がある……」
「じ、自由だー!!」
 ハウゼン王にウォルター議長、イヨに各国の王。彼らもまた、めいめいにこの周囲の様子
を見て様々に安堵の表明を吐き出していた。
 団員らと再会し「助かりました。私達助かりましたよ!」と涙目になっているイヨ。
 だがシノは苦笑いをしつつも、次の瞬間にはその質問を忘れることをしなかった。
「皆さん、ジークはアルスは? 戦いはどうなったんですか?」
「まだ……続いてます。二人とも、まだ中に……」
「で、でも団長達がいます! ジークのお陰で風穴も空きました! 後は結社(やつら)を
追っ払うだけです。大丈夫……。とにかくシノさん達は、飛行艇に」
 それはこの団員数名も忘れていた訳ではなかっただろう。
 彼らはそんなシノの、母親の訴えかけてくる眼差しに苦々しい表情(かお)をしつつも、
信じようと言った。何より彼女達をしっかりと安全な所まで逃がしてやること。それが達成
できなければ、ジークに仲間達に何と申し開きをすればいいのか……。
「おーい! そこ、少し空けてくれ!」
「怪我人なんだ! 治療する!」
 そんな時だった。また新たに風穴からこちらに脱出してきた一団が来たようだ。
 シノらを促そうとしつつ、団員達は何となしにその方向へ眼を遣っていた。そして……彼
ら魔導師風の面々が、大慌てで寝かせようとしているその人物を見、思わず目を見開く。
「“黒姫”ロミリア……」
「まさか、さっき庇ってくれた時に……?」
 ロミリアは既に意識が朦朧としているようだった。そのローブの左肩にはざっくりと斬ら
れた跡と大量の出血があり、更にそこにジュクジュクと煮え立つような黒い染みが広がろう
としている。
「盟約の下、我に示せ──」
『浄化の祈り(ピュリファイ)!』
 数人掛かりで、部下の魔導師達がその傷口に治癒魔導を施していた。
 黒い染み──彼女がセシルから受けた瘴気が、その金色の光の粒子に吸着されて消滅して
ゆく。更に続けざまに、今度は大癒の祈り(アーネスト・ウィッシュ)。その出血と刻まれ
たダメージの回復に取り掛かる。
「ロミリア!」
 そして、そんな彼女の下へ駆けつけてくる人影があった。現在の雇い主・ロゼである。
 彼女は一緒に生還したスタッフらの制止も効かずに飛び出し、荒く息をつくこの用心棒の
眠る顔を覗き込む。
「……一体何があったの? 容態は?」
「団長は、自ら身を挺して守られたのです」
「貴女がた王をです。そこの──クラン・ブルートバードの団員達に貴女がたを封入した球
をこの外まで運ぶ、それまでの時間を稼ぐ為に、団長は“結社”の魔人(メア)と……」
 気丈に振る舞っていたロゼの表情が、みるみる青褪めていくのが分かった。
 目を見開いて口元に手を。ガタガタと震える身体。それでも彼女は、がばっとロミリアの
両肩を取り、必死にその沈んだ意識に呼び掛ける。
「ロミリア! ロミリア! しっかりして! こんなやり方……私は許さないわよ!」
「お、落ち着いてください」
「今し方、皆でありったけの治癒魔導を施しました。瘴気も傷も、これ以上深くなることは
ない筈です。後は団長の回復力を信じるしか……」
 一気にまくし立てたからか、何も言えず、ロゼはただ息を弾ませながら黙して彼らを見返
すことしかできなかった。
 大統領! 側近達がこちらに向かって呼び掛け続けている。飛行艇が一機また一機、その
後方で着陸しようとしている。
「──」
 ゆっくり。そんな凛と気を張る彼女の横顔を、密かに薄目を開けたロミリアは見ていた。
 薄っすらとぼやける視界。揺れる世界。それでも彼女の姿は、ちゃんと視えている。
 嗚呼、よかった。
 この子は、王達は……無事出られたのね……。

「──おいおい。こりゃあまたデカい動きが出てきたぞ……」
「映像機回せ! 局にも急いで連絡を!」
 そしてこの一部始終を、現場に留まり続ける取材クルー達が捉えていた。
 各メディアの記者らが叫ぶ。レンズが第三隔壁周辺の様子を目一杯ズームして捉える。
 世界中に、戦いの経過(きおく)が流され続ける。

『……ジーク・レノヴィンとその仲間達。彼らは……私が逃がした』
 それはまだシフォン達と合流する前、中層の一角で一騎打ちを続けていた時に遡る。
 不意に構えを解いた相手・クロムの発したその言葉に、ダンは戦斧を構えたまま大きく目
を見開いて固まっていた。
『ど、どういうことだよ? てめぇが逃がした? ジーク達は……生きてるのか!?』
 ダンがもう一度確認するように問う。クロムがそれにコクと、静かに首肯している。
『ああ。傷を癒し、もう大都(ここ)まで来ている。外で番をしていた信徒らも、彼らに倒
されたよ』
 敵(かれ)の言葉を全面的に信用する訳にはいかない。
 だがダンは、はっきりとその情報に驚き、そして深く安堵していた。
 あの野郎……冷や冷やさせやがって。
 クロムが黙している中、そんな彼の誰にともない呟きが、この無機質な石廊に霧散させら
れては消えていく。
『しかしお前、正気か? 生きてるって話もそうだが、ジーク達を逃がしたとなるとお仲間
さんらが黙っちゃいねぇだろうに』
 故にダンはすぐ、そう怪訝な眼差しを向けて訊ねていた。じっと、その当のクロムはこち
らを見つめたまま黙していた。そこには迷い──のような気配が少なからず窺える。
『……私は、とどめを刺すことができなかった。フォーザリアで彼と戦い、勝ったにも関わ
らず、あの時私は倒れ伏す彼らを殺すことができなかった……』
 たっぷり数拍の間、逡巡。
 しかしダンに件の第一声を放った時から覚悟を決めてはいたのだろう。深く眉間に皺を寄
せ、ずっと抱えていたものを吐き出すように、彼はやがて語り出す。
『彼は必死に生きていた。私に、この世界に、立ち向かわんとする姿があった。憎しみ……
怒り……いや、それだけではない。もっとそれらすら越えるものを彼は持ち、私にぶつけて
きたのだと思う。……泣いていたんだ。人の生き死にを手前が決めるなと、手前の勝手で他
人を殺すんじゃないと。敵である筈の私を、泣いてまで剣を向け、止めようとしていた』
『……』
『おかしな少年だよ。叫ぶ言葉と実際の行動がちぐはぐなのに、なのに私に“迷い”を呼び
起こしてくれた』
『ははっ、なーるほど。絆されたって訳か。そうだな、あいつは……真っ直ぐ過ぎる。でも
だから歪んでるんだ。根本的にな。そういう意味じゃあ、確かにあいつとお前は似た者同士
かもしれねえ』
 呵々、ダンは笑っていた。肩に斧を担いだまま、しかしもうマナの炎は燃やさず、そう彼
が訥々と語る言葉から思いから、その時何があったのかを悟っていく。
 クロムは黙っていた。軽く片眉を上げこそしたが、その“似た者同士(ことば)”自体に
異議を唱える様子もない。
 ダンは笑っていた。何となく解った気がした。
 おそらく彼(あいつ)だからこそ成し得たのだろう。救い──この世界に生き、抗うやり
方は違っていても、似ているからこそ奴に思い至らせることが出来た……。
『……たとえ今を生きる者達を敵に回してでも、私は世界に“救い”をもたらしたかった。
だが違うんだ。客体は、他でもない今を生きる者達の筈だったのに。なのに私は、彼のよう
に、この今に存在全てを懸けて生きる者達を軽んじてしまっていた……』
『……難しく考え過ぎだと思うがね。さっきも言ったろ? その救いとやらは、どこか雲の
上のお偉いさんが施すモンじゃねぇんだって。自分で見つけるモンだ。必要な時にこっちか
ら選ぶモンだろ? お前もジークも……デカ過ぎるんだよ。手前で全部背負い込むな。ヒト
はそんなに万能じゃねえ。仮に不幸ばっかの人生でも、それがそいつの人生だ。その選択に
各自責任を持つ(すじをとおす)ってのが、生きるってことだろうがよ。それを全員が全員
分“幸せ”にしようだなんて……端っから無茶もいいとこだ』
『……』
 仏頂面の表情(かお)に言い知れぬ影を作ったまま、クロムは黙り込んでいた。
 見つめる。自分の埋め合わせに、他人を使うな──彼が口にした言葉が、更に重しとなっ
て圧し掛かってくるかのように錯覚する。
『かも、しれないな。だが彼は……ジーク・レノヴィンは、それを為そうとしている』
『ああ。だから危なっかしくて放っておけねぇんだよ。弟ともども、あいつらはどこまでも
どこまでも“信じて”やがるからなぁ』
『……そのようだ。だから、あの時私も迷ったのだろう。まだ強き信仰は残っている。彼ら
を全て切り捨ててしまうには早いと思った。もう少し……私はヒトを信じてみたいと思う』
『ふぅん?』
 苦笑、値踏み、そして含み笑い。ダンはやっと、そう明確に表明したクロムの向けてくる
眼差しを見ていた。
 即ち裏切り──もといこちらにとっては味方の登場。
 予想外ではあったが、内心感謝もしていた。少なくとも彼がこうして心変わりをしていな
ければ、きっと今頃ジーク達は亡き人になっていただろうから。
『そりゃありがたいが……これまでの罪が消える訳じゃねぇぜ?』
『分かっている。覚悟なら……できている』
『……そっか』
 ならいい。
 再度じっと試すように睨み付けて、ダンは破顔した。
 クロムは言った。背負ってみせると。それでももう一度ヒトを信じたいのだと言った。
 ならば自分はもう責めまい。そもそもこの先、この戦いが終われば、間違いなく彼には有
象無象からの“制裁”が待っている筈で──。
「むっ!?」
 そんな時だった。そう可笑しな安堵をついていたのに、不意にクロムが硬化した拳を振る
って襲い掛かってきたのだ。突然のことに、ダンは咄嗟に戦斧でこの一撃を受け止める。
 てめぇ、言った傍から……!
 だが様子がおかしい。見た目こそ交戦している体だが、先刻までとは力の入り方が明らか
に甘いのだ。
『クロム』
 すると何処からか声が聞こえてきた。気だるい男の声。ダンには覚えがあった。
 もしかしてあの鬼族(オーグ)の術師か? という事は、やはりこの結界も……?
『王達が逃げ出した。四魔長に運ばれてる。正義の盾(イージス)の主力や“黒姫”と合流
する気だ。手形にそこの座標を送る。そいつをいなしたらすぐに飛べ』
 声だけがそう耳に届いて、やがて気配が消えた。
 暫く鍔迫り合いのままの二人。だがこの気配が完全に遠退いたのを確認するように、やや
あってからクロムが、ゆっくりと拳をダンから離して後退っていく。
『……さっきのは?』
『リュウゼン。私と同じ使徒の一人だ。空門の魔導に長じている。逃げ出した王達を捕まえ
てくるよう、私達に連絡をしているらしい』
 カードキーに独りでに浮かび上がった文様(ルーン)を確認しながら、クロムが言った。
どうやら事態は刻一刻と変化しているらしい。そっと斧を下げ、ダンが訊ねる。
『で? どうするんだ? こっちにつくってのはバレずに済んだみたいだが』
『そうだな……。一先ず私は他の使徒達と合流する。貴方は下層(した)に向かってくれ。
まだ加勢が必要な筈だ。後はこちらで何とかしてみよう』

「兄貴!」
「はは、相変わらずおいしい所持ってくよねー」
 血塊の柱からすとんと降りるヒュウガを眺め、グレンとライナが各々に反応していた。
 もうっと土埃が無機質な空気に溶けていく。使徒──“結社”の魔人(メア)達やその配
下の軍勢が身構えている中、彼は悠々とした足取りでこちら側に歩いてくる。
「……ふむ?」
 ちらり、きょろきょろ。その視線は何度かこの場周囲を確かめるようなものだった。
 遥か高く石廊の上で対峙する両陣営。弟妹(きょうだい)達や正義の盾(イージス)、寄
せ集まった傭兵達。クラン・ブルートバードの面々に、グレンや“紅猫”に庇われるように
して他の使徒らと隔てられている一人の魔人(おとこ)──。
「ほほう。どうやら思っていた以上に面白いことになっているようじゃないか。王達は脱出
した後かな? 結社(かれら)の戦力も随分こちらに集まっているようにみえる……」
 表情は笑顔なのに、とんでもない威圧感だった。
 職務上、普段から面識のあるダグラスやエレンツァ、先刻助けに入って貰ったイセルナな
どは比較的平然としているが、場の傭兵・兵士達の少なからずがその存在感に身を硬くし、
ごくりと息を呑んでいる。
 使徒達、特に直前まで彼とやり合っていた筈のアヴリルとヘイトが顰めっ面をしていた。
 リュウゼンからの交信は彼もあの場で聞いているのだ。次から次へと、追いついて邪魔し
に来やがって……。
「ブルートバード! 寄り道は終わりだ。君達は最上層(てっぺん)に向かえ! こいつら
は俺たち正義の剣(カリバー)と正義の盾(イージス)で押さえ込む!」
「勝手に──いや、実際それが次善か。そういう事だ、急いでくれ! この悪趣味な結界か
ら大都を解放するんだ! アルス皇子やファルケン王が……まだあそこにはいる!」
「は、はい!」
「だったら俺達も連れてけ! このままやられっ放しなんて性に合わねぇ!」
「蛮勇だけど同感ね。皇子(かれ)も助けなきゃ……妖魔族(ディモート)の名折れよ」
「ふむ……」「おーっ!」
「おい坊さん、あんたも行ってやってくれ。戦力的にあっちにも人手が要る筈だ」
「そうだな。イセルナ達を頼んだ。信用、みせてくれよ?」
「……ああ。すまない」
 手に下げた長剣をひゅんと振るって、ヒュウガがそう部下達を率いて叫んでいた。その巻
き込まれに一瞬ダグラスは眉を顰めたが、すぐに呑み込んで同様の指示と促しを飛ばす。
 イセルナと団員達が、四魔長が頷き駆け出していた。グレンとダンに促されて、やや後方
にいたクロムも少し遅れてこれに続く。
「野郎ぉ! 逃がすかぁッ!」
「ちょ、ちょっとヘイト! 単独行動は」
「忙しねぇな。どっちを殺る? 最上層(むこう)はルギスとリュウゼンくらいだが」
「彼がいるならそうそうやられはしないわよ。それより」
「邪魔になりそうなのはあいつらだね。王達を追いかける(そと)にしろ上を守る(なか)
にしろ、放っておけば面倒な相手が揃ってる」
「じゃあ、決まりだね」
「……あれ? そういう言えばバトちゃんは……?」
 そんな彼を憎悪の表情(かお)と怒声で追いかけ、ヘイトが飛びして行った。それを止め
ようとアヴリルも地面を蹴り、残る六人(と一体)が一斉に迫ってくるヒュウガ・ダグラス
達を迎え撃つ。

 正義の剣(カリバー)長官ヒュウガは、炎と氷──フェニリア・フェイアン姉弟と。
 同じく副長官グレンとライナは、それぞれ半人半機のグノア、魔獣使いエクリレーヌと。
 正義の盾(カリバー)長官ダグラスは、セシル及びその持ち霊もとい、魔獣のヒルダと。
 その副官であるエレンツァは、再び合成獣(キマイラ)に化けたヘルゼルと。

 更にダンら傭兵が中心となり、残るオートマタ兵や魔獣達と激突、大波を作る。
 そうしてこの中層(ば)は、にわかに主戦場としての性格を帯び始めた。


 メディアが伝え始めた市民、そして王達救出の報に、世界各地の“結社”に抗う者達は歓
喜に沸いていた。
 これで、後は……。
 脅威の最前線ないし、その周辺で戦う力ある者達。
 ただ逃れ隠れ、恐怖と不安とそして憤りを、その胸の内に募らせるしかない力なき者達。
 光が差すかのようだった。結社(やつら)のもたらすその暗雲に、一条また一条と光が差
し込んでくる。
「──嗚呼、よかった。陛下達は無事なんだな……?」
「おい、確認急げ! 大都(げんば)との連絡を!」
「あ、ありがとうございました。お陰で助かりました」
「いえいえ。どういたしまして」
 顕界(ミドガルド)東方、トナン皇国。留守を任されていた皇国守備隊の面々は“海皇”
シャルロットらと固い握手を交わし、眼下の兵達はもう一踏ん張りと威勢を上げる。
「──ふむ。これで一先ず生命は守られたか」
「──これで神託御座(オラクル)も、明日は我が身と動いてくれればいいが……」
 顕界(ミドガルド)北方、王都クリスヴェイル。
 古界(パンゲア)中央、古都ケルン・アーク近郊。
 最強の男“仏”のバークスは、また一纏めに大型のオートマタ兵や魔獣、覆面の戦士達を
空間ごと真っ二つにして背を向け、竜族の大家“青龍公”セイオンは空を飛び交い制圧する
仲間達を見上げながらそう呟く。
「──あぁ? ファルケンがまだ中に? ハハハッ、あいつらしい!」
「──ロミリアが負傷? ほほう……」
 顕界(ミドガルド)西方、王都グランヴァール近郊。同じく南方、導都ウィルホルム。
 陸戦の覇王“獅子王”グラムベルは、そんなファルケン王の武勇(たちまわり)を知らさ
れ呵々と笑い、無数の暗器で貫かれた死体の山を作る“万装”のセロは、そんな同じ七星が
みせた「弱み」にほくそ笑む。
「──よっしゃぁ! ジーク達がやってくれたぞ!」
「もう暫くの辛抱だ。お前ら、歯ァ食い縛れ!」
 そして彼ら、梟響の街(アウルベルツ)を守る面々もまた同様だった。
 メディアが伝える大都(げんち)の様子、ジーク(なかま)達が成し遂げつつある偉業へ
の賞賛と少々気の早い勝ち鬨。
 応ッ! 守備隊、何より冒険者らがそれぞれの得物を掲げて叫んでいた。反対に“結社”
の側はまた聞き或いは確かめ、ざわざわと不安に呑まれつつあるようだ。
「こっちには“剣聖”だっているんだ。もう負けはしねぇ!」
「……此処の戦いは、な。だがまだ安否が確認できていない者達がいるだろう?」
『あっ──』
「ジークやアルスが、まだ」
「だな。話の通りだとすると、皆を逃がしてまだ連中を押さえてるとか、その辺か」
「それに結界を脱出できたからといって安心はできない。市民六百万プラス王達という大人
数を、捌き安全な所まで輸送しなければ保護とは言えないよ」
 それでも、皆に合流した剣聖(リオ)は仏頂面のままくすりとも笑わなかった。
 傭兵達の硬直、ミアの呟き。グノーシュが剣を肩に担ぎ、ハロルドがそうこの戦塵舞い散
る状況の中で、あくまで冷静に指摘する。
「大丈夫……かなぁ?」
 両手の指いっぱいに付与術(エンチャント)のピンを挟んだまま、クレアが言う。
 戦いは続いている。その言葉に、まだ誰も答えられない。

「──ふん」
『っ……』
 迷宮の最上層へと向かう石廊、複雑に螺旋を描く路の途上。
 衝撃で舞った土埃を払い、バトナスが立ち塞がっていた。
 ジークにリュカ、サフレにマルタと、リンファ、サジ。六人と随伴するトナンの戦士達は
各々一斉に武器を抜き放ち、この魔人(メア)一人に気圧されている。
「あの時言ったよなあ……? 次に会った時には、てめぇら全員ぶっ殺すって」
 魔獣化させた右手をギチギチッと鳴らしながら、そうバトナスは言った。
 眼光は血の色、魔人(メア)の色。狂喜の中にあるその犬歯は鋭い。少しばかり余裕綽々
とジーク達を見渡してから、彼はハハッと嗤っていた。
「上に行くんだろ? でもその必要はねぇ。ここが、てめぇらの終着点(ゴール)だ!」
 もう一方の左手を、首筋から両頬を、彼は加えて魔獣化させた。
 赤黒い肌に鋭い両手の爪、気色悪いことにそれらの表面にぽつぽつと、いぼのような眼球
や牙を持つ口が生える。ジークが二刀を交差させた。サフレとサジが槍を、リンファが太刀
を構えて皆の前面に立とうとする。
「ま、マスター、ジークさん、あれ!」
 だがそんな時だった。今にもぶつかろうとしていたジーク達の後ろで、ふとマルタがずっ
と向こう側──バトナスの背後、最上層に向かって飛んでいく黒い筋を指差したのである。
「イセルナさん達がいます! 一緒にあの時の──四魔長さん達も!」
「団長が? 加勢はどうなったんだよ?」
「さてな。少なくとも味方を見捨ててどうこうしようって人じゃない筈だけど……」
 ちらっと、肩越しにジークが眉根を寄せていた。隣でサフレが手槍を構えている。確かに
彼が言うように、彼女が何の無策に登り直しているとは思わないが──。
「……ちっ。何やってんだ。あいつらはどうした? 囲ったんじゃねぇのかよ」
 するとその一方で、バトナスが何やら呟いている。
 舌打ち。背後へ眼を遣って上空の黒い筋に顔を顰める。
 ジークはじっと考え込んでいた。だがそれも束の間のこと、彼はきゅっと唇を結んでさも
意を決すように二刀を握り締めると、次の瞬間、仲間達に言う。
「サフレ、リンさん。皆を連れて先に行っててくれ。団長達に追いつくんだ。こいつは……
俺とリュカ姉でヤる」
「ジーク……?」
「無茶です! 相手は“結社”の魔人(メア)ですよ!?」
「他でもない私達が、ジーク様を見捨てる訳にはいきません!」
「見捨てろなんて言ってねえじゃないッスか。どうしたって魔人達(こいつら)は最大の障
害なんだ。他の連中が何処で何してるかは分かんねぇけど、このまま放っておく訳にはいか
ねぇでしょ」
 サフレとリンファ、サジ。絶句と諫言という違いこそあれど、その反応は一致していた。
 同じくトナンの戦士達、マルタもコクコクと頷いている。それでもジークはバトナスから
じっと目を離さずに続けていた。
 こいつらは──皆が安全に逃げ切るまでは、誰かが止めなきゃならない。
「……すみません皆さん。私からもお願いします。イセルナさんだけじゃなく四魔長までが
最上層(あそこ)に舞い戻ろうとしているということは、下で託せる味方や状況の好転があ
った筈です。目的を見失わないでください。最上層(あそこ)が解放されれば……この戦い
は終わる」
 それでも結局、そう諭すリュカの言葉と眼差しにサフレ達は折れざるをえなかった。
 頷く二人。四人と戦士達は、互いに顔を見合わせて覚悟を決める。
「──すまない。頼んだ」
「させるかよぉ!!」
 大きく迂回して登り坂の方へ駆け出そうとする彼ら。それを勿論、バトナスは易々と見逃
してくれる筈もなかった。ザリッと半身を返し、地面を蹴ってこれをねじ伏せようとする。
それをリュカが、ジークが、決死の覚悟で止めに掛かる。
「騎士団(シュヴァリエル)!」
 宙に素早く文様(ルーン)を描き、リュカが使い魔を呼び出した。
 中身なき白亜の甲冑兵団。彼らはなだれ込むようにバトナスの進路上に立ち塞がり、二重
三重と防壁を作る。
「邪魔、だァ!」
 しかしそれを、バトナスはあっさりと破ってみせた。
 空間ごともぎ取らん程に、高速で魔獣化した拳が軌跡を描く。強靭で鋭い爪。その一閃は
あっという間に甲冑兵らを切り刻み、尚も四方八方から密着してくる彼らをボロ雑巾のよう
に千切っては投げ、千切っては投げて舞う残骸とする。
「──ッ!」
 そんな中へ、続けざまにジークが飛び込んでいた。
 紅と蒼、初っ端から六華を解放した状態の二刀、叩き込むような一閃。
 だがバトナスはすぐに反応し、魔獣な両手の甲で受け止めていた。火花が散り、弾いて反
撃しては二刀が飛ぶ。ジークと共に、互いに円を描くように相手の懐を窺いながら、数度激
しく撃ち合う。
「おいおい……。なに余所見してんだよ……」
 なのに、鬼気迫っていた。
 ガギンッと二刀をバトナスに押し付け、火花を散らし、ジークはこれまでにないほどギラ
ついた眼でこの魔人(メア)を睨んでいたのである。
「いきなり嘘か? 俺達を殺すって言ったのは、てめぇだろうがよ」
 大きく二人から間合いを取り直し、リュカが不安そうに胸を掻き抱いてその鍔迫り合いを
見つめていた。
 残骸になり消滅していく騎士団(シュヴァリエル)達。そんな彼の突然の変貌を、後ろ髪
を引かれながらも、走り去るサフレやリンファ達が見遣っている。
「……」
 バトナスが、じっと眉根を寄せてこの少年を睨み返していた。
 挑発。解ってはいるが、今この瞬間、全身の血が酷く沸き立ってくるのが分かる。
「逃げんのかよ? 俺なんだろ? 殺(や)ってみろよ。俺を……ぶっ潰すんだろう?」
 ぷつん。されど彼の理性は、程なくしてその闘争本能が凌駕した。

 ニタリ。この魔人(バトナス)は嗤う。
 狂喜のそれに。
 壊して毀して殺すことが、愉しくて愉しくて仕方ないという表情(かお)になる。


 再びミザリーがその眷属らに組ませた足場を駆け抜け、イセルナ達と四魔長は大急ぎで空
を登っていた。
 相変わらず無機質な空。そそり立つ石塔群。
 目指すは勿論、一路この迷宮の最上層である。
「イセルナ・カートン。本当にこれでいいの?」
「飛んで行ったって、ここは敵(あいて)の結界だよ? 距離を弄られたらいつまで経って
も着かないよ?」
「ええ。でも大丈夫。私達の推測が正しければ……」
 頼まれた通りに再び、今度は上りの蝙蝠路を作っていくミザリーが言う。ふわふわとその
ルート上を飛ぶリリザベートや残る四魔長も、最初この彼女のアプローチは徒労に終わるの
ではないかと思っていた。
「真っ直ぐじゃなく、引き続き円を描くようにルートを取ってください。できるだけこちら
の移動に切れ目がないように」
 それでも先頭を走るイセルナは応えていた。それはさも、この届かぬ先への攻略法を見出
したかのようで。
『──ッ、来るぞ! 跳べ!』
 そして彼女と飛翔態で融合したままのブルートが察知し、叫んだ。
 ミザリーはそれを合図に、打ち合わせ通り、皆が一斉に横っ飛びをした次の瞬間、眷属達
を一挙に軌道の内側へとスライドさせる。
 コゥン……! 目にはっきりと見えた訳ではなかったが、それとほぼ同時、すぐ隣の空間
がピンと張ったような感覚があった。結界主──最上層(あそこ)にいるリュウゼンが場の
の距離を引き延ばしたのだ。
 だがイセルナ達は突き放されていない。先程と変わらず、ぐるっと円を描きながら最上層
へと登り続けている。
 ──これが、イセルナとブルートが見出した突破方法だった。
 最上層へと登る。だがそれは直線的ではいけない。結界主(あいて)がすぐに相対位置を
摑んでしまうからだ。
 故に円を描くように、忙しなく駆け抜ける。
 そして結界に操作の気配があった時、即座にその円軌道の内側に滑り込めば……理論上、
引き延ばされた空間より奥へと、より最上層に近い方へと到達できる。
「どうやら、上手くいったみたいね」
『ああ。だが油断はできんぞ。一度でも遅れれば大きく押し戻される』
「分かってる。合図、しっかり頼むわよ」
 団員達が、四魔長らが、この突破のさまに少なからず驚いていた。
 何という観察眼……。これなら、届く。

「クーロームぅぅぅーッ!!」
 そしてそんな彼女達から遅れること後方、ダンらに送り出されたクロムはこの蝙蝠路の末
尾付近に喰らいつきながら同じく最上層へと空を登っていた。
 しかしそんな彼を猛然と追ってくる者がある。怒りに半ば我を失っているヘイトと、彼を
慌てて追っているアヴリルである。
 途切れていく蝙蝠路、或いは方々の石塔・石廊。
 ヘイトはあたかもムササビが如くこれらを蹴って跳び、全身にマナを滾らせている。
 右腕を中心に周囲のストリームが手繰り寄せられている。それらは目視できるほどに何重
にも凝縮し、無数の輝く錨となってクロムに向かって襲い掛かってくる。
「……っ」
 寸前でかわし、途切れ途切れの蝙蝠路──まん丸蝙蝠の眷属達が容赦なく撃ち砕かれた。
 クロムは半身を返しながらそれでも内軌道へと跳び、近くの石塔らに何度か離着。神妙な
表情(かお)で、追って来るヘイトの方を向き、ザッと両手両拳を構える。
「死ねぇッ! この偽善野郎がぁ!!」
 ストリームの錨が次々と彼に襲い掛かった。
 だが対するクロムはこれらをあくまで冷静に、黒く硬化させた両手で次々に捌き弾いてい
なしてゆくと、やや命中の逸れた内の一本を鷲掴み、力を──“石罰”を加える。
「ッ!?」
 錨が、表面を硬く覆われるに過ぎないにせよ、急速に石化していった。
 その封じの技がこちらにまで伝わってくる。ヘイトは慌ててその一本の錨を自分から切り
離し、そしてその動作が故にぐらりとにわかに体勢を──他の錨ごと軌道を崩し、空中で傾
く格好になる。
「──ぬんっ!」
 クロムはそれを見逃さなかった。いや、待っていた。
 今度は逆側、逸れて飛んでいく錨を掴んで一気に引き寄せ、ヘイトごとこちらに手繰り寄
せる。そして驚く彼のその身体ど真ん中に、霞む速さの掌底を打ち込んだのだった。
「がァ……ッ!?」
 半分白目を剥きかけ、次の瞬間遥か下へ下へと叩き落されていくヘイト。
 そんな彼を途中で、石塔が受け止めた。さも砲弾が直撃でもしたかのように、その中腹部
分から前面がごっそり、巨大な陥没とひび割れを作って土埃を上げる。
「ヘイト!」
 後を追っていたアヴリルが、慌てて彼の下へと駆けつけていた。口からだらだらと血を吐
いてボロボロになった彼に、何度も呼び掛け引きずり出す。
「だから単独行動は止せって……。あいつの戦闘能力は、バトナスやフェイアンとほぼ互角
だよ? あんたがサシで勝てる訳ないじゃん」
「……」
 身体中が痛む。それでも魔人(メア)の身体はメキメキッと既に再生を始めている。
 ヘイトの瞳、ずっと向こう側にクロムの姿が映った。自分達二人が遠くに飛ばされたのを
確認するようにして、サッと踵を返す。跳躍して再びイセルナら、蝙蝠路を追っていく。
「ちっ、くしょぉぉぉーッ!!」

『来るぞっ!』
 ブルートが叫ぶ。何度目かの、内側への跳躍。着地。疾走。
 二人の立てた対策は見事に的中していた。結界制御のタイムラグといち個人の限界を巧み
に突き、彼女達が往く蝙蝠路は徐々に確実に、その円軌道を小さくしながら最上層へと近付
いていく。
「──む?」
 だからなのだろう。ややあって相手も手を変えてきた。突如眼下の地形──石塔や地面が
せり上がり、高く高く伸びて天衝く竹よろしくイセルナ達の進路を妨害し始めたのだ。
「焦ってきたな。実力行使か」
「儂らが排除する! このまま突っ切るぞ!」
 それでも立ち止まっては敵の思う壺だ。セキエイがぎゅっと拳を手で包み、右手を大砲型
の具現装(アームズ)に換えてウルが叫ぶ。
 また再三に内側へ跳ぶ、させじと石柱がせり出してくる。
 それらをこの二人は力ずくで破壊した。
 マナを滾らせ大きく膨らんだ豪腕、向けられた砲口と放たれた砲弾。石柱はその途中から
爆散し、すかさずミザリーが土埃舞う中、新たにルートを敷いて皆を駆け抜けさせる。
「見えてきたよ!」
「皆、飛び移って!」
 そして遂に、イセルナ達は迷宮の最上層へと辿り着いた。残り少しの距離。そこを意を決
して飛び移って、滑り込むように着地する。
「……やっぱり蓋をされちゃってるわね」
「で、でも、アルス達がまだ中にいるんだよな……?」
「なぁに。所詮は石だろ」
「壊せばよい」
 頂上は石塔の上にドーム型のそれがくっ付いている状態だった。足場はぎりぎり元部分の
端で確保できている。ミザリーやイセルナ、団員達が見上げ突入を試みるよりも早く、また
もやセキエイとウルが拳を大鉈型の具現装(アームズ)を構えていた。
「どっ」「せいッ!」
 相当に分厚かろう石のドームに、大穴が空いた。濛々と、大量の土埃が一行の周囲を駆け
抜けて遥か眼下へと零れ落ちていく。
「──イセルナ!」
「イセルナさん、皆!」
 そんな時だった。少し後方から自分達を呼ぶ、聞き慣れた頼もしい声が足音の群れがはた
と聞こえてきたのだった。
 振り返る。そこにはリンファやサフレ、マルタにサジ、加えてトナンの戦士達がすぐ近く
の石廊を登ってこちらに手を振ってきていたのである。
「リン、サジさん! サフレ君達も……」
 イセルナが、飛翔態の冷気の輝きに負けぬ程パァッと優しい安堵の笑顔を浮かべる。そん
なさまを見てミザリーが残る中空の距離を、眷属達の足場で補ってくれた。
 最後まで用心を切らさず跳んで渡って合流を。イセルナ隊と四魔長、リンファ・サジ隊が
ここに集結を果たす。
「? ジークとリュカさんは?」
「……私達を行かせる為に敵と──“結社”の魔人(メア)を引きつけ戦っておられます」
「僕らは無茶だと言ったんだけど、そちらの様子が見えて気になって。それに、足を止める
訳にはいかなかったですから……」
「そうなの……。でもよかったわ、今ちょうど突入口を空けた所よ。一緒に来て。アルス君
達がまだ中にいる筈なの」
「!? アルス様が……?」
 やはりリンファ達の側は、あの中層での混戦と王達の脱出を知らないらしい。
 だが説明している時間はなかった。イセルナ達一同は改めて立ち込める土埃の向こうへと
目を凝らし──そして事態の逼迫さに思わず驚愕。絶望にも似て目を見開く。
「……チッ。来ちまいやがったか」
「ふふ。だがまぁ、少ーし……遅かったガネ?」
 そこには黙して浮かぶ“教主”にリュウゼン、嗤うルギス。
『──』
 そして未だ堕ちたままの戦鬼(ヴェルセーク)の足元で、ボロボロになって地面に倒れて
いる、ぐったりとしているアルス達五人の姿があって……。

「らぁッ!!」
 両腕を魔獣化させたバトナスの拳が、また何度目かジークに襲い掛かった。
 突き立てた鋭い両手の爪。咄嗟にかざした二刀が激しく火花を散らしながら辛うじてこれ
をいなす。ふらつき、弾かれる。
 “スイッチ”の入ったバトナスからの猛攻が続いていた。
 それはある意味で狙った上での事だ。だが広々として続き、上り坂らで繋がる石廊上で、
彼の攻撃はあまりにも強烈だった。空を切り裂くような左右両腕からの一閃、無数の軌跡。
ジークはじりじりっと下がりながら、これを受け止めるのが精一杯になっている。
「おらおらッ、どうした? さっきの威勢は何処いったよ? 所詮は口だけかァ? ああま
で大口叩いたんだ。もっともっと、俺を愉しませろッ!!」
 霞むような速さに反応するのがやっと。それでもジークは歯を食い縛り、反撃に出ようと
した。爪撃と爪撃の合間、その僅かなラグに目を凝らし、くわっと二刀を振る。しかし当の
バトナスには読まれていたようで、刃の軌道ギリギリに身体を逸らして空振りに。逆にお返
しと言わんばかりの一閃を入れられてしまう。
「ジーク……」
 頬に、言うほど軽症ではない掠り傷を。ジークは顔面こそ避けれど、痛みに顔を顰めなが
らこの魔人(メア)と撃ち合い続けた。そんな二人をリュカが見ている。遠く間合いを取っ
て安全圏に──他ならぬジークに遣られて佇み、彼らの戦いを心配そうに見つめている。
「ははッ、やっぱりこっちに残っておいて正解だったぜ! リュウゼンが下に集まれって言
ってきたが、俺は雑魚には用はねぇ。どうせお前らは登ってくるんだ。だったら待ち伏せた
方が確実だろうがよ!」
 一閃、また一閃。バトナスが吼えるようにして叫んでいた。
 激しい撃ち合い。しかし両腕に胸元、首全体から両頬にまで魔獣化を行き渡らせた彼の身
体は、ジークと六華の刃ですら容易には傷すら付けられない。
「俺はな……お前を見てると無性にムカつくんだよ。殺らせねぇ……。他の奴らなんかには
肉片一つでも殺らせてやるもんかよ!」
 交差するように左右から爪撃が向かってきた。ジークはこれを真正面から受け止める。
 魔獣の腕、紅と蒼の二刀。暫し鍔迫り合いをし、内ジークは半ば強引に弾き押した直後、
蒼桜を横薙いだ。その特性である飛ぶ斬撃が放たれる。蒼い軌跡が直進していく。
 だがバトナスは、瞬時にこの攻撃ベクトルを嗅ぎ取っていた。
 後ろではなく、上へ。まだ手元すぐにあった紅梅の刃を支点に彼は腕を張ってぐるんと宙
返りをすると、空中で視線を追いつかせてくるジークを捕捉、魔獣化させた両脚と落下速で
以って真下への蹴りを放つ。
 ジークは咄嗟に身を捻って転がり、これをかわしていた。つい数秒前に立っていた石の地
面が鋭く重い蹴りで撃ち抜かれている。
 すぐ飛び起き、バトナスに向かって斬撃を放った。
 すくい上げるように、やや相手の視野の下から。だが彼は左腕と脚、一直線に魔獣化させ
た部分のラインを追いつかせてこれを防御、軽く飛び上がりながら右の蹴りを皮切りに再び
爪の連撃を。そして両者はまた撃ち合う格好になり、ややあってジークが彼の右ストレート
によって弾き飛ばされる。
「ぐぅ……ッ」
「ジーク!」
 大きく退けられ、石廊の上を滑る。ジークは二刀を交差させて防御の構えを取ったまま、
荒く肩で息をついていた。
 悲痛な面持ちで声色でリュカが叫んでいた。それでもジークは微々たりとも彼女に振り向
こうとはしない。ただ激戦で荒くなった呼吸を整え、敵を見据え、身体や服のあちこちに削
り傷を負ったまま気丈に立ち続けている。
「……。やっぱてめぇらは、強いな」
 そうして、彼は言った。
 再認識するように、ふぅっと溜め込んでいた息を吐き出すようにして呟く。
「当然だ。導力(かく)が違う。パワーも防御もスピードも、魔人(おれたち)は常人を遙
かに超える存在だ」
 哂っていた。
 とうに分かり切っていた事だろうに……。そうとでも言いたげに片手を腰に当てて、バト
ナスは彼を見下ろすような眼差しを遣っている。
「……そうだな。なら、そこに俺が追いついたら……どうなる?」
「あ?」
 明らかに押されていた筈だった。なのにジークの心は瞳の強さは折れることなく、カツン
と歩み出していた。
 数歩。ちょうどリュカとバトナスを結ぶ直線上、彼女のすぐ前に立つような位置。
 バトナスが怪訝に片眉を上げていた。叩かれ過ぎてトチ狂ったか? この時彼はぼやっと
そんな程度の思考しかしなかった。
「リュカ姉。あれを使う。やってくれ」
「ッ!? 本気? 無茶よ。いくら理論上可能でも──」
「早くしろッ! ここで勝てなきゃ……何も変わらねぇっ!!」
 背中でジークは語っていた。その言葉に合図に、リュカは最初明らかに躊躇いをみせる。
 それでもジークは叫んでいた。頼み込んだ。ようやく肩越しに彼女を見、勝利にギラつい
た眼を顔を向ける。半ば気圧されるように、リュカは不安な表情(かお)のままごくりと息
を呑む。
「何を……」
 バトナスの側からはよく見えなかった。他ならぬジークが後ろの彼女を隠す格好になって
いからだ。
 だがどうでもよかった。相手は威勢だけだ。実力が伴っていない。
 勝てる。殺れる。今後こそ、次の一撃で──。
「ッ!?」
 その刹那の出来事だったのだ。地面を蹴って飛び出したバトナス。大きく振りかぶって力
を込めた右手。なのに気付いた時には、ジークがそんな自分のすぐ懐へと潜り込んでいたの
だから。
『──』
 世界が遅延する。空気が震えてセピア色になる。
 バトナスは確かに見た。一瞬でこの間合いを詰め、至近距離に入ったジークが、今まさに
二刀を振り抜こうとしているさまを。
 そこからは相互、ほぼ反射的な本能的な交錯だった。
 打ち込もうとした拳は急遽防御へと変更、ほぼ真下からすくい上げられる斬撃を受け止め
ようとする。
 だがバトナスのその行動は実を結ばなかった。むしろ逆にその右手はこの一閃によって斬
り飛ばされ、更に殺し切れぬ勢いは彼の身体にバッサリと切り裂く跡を残していたからだ。
 驚愕していた。自分の手の感覚がぷつと途切れ、視界の隅で飛んでいくのが見えた。
 それでも尚この反応だったのか。バトナスは引き攣った顔ながらダメージを受けたという
事実を悟ると、次の二撃目、身体を一周ぐわんと回転させて放ってきたジークの次の斬撃を
咄嗟の蹴りで──刀身部分ではなく握る手を蹴り飛ばすことで未然に防ぎ、中空へ弾き飛ば
していた。
 相手の攻撃で大きく吹き飛ばされる両者。
 それでもジークは二刀を手放すことなく着地をし、バトナスもぼとっと右手が少し離れた
地面に落ちるのを視界の端に捉えながら、切り裂かれた胸に手を当てつつ、ぐんっと両脚を
踏ん張って押し留まる。
(な……何だ? 何が起こった!? 斬られた? 俺の、魔人(メア)の身体を……!?)
 口から胸元から、斬り落とされた手首からぼたぼたと血が噴き出し、激しく零れている。
 バトナスは突然の事態にぐらぐらと両の瞳を揺らしていた。
 激しくつく息。彼はこの攻撃を仕掛けてきた張本人──いつの間にか大量のマナを纏って
そこに立つジークを見遣っていた。
「てめぇ……一体、何をしやがった!?」
 嗤っていた。但し今度はバトナスではなく、ジークが。
 それまでには見られなかった、膨大な量のオーラ。それらを纏ったままで彼は言う。
「……見せてやるよ。人間の底力って奴を」
 ガキリ。ゆっくりと二刀を構え、むせ返るほどに力が滾っていた。
 そんな彼の背中を、幼き頃より知る少年の横顔を、今にも泣き出してしまいそうな程に哀
しげな表情(かお)でリュカは見つめている。
「──“接続、開始(コネクト)”」
 告げる。
 されどジーク(かれ)は、もう解き放ったその力を止められない。

スポンサーサイト
  1. 2014/04/01(火) 18:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<(企画)週刊三題「スウィーパー」 | ホーム | (企画)週刊三題「ノスタル=ジン」>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://higurasisouann.blog27.fc2.com/tb.php/437-174640eb
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (151)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (89)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (28)
【企画処】 (349)
週刊三題 (339)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (15)
【落書帳】 (6)
【詩歌帳】 (6)
【雑記帳】 (326)
【読書棚】 (30)
【遊戯倉】 (24)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW (16)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

@long_month からのツイート