日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「終(つい)の夢」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:猫、少女、凍てつく】


 気が付いた時には、私はそこにいました。
 もぞもぞ。寝ぼけ眼を擦って起き上がって、辺りを見渡しました。
 囲まれていました。大きな大きな鉄格子──鳥籠のようなものが私のいる場所をすっぽり
覆っていました。私はどうやらその中に置かれたベッド、真っ白なシーツの中で眠っていた
ようです。
 着ていた服も、真っ白なワンピースでした。
 裾を掴んでふわり。フリルとかは付いていないけれど、これはこれで可愛いなって思う。
普段はおしゃれも中々できないし……。
 ベッドの傍に揃えてあったサンダルに足を通し、檻の際まで歩いてみます。
 ガシンガシン、撥ね付けられるような冷たい金属の音。やっぱり揺らしてみた所で動いた
りはしてくれないようです。地面にしっかり、檻は鳥籠の形を作って継ぎ目一つなく、私を
外に出しませんでした。出入口らしい部分はすぐに見当たりましたが……これも太い南京錠
が掛かっていて開きません。
「──こんばんは」
 そんな時です。これからどうしようと困っていた私に、声を掛けてくる人が現れたのは。
「あなた……誰?」
 ううん、人って言うのは変なのかも。だってその人の顔は手足は、猫さんだったから。
 ちょこんと乗せたシルクハット、黒と白の背広、青くて綺麗な色のステッキ。その人は猫
の紳士さんだったから。
「君の味方、とだけ言っておこうかな。君を助けに来た。そこから……出たいんだろう?」
 私が訊いたけれど彼は答えてくれなかった。ただ帽子の先を摘んで、もう片方の手を胸元
に当てて、おしゃれなお辞儀のポーズ。
 なのに私は信じる事ができました。逆に訊ねられて、そうコクコクと頷き返します。
 出たい。ここから。
 出たい。もっと外へ。
 それはずっと私が願っていたことでした。皆が皆、自分をあそこに閉じ込めるのを私の為
なんだって言うけれど、信用できない。
 私は知っている。お父さんもお母さんも目の前では話さないけど。
 私は知っている。私がいるせいで、こんな私だから、二人がしょっちゅう喧嘩している事
だって、ずっと前から──。
「出たいよ。閉じ込められるのは嫌。あなたが助けてくれるの? 鍵が掛かってるのに」
「ああ。それなら心配ない」
 言って猫さんはステッキの先っぽ、Uターンして曲がっている方を握ると、それを思いっ
きり鳥籠の扉へと振るいました。
 わっ! 私は思わず身を硬くして目を瞑ります。
 ガシャンッ……! だけど、そんな音がしてゆっくり目を開いてみると、そこにはあの錠
を綺麗に真っ二つにして扉を開けた、猫さんが立っていました。ステッキは剣でした。抜き
放たれた刃がキラリと、薄暗い中で静かに光っています。
「すごい……」
 唖然として、だけど次の瞬間には猫さんが差し出してきた手を取って、外へ。こうして私
はようやく鳥籠の中から出ることができました。
「さて。では行こうか」
「う、うん。ありがとう。えっと……」
「? ああ名か。好きに呼んで貰って構わない」
「そう言われても……。うーん……」
 そのまま私を連れて何処か先に、多分ここから逃げようとしてくれている猫さん。だけど
そんな事を言われたものだから、私はつい悩んでしまいます。
「あっ。そうだ、ワルツ!」
「ワルツ?」
「うんっ、ワルツ。私の大切な友達の名前。あの子も同(おんな)じ猫さんだから」
「……そうか」
 ついっと帽子を摘んで顔を逸らして。
 猫さん──ワルツは呟きます。

「とにかく進むんだ。奴らが追ってくる前に、あの山を越える」
 手を取られながら私はワルツとその場を後にしました。
 ちらっと振り返ってみると、どうやらあの大きな鳥籠はうねうねとした丘の中にあったよ
うです。そのあちらこちらには大の字に丸をくっ付けた木の杭、看板みたいなものが何個も
刺さっていて、見上げる妙に薄紫な空と一緒になって不気味さを放っています。
 暫くそんな丘を過ぎると、ワルツが言うように山が見えてきました。
 大きな山です。だけど空の暗さもあり、ただその大きさが確認できるだけで、森の細かい
部分まではよく見えません。
 崖がありました。
 ちょうどこの丘と向こうの山、お互いの敷地を区切るように崖が向かい合っていて、そこ
に細い丸太の橋が一本だけ架かっています。
「もしかして……」
「ああ。あれを渡る。この辺りから山道に入るにはここしかない」
 ワルツは平然としていましたが、私は背筋が凍りました。
 渡るって言われても……。これって落ちたら助からないんじゃ……?
「ッ!? 拙い、奴らだ!」
 そんな時でした。私を前へと促していたワルツが、はっと気付いて来た道を振り返ってい
たのです。真似て目を凝らしてみれば、そこにはこちらに近付いてくるたくさんの人影。
「な、何? マスクの──」
「急ぐんだ! 思ったより気付かれるのが早かったらしい。君をまた捕まえに来たんだ!」
 その人達は皆、白や青緑色で、マスクと帽子をつけています。そのせいで一人一人が誰か
を知ることもできず、ただ不気味で怖いという印象だけが残ります。
 ワルツが叫んでいました。彼らは私を捕まえに来た──悪い奴だと言いました。
 ごくり。私は息を呑みました。ワルツも「早く!」と私を急かします。
 怖がっている暇はありませんでした。そっと丸太橋に足を乗せて、一歩一歩、一生懸命に
バランスを取りながら向こう岸に渡って行きます。
「えいっ……!」
 ばくんばくん。心臓は緊張で激しく脈打っていました。
 それでもじわじわ、最後一跳躍の距離まで詰めて、私はすがるように向こう岸に転がり込
みました。「よくやった!」するとワルツは、まるでそんな私を体を張って見守っていてく
れたように自分も丸太橋に飛び乗ると、私とは違ってあっという間に渡り、追いついて来た
のです。
「ドウシテ……ニゲ、ルノ? マイ……」
「モドッテ、キナサイ。ワタシタチガ、ワカラナイ、ノカ……??」
「えっ?」
「何をしている!? さぁ、早く!」

 それから必死に山を登りました。ワルツの案内で山道をひたすら登って行きました。
 山の中は大きく生えた木や草ばかりで視界が良くありませんでした。だけど私には他でも
ないワルツがついていて、行く先を示してくれて、暗い空の下でもステッキのUターンな先
を抜くとたいまつになるその灯りのおかげで随分心強かったものです。
 白服の人達は追っては来ませんでした。
 あの丸太橋を越えられないのか、それとも実は道に迷っているだけなのか。
 どれぐらい歩いただろう? 暫くして、私達は山のてっぺん近くまで来ていました。
「……ふわぁ。綺麗……」
「そうだな。あそこ、岸辺まで行けばもう大丈夫だ。これで道のりの半分といった所か」
 薄い紫色の暗い空の下、棲んだ水色の河が、見渡した麓の一面に広がっていました。
 思わず目を輝かせて私はため息をつきます。
 さっきは色々大変な目に遭ったけど、ここにも素敵な場所があるんだ。
 ……だけど、そもそもここって何処なんだろう?
「流石に、疲れたかい?」
 するとワルツは私の表情(かお)を見てそんなことを言ってきます。
 きょとん。返事はできなくって。だけどその言葉は私にとっては嘘でもなくて。
 確かに疲れてはいました。ワンピースにサンダルなんて格好、そもそも山を登る格好じゃ
ないよね? と自分自身で突っ込みつつ。よくは知らないけどああいうのって、もっとしっ
かりとした服装でやるものじゃなかったっけ?
「そうだな……少し休もう。まだ下りが残っている。体力を回復させた方がいいだろう」
 言ってワルツは近くの切り株の一つに腰掛けました。私も、彼がそうしたように同じ近く
のそれに座ります。
「食べるといい。腹ごなしも必要だろう?」
 すると、ごそがさと懐を探って差し出されたのは、紙袋の包まれた肉まんでした。
 お店の名前は……書いてない。だけどまだそれはほかほかしていて、とても美味しそうに
見えました。
「ありがとう。ワルツは凄いね、魔法使いみたい」
「……。そんないいものじゃないさ」
 それから暫く、私達はお互いにこの肉まんを頬張りました。休憩を取りました。
 相変わらずワルツは必要なこと以外は喋らないし、辺りは絞ったステッキの灯以外は暗い
ままだったけれど、それでも楽しかった。
 あそこにいたら……絶対こんな経験はできなかったから。

『ドウシテ……ニゲ、ルノ? マイ……』
『モドッテ、キナサイ。ワタシタチガ、ワカラナイ、ノカ……??』

 だから不意に思い出していました。
 あの時、白服達のうち喋っていた誰か、何だか聞き覚えるのあるような──。 
「……どうした?」
「あ、ううん。何でもないよ」
 それでもすぐにそんな疑問はうやむやに消えていて。
 私はまたワルツに気を遣われ、苦笑(わら)うことしかできませんでした。
 自分でつけた呼び名だけど、大切な友達と一緒の名前だから。
 何だか、彼の前では笑ってなくっちゃいけない。強くなきゃいけない。そんな気がして。
「……では、そろそろ行こうか。腹は大丈夫か?」
「うん。美味しかったよ、ありがとう」
 そうして山を降りて行った、先だったのです。
 草木を掻き分け、土を踏み締め進んで行く先、少しずつ近付いてくるあの綺麗な水色の河
の姿。そこへ延びている道の途中に……あの白服達が待ち構えていたのは。
「ッ!? また……!」
「しまった。そういう事か。わざと迂回して待ち伏せされていたという訳か」
 私を庇うように、ワルツが前に出ていました。ざらり。ステッキに仕込んでいた剣は今度
は最初から抜き放たれ、私も怖くなるほど鋭さをアピールしています。
「マ、イ……」
「ナニヲ、シテイル……? ハヤク……」
「走れっ!」
 そうして、お互いがじわりじわりと距離を詰めていた最中でした。低い唸り声や途切れ途
切れな言葉を遮って、ワルツが剣を片手に彼らへと飛び掛っていったのです。
「僕が押さえる! その間に岸まで走れ!」
「で、でもっ」
「いいから早くっ! 本当に包囲されてしまう!」
 勿論躊躇いました。彼を、友達を置いて逃げるなんてすぐにはできませんでした。
 だけど白服達はのそのそと、だけど確実にこっちに近付いてきます。ワルツがそれを懸命
に剣を振って自分の方へ引きずり倒し、更に例のたいまつの火で大きく牽制します。
「……っ!」
 私は駆け出しました。あんな必死な姿に、応えなくっちゃいけない。
 意を決して全速力で走り抜けました。白服達に何度か服を髪を掴まれそうになったけど、
何とか抜け出して岸まで辿り着くことができました。
 綺麗な水色の大きな河と河原が広がっています。後方で、まだずっとワルツが白服達と取
っ組み合いを続けています。
「ワルツ!」
「僕はいい、船に乗るんだ! それでここから出られる!」
 そしてやっぱり。彼は飛び掛かっていったその時から、もう私とは別れるつもりで。
 今度は引き止めませんでした。引き止められませんでした。ただ「ありがとう」と口の中
で呟き、河原に泊めてある手漕ぎボートの一艘(そう)に乗り込んで、必死になって漕ぎ出
していきます。

 私は……自由になりたかった。
 私は……いつも哀れみの眼でしか見られなかった。
 だから、いっそ何処か遠くへ。別の場所へ。
 皆にもう迷惑を掛け続けず、そっといなくなってしまえばいいんだと思って。

(あれ? 向こう岸にいるのって……おじいちゃん?)
(……そっか。うん、そうなんだね。分かってたよ……)
 
 ありがとう。そしてごめんなさい。
 私、やっぱり限界みたい──。


「ご臨終です」
 ぽつり。されど努めて厳粛に医師は告げた。
 号泣して崩れ落ちる妻、それを同じくきつく顰めた表情(かお)で支える夫。場には彼ら
とこの医師、そしてベッドの中で眠る少女だけがいた。
「うっ、うぅ……。舞衣! 舞衣ぃ!!」
「落ち着け。落ち着くんだ。俺だって……」
 分厚いカーテンで前後左右を仕切られた病室の中、そこでこの少女の最期があった。
 この二人は彼女の両親だった。難病に倒れて早五年、いつか来るであろうと覚悟はしてい
た日が、こんなに早く来てしまうなんて……。
「……三時四十二分。準備を」
 医師の指示で、同じく沈痛な面持ちの看護婦らが出て行った。今日においても、死は単に
終わりではなく始まりだ。肉体的に、精神的にも、そして社会の制度と手続き的にも。
「ありがとう、ございました。安らかな最期だったと思います。ほらみろ、こんなに嬉しそ
うな表情(かお)をしているじゃないか。……父さんにでも、会ったかな」
「うぐっ、ひぐっ……。そう、ね。お義父さんにはいっぱい可愛がって貰ったから……」
 夫の励ましがようやく届き始めていたようだ。妻は尚もぼろぼろと大粒の涙を流しながら
も、そう肩を取り背中を擦ってくる彼に答えていた。
 二人して、医師も含めてこの少女の表情(かお)を見る。
 その寝顔はとても穏やかで、枕元には彼女が小さい頃から一緒だった猫のぬいぐるみ──
ワルツと名付け可愛がっていた、お気に入りのそれが収められている。
「……結局、俺達は嫌われたままだったのかなぁ。こんな笑顔(かお)、闘病中は長らく見
せてはくれなかった気がする」
「いいのよ。私達は間違っていない……。子の回復を願わない親なんているもんですか」
 そうでしょう、舞衣? 母親はそう、もう応えることのない愛娘に声を掛けていた。
 片手でそっと彼女の前髪を掻き除ける。まだ温かい。また溢れそうになる感情を堪えて、
母親は静かにその額へ口づけをする。
「……ごめんね。でももう、大丈夫だから」
 唇に伝う温かさ。確かに在った生命の証。
 だがきっと、それはやがて彼女の感覚からも当人の身体からも、冷たく消え去ってしまう
定め(もの)なのだ。
                                      (了)

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  1. 2014/03/16(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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