日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「トードちゃん」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:蛙、少年、役立たず】


 その男の子は、俗に言う“変わった子”だった。
 とにかく、他の子ども達と触れ合わない。小学校に上がる前後ともなれば人生で最も遊び
回るであろう時分なのに、彼は一貫して一人遊びをしてその幼少期を過ごした。
 絵本を読む? 積み木を組み上げる? そうじゃない。
 観察だった。彼は専ら軒先や植え込み、コンクリート敷きの味気ない通路など、大よそ陽
の当たるような場所ではないそこで一日中観察していた。
 ある時は食糧を運ぶ蟻の行列を、ある時は羽化をしようといる蝶を。またある時は物と物
が作る隙間を這い抜けていく蛇を追ったり、庭先で小刻みについばむ雀達を見ていた。
 特に、彼が気に入ったらしいのは蛙だった。
 理由はよく分からない。強いて言うなら当時、教室の水槽で飼育されていた──わざわざ
外に出なくとも好きなだけ観察していられたからなのかもしれない。
 彼は時間が許す限り、じっと観ていた。
 ぷくぷく。頬を膨らませて、かと思えば萎ませて。緑掛かった水に半身を浸して声もなく
そこにいる蛙達をじっと見つめていた。
「あ、また見てる」
「何が面白いんだろうなぁ……?」
「おーい、トードちゃ~ん!」
 故に同級生達から付けられたあだ名は、トードちゃん。
 勿論、そうして蛙ばかり見ていることから(実際は他にも色々だったのだが)つけられた
名だ。そこに在るのはからかいであって侮蔑であって、親愛ではない。
「……」
 それでも彼は何も言わなかった。たまにちらっと彼らを見遣りこそしたが、すぐに興味を
失ったかのようにまた視線を水槽の方へと戻してしまう。
「ちっ、無視かよ」
「ざけんじゃねーぞ!」
 わんぱく盛りである。その日も彼をからかおうとし、そして無関心を示された子ども達が
彼を取り囲んだ。
 殴る蹴る。加減なんて解ってはいない。その時も教室には少なからずクラスメートがいた
筈だ。しかし彼らは誰一人としてこの風変わりな少年を助けようとはしなかった。子供心に
理解していたからだ。
 あっち側に行ったら──やられる。
 故に誰も手を貸さない。注意もしない。加え彼本人が全くの無抵抗・無反応を貫いたこと
も加害を長引かせた。
 何を考えているのか? 何故そこまで頑ななのか?
 ただその日も、いつものように、同輩達からの暴力はほとぼりが冷めるまで続いた。
「……んだよ。何とか言えよ!」
「あ~、もうやめようぜ。飽きてきた」
「そうだな……。何か時間の無駄な気がしてきた」
 一頻り殴り蹴り、少年達はどたどたと教室を後にして行った。一人が網に入れたサッカー
ボールを持っていたので、外で遊ぶのだろう。
「……」
 何事もなかったかのように彼は埃を払う。乱れた服を直す。
 教室の中の皆が目を逸らした。彼はそのさまをただ無言で一瞥していた。それ以上の反応
はなく、水槽へと踵を返す。
 彼はそのまま沈黙を守り、時計の時刻を確認すると、静かに蛙達へ餌を遣り始める。

「おっしゃ終わったー。遊びに行こうぜー!」
 その日も彼らはいつも通りの日常を過ごしていた。いつも通りの放課後を迎えていた。
 ばたばた、わんぱくな子らを中心に面々が教室を出て行く。彼らにとってこれからが最も
楽しい時間だ。
 空はちらほら雲が疎らにあるが、晴れ。
 今日も絶好の遊び日和だとその場の誰もが信じて疑わなかった。
「──い、よ」
 そんな時だ。ふと彼、トードちゃんが水槽を見つめながらぼそりと口にしたのは。
「止めておいた方が、いいよ。酷い目に遭う……」
 クラスメート達は驚いていた。ただでさえ寡黙な彼が、更に自分達にそんな忠告めいた事
を言ってきたのだから。
「何言ってんだ? 酷い目って何だよ」
「ほっとけって。あいつの言う事なんか元々わけ分かんねぇじゃん」
「行こうぜ? 野球場、いっぱいになっちまう」
 それでも遊びたい盛りの子──しばしば彼を苛めるわんぱくっ子達はさっさと教室を後に
してしまった。そうでない他の子供達も「やはり変なことを言う」といった様子で彼を疎む
ような眼を遣ると、一人また一人と立ち去っていく。
「……」
 それでも当の本人は黙っていた。この一言を発したことを除き、その後も何一つ変わりが
ないまま水槽の前に佇んでいた。
 ぷくぷく。蛙達が静かに口を膨らませていた。
 ずらりと横一列に並び、全く同じ方向──教室の外、未だ晴れな窓ガラス越しの空を見つ
めながらちょこんと座っている。

 ただこの数時間後、事件があったのだ。
 ゲリラ豪雨。彼らの通う校区、市内を中心として突発的な大雨が降り注いだのだ。
 当時の報道ではこの一連の大雨で主要な河川が氾濫、道路もあちこちが冠水し、多くの人
や物に被害をもたらした。……中には河川敷のグラウンドで野球をしていた子ども達がごっ
そり、大水に流されてその尊い命を失ったともいう。

 市内に警戒情報が流れ、その日大人達は対応の為に走り回った。
 そしてこれは今や記録が残っていないため定かではないが……そんな内の一人、校内に残
っていた教師が念の為にと各教室を見回っていたところ、
「お、オサム君!?」
「……」
 彼が、トードちゃんが、一人教室の中でじっと蛙達の合唱を聴いていたのだという。


「──どうもこんにちは! 本日は城彩大学・天塚研究室にお邪魔しています!」
 それから、二十五年の月日が流れていた。
 他人と交われなかった日々、興味あるものが違いすぎていた日々、故に疎外され苛められ
続けた日々。
 トードちゃんはちょっとした有名人になっていた。
 とある中の大学に在る研究室。
 彼はそこで長年、生物の行動と自然現象との関係性を研究し続け、遂に社会を世界を悩ま
せるゲリラ豪雨──年々極端さを増す自然の驚異を事前に予知するシステムを開発すること
に成功したのだった。
 虫の知らせ、とでも云うべきものか。
 ともかくそんな画期的な予測システムの開発・試運転開始の報を兼ね、この日彼はとある
大手マスメディアの取材を受けることになったのだ。
「皆さんもご存知かと思いますが、先月発表され話題となった“トード・システム”、その
開発者の方に今日はたっぷりとお話を伺おうと思っています!」
 どうぞ! やたらテンションの高い女性レポーターに促され、このかつての少年はテレビ
カメラの前に映し出された。
「……どうも」
 やや癖っ毛に丸くなった伸び放題の髪、着古した白衣とよれよれの白いワイシャツ。
 トードちゃんこと、天塚修がそこにはいた。
 口下手な性格は当時から相変わらずなのか、声は小さく、相応の身分の割には腰が低い。
それでも変わったことと言えば何よりもその表情だろう。まるでずっと昔からそうであった
かのように、彼の浮かべる微笑はとても穏やかで絶えることがなかった。
「天塚修先生ですね、初めまして。CBSの園山です」
 それから……というか、終始会談のペースは彼女の側が主導権を握っていた。
 彼女とて仕事だし、そもそも画面外でリハーサルを行っているので厳密には初対面ですら
ないのだが。それでも両者は──主に彼女が台本通りに話題を質問を振り、それらに緊張の
取れない天塚が答える、という分担で会談および彼の研究の宣伝を続けた。
「──ふむふむ。ではもっと実際のデータを集めればより精度の高い予測ができる、と」
「はい。元々この研究は僕の小さい頃からの興味と、その頃から書き付けていた記録の蓄積
なんです。僕たち研究チームはそれらを科学的に信用に値する理論として整え、目的に特化
させてシステマナイズしただけなんですよ」
「謙遜しますねぇ。なるほど。幼い頃からの興味関心が世界を驚かせる発見に繋がったと」
 リポーターは、あくまで物静かに語る彼を補完するように、そう相変わらず熱い中継を続
けていた。
「では、最後にこれからの未来を生きる子ども達に、何かアドバイスを」
「うーん。そうですね……」
 彼へと向けられたマイク。
 そして彼女は一連の締め括りとして、そんな質問を彼に浴びせてくる。
「……自身の能力が如何すれば“他人の役に立つ”のか? そこをよく考え、実践してゆく
ことでしょうね。それらが実を結んでようやく、僕ら人間は“価値のある個人”になるんだ
と思います」
                                      (了)

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  1. 2014/03/10(月) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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