日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)意味の所在地は

書けましたφ(=△=;)-3

猛威を振るっていた寒波も一段落し、かといってすっきり晴れる訳でもないぼやっとした日
が続いています。二月も早末、皆さんは如何お過ごしでしょうか?

ツイッタ(小日記)でも呟いていましたように、一昨昨日から自分は連載の執筆──ユー録
の四十八章に掛かっておりました。そしてそれも昨日昼間に終了、とりあえずの安堵と休憩
をといった処でこの筆を執っています。
推敲とUP作業は本日~明日辺りに。一晩寝かせてクールダウンという奴ですね。当該原稿は
来月分のものなのでUP自体は三月頭とする予定です。即ちフライング執筆

……しかし何ともまぁ、すっかり“通常運転”な日々が続いています。
むしろこれ(創作活動)が無ければ、果たして自分は今頃どれだけ荒んでいるかしらん?と
胸に手を当てて苦々しく思う位。ネット越しとはいえ(広い意味で)同好の士も方々にでき
て励み励まされ、時にその第三者の眼が言葉が新しい思考経路を開眼させてくれます。便利
な時代になったものだなぁと思います。改めて感謝をm(_ _)m

ただ、それは一方で閉ざした安寧でもあると思います。
気の合う共通の趣味項を持った人々と「のみ」専ら関わって日々を愉しむ。それは人生総体
から見れば幸福なことなのかもしれませんが、すっかりものを書く人間の性が染み付いてし
まったのか、その愉しさがふと怖くなる時があります。後ろめたさ……とでもいうのか。
確かにどっしりと据えて創れる物理的・精神的環境があればこそだとは思います。
だけどもやはりそれは、どだい己をクローズドに遣っている訳で、もっともっと自他と諸々
の事象を読み取り描くには「経験」値を獲り難い──『書を捨てて街に出よ』的なさまとは
逆な方向性に生きているんだよなぁと思ってしまうのです。
(とはいえ、そうした感慨も結局は創作の肥やしって意味合いに為っているから、どちらに
せよ“重症”ではあるんでしょうけども……f(=▽=;)


正直言いまして、ネタがありません。

いや、なら何故雑記を書く!?って話になっちゃうのですが、それは「書かなきゃ」以外の
何物でもないんでしょうな。前の更新から間が空いてきたな~って思って、じゃあ雑記でも
書くか、という流れ。これまでの雑記に目を通してくださっている方なら勘付いていること
と思いますが、特に冒頭部は近況報告も兼ねていますし。
……如何なものかと思うのですよ。
ネタ、というか話題にできそうなもの自体はニュースや自分周辺を漁ってみれば出てくる。
それこそ一時はそうやって見つけてくるのが「感性」だ「錆び付かせない為に」と自身言っ
ていた程ですし。

でもねぇ……だから「何」なんだ?って話なんですよ。どうなるものか、というね。
僕自身、巷にネット上に溢れる様々な声を折につけ片手間に読み、時に意識的に収集してみ
たりします。しかしそこに書き連ねられているのは主義主張、怨嗟に罵倒──こりゃ言論の
自由を押し込めてでも世間を平穏にさせたいわ……とお上につい同情してしまうような諸々
の批評(笑)のオンパレードな訳でして。
じゃあそれを今度は僕が哂う? 尚の事甲斐が無い。その対象になっている事柄を自分なり
に精査しようというならまだマシでも、結局そこであれやこれやと言ってみせたって誰が得
するものですか。僕自身もまた無数の「声」であり、埋もれるのみです。こと政治・経済・
宗教という『関わったら面倒系三大ジャンル』なら本当、一時的な自分の精神的吐瀉にしか
ならないですよ。
──“憎しみをぶつけた所で、世界は変わらない”
かといって何かしらの「正義」を掲げて活動家ごっごをするのも、自分の美学?と真っ向か
ら対立する──それこそ嘲笑の対象ですからね。

……そうやって“大人”な嘯きを重ねていって、結果戻るに戻れなくなるのが、いわゆる歳
を喰うってことなのかなぁ?
以前はもっと(視界狭窄的にすら)理想論者だったような気がするのですが……あな恐ろし。
なまじ知り過ぎたことで失うものってのは結構あるんですよね。しばしば痛感します。そして
後達、新しい出会いの中でそんな人々から受ける「瑞々しい」言動にこの中の人はしっかり
密かに凹んだり悶々としたりしているする訳で。
僕自身もまたなのですが、物書き仲間さんでしばしば悩む人、というのがいます。
書けない云々といった対内面的なことではなく、むしろ対外的なこと──今回はそういった
問題・現実と如何折り合いをつけるか? といった話をば。

同じ創作でも畑が違うとまた勝手が違うのでしょうが、いわゆるワナビ(小説家志望者)の
話です。よくあるのが、同好の士として語らいに出てくるのが『プロを目指す中での心構え』
なんですよねぇ。
数字が獲れない受けないと嘆く、それを先ず自分が楽しんで書ける方が大事と多くの仲間さん
は説いている。公募に何度もトライしている人だともっと淡白になっちゃってますが。
だけども……如何ともし難いんですよ。
自分が好きだから、書きたいから書いてる。それはいい。
だけどその前提──言説を「正当化」する為に“花咲いた者らが次々に刈り取られ、カネに
されている”今日びノベルズ界隈の「現実」とその絶対優位的な威力を、自己愛や権威批判
ばかりで論理武装したってどうにもならないんじゃないの? とここ最近僕は思うのです。
……何ていうのかな。“論理武装”──換言するなら言い訳って、ちゃんと“冷静”になる
と酷く虚しくて哀しいんだよなぁって。

『書くことが好き、が何より大事。そこを失ったら精神衛生は長くもたない』
『ちゃんと見てくれている人はいる。応援してくれる人がいる。だから私は大丈夫』
『今の出版社が悪いんだ、安直な読者が悪いんだ。カネと快楽に堕落してるんだよ!』

うーん……何だが違う。
違うというか「書くことの愉しさ」と「書くという仕事」を、皆同列に置き過ぎているよう
な気が僕にはするのです。

先ほども言及しましたが、そう易々と世界は変わりません。変わってくれません。
僕らは自分にとって好ましい世界が欲しいと常々思う生き物だけど、それは“お互い様”な
訳で、根本的にそれが叶うことはない(畢竟win-loseにしかならない)
ならば現実問題としてどうするか? 大抵は「妥協」でどうにかするのが常ですよね。
でも、それが中々出来ないからこそ、僕も含め物書き仲間さん達のワナビな心はふらふらと
焦りと強気の間で彷徨う訳です。割り切って売れるものを書くと決めても、先ずそれですら
プロの門戸を開け入ることが保証される訳じゃない。仮に入れても、内部で様々な軋轢が彼
彼女を襲うことでしょう。実際そういうトラブルで筆を折ったり、干されたりした作家さん
だって少なからずいる(興味があればご自分でお調べください。精神ダメージについては補
償しかねますが)訳で、ただ「まだスタートラインなんだよ!」だけで突破できるものかと
いうのが個人的な──そして多分少なからず同意の方もおられると思う──諦観なり嘆息で
あるのです。

ここで、とある言葉を紹介しましょう。

『相手を傷つけないで、自己の欲望だけを満たしていく手段。方法として、人間が最後に
 発見したものが芸術である(加藤唐九郎:陶芸家)』

小説は「娯楽」じゃん?という方はここで回れ右をすることをお勧めします。少なくとも僕
は小説──創作する営みを他者>自分であるとは考えていませんし、これからその旨の話を
するつもりですから。
根本的に小説を始めとして創作、藝術というのはその基点からして「我」欲の世界なんだと
僕は思うのです。オリジナルであろうがアンソロジーであろうが、シェアワールドの有無が
あるだけで、どちらも根っこを辿れば「これこれこういう世界を手元に持って来たい」という
欲望であるのではないでしょうか?
「己」なのです。利己であって、利他ではなく。
中にはエンターティナー精神で己を人々の為に捧げるのが真のクリエイターだと云う言説も
ありますが、現状僕はそこに与できません。本質は我欲なんですよ。もっと鬱々とした心な
のですよ。得られぬから創る、満たされぬから(憎しみこもごもで)創る──利他的が創作
者の全てだと主張されるならば、一体この世にどれだけ奉仕精神に溢れた人間様がおられる
んでしょうね? なのにこの世界は知っての通り争いだらけじゃないですか。

……少し熱くなってしまいました。話を本筋に戻しましょう。
要するに僕が言いたいのは、創作人を「利他性で縛るか否か」という指標しか、多くの場合
示されていないのではないか? ということなのです。
“二元論的なものの見方は危険だよ”以前、友人からそんな言葉を受けたことがありました。
この『プロ作家への心構え』だってきっとそうなのです。彼彼女らが「書くことを愉しむ」
事と「書くことが仕事である(金を稼ぐ)」事は、きっとそれぞれ別ベクトルの命題として
捉えてゆかなければ。
数字(モノ)は手段であって、目標にはなるけど、後には次の為の手段となるべきで。

他人にばかりその意味を求めるな。そっくり預けて(押し付けて)しまうな。
藝術は──我の営みが故に“暴力”的なんだ。それをしっかり己で引き受けろ。
僕の貴方の創った、自分自身の、物語でしょう?

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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