日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「或るアイの詩」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:冬、銅像、物語】


 私は銅像である。名は──この姿形のそれを借りればイチ公とでも名乗ろうか。
 目覚めた時には既にこの公園にいた。雨の日も風の日も、春夏秋冬何度となく季節が巡っ
てゆく中、私はずっと此処に座り、この町の人々を見守ってきた。
 これから話そうと思うのは、そんなとある男女にまつわる記憶である。

 二人はいわゆる幼馴染という間柄だった。とはいえ、元を辿ればその二人だけで完結して
いたもの……という訳でもない。
 当時からこの公園は、近隣の子ども達にとっては良き遊び場だった。
 そして彼も彼女も、そんな例に漏れず、毎日のように誰からともなくやって来ては私の前
に集まり、一緒になって遊ぶ。そんな緩々とした集団の一人であったのだ。
 彼は当時から活発で、明るかった。
 この子ども達の中にあっても、特にやんちゃで嬉々としていたように記憶している。
 彼女はそんな彼とは対照的に、とても大人しかった。
 いや、おどおどしていたと言うべきなのだろう。皆とは一緒にいた。だが生来の押しの、
気の弱さがあったのか、その時間の多くをひっそりと──集団の片隅で静かに佇んでいるよ
うな形で過ごしていたと記憶している。
 だからだろう。彼はややあってそんな彼女の疎外さに幼いながら気付いていたのだ。
 中々えいやと自ら皆の輪の中に入れない同じ年頃の女の子。
 彼は普段の嬉々とした、先ず何より自分が楽しむことを一旦放棄したように立ち上がって
いた。てくてくと彼女の──集団の外でぼうっとそれを眺めていたすぐ目の前に立つ。スッ
とその手を差し出し、
『何してんだ? 遊ぼーぜ』
 ビクッと震えた彼女に、舞い散る桜を背にして屈託なく笑う。
『え。で、でも……』
『でも何さ? イヤか?』
『そ、そうじゃない……けど』
『だろ? おーい、こいつも入れてやってくれー!』
『ふぇっ!?』
 まだ戸惑う、勇気の出ない彼女の手を、彼はむんずと掴んでいた。その笑顔のまま仲間達
に振り返り、そのまま彼らの下へと彼女を連れていく。
 彼女は身を硬くしていた。だけど幼いながらにも解っていたのだろう。
 彼に悪意はない。ただ一人ぼっちな仲間なんて、嫌なんだと。皆で楽しむものなんだと。
 だから赤くなっていた。ほうっと、頬を赤くして、彼に手を引かれるまま俯いていた。
 この手の純粋さは、時にあまりにあっさりと垣根を無くすものである。
 仲間達はごくごく自然に彼女を、彼が連れた彼女を迎え入れていた。
 それは彼女が元々からこの集まりに顔を出していたからというのもあったのだろう。だが
まだこの頃の彼らには、意図的に誰かを弾き出そうという発想自体が貧困──いや、各々の
魂に侵食して来ていなかったからなのかもしれない。
 彼は一層に笑っていた。この頃は区別もなく、ただ悦びを分かち合うのが楽しかった。
 彼女はやはりもじもじとしていた。ほうっと赤く頬を染め、それでも嬉しそうに。
 ちらちらと。時折彼を、特別な眼で見つめて。

 ……それでも、時の流れとは人の身には如何ともし難く、人を変えてしまうものである。
 少しずつではあったが、離れていったのだ。彼と彼女、少年と少女は、次第に歳相応の距
離に為ろうとする。
 いや、実際には彼の方がそうしたのだ。彼の中に男女というもやもやとした意識が芽生え
始めていたのだ。
 気恥ずかしさである。自分も勿論、彼女が儚げな少女に成長していくのを観るにつけ、彼
は内心かぁっと恥ずかしくなった。気付けばずっと一緒に遊んできた過ごして来たその距離
感がどうにもくすぐったくて、ちょっと顔を背けたくなっていったのだ。
 でも、長年の習慣というものは中々すぐには抜けなくて。
 少なくともその芽生えの頃は、まだ二人は一緒だった。
 朝、毎日のように。顔を合わせるのは私の前。二人は示し合わせたように落ち合うと、そ
のままてくてくと、新緑の木々立ち並ぶ学校への道を歩いていく。
『おはよー。今朝も夫婦揃ってだね~?』
『ばっ! ち、違ぇーよ!』
『うう……。か、からかわないでよぉ……』
『あはは。いいのいいの、あたしは応援してるよ? うん』
『~~っ』
『どーだか。ほら、行くぞ。時間の無駄だ』
『う、うん……』
 何年も、そんな営みが続いていた。

 だけど何時からか、そんなささやかな一時すら二人は失ってしまった。
 それを時の流れだ仕方ない、それだけ成長したのだと好意的に解釈するのは……私には難
しそうだ。非難するつもりはない。だが私は、ずっと彼らを見守ってきたから。
『……』
 気恥ずかしさは何時しかある種の強がりに為り、彼は私の前──朝、この落ち合い場所に
来ることすらなくなっていた。
 それでも私は知っている。ずっと見守ってきた。そんな時の流れと変化の中にあっても、
片や彼女の方はずっと毎朝欠かさずに私の前へやって来ていたことを。
 声は出ない。動けもしない。関われない身体と、関わってはいけないという不文律。
 とうに彼が遠退いてしまったことくらいは気付いていた筈である。だが彼女は、その儚げ
な容姿のまま成長し、園児から高校生の制服に身を包み直しても尚この場所で暫し、毎日の
ように一人佇み続けた。
『ぁ……』
 そして今日も、彼が遠くに見える。公園の眼下にある道路、そこを誰かと仲良しこよしで
進むでもなく、ただ同級生のぽつぽつとした人波の中で歩いていく彼を遠巻きに見る。
 その日も彼女はそうして見つめるしかなかった。呼び掛けることも、飛び出していくこと
もこのか弱い心身には重荷であるようだ。
『せーじ君……』
 ぽつり。ただ私だけが傍にいる中で、ちらちらと紅葉の葉が散り始めていく木々の中で彼
女は哀しげに呟いてる。
『もうそろそろ、なのに』


「──疲れた~……。ちょうどいいや、あそこで休んで行こうぜ」
 日野誠司はその日も放課後、仲間達と遊び回っていた。
 カラオケの後、ゲームセンターを数件はしご。いつもの流れだが今日は一段と羽目を外し
てしまったようだ。気だるく「そうだなー」と同意する仲間達と共に、通り掛かった公園に
入り、その年季の入ったベンチに腰掛ける。或いは傍の銅像にもたれかかり、或いは臆面も
なく地べたにしゃがみ込む。
 季節は晩秋を迎えようとしていた。少し前までは紅葉の見ごろ云々とニュースで言ってい
た気がするが、少なくともこの辺りでは既にそれらは散り始め、ハイソを気取った石畳らを
所々に覆い隠してしまっている。
「にしても、懐かしいな。覚えてね? ガキん頃はよくここに集まって遊んだよなー」
「そうだっけ?」
「ああ。つっても近所の面子ばっかだった気がするけど。誠司、お前もそうだったよな」
「ん? ああ……そういやそうだっけか」
 なのでどっかりベンチに腰を預けていた誠司は、むくりと顔を起こしてそう語り始める友
の一人を見遣る。そう言えば当時の面子もここにはいるにはいるが、今やすっかりバラバラ
になってしまっている。
「それで思い出したんだけど……。お前、愛希(あき)ちゃんとはどうなってんだ?」
「えっ?」
「ん? それって月村さんか? C組の」
「そうそう。誠司、お前あの子と仲良かったじゃん。一時は毎日のように一緒にいただろ?
ぶっちゃけ……デキてんの?」
「……それいつの話だよ。一緒っつーか、いつもおどおどしてて危なっかしくて見てらんな
かったんだよ。それで懐かれて、気付いたらちょこちょこ後ろをついて来てたっていうか。
大体もうお互いガキじゃねぇんだ。成長して、あいつもあいつなりに学生生活を謳歌してん
じゃねーの?」
 大きく息を吐きながら、誠司は言った。実際、その言葉に偽りはなかった。
 何となく放っておけなかった。ウサギみたいなちんまい子、みたいなイメージを今も自分
は持っている。
 だが……言われてみれば最近そうやって思い返すことは随分少なくなった。口にしたよう
にお互い成長したこともある。疎遠になったというのは否めないが、それはごく“普通”な
ことではないのか。
「なんだ、つまんねぇの」
「うるせぇ。お前だって彼女いない歴イコール年齢だろ」
「……」
「ん? どうしたよ、森口」
「あ、ああ。いやさ……月村さんの話で思い出したんだけど」
 しかしそんな中で一人、仲間の一人が何かばつの悪そうな表情で眉を顰めていたのだ。
「実は俺……ちょっと前に見ちまったんだよ」
 気付かれて追求される彼。
 すると少々戸惑って、しかし仲間達の眼差しから逃れることもできず、彼は語り始める。

 先月末くらいかな。俺、新型のTSTを買ったって奴がいるのを聞いてそいつらがよく溜
まってる空き教室に行ったんだ。だけど生憎その時にはそいつらいなくてさ。代わりに中か
ら聞こえてきたのは……月村さんともう一人別な男子だったんだ。
『えっと。な、何でしょうか? お話があるだなんて』
『……はい。そ、その』
 こっそり扉の隙間を開けて見たから間違いない。あれは月村さんと、星崎──そう。彼女
と同じC組の奴だよ。なよっとしたインテリの。どうやらそいつが月村さんを呼び出してる
最中だったみたいでさ。
『……つ、月村さん。す、好きです! 中学の頃からずっと。よ、宜しければ……ぼ、僕と
付き合ってください!』
 驚いたよ。ガチ告白だったからさぁ。でもそれ以上に驚いてたのは月村さんだったぜ? 
まぁある意味似た者同士っつーか、気が弱いタイプなもんだから、そりゃあうろたえてたの
何のって。
 でも彼女、中々答えないのはどうもそれだけじゃないっぽくてさ。
『そ、そう言われましても。い、いきなり……だと……』
『……日野君ですか』
『ふぇっ!? え? 何でそこでせーじく──』
『やっぱり、そうなんですね。知ってますよ。彼とは幼馴染だって』
 お前だよ日野。そこでお前の名前が出たんだ。
 俺の見間違いじゃなきゃ、ありゃ図星だったぜ? 星崎に尋ねられて彼女、頬を赤くして
俯いてた。
 あいつ、悔しそうだったな。その場で罵りはしなかったけど、ぎゅっと唇を噛んでたし。
『……ごめんなさい。すぐには、お返事できません』
『そっか。でも、それはどういう?』
『その。まだ“約束”が、あるから……』


(──う~ん……)
 誠司は悩んでいた。自宅の自室、そのベッドに仰向けになり、先程からずっと唸りながら
ごろごろとベッドの上を行ったり来たりと転がっている。
 切欠は、ふと公園でそんな目撃談を話してくれた友人の情報。
 それからというもの、誠司は自分でも何ともできぬもやもやに悩まされるようになった。
 いや、多分解ってはいるのだ。だけど恥ずかしくてそれを大手を振るって認める、口にす
る勇気が足りない。
(約束……。あいつが、俺と?)
 クッションを抱えてごろごろ。誠司はそうやってそれ以来、来る日も来る日も記憶を探し
出そうとした。友人のあの目撃談がただの作り話、勘違い──そう笑い飛ばすことすら出来
ない無関心を貫けない自分がいる。
 思い出せない。そもそも疎遠になってからはもう、殆ど会話もしていない相手なのだ。
 一番確実なのは本人に訊いてみることだ。だが、今更聞いてどうしろというのだ?
 大体もう星崎に返事をしてしまっているのではないか? だとすれば尚更に自分がみみっ
ちいというか、馬鹿みたいで……。
「……」
 そうやって気付けば、一月近く経ってしまっていた。
 あの時はまだ紅葉が散り始めたなぁと見上げてみる程度だったが、今ではすっかり寒くな
ってしまった。天気予報では今夜は特に冷たく雪が降るかもしれないという。何だか余計に
惨めな気分だった。
 嗚呼。つい最近まで疎遠だった癖に、急に勝手に意識しちまって。
 俺は一体、何をやってるんだろう……。
(月日ってのは、早いもんだな。何だかんだであれから十年か)
 ごろりとうつ伏せになり、壁に引っ掛けてあるカレンダーを見る。
 今月の暦の上にでんと書かれた今年の西暦。誠司はそこから半ば無意識に、彼女と出会っ
た頃を逆算してしまう。
「……十年?」
 そんな時だった。ふと彼の脳裏に、何か引っ掛かるものがあった。
 ビリビリッ、脳内をちらつくノイズとピントのボケた映像(ビジョン)。
 それはまだ幼かった頃の、まだ仲の良かった自分達の過去の姿で……。

“埋めちゃったのはいいけど、これっていつ取り出せばいいんだろう?”
“うーん、分かんねえ。タイムカプセルなんて初めてだしなあ”
“じゃあ……十年後ならどう? 私達、きっとおっきくなってるよ”
“十年かぁ。いいね。じゃあそうしよう”
“うんっ! じゃあ約束だよ? 十年後、ここでまた──”

「そうだ……。そうだった……!」
 ハッと我に返ったように、電流を撃ち込まれた後の反動のように誠司は起き上がった。
 その表情は顰めっ面。いや焦りと言っていい。部屋を慌しく見渡す。ちらっと暗がりな窓
の外を見遣り、ベッドの端に引っ掛けてあった防寒着を羽織ながら慌てて階段を駆け下りて
いく。
「あら、どうしたの? そんなに慌てて」
「か、母ちゃん! アルバムって何処にある? 俺らがまだガキの頃の!」
「アルバム? ああ、それなら居間のローチェストの一番下に──」
「ローチェストだな!」
 どたばたと降りて来た息子の剣幕に押されつつも、夕食の準備をしていた誠司の母はそう
すぐに答えてくれた。彼はコクンと速く強くと、早速リビンクに飛び込んでその箇所を漁り
始める。
「え~っと……あった! ガキの頃、ガキの頃。あいつらとつるんでた頃……」
 そうして見つけたのだった。アルバムの中に一枚、犬の銅像を背景に皆でピースサインを
している、かつての自分達の姿が。そこには勿論控え目に、だけども嬉しそうに並ぶ彼女の
姿も確認できる。
「懐かしいわねえ。私も覚えてるわよー。確かこの時、吉田君のお母さんが貴方達を迎えに
行って、その時に撮ったのよねぇ」
「そうだっけ? って、そうじゃない。日付、日付……!」
 母がひょこっと後ろから目を細めて眺めて来ていた。
 誠司はついその声色に流されそうになったが、気を持ち直す。写真の下端を見遣り、その
一齣が写された日時を確認する。
「だぁぁーっ!? 今日じゃねーか!?」
 ばんっとアルバムに手を叩き付けながら、誠司は立ち上がった。
 これは幸いか、不幸か? ともかくそんな事を悠長に考えている時間はない。放り出した
アルバム達もそこそこに、彼は踵を返すと一直線に玄関へと駆け出していく。
「ちょっと出掛けて来る!」
「あら。もう暗いわよ? 気を付けなさいよ?」
 どたばた。そんなのんびりとしたままの母の声が聞こえているかいないのか、この息子は
日の落ちた寒空の中へと飛び出していく。
「……。頑張んなさい」

 今夜の天気予報は当たりらしい。外を駆ける誠司に、はらはらと夜闇の上から小さな雪粒
が降りてくる。
 彼は焦っていた。急いでいた。何より自分自身の情のなさに憤っていた。
 友人の話が本当なら、あの時あいつは答えを留保した。自分とのことなんてもうずっと昔
の、幼い頃の思い出くらいだろうに、あいつは今もずっと──もう十年も昔の話をその胸の
中に抱き続けている。
「……ああ。来たんだ」
 そうして約束の場所、公園の入り口まで差し掛かった時のことだった。
 ダッフルコートに身を包んだ星崎がいた。まるで誰かを、自分を待っていたかのように彼
は入り口の垣根、枯れ草が繁茂した策に軽く背を預けたままでこちらを見ている。
「お前──」
「いいんだよ。約束、果たしに来たんだろ? 彼女の友達からそれとなく聞いてはいたんだ
よね。昔、何人かのグループで一緒に遊んでたってことも、その中で君が特に彼女に色々と
気を掛けてくれていたことも」
 星崎は泣いているような、自嘲(わら)っているような表情(かお)だった。
 ガサリ。彼はそのまま後ろ──公園の中を振り返ることもなく身を起こすと、ゆっくりと
人気のない目の前の道路を横切り始める。
「……何で」
「まだ返事を受け取っていないからだよ。いや、彼女の方が答えたくないんだ。今日此処に
来たってことは、覚えてたんだろう? 随分と遅い登場だけど」
「……」
「図星か。でも多分そういうことなんだろうと思う。僕じゃ、駄目だったんだ」
 誠司には言葉がない。彼を引きとめられる力がない。
 もしかしたら俺はこいつを──。半ば無意識に唇を結ぶが、星崎はただそう悟ったように
言い聞かせるように呟くだけだ。
「……月村さんを、よろしくね」
 そうして立ち去られてしまった。夜闇にただ一人だけになった。
「ちっ──」
 いや、そうじゃない。少なくとも一人はいる。
 何とも言えぬ、だが多分きっと言葉には出来るのであろう感慨を胸に、誠司は改めて公園
の中へと足を踏み入れていく。
「……せーじ、君?」
 はたして月村愛希はそこにいた。
 イチ公。かつて近所の皆と共に集まり遊んだ、その象徴的な目印のすぐ傍の植え込み前に
彼女は一人ぽつんと立っていた。
 近付いてきた足音、振り向いて目にしたその姿に思わず泣きそうになっている。
 誠司はばつが悪いままに近付いていった。ぽりぽりと。冷えた空気が刺す首筋を掻きなが
ら、それでも先ずはと決めていた第一声と共に──ぶんっと頭を下げる。
「すまなかった」
「えっ」
「すまなかった。俺、すっかり忘れてた。今日なんだよな? 十年前、ここであの頃の──
ガキの頃よくつるんでた面子で、タイムカプセルを掘り出す日」
「……」
 こくん。最初こそ固まっていた愛希だったが、次の瞬間にはぽろっと湛えていた涙を零し
て頷いていた。よく見れば手には小さめのスコップ、懐中電灯。……きっと彼女自身は、忘
れることなくずっと覚えていたのだろう。
「つきむ──愛希。でも、何でまたそこまで? 俺が言えた言葉じゃねぇんだろうけど、現
に他の面子も忘れてるじゃねぇか」
「う、うん。でも……私には大切なことだから。せーじ君が来てくれただけで、充分」
「??」
 彼女の言っていることが、誠司にはよく分からなかった。
 だがそこを突くのはもうあまり意味がないのだろう。確かにあの頃のメンバーは自分達を
除き(というか実質は彼女一人しか)覚えていなかった。時の流れの中で散り散りに、それ
ぞれの時間を過ごして離れていった。
 だけども当の、目の前の彼女は何だか嬉しそうだ。覚えてくれていたことに感激したのか
涙を零したり寒かったりして、妙に頬が赤い気がするが、少なくとも彼女をこの約束の日に
一人ぼっちにさせずには済んだらしい。……遅刻も遅刻、大遅刻ではあるが。
「じゃ、じゃあ掘り返すね?」
「あ、俺がやるよ。照らしててくれ。侘び、つーかさ?」
 そうして二人だけの掘り出しイベントが始まった。
 愛希が上から懐中電灯を照らしてくれている中、誠司は彼女が持ってきてくれたスコップ
で地道に銅像横の植え込みを掘る。埋めた場所は彼女がしっかりと覚えていた。ついさっき
まで忘れていた身だったからとはいえ、何から何まで申し訳ない。
「お、これだな? はは。これ、お菓子の缶──」
 だがそんな時だった。
 ややあって掘り出したタイムカプセル、もといすっかり古びたお菓子の缶箱を片手に苦笑
してみせた誠司から、急に愛希がそれをさっと慌てて奪い取ったのである。
「? おい」
「あ。ご、ごめんね。先に中を見られたら困るから……」
「……?」
 益々意味が分からない。だがそうしている間にも愛希はこちらに背を向けて缶箱を開け、
何かを取り出していた。
 封筒、だろうか。どうやらそれが彼女がこのタイムカプセルに入れていた物らしい。
 そっと際に遣られた缶箱をそっと手繰り寄せ、誠司がそこに詰められたかつての自分達の
品々を思い出深く検めていると、ふと「よ、よしっ……」と愛希が柄にない鼓舞のような声
色で呟き、改めてこちらに振り返ってきたのだった。
「あの。せーじ君、これ……」
「うん? 読めってか?」
 手渡される封筒──の中に入っていた手紙。それを、彼女は一度自分で読み直したかと思
うとそうこちらに手渡してきたのだった。
 頭に疑問符を浮かべながらも、それを受け取る誠司。
 何気なくそこに書かれている文言に目を通す。
 そして次の瞬間、彼はようやく、何故彼女がこの日この約束に拘っていたのかを知ること
になる。

“10ねんごのわたしへ

 こんにちは、みらいのわたし。あなたはどんなおとなになっていますか? すこしはなき
むしがなおりましたか? いまも あのころのきもちをもっていますか?
 もしおなじだったら、10ねんごのわたしもおなじようにせーじくんがすきなら、ちゃん
とつたえてください。
 わたしのことだから、たぶんずっとそのままにしているとおもいます。
 せーじくんはやさしくてあかるくて、わたしのたいようみたいなひとです。いまのわたし
がだいすきなひとです。
 10ねんごのあなたはどうですか?
 そのころにはもっと、すてきなおんなのこになっているといいなあ。

                                  つきむらあき”

「──」
 全身を撃つ衝撃というのは、こういうことを云うのか。こんなに凄まじいものなのか。
 誠司はこの手紙を手にしたまま固まっていた。ガチガチと、まるで油の切れた機械人形の
ように顔を上げ、この拙いながらも優しい丸字を書いた張本人の方を見る。
「……」
 真っ赤になっていた。言わずもがなだった。
 もじもじ。両手の指先を絡め、困ったような照れ臭そうな。すーはーすーはーと、何度も
小さく緊張するその呼吸を整えているのが分かる。
「あ、あ、愛希。その、これ……」
「うん。そうだよ。今も同じだから……伝えたくて」
 誠司は全身から沸騰して昇天してしまいそうだった。
 何てこった。まだ約束があるから、とはこういう意味だったのか。
 ただでさえ気弱な彼女。そんな彼女が、もしかしなくてもずっと秘めていたその思いを、
今この場で他ならぬ自分に伝えようとしている。
「……誠司君。好きです。出会ったあの頃からずっと。つ、付き合って……くれますか?」
 正直な惚けていた。
 確かにいい子だとは思う。こうでもしないと踏ん切りが付かなかったスロースターターで
はあるけれど。
 だけど本当にいいのか? あの親切はあの頃の自分にとっては普通で、打算とか男女のあ
れこれとかなんて無く、ただ遊んでいる場が白けるのが嫌だったから……だと思うし。
「……本当に、俺なんかでいいのか。忘れてたんだぜ? 今日の事だって、ギリギリまで。
こっちの勝手で、俺は勝手に離れていったんだ……」
 しかしふるふると愛希は横に首を振る。気にしていないと、心からはにかんで。
「お互い様だよ。私だって、すぐに言えなかった。せーじ君にはせーじ君の人生があるから
邪魔しちゃ悪いって、ずっと自分の臆病にいい訳してたんだもん」
「……」
 その微笑みが、眩しい。
 時刻はすっかり夜なのに、何でこんなにも彼女が明るく見えるのだろう。
「そう、だよな。俺だって……ずっと……」
 だから誠司は決心した。ここでまた逃げちゃいけないんだと思った。
 嫌いじゃない。好きなんだ。勝手な解釈かもしれないけど、伝えられた言葉にはちゃんと
答えなければならないのだと思う。
「俺で、よければ」
 受け入れる。瞬間、ぱぁっと彼女が今まで見たことのないような嬉しそうな笑顔を見せ、
そして大粒の涙を零した。
 そっと近寄り、抱き締める。今度はふらっと離れないように。
 雪が尚もしんしんと降っている。
 だけど今は、この触れ合った互いの温もりだけを感じる。

 ──その後の二人については、ただ彼らはゆっくりと互いにかつての時の溝を埋め、やが
て仲睦まじく為ったとだけ言っておこうと思う。
 これは、とあるささやかな幸福の記憶だ。
 だからせめて……私は彼らのそれらを、大きな力が壊さぬことを切に願う。
 願わくば、この地に暮らす全ての人々に、幸あらんことを。
                                      (了)


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  1. 2014/02/23(日) 18:00:00|
  2. 週刊三題
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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