日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「卒業供述」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:人形、記憶、恩返し】


 そもそも神部(かれ)との出会いは、まだ私が学生の頃の事でした。
 当時私は芸大に入って間もない学生で、彼は二年上の先輩でした。程なくして私も耳に挟
むようになったのですが、彼はその頃から既に抜きん出た才覚の持ち主として一目を置かれ
ていたようです。
 自他共に認める学内きっての秀才。
 一方では私は、ただ絵を描くのが好きで、そのまま特に深く考えることもないまま──向
き合うことから逃げたまま、絵を描ける環境を選んだ凡人だった筈です。
 でも……何故か、彼はそんな私の絵を褒めてくれました。君には才能がある。どうだい?
僕らと一緒にその才能を世に知らしめないかい? そう言ってきたんです。
 嬉しかった。絵を描くことは昔から好きだったけど、そんなに褒められて伸ばされた経験
なんてあまりなかったから。そもそもあの大学に進むことすら、両親にはいい顔をされませ
んでした。
 金持ちの道楽だろう? お前なんかに務まるもんか。
 考え直せ。世の中、必死に金儲けしなきゃ生きていけないんだぞ──そんな風に。

 だからなのかもしれません。結局私は彼の誘いに乗ることにしました。
 彼自身、確かに絵や彫刻の腕も優れていましたが、どうやら本人の関心と注がれたエネル
ギーの大半はむしろ経営的なものの方だったみたいです。
 在学中、私は彼を始め仲間達から教わり、交流し、絵描きとしてのスキルを積みました。
 その一方で、彼は私のような、自身から見て有望と判断した芸術家の卵たちを見繕っては
声を掛け、自分のグループへと取り込んでいったようです。
 そして私達の卒業から暫くして、彼は会社を立ち上げました。
 はい。画商──絵や彫刻、現代アート、その他諸々の美術作品とその作り手を多面的にプ
ロデュースするというコンセプトです。始めからそういう目標があって私達に声を掛けて回
っていたんでしょうね。
 ええ。それでもすぐに軌道に乗った訳ではないです。何分大半のメンバーは業界に加わっ
て間もない新人ばかりですから。
 でも彼は自信満々な言動を失わず、ずっと私達を励ましてくれました。
 大丈夫だ。君達ならきっと成功する。僕が選んだ才能達だ。君達は最高の作品を作ること
に集中してくれればいい。営業その他諸々は僕やスタッフに任せてくれ──そう常々言って
いました。
 だからなのか、それとも運が良かったのか、やがて少しずつ私達の名が売れるようになり
ました。皆さんも知り……ああ、知りませんか。そうですよね。ある程度関心のある人じゃ
ないと中々こっちの界隈には……。と、ともかく、彼は業界の中で次第に大きく取り上げら
れるようになりました。
 美術界の革命児。超感覚の兼任プロデューサー。
 会社が、軌道に乗っていきました。
 そうした右肩上がりにつれて私達の所に入ってくる利益も大きくなって、皆に注目される
ようになって……彼への尊敬が、崇拝が強くなっていったような気がします。
 ……はい。許しました。私も彼に抱かれました。
 分かっては、いたんです。
 彼が他の娘にも、手を出していたってことくらいは……。

 だけど、そんな事実すらあの頃は霞んでいたんだと思います。霞まされていたんだと思い
ます。事実私たちは存分に制作に専念できる環境を与えられていたし、それらが着実に実績
を上げていました。
 それも全部、彼のおかげでした。彼の眼が──プロデュースする能力が、抜きん出て優れ
ていたからだと思います。
 でも……それは裏を返せば、彼がいなければ私達は何一つ大成することはなかったってい
うことでもあるんです。
 そうして彼の会社に所属するようになってから何年か経った、ある日の事でした。
 その日は会社の共同展で、以前から何度か彼が仕掛けては成功させていた、私達の作品を
発表する場でした。
 本当に、偶々だったんです。
 ただあの時は私達も大分人気になって、思ったよりも人手が足りなくなって、そこで他の
子と何人かでヘルプに来ていた、それだけだったんですが……。
 ──泣いていました。私が描いた絵の前に立っていた親子連れの、その小さな男の子が、
私の描いた絵を見てわんわんと泣いていたんです。
 何て言っていたと思います?
『ヤだぁ……。この絵、怖いよぉ……!』ですよ? 私、正直言ってショックでした。絵自
体には別にホラー要素も何も無いんです。ただ普通の、今まで通りの経験とちょっとした挑
戦を加えて描いた、油絵です。なのにその子はそれを確かに「怖い」と言っていたんです。
母親の方は急に泣き出されたものだから慌てて困っていて、結局その子を無理やり外へ引っ
張って行ってしまいましたけど。
 私は呆然としていました。周りに私が当の作者だと気付いている人がいなかったのもある
のだと思いますが。……ええ、私も他の子も、彼からの指示でそれぞれ変装していたので。
 ……えっと。それで私はそれ以来思うようになったんです。怖くなったんです。
 確かに自分は自分達は、彼のプロデュースのお陰でここまで成功できた。
 だけど、じゃあ自分達は、ちゃんと自分の力で生きているんだろうかって……。

 それからです。魔法が、解けていったんでしょうね。
 私には彼という人間の粗を、次々に見出していました。その度に酷い嫌悪感に襲われて、
何度一人トイレの個室で吐き気と戦ったものか……。
 振り返れば思い当たることはたくさんあったんです。例えば絵の描き方それ自体。仮に私
達が絵を描いていて、彼がその表現に気に入らない部分があった場合、大抵私達は描き直し
を余儀なくされていました。論破……されるんですよね。経験も知識も技量も彼の方が上だ
っていう認識がずっとあったから、彼の徹底的な理論武装の前に私達は手も足も出なかった
んです。そして気付けば、自ら屈服していました。
 或いはその経営についてもです。元から彼は向上心の強い人物で、学生時代から研究を怠
らない人でしたが、会社を興してその経営が軌道に乗り始める前後からは、競合他社の動向
をねちっこく監視しては彼らの新たな試みに先回りしていたように思います。それだけ他人
と比べて行動力と人脈を築いてきたんだと言ってしまえばそれまでなんですけど……でも、
そこまでして自分が「最初」にならないと気が済まない性分というか。
 ……いえ。何より怖い部分があります。それは外じゃなく、内側に対してです。
 二度ほどありました。以前、彼の下で自身をつけた絵描きの子が、会社を去って独立しよ
うとしたことがあったんです。でも彼はそれを決して許しませんでした。多分、彼にとって
その行為は自分への“裏切り”に等しかったんでしょう。……二人とも潰されました。具体
的にどんな手を使ったかまでははっきりしませんが、とにかく彼はあちこちに手を回して、
彼女達の独立を根元からへし折ったんです。
 一人はそれ以来、筆を折ってしまいました。暫くして業界からも去りました。
 もう一人はわんわん泣き腫らしていました。でも……暫くしてまた、彼の「奴隷」に逆戻
りしていました。
 ……怖くて怖くて仕方ありませんでした。
 私も、同じことになるんじゃないか? 彼の魔法から目覚めてしまった──全幅の信頼を
預けられなくなっていた自分は、そう遠くない内に三人目になってしまうんじゃないかと思
うようになったんです。
 毎日のように魘されました。もう一人の私が執拗に促していました。
 このままでは、自分は彼なしでは生きていけなくなる。ずっとずっと、一生彼の操り人形
になる。……だから決行したんです。
 そうです。あの前日、私は彼を自分のアパートに招待しました。
 表向きは日頃の感謝とお礼をしたいというもので。実際私は手料理を振る舞い、彼は何の
疑いもなくそれをすっかり平らげていました。
 ……でもその中にはこっそり、たっぷりの睡眠薬を溶かしてあって。
 暫くして強い眠気に襲われた彼は、仮眠すると言ってソファで眠り始めました。計画通り
眠りはかなり深かったと思います。
 そして私は、そんな無防備で満足に動けない彼を、包丁で滅多刺しにして──。


「それで、その後静岡(こっち)まで逃げて来てた、と」
「……はい」
 そこは冷たくこじんまりとした室内だった。
 有体に言ってしまえば、取調室。その中央に置かれた灰色の事務机に着き、三十代ほどの
女性が一人、俯き加減でそう消え入るように首肯している。
 この彼女と向かい合って立っているベテラン刑事、周りを囲っている数人の刑事、壁際で
調書を書き込んでいる若い刑事、面々が一様に渋い表情(かお)をしていた。
 無理もない。この女性から聞かされたのは──どうにも生々しく、そして救いの見えない
愛憎劇、凶行の経緯だったのだから。
 先日、東京でとある有名画商が殺害された。
 発見されたのはとあるアパートの一室。鋭利な刃物による惨殺であった。
 警察はすぐに殺人事件として捜査を開始。この部屋の主で、同氏が抱えていた若き画家の
一人を重要参考人として手配していたのだが……その本人がつい半日ほど前、ここ市内某所
で彷徨っていた末、保護されたのだ。
「ま、こうして正直に話してくれたのは助かるがね。ただ、扱い的にはこれは自首ではなく
出頭になるが」
「……」
 彼女は黙っていた。不服、ではないのだろう。犯行こそ計画的ではあったが、その後の足
取りはあまりにもお粗末だったのだ。もしかすると犯行を終えた後、彼女自身、ある種の諦
めがついていたのかもしれない。
「……加古さん」
 たっぷりと黙ってから、ベテランの刑事が言った。ゆっくりと、この女性・加古はその下
がりに下がった眉のままで彼を見上げる。
「あんた、考えてはいなかったのかい? あんたは神部から離れなければと思って奴を殺し
たようだが、それこそ一生、あんたは奴から“卒業”なんてできなくなるってことをさ」
「──ッ」
 告げられて、いや改めて突きつけられて、彼女はぼろっと両の瞳から涙を零していた。
 次の瞬間、室内に響いたのは……号泣。

 それはただの我が身可愛さ(ほしん)か、込み上げて来る罪の意識(かいこん)か。
 その日、取調室には長く、彼女のすすり泣く声が響いていた。
                                      (了)

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  1. 2014/02/09(日) 18:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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