日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅳ〔47〕

 “結社”によって陥れられた、石廊の巨大迷宮下層。
 そこでは繰り返し、大きな爆発と激しい剣戟が響いている。
 地を、時には天に延びる石柱を破壊しながら。
 そんな空襲のような光景を避けるように。
 囚われの人々はこれらを大きく蛇行するように迂回し、抗う戦士達によって空けられた風
穴へと駆け込んでいく。
「ひゃっ、はァッ!」
「……くっ!」
 更に爆風。そこから飛び出してきたのは“正義の剣(カリバー)”副長官・グレンと──
“結社”の魔人(メア)・フェイアンだ。二人はぶつかり合った剣戟の後、互いに大きく後
ろに跳び、一旦距離を取り直す。
 一方は身長大の大剣を軽々と片手で持ち、爆風で汚れる軍服も気にせずその半裸の肉体美
のまま不敵に笑っていた。
 もう一方は逆に顰めっ面。剣こそ相手よりもずっと細身で見劣りするが、その纏うオーラ
から凍り付き生まれてくる大蛇達がこの男(てき)を威嚇し続けている。
「……《炸》の色持ち、か」
「ああ。そういうお前は典型的な《氷》だな? 趣味悪い技してやがる」
 フェイアンが憎々しげに呟いた。されど当のグレンは呵々と笑いながら、むしろ彼の眷属
を小馬鹿にしている。
 能力を活かし、パワーで押しまくる無骨さ。
 心も体も凍て付かせる、曰くスマートな嗜虐性。
 そういう意味でも、この両者は対照的であると言えた。
 再びゆっくりと構えられる大剣と長剣、熱に中てられたようにより凍て付くように滾る互
いのオーラ。二人は再び得物を大きく振るって地面を蹴り、またその場で爆風と、その衝撃
すら喰おうとする冷気の大蛇達を暴れさせる。
「皆っ!」
「──」
 加えてこちらでも戦いは続いている。もう一人の副長官・ライナと魔人(メア)・エクリ
レーヌだ。敵味方問わず引き寄せた武器による巨大な金属仕掛けの拳を、彼女が使役する魔
獣達が次々に襲い掛かって砕きにかかる。
 パワーでは横並びだったが、手数──鈍重さの克服では後者に軍配が上がったらしい。最
初は振り回すその腕で魔獣達を殴り飛ばしていたが、次々に組みついてくる彼らの重量に牙
に、遂にその金属の寄せ集めは形を崩し始める。
「おっ?」
「いっけぇぇぇ!」
 砕けて宙に舞う金属の塊、武器同士が絡み合ったもの。
 その合間をすり抜けて、弾き飛ばして魔獣達が迫ってくる。
「──雷剣の閃(サンダーブレイド)」
 だがライナは落ち着いていた。反応は少し目を丸くしただけで、すぐに彼女は小声で詠唱
を済ませ、もう一方の手に黄色の魔法陣から迫り出す雷の長剣を繰り出す。
 迫っていた魔獣達の何体かが斬られ、悲鳴と流血を残して倒れた。それでもエクリレーヌ
と配下の魔獣達は全滅した訳ではなく、彼女を取り囲むようにしてじりっじりっと距離を詰
めようとする。
「むむ……皆を何度も何度も……。おねーちゃんだって私達と一緒でしょ? 何で邪魔する
のかなぁ!?」
「それはこっちの台詞だってば。そっちこそ解ってんの? あんた達みたいな極端なのがい
るから、魔人っていう存在(あたしたち)は誤解されてばっかりなんだって」
 言って、はぁとわざとらしくため息をついてみせ、ライナは雷剣をぶんと正面に向けた。
 凝縮された雷撃のエネルギーがバチバチと音を立て続けている。魔獣達、すっかりへそを
曲げたエクリレーヌの不機嫌顔を見遣りながら、彼女は嘯く。
「ねぇ、知ってる? 魔獣も魔人(メア)も、皆同じように血は流れてるんだよ」
「……? 当たり前じゃない」
「そう、当たり前。当たり前のように“こいつらにも鉄分は含まれてる”」
 次の瞬間だった。彼女がニッと笑いながらマナに力を込めたその瞬間、周囲にまたもや異
変が起こり始めたのだ。
 最初は魔獣達、次に交戦のハイレベルさに追従できないでいた“結社”の雑兵達。彼らは
彼女がオーラを滾らせた、その動きに合わせ、まるで引き寄せられるように一直線に飛んで
行き始めたのである。
 その先は、差し出された雷剣に。
 故に、彼らは総じて雷撃の餌食となり、刃に身を埋められていく。
「わっ! わっ……!?」
 近くの石柱にしがみつき、エクリレーヌは慌てて他の部下達とこの“引力”に耐えた。
 それでもライナ──の雷剣から放たれる力が凄まじい。その間にも魔獣やオートマタ兵、
覆面の戦士達が一人また一人と引き寄せられては、断末魔の叫びと共に焼かれ、切り刻まれ
ていく。
「エ、エリクレーヌ様! やっぱヤバイですよ、あの女!」
「正義の剣(カリバー)副長官左席、ライナ・サーディス──色装ハ、《磁》デス……」
 ふふん。当のライナは迸る雷光の中でそう得意げに立っている。
 使徒すら苦戦させる力──いや、同じ魔人(どうるい)。
 いわば歩く磁場となったその身に雷剣に、次々と“結社”の軍勢が吸い込まれていく。

(流石に、強いな……)
 そんなこの加勢してくれた魔人兄妹のさまを遠目に見遣りながら、シフォンは思った。
 ともかく、彼らが味方についてくれたことでこちらはぐんと作戦行動が進んでいる。一時
はギリギリまで迫られていた“結社”の軍勢が、大分こちらから逸れてくれている。
 迷宮内に囚われた大都の市民達、その救出活動が続けられていた。少し前、ジーク達が突
入し、開けてくれた外への脱出口を皮切りに、見渡せば方々で迷宮内に風穴が空き始めてい
るのが分かる。
 リュカさんのアドバイス通り、下層や更に上層へ散っていった同志達が“結社”達から件
の通行手形(カードキー)を奪い取っているのだろう。もう一切閉ざされた獄、ではない。
「……」
 だがシフォンは尚もその渋面を崩してはいなかった。他の仲間達と共に、列を作って風穴
から逃げていく人々の盾として、残存する敵兵らを射落しつつ、冷静に自分なりにこの状況
を分析している。
 状況は──好転しているようにみえる。実際友のあの登場は皆の士気を上げ、こうして今
も着実に人々が避難する道筋をつけてくれた。
 だが……どうなのだろう? 自分達は“間に合う”のか? 大都の市民六百万と未だ上層
に捕らわれていると思われる王達──シノさんやアルス君。彼ら全てをすっかりしっかり救
い出すまでに、この好調は維持されるのか。
 疑問符だった。後は本当に時間が、友らが解決してくれるのか?
 外からの情報では、ここが空間結界に閉ざされたとほぼ同時、世界中に“結社”の軍勢が
現れたそうだ。
 その要求は──聖浄器。自分達を人質に、各国に祀られているアーティファクトを一網打
尽にしようといった目論見。悠長に待っているだけでは……間に合わないかもしれない。
 果たして、自分は何ができただろう? できているのだろう?
 大都六百万の民すら、遠き故郷すら、自分はこの手で直接守れていないじゃないか。結局
友に──ジーク・レノヴィンという“英雄”に頼ってのみ、自分達は安堵している。
 “結社”の魔人(メア)一人、一番に立ち向かうべき相手とも、まともにぶつかれず。
 友をただ一人、この時代のうねりから、平穏に据え置いてやることもできない──。
「ユーティリア殿!」
「……っ!?」
 そんな最中だった。はたとユイの呼び声がし、シフォンは気配を覚った。
 死角から一人、覆面の戦士が迫っていた。弓を番えていた彼の、ちょうど左脇腹へと組み
付くような位置取りになる。
「ガッ──!?」
 だが照準を向け直す、それよりも早く仕留めていたのはオズだった。
 この覆面の背後よりぬっと。そのまま彼が影に気付いて振り向くよりも先に、その鋼鉄の
拳で一発。地面に叩き潰してこれを倒す。
「大丈夫デスカ?」
「……ああ。ありがとう、すまない」
 イエ。言ってオズは茜色のランプ眼を瞬かせ、再びぐるんと半身を捻った。片手がガシャ
コンと砲身状になり、やって来る敵兵らを爆破している。
「すみません! 前衛は私達なのに……!」
「いや、いいんだ。僕も少し油断していたよ」
 取りこぼしを詫びながら、人質を逃がすまいと襲ってくる敵を不可視の剣で斬り捨てる。
 ユイは仲間達とずらりと壁の隊列を作りながらシフォンに言った。彼も苦笑を殺し、改め
て目の前の現実に意識を集中させて、一射一射と確実に敵を射抜いていく。
「──お~い、皆ーっ!」
 ちょうどそんな時だった。人々が逃げていく、その風穴の向こうから傭兵姿の仲間が何人
か、こちらに向かって駆けて来たのだ。
「吉報がある。さっき、ライネルト総長が声明を出した。七星連合(レギオン)が正式に加
勢してくれるってよ!」
「七星も動き出してるそうだ。主だった都や街に援軍が行っているらしい!」
「心配することはねぇ! こっちはこっちで全力で助けるぞ!」
 数拍唖然、されどややあって歓喜。
 守備隊、各国軍、傭兵達。渾然一体となった人間の壁が、また一層士気を滾らせ『応!』
と叫ぶ。
「何でぇ……。結局七星連合(れんちゅう)が持っていくのかよ」
「ま、何でもいいけどねー。お上の面子なんてあたし達の知ったことじゃないんだし」
 グレンとライナ、その傘下の兵士らもニヤリとほくそ笑んでいた。当然、一方の“結社”
側の面々は、面白くないといった剣呑な雰囲気を放っている。
 爆発する剣と凍て付く剣、引き寄せ合った金属らの拳と魔獣らの牙。互いの力が尚もぎり
ぎりっとぶつかっては激しく軋みをあげる。
「主だった……。と、皇国(トナン)もでしょうか?」
「だと思うよ。とりあえずこれで、ハロルド達の心配はしなくてよさそうだけど……」
 剣を振るいマナの矢を放って。二人は皆は、互いに顔を見合わせ、それぞれにそれぞれの
安堵の息を漏らした。
 外堀が──埋まっていく。
 これで後は、いよいよ迷宮の上層──少し前に闇が奔り、その後蓋をされるように石で閉
ざされてしまったあそこだけになる。
『……』
 シフォン達は、各々に誰からともなくその遥か頂上を見上げて──顰めていた。
 ジーク達。彼らが登って行った筈の、その中枢を。



 Tale-47.崩れぬが如きその魔宮

 それはきっと、切り離そうとしても切り離せない記憶の断片達だ。
 始め炎があった。私はまだ幼くて今以上に非力だった。燃え盛る王宮(せいか)と逃げ惑
う人々が確かにそこには在ったのに、私はリン達に連れられ逃げ出すしかなかった。
 穏やかだった筈の日々。
 お母様やお父様、王宮の皆とゆったりとした時間を過ごした日々。
 だけどそれは一方で“偽物”だったのかもしれない。貴族と庶民の差、と言ってしまえば
それまでかもしれないけれど、まだ幼かったからと言い訳もあったんだろうけれど、平穏と
豊かさの真下では、それらとはまるで正反対な澱みが蠢いていたんだから。
 伯母様──アズサ皇。
 彼女は言った。祖国を「豊か」にするのだと。この国を、他国に負けない国に鍛え直して
みせると。
 実際、伯母様は有言実行の人だった。かつては傭兵など出稼ぎ頼みだった人々の暮らしを
国内産業と交易の強化によって底上げし、確かに皇国(そこく)は豊かになっていった。
 いや……なっていったと、自分に言い聞かせていた。
 私は、何度も「仕方なかった」と自身を弁護しながら、あそこから逃げたんだ。北へ北へ
と逃げ続けてアトスのいち地方へ。当時は中々慣れなかった寒冷な気候と、良くも悪くも生
真面目な人が多い土地柄。
 リン達と一緒に私は逃げた。その間にも伯母様からの追っ手はひっきりなしで、一人また
一人と見知った顔が脱落していく。その度に彼らは口を揃えて言う。

“殿下は……どうか生きてください”と。

 疑ってしまっては彼らが報われないことくらい解っている。だけど長い間、私はそうした
言葉がある種の呪いにように為ってはいなかったかと思う。
 なのに、幸せになってはいけないのに、私は出会ってしまった。
 リンは勿論のこと、セド君、サウルさん、ハルト君、サラさん、アイナちゃん、クラウス
さん──そしてコーダス。
 皆いい人達だった。良き友になってくれた。私の身分と経緯を知ったのに、それでも尚私
の地位と名誉を回復させようと奔走してくれた人達だ。結果的にそれは叶わなかった──他
ならぬ私が諦めてしまったからだけど、それでもあの人は許してくれた。一緒にいようと言
ってくれた。

『僕は難しいことはよく分かんないけどさ……。それでもシノが全部背負い込むこと、ない
んじゃないかな?』

 だって、その為の“仲間”じゃない──コーダスはそう言って微笑(わら)っていた。私
の名誉を回復しようとしてくれる皆とは少し違って、何処かマイペースで、だけどもそっと
芯に染み入るような優しさで。
 だからか私は甘えたんだと思う。彼と結ばれて、私は皇女よりも一人の妻としてその後を
生きることにした。息子達──ジークとアルスが生まれて、私のこんな臆病な選択を皆は受
け入れてくれて、また幸せを平穏を、手にすることができた。
 ……自身の臆病。争いたくないという体のよい逃げ。
 事実伯母様が権力を握り終えたことでクーデターは“成功”していたし、そこで私が舞い
戻った所で皆を混乱させるだけだと思ったから。言い聞かせたから。ただ私は、コーダスや
村の皆さんと一緒に静かな時間を過ごして……皇国(そこく)が「豊か」であれるのなら誰
が治めるかはそう大きな問題ではないと、そう時折遠く眺めるだけになって……。

『断固、拒否する』
『やはりお前は、あの時一緒に消えてしまえばよかった……!』

 だけど、伯母様(かのじょ)には赦して貰えなかった。
 イメージが過ぎる。平穏を取り戻した私達の生活。その写し絵に先ずコーダスの姿が焼け
落ちる。それから次は全体にだ。黒く濃い炎が、私達のそれに迫ってくる。

『……。これで、満足?』
『私は……何処で、間違っ──』

 結局私は、二十年越しに祖国に舞い戻って──王都を戦火に巻き込んで──伯母様の中の
憎しみを何一つ、すくい上げてやれずに……死なせてしまった。
 だから私は。
 たとえ望まれてその後釜に就いたって。
 血塗られた玉座(いす)の上に、座っている──。

「……」
 ゆっくりと意識が浮上してくるのが分かった。シノはそれまで見ていたものが悪夢、自分
の中の記憶だとややあって悟り、ぼうっと瞼を開きだす。
 闇だった。辺りは真っ暗で、何もない。
 ただ在るのは、自分がそんな闇の中へ静かに静かに沈んでいるという体感。粘つくという
よりも深い海の底を連想させた。
 四肢に全身、五感は思ったよりも利いている。
 ただ無性に気分が重い。身体を動かすのが気だるい。……嗚呼、そうか。先程までみてい
た記憶(ゆめ)は、こうした闇の重さが刺激して思い起こさせていたのか……。
「っ、ん……」
 それでも重苦しい身体に鞭を打ち、シノは“落ちる”がままだった身を起こした。
 ずぬぬっと。どうやら案外此処は立てるらしい。相変わらず前後左右が暗く不覚がちでは
あるが、彼女は目を凝らして辺りを見回す。
「皆さん、ご無事ですか!? どなたか、いらっしゃいませんか!?」
 しんと、呼び掛けた声が全方位の闇の中に溶けていく。しんと、それが自身を孤独ではな
いかという疑心に掻きたてる。
「──その声は、シノ皇か」
 それでも応える声はあった。こちらよりも先に目覚めていたのか、少し遠くからこの足場
すら定かではない闇の中を歩いて、ハウゼンと何人かの王達が近付いてきたのだ。
 その片掌には魔導で照らした灯り。だがそれはとても不確かで、すぐにでもこの大量の闇
に呑まれ消されてしまいそうだ。
「ハウゼン王……皆さん……。よくぞご無事で……」
「うむ。何とかな。私もちょうど、他に誰かおらぬか探し回っていた所だよ」
 シノもその灯りに加勢し、王達は少しばかり明るくなったそこを中心に集まった。
 ハウゼンが静かに、あくまで冷静に語っている。
 見上げる視界、その限りはどこまでも深く同じ闇。ただ単に見つめていれば気がおかしく
なってしまいそうな程だ。
「ここは……何なのでしょう?」
「……おそらくだが、此処は無明の闇沼(ブラックホール)の中ではないかな。直前、我々
はアルス皇子と“夜殿主”によってあの中に飛び込んだ。状況からするに、それが一番合理
的な見解だと思う」
 シノがハッとなって唇を結ぶ。王達も、既に彼に問い詰めたりして聞き及んでいたのか、
ざわざわと互いに顔を見合わせて不安を隠せない。
 ──そうだった。あの子は、私達を逃がそうとしたんだ。
 なのに当人達は残っていた。エトナちゃんにセド君、サウルさん、ファルケン王も。
 きっと取り戻す気なんだ。あの人を。コーダスを──黒騎士(ヴェルセーク)を。
「無茶よ……。まともにぶつかって敵うなんて」
「かもしれんな。だが、少なくとも私達が傍にいないことでやり易くはなった筈だ」
「やり……易く?」
「あの後どうなったかは此方から知ることはできんが……皇子の目論見は予測できる。問題
なのは私達という非戦力、結社達(れんちゅう)にとっての人質の群れをどう逃がすかにあ
った筈だ。そこで無明の闇沼(ブラックホール)だ。いわば我々は、一まとめに梱包された
と考えればいい。おそらく今は、他の誰かに下層まで運ばれているのだろう。ジーク皇子が
突入してきたということは、つまり何かしら脱出口(でいりぐち)を作る手段が彼らによっ
て見出されたということでもあるからな」
 なるほど……。王達がそんな淡々としたハウゼンの言葉に頷いていた。
「ん? ちょっと待ってください。ということは、我々は邪魔者(てにもつ)扱いですか」
「そう言っている」
「……何という。いや、状況が状況だから仕方ないとはいえ……」
 ガシガシと頭を抱える。ようやく、アルスの講じた策が奇策だと彼らは理解したらしい。
 尤も無理はないのだろう。根っからの皇族や忠義の人物であれば、その主たる者達を手荷
物扱いしようなどという発想は、先ず出てこないだろうから。
「……」
 しかしそんな中で、シノだけは別な意味で顔を顰めている。不安や無力感で、胸が強く締
め付けられてならない。
 まただ。また息子達に危険な正義を任せてしまった。こんな苦難を、どうしてこう何度も
あの子達に皆に与えなければならないのだろう。
(ジーク、アルス、あなた……)
 平穏無事な世界は、もう帰って来ないのだろうか? いや、もうとうに、逃げ出したあの
日に置いてきてしまったのだろうか?
 想って仰ぐ天。
 しかし其処は此処は、変わらず変化の乏しい闇一色に塗りたくられている。

 延々と続く石の摩天楼を、さも滑空するように跳ぶ四つの人影があった。
 大きく跳躍して空中を舞い、ようやく石塔に着地したかと思うと次の瞬間には地面を蹴っ
てまた大きく前へ前へと跳んでいく。
 フェニリア、セシル、ヘルゼルにグノア。四人の使徒だった。彼らはそれぞれに無機質な
迷宮内の空を跳び、遠く前方を駆け抜けていく王達──を閉じ込めた黒球を持つ四魔長らを
追っている。
「──」
 空間転移からの、繰り返した跳躍。
 確実に迫っていく互いの距離を見据えて、サッとグノアがその機械の義手──掌から黄色
い光線のエネルギーを溜め、放つ。
 それは加速の具現装(アームズ)で逃げ続けるウル達、四人の進行方向を爆破していた。
 飛び散る足場、もといミザリーの眷属達がキィキィと鳴きながら吹き飛ばされる。
 つまりレールの先を失ったトロッコのようなものである。にわかに空中に投げ出された四
魔長らは、後方から迫ってくるフェニリア達をその目で確認しつつ、フォローするように再
び集まって足場を形成しだす蝙蝠(けんぞく)らの上に着地する。
「ちぃ……ッ」
「来るぞ!」
 第二波が来た。今度は連続して放たれた光線が、広げられた蝙蝠達の黒い足場を蜂の巣の
ように穿ち、フェニリアが放つ焔の使い魔(デーモン)らがこれに続く。
 ウルが前面に立ち、両手に巨大な腕状の盾──防御の具現装(アームズ)を展開させた。
 弾かれいなされる光線、自我を持つ焔。それら取りこぼしを、セキエイがその錬氣を込め
た豪腕で一つ一つで殴り潰す。
「我々からは逃げられんぞ!」
 真っ先にグノアが飛び込んできた。
 ボロのマントから覗く、仕込み刃を迫り出して襲い掛かってくるそのさま。セキエイは逸
早くこの接近に反応し、その一閃を円を描くようにいなすと、彼の顔面に拳を打ち込もうと
する。
 だが寸前でそれは防がれていた。もう片方の腕、やはり義手の装甲で庇われ、セキエイの
拳は堅い金属質とぶつかる。
「っ……!? なんだ、この装甲……?」
「ふふ、無駄だ。この義肢は狂化霊装(ヴェルセーク)と同じ素材。そう簡単には砕けぬ」
 間違いなく一撃必殺のパワーが、仕留められなかった。
「てめぇは呼んでねぇんだがな……。何でだ? 何でリュウゼンさんがお前らといる!?」
「“虚牢”殿か……。知らんな。なにぶん、私は新参者なのでね」
 数秒押し合った後、二人はバキンッ! と、互いに弾かれたように飛び退く。

(あまり迎撃しているような暇は無いんだが……)
 巨腕盾の具現装(アームズ)を片方、砲撃のそれに換え、ウルは葉巻を噛んだまま追って
くる魔人(メア)達に向けて撃った。飛んでいく砲弾。だがそれは──はたしてあの傭兵風
の彼らによって落とされる。
「侵将、か……。宿現族(わしら)とはどうも相性が悪いらしい」
 歩く瘴気発生装置、セシル。
 如何にも傭兵風の、傷跡と隆々とした筋肉を持つこの使徒は、背中から抜いた剣を片手に
ぐんとウルの方へと迫ってくる。その背後には化百足(センチピード)の姿をした女性の持
ち霊、もとい魔獣・ヒルダも続く。
「ぬんっ!」
 一瞬で両手の装備を解き、ウルは右腕に巨大な鉈状の具現装(アームズ)を出現させた。
 相手の剣が振るわれる寸前。そこへその刃を振り出し、空中に吐き出される衝撃。しかし
当のセシルはヒルダはそれを分かっていたようで、すぐに込めたオーラを変質、瘴気そのも
のへと変えると急速にこれを溶かしに掛かる。
 顔を顰めて、ウルは装備を解いた。でろでろに解けて朽ちた装備の欠片が無惨にも地上へ
と落ちていってしまう。
 そこからの二人の追撃。されど既にウルは加速の装備で一気に蝙蝠らの足場を滑って後退
しており、続けざまに放った砲弾らで彼らを引き離し、至近距離に詰められることだけは何
としてでも回避し続ける。
「……化け物が」
「あら、酷いわねぇ」
「だよなぁ。あんた達だって、そんな能力(ちから)を持ってる時点で“普通”じゃないと
思うけど」

「……おい。あれ何だ?」
「誰か戦ってる。……四魔長?」
「え? 何で王達のオブザーバーが? 一緒に捕まってる筈じゃあ」
「俺に聞くなよ。でも、味方した方がいいのは確かだぜ」
「よ、よし! 総員、援護するんだ!」
 そう空中で派手にドンパチを続けていたからだろう。中層を往く幾つかの兵らのグループ
が、こちらの交戦と状況に気付き、銃口を向け始めているのが見えた。
 全弾が届いている訳ではない。だがその銃声と存在は、フェニリアやヘルゼルの注意を彼
らに向けさせるには充分であった。
「……邪魔ね」「……五月蝿いな」
 無数の焔の小鬼が、黒い翼を広げたヘルゼルが、彼らを襲っていた。
 牙に刃のような腕に切り裂かれ、焼かれる兵達。
 そこへ追い討ちをかけるように、巨大な合成獣(キマイラ)へと変身して突っ込んでいく
ヘルゼル。
 頑丈な石廊がいとも容易く崩れていた。炎が昇り、大きく齧られて壊れた足場から少なか
らぬ、名も知れぬ兵達が滑落していくのが見える。
「ッ! あいつら……!」
「止めなきゃ!」
 ミザリーが眷属達を再生産している傍で、リリザベートが飛んで行っていた。
 彼女は止めようとしたが、良くも悪くも純粋なこの夢幻の姫は繋ぎ止められない。
「──!?」
 振り返ったフェニリア。その瞬間、リリザベートはまるで空気に溶けるようにその姿を薄
くし、文字通り彼女の中へと飛び込んでしまう。
 冷静沈着なこの赤髪の魔導師が、珍しく表情を歪めた。
 くゆん。程なくしてしなを作るようにリリザベートが彼女からにゅるりと現れ、螺旋を描
くように彼女に纏わりついて囁く。
「ふぅん……。貴女達にそんな過去がねぇ……」
「……ッ、勝手に覗かないで頂戴。この夢魔がっ!」
 そんなリリザベートに向かって、フェニリアはぱちんと烈火を放つ。
 だが彼女は、明らかに直撃したにも拘わらず、まるで効いていないようだった。
「無駄無駄。私は幻夢族(キュヴァス)だよ? 精神(こっち)に溶けている時はそんな攻
撃なんて通じない。このまま、内側から犯して──」
 しかしそんな余裕も束の間のことだった。彼女が口上していたその時、ズンッと怪物化し
たヘルゼルの前足が彼女をフェニリアごと掴もうとしたからだ。
「わっ!? あっぶなーい! ……なんだ、そっちの“幻”も結構やるじゃん」
「ふふ。そりゃあどうも」
「……とにかくその腕をどけなさいよ。気持ち悪い」
 空中で顕現を元に戻したリリザベートとフェニリア、そしてヘルゼルの三者が向き合う格
好になっていた。
 ジト目で彼女に言われ、ずるりとその身体から前足を引き抜くヘルゼル。
 相手は幻夢族(キュヴァス)──夢と現を行き来する住人。始めから隠し通す気は更々な
かったらしい。
(あの状態のリリに一撃を入れかけたってことは……あいつの変身も幻? なるほど。そう
いう魔導じゃなくて、幻術(そういう)系の“色持ち”か……)
 そんなさまを見遣って、ミザリーは内心で納得を持ち出していた。
 ちらりと三者を見る。セキエイとグノア、ウルとセシル・ヒルダ、そして彼女達。元より
あのままそっくり逃げ遂せられるとは思っていなかったにせよ、こうやって足止めを喰らっ
ているのは拙い。
「リリ、首領(ドン)、セキエイ! 構ってちゃ駄目! 早く降りるのよ!」
 叫んでいた。
 そうだ。今自分達がやるべきなのは、託されたのは……こんなことじゃない。
「早く! こっちに!」
 残り三人の四魔長がこちらに戻ってくる、魔人(メア)達を一旦引き離すのを確認すると
同時に、ミザリーは背中の黒羽を大きくはばたかせた。
 巨大な蝙蝠の羽。それは同じくまん丸の、蝙蝠(けんぞく)達の群れであって塊で。
 フェニリア四人と自分達を分断するように、この黒い帯は空中を駆け抜けた。縦・横・高
さを縦横無尽に延びていく路。進みと阻みを両立させるもの。思わず彼女達が避けたのを視
界の端で捉えると、彼女は再びウルに促し、四人一緒に加速の具現装(アームズ)でまた下
層へ下層へと駆けて行く。
「ちっ……」
「逃がしは、しない!」
 当然、魔人(メア)達は追ってくる。それでも迎撃よりも先へ。ミザリー達は懐に抱えた
それぞれの黒球と共に脱出を図る。
(急がなきゃ……)
 自分にだって、解っている。アルス皇子達があの場に残った、やろうとしていることが、
どれだけ無茶なことなのかぐらい。
 だから彼女は、内心ずっと己を急かしていた。
 ここで捕まったら──自分達の“反撃”は終わる。少なくとも王達は用済み・反抗的とし
て始末され、戦略的にも政治的にも多大なダメージが残ってしまうだろう。
 援護しなければならなかった。せめて結社達(やつら)のアドバンテージである人質こと
王達を解放する。そのことで情勢は大きくこちらに傾いてくれる筈。
(──ん?)
 そうした最中、彼女が蝙蝠(けんぞく)達の路を滑りながらみたのは。
 ずっと眼下、石廊の一角から向けられる、遠いけれど確かに感じた殺気(けはい)で。


「凍てつけッ!」
 飛翔態──冷気の衣と翼を纏ったイセルナが、滾る力を再三と放った。
 羽ばたかせるのは持ち霊(ブルート)を象徴する大きな蒼い翼、吹き付ける強烈な冷気。
その渦の前に、彼女達に迫ってくる多数の蟲型魔獣らは、氷漬けになる。
『──せいっ!』
 次いでそんな隙間に、リンファやサジらが躍り出る。
 多種多彩な蟲とはいえ、凍らされてしまえばただの動かない的だ。太刀や槍、剣、ブルー
トバードや皇国(トナン)近衛隊の面々が続き、一斉にこれを叩き砕く。
 現状、これが一番確実であろう手だった。
 何せ相手は“結社”の魔人(メア)──アヴリルとヘイト。腕など、あちこちに包帯を巻
いた彼女の身体から無尽蔵に産まれてくるこの蟲型魔獣の増殖を抑えるには、こうして肉片
ごと固めてしまう他なかったのだ。
「~~♪」
 なのに、届かない。
 どれだけ迫り来る蟲達を氷漬けにし、打ち破っても、その間に彼女の傷口からぽたぽたと
垂らす血の溜まりから、次々にまた新たな蟲達が狂気の泣き声と共に産まれてくる。
 故にこちらが迫り返そうとしても、やはりこの蟲達の群れが、文字通りの肉壁が縦横無尽
に目の前にまで蠢いて、剣の一撃すら彼女当人にまで届かせない。
「がっ!?」
「しまっ──」
 なのに、相手はもっていく。
 踏ん張りかわすタイミングを少しでも計りあぐねた味方が、一人また一人とこの群れの食
指に引きずり込まれ、バキバキメキメキッと即座に目の前で喰い散らかされるのだ。
 ……叫びかけて、でも助けに飛び込むことすらできない。
 もっていかれた仲間は、悲鳴すら羽音や軋む甲殻の音に掻き消され、今度は自分が肉塊以
外の何物にでもなくさせられる。
 イセルナ達は、ただその繰り返しに唇を噛むしかなかった。
 攻め過ぎれば仲間が蟲に呑まれる。だが攻めなければ間違いなく数に押し潰される。
 気付けば辺りには、凍り付いた蟲達の残骸と、生々しく赤黒い肉片が散らばっていた。
 二人だけ──最初そう思ってしまったのが失策だったのだ。
 この女は、自身の血肉から無限に蟲型の魔獣達を作り出せる。それが彼女の能力であり、
戦い方なのだと知った。
 もし逸早く数の不利を悟り、飛翔態に為ってイセルナとブルートがアシストに回っていな
ければ、とうに自分達は全滅していただろう。……以前何度か対峙したあの大男とは、また
違ったタイプの魔獣人(キメラ)であるらしい。
「粘るねぇ……」
 尚も蟲型魔獣らと終わりの見えない攻防を繰り返すイセルナ達に、アヴリルの隣で突っ立
つヘイトは気だるげに呟いた。
 最初こそレノヴィン一派をヤれると意気込んでいたが、いざぶつかってみれば何のことは
ない。彼女一人でも全然届かないイセルナ達に、今はすっかり興味を失い始めている。
「くそっ。一撃、一撃さえ入れば……」
「……」
 そんな中で、更にこの魔人(メア)な少年は相方に告げる。
 必死に交戦する、その中で槍に巻いていたゴテゴテの布を取ろうとしていたサジを見遣っ
て目を細めると、彼はサーッと手にしてた自身の携帯端末を操作したのである。
「気を付けろ、アヴリル。そいつの槍、印導の槍(スティグマランス)だ。一回傷付けた相
手の所へ二発目が必ず飛んでいく。必中性能のある魔導具だ」
「へぇ……?」
 サジが、そしてリンファと近衛隊側の面々が目を丸くする。
 何故知っている? いや……あの端末でこの槍を調べたのか。だとしたら、どれだけ彼は
端末という物を使い慣れている……?
 アヴリルが、相変わらずマイペースな悠々さながら、明らかにサジに警戒の眼差しを向け
ているのが分かった。リンファが、近衛隊の面々が、さも彼を庇うように前に出て一斉に得
物を構えている。
「もう一人、面倒な子がいたのね」
「僕も加勢するよ。ああいう武器は、誤射させられると困るタイプの代物だから」
 言って、邪悪な笑み。
 ヘイトはアヴリルの横に並び、スッとその端末をイセルナ達に向け始めた。
 するとどうだろう。それまで一緒になって凍った蟲達を叩き除けていた仲間達が、急に瞳
に力を失って立ち止まったのである。
「? 皆?」
「おい、どうし──ぬぅっ!?」
 いや……刹那、襲い掛かって来たのだった。
 百八十度方向転換し、一斉に得物を振り下ろしてくる近衛隊や傭兵仲間達。リンファやサ
ジらはただ驚きつつもその攻撃を防ぎ、戸惑いの表情を浮かべるしかない。
「お、おい。どうしちまったんだよ!?」
「駄目だ……! 何か、目がイカれちまってる……!」
 状況はにわかに蟲型魔獣プラス仲間割れのような様相。そんな様を、端末を片手にヘイト
が意地汚く笑っている。
「……ブルート、これは」
『うむ。周りのストリームが変わった。彼らに直接流れて始めている』
「ストリームが? まさか、じゃああの少年の方が、以前ジークがアルス君に導話で話して
たっていう、洗脳能力を持つ魔人(メア)……?」
 皆が慌てている、隊伍が乱されている。
 飛翔態のままのイセルナは、そう融合している相棒と言葉を交わした。彼が目を凝らすよ
うに、彼女もまた魔導使いの端くれとして、じっと周囲のマナを見極める。
 間違いなさそうだった。無数の氣の流れ──ストリーム。それらの一部がヘイトの端末を
経由し、暴走し出した仲間達の首根っこや背中に挿さっている。
「そいつの洗脳術よ! 背後に回ってストリームを斬って!」
『奴の端末を壊せ! 制御元はそこだ!』
 イセルナがブルートが駆け出しながら叫ぶ。当のヘイトがチッと小さく舌打ちをし、アヴ
リルがさせまいと片腕に蟲達を集めて放とうとする。
 リンファ達も、何とか反応しようとした。操られた仲間達を振り解いて、その原因を絶と
うとする。
 それでも……間違いなく戦況は押される一方になっていて。
 アヴリルの蟲が、ヘイトの変質したストリームが、彼女達へと襲い掛かる。
「──させるかよぉ!」
 だが、ちょうどそんな時だったのだ。
 はたとイセルナ達の背後から聞き覚えのある声がしたかと思うと、ぎゅんと彼女達の頭上
を飛び越え、何かが両者の間に着地したのだ。
「白菊(しらぎく)っ!」
 ジークだった。
 驚きで目を見開く両者。半々に入り混じる驚愕と嬉々。だが当の本人は突然の介入で棒立
ちになった被洗脳者な面々の合間を潜り抜けるように駆けると、既に握っていたらしい白刃
の六華を滑るように走らせる。
 どさどさ。彼らがさも、糸が切れたようにその場に倒れ出していた。
 それでも遅れて襲ってくる仲間だった筈の面々。ジークは続けざまに彼らの攻撃をかわす
と、同じく白菊の一閃を──彼らの首根っこや背中をしつこくねらって空を斬る。
「まさか……反魔導(アンチスペル)?」
「なるほど。対策は立ててきたってこと、ねっ!」
 驚き、苦々しい表情(かお)になるヘイト。その横でアヴリルが陰険な笑みを零して腕の
蟲達をけしかける。
 だが……ジークは動じなかった。
 彼は敢えてイセルナ達の正面に滑り込み、二本目の短刀──緑柳を抜き放つと、即座に全
員を包む大きな結界を形成、この魔性の群れを徹底的に弾き返してみせる。
「……。そう何度も、負けっ放しじゃいられないんでね」
 少し前を置いて呟くジーク。その後ろで、更に後方からリュカとサフレ・マルタがようや
く追いついて来ていた。
 合流し、歓喜する仲間達。
 その中で既にサフレが一繋ぎの槍(パイルドランス)を握っているのをみるに、どうやら
彼がジークを先に、砲丸投げの要領でこちらに投げ遣ったらしい。
「生きていたのね……ジーク」
「嗚呼、よかった。これで」「ええ。陛下やアルス様も安堵されることでしょう」
「は、はは……」
「……で、でも。何で?」
「そうだよなぁ……。あの爆破の中でどうやって生き残ってたんだ? そもそもどうやって
この結界の中(ここ)に……?」
「ま、色々積もる話は後回しだ。それより」
「ええ」
 ひゅんと、空中で一回転させた短刀の六華二本を腰に収め直し、ジークは肩越しにリュカ
を見遣って言った。彼女は頷く。そして三人はイセルナ達に、これまでの概略──結界の内
外を繋ぐ通行手形(カードキー)の存在と下層で始まっている一連の避難誘導をざっと語り
伝えた。
「そうだったの……。貴方達が、文字通り救世主になった訳ね」
『だが、まだ安心はできんな。王達が、アルスやシノ殿らがまだだ。尚の事、奴らを止めて
奴らを越えなければならん』
 幸い、イセルナ以下合流した仲間達はすぐに状況を呑み込んでくれたようだ。加えて皆を
引き締めるように、ブルートが反響するような声色を放って言う。
「ダン達に負けないよう、私達も頑張らなくちゃね。ジーク、貴方達も加勢してくれる?」
「そりゃあ勿論。……でも俺ら、副団長とは会ってないッスよ? シフォンとかはいました
けど」
『えっ?』「え?」
 数拍、妙な齟齬があった気がする。だがこの時、面々はそれを特に深くは考えなかった。
 味方を増やし、ずらりと並ぶ。気を失った、操られていた味方達をあせあせと回収する。
 対するのは相変わらず気色の悪い蟲だらけのアヴリルと、またぶすっと不機嫌面になって
こちらを睨んでいるヘイト。
 膠着があった。だがそれは必ずしも状況の好転を意味してはいない。
(やり合うのは避けられない、か。此処で“あれ”を使うか……?)
 ジークも二刀を抜き放って構えつつ、そう内心で思案しながらそっと目配せをする。
 その相手はリュカ。しかし当の彼女は何を思っているのか、彼のそのアイコンタクトに眉
を曇らせているように見える。
 それでも、ジークは繰り返し眼で促していた。
 何をやってる? 早く! まるでそんな感じの……。
『──ッ!?』
 そんな時だった。不意に面々が五感に迫るものを感じた次の瞬間、空から一斉に赤い何か
が降り注いできたのである。
「な……っ!?」
「しまった、端末が──」
 両陣営がどちらからともなく逃げ惑う。だが結果を思えば、それらは間違いなく魔人二人
の方を狙っていたように思う。
 身を庇いながら逃げ、必死にかわすジーク達。
 その一方で蟲達は次々に撃ち抜かれ、ヘイトに至っては自身の端末まで破壊されてしまう
という痛手を被る。
「これは驚いたな……。“結社”の魔人(メア)にブルートバード、皇国(トナン)の戦士
達に加え、ジーク・レノヴィンまで一緒とは」
 そう言って悠々と歩いてきたのは、一人の軍服姿の男だった。
 ヒュウガ・サーディス。“正義の剣(カリバー)”長官を務める元・七星。
 誰かがたっぷり驚きの後の間を置き、その名を呟いていた。血塗れになった蟲達の残骸か
らむくりと姿を出し、或いは完全にお釈迦になった端末を一瞥して睨み返して、アヴリルと
ヘイトもこの魔人(どうほう)を見る。
「……君達は、先を行くといいよ。こいつらは──俺が始末する(ヤる)」
 ヒュン。何者か達の血を滴らせた長剣を片手に、彼はジーク達のただ中を歩いていた。
 二人が顔を顰めているのが分かる。だが彼のその申し出を断る理由も、敢えて食らいつく
ような胆力も一同には湧いてこなかった。
「あ、ああ……。助かる。弟と妹だっけ? さっきも下層(した)で助けられた」
「そうか。まぁあいつらなら殺しても死なないよ」
「あ、あの。宜しければどうぞ。味方さん達に、配ってるんです」
「うん? 霊石か。ああ。ありがたく受け取っておくよ」
 ジーク達からの追認とぎこちない礼、そして完全にビビりながらも“味方”への施しを忘
れなかったマルタからの補給物資を受け取って。
 ヒュウガは一同を行かせた。勿論アヴリルとヘイトはこれを邪魔しようと動くが、彼が再
び高速で降る赤──支配下に置いた血の弾丸の雨霰が、彼女らを無理やりに押し留める。
「ああ……。行っちゃった」
「ちっ。余計な真似しやがって……。権力に魂を売った、魔人(メア)の恥晒しが」
「おいおい。心外だなあ」
 ジーク達が石廊の向こうを登っていく。それを見送りながら、ヒュウガはあくまで飄々と
嗤い、殺気立って対峙する彼ら二人をその刀身の中に映す。
「今も昔も、俺達は傭兵さ。その武力を売り買いして……何が悪い?」


 迷宮内の無機質な上空に、まるで鴉の大軍のような黒い筋が飛んでいる。
 それらは石の摩天楼の最上層から飛び出してきた。先刻、にわかに溢れて消えてしまった
濃い黒と何か関係があるのだろうか? 少なくとも今はぐわんぐわんと大きく蛇行し、その
周囲に爆発や焔、一条の光線などを撒き散らしながら下へ下へと降りて行っているようにみ
える。
「急げ! 早く視認できる位置へ!」
 そんな上層の異変を目撃していたダグラス達は、彼の指示の下、その降下していく先を追
いかけて進路を変更していた。
 石廊をぐんと折れる。途中現れる“結社”の雑兵らを蹴散らす。
 エレンツァ以下、正義の盾(イージス)の兵達もこれに続いている。
「長官。あれは一体何なんでしょうか?」
「あの爆発やら何やらは交戦……ですよね?」
「だと思う。私にもはっきりとは分からん。だが、あれは例の最上層から降りて来ている。
直前の異変からしても、王達に何かあったことは間違いない。……確認せねば」
 自ら先頭に立ち、ダグラスは応えていた。その槍捌きで立ち塞がる敵兵を薙ぎ倒す。
 みれば遠く他の方面の石廊からも、何組かあの黒筋を目指して走っている一団を見つける
ことができた。自分達と同じく、何かが在ると、駆けつけようとしている友軍なのだろう。
 ダグラスはちらっと石塔群の最上層をみた。その頂上は今や蓋をするようにドーム状の石
壁に覆われてしまっている。
 ……何かが起きている。
 募る焦りは、この一向に近付いている気がしない距離感が徒に煽ってくるかのようだ。
「長官!」
「? どうした?」
「後方の技師班から吉報が。回線が一部復旧したようです!」

 その最上層、石のドームに閉ざされた天辺の中で、また咆哮が上がった。
 黒騎士。狂化霊装──“戦鬼(ヴェルセーク)”。
 彼の者は獣のような声を上げ、両腕の波打つ装甲を刃に変えた二刀流でアルス達を激しく
攻め立てている。
「ちぃ……!」「おぉぉぉッ!」
 ファルケンがサウルが、鎧戦斧(ヴァシリコフ)と銀律錬装(アルゲン・アルモル)の長
槍で彼を左右から狙おうとする。
 行かせない──。二人は必死になってこの黒騎士を阻もうとするが、そんな同時攻撃すら
も当のヴェルセークは両腕一本ずつで防御、弾き返し、また咆哮して刃を振るってくる。
「サウルさん、ファルケン王!」
「無茶はすんなよ! 肝心なのは奥の鬼族(オーグ)だ!」
 そんなドームの奥、五人の向こう側では“教主”とルギス、そして結界の維持を続けてい
るリュウゼンが控えている。
 “教主”は相変わらず中空で漂う巨大な光球だし、制御に集中しているのかリュウゼンは
目を細めたまま心ここにあらず。ルギスはそんな自分達へ近付かせまいと暴れるヴェルセー
クを不敵な笑みで眺めつつ、手甲型の端末を操作し、随時オートマタ兵らをこの場に呼び出
している。
 アルスとエトナが強化(コーディング)したマナの束でそれらを殴り飛ばしている。それ
でも尚、オートマタ兵達は懲りずに纏わりつき、サウルとファルケンの邪魔に向かおうとす
るが、そうはさせない。
 持ち霊・エトナによる樹木のコーティング。
 しかしそれらが高い再生力を付与していても、彼ら二人のような攻撃力は望めない。
「分かっている! だが……こいつは、彼は……!」
 魔力ある銀、それらを練って甲冑とした姿のサウルが唇を噛んでいた。
 黒騎士(ヴェルセーク)に組み付く、その分厚い衣を剥がそうとして弾かれる度、槍から
大剣へ、斧へ、様々な武器へと変えてみながら彼は自身の焦りを隠せないでいる。
「どっちにしろ、こいつを止めないと届かねぇよ! その辺の人形どもとは訳が違う。それ
にこいつなんだろ? トナン王宮で大暴れした奴ってのはよ!」
 ファルケンもまた、聖浄器(ヴァシリコフ)の斧を振い続ける。
 その性質上、一撃の破壊力は彼が一番だった。それでもヴェルセークを行動不能にするま
でには至らない。何度か部分的に鎧を砕くことはできていたが、それも束の間、すぐに彼の
自己修復機能がこれを元通りに塞いでしまう。
「ぐっ……!?」
 サウルの突撃槍を片手で受け止め、弾いて、黒騎士がもう片方──腕ごと装甲を大きな刃
に作り変えた刃をファルケンに叩き付けた。足元の床が大きく陥没し、ひび割れる程のその
威力を、彼は頭上に持ち上げたヴァシリコフで必死に防御する。
(──俺の《覇》が効いてねぇ。やっぱ元から正気じゃねえ相手には効果が薄いのか……)
(──挿し込む隙が無いな……。これでは《銀》で狂気を解毒しよう(とこう)にも……)
 サウルがもう一度脇腹に突きを入れる。防御され、微妙に軸がズレたのを見計らって重心
を移し、ファルケンが頭上からの断撃から逃れる。
「見えた──!」
 次の瞬間だった。ぐらりと自分達の正面からズレたヴェルセーク、その向こう側にリュウ
ゼンの姿を確認して、セドが文様(ルーン)を縫い込んだ手袋越しに指を鳴らす。
 紅い奔流が真っ直ぐ、リュウゼンに向かう筈だった。
 “灼雷”。セドが駆使するオリジナルの魔導。
 だが……届いていなかった。
 直後の爆発。あがる黒煙。しかしそれは奥のリュウゼン達からではなく、寸前で彼らを庇
うように飛び出してきたヴェルセークからのもの。
「──」
「くっ……。何やってんだよ、コーダス! 俺は、親友(ダチ)を撃ちたか──」
 まだ黒煙を上げる身体に鞭打ちながら、戦鬼(ヴェルセーク)は反撃をしてきた。
 両腕の装甲、波打つ突起を投擲用の刃にして投げ付ける。左右二本。それらは悲痛な叫び
を上げるセドへと真っ直ぐに迫ったが、すぐに割って入ったアルスとエトナの岩盾によって
相殺されて崩れていく。
「セドさん!」
「気持ちは私達も一緒だけど……手加減は禁物だよ。こっちが、ヤられる」
「……」
 顰めっ面の難しい表情(かお)をして、セドはまたパチンと片腕を払いながら“灼雷”を
放った。空気を読まずにわらわらと寄って来るオートマタ兵が一網打尽に吹き飛ばされる。
濛々と立ち込める黒煙。その中で、佇みながら尚も自己修復しているヴェルセーク──いや
コーダス・レノヴィンの正気でない横顔が姿が、その損壊した鎧越しに見える。
(父さん……)
 ややあって黒騎士の鎧は再び彼を覆い隠し、また獣のような咆哮を上げさせていた。
 アルスもまた、唇を噛む。振り払われ弾き飛ばされるサウルやファルケンをその視界に入
れながら、サッと二本重ねた指先をこの父(かれ)へと向ける。
「領域選定(フィールド・セット)!」
 捕捉できないかと思った。自分達の力で、救い出せないかと思った。
「オ、オォォォォォ──ッ!!」
「ぐっ!?」
「きゃっ……!?」
 だが中和結界(いちばんのわざ)すらもままならない。重ね掛けした障壁のドームすらも
彼は豪腕一つで砕いてしまう。ビリビリッと、その反動がかざした手に腕に、全身に伝わっ
て激しく痛む。
 アルスはそんな痛みと──何より哀しみでくしゃっと顔を歪めていた。
 ……どうして? トナンの内乱はもう終わったのに、貴方が直接恨んでいたかもしれない
アズサ皇(ひと)は死んだのに、どうしてまだそうやって暴れているの?
 哀しかった。悔しかった。
 あの黒い鎧が何をどうしている代物かは分からない。だが少なくとも、あれは人の過去を
薄暗い心を、無遠慮に塗り広げるようなものではないかとアルスには思えた。
 閉じ込められているのではないか? 過去の、母を皇国(そこく)に帰還させてやれなか
った悔しさに。父(かれ)が母と結ばれて自分達が生まれて、その間何を思っていたかは知
る術はないけれど、セドさんもサウルさんも、その思いでずっと頑張ってくれていた。裏を
返せばそれだけ「念」は強い……ということになるのかもしれない。
「……」
 ルギスを見た。中空の“教主”を見た。魔導具を装備したままのリュウゼンを見た。
 哂っている。あの痩せぎすの男は、僕らの、この哀しさと痛みを観て哂っている。
 ギチギチと、軋むほどに拳を握っていた。
 どうすれば父を取り戻せる? この街を取り返せる?
 倒さなければ駄目だ。あの男を魔人(メア)を、倒して剥いで、何もかも──。
「落ち着け。アルス」
 なのに彼はそう言って、ぽふんと自分の頭に手を乗せてきたのだった。
 セドさん。見据えるのは真っ直ぐ向こう側、必死に黒騎士を押さえようとしているサウル
さんとファルケン王。
 彼だって焦っている筈なのに、憤っている筈なのに……その横顔は落ち着いている。
「そう怖い顔すんな。父子(おやこ)揃って怪物にでもなる気か」
 だからアルスはその言葉にハッとなった。我に返った。
 怖い顔。自分の頬に──自分でもはたと寒気がするほど張り詰めていた頬に手を当てる。
 傍らではエトナも唖然としていた。……それだけ、瞬間自分は殺気に満ちていたのか。
「……落ち着け。目標を見失うな。最大の目的はこの結界を解く──皆を合流させてこの馬
鹿げた仕掛けを終わらせる事だ。奴らを、あの白衣野郎をぶっ飛ばせば、確かにコーダスの
呪縛は解けるかもしれねぇが……」
 そっと頭に乗せていた手を除ける。彼も、自分の感情と闘っているのだろうか。
 サウルとファルケンが大きくこちらに下がってきていた。戦鬼(ヴェルセーク)がその黒
い鎧から禍々しい気配を立ち込めさせ、でんとこのドームのど真ん中で通せんぼしている。
「サウルさん、ファルケン王。どうです? 突破、できそうですか?」
「……厳しいね。ヴァリシコフ──聖浄器の力がなければ、とうに潰されているよ」
「つーか、この得物ですら倒れねぇってのがオカシイんだよ。纏ってる気配は間違いなく魔
の類だ。それは鎧戦斧(このあいぼう)が告げてる。なのに……イマイチ効いてる感じがし
ねぇんだよなあ。やっぱあいつは、他の連中とは成り立ちが違うのか」
「……だと思います。トナンの時でもそうでしたけど、あれはあの魔人(メア)──ルギス
が操っている手下、みたいな感じでした」
「だよねぇ。あのガリ眼鏡がオートマタ達を呼び出してるってことは、あの鎧自体“結社”
が作ったものっぽいし……」
 五人は互いに顔を見合わせて、そして横並びになった。
 立ちはだかる戦鬼(ヴェルセーク)──盟友コーダス・レノヴィン。その背後で次々に召
喚されているオートマタ兵の群れ。
「……ま、やるしかねぇわな」
 手袋の裾をぎゅっと引っ張り直しながらセドが言った。
 斧、騎士鎧、マナの糸。アルス達もそれぞれに得物を構え、この二重三重のミッションと
対峙する。
「鬼族(オーグ)もガリガリも“教主”も、全部とっ捕まえてコーダスを正気に戻す。この
ふざけた戦いも、終わらせる」
 ルギスが口元に弧を描いて哂っていた。相変わらず“教主”は黙して中空からこの様子を
見下ろしており、リュウゼンは細めた瞳を、スッと一瞬だけこちらに向ける。
 五人は一斉に駆け出した。オートマタ兵の群れと黒騎士(ヴェルセーク)も走り出す。

 此処は迷宮の最上層。
 そしてこの災いの源泉でもある。

 部分的とはいえ復旧した回線を通じ、ダグラス達は迷宮内の各友軍と早速こちらの状況を
伝え、情報交換を行った。
 そこで判ったことは三つ。下層の市民や王達の救出に向かう自分達を邪魔する為なのか、
この迷宮内に使徒──“結社”の魔人(メア)達が散開し始めていること。そんな逃げ場の
ない状況下で、死んだとされていたあのジーク・レノヴィン一行が現れた──この結界から
の脱出手段を見出してくれたこと。そして彼らを始め、やはり自分達と同じく多くの友軍が
既に王達の救出の為に石廊を登っているのだということだった。
 ダグラス──正義の盾(イージス)は、それらを踏まえて皆に呼び掛けた。
 先刻から上空でゆるゆると降下している黒い筋。それらが迷宮の最上層から飛び出して来
た以上、王達に起こった何か、安否に関係がある筈。故に急ぎ、周辺にいる各隊でその正体
を確認しよう──と。
「……あの。あそこ、何かいませんか?」
「む?」
 右に左に、折れ曲がっては少しずつ登っていく石廊。
 そんな呼び掛けが功を奏したのか、近隣から合流を果たした各隊によって心許なかった兵
力は随分と大きなものになった。
 その勢いのまま、立ちはだかる“結社”の軍勢と何度も激突してはこれを倒し、突破して
進む。そしてこれら援軍の中にはジーク・レノヴィンと共に戦った──結界の外でその脱出
口を見出した大都守備隊と各国軍の連合軍、その一部も何時しか加わっていた。
「本当だ。何か……立っている?」
 再三、敵雑兵らとの交戦を勝利で飾り、ダグラスはそう少し離れた所を指差す部下の一人
に倣って目を凝らした。
 確かにそこには人型の何かが立っているようだった。
 もう少し進んだ石廊の先。道の端ぎりぎりに立っているのは三人分。だが、遠目にしてい
るとはいえ、ただの人影にしては大き過ぎないか。
「誰か、双眼鏡を」
「はっ!」
 すぐに部下に命じ、差し出された双眼鏡を受け取る。
 そこで再び目を凝らしたダグラスが見たのは……三体の黒い鎧騎士だった。
「げぇっ!? ま、拙いですよ、長官殿!」
「あれ、例の黒騎士です! 仲間達が外の城門(ゲート)でボコボコにされた……!」
「何だって?」
 すると重なる連合隊の面々の声。彼らもまた自前の双眼鏡で件の正体を確認している。
 それは思ってもみなかった正体だった。
 狂化霊装(ヴェルセーク)──確か、トナン内乱の報告書ではそう呼ばれた黒騎士が暴れ
たという。外見的特徴もその報告内容と合致する。ただ……あそこにいるのは一体だけでは
なく三体だし、何より彼らは漆黒というよりは黒に濃紫が混ざっているような色合いだ。
(つまり“結社”はあの黒騎士を複数──或いは量産しているということか? むぅ。また
一つ脅威が……ん?)
 だがややあってダグラスは気付いた。
 この量産型達の視線が一様に──例の空中で蛇行する、あの黒い筋を向いていたことに。
 嫌な予感がした。双眼鏡を彼らから件の黒い筋の方へ、倍率を一気に大きくして確認して
みると、そこには確かにいたのだった。
「……四魔長!」
「えっ? ほ、本当だ」
「で、でも何で? 何であの四人だけ?」
「分からないわ。でも王達に何かあったのは確かでしょうね。まさか彼らだけが我が身可愛
さに逃げ出した──逃げ出せたというのは、ちょっと無理があるし……」
「そうだな。それに、あれはどう見ても……」
 ダグラスを見て他の面々もレンズを向ける。そこにはミザリーら四人が流動する黒い足場
の上を滑りながら、猛然と追ってくる赤眼の魔人(メア)──フェニリア達から必死に逃げ
ている姿があった。
 遠目に見えていた黒い筋は、妖魔族(ディモート)の眷属が作る足場だったのだ。
 時折繰り広げられる爆発、焔や一条の光は、彼ら“結社”の魔人(メア)達が彼女らを撃
ち落とそうとしているもので……。
 更に危うい状況は重なる。この逃亡を繰り広げるミザリー達を狙い、三体の量産型ヴェル
セークらが波打つ腕の装甲から投擲用と思われる刃を生成し始めたのだ。
 機械のように一糸乱れぬその予備動作。ダグラス達一同は血相を変えて慌てる。
「拙い、止めるんだ!」
 叫び命じられるのとほぼ同時、兵達が一斉に銃の引き金をひいていた。
 銃弾。だがそれらは全て頼りない金属音と共に弾かれ、ヴェルセーク達に掠り傷一つ負わ
せられない。
 ちらり。三体は一瞬、ほんの一瞬だけこちらを見たが、歯牙にもかけなかった。
 脅威にあらずと判断されたのか、それとも撃ち落すことが最優先と命令されているのか。
 量産型ヴェルセークらはまた一層大きく投擲刃を振りかぶる。向こうの空中では尚も四魔
長と“結社”の魔人(メア)達が逃亡と追撃を続けており、気付いているのかも怪しい。
「くっ……!」
「間に合わない……!」
 ダグラスがエレンツァが、槍にマナの紫雲にと力を込めて止めようとする。だがこのまま
では届かない。間に合わない。
 面々の焦りが、悲鳴が、場に満ちようとして──。
『──!?』
 爆ぜた。次の瞬間ヴェルセーク達を、何処からか飛んできた多数の魔導が絨毯爆撃よろし
く巻き込んでいったのだ。
 濛々と黒煙が上がる。その中でヴェルセーク達は損傷した装甲を自動修復し、ゆっくりと
しかしギロリと、起き上がりながらフルフェイスの下から赤い眼を光らせる。
「間に合ったみたいね」
 そしてダグラス達は見た。ヴェルセーク達を挟んで向こう側、反対側から延びて来る石廊
の上に、フィットした黒ローブを纏う眞法族(ウィザード)率いる一団がいつの間にか姿を
見せているのを。
「く……“黒姫”ロミリアだ!」
「七星の、軍勢」
「た、助かった……!」
 のそり。するとヴェルセーク達は彼女たち──現れたこのロミリア一派に向き直り、黒煙
の中から這い出してきた。
「……」
 魔導師を中心に構成された一団。
 だが彼女は、そんな友軍と敵それぞれの反応に、ただじっと何処か不服そうな表情で以っ
て佇んでいるだけで。

「下がっていなさい」
 のしのしと迫ってくる量産型ヴェルセーク達を前に、ロミリアはそうそっと部下達を下が
らせながら一人歩き始めた。
 ちょうど、彼ら三体を石廊の端に対し背を向けさせるように。
 ぐるりと距離を取りながら迂回し、彼女はダグラス一行の方へ、ちょうど上空から見れ
ば九十度の半円を描くように移動する。
「オ、オォ……ッ!」
 だが、当の相手方はそんな仕切り直しなど待ってくれないようである。すっかり標的を彼
女に向け直したヴェルセーク達は、それぞれに獣のような唸り声を上げると、一斉に地面を
蹴って襲い掛かってきたのだ。
 ダグラス達が、そして彼女の部下達はまだ比較的落ち着いていて、それを目撃する。
「──」
 ロミリアは落ち着いていた。迫ってくるのは狂気の鎧騎士達なのに、むしろ突っ込んで来
るその真正面に立ち、じっと目を凝らして何かを見つめているかのようだった。
「……盟約の下、我に示せ」
 三体、続けざまにうねった刃が彼女に向けて振り下ろされた。
 なのに彼女には掠りすらしていない。
 まるでそう動いてくるものと分かっていたかのように彼女はサッと身を低くしながら半身
を捻ると、あっという間に三体目、最後に一撃を入れようとしてきたヴェルセークの右脇腹
へと潜り込む。

 《占》の眼──それが私の、色持ちとしての能力だ。
 要するに予知。マナを込めたこの瞳には、数秒先──或いはもっともっと先の未来の映像
が映り込む。その特性自体はまるで戦闘には向いていないけれど、こうして回避行動・身体
の捌き方さえ熟知していれば、貧弱な魔導師であってもほぼ確実に相手の虚を突くゼロ距離
へと潜り込める。
 ……だから、という訳ではないけれど。驕っているつもりはないのだけど。
 ジーク・レノヴィンが西方(ヴァルドー)へ向かうと聞いた後、自分は彼ら兄弟の未来を
診てみたことがある。
 兄は、何処か薄暗い場所で力尽き、倒れているイメージだった。
 弟は、捕らわれた貴族達を助けようとしているのか、一人特攻していくイメージだった。
 私の占いは当たる。それはストリームから読み取った、世界の断片だから。世俗がすがる
ような個人的な統計学ではなく、霊的な無数の星々が描き続ける生命の軌跡だから。
 なのに……今やそれら当初の観測は覆っている。
 兄はフォーザリアの大規模テロから生還し、今もこの戦いを率いる英雄となりつつある。
 そんな兄の生還を知ったからか、弟も打つ手を変え、王達を冥魔導で丸ごと包み込んで逃
がすなんていう奇策を実行してみせた。
 ……変わり始めている。未来がその道程が、明らかに違うものになっている。
 これはつまり、それだけ彼らが強い「星」を持っている、ということなのだろうか?
 レノヴィン兄弟。彼らは、その意図するしないに関わらず、多くの人々の運命を“違う”
方向へと引き寄せているのかもしれない。

(私も、まだまだね……)
 詠唱の途中、されどロミリアは小さく自嘲(わら)っていた。
 スローモーションな世界。皆がゆっくりゆっくりと驚きで目を見開こうとしているのが分
かる。この量産型(ヴェルセーク)もまだ次の動作に移れていない。……こちらの未来は、
ちゃんと自分が握れている。
「螺旋の拒砲(ギノラジア・ラーヴァ)」
 かざした掌、現れた灰色の魔法陣。次の瞬間、このヴェルセークは横っ腹からの強烈な衝
撃をもろに受けた。
 放たれたのは巨大な球形の波動。
 インパクトがあったその一点、そこからさも空気も空間も全てを弾き飛ばし──否定する
ように衝撃が伝い、更にそのエネルギーは縁でギュルルと螺旋を描くようにこの鎧騎士の装
甲をねじ切っていく。
 あれだけ堅牢だった筈の装甲が、あっという間に粉砕されていった。
 八割方、顔面を残して右上半身が丸々砕け散る。中身の身体も尚メキメキと衝撃を受けて
大きくひしゃげ──そして、そんな鎧の奥に在ったどす黒い球が、全身を結んでいた蛇腹の
配管ごと千切れ砕けると、このヴェルセークは自己修復すらもできずにどうっと倒れ込む。
「なっ……!?」
「い、一撃で……!?」
 ほんの数秒のことだった。残り二体のヴェルセークは、同機の一つが破壊されたことによ
うやく気付いて半身を返している。主にダグラス達、守備隊など連合軍の面々は特に素直に
この早業に驚き、興奮気味に歓声を上げていた。
「団長」
「……大丈夫よ。まだ二体いるわ。レヴェンガート長官らと共に、援護しなさい」

「──ああ、分かった。此方は幸い何ともない。そっちはその黒い筋とやらを追っているん
だな? なら我々も……って、あれ? おい。また回線が──」
 志士聖堂前。ようやく繋がった回線にすがりつき、状況を確認していたデュゴー・スタン
ロイ以下一同であったが、それも程なくして途切れてしまった。
 どうやら向こうでまた大きな戦闘が始まってしまったらしい。暫し粘ってみたが、装置に
向かっていた技師兵が唇を結んで首を横に振ってみせる。
「……予断を許さない状況は続いているらしいな」
「ああ。だが少しの間でも情報を確認できてよかった。これで俺達も動ける」
 軍服の上着を翻し、デュゴーは立ち上がった。その後ろでは既にびしりと隊伍を整えた、
当大隊一千人が準備を完了している。
「スタンロイ、兵を分けるぞ。俺は長官達と合流しに行く。五百・五百か、四百・六百か。
とにかくこっちの守備はお前が指揮を執ってくれ」
「うむ……。気を付けろよ?」
 ああ。スタンロイの承諾と呟きにデュゴーはニッと笑った。その八重歯がちらっとだけだ
が見えた。早速相棒は兵達にざっと指示をし、兵力を半分に分けている。
「──ようやく出撃か。こちらとしてはもっと早く出て行ってもらいたかったのだが」
「何を言う? 戦える相手が減ってしまうではないか」
 そんな時だった。ふとこのデュゴーら大隊の、志士聖堂の前に、招かざる客がやって来た
のである。
 デュゴーがスタンロイが、兵達が、一斉にその気配に気付いて振り向き、身構える。
 だが当の彼らはそんな面々をまるで気にしていない。至って真面目で理解に苦しむ言動を
するこの一時の相方に、そのもう一人が只々ジト目を寄越すだけだ。
「……この戦闘狂が」
 かつん。息を呑む面々の前に彼らが、たった二人の男達が現れる。
 ようやく口を閉じ、彼らはついっとこちらを見遣ってくる。

 ジーヴァとヴァハロ。
 “結社”に属する魔人(メア)──使徒の二人だった。

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  1. 2014/02/01(土) 18:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

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