日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「うつろひ川」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:川、陰、指輪】


 ……来てしまった。人間というのは、案外思い詰めると飛び出して行けるものらしい。
 川がある。今僕の目の前には上流から下流へと、一本の川が流れている。
 少し幅が広めの、だけど何の変哲もない普通の川だ。辺りは一面土手になっていて、今し
方登ってきた方も河原の方へ続く下り坂も、背の低い芝生が青々と敷かれている。
 とても静かだ。此処は地方のとある片田舎で、見渡してみる限り家屋よりも木々や畑の方
がずっと多い。
 遠くに点々とあるだけだった。
 田舎独特の点在する一軒屋。それは向こう岸の緑の中に添えられたアクセントのようで、
さっき登ってきた町中よりも流れている時間が違う──よりゆっくりとしているんではない
かと錯覚する。
(ここで……合ってる、よな……?)
 名を、宇津裏(うつり)川という。僕は此処のことをインターネットで知った。
 何でもこの川に振り切りたい思い出の品を捨てると、新しい人生が──運勢が花開くのだ
という。実際そのご利益を司る神社も近くに建っているのだそうだ。
 神様云々とか、本当にあるかは別段信じてはいない。
 なのにわざわざ来てしまった。そんな自分をふっと苦々しく自嘲(わら)う。
 それだけ何かに縋りたかったのだろう。迷信でもいいから、とにかく僕に巣食うこの思い
を切り離したかった──切り離さなければならない。さもなくば、自分はそう遠くない将来
潰れてしまうだろうと思った。
 僕一人、この身一つだけじゃあ、中々消化し切れないでいたから……。

「おや?」
 そうしてぼうっと突っ立っている最中だった。ふと向こう──川を基準にみれば上流の方
から一人のご老人が近付いてきていた。
「見かけない顔だね。それに……ああ、旅人さんかい?」
「……ええ。まあ」
 僕もそっと振り返る。ご老人は線目の穏やかな微笑をしていた。多分散歩の途中だったの
だろう、傍らには弛んだリードに繋がれた、大人しそうな小型犬が小さくハッハッと舌を出
してその場に座っている。
 問われて──動き易い服装と肩に担いだリュックを順繰りに見られて、僕は少し用心を残
しながらも肯定した。口ぶりからして地元の方、なのだろうか? となると、やはり此処に
立っている僕の目的にも勘付いてしまっているのか。
「あの。地元の方とお見受けしますが、ここは宇津裏側で合っていますでしょうか? 思い
出の品を捨てると、前に進める開運があるっていう……」
「ああ。そうじゃよ」
 だから僕はその前提で、臆する内心を繕うように訊ね返す。
 ほほ。ご老人は肯定の意味らしく微笑(わら)っていた。その間も静かに流れ続ける宇津
裏の水面にゆっくりと視線を遣ると、ふとこちらを横切って河原側の芝生へと歩いていく。
「それを聞いてやって来る旅人さんなぞ久しぶりじゃ。よければ……少し話をせんかの?」
「……構いませんが」
 誘いながら先に芝生の坂に腰を下ろしたものだから、断って捨て置くという訳にもいかな
かった。小犬の方もこの余所者に吠え立てることもなく、ちょこんとこちらを見てくる。僕
は少し戸惑ったが、急ぎでもない故に乗ることにする。
 だけども……お互い、すぐには何も話さなかった。
 僕は誘われた方だからというのもあったが、彼の方はどうだろう? ご老人は一度芝生に
腰を下ろしたまま、何やらぼうっと流れゆく水面を向こう岸に広がる風景を眺めているよう
にみえる。
 ただ眺めているというよりは、何か感慨に浸っているような……そんな感じ。
「……お前さんも、何か捨てたい過去があるんじゃな?」
 そうして暫くの沈黙の後、ご老人はそう言った。
 僕は答えられなかった。応えられなかった。ただ胸元を──上着の内ポケットにしまい込
んだ肝心のそれを、服の上から掻き抱くことしかできない。
 でもそれで充分だったようだ。ご老人はそれ以上、こちらの個別の事情に突っ込んでくる
ことはなかった。
 ただ宇津裏の川を、緩やかにうねり流れていく水面を見ている。
「儂も詳しい起源までは知らん。じゃが少なくとも自分が子供の頃は、それはこの土地では
ごく当たり前の言い伝えとして信じられておった」
 語られるのは──回想。多分、こういった“繋がり”でなければ吐き出せないような彼自
身の思い。
「それこそあの頃は、よくお前さんみたいな者達が来ておった。皆持ち寄る品は様々じゃっ
たが、それでもこの川に思い出(かこ)を切り離して、救われた表情(かお)をしておった
のを覚えておるよ」
「……今は、違うんですか? 先程僕みたいな人間は久しぶりと仰っていましたが」
「ああ。今はもう昔ほどその目的で足を運んでくる人間はおらんなったよ。……それもこれ
も、全部役人どもの所為じゃ」
 恨み節。だが声色は相変わらず目の前の水面のように穏やかだ。
 僕はいよいよ耳を傾ける気になった。それまで所在なく彼の隣に突っ立っていた自分だっ
たが、そっと遠慮しながらその傍らに腰掛ける。
「“ゴミの不法投棄”だと言い出しおったんじゃ。ホンモノを知ろうともせん癖に、突然そ
んなことを書いた紙切れを送りつけてきおった」
 ご老人は確かに憤っていたのだと思う。
 だがそれは伝統を壊される──以前の問題だとでも言っているように聞こえた。
 ゴミ。不法投棄。ホンモノ。
 彼ら役所が、思い出の品というものに対する理解が無いと、そのことに憤っていたのだ。
 でも……僕は何も言えない。申し訳ないが、嗚呼なるほどと解ってしまっている自分が此
処にいるからだ。
 そうなんだ。どれだけ当人とって大事な(大事だった)ものでも、第三者──客観的な眼
に照らせばそれらは結局ガラクタなのかもしれない。或いは捨ててしまうのではなく、もっ
と「正しい」処理方法があると……そう諭してきたのではないか。
「儂らは何度も話し合いを持ったよ。自主的に、拾い上げれる物であれば自分達で川を浚っ
てもみた。思い出を捨てることが川を汚すことになると苦情があるのであれば、自分達で解
決すれば文句はなかろうとな」
「……」
「じゃが間に合わんかった。儂らがずっと続いてきた伝統だと言うても、今の若いモンはた
だゴミを捨てておるとしか見えんのじゃろう。役所はその声に押し切られとった。いきなり
じゃぞ? それまでは苦情らしい苦情も上がっとらんかったのに……」
 クレームという奴か。そしてこの町の役所は、批判が拡大するのを面倒に思ってその訴え
通りに、現在(いま)の「常識」に照らしてこの川への行為を禁じることにした。
 間違っているのは──どっちなんだろう?
 これも、また時代の“流れ”という奴なんだろうか。
「……じゃあ、今は捨てちゃいけないんですね?」
「ああ。風習ぐらいは残しておいてくれと頼んだんじゃがな……駄目だった。ほれ、あそこ
にも看板が立っとるじゃろう? 不法投棄禁止……世知辛いのぅ」
 ご老人は今を昔を思い出しているらしく、しょんぼりとしていた。
 ではわざわざ足を運んで来たのも無駄だったのか──僕は、彼とはまた別の意味で沈んだ
気持ちになる。
 捨てさせないことで川は綺麗になるのかもしれない。
 だけど、捨てられないことで僕ら自身が澱んでいくのであれば……何の為の解決なのか。
「じゃから今は、年末の例大祭で寄せられた品を小船に載せて川に流す……という形を採っ
ておる。とはいえこれも結局は下流で引き上げられ、神社で供養されるんじゃがな。ほれ、
向こう岸に雑木林と鳥居が見えるじゃろう? あそこがその宇津裏神社じゃ」
 ご老人曰く、故に今では直接個人が川に捨てることはできなくなっているらしい。
 代わりに今は向こう岸にある神社、件のご利益を司る宇津裏神社という場所があり、そこ
に品を収めて供養して貰うというのが基本形なのだそうだ。
 流し雛──僕は話を聞いていてそのフレーズが脳裏に過ぎった。
 あれは人々の厄を人形達に移し、川──遠くの何処かへと流すという意味合いがあった筈
だが、あれすらも今日では放置すれば漂流するゴミになるということで、地元消防だったか
何かが即日下流で回収しているのだと聞く。
 ……無粋なパフォーマンス、と言えばそれまでである。神事が現実に駆逐されていると知
れば、幻想なんていとも容易く打ち砕かれる。
「だがのぅ、そんなことでは意味が無いんじゃ。あれは持ち主が自分の意思で、自分を縛る
過去の象徴を投げ棄てる、その行為自体が迷いを掃うことであって、神社(たにん)に任せ
てはいおしまいと心を切り替えられるものでもないんじゃよ。だからじゃろうのう……人は
ぱたりと来なくなってしもうた。当たり前じゃな。やっておることが他とさして変わらんの
なら、わざわざ此処まで足を運ぶ理由もなかろうて」
 更に僕の抱いた感触を、ご老人はより分析的に語ってくれた。
 正直、地元の当事者なのだからもっと感傷的なのかと思っていたけれど、存外にその眼は
客観的だ。それだけ長くこの土地の伝統を知っているからこそ、なのだろう。
 その通りだと、僕は思った。そっと胸元のそれに触れる。
 そう。意味が無いんだ。
 目的は未練(かこ)と今の自分を切り離すことにあるのだから、それは自分の手で行わな
ければ、果たされない……。
「宇津裏の伝統は、この町にとってほぼ唯一余所に誇れる“特別”じゃったのに……。他人
が以前にも増して寄り付かなくなるのは当然の結果じゃて」
 深く深く、嘆息をついて老人は呟いていた。精神的だけではない。物質的にもこの土地は
痩せ細っていくのだと。
「……すまんのう。年寄りの戯言に付き合わせてしもうて。じゃから川に捨てることはもう
できん。さっき言うたように、向こうの宇津裏神社へ奉納しなさい」
「……分かりました。ご親切にありがとうございます」
 言って、立ち上がる。
 だが僕はすぐにはこのご老人の前から立ち去れないでいた。
 やや遅れて、怪訝に見上げてくるご老人。連れの小犬。僕はフッと、中々どうして芯から
笑えない笑みを作ってみせると、懐からそれを取り出した。
「……それが、お前さんの捨てたいものかい?」
「はい。恋人だった女性(ひと)に、贈る筈でした」
 たっぷりと沈黙を以って見つめた後、ご老人は言う。
 僕は頷いた。親指と人差し指で摘んだ──ダイヤの指輪を曝け出していた。
 ご老人は何も言わなかった。やはり恋人、だったという僕の言い方で大方のことは察して
貰えたのだろう。ただ何度か頷いている。そうかいそうかい……何処か哀しそうで、嬉しそ
うで、抑え込んだ微笑を湛えている。
「本当なら、その道の専門家に買い取って貰うのが常識なんでしょうけど……出来ませんで
した。彼女との思い出が、全部数字にされちゃうような気がして……」
 吐露する。ズキリズキリと、幸せだった日々と──屑鉄になった彼女の車に、現場に駆け
つけたあの時の記憶が、頭の中で交差して不快なノイズを発している。
 指輪は、本体に小さなダイヤの粒を何個か埋め込んだタイプだ。
 今思えばもっと大粒の、でんと鎮座しているものを選べば良かったのか。肝心な所で財布
と相談して臆病になってしまったことが、また改めて悔やまれるようで。
「すまんのう……。もっと儂らが、粘っておれば」
「……いいえ。いいんです」
 もう──。僕はゆっくりと首を横に振った。ありがとうございました。そう礼を述べて、
下流の方へと、向こう岸へ渡してある橋が見える方へと踵を返す。
「一つだけ、いいかの?」
 だけど、ご老人は最後にそう言って引き止めてきて。
「……川は確かに流れていくしかない。じゃが、そこには幾つもの分かれ道があるんじゃ。
お前さんにだって、きっと……。じゃから……よーく眺めてみるとええ」
 とても哀しそうに、そんなことを言う。
「……。はい」
 僕は微笑(わら)った。そう返さねばならないと思った。
 もう一度一礼を。彼にしっかりと頭を下げる。
 勢いだけで詰め込んだリュックを揺らす。今度は振り返らずに、ただ人の手で塗り固めら
れた川の傍を歩いていく。
                                      (了)


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  1. 2014/01/26(日) 00:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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