日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(短編)同じ籠の狢

 灰色の檻の中は『外』から見えれば冷たく隔絶されたように感じられる。
 だが──果たしてそれは他人事で済ませられるのだろうか。

「おう。お前が新入りか」
 その街の郊外に一つの刑務所があった。
 動物ではなく、罪を犯したと断じられた人間を閉じ込める為の閉じられた部屋。その一室
の隅に陣取るいかにもといった風体の大男は、ジロリと睨みを効かせて相対する歳若い囚人
を見下ろした。
「はい……。宜しくお願いします」
「宜しくだぁ? ははん、お前は素人(アマ)だな? 此処でそんな礼儀正しく良い子なん
てしてたら息が詰まって死んじまうぞ」
 囚人の青年の応答に、大男ら部屋の中の囚人達はどっと笑い出した。下品な笑いだ。
 対する彼当人はその意図をいまいち掴めず、俯き加減に曖昧に頷くだけだった。元からの
線の細い、なよっとした外見が周囲の囚人達とのアンバランスさを一層引き立ててしまって
いるかのように見える。
「ま、そんなだから色々不憫な思いをしたんだろ? で、俺らと同じ世界に来ちまったと」
「……はぁ」
「おいおい。そんな辛気臭い顔してんなよ。お前さんが何をやったか知らねぇけど、世間様
ってのは一度こっちに来た連中を受け入れはしないもんだぜ? 悪い事は言わねぇ。さっさ
と頭を切り替えてここの暮らしに馴染みな。それがお前さんの為でもある訳だしよ」
「そうですか……」
「だからその糞丁寧な喋りはよせっつーの」
 にたにたと、脂のようなしつこさを帯びた囚人達の哂い。
 その多数の視線を全身で感じながら、囚人の青年は内に秘めた嘆息が益々膨れ上がってい
くのを感じていた。
(……結局、ここも同じなんだろうか)
 この貧弱な気質の所為で色々と損をした。失敗をした。
 そしてあろう事か、ついには人を一人殺めてしまった。
 相手も日頃から中々の傍若無人ぶりを発揮する人物だった──だから何処かでざまぁみろ
と思った──とはいえ、その為に自分(と近しい人達の)の残りの人生を棒に振るような真
似はやはり間違っていたのだと後悔している。損得が合わな過ぎる。
 だが、犯した事実は変わらない。
 それだけでも沈痛な気持ちで一杯だったが、更にその暗い思いに追い討ちを掛けるように
目の前の彼らは「犯罪者の自分」を受け入れてしまっているかのように見えた。
 そう……この界隈にすら彼らは根を下ろし、コミュニティのようなものを作っているらし
いのだ。差し詰めこの大柄な男がボスなのだろう。
「ま、そういう所も含めてしっかりと教育してやるまでさ。せいぜい楽しみにしてな」
「……はい」
 何処に行っても、やはり人はしがらみという別名の“群れ”を作りたがるものらしい。
 青年は卑しい笑いの響く牢屋の隅で一人静かにため息をついた。

「──ったく、相変わらず下品な笑いなこったな」
 そんな遠くから聞こえる囚人達の声をぼんやりと聞きながら、彼らは呟いていた。
 此処は刑務所内の詰め所。合わせたデスクの上には事務関係の書類が所狭しと積まれてお
り、頭上の天井から下がっている複数のモニターからはリアルタイムで所内の囚人達の挙動
が映像として送られてきている。
「仕方ねぇだろ。此処は自然とそういう連中が集まってくる場所なんだからさ」
 統一されたポロシャツ姿に、腰には警棒と手錠、連絡用のトランシーバーを一式。
 監視対象らに映像越しで時折目を配りながら、複数の看守らは気だるげに昼下がりの休憩
と洒落込んでいた。
「まぁな。……っと、そっちはミルク要るっけか?」
「ああ。たっぷり頼むわ」
 内一人がポットから湯を注ぎ、人数分のコーヒーを淹れてゆく。
 弛緩した、独特の雰囲気。だがそこに“余所者”が入り込む余地は無い。
 仮に不用意に彼らの中に混ざろうとすれば、この職種の本質としての静かな緊迫にあっさ
りと押し潰されてしまう事だろう。
「んー。やっぱ安物は味が知れてるなぁ」
「でもそれがいいんだよ。変わらないっていうのがさ」
「……」「そう、だな……」
 彼らは罪人を監視するのが仕事。
 だがその多くは所謂ステレオタイプな正義感に染まったままこの場所には居られない。
 それが何時頃になるか、そこには個人差はあるだろうが、彼らの心持ちの行き着く先は決
まって“何事も起きない”事への期待なのである。
「……悪い。野暮な言い方しちまったな」
「いや……いいんだ。気にすんなよ」
 たたでさえ素行・心根の歪みを追った(場合が大半の)者達を相手にする仕事。
 加えて場合によっては──特に元々は善良な、しかし何処か世の歯車に嵌り切れなかった
静かに堕ちて来たタイプの人間が──収監され続ける苦痛の姿を目の当たりにする事も珍し
くはない。そのどちらにも、深入りし過ぎていればいずれは自分自身が駄目になるのだ。
 だからこそ、看守達は「何時も通り」である事を常に願っている。
 目を逸らせぬ最前線でありつつも、かといって深みに落ちないギリギリの妥協策。
 彼らもまた、囚人達と同じく『獄中』に居るという意味では同じなのだ。
「……そういえば」
 だが、奴らは何処からともなくやって来る。
「うん? 何だよ」
「俺の記憶が正しけりゃ、今日じゃなかったか。ほら、この前此処の取材に来たいって言っ
てきた旅人の兄ちゃんだよ」
「あー。そうだっけ? ……はぁ。厄介だよなぁ」
「ホント物好きだよなぁ。こんな豚箱の一体何がいいんだか……」
 何かを囲い込む、分断するという事は必然的に『外部』と『内部』を作り出すのである。

 そしてこの刑務所を抱える筈の街は、昼下がりになって商いの賑わいを見せていた。
 通りの左右に広がる露天の数々。人々が自由気ままに行き交い、時に商人達と語らって目
星をつけた商品を買ってゆく。
 或いは値切りで言い合い、或いは子供達が無邪気に駆けて行き、或いは頭上の建物の窓々
から洗濯物が棚引くように干されている。
 そこには刑務所のような閉じられた印象を窺う事は難しいように思われた。
 内側と外側。明るく、そして残酷なまでにその差異は明確に目に映る。
「おばさん。これ幾ら?」
 そんな賑わう露天の一つに、一人の青年が顔を出した。
 着古した上下の服の背に負ったパンパンの旅鞄(バックパック)。
 何やら雑多な書類やペンを突っ込んだ紙袋を手に提げつつ、彼は商品籠の中から瑞々しい
林檎を一つ、手に取って店主に呼び掛ける。
「一個で七十五だよ。お兄さん、旅人さんかい?」
「ご名答です。まぁこんな格好してますしね。で……六十じゃ駄目ですかね?」
「だろうね。もしかしてあれかい? この先の刑務所に取材に来たっていう……。七十二」
「ええ、そうですよ。朝からお邪魔して、色々お話を聞いて来たんです。六十五」
 断片的な世間話と先程までの滞在を告げる店主と青年。
 にこやかに雑踏の中で言葉を交わすが、その中に値引の駆け引きをするのは欠かさない。
「へぇ、物好きだねぇ……。あんな悪人の掃き溜めの何が面白いんだか。七十」
「……単純に一括りに見て満足してしまうのは幸せですし、不幸でもありますよね。だけど
僕はこうして旅をしている以上、もっと色んな人の姿を収めていきたいんですよ。六十八」
「……ふぅ。負けたよ。お兄さん中々やるもんだねぇ。ほれ、持ってきな」
「ありがとうございます。貴女もいい商売してますよ」
 やがて交渉成立とばかりに店主の方が息をついた。
 ズボンのポケットから財布を取り出し、その値引した額の代金を払う。青年はポンと渡さ
れた林檎を受け取ると、そのままシャクっと新鮮な音をさせて一口頬張り、そんな世辞を踵
を返した背中越しに投げて寄越す。
「はははっ。ありがとね。分かってるだろうけど、道中気をつけなよ」
 去り際に店主が豪快に笑ってその言葉に返答する。
 旅の青年はひょいっと片手を上げる事でそれに応じてから、人ごみの中に消えていった。

「──はい、オッケーです。これで出国手続きは完了しました」
 それから暫くして、彼はこの街の、いや国の出入り口にやって来ていた。
 厳重に守られた門の傍の詰め所に駐在する係員から手続きのチェックを受けると、彼らの
合図で重い鉄扉が内部より繋げられた図太い鎖に引っ張られる形で観音開きにされていく。
「ありがとうございました」
「いえいえ。こちらこそまたのお越しを……と言いたい所なのですが」
「……? はい」
 ガチンと開放された巨大な扉を見上げ、係員達に会釈をして踏み出そうとしていく青年。
 そんな彼を、リーダー格らしき壮年の係員がそれとなく呼び止めてくる。
「一つ、聞いてもいいですかな。この国は、貴方にとってどうでしたか?」
 若干の気鬱さを混じらせたようなその一言。
 青年は門の外から覗く外界の景色を一瞥した後、フッと笑ってみせる。
「中々に面白かったです。皆さん親切で、街も活気もありましたし。でも……ここもやっぱ
り罪人は閉じ込めて忘れてしまえという頭でいるんだなって思いました」
 今度はこの係員が苦笑いを零す番だった。
 淡々と事務に戻る者。こっそりと聞き耳を立てている者。部下らの様子を背中越しに一瞥
してから彼はそっと吐き出すように言う。
「いやね。私は気になるんですよ。外の世界というのものが。少なくともこの国の人間は生
まれも育ちも此処、一生をこの国で街で過ごしています。でもね……思うんですよ。それは
本当に幸せなんだろうかとね。こうしてぐるりと塀を囲んでその中に街を、国を作って……
街の連中は刑務所の囚人達を閉じ込めて哂ってますが、私にはどちらも実は大差ないんじゃ
ないかって思うんです」
 青年は静かな微笑でじっと耳を傾けていた。
 そしてやがて彼の言葉が止むと、少し思考を巡らすようにしてから応えたのだった。
「そうかもしれませんね。僕は他にも、城壁というか……周りを塀で囲んだ街や国を色々見
てきましたから。中にはここよりもずっと閉じている国もあったし、積極的に僕みたいな旅
人や他国の人間を迎え入れている国もありました。……別に一所に留まっている事が悪いと
は、僕は思いませんよ? 安住できる場所があるのは幸せだとも思います。それに何よりも
僕らは何処でだってコミュニティという枠の中でしか生きていけない生き物なんですから。
貴方は貴方の思うように、居たいと思う場所で日々を営めばいいんです」
「……そうですか」
 彼は暫し考え込むように黙っていた。
 ぽつりと頷いたような、だがまだ消化し切れていないような一先ず感。
「そう、ですね……。内側か外側かじゃなく、自分がどう生きるか……ですか。ありがとう
ございます。参考になりました」
「いえいえ……。こちらこそ」
 それでも安易な諦めではなく、己を受け入れる選択をしたらしい様子。
 丁寧に窓口越しに頭を下げる彼に青年は微笑み返し、
「では。僕はこれで。皆さんもお元気で」
 改めて、その足で一歩また一歩と門を潜りこの国を後にする。

「~……♪」
 旅人は『外側』の世界を闊歩する。
 その目には点々と存在する国が──塀に囲まれた無数の『内側』が映る。
 だがそれはあくまで人間自身が設けた枠組みに過ぎない。大事なのは、枠の是非ではなく
それらを踏まえて自分(と周り)が如何生きていくかにあるのではないか。
 其処が刑務所という文字通りの獄であっても。
 其処が獄を監視するより大きく覆う詰め所であっても。
 其処がしばしば自己完結した巨大な街という閉鎖地であっても。
 我々は、そんな枠組みの中で生きざるを得ないのだから。
 ──いや。
 もっと大きく見ればこの惑星(ほし)も、或いはこの宇宙すらも、同じ“籠の中”に過ぎ
ないのかもしれない。
                                      (了)

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  1. 2011/07/11(月) 22:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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