日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)美談と卑怯の境界線

案外「吐き出し」てしまえば転がってくれるものなのかな……\(^o^)/?

最短執筆記録タイ3日。先日、拙作『Dear SORCERY(以下Dear~)』の二章目をUPしました。
一先ずの全体プロット上、今回で折り返しを迎えます。中編という名の本数稼ぎですね。
どうもこんにちは、気の持ちようで乱高下してしまう長月です_(:3 」∠)_

……何というか。書けるじゃないか(呆)
先日あれだけ筆に手が伸びない~とじたばた四苦八苦していた筈なのに、いざ執筆モードに
入ってみれば何故かしら、結局ここ暫くと変わらぬ──むしろ分量的にもかなり多い方な成
果を弾き出していたりする始末(゚Д゚) やはり創作中毒なんだなぁというか、冒頭の通り多少
押し切ってでも、その時々のもやもやを吐き出せば治るんだといった話なのか……。

何にせよ、お見苦しい;
ブログなんてそんなもんだと言ってしまえばそうなんでしょうが、自分とはしてはクールに
スマートに生きたいので(だから逆説的に実際はそれが出来ていないという訳ですね……)

まぁこの幾許かの高揚感の後は、また例の如く執筆モードの反動もとい疲れが待っているの
であろう訳で。
結局の所、こうやって中の人は相も変わらず浮いたり沈んだりを繰り返し、もさもさ書いて
描いて考え続けるのでしょう。ええ(´=ω=`)


本日、1月17日はあの阪神・淡路大震災が発生した日です。
十九年──気付けばこんなにも時が過ぎてしまいました。当時僕はまだ小学生で、幸い震源
地から離れた場所に暮らしていたため、強い揺れに晒されながらも特に取り返しのつかない
被害というものに遭うことはありませんでした。それでも、日が昇ってからメディアによっ
て報じられた南兵庫の惨状は、幼心に強烈なインパクトを残したものです。

──僕らの知ることのできる「世界」は、いつも伝聞<タイムラグ>を作ってやって来る。
この1.17の時もそうでしたし、それから十六年後の3.11でも、やはり知ることになったのは
何気ない日常を送っていた、その虚を突くようなタイミングでした。
振り返ってみれば、決して他人様に誇れるその後の人生ではなかったけれど、それでもあの
災禍で逝ってしまった人達に哀悼の意を捧げることくらいは……してもいいと思いたい。

だから、ふと違和感……のようなものを覚えてしまったんですよねえ。
先述の通り、今日は震災からまた一年一回りした日付です。だからこそ前日、メディアでは
当時を振り返る人々、人生が変わったと語る人々──特に「ボランティア」に精を出すよう
になった人々をピックアップして夕暮れ時の特集を組んでいたようです。
そのニュース番組が流されていた、居間向こうのキッチンでちょうどごそごそと用事をして
いたんですよ。
今までなら「ふーん」で済んでいた筈の、言ってしまえば今や使い古されてきた“美談”。
その所為なんでしょうか? それとも僕が捻くれ者だから?
とにかく、ふっと思ってしまったのです。

『どうして世間は、ポジティブにアグレッシブに生きようとする人達“ばかり”を取り上げ
たがるんだろう──?』

何をバカな疑問だよ……と思われるかもしれませんが、結構大真面目です。
確かに公共の電波を使ってまで、悲惨だー苦しいよーとうめく人達を流すことには(数字的
にも)抵抗があるのかもしれません。僕ら観る側だって、そういった「よどみ」は精神衛生
的にも見聞きしないに限る……のかもしれません。
でも、やっぱりオカシイじゃないですか。
言い換えればメディアを通じて『語り継いでいる』訳ですよね? 震災で受けた傷、失って
しまったもの。そこから今日に至るまで、その人が周りの人達が如何生きてきたのか。
だからそこにはポジティブでアグレッシブな思いも在れば、同じくネガティブで非アグレッ
シブな思いもたくさんこの世界に満ちてきた筈じゃないですか。
なのに、メディアは人は、前者ばかりを拾い上げている気がする。賞賛している気がする。
確かに後者な話というのは万人を前提とすれば「面白く」はないんだろうけど、だからって
そういう広め方は“卑怯<アンフェア>”じゃないか……。

以前、ミリタリ畑のフォロワーさんとお話(リプ)をしたことがあります。
この雑記にてもいつか引用したエピソードだったと記憶していますが、その方の「何故俗に
言う平和主義者達はあそこまで軍に拒否反応を示すのだろう……?」いった言葉に、当時の
僕は「多分、軍隊アレルギーなんじゃないでしょうか?」「最初の当事者だった人々の記憶
が語り継がれている内にイデオロギーに変質してしまったからでは?」という回答をした事
を覚えています(補足ながら、その時の話の切欠はオスプレイを巡る騒動でした)
……嗚呼、あれと繋がっているのかもしれない。
自分の積み上げてきた思考にちと酔うような、自惚れた感慨かもしれませんが、今回フッと
その時のことを思い出したのでした。「語り継ぐ」こと。その細微と深淵を、僕らは本当に
慮ってこれたのだろうか……?

ある哀しい出来事(体験・思い出)があったとする。
確かにその当事者にとっては(精神的)事実であったのだろう。それらは物理的喪失も相互
作用して本物であり、彼・彼女の後年を左右する記憶になったのかもしれない。
さて、そこで彼らはどうするか?
(僭越ながら)大抵の人間は自分自身の中にしまっておくのではないかと思う。だけど中に
は自分、そして同じような体験を経た人々と巡り合い、探し出し、グループを作る。あの体
験を記憶を思いを「無駄」にしたくないとアグレッシブさに目覚める。
それが、第一次から第二次への「語り継がれ」なのだと僕は思う。
それが全て悪いものだ、とは言わない。少なくとも彼らにとってはきっとそうせざるを得な
かった筈だし、そうした活動によって慰められた・救われた人々だっている筈だ。
……だけども、そこでその「語り継ぎ」を“利用”したい者達が出てくる。
時には支持者と呼ばれる人達、時にはマスコミという権力を握っている人達。
第三次はそこから始まる。大半の「語り継ぎ」はここから一気に加速──拡散する。そして
それらを見た聞いた人達の中からまた影響され、その輪に加わる第四次な面々が現れる……。

後は、数と時勢さえ味方すれば、どんどん膨れていくだろう。時には社会現象となり、世界
に問題提起をする大きなインパクトになるかもしれない。実際、だからこそ声を上げること
が大事なんだという言説は古今枚挙に暇がない。
だけど──それは本当に「正しい」のだろうか? そう僕は思ってしまったのです。
膨れ過ぎなければ、そうした語り継がれ、共有された思いが(美化──変質させられ)所謂
イデオロギーと化さなければ、と予防線を張れば何とかなると言われるかもしれません。
でも……これもまた捻くれ者の性なのか、僕は“そんな程度”で僕ら人は踏みとどまれやし
ないんだよって、思ってしまう。
貴方だって少なからず見に覚えがある筈だ。○○憎し、その思いによって人々が纏まり、彼
らのその“敵”を倒すことへの執念というものの凄まじさやら暗いよどみっぷりと言ったら。
更にただ一つ首を獲っただけでは飽き足らず、今度はこの空位を巡って(何処からともなく
やって来た連中が)争う。だけどまた時間が経てば、きっとその勝者が“敵”になる──。

「語り継ぐ」って、そういうことなんだと思うのです。
思いを胸に抱いてより良く生きようと思うこともあるし、同じくらい自分をこんな苦境に追
い遣ったもの達への憎しみで鬱々とすることだってある筈で。
なのに前者だけを取り上げるなんて卑怯だ。アンフェアだ。結局それは「加工された美談」
に過ぎなくて、きっと本来原初に想った誰かとは歪み異なってしまっている。
そんなやり口のこすさが、多分僕の抱いた違和感の正体なのかもしれない……。

善は細微に渡って行われなければならない、なんて云いもある。
もしかしたら原初通りの思いが受け継がれているケースだってあるにはあるんだろうけど、
やはり目に付くのは美談で。とかくこの世間様を覆って久しい“ポジティブ教”の教材群に
加わるだけの末路になっているような気がする。

こんなことを言うと(言っているから)だからお前は根暗なんだ、後ろ向きなんだ、内向き
なんだって言われるんだろうけど。
でも誰かがその魂にすがって訴え掛けてくる言葉を、そんな簡単に「まとめ」て「削って」
しまっていいものなのか? と僕は思う。本当に彼らに“寄り添う”べきだと言うのなら、
自分の意思で自分の力で彼ら原初の人の下へいき、直接聞く──それくらいの胆力というか
“覚悟”がないとお互いに哀しみばかりが残ると思うから。

ボランティア礼賛? さぁ一緒に闘おう? 余計なお世話だ。

人間ってのは、あんた達が考えてるよりずっと浅はかで……だけどすっごく「重い」んだ。

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  1. 2014/01/17(金) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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