日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅳ〔46〕

 当初人々が抱いていた予想の遥か上を往き、大都(バベルロート)は“結社”の手に落ち
てしまった。
 最外周の城壁を残し、文字通りくり抜かれるように消え去った──巨大な空間結界に呑み
込まれた大都の街並みと人々。
 それは此処、元第二隔壁南部だったこの場所も例外ではない。
「──回線はまだ繋がらないのか?」
「は、はい。滅茶苦茶ですよ。結社(れんちゅう)ってば、一帯のストリームを根こそぎ弄
り回したみたいで。小手先の挿げ替え程度じゃあ、とても……」
 場にいたのは“正義の盾(イージス)”所属の一個大隊。数にしておよそ一千。
 隊を率いる指揮官の片割れ、将校スタンロイはそんな機材を前にお手上げ状態の魔導兵ら
を見、静かに眉間の皺を寄せていた。
 この場この結界内の誰しもが抱いているであろう、焦り。
 だが己が無力さを併せたそんな感情を、末端の部下達にぶつける訳にもいかない。
「……そうか。頼む、できるだけ急いでくれ」
 踵を返し、大柄な身体を包む軍服を揺らし、スタンロイは屈み姿勢から立ち上がると一旦
彼らから離れた。足を向けたのはもう一方、こちらに背を向けて部下達と何やら話している
相棒の方だ。
「チッ、やっぱりか。すぐ戻ってくるように伝えろ。友軍からの支援が望めない以上、敵に
知られてしまっては全滅すら招きかねない」
「はっ!」「すぐに」
 スタンロイのような大柄ではないが、軍服の上からもその引き締まった身体が窺がえる男
だった。両手を腰に当てて仁王立ち。彼は報告に来たらしいその数名の部下達に指示を飛ば
し、そのままついっと無機質な灰色の空を見遣っている。
「デュゴー」
「ん? ああ、スタンロイか。回線の方(そっち)はどうだった?」
「駄目だな……。復旧にはまだまだ時間が掛かってしまうらしい」
 呼び掛けられて振り返ったのは、濃いめの人相。
 同じく同隊の指揮官でスタンロイの相棒、デュゴーだ。ただ書類の上では彼が指揮官でこ
ちらが副官という扱いになっている。更に付け加えるならば、二人はシノ達がダグラス一行
の来訪を受けた折、割って入ろうとしたダンに立ち塞がった側近その当人らでもある。
「……そっかあ。こりゃあいよいよどん詰まりだな。さっき遣ってた偵察要員達からの報告
が来たんだ。予想通り辺り一面、石の廊下と塔ばかり。加えてあちこちで“結社”の軍勢が
睨みを利かせてるんだとよ。精霊伝令も試したが……案の定沈黙してる。この結界の術者に
潰されてるんだと思うが……」
 ガシガシ。デュゴーは半端に逆立った髪を掻き毟りながら呟いていた。
 ふむ。スタンロイも口元に手を当てて沈黙する。
 やはり“結社”達の狙いは、自分たち武力ある者らを分断することなのだろう。
 ──邪魔されたくない。
 こんな大仕掛けを打ってまで、彼らが成そうとしていることとは……?
「王達が心配だな」
「長官達もな。あの人のことだから真っ先に助けに向かっていると思うんだが……如何せん
他の隊がどうなってるか分からねぇからな……」
 言って、二人はどちらからともなく空を仰いだ。
 いや──じっと、すぐ近くでそびえているある建物を見上げていた。
 志士聖堂。ゴルガニア帝国時代末期、かつて英雄ハルヴェートらが反撃の狼煙を上げ解放
軍を立ち上げたとされる教会。今建っているものは大戦後復元されたものだが、それでも歳
月の経過は如何ともし難く、歴史に思いを馳せるマニアでもない限りそう多くの人々が足を
向けることもなくなった史跡もとい記念館だ。
「……」
 相棒と共に、デュゴーはそんな、一見物寂しげな箱型の家屋を見上げながら思った。
 今回、自分達が命じられたのは此処の警備。
 妙だなとは思った。確かに歴史的には大切な場所なのかもしれないが、一個大隊を投入し
なければならない程の案件なのか。
「あの。デュゴー大佐、スタンロイ大佐」
「やはり、ここは多少リスクを取ってでも急ぎ友軍と合流した方がいいのでは……?」
 だが今は違う。暫し聖堂を見上げている自分達をみて不安になったのか、部下達がおずお
ずとそう行動を促してみようとしてくる。
「……いや、それは取らない。少なくとも回線が繋がるまでは待機する。そもそも俺達の任
務は此処なんだ。加勢に出るにしたってお互いの状況が把握できないこの状態じゃ、却って
味方の足を引っ張りかねない」
「焦る気持ちは我々とて同じさ。だが分断された中で戦い、お前達を失うような状況があち
こちで起これば起こるほど、それは結社(れんちゅう)の思惑通りになるだろう?」
「そういうこと。……そうホイホイ、犬死させる訳にはいかねぇよ」
 デュゴーが肩越しに、そしてスタンロイがそっと諭すように言った。
 部下達は頷きながらも、しかし本心までは同意に染まり切ってはいないようにみえた。形
こそ敬礼のポーズを取っていたが、表情は硬い。待機の列に戻っていく者、回線の再設定に
四苦八苦している者、或いは偵察に出て入ってをしている者。そんな面々の息遣いを、ただ
この空間の無機質さはひたすらに揉み消している。
(この街はハルヴェートゆかりの地。んでもって此処は更にピンポイントな場所……)
 デュゴーは思い返す。サミット開幕前、この任務を言い渡された時、相棒と共にダグラス
から告げられたある話のことを。
 結社(やつら)の狙いが“あれ”だというのなら、確かに此処は……。
(……何にしても滅茶苦茶だ。その為に世界に喧嘩を売ろうだなんて、馬鹿げてる)
 そう思って密かに嘆息を吐いた。やはり連中の思考というものは理解できない。
 だけども彼らは今現実にそれを実行に移している。英雄ゆかりの地に、数え切れないほど
の暴力を携えて荒らしに来ている。

 大きく構えているようでも、その内心はより深い悲劇を想起してはざわめいていた。
 そびえる石の摩天楼の頂。
 この時それは、まだ何一つ異変を起こしてはいなかった。


 Tale-46.暗き自由への闘避行

 ゾルゲの、巨人族(トロル)の身体が宙に弧を描きながら沈み込んでいく。
 サフレ渾身の一撃がその鉄壁を砕いていた。周りにいた“結社”の兵達は落ちてくるその
影に慌て、隊伍もそこそこに散り散りに逃げ出す。
「や……やったあ!」
「凄ぇ……。ほ、本当にあいつらを倒しちまった……」
「よ、よしっ。今がチャンスだ! 総員、残りの奴らを囲い込めっ!」
 一方、歓喜の声を上げたのは言うまでもなく守備隊以下連合軍の面々だ。
 頭目を失って狼狽する“結社”達とは対照的に、彼らは今こそ好機と言わんばかりにこの
残存兵らを掃討しに掛かり出す。
「ぐっ……」
「マスター!?」「サフレ!」
「……大丈夫だ。流石にこれだけの威力を扱うとなると、消耗も相応のものらしいな……」
 乱れた“結社”達の隊伍の隙を突き、味方の兵達があちこちで彼らを取り囲むようにして
倒し、確保している。
 サフレはその左腕に纏った武装の顕現を解除し、思わずふらついて尻餅をついていた。
 慌ててマルタが、ジーク達が駆け寄ってくる。だが当のサフレ本人は息を荒くしながらも
そう苦笑いを漏らすだけでこれを制し、霊石を一つ胸元に押し当てる。
 マナの結晶は溶け出すように輝いていた。
 だがそれも数秒のこと。気が付けば彼の手の中にあった霊石は綺麗さっぱりに消え去り、
代わりに彼を十二分に回復させる。
「……霊石さまさまだな」
「ああ。自分で言うのも何だが、用意し来て正解だったよ」
「ですねぇ。あとで皆さんにもお裾分けしましょう」
 一度深呼吸をして、サフレは再び立ち上がっていた。ジークも一旦得物を収め、マルタも
笑みを浮かべてぽんと両手を合わせている。
 先ず一つ、障害は排除された。残る雑兵もこれだけ味方が増えれば何とかなるだろう。
 だがまだだ。むしろこの先、ここからが自分達にとって──。
「やったわね、ジーク。サフレ君もあんな奥の手を隠していたなんて」
 ちょうどそんな時だった。進撃方向からみて後列、ジーク達の後方からリュカ達が追いつ
いてきた。リュカにオズ、ぞろぞろと味方の兵士達。加えてそこには飛行艇から降りて来た
レジーナとエリウッドの姿もある。
「そっちこそ。怪我してねぇか?」
「私達ハ大丈夫デス。負傷者コソ友軍ニ出テイマスガ、全員医務班ノ処置下ニアリマス」
「それよりも、例の物は見つかった? 私達が倒した子からは見つからなくて……」
「話はヴァレンティノ殿より聞きました。通行手形……のような物があれば、私達も結界の
中に入れる筈だと」
「ああ……。そうだったな」
 茜色のランプ眼の横で、そうリュカが真剣な面持ちのまま言った。一緒についてきた兵士
達も逸る気持ちを抑え込みながら促してくる。
 そうだった。のんびりと話し込んでいる暇はない。ジークはサフレ・マルタと顔を見合わ
せると、早速倒れたままのキリウス・ゾルゲ両名の下へと走った。
 白目を剥いて動かすのも難しい大きな身体に苦戦しながらも、サフレとマルタが懐へよじ
登ろうとしている。ジークもちらとそんなさまに横目に遣り、辺りに折れた剣を撒き散らし
てやはり白目を剥いているキリウスの懐を探る。
「……ッ! リュカ姉!」
 程なくしてそれは見つかった。リュカら仲間達は勿論の事、“結社”の残存兵を確保した
各部隊の面々もめいめいに合流しては集まってくる。
 ジークはリュカに、この蟲人の剣士から抜き取ったそれを渡した。
 一見すると、カードのように見えた。
 金属質の、薄い長方形のカード。門外漢のジークには分からないが、どうやらその表面に
は複数行に渡りルーンらしき文字列が打ち込まれてあるらしい。
「……間違いないわ。これよ」
 暫し渡されたそれを検め、リュカは力強く頷いた。
 瞬間、わぁっと沸く周りの面々。彼女の推理の通り、結社(れんちゅう)は結界の内外を
結ぶ手段──通行手形を持っていたのだから。
 そうなると、次に取るべき行動は決まっている。
 リュカはこの手形──カードキーを再びジークに渡すと、周りの皆にもちゃんと聞こえる
ようにして言う。
「これを持って結界のある場所、城壁の向こうに行って。そこで使ってやれば結果内への道
が開かれる筈よ。形はカードだけど魔導具の一種には違いないから、ルーンの部分にマナを
込めてやれば貴方でも使えるわ」
「要するにこいつを錬氣してやりゃあいいんだな? 分かった。任せとけ」
 一度カードキーに目を落として、しかし力強く頷き返してジークは言った。
 ゾルゲを撃破した直後に比べ、敵の残存兵力は随分片付けられたようだ。今も見渡せる限
りあちこちで、倒されたり捕縛されたりしているオートマタ兵や覆面の戦士達の姿が確認で
きる。
「……それでなんだが。エリウッドさん、レジーナさん」
「うん。分かってる」
「此方のことなら任せておいてくれ。救出した人々は、僕らが責任を持って避難させるよ」
「大丈夫。手筈通り、こっちに追いつく前にお偉いさん達と話はつけておいたからさ。あり
ったけの飛行艇やら鋼車やら、出してくれるって」
「……。そうッスか」
 ジーク達の憂いはそこだった。仮にこの先──大都(バベルロート)中の人々を解放でき
たとしても“結社”の魔の手から逃せなければ意味がない。だからこそ今ここにいる兵力全
てを突入させる訳にはいかなかった。……尤もジーク自身、端から巻き込む者達は最小限に
留めておきたいという思いがあったのだが。
『──』
 レジーナ達に見送られて、ジークらは妨害する者のいなくなった城壁を越えた。
 本来ならば大都六百万の人々が暮らす姿があった筈だが、今は瓦礫一つ無い巨大な空き地
へと変貌している。ぞろぞろとついてくる友軍。ジークとその仲間達は、今一度彼らに振り
返ると、叫ぶ。
「準備はいいな? これから俺達は結界の中に突入する。言うまでもなく俺達の目的は捕ま
った人達全員の救出だ。敵の数はさっきの比じゃねぇだろうが、避けられる戦いはできるだ
け避けて進んでくれ!」
「それと道中、可能限り中にいる味方達にも通行手形(カードキー)のことを伝えて。敵の
全員って訳じゃないだろうけど、内部にも同じく所持している奴らがいる筈。それをこちら
が回収できればできるほど、生存率は跳ね上がるわ」
「そして結社(れんちゅう)の魔人(メア)に直接挑むようなことはしないこと。奴らは強
敵だ、僕らでも勝てる保証はない。中でも特に……黒騎士風の大男には注意してくれ。あれ
には理性が無いと思われる。何よりも人々の救出を最優先して、全力で逃げるんだ」
 応ッ! 救出部隊の面々が力強い声を返した。
 リュカにサフレ、マルタにオズ。ジークは再度この仲間達を見遣ると、後ろに向き直って
その手に握ったカードキーに力を込める。

 結界──迷宮内の下層では、まさに人の荒波が唸り続けていた。
 絶え間なく響き渡るのは人々の重なりもつれる足音、助けを求める叫び声。六百万プラス
アルファの心と体が逃げ惑う姿がある。
「逃がさないよ~!」
 そんな人々を、千差万別、魔獣の群れが執拗に追いかけていた。
 率いるのは一見すると幼い少女──“結社”の魔人(メア)が一人、エクリレーヌだ。牙
を剥き、獰猛な眼を滾らせる怪物達すらも、彼女にかかれば従順な僕と化す。
 そんな魔の軍勢を、逃げる人々から庇うように、傭兵・各国軍の兵達が入り乱れて幅広の
肉壁を作っていた。一人で足りないなら二人、二人で足りないなら三人四人。彼らは必死の
形相で武器を振るい、突き出し、迫る魔獣達を何とかして止めようとしている。
「……やれやれ。死守って奴かい? スマートじゃないね」
 だが魔人(メア)はもう一人いた。
 纏った青紫のマント、気障ったらしい言動。氷を操る魔剣士・フェイアンだった。
 魔獣達とはまた別に配下の兵らを率い、並走。彼は飄々としながらも半ば霞みかけるよう
な速さでこの肉壁(もりびとたち)へと迫る。
「──ガッ!?」
 流れるようにスマートに。かわす暇さえ与えなかった一閃は、加えて巨大な冷気を纏って
襲い掛かっていた。
「こ、凍っ……!?」
「痛でぇ! 痛で……冷てぇ!」
 一瞬で防御陣の一角が崩され、そこにいた兵らがごろごろと地面を転がっていた。
 ただ斬られただけではない。凍てついていた。傷口は勿論、その周り、或いは全身に至る
まで。彼らは一瞬にして冷気の剣技にやられ、苦しみながらも満足に動けない。
「くっ!」
「お、おい! 待──」
 それでも退かぬ勇猛な者達は少なくなかった。いや……実情、蛮勇というべきか。
 突撃してきたが故に半ば囲まれるようになっていたフェイアンに向け、他の兵達が剣を振
りかざし、銃口を向け、反撃しようとしていた。
 だが当のフェイアンは嗤っている。スッと彼らに流し目を寄越し、刹那、目視できない速
さで一陣の風が円状に駆け抜ける。
 ……またもや冷気だった。そう彼らが悟った時にはもう既に遅く、彼らは一網打尽に凍ら
され、白目を剥いてゴンッと地面に倒れ込むしかない。
「もう~! フェイちゃん、気を付けてよー。こっちまで寒い寒いなっちゃうよ~」
「ああ……。すまないね」
 追いついてくる魔獣達の群れ、その巨大な獅子のような一体に乗ったエクリレーヌが頬を
膨らませて叫んでいた。
 しかしフェイアンは相変わらず気障に笑うだけだった。
 ざらり。尚も冷気を纏い続ける剣を一振りし、
「……さっさと、殺さないとね」
 ただそう、刀身に瞳を映している。

「──ま、拙いですよ! ユーティリア殿!」
 そんな防衛陣形が一波また一波と崩されるのをみて、ユイが焦っていた。
 隣に立っているのはシフォン、そしてブルートバード及びトナン近衛隊の面々。ダンに後
事を任され迷宮下層にいた戦力と合流したシフォン達は、先刻から魔人(メア)二人を加え
た“結社”達の追撃から人々を守らんとしていた。
 背後には逃げる大都の市民。前方には、着実に切り崩されていく同胞達。
 以前と同様、ユイは魔導具“不視錯装(インビジヴル)”で不可視とした剣を構え、この
敵勢を見遣っている。
 だが一点、彼女には間違いなく変化があった。
 恐れである。トナン内乱、自身の鮮血をも厭わなかったジークとの交戦、そして何よりも
魔人(メア)という常人では先ず敵わない強大な存在──。そんな彼女の切っ先は、半ば無
意識の内に震えていた。
(さて。どうしたものか……)
 ちらりとそんな若輩の副隊長を横目にし、シフォンは弓を片手に目を凝らしていた。
 そっとその得物を持ち上げる。迫ってくるフェイアン・エクリレーヌ両名をその視界の中
に収めようとする。
 彼女と同様、彼らの強さ恐ろしさは自分も身に染みて味わっている。正直イセルナやダン
もいないこの状況で──あの友も知れぬ状況で、太刀打ちができるものなのか?
 それでも……止まらない。氷の角柱群と魔獣達の突進が、とうとう五列目の防衛ラインを
越えていた。
 これ以上の切り込みを許していれば、奴らの射程が後ろの彼らに届いてしまう。
 だが、今度は一体何処に逃がす?
 ここは“結社”の張った空間結界の中なのだ。元より出口など用意されている筈もない。
それを分かっていて一纏めに彼らを誘導したのは……間違いだったのだろうか。
(間に合わなかった、のか?)
 弓を番えていた。マナの矢が一本から十本、十本から百本に膨れ上がる。このまま散弾と
して放つか、巨大なそれにするか。だがこの一発で奴らがどうにかなるとは考え難い。
 それでもシフォンは迎え撃つ覚悟を決めていた。クランの仲間達、ユイやトナン近衛隊の
面々もごくりと息を呑み、各々の得物を握り締めている。
 魔獣の群れが迫っている。冷気を振りまきながら魔人(メア)の剣士が迫っている。
 鮮血、悲鳴、残響。
 ぎりぎりまで引き付けられたシフォンの矢は、今にも放たれようとし──。
『おぉぉぉぉぉーッ!!』
 その瞬間だった。シフォン達と“結社”達、その双方にさも割って入るかのように、突然
灰色の中空が洞(ほら)が開くように沈み込んだのだ。
 聞こえてきたのは多数の雄たけび。飛び出してきたのは武装した幾人もの兵達。
「……ぬっ?」
 そしてシフォン達は確かに見た。そこには、その先頭にはジークとリュカら、出奔の際に
同行して行った仲間達がいたことを。
 ジーク達はすぐに状況を理解したようだ。どちゃどちゃと着地しながらシフォン達と背後
の市民、迫ってくるフェイアンらを見て、誰にから言われずとも立ちはだかったのだ。
「──紅梅ッ!」
「──来い、石鱗の怪蛇(ファヴニール)!」
「──騎士団(シュヴァリエル)!」
「──ま、戦歌(マーチ)っ!」
「──閃滅砲(レーザーカノン)、発射」
 巨大に膨れ上がった紅い斬撃と岩蛇、無数の白い騎士達と機械の掌から放たれた閃光。
 更にマルタによる強化が加わって、迫っていたフェイアンらは瞬く間にその攻撃の渦に呑
まれていったように見えた。事実、あまりに突然で強烈な出来事にぽかんとしている兵達の
前で、彼ら五人とついてきた多くの者達が、大きく舞い上がった爆風の真正面に立っていた
のだから。
「……ジーク?」「お、皇子!?」
「よう。無事だったか?」
 だがあまりぼうっとはしていられない。
 ややあってハッと我に返ったシフォン達は、信じたくとも信じられないといった様子で彼
らの下へと駆け寄ろうとする。ざわざわ。それが何を意味するのか、他の傭兵・各国軍らも
気付くに至ってざわめき始めている。
「そうか……生きて、いたんだな」
「ああ。悪ぃ、ちゃんと伝えられなくて。こっちも色々あってよ」
 半身を返して苦笑する共に、シフォンは小さく首を振って同じような表情を返していた。
 これでも冒険者のイロハを教え、酒を酌み交わし、友となった青年である。フォーザリア
の一件からどう生き延びたのかは分からないが、間違いなくこうして彼は彼らは生きていた
のだ。そして──自分達を助けに来てくれたのだ。
「でも一体どうやってこの中へ? ここは空間結界なのに……」
「ああ、それなら」
「通行手形(カードキー)があったんです。外で城壁を守っていた“結社”達を倒して手に
入れました。きっと内部(こちら)でも同様の物を持っている者達がいる筈です。それさえ
あれば、私達のように結界を出入りすることができるようになる──」
 シフォンの問いを皮切りに、ジーク達は早速これまでの状況を伝えた。
 知っての通り大都が“結社”によって丸々空間結界に呑まれてしまったこと、けれど彼ら
も内外を繋ぐ手段が必要である筈と考え、実際にその機能を果たすツールを使って皆を助け
に来たこと。そして外ではレジーナとエリウッド、避難準備をしてくれている味方達が待機
している、早く人々を逃がしてやってくれという指示。
 シフォン達は頷き、そして少なからず安堵の表情を浮かべた。
 見ればまだ結界に開いた風穴──脱出口は開いている。ジークは持っていたカードキーを
シフォンに託し、面々は市民らを誘導し始めた。
「オズ。お前はここに残ってくれないか? シフォン達と一緒に皆を守ってやってくれ。俺
達はまだ母さんやアルス達を助けて来ないといけねぇ。……シフォン達のことは分かってる
よな? クランの皆とか、味方の話はしたろ?」
「ハイ。記録状態ハ万全デス。デスガ宜シイノデスカ? 戦力ハ少シデモソチラニ割リ当テ
タ方ガ……」
「かもな。でも俺達の一番の目的は助けることで、ドンパチやることじゃねぇよ。気持ちだ
け受け取っとく。それに……捕まってる中にはアルスがいるんだ。あいつがこの状況で何も
しないで大人しくしてるなんて、思えねぇしな」
 そしてオズは一旦ジーク達と別行動を取ることになった。
 目的はシフォン達のサポート。戦闘用キジン一体だけでも戦力は飛躍的に増すだろう。
当の本人はマスターであるジーク達の身を案じたが、それでも彼はそうニカッと不敵に笑っ
てみせて言う。
「……あ、あの。ジーク、皇子」
「うん?」
「その、こんな所で謝罪するのも不躾かと思うのですが……その、内乱の際は本当に申し訳
ありませんでした! あの時、貴方さまがシノ様のご子息だとはつゆ知らず……!」
「……あ~、どっかで見た顔だなと思ったらサジのおっさんの娘か。いいよ、気にすんな。
もう終わったことだ。おっさんとも仲直りしたんだろ? それよりも今は……目の前のこと
に集中してくれると助かる」
「ぁ。は、はいっ!」 
 だが、そう意を決して話しかけてきたユイを何の気なしにあしらい、ジーク達四人とその
他大勢という二手に分かれようとしていた、その時だった。
「……そう、はっ、させないぞっ!」
「うぅぅ……。ボロボロだよぉ~……」
 ジーク達の反撃によって瓦礫の山になっていた向こうから、冷気の蛇と数体の大柄な魔獣
がその蓋を弾き飛ばしていたのだ。
 フェイアンは乱れた髪を服の汚れを拭い、エクリレーヌはけほけほと咽ながらも失ってし
まった配下の魔獣達(トモダチ)を想って涙を浮かべている。
「チッ──」
 もう少し、時間稼ぎが足りなかったか。ジーク達は慌てて振り返り、これと対峙する。
 人々の避難は続いていた。今攻撃されるのは宜しくない。
 二刀、弓、槍にハープに機巧の武装。或いは剣や銃といった諸々の武器。
 尚も倒れないこの魔人二人(きょうてき)に、ジークら場に集い生き残った者達全てが、
その得物を握り締めて必死に立ちはだかろうとする。
「……ん?」
 しかし二度目の衝突は起こらなかった。次の瞬間、フェイアンの頭上から突如何者かが飛
び降りるようにして襲ってきたからである。
 影が差し半ば反射的に空を仰いだフェイアンに、鋭くも重い斬撃が振り下ろされていた。
 だがそれだけではない。咄嗟に彼がこの一撃を剣で受けた瞬間、まるでそれが点火の合図
とでもなったかのように辺りを巻き込んで大きな爆発が起こったのだ。
「な、何だ……?」
『──♪』
 ジークが、場の面々が突然のことに目を瞬いている。
 それでも第三の横槍は更に続いた。濛々と立ち込める土埃。その中に誰かがいるのを一同
が見つけ始めたその瞬間、急にめいめいの武器という武器が目に見えない力に引っ張られ始
めたのである。
 ジークがサフレが、思わず飛んで行きそうになった得物をぐっと押し留めた。
 だがそれでも引っ張り去られた武器は少なくなく、それらは全て土埃の向こうの主へと引
き寄せられていく。
『──インパクトっ!』
 それは、さながら鉄屑でできた巨大な拳のようだった。
 銃や剣といった金属質の武器。それらが見えない力で組み上げられたかと思うと、その拳
は真っ直ぐにもう一人の魔人(メア)──エクリレーヌとその配下の魔獣達へと直撃する。
 ……轟音と共に、土埃の塊が二つに増えた。
 一方は、焦げて更に服装の乱れたフェイアンと鍔迫り合いをしている、身長大の大剣を振
り下ろした腹筋バキバキの半裸に軍服を羽織った大男。
 もう一方は、先程の鉄屑パンチを腕に装着──纏わせてにんまりを笑っている、小柄だが
負けん気の強そうな軍服の女性だった。
「グレン・サーディス、ライナ・サーディス……」
 フェイアンが、それまで見せたことのない苦しげな表情をしながら声を絞り出した。
 そしてその発言でようやく一同は状況を把握することになる。ぽかんとしている、その中
の一人であるジークの傍で、サフレとシフォンが呟き出す。
「サーディス兄妹? 正義の剣(カリバー)長官の、魔人(メア)三兄妹か」
「二人、だね。長兄の──“赤雨(せきう)”のヒュウガの姿が見えないが……」
「正義の剣(カリバー)? じゃ、じゃあ、あいつらは一応味方ってことに、なるのか?」
「……おう、そういうこった。何か急にド派手になったなーと思ったら、生きてたんだな。
ジーク・レノヴィン」
 鍔迫り合いから弾き返す動作へ。再びフェイアンを、一発目よりは大きくない爆発で冷気
ごと吹き飛ばしつつ、肩越しに振り向いたグレンが言った。石壁にめりこんでふらついてい
るエクリレーヌと魔獣達を見遣りながら、ライナも兄のそれに続く。
「ふふ、面白くなってきた♪ そーだよ。こいつらはあたし達に任せなさい。王達ならずう
っと上──此処の天辺にいるみたい。前に爆発があったから、向こうでもドンパチやってる
かもだけど」
「……分かった、そっちは俺達が助けに行く! あんたらはここの皆と一緒に避難させてる
人達を守ってくれ!」
「それと、外には複数の黒騎士がいる可能性があるわ。トナンでアズサ皇を殺した、あの鎧
騎士よ! どこまで自律駆動しているのかは分からないけど、私達が来た北門以外には極力
近付かないで!」
「鎧……? ああ、報告書のアレか」
「オッケー、任せといてよ。こちとら無敵の正義の剣(カリバー)さんですよーっと……」
 言いながら大剣を、鉄屑の拳を振りかぶり、二人は快諾してくれた。
 加えて配下の部下達なのだろう。上階の下りの石廊から彼らと同じ軍服姿の兵達が大挙し
て駆け下りて来ていた。
 妙に不遜──不敵な物言いだが、その肩書きと見せ付けられた実力は確かなものだ。
 気を取り直し、ジーク達はシフォンらと顔を見合わせた。
 
“皆を頼む”
“そっちもな”
 
 これ以上多くを語らずとも頷き合い、守る力を託した四人は、そんな更なる加勢と入れ違
うように長く延びる石廊を登り始めていく。

『……』
 そんな下層の、ジーク達の結界突破を、上層の“教主”達は程なくして把握していた。
 淡い紫の光球を静かに点滅させている“教主”、少なからず忌々しいと表情を歪めている
使徒達。ふむ……。そんな中でルギスは光らせた眼鏡、竦めた肩で嘆息をついてみせると、
見上げた先の“教主”に問う。
「狂化霊装(ヴェルセーク)達を向かわせましょうカ?」
『そうだな。だが外はもういい、内(こちら)に呼べ。まだ我々には時間が必要だ』
 映像を映す光球を一同で眺めながら“教主”は言った。
 仰せのままに──。ルギスは恭しく片手を胸元にやって低頭してみせると、早速腕に嵌め
た装置らしきものを操作し始めている。
「……」
 そんな連中(かれら)の様子を、アルスはずっと見上げていた。ずっと考えていた。
 傍らでエトナが不安そうにあちらを、こちらを見て、じっと口をへの字に曲げている。
 多分それほどに自分が怖い顔をしているのだろう。そう思ったが、アルスの思考は先刻か
らずっとこの最大速度で回り続けている。
(兄さん達が、こっちに来る)
 状況は少しずつ変化しているようにみえた。少なくとも全くの密室だとばかり思っていた
この結界を破り、突入してきた事実は、何かしら内と外を結ぶ脱出口が存在することを示唆
している。
 それでも……楽観視はできなかった。
 問題は二つ。魔人(メア)やオートマタ兵達に囲まれたこの場からどうやって脱出するの
か? 何よりも母やトナン政府の皆さんや王達──これだけの大人数をどうやって安全且つ
できるだけ一手に避難させ、ずっと階下に在るであろう脱出口まで到達するのか?
 兄達を、今もこの結界の何処かで奮戦してくれている誰かを待っていれば助けが来るのか
もしれない。だがそれでは遅いのではなかろうか。……いや、その筈だ。敵だってそんなに
悠長に待ってくれるとは思えない。
『リュウゼン、上層一帯を閉じ込めろ。王達を逃がすな。登って来るであろう連中にも手を
出させるな』
「了~解」
「──っ!?」
 そんな時だった。アルスの耳にそう“教主”の部下への指示が届いていた。
 対策を打たれる……。だがそれ以上にアルスの脳裏を駆け抜けたのは、まさに電流のよう
な閃きで。
「ア、アルス?」
「誰か! 誰か、皆さんの中で冥魔導に秀でた方はいらっしゃいませんか!?」
 くわっと、目を見開いた相棒に驚くエトナに応える余裕もなく、アルスは次の瞬間大急ぎ
で振り返るとそう場に避難して(あつまって)いた一同に訊ねた。
 いきなり何だ? 皇子の様子が変だ……。確かに戸惑いこそあったが、それでも王やその
お付きの者達が互いの顔を見合わせながらおずっと答えを返す。
「この中で冥魔導の名手といえば……」
「“夜殿主”どのですよね」
「ええ……確かに私にとっては十八番だけど……。いきなりどうしたっていうの?」
 名声、推挙。周りの面々が示し、当人も認めたのは四魔長の一人・ミザリーだった。
 進み出ながらも少なからず怪訝の表情(かお)。だがアルスはその人材が見つかったこと
で早速動き出す。
「頼みがあります。これから──」
「……。えっ? た、確かに不可能じゃないけど……」
 “結社”達に聞こえないよう、アルスはミザリーの傍に寄ると何やら耳打ちをしていた。
 暫し伝え、そっと離れるアルス。その内容に驚愕の反応をみせるミザリー。
 だがアルスは既に自身のプランにゴーサインを出していた。向こう側の頂ではリュウゼン
が身につけた魔導具に力を込め始めている。
 躊躇っている暇はなかった。今ここでやらなければ、もっと脱出が難しくなる……。
「お願いします、三小刻(スィクロ)で構いません! 奴らの動きを止めてください!」
 次いでアルスは叫んだ。皆に請うた。自身もエトナに呼び掛け、強化(コーティング)し
たマナの手術刀(メス)らを大きく振りかぶり始める。
「うん? よく分からんが……了解だ!」
「ん……。銀律錬装(アルゲン・アルモル)──鎖龍(ドラグチェイン)!」
「いいぜ! はは、やっぱレノヴィン兄弟(おまえら)は只者じゃねぇよ!」
 セドの“灼雷”が、サウルの水銀の龍が、弓に形態変更(モードチェンジ)させたファル
ケンのヴァシリコフがそれぞれ向かい塔の“結社”達を狙い撃った。
 それらを、連射される剛の矢は戦鬼(ヴェルセーク)が叩き落し、襲い掛かる水銀の龍は
グノアのレーザーが穿つ。
 それでもこの三人、及び魔導の使える幾人らからの攻撃全てを防げる訳ではなかった。
 アルスとエトナが振り抜いてくる強化鞭はフェニリアの炎とセシル・ヒルダの瘴気が燃や
し溶かしたが、飛び散る“灼雷”などの余波はリュウゼンと彼を護衛するヘルゼルのすぐ足
元にまで届かんとし、その集中を阻害する。
「ちっ……。何度も何度も無駄な──」
「そうでもないぞ?」
 だがそれでアルス達の目的は半分達せられたのだ。リュウゼンが『天地創造』に集中し直
そうとする中、ぽつりと代表してハウゼンが呟く。
 そこで“教主”達はようやく気付いたのだ。
 彼ら王達の避難した石塔の頂、その端に向かって……ミザリーが詠唱を完成させたのを。
「盟約の下、我に示せ──無明の闇沼(ブラックホール)!」
 現れたのは巨大な、沼のように粘り気を帯びて蠢く、底なしの闇だった。
 しかしルギスを始め、魔導に詳しい使徒や“教主”は、焦りより先ず怪訝の表情を浮かべ
ていた。
 あれは本来、全てを呑み込む攻守一体の高位魔導だ。それを何故、こちらにではなくあん
な何もない空中に撃ったのか……?
「今です、皆さん!」
 だがその答えはすぐに悟らされることになる。
「その中に──飛び込んでください!」
 魔導の完成を確認すると、肩越しに振り向いたアルスはそう王達に叫んだのだから。


「第七陣、来たぞー!」
「搬送急げ! くれぐれも結社達(れんちゅう)とは一緒くたにするなよ!」
 ジーク達の奮闘によって開かれた脱出口(かざあな)は、即ち外で待機していた者達によ
る大仕事の始まりでもあった。
 次々に結界内から救助され、姿をみせる大都の人々。
 そんな彼らを守備隊以下各国の軍、レジーナやエリウッドが励まし誘導し、これまた忙し
なく横付けされる鋼車や飛行艇に乗せると遠く大都より避難させていく。
 幸い、尚も話にあった“黒騎士”たちが追って来るようなことはなかった。先刻までこの
北城門(ゲート)に立ち塞がっていた“結社”の兵達も、今はすっかり捕らえられ市民達と
は別ルートで移送準備が進んでいる。
 ──結界内(なか)の結社(おやだま)達も、人質を絞り始めたのかもしれない。
 連合兵たちは決して口には出さなかったが、数多い市民よりも各国にダイレクトに影響を
与える王達を死守するよう奴らがシフトしているのではないか? という思いはあった。
「皆さん、見えるでしょうか? 市民です! 大都(バベルロート)の市民の皆さんが今、
続々と救助されています!」
「ジーク皇子率いる救助部隊が結界内に突入しました。統務院と“結社”の戦いは……これ
からが正念場を迎えそうです」
 見えた一縷の希望。しかし真の奪還は始まったばかりで、程遠い。
 そんな引き続く重苦しさが、誰からともなく面々の緊張を掴み続けている。

 故に──いや、尚も現場に彼ら取材クルーが張り付いていたからこそ、そうした大都を取
り巻く情勢の変化はすぐに世界中に発信されていた。
 王達を捕らえた。そのインパクトを効果的に流布させんが為の“結社”の放置が、ここに
来て少しずつ逆転の兆しを見せ始めていた。
 尚も世界の各地では“結社”の軍勢が押し寄せている。中には都が落ちた所もあった。
 それでも導信網(マギネット)は死んでいなかった。ストリームに乗った彼ら取材クルー
らからの情報は、瞬く間に世界中を駆け巡り、人々に安堵と嬉々と、尚も居残るはらはらの
緊張感を与えていた。
 アトス連邦朝王都、クリスヴェイル。
 ヴァルドー王国王都、グランヴァール。
 サムトリア共和国首都、サムトリアン・クーフ。
 レスズ都市連合本部、水都フォンレーテ。
 顕界(ミドガルド)四大国を始めとした各国、クリシェンヌ教団傘下にある各諸領、或い
は地底層・天上層世界の国々。
 “結社”との戦いを続ける前線で仲間達から。或いは避難した先で身を寄せ合う、その中
に設えられた映像器越しに。人々は知った、思わず手に汗を握った。敵は渋面を浮かべた。
「……後は」
 そこには勿論、打金の街(エイルヴァロ)の人々も含まれている。
 城壁の上に立ち、対峙する“結社”達を見下ろし、持ち霊(カルヴィン)の力を纏ったま
まのシンシア達もそのもたらされた報にニッと、僅かばかりの笑みを浮かべている。

「じゃあ後は頼んだ。俺達は兄貴──ブルートバードに加勢しに向かう」
 梟響の街(アウルベルツ)でもまた、戦いは続いていた。
 街の正面、一番激闘が続いている筈のそこからずいっと離れ、側面奥の城壁の一角でリカ
ルドは駆けつけた守備隊員らにそう後始末を任せると、部下達と共に踵を返していた。
 ことごくと撃たれ、壊れた人形のように動かなくなったオートマタ兵達。
 そこに交じり、一人の女性信徒──カルラは既に射殺され、血の海に沈んでいて……。
「──そうか。ジーク君達も上手くやってくれているみたいだね」
「これでダン達とも合流できりゃあいいんだがな……。でぃっ!」
 ジーク達突入の報は、程なくして前線に立つクランの留守組達にも伝わっていた。
 もうどれだけ戦っただろうか?
 城壁からの砲撃から、門を一度開けて外へ。数で押してくるオートマタ兵や覆面の戦士が
混在する“結社”の軍勢とぶつかり、今ではハロルドら後衛術師とその障壁の前に立ち塞が
るようにして、前衛集団がひたすら防戦と迎撃を続けている。
 わらわらと迫る感情の薄い人形兵達は尚も容赦なく斬り伏せられるが、流石に持久戦と気
付いている人間の──覆面の戦士達はとうに間合いを保ち、無闇に突っ込むことを止めてい
るようだ。そんな様子を障壁の陰で見ながら、途中参加していたクレアは心配そうに言う。
「大丈夫かな……? これで無事に帰ってきた時には、レナ、泣き過ぎて死んじゃうかも」
「はは、かもしれん。だがまぁ、ぶっちゃけ中に入ってからが本番だろ?」
「そうだね。確かに彼らの行動は人々に勇気を与えたかもしれないが……目の前の状況は実
の所、まだそう大きく変わったとは言えない」
 術撃が飛ぶ。剣戟が鳴る。
 人情でいえば幾分安堵すべき状況であろうものを、このハロルドはむしろ冷淡だった。
「問題は、時間(はやさ)だ。ジーク君達や結界内にいる戦力が今後、どれだけ早く王達を
助けられるか──或いは助けられないかで、この希望はすぐにでも潰えてしまいうる」
 少し俯き加減に眼鏡のブリッジを支え、ハロルドは光った眼鏡で近くの遠くの状況を観て
いるようだった。
 戦況は膠着している。それでも持ちこたえているのは大都での彼らの頑張りが、期待があ
るからだ。もしそれが打ち砕かれた時、支えを奪われた時──人々の心はどう揺れ動くか。
「他でもない私達が、外側の者達がその時まで耐えられるか? ということさ。人伝だが既
に落ちた国や街も出ていると聞く。……あまり、悠長にはしていられないぞ」
 グノーシュがクレアが、団員達が、一緒に戦う他のクランの面々や守備兵達がそんなまる
で雄たけびに染み込むような静かな声に耳を目を向け、瞳を揺るがせていた。
 確かに、この嬉々(これ)は熱病のようなものである。
 実際として、敵は尚も衰えず数多で、迫っている。
 鎮静剤だったのだ。彼が敢えて──水を差すようなことを言うのは、人・鳥・鎧、様々な
姿形のオートマタ兵と覆面の戦士達が尽きないこの状況を自覚させる為のものだったのだ。

 ……キリがない。

 絶望の、しかし遠い地で奮闘してくれているジーク達を思い、再び得物に力を込めて。
 尚も迫る“結社”の軍勢から、一同は必死に人々を守ろうとする。
『──み、皆さん、聞こえますか? 私です、ルシアンです!』
 ちょうどそんな時だった。突然、そう街中に聞き覚えのある声が響いたのだ。
「えっ? 伯爵?」
「何だぁ? 執政館(やかたのほう)で指揮を執ってるんじゃないのかよ?」
 ルシアン・V(ヴェルドット)・アウルベル──この街を治める若き領主だ。そんな彼の
声が、市内全域に届くよう放送に乗せられていた。かつてジークが、意図せずその言の葉を
彼にぶつけた時のように。
 ハロルド達も、ひいては“結社”の軍勢も何事かと動きを止め、眉根を寄せた。
 ごくり。焦りと緊張で息を呑む音まで伝わっている。だがよほど急を要することなのか、
彼はすぐに手元の集音器(マイク)を握り締めて言った。
『先ほど、王都クリスヴェイルより連絡がありました。代わります!』
『……ごきげんよう、全世界の諸君。いや、大抵の者にとっては初めましてかな? 私の名
はヨゼフ・ライネルト。現在は冒険者仲介機関・七星連合(レギオン)にて事務総長を務め
ている』
 そして、程なくして回線ごと代わったらしい先から聞こえてきた声。
 その名乗りに、一同は世界は、まさしく度肝を抜かれた。
「ライネルト……? えっ? 総長が、何で……?」
「まさか“獄主”のヨゼフ!? 何でこんな時に……?」
『知っての通り事態は急を要する、手短に言おう。今回我々七星連合(レギオン)は、ある
人物からの紹介と依頼に基づき、その全戦力を以ってこの世界同時テロを敢行せし“結社”
を排除する。既に七星および傘下の傭兵達は動き出した。程なくして各地で防戦する諸君と
合流するだろう。気負うことはない、共に戦え。……以上だ』
 ぷつん。そう淡々としかし力強く年季の入った宣言を放ち、放送は終了したようだった。
 暫しその場の、世界各地の戦士達が人々が呆然とする。だが。
「や……」
「やったぁ! レギオン本部が、七星が味方に付くぞぉッ!!」
 次の瞬間には、各地で歓喜の大合唱。勿論、アウルベルツの冒険者達も例外ではない。

「──おおっ。た、助かりました! バークス殿」
「ざっとこんなもんよ!」「何たってうちのおやっさんは最強だからな!」
「……何、そう大した事はしておらんよ。少しばかり……償いをしたまでだ」
 王都クリスヴェイル、打金の街(エイルヴァロ)、或いはサンフェルノ村──北方の広い
範囲を彼らは駆け巡ってその危機を救う。
 あらゆるものを切り裂く“空断(からだち)”──その大技で知られる世界最強の傭兵、
“仏”のバークス率いる『天網会』及びその傘下の傭兵達。
「──よしっ、敵が退いていく……!」
「ありがとうございます! 嗚呼、流石は勇者様だ……」
「あまりその呼び方は好かないのですがね……。その名は、大爺様の物です」
 天上層──その一つ古界(パンゲア)を中心として文字通り飛び回り、彼らは一騎当千の
活躍をみせる。
 古の勇者の末裔、最強の空軍『ディノグラード竜騎士団』を率いる“青龍公”セイオン達
とその傘下の傭兵達。
「──はははッ! おとといきやがれ、化け物軍団!」
「凄ぇな……魔獣の群れすらぶっ飛ばしたぞ」
「ああ。俺、どっちが化け物か、分かんなくなってきた……」
 王都グランヴァールを中心とした西方諸国。そこに迫る“結社”を、彼らは破竹の勢いで
進撃し、これを尽く叩き潰していた。
 最強の陸軍、七星きっての剛の者“獅子王”グラムベル率いる『チーム・レオンハーツ』
及びその傘下の傭兵達。
「──さぁ、どうします? こちらはまだ……殺し足りませんが」
「ひ……ひぃッ!」
「わっ、分かった! もう退く! もう退くから見逃ガァッ──!?」
 首都サムトリアン・クーフを始めとした南方諸国。そこへ忍び寄る魔手を、彼らはその研
ぎ澄まされた無数の技で追い詰める。
 七星一の曲者“万装”のセロ率いる『ビター・ザ・グリム』及びその傘下の傭兵達。
「──さぁ皆、どんどん解放していくわよ? ふふっ……♪」
「団長、ご機嫌だな」
「まぁな。そりゃあ、あの方のほうから東方(こっち)を頼むって──会いに来てくれて、
嬉しいのさ」
「乙女だねぇ……。おっといけない、仕事仕事……」
 水都フォンレーテ、輝凪の街(フォンテイム)、皇都トナン。多くの海を臨む東方諸国に
現れたのは、その手に「海」を吐き出す宝珠を携えた美しくも気高き魚人達の軍団。
 最強の海軍、水棲系種族きっての名士“海皇”シャルロット率いる『海皇騎士団』及び傘
下の傭兵達。
 更に地底層──魔界(パンデモニム)を中心とし、七星一の魔導師“黒姫”ロミリアが率
いる『オラトリヲ』傘下の傭兵達も、現地の戦力と共にこちらにも波及する“結社”の脅威
から人々を守ってみせる。

「──」
 そしてもう一人。彼が来ていた。
 梟響の街(アウルベルツ)の城壁を攻め続けている“結社”の軍勢。その遠く側面から、
ゆっくりと羽織った衣を揺らしながら、一人彼らへと近付いていく。
「……うん?」
「おい、誰だあれ?」
 本営から転送されてくるオートマタ兵らに前衛を任せ、覆面の戦士達は少し退いた所から
攻撃を続けていた。しかしそこへ、不意に近付いてくる人影を見つけると、彼らは警戒心を
露わにしてその銃口を切っ先を向けようとする。
「……」
 だが、それすらも温い。遅い。
 気付いた時にはもうこの人物は腰の太刀を抜き放っていた。
 真っ直ぐ。すくい上げるように一発。
 その一閃が……覆面達の隊伍を真横から真っ二つにしていた。
『ガッ、ァ──!?』
 軽々と宙を舞い、白目を剥く覆面達。
 その軌道上を目にも留まらぬ速さで駆け抜けていく、波打つ刃のような巨大な力の塊。
 前方のオートマタ兵や仲間達もようやく気付き、背後を振り返っていた。城壁の傍でこの
彼らと防衛戦を演じていたハロルドやグノーシュなど冒険者達、守備隊員らも信じられない
といった様子で立ち尽くしている。
「おいおい……。こりゃあとんでもねぇ助っ人じゃねぇか」
「ああ……」
 ぽつり、隠し切れぬ苦笑いと破顔。すっかり血だらけの酸毒爪甲(えもの)をギチッと鳴
らして呟くバラクに、ハロルドも同感の念を禁じえない。
「まさか貴方が来てくれるとは。いや、彼らの血筋を考えれば十分に有り得る話か……」
 そこに立っていたのは一人の黒髪・黒瞳の男性──女傑族(アマゾネス)。
 肩に羽織ってだけいるのは、紺色をベースにしたヤクラン。同種族の民族衣装。
 そして何より、手にぶら下げた黒刃の太刀以上に、その強くも何処か儚さの類を宿す眼が
彼を見た者達を忘れさせない。
「……“剣聖”リオ・スメラギ」


 迷宮中層、その下層へと下ってゆく石廊の一角。
 そこで、もう何度目とも知れぬ火柱が上がっていた。
 ダンとクロムである。マナを文字通り激しく燃やして襲い掛かる猫の獣人と、鉱石のよう
に黒く変色するほど硬化させた拳を振るう武僧の魔人(メア)。二人はシフォン達が下層へ
向かって行ったその後も、延々と互いの力をぶつけ合い続けていた。
「らぁぁッ!」
「……っ」
 ダンの炎渦巻く斧、断撃に向かってクロムは拳を放つ。
 刃が振り下ろされインパクトする瞬間、黒鉄色のそれは重い衝撃となって互いの勢いを殺
しにかかった。互いの勢いに押され、これもまた何度目か、ぐらりと大きく仰け反る二人。
それでも両者は尚もぐぐっと両脚に力を込めて踏ん張り、再び地面を蹴ると、また繰り返し
この目の前の相手と激しく打ち合う。
「へっ……。どうやら俺の勘は当たってたみたいだな。お前ら、マナに細工してんだろ? 
なら、似たことが出来る俺だったら、もしかしてまだ戦えるんじゃねえかと思ってな」
 拳と斧、本来なら片方が押し勝つであろう鍔迫り合い。
 絶え間なくマナの炎を燃やしながら、ダンは言った。
「おかしいとは思ってたんだよ。いくらてめぇらが魔人(メア)でも、ここまで戦力差を付
けられるってのは妙だ。導力以外の何か──俺達の知らない技なり何なりを使ってるとしか
思えねぇ」
「……」
「まさか手加減とかはしてねぇよな? お互いキリッキリの戦いだろ?」
 無言のまま防御していた腕を振りほどき、クロムはそう好戦的なダンを弾き返した。
 俺も、考えなしに囮になったんじゃねぇぜ──! 左からの横薙ぎを受け流して半身を返
そうとすると、相手も柄先を振り出して牽制しながら同じくしかし逆回転で半身を。また再
三に掌底と(右からの)横薙ぎがぶつかり、数度と打ち合い、また膠着する。
「……まさかとは思うが、知らずに使ってきたというのか」
「あ? だから何の話だよ? さっきから」
「……自覚なき者か。成る程、ならばこの戦闘センスも頷ける……」
 ズボンの下、やはり黒鉄色に硬化させた蹴りを、次の瞬間クロムは弧を描くように叩き込
もうとした。
 しかし自身の視界、間合いにその鋭さが入ってくるや否や、ダンはこれを一瞬の判断でか
わしてみせた。やべっ! と若干引き攣らせた表情のまま、急いで彼との鍔迫り合い、その
接触点を基点にぐるりと身体を九十度回転させると、互いに横並びの格好となる。
 空振りした蹴り。だがクロムはその回避動作をしっかりと見ていた。
 だんっとその脚を地面に。軸足をそちらへ。もう片方の足をザッと円を描くようにずらし
てやると、彼は正面に位置取り直したダンに向かって真っ直ぐな黒い正拳を放つ。
 戦斧で防御しつつも、ダンは大きく弾かれていた。
 それでも彼は容易にはひるまない。着地しながら腰、鎧の後ろに手を当てると数発、素早
く手斧を──錬氣の要領でマナの炎を纏った手斧を投げ付けたのである。
 回転する刃。飛ぶ炎。クロムは咄嗟、いなすよりも防御することを選んだ。
 腕自体の硬化を更に広げ、盾のように。
 それとほぼ同時に手斧達は着弾し、何度も激しい金属音と熱量が猛烈にクロムの五感を侵
食しようとする。
「──」
 だが、それをダンは狙っていた。
 広く防御を、硬化を取れば視界を自ら狭めることになる。彼はその瞬間を狙い、硬化盾の
死角ギリギリから戦斧を振り下ろしてきたのである。
「ぬぅ……ッ!」
 咄嗟に交差させていた腕、両の硬化盾を頭上に持っていき、これを防御一辺倒。クロムは
その熱量とパワーに深く顔を顰めながら耐えた。
 ぎりぎりっ。それでも彼は少しずつ、少しずつその力の流れを身体全体でいなしにかかる
と、自らが弾き出される形で以って大きく後ろに後退っていった。
「硬ってぇなあ。本当にコレ、ダメージ通ってるのか……?」
「……」
 少しばかり火力が弱まった気がした。ずっとマナを燃やし続けているからであろう。ダン
は観るに、隠し切れず何度も肩で息をしている。
 それでもクロムはまだ、黙っていた。
 効いていない訳ではないんだがな──そう内心思い、気力を振り絞る。ただ表情に出して
いないだけだ。直接大きな傷を付けられた訳ではないが、なるほど、あの炎は存外身体の芯
をじわじわと焼き切りにくるものらしい。
「……。何故だ?」
「うん?」
「何故……そこまで歯向かう? 少なくとも私は、人々の真の救いの為に“結社”に身を置
いているというのに」
 クロムはそう、戸惑いを本心をひた隠すように静かに問うた。
 黙っていた。いや、ダンは最初、彼が何を言っているのかよく解らないようだった。
「……ふっ」
 だが笑った。自分の中で噛み砕いて、解釈して。その上で彼に何かを観たかのようにして
そう犬歯を剥き出しにして笑う。
「おいおい。その救いってのは他人から貰わないといけないモンなのか? 見下してんじゃ
ねえよ」
 クロムは黙っていた。僅かばかり、しかし確かにじっと眉間に皺を寄せ、この猫系獣人と
間合いを取ったまま佇んでいる。
「救い、ねえ。んなモンがあろうがあるまいが関係ねぇよ。ただ俺達は俺達を精一杯生きる
だけだ。なのにてめぇらはそれすら否定しようとしてるじゃねぇか。その方がよっぽど救わ
れねぇんじゃねえのか?」
「……」
 黙っていた。クロムは何か反論することもなく、じっと黙って聞いていた。
 この男は続けて言う。だから俺達は闘っているのだと。
 なるほど。伊達に彼の元上司ではないか──。
「それによ……」
 しかしフッと、そのダンの表情が曇ったようにみえた。
 この場に二人しかいない。間違いなくクロムを見ている。
 なのに何故だろう? 彼はまるでこの武僧を、別のよく知る誰かと重ねるように──。
「悪いことは言わねぇ、やめとけ。てめぇが何に絶望したかは知らねぇが、その埋め合わせ
に他人を使うな。……遅かれ早かれ、何もかも失うぞ」
「…………」
 尚も黙っていた。クロムは眉を顰め──いや、そっと目を細め、この獣人を見ていた。
 
“嗚呼、そうか。彼(こいつ)は似ているんだな……”

 クロムもダンも、その時抱いた思いは同じながらも違っていて、しかし想起したその第三
者の顔はきっと一緒であった。
 それでも尚、勿論ダンは警戒を解いていなかった。
 戦斧を改めて握り締める。少しは導力も回復したろうか? ぐっと身体に精神(こころ)
に力を込め、再びマナの炎を強く燃やそうとする。
「──」
 だが、相手はむしろ逆だった。
 緩く構えていた右の掌と軽く握った左拳。
 虚を突かれたことに、クロムはフッとその構えを解いてしまうと、
「……生きている」
「あ?」
「下層の者達は既に目撃しているだろうが……彼らは生きている」
「彼、ら?」
「……ジーク・レノヴィンとその仲間達。彼らは……私が逃がした」
 小さく眉根を上げて訝しがる──そして程なくして大きく目を見開くことになるダンに向
けて、言ったのだった。

 ぐねぐねと、しつこく左右に折れ曲がることを繰り返す石廊を上る。
 シフォン達やサーディス兄妹と別れたジークら四人は、この果ての見えぬ迷宮の道をひた
すら走っていた。
「くそっ……全然近付いてる気がしねえ。あいつら、趣味の悪いモン作りやがって」
「飛んで行ければ、直線距離で行けそうなものなんだが……」
「仕方ないですよぉ。さっきだって駄目だったじゃないですか」
 最初こそ、四人は王達がいるという迷宮の頂上へ真っ直ぐに向かおうと考えていた。
 しかしリュカに風紡の靴(ウィンドウォーカー)を掛けて貰い空を飛んでみても、その頂
は一向に近付いてくれない。どうやら結界の主が監視しているらしい……そう気付いた時に
はすっかり出端をくじかれていた。
 ただ、落ち着いて考えれば当然の反応なのだろう。向こうはこの空間を作り出した張本人
で、且つこちらの到達を望まない。リュカが推察するに、ある程度の飛来物を感知すれば半
ば自動的に空間を引き延ばすようにしているのではないかという。結局ジーク達はこの灰色
の空を諦め、地道に長い長い石廊を往くしかなかったのだ。
「対策が張られていることは間違いないわね。でも、そのメカニズムや反応させる際の程度
までは分からないわ。結界主(あいて)が空間を操作し終わる、それよりも速く向こう岸に
到着することができれば、或いは……」
 それでも、まだリュカは時折そう呟いている。
 ジーク達はそんな彼女を肩越しに、傍らより見遣っていた。もしそれが出来ればもっと早
く確実に近づける訳だが……。ともあれ知略の類は現状、この面子では彼女に頼るのが一番
よいと思われる。
「レノヴィン……発見……」
「見つけたぞ! 掛かれぇっ!」
 道中、四人の前には何度となく“結社”の兵達が現れては邪魔をしに襲い掛かってきた。
 オートマタ兵、覆面の戦士、或いは魔獣。どれだけ沸くのかというほどごちゃ混ぜに。
「雑魚は」
「どけぇ──ッ!!」
 しかし彼らを、主にジークとサフレは片っ端から薙ぎ倒していった。
 二刀、紅と蒼の軌跡。槍、一瞬で縮み射出される突き。
 まだ幸いなのは、魔人(メア)達が打って出て来ない──出くわしていないことか。
 何度も分岐する石廊。もしかしたら罠なのかもしれない。だがジーク達は、その度に立ち
はだかって来た彼らのいた方向に舵を切り、迷宮の頂を目指して上へ上へと傾斜するその道
を登っていく。
「数だけは多いわね」
「ええ。……しかしジーク、本当にシフォンさんにカードキーを渡してしまって良かったの
か? これだけ方々に敵が出るということは、向こうはある程度自由にこの内部を転移して
いる可能性が高い。ルートを聞き出してカードキーを使っていれば、或いは……」
「かもな。だが仕方ねえ、俺達よりも先ず大都の人達やお偉いさんらを助け出すのが先だ。
手形ならまたこっちで探せばいい。外を守ってたような、ああいう輩がいればそこからぶん
捕れるだろうよ」
 振り返ることもなくジークはそう答え、ひたすら前を向いていた。
 訊ねたサフレも「そうだな」と呟き頷いて彼に倣う。灰色の空、無機質な石の摩天楼ばか
りの遠景。何か別のことに意識を向けていなければおかしくなりそうだ。
「そもそも、この結界さえ無くせば済む話なんだ。一緒に天辺にいるんだろ? ならさっさ
と向かってぶっ飛ばしてやるだけだ」
 前へ前へ向かうのは、それだけ強く心を正義感を燃やしているから。
 改めて仲間達は頷いていた。同時にそれが如何に難しく、しかし自分達がやり遂げなけれ
ばならないことであるのを知っていた。
 殺風景な灰色の空。
 そこへじっと延びるあの頂を、自分達は──。
「み、皆さん! あれ!」
 そんな時だった。逸早く異変に気付いたマルタが慌ててそんな空を指差し、ジーク達もつ
られて見上げ、思わず立ち止まる。
「な、何だぁ!?」
「黒い……雲? いや、もっと濃い……」
 目指していた迷宮の頂、最上層。
 そこに突如として、巨大な黒い粘り気のようなものが現れていたのである。

「その中に──飛び込んでください!」
 ミザリーが石塔の際に撃ったその闇を見て、アルスは一同に叫んでいた。
 向かいの頂に立つ“結社”達、そして何よりそんな指示をされた王達が驚き戸惑い、お互
いの顔を見合わせてその一歩を躊躇してしまっている。
「いいから早くしなさい! ここから逃げるのよ!」
 少なからず苛立って、ミザリーが続けて叫んでいた。
 王達だけはない。ウル、セキエイ、リリザベート、残りの四魔長らもまだ完全にその真意
を量りあぐねているようだ。

『無明の闇沼(ブラックホール)を唱えてください。できるだけ大きく。そこへ皆さんを下
ろして包み込みます。人数の多ささえ克服すれば、僕らの力だけでも逃走することは可能な
筈です。さっき兄さん達が下層で風穴を開けました。そこまで辿り着ければ、きっと──』

 冥魔導の使い手かと訊かれ、手を挙げた自分にこの皇子が耳打ちしたのは、そんな考えも
しなかった逆転への布石だった。
 驚き、そして思わず心の中で膝を打ったものだ。
 そうか──王達を“梱包”してしまえばいいのか。
 彼の言うように逃げられずにいたのはこの大所帯が故である。もっと言えば自分達のよう
に戦う力のない者が大勢いるからだ。我先に……という利己心を発揮してもそれはそれで逃
げられたかもしれないが、遅かれ早かれ非道の謗りは免れないだろう。元よりそんな不名誉
など、この妖魔(ディモート)の首長たる自分が許さない。
「そういうこと……。でも、やらせない!」
 そうして王達が戸惑っている間に、魔人(メア)達も勘付き始めたようだ。
 フェニリアがきゅっと唇を噛み、グノアが眉間に皺を寄せ、炎と掌からのレーザーをそれ
ぞれ放ってくる。
「なんの!」
 だがミザリーはすぐに対処を命じた。……そう、この“闇”にである。
 本来この魔導は底なしの闇。全てを呑み込み吐き出し返す、攻守一体の高位呪文だ。
 炎の使い魔達とレーザーが喰われるように吸い込まれていった。そしてすぐに、まるで生
命を持っているかのようにこの“闇”はうねうねと蠢くと、この攻撃をそのままそっくり彼
女達へと放ち返す。
「ぬわっ!?」
「ば、馬鹿野郎! 天地創造(チャオゾ)が壊れたらどうすんだ!?」
「何とかしなさい! それより早く! 奴ら、逃げるわよ!」
 “結社”達のいる石塔は一時的に土埃でこちらから見えなくなった。
 時間がない。ようやく皆も、この吸収と放出を見、アルス達が何をしようとしているのか
思考が追いついてきたようだった。
「さぁ、ぐずぐずしてないで、急いで!」
「し、しかしだな……」
「飛び込むのか? あれに? だ、大丈夫なんだろうな……!?」
「ええ。きっと」
 それでも多くはまだ戸惑っていた。無理もなかろう、何せ自分達の命を預けようとするそ
の代物が底なし沼のような闇なのだから。
 しかし、そんな面々の声をサァッと浄化するように優しい声色が割り込んだ。
 シノだった。彼女はイヨや他の官吏らの心配そうな様子を余所に、そうとても穏やかな微
笑みで皆を諭すのである。
「大丈夫ですよ。アルスの──息子の考えてくれた手です。信じましょう」
 にこり。そして「信頼」の一言を残し、彼女は一番にこの闇の中へと飛び込んでいった。
 イヨたち官吏が半ば悲鳴に近い声を上げる。だが主君のそれで覚悟を決めたのだろう。彼
女達は互いに顔を見合わせると、まるで他の王達を促すように自分達も闇の中へと跳躍して
ゆく。
「ぬぅ……。行くしか、ないのか?」
「ええい、ままよ! どうせ他に道はないのだ。ならば……っ!」
 それが合図に──皆を吹っ切らせる切欠となった。
 王達は不安を残してこそいたが、それでもただ助かりたい一心でこの闇へと飛び込んだ。
 その中にはハウゼン王やロゼ大統領、ウォルター議長なども交じる。
 ファルケンはそんな同じ四大国の王達を横目に見送り、向かいの塔の土埃を睨んでいた。
セドやサウル、アルスとエトナもそれに倣っている。リュウゼンが土埃の中で急ぎ周囲の足
場を閉鎖しに掛かっていたが、遅かった。
「セキエイ、首領(ドン)、リリ!」
 自分達以外の全員が“無明の闇沼(ブラックホール)”の中へと飛び込んだのを確認し、
ミザリーは素早くその手を大きく振るった。するとどうだろう、巨大な闇の沼地はまるで竜
巻に巻き上げられるように収束し、彼女とセキエイ、ウル、リリザベートの手にそれぞれ掌
大の真っ黒な球となって落ちてきたのだ。
「皇子、先に行くわ! 本当にいいのね!?」
 それは──託されたということ。
 ミザリー以下、四魔長が驚きと覚悟の表情で彼を見遣ると、その当のアルスと仲間達は言
葉少ないながらも力強く頷き、笑っていた。リュウゼンが上層一帯の地形を組み替え始めて
いる。
 ミザリーはその背に、黒い大きな蝙蝠のような翼を出現させると、次の瞬間これを自ら爆
ぜさせていた。
 飛び散ったのは……小さなまん丸の蝙蝠達。
 妖魔族(ディモート)が操る眷族、その大群だ。
 それらは主の意思に従順だった。眷属達は一斉に飛び立つと、この迷宮の最下層へ向けて
自身の身体を結び合わせて文字通りの道を作ったのである。
「掴まっておれ!」
 ウルが言い、その両足にローラーブレードのような装備を出現させた。
 セシル・ヒルダと撃ち合った時のそれと同様の、彼ら宿現族(イマジン)の固有能力──
“具現装(アームズ)”の一種、加速のそれである。
 ミザリーら残り三人を自身に掴まらせたウルは、その脚部武装による猛烈な加速で眷属ら
の作る道を駆け抜けていった。リュウゼンの“天地創造”がそれを追う。遥か下層より何本
もの石塔が生まれては迫り出し、疎らだった上層を埋めていく。だがその追撃、捕縛、破壊
よりも速く、ウル達は眷属らと協力して臨機応変にルートを変え、あっという間に遠く姿を
見えなくしてしまう。
「……クソッ!」
「逃げられた、のだガネ……」
『追え。逃がすな』
 激しく舌打ちをするリュウゼン、珍しく驚きを隠せないルギス。
 それでも“教主”は淡々としていた。いや、本当は誰よりも焦り、抗う者達に憤ったから
こそ、そう短い言葉だけで使徒達に命じたのか。
 フェニリア、セシル、グノア、ヘルゼルの四人が黒い靄と共に空間転移していった。
 既に場はリュウゼンによって閉ざされていた。何本もの石塔が迫り出して寄り集まった事
で足場は格段に広くなったが、その空は三百六十度全てが分厚い石のドームで覆われてしま
っている。
『──』
 場に残った者は一気に少なくなった。
 アルスとエトナ、セドにサウル、斧形態に戻したヴァシリコフを肩に担ぐファルケン王。
 対する“結社”側は“教主”とルギス、ヴェルセークにリュウゼン。
 暫し両者は黙し、睨み合っていた。そこに友好の類は微塵もない。敵(仇)と認識して久
しい相手方だけがそこにいる。
「いいのかネ? 逃げなくテ」
「これでいいんだ。父さんを……取り戻す」
 アルスが迷いのない声で言った。エトナら仲間達もそれぞれに構え、この白衣の魔人と傍
らに立っている狂気の黒騎士をみる。
「ふ、ふふふ……。私達も、随分と舐められたものだがネ……!」
 かねてより飄々とした言動を続けていたルギスが、遂にキレていた。
 痩せぎすの身体には合わない大量のオーラ。少なからず揺れ始める空気。
 戦鬼(ヴェルセーク)はそんな創造主の変化に呼応してか、身体に纏う黒き靄をより多く
濃く漂わせ、ドーム天井付近の“教主”は黙して点滅、リュウゼンは尚も『天地創造』を装
着したその格好のままじっと目を細めている。
「……」
 アルスはぎりっと、強くその拳を握り締めた。
 皆は、きっと兄さん達が何とかしてくれる。
 だから、それまで僕らは、何とかして父さんを──。

「──?」
 この再びの変化(いへん)は、すぐさま迷宮内にいる全ての者達の知る所となった。
 それはイセルナとリンファ、サジ率いるブルートバード及びトナン近衛隊の一団も例に漏
れなかった。
 既に飛翔態に変じ、何度も襲い掛かってくる“結社”の兵達を凍えさせ倒していた処。
 その途中で偶然見つけた金属質のカードを彼女が拾い上げた所で、一同はこの遠く上層で
起きた変化に気付き、唖然と空を見上げていた。
「形、変わってしまいましたね」
「ドーム状になったな……。王達を閉じ込めたのだろうか?」
「多分、ね」
「……それよりも先程の黒いモノが気になる。遠過ぎて判然としないが、おそらく魔導によ
るものだろう。どうやら下層(した)の方へと延びていったようだが……」
 氷の翼と衣と化していたブルートが言う。イセルナ達が互いに顔を見合わせ、さてどうし
たものかと思案していた。
 あの黒いモノを追って降り直すか? それとも引き続きこの石廊を登るか?
「……先を急ぎましょう。どうあれ頂上で何かあったのは間違いないわ。確かめないと」
 少し考えてからのイセルナの判断に、一同は頷いた。
 ならば足を止めている暇はない。
 そう彼女達は改めて、急ぎ最上層へと向かおうとしたのだが。
「──ふふっ。み~つけた♪」
「レノヴィンじゃない、か……。まぁいい。お前らが死ねばあいつも苦しむだろう」
 その刹那、背後から黒い靄と共に二人の魔人(メア)が現れたのだった。
 一人は蟲使いの女・アヴリル。
 もう一人は洗脳の技を使う少年・ヘイト。
 イセルナ達は深く眉根を寄せて振り向いた。
 剣を槍を。彼女達はこの現れた強敵に、それぞれの得物を構え直して対峙する。

 しかし彼らは未だ知らなかった。一度大きな痛手を被り、ジーク達より諌められ、人々が
近付かなくなっていた結界の外、大都(バベルロート)南城門(ゲート)の前にその人物が
訪れんとしていたことを。
 黒騎士達がいた。東西南、投入されていた三体の量産型狂装兵(ヴェルセーク)が、まる
でこの人物を手厚く出迎えるかのようにずらりと並び立っていたのだ。
『……』
 彼の者は目深に芥子色(からしいろ)のフードを被り、全身を同じ色のマントで覆い隠し
ている。

 世界最大級の都市で巻き起こる大事件。
 静かに、しかし確実に、その真なる恐怖は迫っていた。

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

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