日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「英雄と剣」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:神様、見返り、剣】


 とある時代、とある国で。
 戦争があった。その山間の国は国境争いの末、隣国からの侵略を受けていた。
 状況は、彼の国にとって決して芳しいものではない。元より地の国力では相手の方が勝っ
ている。何より政争になっても武力衝突──文字通りの戦になるとは、王や側近達は、楽観
的に過ぎて用意を怠っていた。
 故に隣国の軍勢は確実に迫っていた。
 日を追うごとに伝えられるのは、やれ何処の砦が落とされただの、何処其処の街が占拠さ
れただの。
 人々は慄き、そして恐怖した。
 戦火は間違いなく日に日に広がっている。このままでは都を中心としたこの国の中枢が落
ちるのも時間の問題だった。それは、即ち壊滅。より多くの、取り返しのつかない程の犠牲
者が出るであろうことに等しい。
 ──しかし、そんな戦況はある一人の人物の登場によって覆されることになる。
 彼は傭兵を名乗る青年だった。彼はふらりと都に現れたかと思うと国軍の志願兵に名乗り
出、まさに一騎当千の活躍をみせ始めたのだ。
 青年は一振りの剣を携えていた。
 実用的、というには少々装飾華美。美麗な金と漆黒で統一された大きく長い剣だった。
 何より目立つ特徴は、その柄から樋にかけて金の獅子が象られていた点だろう。漆黒の刃
と相まって、その荒々しくも緻密なレリーフは相対する者・共に戦う者、その全ての記憶に
強く刻まれていった。
 獅子の剣──誰がそう呼び始めたかは分からないが、その宝剣を振るう青年は縦横無尽に
戦場を駆け巡った。
 一度駆ければ、まるで雷の如き速さ。
 斬撃を振るえば、まるで炎の如く敵を呑み込み。
 腰に結んだ鞘は、不思議なことにこの主とその周りにいる仲間達を不可視の障壁で以って
護り続ける。
 傷は殆ど負わなかった。この剣の加護か、それとも本人の鍛錬の賜物なのか、その眼力は
あらゆる攻撃を挙動を見逃さなかった。振るわれる剣戟、飛んでくる矢や砲弾。それらを彼
はことごとくかわし、切り裂きながら敵陣へと斬り込んでいった。
 吼える、振るう、斃される。
 故に、味方した兵達は揃ってこの青年のことをこう呼んだ。
 ──まさしく彼こそが“英雄”だと。

 時は戦禍が激しさを増す、その少し前に遡る。
 その深き森の奥には、古び朽ち果ててしまった遺跡があった。
 緻密な細工が至る所に施された石柱、壁面、床材。だがそれらも歳月の経過、風化される
中で多くは劣化し、曇りがちな寒空の下で長く雨曝しにされている。
「……」
 そこへ、一人の旅人が足を踏み入れていた。
 焦げ付き草臥れたマントを羽織り、その表情も酷く硬い。
 青年だった。のちに国中の人々から英雄と呼ばれることになる彼の青年だった。
 彼はザクザクと荒れ果てた遺跡(だった)中を一人歩いていくと、やがてその深部だった
と思われる祭壇の前へと辿り着いた。
 剣が、獅子のレリーフを持った剣が刺さっていた。
 周囲の荒廃ぶりに呼応するように、すっかり錆び付いてしまった剣。それが祭壇と思しき
六角形の台座の中央に刺さっていたのである。
 無言ながら、青年は少なからず落胆したようだった。
 思わず眉根を顰める。しかしこのまま帰ってしまう訳にもいかない──そう自分に言い聞
かせるように、その柄に手を伸ばそうとして……。
『──何用だ? 人間』
 野太い、厳つい声が聞こえた。
 ぴくりと青年は一度手を止める。周りを見渡す。しかしこの場には自分以外誰もいない。
 まさか。彼は伸ばしかけた手をそっと引っ込めながら、じっとこの声の主──目の前の古
びた剣へと改めて向き直る。
「伝承は本当だったんだな……。貴方が古の軍神、ラズグか」
『いかにも。……どうやら、単なる賊の類ではないらしいな。然様、我が名はラズグ。血肉
滾る戦いを望む者なり』
 見た目は錆び付いた剣ながら、朗々とした語り口だった。
 それは神としての威厳か、それとも軍神として祀られてきたという自負故か。
『問おう。今生の人間が我に何用だ? 我を抜くということが何を意味するか……我が真名
を知っているのならば解らぬ訳ではあるまい』
「……力が欲しいんだ。今、この国は隣国と戦争をしている。俺は救いたいんだ。望まない
ままこんなことになってしまった、この祖国を救いたい!」
『ほう』
 返ってきた青年の叫びに、剣に宿りし軍神(ラズグ)は短く、興味こそありそうなれどた
だ呟くだけだった。
 数拍の間、両の拳を握ってこちらをギリッと見つめている青年。
 軍神は、まるで試すように問う。
『我は戦いを望む者。もし一度(ひとたび)我が加護を得たならば……真っ当な最期は迎え
られんぞ?』
「構わない。貴方の話を聞いてここに来るまでに、覚悟は決めてきた」
『家族はどうする? 尋常ならざる者となれば、その肉親どもも平穏無事とはいくまい』
「死んだ。皆この戦争で、皆……死んだ」
『……ならば問おう。貴様の名は、何という?』
 問いの中で青年はその瞳に確かな想いを宿していた。
 憎悪。ややもすれば激し過ぎる闘争の灯。軍神は少し黙り、最後にそう問うた。厳粛でい
て尚も不敵極まりない声。青年はだんっと己が左胸に手を当て、名乗る。
「──ルイン。お前の力を引き受け、この国を救う者だ!」
『ふっ……はははッ! よかろう。この依り代、使うがよい! 我に戦を与えよ!』
 哄笑。そう軍神(ラズグ)が許しを口にすると、刹那、錆び付いていた筈のこの剣が眩く
輝き始めたのである。
 眩しさで目を細める。束の間。青年──ルインが次の瞬間目の当たりにしたのは、黄金の
獅子細工と漆黒の刃を持った文字通りの宝剣、真の姿だった。
「……」
 ぎゅっと拳を握り、進み出る。
 そうして青年ルインは、軍神宿る剣を台座から引き抜いたのだった。

 人と神。力の差は歴然としたものだった。
 たとえ使い手が同じ人の子であっても、片や人の域を出ない兵士、片や人の域を自ら捨て
た決意の人。軍神の剣を手にした、加護を得たルインはまさに破竹の勢いで隣国の侵略から
祖国の各地を取り戻していった。それは即ち、彼の国の形勢逆転を意味する。
「──あっぱれじゃ、ルイン。お主がおらねばこの戦、間違いなく彼奴(ゼルフラウド)の
ものとなっておっただろう。お主には存分に褒美を取らせぬとな」
「はっ……」
 しかし、覆った大勢が決して祖国の王に謁見を許された時、彼は既に感じ過ぎていた。
 それは罪の意識。窮地の祖国を救う、理不尽な暴力で逝ってしまった肉親や友らの弔い、
その一心で捧げた武功。だがそれらが成したものは一体何だったか。……積み重ねただけで
はないか? ただ敵兵らを、国境という地図の上で分けただけの同じ人間、その血塗れの亡
骸をただ累々と積み上げてきただけではないのか……?
 そんなルインの内心とは裏腹に、王やその側近達は上機嫌だった。
 贅を凝らした謁見の間。その玉座のずっと下、赤絨毯の階段の末でルインはじっと低頭し
たまま押し黙っている。
「だが一先ず、お主にはいち傭兵以上の待遇を用意せねばな。……ルイン。貴公には王国軍
大将の位を与える! そして引き続き我が軍を率い、かのゼルフラウドの王都を落として来
るのだ!」
「──ッ!?」
 王は高らかに。だがルインは驚愕で目を丸くし、弾かれたように顔を上げた。
 何を言っている? まだ……戦争を続けようと?
「お、恐れながら陛下。私達の奮闘で戦況は覆りました。彼の国はもう大半が戦意を喪失し
ております。今なら、速やかに戦争を終わらせることも──」
「何を言っておる、今だからこそではないか! 我がエールヴァインは今や奴らを凌駕して
おるのだぞ? 後顧の憂いを絶つ為にも、今こそ彼の国を名実共に我が領土とするべきでは
ないか」
 恐れることはない。我々には軍神ルインがついておる──。
 王はそう言って呵々と笑った。側近達も然りと合唱し、こちらに期待に眼差しを向けてく
るのが分かる。
 ルインは背筋が凍りつくのを自覚した。陛下達は、自分達がされたことをそっくり隣国に
返そうとしている……。
「恐れながら! 私はまだ動けます。ですがっ、他の皆はどうです!? 疲弊しているでは
ありませんか。多くの民がこの戦で住処を家族を、大切なものを失っています。どうか彼ら
を見てくださいませ! 和平を結んでくださいませ! 彼らの哀しみと同じことを、ゼルフ
ラウドの民にも味合わせるおつもりですか……?」
『──』
 しん。にわかに玉座の間の面々が押し黙った。それだけルインの説得は鬼気迫っていた。
 大臣や上級貴族らが互いの顔を見合わせている。やがて彼らの視線は王に向いた。玉座の
肘掛、その片方に体重を預け、じっと目を細めて黙ってしまった国王を見ている。
「……すまんな、ルイン。そうだな……攻め上がれば、最早自衛ではなく侵略だな……」
 薄っすらと細めた眼はそのままに、王は口元を緩めてそう言った。
 分かって、くださったのか……? ルインはそんな彼の変化を観てようやく安堵する。
「よかろう……。お主も疲れただろう、今宵はしっかり休め。今後のことはまた明日から考
えることにしよう」
「は、はっ。ありがとうございます!」
 再度低頭をして、ルインはやがて玉座の間から退出していく。
『……』
 ただその背中に負われた宝剣──ラズグだけは、じっと無言の不承を湛えていて……。

 事件はその当夜に起きた。
 襲われたのである。ルインが寝床としていた宿に、深夜突如として申し訳程度の覆面を被
った者達に強襲されたのだ。
 王国の、祖国の兵士達だった。曰く「宝剣を渡せ。お前はもう用済みだ」と。
 ルインは悔いた。そして自身の甘さを恥じた。
 王らは全く改心などしていなかったのだ。ただその場ではいい顔をし、夜闇に紛れて宝剣
を──ラズグを直接自分達の下に置こうと企んでいたのだ。
 しかし彼らの奇襲は体をなさなかった。宿に戻った後、他ならぬラズグ本人から今夜辺り
に裏切ってくるぞと忠告されたからだ。
 そして案の定、刺客はやってきた。……哀しかった。
 彼らは軍神ラズグのことは知らない。いずれ調査すれば古文書の一つでも辿り着くだろう
が、彼に認められなければこの剣はまたあの錆び付いたなまくらに戻るし、肝心の加護だっ
て受けられない。それでも尚、膨張した欲望のままに襲い掛かってくる兵士達──に命じた
祖国の王の仕打ちがルインには辛かった。
『どうする? 殺るか?』
「……いや、その必要はない。身内同士で争うなんて馬鹿げてる」
 故にルインは、ラズグが宿った剣を握ったまま窓から飛び降りていた。
 徒に抵抗して無用な死傷者を出したくなかった。どうせそうなれば、益々王は自分の罪を
喧伝するだろう。泥沼に陥るだろう。……もう、この国にはいられなくなっていた。

 かくしてルインは祖国を捨てた。
 そんな彼が先ず向かったのは──敵国である筈の隣国ゼルフラウド。勿論彼の国の王や重
鎮達は驚き、恐れ戦いたが、ルインは決して戦う意思は見せず、必死にエールヴァインとの
和平を結ぶように説得を続けた。
 最初は両国とも渋っていた。ゼルフラウドからすれば屈辱であり、事実上の敗戦。エール
ヴァインからすれば裏切り者によって獲れる筈の多大な領土をみすみす逃すことでもあった
からだ。
 しかしルインが、軍神ラズグの宿る宝剣がついている。
 結局は両国は自国の現状、ないし反故にした際のリスクからこれを呑む他なく、半月ほど
して和平条約は遂に現実のものとなった。
 だがルインはそれで安堵した訳ではなかった。
 状況はまた変わっていく。畏れは味方に慢心を敵に疑心を孕ませる。彼は両国の戦争が終
わったのを見届けると、いつの間にか再び姿を消していた。
 ──“英雄”ルインの放浪の旅。それはこの出奔から実に三十年以上も続いた。
 彼はただ一人、剣に宿った軍神のみを供としながら諸国を点々とし続けた。中には彼の武
勇を聞き、或いは自身の利となると考え、擦り寄ってくる者も少なくなかった。だがルイン
はその全てから逃げた。名声、富、或いは愛する人──彼とて持ちえたかもしれない、功績
からすれば充分に可能だったそれを、彼は一切棄てる選択をした。
 解っていたのだ。解り始めていたのだ。……大切なものが出来てしまえば、また自分を中
心として災いが起きる。
 それでも、払い切れないものはあった。かの宝剣を我が物にせんとする者達が放つ、刺客
の類、追跡者であった。
 長い旅の中、祖国もその隣国も既に大きく変貌してしまっていた。
 祖国エールヴァインは王政の腐敗により後年自滅、かつての敵国ゼルフラウドに至っては
また新たに別な隣国との戦争に明け暮れ……その国々らと共に地図上から姿を消した。
 ルインには虚しさばかり残り、疼いた。
 あの戦いは何だったのだろう? 自分は本当に必要だったのだろうか?
 虚しさはややもすれば憤りへ。だがそれは自身だけではない──自分が殺してきた人々へ
の悔恨として向けられる。
 彼らは一体何の為に傷付き、死ななければならなかったのだろう? 一時の、ほんの束の
間の、国が抱いた幻想と熱(ほとぼり)の為にか? 所詮そういうものだ。そうした者達が
積み重なって歴史が出来るのだと言えばそれまでだが……あまりにも虚しいではないか。
 そして失意は、さも彼の力そのものにも影響した。
 加齢である。
 三十年の歳月を経て、ルインは青年から壮年へと確実に衰えていた。
 あの頃の英雄的な活躍、全盛期はとうに過ぎてしまった。尚も尽きることのない追っ手は
払い退け、あまりに卑劣な輩には死を以って償わせたが、それでも一度胸に開いてしまった
穴は埋まらない。むしろ苦戦することも多くなり……彼はとうとう大きな深手を負ってしま
ったのだった。
「──ぐ、うぅ……」
 とある遠い国の森だった。白髪が交じり皺も多くなった老剣士ルインは、その日追っ手か
らの激しい攻撃に遭い、左半身を血塗れにしながら逃げ延びて来ていた。
「……っ、はぁ。流石に、限界かな……」
 木漏れ日がまだ差す程度の、しかし濃い緑の中。ルインはその一角にある大木にゆっくり
と身を預けると、その傷付いた身体で大きく荒く呼吸をした。
『人間というのは、すぐに衰えるものなのだな……』
 尚も手放すことをしなかった宝剣、そこに宿るラズグはごちていた。
 何処でどの時そう思うようになったのだろう、その声色はかつてのように野太いが、今は
間違いなくルインと似た虚しさの類を抱えているように聞こえる。
『……なぁ、相棒。もう渡してしまえ。楽になるぞ』
「嫌だね……。奴らはお前を使って戦争なり何なりを起こす気なんだ。それを分かっていて
おいそれと手放せるものか。そりゃあ今の私ではお前の闘争欲は満たせないんだろうけど」
 あくまで拒む。ラズグは黙っていた。
 木陰の揺らめきが妙に現実離れしているような気がする。
 血の臭い、繰り返し肩で息をしている数十年来の相棒。金の獅子と漆黒の刃。それだけは
褪せぬ輝きのまま、ラズグは言う。
『だから言ったろうに……』
 軍神という名には相応しくないほど、哀しげな声だった。
 ルインが荒い息のまま、しかし何かを喋る気力も出ないまま、彼をスッと見ている。
『相棒。何故我ら神々の中に戦を司る者がいると思う? ……望まれたからだ。人間達が戦
というものを称え、そこに神聖さを持ち出したがるから、我々は神とされた(うまれた)。
……分かってはいるのだ。そんなことしたって、戦いの本質は殺し合い、奪い合いだ。持っ
ていないものを欲しがるゆえ、持ってる者から分捕る。或いは分捕られぬ為に、武器を振る
えるようにしておく。それだけなのだ。だが……どうしようもない。我は軍神だ、戦でしか
この存在意義は見い出せぬ。戦えると聞くだけで血が、心が疼く。壊したくなって、殺した
くなる……』
 さわさわと辺りの梢が揺れていた。神らしからぬ、神の嘆息だった。
『解ったか? 我が言っていたのはこういうことなのだ。お前が真っ当な最期を迎えること
はできん。我は……お前を騙してきたのだ』
「……そうでもないさ」
 だが、ルインはそっと否定する。身体は変わらず大木の幹に預けたままだが、その心は先
程よりもずっと穏やかになっているように思える。
「私だって、ずっと昔に気付いていた筈だよ。王に裏切られた時──いや、お前の眠る遺跡
へ行こうと決めた時から。お互い様さ。お前は戦いたかった、私は力が欲しかった。確かに
それは根本的な解決じゃなかったかもしれないけれど、こうなったことは全て、私達自身が
選んだ道なんだ」
『……。かも、しれんな…』
 そう呟く。そうだよ、と声が霞む。
 可笑しくなる程に穏やかな時間だった。今も追っ手は、たった一人の男の為に数百の兵を
差し向けているというのに。
「──ぁ」
 そして、そんな最中だった。草を踏み締め、誰かがこちらに気付き歩いてくるのが分かっ
たのだ。ルインはラズグは、ぼうっとしたまどろみの中でその主を見遣る。
「だ、大丈夫ですか? 酷い怪我だ……」
 まだ年若い、野菜を詰めた篭を乗せ、馬を引いた青年だった。
 服装もとても純朴だ。少なくとも武人の類ではない。近隣の村の者か。
「……怪我のことならいい。もう、自分は長くないだろうから。……それよりも」
 青褪め、善良なる善意で駆け寄ってきた青年に、されどルインは答えていた。
 真っ当な最期はない──。かつて、しかし何度も脳裏で繰り返されてきたその言葉をまた
繰り返しながら、彼は力を振り絞って剣を──ラズグの宿った宝剣をこの青年に差し出す。
「頼みがある。この剣を、何処か人の手が及ばない所に捨てて欲しい。たとえば深い海の底
だったり、入れない谷底だったり。とにかくもうこの剣を誰かに使わせちゃいけないように
するんだ……。頼まれて、くれるかい?」
 青年は目をまん丸にして驚いていたようだった。無理もなかろう。
 獅子を象った金細工、漆黒の枠を持つ鞘に収められた宝剣。ごくりと息を呑んだ。こんな
明らかに大事そうな代物に加え、そう頼んでくるこの老紳士は瀕死の重傷。
 まさかそれに加え、ここに古の軍神が──張り詰めたように先程から黙りこくって──宿
っているなど気付く筈もなく。
「……分かり、ました」
 丁重に宝剣を受け取り、青年は頷いた。
 とんでもないものをと思っただろう。だがこの人物は誠実であったようだ。両の瞳は確か
に承諾したとの思いが宿り、大木に背を預けるルインをひどく安堵させるに充分で。
「宜しく頼むよ。嗚呼、よかっ……た──」
 穏やかに、とても穏やかに笑っていた。この紳士はやがて静かに眠り出し、そして二度と
目を覚ますことはなかった。
 呆然とし、この青年は暫し彼を看取る。素人であるが胸の前で十字を切り、冥福を祈る。
 そうして彼は立ち上がった。胸にはしっかりと託された宝剣が抱えられている。
 これを──捨てる。
 売り飛ばせば金になるんじゃないか? そう内の中の声が言ったが、彼にはそんな度胸は
なかった。持つべきではないとこの時は思った。この人が死んでしまってまで自分に託した
もの。よくは分からないが、きっとこれは相当厄介で危険な物に違いない。
「……」
 ふと遠くから地鳴りのような音が聞こえてきた。
 そっと木々の陰から確認する。鎧に身を包んだ大勢の騎士達だった。青年は目を丸くして
慌てふためき、急いで自身の馬の方へと走っていく。

 穏やかな木漏れ日と、その生涯を終えたかつての英雄。
 その願いを託された者が、その眠りすら踏み躙る者達が、世界には未だ残されていた。
                                      (了)

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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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