日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「ふたり飯」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:昼、東、トイレ】


 お昼休みと聞くとあなたは何を連想するだろう。
 午前中の授業からの解放? 休むには短過ぎる時間? 待ちに待ったランチタイム?
 とにかくお昼ご飯。それはお弁当だったり、或いは学食でだったり。普通ならポジティブ
なイメージを抱く人が多いんだろうなぁとは思う。
 だけど、少なくとも私にとっては──トイレの個室(このばしょ)だ。
「……はむ」
 昨日も今日も、そして多分明日も、私はこの時間この場所にいる。
 教室のある階の端っこ、階段が上手い具合に人気のある方を隠してくれているトイレ。そ
の女子用側、奥から三番目の個室が私の定位置だった。
 勿論(いては困るんだけど)他には誰もない。ただしっかりと内側から鍵を閉めて、蓋の
閉まった便器の上に腰掛けて黙々とお弁当を食べる。
 ぼっち飯──便所飯だなんて俗には言われる。正確には一緒じゃないらしいけど、お偉い
さんの命名ではランチメイト症候群だなんて大層な名前をつけられているそうだ。
 一緒にご飯を食べる相手がいなくて、それを周りに悟られたくないから、独り隠れてでも
食事を摂る──或いは摂ることさえ諦めるといったさま。
 要するにそういった友達、仲間がいないことを極端に怖がる心理状態のことを指している
のだろう。そしてそんな自分に価値なんて無いのではないかと怯えるというような。これも
お偉いさん達の言っていることらしいけど、そういう人達は集団の中で孤立するのが怖くて
仕方なかったり対人関係の経験が不足しているからだなんていう。
 ……だけど、私から言わせて貰えば何を偉そうに、だ。
 結局ああいう連中は本気でそういった子供たちをどうこうしたいなんて思ってない。大抵
はこんな問題がある、ということを広めてその分析をアピールして自分を誇示したいだけな
んだと私は思っている。
 いつもいつもレッテル貼りだ。そうやって色んな事に名前を付けるから、却って人はどん
どん追い込まれていくんじゃないのか。
「むぐ……」
 それに、私に限れば、自分がここに篭るのは別に怖いとかそういう理由じゃない。
 むしろ逆だ。何というか……色々と面倒になってしまったから。
 男子はともかく、女子というのはやたらに集団(グループ)を作りたがる生き物だ。そし
て集まっただけでは安心できず、常に誰が何処に属しているか、何をしたかに神経を研ぎ澄
ませ、いつだって他人を蹴落とす準備をしている。それは自分達のグループの外の子でも、
内にいる子でも、見境がない。同じ憎しみと哂いを共有して、ようやく束の間の安堵を得る
という生態なのだ。
 だから……厭になった。
 憎んでもいない相手を一緒になって貶さないといけないし、凄いなと思っている相手を皆
に晒してもいけない。いつ矛先が自分に向いてくるか分かったもんじゃない。うふふと外面
は笑っているけど、見えなくなれば文字通り掌を返して貶めに掛かる。
 出くわす度に、そんな連中と一緒に自分はいるんだと知る度に、情けなくなった。
 学生だから……じゃなくて。これが大人になってもずっと続くんだと私達は知っている。
テレビでも何でも、誰かをこけ下ろして笑うことで全体を繕うなんていう下衆な構造が今ど
れだけ溢れていることか。
 だから、退散した。学年が変わるのに合わせて次々に付き合いを減らしていった。
 間違いなく陰口の百や二百は叩かれているだろう。でも予想はでき過ぎていたことだ。
 私はただもっと静かに暮らしたかった。もっと静かに、他人の眼に言動に苛々しないで過
ごせる居場所が欲しかった。
 それが、個室(ここ)だ。
 ここなら誰にも邪魔されないし、監視されない。ちょっと臭いのが玉に瑕だけど、場所が
場所だけにそこは仕方ない。一応芳香剤は置いてあるんだし……。
 だから、憂鬱になる。お弁当が空になり、昼休みの終わりが近付くにつれ気が重くなる。
 私はまたあの教室に戻らないといけないんだ。授業中はまだ私語を抑えられているから耐
えられるし、学生の本分に集中しておけばいいけれど、合間合間の時間──何気なく聞こえ
てくる誰かの笑い声が耐えられない。
 また哂っているのだろうか? 何処かのグループの誰かを、もしかしたら自分を、哂い合
うことで生き生きとしているのだろうか……?
『──また難しい顔してるよ? エーコ』
 だから、此処に来る。扉を閉めて此処に来る。
 その声が聞こえて私はふっと頬を緩めて苦笑(わら)った。舌足らずな、幼い女の子の声
が壁越しにそう投げ掛けられてくる。
「いつものことだよ。大丈夫」
『ならいいんだけど……。嫌なことがあったら言ってね? あたしはいつだってエーコの味
方なんだからね?』
 正直、最初は驚いた。何せてっきり一人きりだとばかり思っていた自分の定位置のすぐ傍
に、別人が潜んでいたんだから。
 彼女は純粋だった。そしていつも私のことを気に掛けてくれた。
 私はいつも教室(あそこ)にいるのが窮屈で、彼女はいつも此処に一人ぼっちで。
 だから私達は気付けば友達になっていた。彼女の正体もあって会うことができるのはこの
場所に限られているけど、私達は毎日のようにお昼休み、いつもの個室とその隣に身を潜め
ながらたくさんお話をした。大抵は私の普段の色々を訊かれて、つい愚痴まじりに答えるば
かりだったけど、それでも彼女はその寂しさを埋めてくれていたようだった。
「……ありがとうね。ハナコちゃん」
 トイレでだけ会える女の子。
 だから私は、彼女のことをそう呼んでいる。

 なのに……そんな安息を邪魔する出来事が起こった。
 ある日突然、学校中に「トイレでの食事を厳禁とする決まり」が敷かれたのだ。
 掲示板に貼り出してあった紙、全校集会での連絡事項、或いは周りが噂する色んな話を総
合して推察するに、どうやら教師達の中にいわゆる便所飯に走る生徒たちを問題視する動き
があったらしい。
『昼食は皆で仲良く摂るべきものです!』
『何故個室に篭るのか、理解に苦しみますな……』
『大体、不衛生じゃないですか?』
 馬鹿らしい。何でそこまであんた達に押し付けられなければいけないんだ。
 皆で仲良く──ちゃんと生徒の現実を見ていないからそんな妄言が飛び出すんだ。自分達
大人ですら笑顔の下で足を蹴り合っているのに、子供だけは大丈夫だなんて発想、お花畑を
越えて反吐すら出る。
 ……とは言ってみても、思ったよりも学校側の対応は強固だった。
 具体的には見張りがつくようになった。各階、教室から行けるトイレを交替で教師たちが
巡回し始めたのだ。
 こうなると、私もいつもの定位置に足を運べなくなった。ハナコちゃんに会いに行くこと
も同様に難しくなった。
 仕方なく数日、私は屋上やら中庭やら他に開放されている場所でお昼を食べざるを得なか
った。だけどそういった場所は、大抵グループだったり連れ立った誰かがとうにいる訳で、
どうしたって私のような人間はこっそりと物陰に端っこにと隠れて過ごす他ない。
 ……間違いなく八つ当たりなのだけど、頭上で眩しく照り続ける太陽が憎らしかった。
 日陰を選んで選んで、もきゅもきゅとお弁当を頬張る。やっぱりここじゃ落ち着かない。
 だけど幸か不幸か、よーく周りを見渡してみると、私以外にもそれっぽい生徒が息を潜め
ながらお昼を食べているらしいことが分かった。
 ちょっと意外だ。確かにこの学校は割合規模が大きいから他にもいたんだろうし、だから
こそ学校側もこんな無理やりな方法を採ったのかもしれないけれど……。

「ねぇ、聞いた?」
 それに加えて、また事件が起きた。
 禁止令が出て十日ほどが経った頃だった。今回の件に一番積極的に関わったと聞く、英語
の伊東先生が無断欠勤をしたのだ。
「ああ、聞いたけど……マジなのか?」
「みたいだよ。携帯に連絡しても出なかったらしいし」
「……」
 生徒達がちらほらと噂する中を、私一人鞄を肩に掛けたまま歩いていた。
 時刻は放課後、廊下にもはっきりと夕陽の色が差している。
「行方不明、か……。昨日は自習だラッキー! だなんて思ってたけど……」
 昨日丸一日、伊東先生はついに学校に出勤してこなかった。体調不良だの何だの、予め休
むという連絡の一つも無しにだ。
 彼女は堅物──過ぎた生真面目の性格の持ち主として知られている。だからこそ周りの生
徒や教師達もその情報に不審を抱き、あれやこれやと推測を浮かべているのだけれど──。
「……。ふぅ」
 私はやって来ていた。ここ数日来れていなかった廊下端のトイレ(いつものばしょ)に。
 人気は無い。相変わらずしんと落ち着いていて、だけども今日は夕陽に照らされて何処か
不思議な魔力を湛えているようにもみえる。
 誰もいない筈の場所。私は大きく息を吸った。
 唇はきゅっと結び、リラックスとは対極にある力が全身を包んでいく。カツン、タイル張
りの床を数歩蹴って進み、私は叫んだ。
「ハナコちゃん! いるんでしょう!?」
 びりっと痺れて、残響は一瞬で消えた。
 両手を腰に当てて半ば仁王立ち。トイレのど真ん中。
『エーコ! やっと来てくれた……!』
 少しして返ってきたのは、ハナコちゃんの声だった。
 おそらく額面通りの、数日ぶりに私に会えて嬉しいと言わんばかりの声色。
 だけど私は終始難しい顔をしていた。この姿の見えない──見たことのない彼女に向かっ
て、私はおそらく初めてのやり取りをする。
「学校側が、いきなりお昼を食べに来ちゃ駄目だって言い出したもんだから。……それより
もハナコちゃん。伊東先生、知ってる?」
 こちらの質問に、彼女がピタリと黙り込むのが分かった。
 言うに及ばず無言の肯定だった。私はやはりかと思いながら、それでもできるだけ諭すよ
うに続ける。
「……やっぱりハナコちゃんの仕業だったのね。あの堅物先生が連絡も無くいなくなったっ
て聞いたから、もしかしてと思ったの。貴女なら人を一人閉じ込めてしまうくらいできるん
じゃないかと思って」
『そうだよ。だってあの女が悪いんじゃない。あたしとエーコを離れ離れにするなんて許せ
ない。だからおびき寄せて、向こう側に放り投げたのよ』
「駄目よ! お願い、戻してあげて! そりゃあ私も馬鹿なことを言い出してくれたなとは
思ったけど、ハナコちゃんにそんなことをして欲しいなんて私、望んでないよ!」
『……っ!?』
 気持ちは分かる。だけど駄目なんだと改めて私は自分に言い聞かせた。
 このままじゃ、手遅れになる。今ならまだ被害を最小限に抑えられるかもしれない。
 だから喧嘩になることも覚悟で私は頼んだ。先生を出してあげてと説得した。
『……分かった。エーコがそう言うなら……』
 だけど、こちらの恐れ含みの声は思っていた以上にあっさりと届いたらしい。
 詰まった小声。暫くして、彼女がそう応じてくれたのだ。
 根は悪い子ではないんだな……。私はそう思い、キィッとひとりでに開いた掃除用具入れ
の方へと歩いていく。
『ごめんね。で、でも』
「うん。分かってる」
 伊東先生は用具入れの中に突っ伏し、気を失っているのか動く様子はなかった。
 場所が場所だけにか、全身がずぶ濡れになって汚れている。私はゆっくりと彼女に屈み込
みながらその身体を起こさせると、
「……私達は、ずっとずっと友達だよ」
 そうやっぱり見えない姿、室内の宙を見上げながら呟いて──。


「──いやぁ、見つかって良かった……」
 保健室のベッドで眠っている伊東を時折見遣りながら、集まった教師ら数人は一先ずの安
堵の息を漏らしていた。
 放課後の室内。空気に混じる消毒液の臭い。
 この日、彼らはある人物と対面していた。それは一人の女子生徒──他ならぬ伊東を発見
してくれた当人である。
「本当、一時はどうなるかと思ったよ。ありがとうな。……えっと」
「……月島です」
「ああ、うん。ありがとうな、月島」
 如何にもといった風貌をした暑苦しい体育教師。彼は面と向かうこの地味な生徒の名前を
思い出せずにいたが、当の本人はそんなことは慣れっこなのかぽつりとそう呟いただけでま
た心ここにあらずといった様子で突っ立っている。
 事は、少し前に遡る。
 突然行方が分からなくなっていた伊東を、この女子生徒・月島が偶然廊下端のトイレで見
つけたのだ。報せを受けた一同が駆けつけてみると、そこには掃除用具入れに埋もれるよう
に倒れ込んだ彼女が倒れており、こうして慌てて運び込んだ……という次第である。
 教師らは苦笑いを隠せずにいた。
 事態が大事にならずに済んだという安堵、一方で解決に一役を買ったのが他ならぬ同校の
生徒であるという体裁の悪さ。今彼らは間違いなくその両方でぐらついている。
「しかし、何でこんなことになったんだか。月島、伊東先生を見つけた時、何か他に変わっ
た所はなかったか?」
「……いいえ。転んだとかじゃないんですか? 私が見かけた時、ドアにデッキブラシが引
っ掛かってましたけど……」
「デッキ──つまり、アレか? 転んだ拍子に傍のデッキブラシが傾いて、運悪く先生を閉
じ込めるつっかえ棒になってしまっていた、と……」
 問われて一言だけ添えたが、月島は以降自分から発言をすることはなかった。
 集まった教師らが互いの顔を見合わせ、どうやらそうらしいと判断する。詳しいことは本
人が目を覚ましてから訊く他ないが、少なくとも大事に至らなかったことは喜ぶべきなのだ
ろう。
「すまんかったな。もう行っていいぞ」
「後のことは先生達に任せておきなさい」
「……はい」
 ぺこりと小さくお辞儀をして、月島は一人保健室を後にした。
 扉の向こうへ、鞄にぶら下げた小さなクマの人形が揺れている。夕陽は音もなく校舎中を
駆け巡ろうとしていた。彼女は一度だけ部屋の向こうの教師らを振り返ってから、コツコツ
と言葉もなく歩き出した。
「……」
 何をやっているんだろう? そう月島八重子(かのじょ)は思った。
 ノイズを噛みながら脳裏を去来していく映像。
 掲示板でトイレでの昼食を禁止する通達をみたあの時、仲間のいる者達が支配する場で食
事を摂らざるを得なかったあの屈辱。
 弁当箱を片手に廊下端のトイレに入り、そんな自分を熱心に見回っていた伊東にわざと目
撃させ、おびき寄せたあの放課後。入り口すぐの死角に身を潜め、生真面目な性格の彼女が
予め散らかしておいた掃除用具入れを見つけて片付け始めたのを観ていたあの放課後。
 そして次の瞬間、背後から迫り、デッキブラシを全力で以って振り下ろした瞬間──。
 虚しさしか湧かなかった。考えれば分かることなのに。
 八重子(エーコ)は物寂しくなった廊下を、ただきつく黙ったまま歩いていく。

 “……伊東に報復(こんなこと)したって、何も変わらないのに”
                                      (了)

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  1. 2014/01/01(水) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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