日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)今、魂の話をしよう

……寒い(((゚Д゚;)))

先日から急激に寒くなっていますね。自分の住んでいる田舎では昨日もみぞれや粉雪がちら
ちらと舞ったり止んだりを繰り返している程でした。こういう時の空気の冷っこさというの
は別次元ですよねえ……。

クリスマスとかいうお祭り騒ぎも(元から自分には無縁な訳ですが)何のこともなく終わり、
ようやくもって世間様は年越しを目前にしています。ぼちぼち仕事納めな方も、中には出て
来ているのではないでしょうか?(`・ω・´)ゝ<お仕事、お疲れさまです
自分はというと、一足早く年越しまでの空き時間に浸っております。また来年──月が変わ
れば例の如く執筆をするでしょうからね。今の内に身体を休めておこうと思っています。
(まぁ、でもただぼうっとしているのが中々どうして惜しく、結局こうして「書かなきゃ」
が疼いている訳ですが……)

おじん臭いかもしれませんが、正直言ってこういう歳末の雰囲気、好きだったりします。
確かに色々雑事が増えて忙しない時期でもありますが、何というか、それも大方済ませた後
の静けさと、粛々と更ける夜の暗がりの中に佇んでいるっていうのが趣あるさまであるなぁ
と思うもので。

人造的な、わざと忙しなくさせしむ煌びやかさよりも。ずっと。


──まさか今年最後の雑記がスピリチュアルな話題になるとは思わなかった。

言わずもがな、先日に突然?行われた安倍首相の靖国神社参拝に関する一連の報道です。
既にメディアが執拗なまでに報道し、叩いているのでご存知なことと思いますが、さる26日
午前、首相が靖国神社(ざっくり言うと戦没者が弔われているとされる神社)を参拝したの
でした。かねてより同社は俗にいうA級戦犯とされた人々も合祀されているため、こと中国
や韓国からは戦争の美化に当たると非難され、過去何度も参拝の度に彼らの方々から抗議の
言動が示されて久しいものです。
加えて、今回は米国や(便乗したように)EUまでもが「失望した」と声明を出すなど、今
までとは妙に毛色が違ってきている……ようにもみえます。さてはて、今後安倍首相および
各国との外交がどうなるのか。当面はごちゃまんとした状況が続くと思われます。

……またか(嘆息)
それがニュースを見た時の僕の印象でしたね。
母も「何で神社に行っただけでそんなに騒がないといけないの?」と首を傾げていましたが、
本来、参拝自体をあれこれ周りがいちゃもんを付けることもない筈なんですよねえ。確かに
靖国神社を、政府要人──のトップである首相がある種特別視するような行為は色々と面倒
事を招くだけなのかもしれませんが、少なくとも「死者の為に祈る」ことに外国から文句を
言われる筋合いはない(そもそも内政干渉な)訳で。僕自身、諍いそのものが厭いだという
のもあるのですが、やはりこの問題(とされていること)は騒ぎ過ぎだと思うのですよ……。

そもそも、何故ここまで事が拗れているのか?
自身、浅学な身であると重々承知の上でですが、ざっくりと加えながら綴りたいと思います。
先ず俗に言われる「A級戦犯」などと呼ばれた戦争犯罪人──旧日本軍側の責任者とされた
人々がその烙印を押されたのは、敗戦後、連合国の占領統治下での極東国際軍事裁判所──
いわゆる“東京裁判”でのことでした。
これは結構に誤解されていることなのですが、別に罪の重さはA級>B級>C級ではないの
ですよね。これはA級=平和に対する罪・B級=通例の戦争犯罪・C級=人道に対する罪と
いう当時の“区分け”から来ている呼び名であって“イコール罪の重さではない”のです。
(なので同じ級の中でも判決内容──刑の重さが違ったりもしたようで)
加えてこの戦犯という烙印自体、1952年のサンフランシスコ講和平和条約締結を機に、主権
を回復した日本の国会による種々の決議が採択され、当人らの刑の執行も成された後という
こともあって、公式に名誉回復が行われているのです。だから形の上ではもう戦犯と呼ばれ
る人間はいないことになっている(尤もこれも人によって解釈が分かれていますし、旧連合
国だった国々──諸外国にとっては変わらずの意識なようですけども)
……と、そういう経緯を踏むまでに、靖国神社はこれら戦犯とされた人々「も」一緒にその
社に弔い、祭った(合祀した)んですよね。これが後々、中国や韓国に恒例行事の如き批判
材料を与え続けている。靖国側は「死者に罪人も何もない」的な立場でそうしたようなので
すが、なまじ国を代表する戦没者慰霊の社と認知されてしまってる以上、やはり揉め事の種
になっていることは否めない訳で……。

何故今回このタイミングで?というのはまだ諸説あります。
第二次安倍内閣が発足して一年の節目を迎えるにあたり、是非とも参りたかったという見解
もあれば、先日の南スーダンPKOにおける韓国への銃弾提供──を逆ギレされて突き返された
意趣返しのようなもの、これ以上関係悪化しても大差ないだろうと考えたという説。或いは
いつどうやって参ったって叩かれるのだからと吹っ切れて年内に……という見方もあったり
して正直分かりません。まぁ本人に膝を交えて聞ければ一番確実なんでしょうけれど……。
あとは米国の反発ですね。これは、既に言われていることでもあり個人的な見解でもあるの
ですが、要は「嘆息」なんだろうと思います。米国だけに限りませんが、国というのは可能
な限り自分達の利益を実現させる為に在り、動いている訳です。そして米国にとって日本を
含めた極東でこうもゴタゴタが続くのは精神的にも実利的にも好ましくないのは容易に想像
できる訳です。そりゃあ、

中国「俺は第二位の経済大国だぞ!もっと敬え!この海は俺のモンだ!」
北朝鮮「叔父を処刑しました。独裁を続けます。核開発して何が悪い?」
韓国「日本を千年先も恨みます(ドヤァ」
日本「靖国参拝したよー。日本を、取り戻す(キリッ」
米国「……勘弁してくれよ」

なんて気分にもなるでしょうな。なまじ世界の警察を名乗ってきた身としては、いわば極東
というクラスが学級崩壊していくのを見ている先生みたいな心境なのかもしれない訳で……。

さてはて、なので結局「燃料」が投下されたのは少なくとも間違いない。
今まで散々反日反日と叩かれて来たというのが日本にもあるし、中国・韓国も反日でいなけ
ればならない事情というものがある。ここでどちらが「正しい」かを詰めたって、多分何も
解決しないんだろうなと僕は思っています。
むしろ僕は、そういったポリティカルな議論よりも、もっと下の内面的の、靖国をどう捉え
るかという人々の意見を眺めて色々と物思いに耽ったのでした(故に筆を執ったのでした)

『外交はゲームだ。ゲームは結果が全てだ。そこに心情倫理を挟むべきじゃない。今回の件
において日本は負けたのだ』
『国が精神的なものに関わるべきではない。政府は所詮ツールだ』

……右傾化、などと一部の国や勢力からは批判されるように、実際参拝を「よくやった!」
とか「外国の干渉に屈することなんてない」と息を荒げる人々がいる一方、僕の目に付き、
胸奥をざわめかせたのはそうした酷く冷めた──唯物論的な意見を述べる人々の存在です。
確かに、彼らの言っていることは「間違って」はいない。現実に靖国が外交カードと化して
しまっている事実もあり、戦争で亡くなった人々を殊更「英霊」として祭り上げようとする
ことに違和感──妙にあさってな情熱を覚えないこともない。憲法でも政教分離は明言され
ているのだし、そもそも国のトップが“宗教行為”に陶酔するなんて馬鹿げてる……そんな
意見も分からなくはない。

だけども……僕は思うのです。
でも、果たして一体世界のどれだけの人間が物質的な「事実だけ」の中で生きることができ
るのだろう? 情緒を排した中で生きることができるのだろう?
これは僕自身、幻想(ファンタジー)畑の創作人だからという面が少なからずあるからなの
かもしれません。だけども、僕はそう唯物論的にばっさりと“魂”を否定して欲しくない。
否定しようとは思えない。確かにそれらは目に見えないものだから、時往々にして悪だくみ
に使われてしまうけど、だからって全否定するのは乱暴じゃないかって。
そもそも、僕らが物理的に目に見えるものは限られている。
例えばウィルスなどは普通には視認することすらできない。それが可能になったのは顕微鏡
という技術が確立したからで、少なくともそれ以前は「みえない」何かだったのです。それ
と同じで、いわゆる魂と呼ばれるものも実は僕らがその観測方法を知らないだけで、もしか
したらあるのかもしれない──僕はそう考えていたい。
外交をゲームと呼ぶにしたって、では本当に「モノ」しかないのか?と問えば違うと思うの
です。面子、信頼、安心──何気なく利益と言っているものだって数値化できなければ魂の
ようにふわふわしているものではないでしょうか。第一、ゲームだから、やり方が拙かった
からお前は不利益を被って当然だなんて理屈が罷り通る世界なんて……僕は大嫌いですね。
道徳教育云々とまでは言わないけど、もっと倫理というか仁義や優しさで回っていく世界の
方が間違いなくたくさんの人達が幸せになると思うのに。

偏っちゃいけないと思うのです。これは、僕といういち人間が辿ってきた道でもあります。
理屈で叩き伏せたって、相手はきっと恨んでいる。
感情で喚いたって、相手に伝わる保証なんてない。
どちらも必要で、不可欠な両輪だと思うのです。感情をきちんと伝えられるように理屈──
言葉があるのだし、感情ばかりが暴走しないように理性というストッパーがある。
結局どちらか片方だけでは「押し付け」に他ならないのですよ。
感情であればヒステリックな、理屈であれば正論という暴力によるイデオロギー。
他人がいる、別物の魂(こころ)が対面する向こう側にある、その何よりも知らなきゃいけ
ない事実を無視する態度に他ならないのだから……。

おじん臭いのかな……?
宗教というものが論理があっても駆逐されずに残っているのは、やはり「論理的思考」だけ
では生きられない人間達が必ず──大多数いるから。そんな角ばった押し込められた世界で
は耐えられない人々がいるから。だから古今東西の教えはそれぞれの倫理を説き、今世では
なく来世=非常口があると説くのだと思うのです。そして同時に、その非常口(すくい)に
達する為にも今を善く生きましょうとも(後世の後付かもしれないが)付け加えられる──。

そう喚いてくれるなよ。
眠りについた人々の拠り代にまで来て、手前の都合で五月蝿くしてくれるな。

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  1. 2013/12/28(土) 12:30:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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