日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「Glass-U.V」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:紫、眼鏡、空気】


 流行りというものは厄介なもので、冷静に──それに従わないと腹づもりをしてから観れ
ば観るほど、何とも興醒めばかりが先んじてしまう。
 要するに数の暴力というやつだ。
 多少リアリズムに淘汰される側面もあろうが、一度「多数派」の寵愛を受けてしまえば力
を得る。現実はただ仕掛け人なる者達が売りたい、ちやほやされたいと(表向きは人様の役
に立てるのが喜びと云いながら)あの手この手を回した戦略に釣り上げられただけなのに、
気付けば従わない──属さないことの方がおかしいだなんて扱いになる。
 良くも悪くもダイナミズムなのだ。ちょっと──それは大変であってもそうであるとは概
して表には出さず──群衆の背中を押す。もしその試みが成功すれば後は勝手に膨らんでく
れる。更に気を付けるとするなら、きっとそうした“流れ”が自分達の手元を離れないこと
であるのだろう。
 そして……これらは自分たち日本人の性根にもよくよく合っている。
 同調圧力。良く言えば和の精神だの、集団規範だの。
 個人主義と言われて久しいこの世の中だが、それでも脈々と受け継がれてきた性根という
のは簡単には捨て切れないもので、ひとたび流行という一つの大流に際すれば人は遺憾なく
その精神性を発揮する。
 思うに、それは“抜け駆けを許さない”精神ではないだろうか?
 日本人は古くからの農耕民族で、かつては作物を育て暮らしても十分な食糧事情ではなか
った訳で。故に作られた村では、如何にその「身内」が生き残るかを考えた。それは同時に
自分達の「外」に関しては半ば無関心であるさまでもあり、昨今の様々な組織が陥りがちで
あるように、ややもすれば人ではなく組織それ自体を維持しよう維持しようという心ばかり
が優先されてしまいうる。
 だから、多数派というのは強い。
 少数派──つまり集団(じぶんたち)に従わない奴らは「外」な訳なのだ。なのに自分達
の「内」側にいる。それは我を通す“抜け駆け”であり、許されない。脈々と受け継がれて
きたこのせせこましい防衛根性が、そう色んなものをすっ飛ばして疼くのである。よく出る
杭は打たれるなどと云うが、要はそういうことなのだろう。
 もしかしたら、昔はもっと良く機能していたのかもしれない。
 或いはこうやって「個」を意識し、自身がはみ出ること自体が思考の選択肢として存在し
なかったのかもしれない。
 少なくとも、これらが美徳とされる時代は去った。
 在るとすればそれこそ過去の、もっと別の時間軸だったり、一部の連中が後生大切に信仰
しているお花畑なのだろう。
 少なくとも、当時と今では状況が違い過ぎている。
 今はよほどの事がない限り食べ物には事欠かないし、加えていい意味で悪い意味でも個人
主義・自己責任論が浸透し、幅を利かせている。
 もう、廃れたのだ。
 今や「同じ」が安泰であるという価値は錆び付き、ネガティブな面ばかりが連日のように
取り上げられては悪目立ちを繰り返す。

 ……さて、ここに一つの製品がある。
 品目を述べるのならばウェアラブルPC、商品名を“ユートピア”。
 それは一言でいえば少々ゴツめの眼鏡だった。左右両方の目の前にレンズ──状の画面が
並び、それを細かいボタンやスライダー(つまみ)の付いたフレームが囲んでいる。
 ちょっとおしゃれな半透明、金属質なゴーグル……とでも言った方がいいのだろうか。
 とにかく今、この眼鏡“ユートピア”は巷で爆発的なヒットを飛ばし続けている。
 ……別に欲しいと思った訳ではなかった。
 確かに以前から街の至る所でこれを着けた人間が歩いているなとは思っていたが、ただ今
回はクライアントからの依頼に応える為に手を取らざるを得なかっただけだ。
 気乗りしないまま店舗に出向き、一つ買ってしまった。
 PCショップというともっと無骨でアングラ臭のする場所だとばかり思い込んでいたが、
実際“ユートピア”販売の為のそこはやたら清潔感が漂い、スタイリッシュだった。無駄に
笑顔を振りまく女性店員にあれこれ説明され、気付いたら諸々の手続きが済んでいた。

“貴方も《ユートピア》で快適なITライフを!”
“《ユートピア》は貴方と貴方のお友達を円満に結んでくれます”

 慣れていないことも勿論だったが、いざ自分も着けて街中を歩いてみるとどうにも違和感
があって落ち着かなかった。
 確かに便利といえば便利だ。わざわざノートPCを広げなくても、携帯端末に目を落とさ
なくても、ただつんっとフレームの赤ボタン(マウスでいう所の左クリックに相当する)を
押しながら思考するだけでこちらの求める情報が速やかに表示されるのである。
 右のそれを押せばレンズの右側に、左のそれを押せばレンズの左側に。更に必要に応じて
画面は自在に格納できる。はたと調べたい事が出た時、確かにこれは便利かもしれない。
 ……だが、やはり何にでも問題点ではあって。
 先ずは衝突事故の可能性だ。これは何も“ユートピア”に限った話ではないが、いざ調べ
物なりネット上での会話をしながら街中を歩くとなると、当然意識の大半はこの仮想空間へ
と持っていかれる。
 でも身体は、のそのそとでも歩いていて……。
 一時、歩きスマホ禁止条例が各地で制定されたことを自分は思い出すのだが、果たして外
出してまでネット漬けというのは如何なものか……なんてオヤジ臭いことは思う。
 それだけじゃない。もっとおかしいことに自分は気付いた。
 “笑っている”のだ。
 右も左も、前も後ろも、見渡す限りの人々皆が、一体何が楽しいんだと思うほどに総じて
にこやかであることに気付いたのだった。
 これが“ユートピア”の効果なのか? 本当にIT技術で以って、人を円満なそれに変え
ているのだろうか?
 だが……それはやはり違ったのである。妙にニコニコ、何かあれば親切にしてくれる他人
達を目撃し横目にしながら、自分はその光景に出くわした。
 道向かいの喫茶店、その窓際の席に見知った顔を見つけたからだった。
 とはいえ、その男は別段自分と親しい訳ではない。ただ以前、クライアントとしてうちの
事務所を訪れたことがあるだけであり、そもそも今もこうして覚えているのはひとえに無理
難題を吹っかけてきた癇癪野郎だから──その一点に尽きる。
 なのに……“笑って”いた。ニコニコと見ていて気持ち悪いくらいに。
 彼は身振り手振りで何か店員に言っていたようだが、同じく“ユートピア”を標準装備し
ているこの女性はやはりニコニコと笑顔で何やら答えると奥の方へと消えていく。
 おかしいと思った。
 暫くその場で考え込み、まさかと思い、そして今回の件の深刻さに思わず天を仰いだ。
 ……要するに「張りぼて」でしかない訳だ。
 ユートピア──理想郷など、舐め腐ったとんでもない詐欺商品だ。
 レンズも、マイクも、イヤホンも、全部この為に用意されたものだったのだ。

『──お願いです、あの会社をぶち壊してください!』
『──あんな胡散臭い眼鏡に毒されてしまったから、息子は……息子は……っ!』

 何てことはない。こいつは徹底的に偽ってみせるのだ。
 自分が口にしたどんな罵詈(ことば)も、どんなに示した嫌悪(たいど)も。
 相手が口にしたどんな罵詈(ことば)も、どんな示された嫌悪(たいど)も。
 全てこいつは“円満”な映像に音に(ニセモノに)換えてしまうのだ。

「──あ。川内さん、おかえりなさ~い」
「ん……」
 一旦外出し、事務所に戻って来る頃には時刻はすっかり昼下がりを過ぎ、殆ど夕暮れ時に
近しくなっていた。
 間延びした事務員の女性の声。川内はちらと視線だけを遣り、生返事だけを寄越すと会話
もそこそこに自分のデスクへと向かおうとした。
「お? 川内さん、それ“ユートピア”じゃないですか。買いに行ってたんですか?」
「……一応な。まぁ明日にはゴミ袋の中だと思うが」
「えぇっ!? 勿体無ーい! あ、あの。もしよかったら私が引き取っても──」
 自分のデスクに向かおうとした。
 事務員は彼が片手に下げていた眼鏡(ユートピア)を見て羨ましがっていたが、川内自身
はもうこれに一ミリであってもそんな感情を抱く気にはなれない。
 勿体無いとは、やはり流行りの品だからという意味だろうか? それとも買ったばかりな
のにという意味だったのだろうか?
 ただどちらにせよ、これを他人に譲渡してお終いにしようなどとは考えなかった。
 曲がりにも自分は弁護士だ。そんな真似は──事実直接叫ばれた悲鳴に対し見てみぬ振り
をするなど、自身の正義感が許さなかった。
 彼女の厚かましさはとりあえず無視することにして、デスクに戻る。
 事務所内は他にも何人か先輩ないし後輩の弁護士がいて、一番上座には所長がじっとPC
の画面に目を落としている。
 ……その視線をこちらに遣られた気がした。
 まさか。あの女性の依頼は自分が受けたものだ。今日はその事実検証の為に外出していた
のであって、ちゃんとした報告書はこれから上げる。
(畜生め……)
 “ユートピア”を机に半ば放り出し、川内は並べてある書類の山に手を伸ばし始めた。
 先日、とある中年女性から寄せられた依頼。
 それは“ユートピア”を愛用していた息子が突然、自室で首を吊って自殺したというもの
だった。机の上には直筆の遺書もあり、警察はこれを勿論自殺として処理したのだが……当
のこの母だけは納得がいかないと訴え出てきたのである。
 ──警察が遺書を返してくれないんです。あの子の苦しみが一番残っている筈なのに。
 川内の中で、散在していた点同士が線になっていくのが分かった。
 この母からの聞き取りで、彼は“ユートピア”を発売当初から愛用していたという。
 およそ五年ほどになるだろうか。……いわば中毒状態になるには十分な時間だ。
 加えて少し前、彼は“ユートピア”を手違いで壊してしまっていたのだという。彼が自殺
をしたのはその後のことで、修理が終わるのを待っている時期の筈だったのだとも。
 ……耐え切れなかったのだろう。
 これは所詮自分の推測でしかないが、彼は内心大きく動揺していた筈だ。
 今までずっと“いい人”ばかりに囲まれていた生活、現実世界。だが一度“ユートピア”
を失えば、その嘘(メッキ)は怒涛の勢いで崩れていった筈だ。
 世界はそんな優しいものじゃない。優しくない人間がいるから、甘くなくなる。
 五年の愛用は感覚を狂わせてしまっていた。出会う人全てが悪意を──実際は当人らごと
の当たり前の感情を向けてくるように感じていたに違いない。故に彼は心を病み、遂には自
殺という結末を選んでしまった。
 どうしたもんか……川内は内心、大いに迷っていた。
 これは大事件になる。何せこの仕事は、今世間を覆っているこの潮流と真正面からぶつか
るのと同義だからだ。
 ユートピア──理想郷。
 誰もが笑顔を絶やすことなく、慈しみ合い、平穏に満ちた世界。
 なるほど。販売元はそれを、IT技術の幻で強引に現実へ持ち込もうとしている訳だ。
(……ふざけんじゃねぇよ。そんな世界にして、本当に幸せだってのかよ?)
 ギチギチと拳を握った。書類は簡単に皺になった。
 本当ならこの憤怒のまま叫びたかったが、そうもいかない。
 これは自分の力だけでは太刀打ちできないだろうから、いずれこの事務所や他の同業者も
巻き込んだ大仕事になるだろう。……いや、そうさせなくっちゃいけない。
(“醜き邪悪を断つ(Ugly Vice-cut)”──UVカットの眼鏡ってオチか? まったく、笑えない
冗談だぜ……)
                                      (了)

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  1. 2013/12/22(日) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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