日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(書棚)感想:小川洋子『薬指の標本』

書名:薬指の標本
著者:小川洋子
出版:新潮文庫(1998年)
分類:一般文藝/短編集

「失う」ことは常に悲しむべきなもの?
喪失、邂逅、そして──。
余韻の美学が綴る一時、二本立て。


今年も残す所二週間を切りました。今回は小川洋子氏『薬指の標本』の読書感想となります。
本作は表題作を含めた短編二本から成る、いわゆる短編集であり、二編合わせても二百頁に
も満たないので割合さっくりと読めると思います。
僕個人、以前に同氏の別作品『博士の愛した数式』を読了した身であり、何となくこの小説
も“穏やか”な作品世界なのかなぁと思っていたのですけれど……。
ともあれ、物語の概要は以下の通りです。

『薬指の標本』
勤めていたサイダー工場で、左手薬指の先を失うという事故に遭ってしまった「わたし」。
指の破片や血がサイダー瓶に流れ込むのを目の当たりにしたトラウマか結局工場勤めが続け
られなくなった彼女は、ひょんなことから「標本室」なる古びたアパート──にて標本技師
をむ男性・弟子丸(※でしまる、という苗字)と出会い、暫く空席となっていたこの事務員
として勤めることになる。
持ち込まれるのは、様々な依頼。
焼け落ちた生家跡に生えた茸、恋人が残した自作の楽譜、可愛がっていた文鳥の骨──彼ら
を哀しませる、そのスイッチとなるツールたるものらを弟子丸は標本にして「分離」「封印」
「完結」させることでそれらから彼らを解放する……「懐かしむ」とは逆の目的を支える。
奇妙だけど、それでも別離(すくい)を求める人々は不思議とやって来る。そんな日々の中
で「わたし」もいつしかこの不思議な空間と仕事に慣れ、次第に弟子丸に惹かれていく。
上司というほど厳しい訳でもなく、恋人というほど愛に溢れている訳でもなく。
ただ彼女は、自ら望むように、彼に“侵食”されていき──。

『六角形の小部屋』
同じ医科大病院の医師である恋人と別れた、同大事務員の「わたし」。
連日のように彼女を悩ませていたのことは二つ。一つは発作のように痛みを訴え、されど詳
しい原因も判らぬ背中の悲鳴。もう一つは急激に冷めていってしまった彼への愛情──から
の沸々とした憎悪の念。そんな感情の変化に戸惑い続ける自分自身。
そんな日々の最中、スポーツセンターのプールで出会った女性・ミドリを切欠に「わたし」
は彼女とその息子・ユズルが営む“語り小部屋”なるスポットに辿り着く。そこは完全遮音
された小さな密室の中で誰にともなく思いの丈をぶちまけられる心の駆け込み寺だった。
ひょんなことから人知れずこの小部屋の存在を知り、利用するようになった「わたし」。
そこで独白されるのは閉じめてきた彼女自身の過去──恋人を憎むようになった経緯と己が
本性を暴露する過程。
だがしかし、其処は「入り浸ってはいけない」場所でもあり、やがて──。

──油断した(褒め言葉)
それが僕がこの短編二本を読みながら、読み終えて思った一番の感想でありました。
先述のように自分は『博士の愛した数式』を既読な身であり、同作中の儚くも穏やかな心の
やり取り……のようなものを(勝手に)期待してしまったのが原因だと分析します。
まぁ確かに“穏やか”なのは穏やかなんですよね。この『薬指の~』も『六角形~』も。
ただ、エンドマークに至るまでの余韻は『博士の~』──僕個人の氏の作品に対する前知識
とは間違いなく毛色が違っていて。
ざっくり表現するならば「喪失→邂逅→別離」とでも言いましょうか。後作『博士の~』は
そうでもなかったのですが、本作二本はこの「別離」がガツーンと僕(読者)の印象に打ち
込まれるような感覚。そして“論理的には何も解決されていない”という〆、余韻だけが読
後感としてぼわ~っと漂うのです。

とはいえ、僕はそれがイコールネガティブ評価、という判断を下す気にはなれませんでした。
実際、嫌いじゃないんですよね。こういうのも。
作者が女性だからか、それとも小川洋子という人間だからこそ成せる技なのか、或いは両方
ともなのか……ざっと通し読んだだけでも僕のような男には中々真似のできない感性で以っ
た描出がされているなぁと感じます。“内々の世界”ばかりでもちゃんと分量は進められる、
物語として成立できるんだなぁと……(男だから女だからと分け過ぎですかね?)
どうにも昨今、物語を読む時というのは「整合性」やら「理屈」を重視する──或いは真逆
に「快」か否かという文字通り“消耗品”の価値かで観られることが多いんじゃないかなぁ
と僕はしばしば思っています。
特に前者ではいわゆる重箱の隅を突く、なんて言い方をされて、書き手の気持ちを無闇矢鱈
に削るばかり……なんてこともありますし(勿論建設的な意見だってありますし、即第三者
の声を全てシャットアウトすべき、なんてことは無いのですが)行間を読む──とでも言う
のかな? 自分もいち書き手だからこそ解る一つなのですが、小説において「敢えて文字に
しない(言及しない)」という手法は結構大事だと思うのです。伏線とする為(後々に気付
かされる、そのこと自体が物語を楽しむ一つになる)とか、結末を明確にしないことで読者
サイドの想像力により大きな幅を持たせるとか。
                続編フラグ? 作者の保険? 知らない子ですね……。
(少々古いですが、夏目漱石の『それから』もこうした余韻を大いに生かしたエンドマーク
を持つ作品の一つですよね)

得てして「シナリオをなぞる」という印象を読者に抱かせてしまうと、物語の楽しさは少な
からず減耗してしまいます。
何というか、余地がなくなるのではないか?と思うのです。こちら側(読み手)が入り込む
隙のない物語展開というのは確かに「論理的」ではあるのでしょうが……多分つまらない。
勿論人によって何を求めるかは──自分の中の知を積み重ねる為、現実と再び向き合う為、
一時の安らぎを得る為、娯楽(快楽)の為、或いは単なる暇潰しなど──違うのでしょうが、
物語はある程度“緩く”ないと読み手は“辛い”のだということは理解できるでしょうか?
……これは僕自身の(現在進行形の)経験であるのですが、書き手(こちら)が語り尽くし
てしまうと隙間が無いんですよね。○○は△△である──それ以外の解釈・理解が読み手側
に許されず、緊迫した関係性になってしまう。時々の運・巡り合せなどもありましょうが、
基本的に「物語そのもの」を彼らは呑み込みたい訳ではない筈なのです。咀嚼し、自分なり
に見出したものを(専ら)吸収する──だからこそ互いに“勝手”で、だけどもwin-winな
関係を作ってこれた。可能だった。とうに使い古されてきた筈の、物語という媒体で。
(loseというのは「売れない」だの「合わなかった」だのといった結果なのでしょう)

だからこそ“余韻”というものは物語にとって重要なファクターの一つであるのです。
文末の韻に一定のリズムないし不定期さを敢えて設けるといった技術的なことを始め、物語
の世界全てを語り切らない、不足なようで必要な不足を含めて。
それらは物語世界──に生まれ落ちたキャラ達を半永久的に生かすこともできるぼんやりと
した枠組み(格子が曖昧な檻)であり、書き手・読み手双方を「緩やか」に「全方位的」に
繋ぎうるものでもあって……。

巷では大小様々なハッピーエンドの物語が持て囃されて久しいですが、僕はそれでも遭えて
「こうなった」よりも「これから」の、必ずしも大団円ではなくとも「今」の自分に向き直
ってゆくことのできるような物語が好きです。それは人によっては“重苦しい”だけなので
しょうが、そのある種のリアリティを感じるほどの──しかし実際にはそっくり自分のもの
とはなりえない体験こそ、人々が物語という「他」を手に取ってきた動機だと僕は信じたい。

本作二編はきっとハッピーエンドの類ではありません。
一編はある種「狂った愛」による自滅(?)のエンドマークであり、もう一編は「安息なる
ものはすぐに離れてしまうのだ」という示唆を含むエンドマークです。
確かにこれらセカイは何となしに“穏やか”だけど“冷たい”雰囲気を含んでいます。それ
でも十把一絡げに駄作と切り捨てられなかったのは僕自身、そんな彼女達が「人間」である
感じ、僕なりに何か──それこそ本当にぼやっとだけど──思うところを得られたからに他
なりません。上手く言えないけど……「物語」なのです。

そのセカイは穏やかだけど、ぼんやりひんやり。
もしお手に取られる時は、部屋を暖かくしながらがいいかもしれませんね。

<長月的評価>
文章:★★☆☆☆(悪くないが突出した毛色が欲しい。独白部と地の文の混在が気になった)
技巧:★★★☆☆(時系列の組み替え、独白部による既出事項の補完──解明がいい感じ)
物語:★★★★☆(何より二編とも〆からの余韻が綺麗。娯楽目的とは多少相性悪?)

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  1. 2013/12/17(火) 22:00:00|
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Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

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