日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「ウィズ・ユアソウル」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:部屋、白、幼少期】


 身体がだるくてしんどいよとお母さんに言って、病院に行った。
 最初はお母さんも僕も風邪か何かだろうと思っていた。なのにお医者さんは強(こわ)い
顔になると、僕の身体をあれこれと調べ始めた。
 ──入院することになった。
 大げさだなぁと僕は思ったけど、周りの大人達は皆ぴりぴりしている。僕が連れて来られ
た部屋も何だか(悪い意味で)特別な感じがする。
 真っ白だった。
 柄とかそういうものは何もないような、一面真っ白な壁紙。天井もメロンパンの皺みたい
にきっちりとした網目の板みたいなもので、そこからやっぱり真っ白な布が下がって僕の寝
かされるベッドを仕切っている。
 退屈だった。とにかくここは静かで、他人の気配が全然感じられない。
 僕……どうなったの? お母さんがお父さんを連れて顔を見せに来た時に聞いた。だけど
二人はちゃんと答えてくれなかった。確かに僕みたいな子供には難しいお話なのかもしれな
いけれど、解る。二人があんなに苦しそうな表情(かお)をしているってことは、僕はきっ
と怖い病気に罹ってしまったんだろうってことくらい。
 だから、とても気分が塞いだ。
 どんな病気なのかも分からない。だけど毎日何度か注射をされて、何日かに一度大きな機
械にはめ込まれて色々調べられるなんてことを繰り返す。
 たまにお父さんとお母さんが来ていた。僕を励ましてくれる。
 だけど不安で不安で仕方ないって顔に書いてある。もっと別のことを考えている。やっぱ
り僕を置き去りにして、お医者さんと難しい話をしている。ドアの向こうで、僕の見えない
聞こえないところで。
 真っ白なのに、真っ黒だった。
 ぼうっと、外に出ることも許されないまま、天井を見つめる。
 だけど心はあんな綺麗な色じゃない。
 暗くて狭くて、もっと僕をぐしゃぐしゃにしようとしてくるような色……。

 でも、一つ楽しいこともあった。
 それは入院し始めてから一月くらいのこと。僕の隣のベッドに、突然新しい子が移されて
きたからだった。
「ねえねえ。君、なんて名前?」
 同じくらいの年の女の子だった。
 ただ……僕と違っていたのは、眩しかったこと。こんなに静かな──特別な感じな病室に
運ばれてきたのに、明るくて物怖じしない子だった。
「……康太」
「コータね。私は摩子」
「マコ、ちゃん……」
「うんっ♪」
 きっと寂しかったんだと思う。お父さんもお母さんも顔を見せには来るけれど、いつの間
にか“遠い”人になってしまったような気がする。本当はそんなことはないんだと、僕のお
父さんとお母さんなんだと信じたかったけど、そんな白くて綺麗な心は隙さえあれば黒ずん
でしまう。もしかしたら、これが僕の罹った病気の正体なんじゃないかとさえ思った。
 だから──たくさん話した。
 マコちゃん。部屋の中にいるのにずっとニット帽を被っていて、痩せている。
 でも元気だった。落ち込んでちゃ駄目なんだよと彼女は言っていた。笑っていよう、そう
すればきっと大丈夫だからと言っていた。
 そう上手くいくもんか──そうだね、頑張ろう。
 マコちゃんと出会ってからというもの、僕はそんな二つの感情の間を行ったり来たりする
ようになった。
 言い換えるなら、黒くて暗い方へ引っ張られつつも、彼女のいる白くて眩しい方へ。かと
思えばふいっとまた暗い方へ、自分を見つめ直そうとすると引っ張られる。
 楽しいのは確かだった。事実だった。
 きっと僕は一人では白い部屋の中で真っ黒になってしまっていただろう。
 だけどマコちゃんが来てくれた。だから、何とか埋もれ切らずにいられたんだと思う。
「ねぇ。コータは、元気になったら何をしたい?」
「何、を……?」
「うん。やっぱりさ、そういうことを考えて、治すぞーって思えば元気でいられるって思わ
ない? 何だっけ。山は……木から?」
「病は気から、かな」
「ああ、うん。そうそう。物知りだねー、コータは」
「本を読むのが好きだから」
「そっかー。じゃあ、お家に帰ったら本を読みたいの?」
「う、うーん……」
 何度かあったやり取りだった。話題が「外」のことになると、マコちゃんは決まってそう
僕に訊いてきた。
「どうだろ。ずっと部屋に寝かされっ放しだから、前みたいに一日中本に囲まれてっていう
のは暫く無理かもしれない……」
 割と真面目に、だけど苦笑いで答えていた。
 ここはまだ真っ白な部屋だから、本人を目の前にだと恥ずかしくて言えないけれど、マコ
ちゃんがいてくれるからまだ寝ていられる。じっとしていられる。
 だけど、あの何処となく薄暗い、お父さんの書斎にとなればどうだろう? また僕は引き
込まれてしまうんじゃないかと思った。一度気付いてしまったこの自分の中の真っ暗さに、
また見つめられてしまうんじゃないかと思ったから。
「そっかあ……。じゃあじゃあ」
「?」
 今でも覚えている。言いよどむ僕にマコちゃんはにぱっと笑って、この手を取ってきた。
 温かい。思っていた以上にか細いその感触に驚きながらも、彼女は確かにそう言ってくれ
たのを覚えている。
「だったら、一緒に遊ぼう? 一緒に元気になって、一緒にお外で遊ぼうよ!」

 ……でも、結局その約束は果たせなかった。
 僕らは中々元気になれなかった。マコちゃんは相変わらず笑っていた。だけども以前より
も痩せ細っていたし、声の張りが少しずつ弱くなっていく。
 僕自身も、自分の中の異変に気付いていた。
 胸が苦しい。時々、意識が飛びそうになるほど胸がどくんどくんといっぱい走った後みた
いにぐちゃぐちゃになって、寝ていることすらできなくなる。
 なのに、マコちゃんはその度にベッドから這い出し、僕に寄り添ってくれた。自分だって
辛い筈なのに、何度も何度もそっと僕の背中を撫でて「大丈夫だよ」と笑ってくれた。
 嬉しかった。こそばゆかった。だけど……それ以上に僕は凄く悪いことをしているんじゃ
ないかと思った。何度も、自分の弱さを引っ叩いた。
 情けないじゃないか。僕は男の子なんだ、いつまでもマコちゃん──女の子に励まされて
いる「だけ」では駄目なんだと思った。
 嫌だとか仕返しとか、そういうものじゃ決してない。
 ただ駄目だと思った。何か、僕は彼女にできることをしてあげたいと、しなくちゃいけな
いといつからか願うようになっていた。
『──別にいいのに。そんなこと気にしてなくても。ダンジョサベツ? だよ?』
 なのに、何度か真面目に打ち明けたベッドと椅子の上で、マコちゃんは苦笑(わら)う。
 でも……。僕はもどかしくなる。
 嘘をついているようには見えなかった。
 それに何だろう? こっちは凄く真剣に話してるつもりなのに、何かないかと聞いている
のに、彼女は凄く眩しくて……。
「──手術、ですか」
 そんなある日のことだった。お医者さんが僕を、お父さんとお母さんの三人を呼び出した
かと思うとそう言ってきた。
 僕はそこでようやく──薄々気付いていたのだけど──自分があの白い部屋に寝かされて
いた理由を聞かされた。
 心臓だった。難しい話は分からなかったけど、僕の胸の中が普通の人達に比べて上手く動
かなくなっているらしい。……だけど悲鳴をあげる訳でもない。やっぱり前から、お父さん
とお母さんはこのことを聞いていたんだ。
「暫く経過を見せて貰っていました。薬の投与でも効果は見込めています。ですが……根本
的な治療にはやはり外科的に弁の緩みを矯正する他ありません。息子さんには負担の重い施
術となりますが……」
「……。他に、手がないのですね?」
「だったらお願いします。もう何度も主人とは話しました。息子を……助けてください」

「やったね。これでコータもお外に出られるんだ」
 全部を全部とはいかなかったけど、その話をマコちゃんにもした。彼女はまるで自分の事
のように喜んでくれた。
「……」
 だけど、一方の僕は全くといっていいほど気分が晴れなかった。
 難しい話は分からないけれど、手術というものが成功するとまでは言われていない。もし
かしたらそのまま死んでしまうかもしれない。
 何より……僕だけが先に、この出会った頃に比べれば随分と痩せ細ってしまった彼女を置
き去りにするようにして、この部屋を後にしていく可能性があることに、僕はどうしようも
なく心地が悪かった。
「……」
 だけど、そんな僕を、やっぱりマコちゃんはお見通しで。
「前に、何をして欲しいって訊いてきたよね」
「? うん」
「……じゃあ、今答えてあげる」
 フッと目を細めた後で、彼女はもう一度笑った。
「“ずっと、私をコータの傍にいさせて?”」
 そして俯きがちな僕の頭をぽんと叩いて目を合わせると、言ったんだ。


 ──手術は、無事成功した。僕はやっと自由になれた。
 だけど……目が覚め、その事実を知らせれた頃、僕は同じくまた失いもした。
 マコちゃんが、ベッドからいなくなっていた。
 いつも彼女が寝たり座ったり。結構雑なまま放置されていたシーツが綺麗さっぱり整えら
れて、しんと静寂を放っているのをみた。
 暫くの間、僕は何が起こったのか、それを理解しても受け入れられずにいた。
 どうして? 当時の僕は主治医や看護婦さん、はては両親にも詰め寄った。それこそ泣き
じゃくりながらわんわんと騒いで問い詰めていたらしい。
 大人達は言った。
 彼女はもっと遠い所に行った──或いは、もう頑張らなくてもいい所に行った──そう明
らかにばつの悪い表情(かお)をして、態度を隠し切れずに言った。
 十中八九、明白だった。
「……」
 あれから、何年が経っただろう。今、僕こと笹井康太はとある大学のキャンパスにいる。
 身分は大学院生。あの突然の別れからずっと心に決めていた未来を、自分は今掴み取って
程ない。春から自分は正式に、医療系の研究室(ラボ)で研究者の道を進み始める。
 もきゅっと。昼休みのキャンパス、中庭。冷めてしまった不恰好なおにぎりを頬張りなが
ら、僕はあの短くも大きな日々を思い返している。
 結局、マコちゃんのその後は分からずじまいだった。そもそも本名をどういうのか、それ
すらも自分は知らない。気付いた時には既に事は大人達によって運ばれ、あのベッドは次な
る客(かんじゃ)を収容する準備をさせられていた。
 ちゃんと訊いておけばよかった──。
 何度も去来した思い、後悔。だけども今やそれは酷く虚しいものと為った。
 せめて? 仮に訊いておいたとして、あの頃の自分は彼女のその後(じじつ)に耐え切れ
ていたのだろうか? 今のように夢の原動力へと移し変えることができただろうか?
 夢。そう、儚い代償行為なのだろう。せめて救いたいと願った。あんな別れを未来の子供
達にさせないためにも、僕がもっとこの国の医療を進化させてみせる──。
「……ごちそうさま」
 心にもない形式ばった、だけども笑い棄てることは自身が許さない、命への感謝を。
 おにぎりを包んでいたアルミホイルをくしゃっと丸めた。ビニール袋と分けて、とぼとぼ
と近くのゴミ箱へと捨てる。
 時折吹く風が冷たい。二月も末だというのに、春はまだ鈍足運転らしい。周囲をちらっと
眺めてみても、まだコートを手放せない先輩・後輩・職員らの姿がちらほらある。もう一度
座っていたベンチに腰掛けた。ゆっくりと背もたれに体重を預けて静かに深呼吸をする。
 マコちゃん……君は喜んでくれるだろうか?
 僕は医学の道に進む。今は志と、どうしようもない現実との間をいったり来たりしている
毎日だ。
 あの頃みていた、暗く引き込まれる黒と、眩く手を伸ばしたい白。
 君が生きていれば、この志へと僕の手を取ってくれるだろうか? それとも君だって成長
したろうから、もっと建設的な意見を言うのだろうか?
(……時間、か)
 そうしていると昼休み終了の予鈴が鳴り始めた。そろそろ戻らなければ──いつまでも昔
の思い出に浸っている暇は無い。そう無理やり僕は自分に言い聞かせて、ベンチから立ち上
がる。

 辛酸を押し込み青年は歩き出した。整えられながらも何処か無機的なキャンパスの中を。
 ここは世界の片隅だ。ぐんと視点を彼というミクロからキャンパス全体、この街、或いは
もっと遠くへとマクロに遠ざければ何と彼という人間の小さいことか。
 だが……それ「だけ」ではあまりにも無粋だろう。事実として、彼らはこの街で世界で、
確かに生きている。
『~♪』
 たとえ彼の後ろに、それがまるで当たり前であるかのようについてくる、幼き少女の幻影
が寄り添い、当の彼がその存在に気付いていないとしても。
                                      (了)
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  1. 2013/12/01(日) 18:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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