日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「デッドライフ」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:来世、入学式、嫌】


 まさかこの歳になってまで──“死んでまで”学校に通うことになるとは、流石に考えも
していなかった。
『──という訳で、これから皆さんには冥府監修・更生プログラムを受けて貰います。期間
はおよそ一月半。その後、生前のカルマ指数を加味した上で閻魔局にて裁定が下されるとい
った流れになります。ですので、たとえ善人であろうと悪人であろうと、当プログラムでの
成績次第では逝き先(しんろ)希望が認められるかもしれませんし、逆に認められないかも
しれません。特に転生に値しないと裁定されれば、随時追加される補強プログラム──俗に
言われる“地獄”が待っています』
 だから、今ミシマの胸に去来するのは猛烈な気だるさと、予想斜め上の事態に対する辟易
の念に他ならない。
 ミシマは立たされていた。
 あちこち訳が分からないままたらい回しにされた挙句、着いたのは無駄にだだっ広い一面
木目調の講堂……らしき場所。そこには自分のように、くすんだ白い装束を身につけた人々
がずらりと列を成して並ばされている。
 地獄──そのフレーズに彼らが少なからず動揺していた。ざわざわと互いを見返す。
 しかしそれも束の間、壇上で先程から話しているあの世のお偉いさん──自分達とは逆に
黒装束の女性がバンッと手元を叩くと、そのわざめきもサァッと収まっていく。
(無茶言うなよな……)
 そもそも、大抵の人間は「ええ。貴方は死にました」と事務的に言われて納得するもので
はないだろうと思う。
 気付いた時には、浅く草が生え、霧のかかった平原にいた。
 他にもぽつぽつ、見渡せば同じように立ち尽くし、自分に何が起こったのか分からないで
いる者達がいた。
 そこへあの黒装束達が何処からともなくやって来たかと思えば、件の宣告だ。これで錯乱
しない方が──しなかった自分が言うもなんだが──おかしい。
 なのに連中はこちらの理解もお構いなしに抵抗する者には手刀を食らわし、或いは大鎌を
突きつけて脅し、次々と近くにつけていた船へと自分達を放り込んだのだ。
 そうして揺られること暫し、今や自分達は和風(木材)や洋風(石材)がごちゃまぜにな
った街の一角──この講堂まで連れて来られた……という訳だ。
(……学校というよりは刑務所、いや工場みたいなもんか)
 ふっと自嘲(わら)った。
 尚もガイダンスを続ける黒装束らの話を耳半々に、ミシマは先程からずっと胸の奥で渦巻
いている感情と改めて向き合い出す。
 彼ら曰く、冥府とは死人を“処理”する場なのだそうだ。
 彷徨える魂を回収し、一旦冥府へと集めてから、その全員に“教育”を施す。全ては輪廻
転生という名のベルトコンベアーに自分達を乗せる為。
 こちらの目標通り従順であれば上々、そうでなければ地獄送り──不良品扱いとし、その
者達が更生しない限りは“廃棄”対象として捌く。
 善き魂を世界に満たす為という美名の下、自分達はその死さえも管理される──。
 こんなことなら、告発文の一つくらい叩き付けておくべきだったな……。
 前だけは向きながら、しかしもうろくに長口上を聞く気など失せたミシマは思い、苦虫を
噛み潰すように後悔する。
 死んだら楽になると思った。
 あの時はもう、生きていたって地獄しかないんだと追い詰められていた。
 だが……何てことはない。あの世(こちら)もまぁ、随分とブラックじゃないか。

『──ああ。君、自殺なのか……』

 ここに来る少し前、同じく集められて何やら検査を受けた時のことを思い出す。
 あの帳面には生前の情報でも書いてあったのだろう。
 そう呟きながら自分を見返してきた黒装束の眼は、面倒臭さと雑な憐憫を混ぜ合わせたよ
うな、暗く澱んだ色をしていた。


 冥府の基準では、プログラムが済んでない者を従魂魄、済んだ者を正魂魄と呼ぶらしい。
 ガイダンスが終わり、黒装束らに案内されたのは無数の長屋──宿舎だった。
「プログラムが修了するまでは各自ここで寝泊りしてすること。いいな?」
 ミシマが振り分けられたのは、その中の一室だった。
 手短に当面ここが自分達の部屋であること、基本的に一部屋につき配分される人数は五人
単位であることを伝えると、案内してきた黒装束はそのまま廊下の向こうへ消えていく。
「……」
 戸口に立ったまま、ミシマは一度ぐるりと室内を見渡した。
 どうやら自分は最後だったようだ。中には既に四人、この部屋の残りの面子が揃い、思い
思いに時間を持て余している。
「お? お前が五人目だな」
 最初に動いたのは、死人の癖に妙にバイタリティのある男だった。
 がっしりと筋肉のついた身体と馴れ馴れしい表情(かお)。体格では大いに差をつけられ
ているが、おそらく同年代──三十前後と思われる。
「俺はゴウダ。ま、暫くの間だけどよろしく」
「……。ミシマだ」
 そうびしっと差し出される手。
 正直鬱陶しかったが、ミシマは最低限の名乗りを返すとその握手に応えることにした。
 握力も無駄に強かった。他の面子からの視線も痛い。もしや互いの死んだというショック
や警戒心を解さんとする彼なりの行動だったのかもしれないが……少なくとも場も皆の心境
も、まだそこまで追いついてはいないだろう。
 残りの三人にちらと目を遣る。
 一人は人の良さそうな老人だった。備え付けなのか、窓際の小さな机に座ってキセルを吹
かしている。
 一人は線の細い少年だった。唇を横に結んでこちらの様子を窺がっている。見た感じでは
中学生くらいだろうか。
「……」
 そしてもう一人は少女だった。
 自分やゴウダよりも若く、少年よりはいくぶん年上。高校生か成りたての学生といった所
だろう。だがそれよりも気になるのは、さっきから彼女がじっとこちらを、まるで何かの仇
であるかのように睨んでいることだが……。
「ま、とりあえず自己紹介しようかのう。儂はヤシロという。老衰だったようじゃ。目覚め
てみればいきなりピンピンしてしまって驚いとるよ」
 ほっほっほっ。ヤシロ老人はそう穏やかな声色で笑い、そう名乗った。こちらはゴウダの
ような厚かましい感じではない。生前も品のよい爺さんだったのだろうと想像できる。
「サクラといいます。えっと……事故で、かな? 黒服さんにそう言われたので。よろしく
お願いします」
「お? お前もかー、俺もなんだよ。バイクで踏み過ぎちまって……」
「……君は?」
 そのままの流れでさっさと済まそうと思っていた。
 相変わらず場違いなノリの良さで相槌を打つ傍らのゴウダを無視し、ミシマはついと残り
一人であるこの少女へと同じ問いを向ける。
「……カガワ。あんたに答える義理はないわ」
 なのに、対する彼女の態度はあまりに刺々し過ぎた。
 やはりまるで仇でも見るかのように睨み返してくる少女・カガワ。ミシマは思わず眉を顰
めて睨み返したが、そこままでぐっと堪える。
 流れを読まない気の強さは確かに厭ではあったが、むしろ彼女のような反応が普通なのか
もしれない。何せ自分達は死んだのだ。それを、その経緯をいきなり見も知らぬ他人に打ち
明けるなんてとんでもないと思っているのかもしれない。
「……。そうだな」
 居た堪れなくなって先に目を逸らし、ミシマはそれだけを小さく呟いた。
 ゴウダ以下残りの面々も、彼女の突き放すような態度に身を強張らせたようだが、同じく
ミシマのような思考が過ぎったのだろう。彼らもまた、誰も自ら進んで彼女を咎めようとは
しなかった。
「そ、それにしても、まさかあの世でまで勉強するとは思わなかったぜ。学校なんていつぶ
りなんだか」
「ほほ。それを言うなら儂などもう何十年も前じゃて。……大丈夫かいのう?」
「心配ないと思いますよ。ガイダンスでも言っていたじゃないですか、基本的に知識を詰め
込むだけだって。メモさえ取っていれば何とかなるでしょう。折角五人いるんですし、こぼ
した部分はお互いに補え合える筈です」
 ゴウダとヤシロの憂い──尤もその内容はだいぶ別物のように思えるが──に、サクラは
さも優等生らしく平然と答えていた。……そうだっけ? ゴウダが確認するようにこちらへ
視線を遣ってくる。どうやら話半分なままの者は他にも結構いたらしい。
(その為の五人……なのか?)
 だがミシマは相変わらずというべきか、懐疑的だった。
 あの説明を聞く限り、切り捨てる者は容赦なくといった風に自分には感じられた。確かに
同室の誰かに助力があれば、優秀な成果を残し、希望するその後を得られるかもしれない。
 だが、それで良しとお偉いさん(れんちゅう)は考えるのだろうか? オカルト関係など
門外漢だが、要するに素質不良のまま生まれ変わらせる訳だから、それでは自分達の目的か
らすれば不備を残すことになるではないか。
(……。五人組……)
 故に代わりにミシマの脳裏に過ぎったのは、そんなフレーズだった。
 相互監察、連帯責任──生きていた頃の記憶と知識は告げる。
 個人にとり孤独は辛いが、それよりも苛烈なのは孤立なのである。
 他人の眼というのは往々にして毒になるのだ。それが相互の不信と、己が保身を刺激する
ような環境であればあるほどに。
「──で? 爺さんはここを出られたらどうしたい? 連中の言うように来世か? それと
も極楽往生でもしたいか?」
「そうじゃのう……まだ決めてはおらんが……。船頭に聞いたんじゃが、希望すればこちら
の街で暮らすこともできるそうじゃから、一度実際の暮らしぶりを見てみたいのう。時間な
らあろうし、決めるのはそれからでもいいかのぅ」
「へぇ。死んでるのにまた生活ができるのかぁ……」
「……カガワさんは決めているんですか?」
 しかし、幸いここの面子は比較的気のよい連中が揃っているようにも思える。生前の酷さ
が酷さだっただけに、そう内心過大評価しつつある──彼らの雰囲気に呑まれかけているの
かもしれないが。
「勿論、生まれ変わるわ。このまま人生終了なんて納得いかない。今の記憶も全部持ってや
り直してみせる」
「……」
 但し、この些か負けん気の強すぎる少女を除けば。


 サクラが語っていたように、確かに更生プログラムとやらはその殆どが知識の詰め込み授
業であった。
 懐かしい……学生の頃を思い出す、なんてことはすぐに言ってられなくなった。何せその
要求される量が尋常ではないのだ。
 語学、歴史、地理、生物学、数学──毎日のように講義室で黒服らが入れ替わり立ち代わ
り唱え続けるのはあたかも呪文のようにすら感じられた。
 抜かった。完全に失念していた。此処は冥府、死者の行き着く先なのだ。即ち生まれ変わ
るにしても再び日本人である保証なんてどこにもないし、そもそも先ず以って人間かすらも
怪しいということである。
『──であるからして……』
 それでも、連中は一ミリも容赦などしてくれない。
 彼らの言い分を要約するなら、何処のどんな者に転生しても大丈夫なよう、皆に等しく一
通りの素養を授ける為なのだそうだ。
 正直半月も経たぬ内に音を上げかけていたが、同時に“頭で記憶しなくてもいい”という
報せが初期に与えられたことで、ミシマは辛うじてこうして机に向かうことができている。
(……んでも、それなら馬鹿正直に聞かなくてもよくねぇか?)
 魂の部分でも記憶に残る──。そんな以前の教官の慰みを思い出し、ぽりぽりと髪を掻き
ながら、ミシマはぼうっと壇上を眺めていた。
 此処に来て、要するに死んでから数日、こちらの生活にも少しずつ慣れてきていた。
 基本的に同じなのだ。街があり、メカニズムは全く違うがインフラもある。むしろ霊体な
ので食事を摂る必要がないし、故にあくせく金を稼ぐ必要も生じないというのがミシマにと
ってはこれとない魅力であったりする。……一応、無機質な生活に清涼剤をということで、
まやかしながら食事や娯楽の真似事はできたりするのだが。
 ……それでも、先ずもってこのプログラムで落第すれば地獄行きが濃厚となるには変わり
ない。自分が天国に行けるとは元より思っていないが、こっちに来てまで(文字通り)地獄
を見るのはまっぴらごめんである。
(俺の行き先、かあ)
 講義の最初期や時々の合間、ミシマ達はより具体的な話を聞かされていた。
 現在の更生プログラムを無事修了すれば、閻魔達によってそれぞれの処遇が決定する。
 可能性の一つは、その大半である転生だ。
 何処に何に生まれ変わるかはそれこそ個人差が大きいが、多くの人間にとって己の死とは
そう簡単に受け入れられないものである。転生の過程で記憶が除去されてしまうにせよ、新
しくやり直せるならやり直したいと思う者がいても別におかしくはない。実際、冥府の街に
は自身の転生が執行されるまで街に住み待機し続ける者もいるという。
 二つ目は、こちら側の定住である。
 これも酔狂な者の選択だと思うのだが、中には現世のしがらみの無いこちらに留まっての
ほほんと暮らしたいと望む者もいるらしい。彼らは文字通り冥府街の住人になったり、或い
は冥府の役人──黒装束の一員に就職するのだという。
 そして三つ目は、地獄行き。
 要するに、この更生プログラムを経ても転生の資格なしと判断された者達だ。大抵は生前
に大きな罪を犯した者だそうだ。確かに、そんな魂を現世に差し戻すのは拙かろう。
(……。やっぱ、どれも嫌だな……)
 机にくてんと突っ伏し、ミシマはもう何度目かになるその悩みで頭を抱えた。
 そもそも自分は、過酷労働を苦に首を吊ったのだ。今の世の中また人間社会に舞い戻って
も大抵働き詰めの人生になるだろうし、かといって動物やら植物、虫などに好んで生まれ変
わりたい訳でもない。……自分は、解放されたかったのだ。
「……」
 相変わらず、講師役の黒装束が延々と古今東西の知を口にしている。一生懸命メモを取っ
ている死人達(どうほう)の姿も方々に見える。
 何をやってるんだろう? ミシマはやはりその思いを拭い切れない。そりゃあどういう死
に方をしたか、人それぞれなんだろうが、強くてニューゲームもできない二週目にどんな魅
力があるというのだろう……。

『──街から出られない?』
『うむ。お前さんも連れて来られる途中で見たじゃろう? この街や船を包む大きな膜みた
いなものを。これも行きがけ船頭と話しことなんじゃがな、あれは結界なんだそうじゃ。儂
らは死人じゃろう? つまり肉体はもうない。だから放っておけば儂らのこの身体──ぼや
っとしたこの身体は、どんどん蒸発してなくなってしまうんだと。それを防ぐのがその結界
なんだそうじゃ』

「……」
 宿舎で、いつかヤシロ老人が話していたことを思い出す。
 ──消える。この街を抜け出せば、俺達は消滅する(きえる)……。


 その日は何となくものを食べたい気がして、ミシマは従魂魄用の食堂へ足を運んでいた。
 手回し駆動という何ともレトロなギミックで券売機を動かし、カウンターの向こうにいる
割烹着姿の女性の一人に食券を渡す。……生きていた頃と本当に何も変わらない。
 注文したのは熱々のきつねうどんだった。
 ごくりと喉が鳴る。このくすんだ白装束と輪郭からぼやけた身体、何より目の前のこの料
理も本物──ちゃんとした物質でもないまやかしなのに、意識が今から飯を食うんだと嬉々
の声をあげている。
「よう。向かい、いいか?」
 そうしてついがっついていた所へ、ふと聞き慣れた声がした。
 ゴウダだった。ちなみに彼の手にするトレイには大盛りのカツ丼。何となくばつが悪くな
って、ミシマはのそっと食べるスピードを落とす。
「珍しいな。お前が来るなんて」
「……講義と部屋の往復ばっかりだと、流石に参ってくるんだよ」
 実の所をいうと生前の職場を連想してのことだったのだが、ゴウダの反応はむしろ歓迎す
るかのような面持ちだった。
 にこにことしながらカツ丼(の幻)を頬張る。大方こいつは、自分がこっちでの生活に積
極的になってきたことを喜んでいるのだろう。
「ゴウダはよく来るのか?」
「ああ。案内板見て知ってからはほぼ毎日。ヤシロの爺さんやサクラと一緒の時もある」
「へぇ」
「味気ねぇなあ。折角同じ部屋なんだからお前ももっと交流しろよ」
 ミシマは流石に苛とした。善意のつもりなのだろうが、そんな押し付けはお断りだ。
「そんな怖い顔するなよ。まったく、カガワもお前も、いい加減この状況を受け入れろって
のに……」
「順風満帆なまま終わった奴と一緒くたにすんな。……つーかカガワ、やっぱまだツンケン
したままなのか」
「ああ」
 ちびちびと食べながら訊くミシマに、ゴウダはがつがつと飯を頬張ったままの口で頷いて
いた。数秒もぐもぐと咀嚼。幻影だというのにしっかり堪能して飲み込み、しかし次の瞬間
にはフッと心なし表情を厳しくする。
「度合いで言えばお前以上だぞ。初めの頃のまんま、壁を作ってがり勉になってる。転生が
希望だって言ってたから、何が何でも落第にはなりたくねぇんだろうが……」
「……でも転生するとそれまでの記憶はなくなるんだろ? まぁたまに前世の記憶を持った
子供が! なんて番組が、生きてた頃にもあるにはあったが」
「だな。んでも多分、カガワの動機はお前の考えてることよりずっと深刻だと思うぜ?」
「……??」
 ミシマは眉根を寄せ、ゴウダを見た。彼も彼で、はたと腰を浮かせたかと思うと、ずいと
こちらに顔を近づけてからひそひそと声量を抑えて話し始める。
「これ、内緒の話なんだがな。カガワの死因って、他殺なんだとよ」
「……殺されたのか」
「ああ。だから人一倍生に執着してるんじゃねぇかね? 見た感じまだ女子高生だろ? 人
生これからって時じゃん? きっと……悔しかったんだろうな」
「……」
 ゴウダが珍しく感傷的にそう語っている。
 だがミシマの内心はむしろその言葉、告げられた事実でささくれ立っていた。
 解ってしまったからだ。どうして最初に会った時──そして今も、自分をまるで仇のよう
に睨んでいたのか。
 推測だが、耳に挟んでいたのではなかろうか。自分が自殺してこちらに来たことを。
 思えばあの検査は、特にプライバシーを配慮した感じではなかった。だたっ広い体育館の
ような場所に自分達は一まとめにされ、次々に色々検められた。もし彼女が自分の死因に関
する会話を──黒装束に辟易されていた瞬間を見ていたのならば、あり得ない話ではない。
(要するに、八つ当たりって訳か……)
 だから憤った、のかもしれない。
 自分は生きたくても生きられなった──殺されたのに、お前は自身で生を絶った。私が生
きたかった日々を、自身の手で台無しにした……。
 解る。ご尤もな感覚だ。
 だが……自分は受け入れる気にはなれない。そんなとばっちり、知ったことか。
 こっちだって地獄の日々だったんだ。解放されたかった。寿命なり何なりを交換すること
など出来ない以上、お前の憤りは難癖に他ならない。
 むしろこっちが叫びたいくらいだ。
 死んでまで生きろなんて、ふざけんじゃねぇ──。
「……ん? なぁ、あれカガワじゃないか」
 ちょうどそんな時だった。はたとゴウダが言って眼を遣るのに、ミシマもつられていた。
 見れば、確かに彼女がいた。券売機をぎこちなく操作し、食券を選んでいる。
「あいつも食う時は食うんだな」
「そりゃあ、まあ」
 ミシマは苦笑して、手元の湯飲みを取り口をつけた。これもまやかしの筈なのにほこほこ
と程よい温度が伝わってくる。
(……?)
 そんな最中だった。
 カウンターへ食券を提出する彼女の姿をじっと見つめる、見知らぬ男の姿を、ミシマは確
かに食堂の物陰に見つけていて……。

 ──事件は、その日の夜に起こった。
「お、おう。ミシマにゴウダか。ちょうど良い所に来た」
 食堂での食事を済ませ、二人が自分達の部屋に戻ってくると、そこにはヤシロが一人座っ
ているだけだった。
「何だよ爺さん。碁の相手なら昨日も……」
「違う違う。お前さんら、カガワを見んかったか?」
「え?」「カガワ?」
 最初は、いつものように碁だの将棋だのの相手をしてくれとねだってくるのかと思った。
 だが二人はそうではないとすぐに気付く。彼の表情(かお)が珍しく動揺していたのだ。
 不穏な空気を察する。互いに顔を見合わせて眉根を寄せる。
「食堂にいたのは見ましたけど」
「食堂……? うぅん、それはあれの後なのか前なのか……」
「あれ? 何の話だよ」
「う、うむ。実はの……ちぃと前、部屋を訪ねてきた者がおったんじゃよ。儂はその時うと
うとしておったし、ちょうどカガワもおったし応対を任せたんじゃが……それからあの子が
その客人と一緒に出て行ってから一行に戻って来んのじゃ」
 ミシマは静かに目を瞬いていた。ゴウダは片眉を上げて窓の外を見遣った。
 外は既に暗くなっている。そもそも自分達が食堂にいたのも講義終わりに夕食を摂る為で
あって、遊びに行くというような理由ではない。
「妙だな。区域の閉門時間まで、もう少しなのに」
「夜遊び……じゃねぇよな? あのがり勉が実は男作ってましたーってオチか?」
 ゴウダがそう砕けた感じで呟いていたが、より深刻に捉え直していたことは傍目にも明ら
かだった。
 ごぅんと鐘の音が鳴った。また一刻、門限までの時間が近付いてきている。
「分かった。俺達も捜してみる。爺さんは念の為ここにいてくれ」
「……そういえばサクラは?」
「ああ、あの子も捜しに行ってくれとる。じゃが戻ってきておらんのう」
「……もし俺達が門限が来て戻らなかったら、誰か黒装束に事情を話してください。彼女が
何か、事件に巻き込まれている可能性もあります」
「うむ……。そうしよう」
 気をつけてな!
 ヤシロの言葉を背に受け、そうしてミシマとゴウダは部屋を駆け出して行った。
 夜はゆっくりと、だが確実に深くなっている。
 あの世(こちら)でも、時は確かに流れているのだと知らされる。

「──ちっ、此処にもいないか」
 それから暫く、二人は従魂魄が立ち入りを許される場所を駆け回った。
 人気の失せた宿舎棟の広間、夜の深さに比例して人気を増していく繁華街。だがその何処
にもカガワの姿を見つけることはできない。
「おいおい、どうするんだよ……。人のいそうな場所はもう大方回っちまったぞ」
「そうだな……」
 街は自由な営みを許された正魂魄らの領域になろうとしてた。見つからずに焦りを募らせ
るゴウダとミシマ。そんな二人を嘲笑うかのように、人通りは艶かしく賑わっていく。
「これは本当に事件かもな。あの世でもきな臭いことは起きるんだな」
「感心してる場合か! どうするんだよ? もう捜せそうな場所なんて無いぞ……?」
 それでも、彼女に対する思い入れの違いからか、互いの態度はある意味対照的だった。
 ここでもゴウダの博愛的な部分がミシマを急かせた。自分としては正直どうでもいい節が
あったが、このまま八つ当たりされたままお終いなんてのは虫の居所が悪い。ぎゅっと眉根
を寄せ、限られた自分達のこの街の空間・知識を総動員して考える。
「……一つだけあるぞ。他人が立ち寄りたがらない場所なら」

 そこは街の端だった。宿舎棟の裏手から回り込み、堅い芝草を踏み分けていくと、遠くに
広がるのは視界いっぱいを覆う幕──ドーム状の結界であった。
「いた!」
 最初に気付いたのはゴウダだった。言うや否や駆け出す。その姿を、霊魂を逃がさぬよう
取り囲む結界の半球が静かに見下ろしている。
「……チッ、嗅ぎ付けやがったか」
 そこにあった光景にゴウダは拳を握り、ミシマは眉を顰めた。
 押し倒されていたのだ。カガワが芝草の上に倒され、もう一人の男に馬乗りにされ首を絞
められていたのだ。ギリギリと絞められながら、もがきながら、押されたのか身体を引き摺
った跡がくっきりと残っている。それらは多少蛇行しながらももう少しで結界の境界寸前ま
で迫ろうとした。
「お前、あの時の……」
 男はミシマが食堂で見かけた男だった。物陰からじっとカガワを見つめていた男だった。
 年格好は二十代前半といった所か。痩せぎすで全身がまるで刃のような剣呑さを今、醸し
出している。
「カガワ! い、今──」
「来るなッ!」
 彼に襲われていることは明白だった。なのに助けに駆け出そうとするゴウダに、他ならぬ
カガワ自身が文字通り鬼の形相で睨み付け、その歩を阻む。
「こいつ、は……私が殺すのよ……邪魔、しないで……」
「何言ってんだ!? どうみてもお前がやられかけてるじゃねぇか! 結界の端っこだって
近付いてる。何があったか知らねぇが、お前、消えちまうぞ!」
 ゴウダが悲痛に叫んだ。しかしこの期に及んでもカガワは自分達に助けを請わない。男の
方も、にたりと醜いほくそ笑みを浮かべながら、ぎりぎりと首を絞める手に力を込める。
「ははは! つくづく負けん気の強いアマだ! そうだよなぁ!? お前はそうやってあの
時も散々俺に抵抗して、死んだんだ!」
『──!?』
 男の言葉に、二人の表情が強張った。
 カガワは殺された──。先刻、ゴウダが話していたこぼれ話を、ミシマは半ば反射的に脳
内で再生する。
「よくもまぁやってくれたよなぁ? てめぇがぎゃんぎゃん騒ぐ所為で俺は警官(ポリ)に
見つかって、撃たれて、川に落ちて……死んじまったじゃねぇかよぉ!!」
 断片的な情報、男の叫び。二人は理解する。被害者と加害者、その双方が今目の前で殺し
合おうとしている。後者に軍配が上がろうとしている。
「知るか……。大体、二万円ちょいの財布を狙うなんてせこ」
「うるせぇッ!」
 男が躊躇なく、その拳をカガワに叩き付けていた。
「うるせぇ! うるせぇ! うるせぇ! てめぇがっ、てめぇが大人しく金を渡してりゃあ
こんな事にはならなかったんだよ! いつもみたいに遊んで食って寝て、面白おかしく暮ら
せてたんだよ!」
 落ち始めた夜闇に響く、ノイズのような音。
 肉体が無いからだ。自分たち死人は、霊魂は、肉体が無いから互いに殴り合うとそのぼや
けた姿を削る格好になるらしい。
「でも俺はまだ運があった! てめぇを見つけた! どうせ俺は地獄行きだ。だったらその
前にてめぇを魂ごとぶっ潰してやる!」
 なるほど、そういうことか。
 ミシマは今にも飛び掛ろうとするゴウダを片手で制し、俯き加減に前髪で表情を隠す。
 男は自分が死んだその逆恨みでカガワを、一方でカガワは自分の命を奪ったこの男へ復讐
を。それぞれに憎悪のまま一致をみてしまったのだ。おそらくヤシロの言っていた訪問者と
はこの男だったのだろう。そしてカガワは、その復讐心で以って誘いに応じ、そして──。
「……」
「お、おい。ミシマ?」
 そのままの姿勢で、ミシマはゆっくりと前に進み始めた。逆に手で押し返された格好にな
っていたゴウダが困惑の表情を浮かべている。
「おい」
「あん? なん──」
 殴っていた。ミシマの右ストレートが、一切の慈悲なく男の振り向いた顔面に。
 既にザザッと全身がノイズしていたカガワが、苦しそうなままながら驚きで口を半開きに
している。男がひしゃげた顔をくっ付けたまま宙を舞い、どうっと地面に倒れる。
「み、ミシマ……手を、出すなって」
「やかましい。一回殺されてるんだからもう少し学習しろ」
 ぴしゃり。ふらつきながら身体を起こして言うカガワに、ミシマはにべもなく言の葉を叩
き付けていた。
 ゴウダが、カガワが、ぽかんと彼を見つめている。
 するとどうだろう。次の瞬間、ミシマは男の胸元を掴んで彼を持ち上げると、真っ直ぐに
結界の境目へと歩き始めたのである。
「お、おい! ミシマ、何してる!?」
「そっちは結界よ! あんた消滅する(しぬ)気!?」
「……。ああ」
 実にあっさりとした、淡々とした返答だった。改めて駆け寄ろうとしたゴウダの足が思わ
ず止まり、男の表情が真っ青になっていくのがみえる。
「……俺はさ、自殺してこっちに来たんだ。ブラック企業って奴でさ……あの頃、俺はもう
死ぬしかないって思っていた。死んで楽になることばっかり考えてた」
 なのに、ミシマは徐々に笑い始めたのである。
「なのになんだよ。死人の学校(こうじょう)だ? 輪廻転生(ベルトコンベアー)だ? 
ふざけんな。俺は全部リセットしたくて首を吊ったんだぞ? 何が悲しくてこんな“生活”
しなきゃいけねぇんだよ」
 くっくっく。
 引き攣ったように自身を嘲笑うように声を漏らし、吐き出す。
「……だから、俺、降りるわ」
 再び芝草を踏む音が刻まれ始めた。勿論、男は胸元を掴まれて引き摺られたままで。
「待て待て待て! だからって俺は関係ねぇだろ! 死にてぇんなら勝手に死ねよ!?」
「……ああ。でもどうせなら、てめぇみたいなクズを道連れにした方が他の奴らには有益だ
とは思わなぇか?」
 サァッと、また男が青褪めた。そして再び暴れ出した。
 嫌だ嫌だ嫌だ! 俺は死にたくねぇ!
 だがその望みは叶えられる事はない。次の瞬間には、再びのグーパンチが男の顔面に深々
とめり込み、今度こそ彼は失神してしまう。
「よ、止せ、ミシマ! 早まるんじゃねぇ!」
「……。お前、人の話聞いていたか?」
 ゴウダは慌てて走った止めようとした。だが間に合わなかった。彼の伸ばした手が届くそ
の数拍早く、ミシマはひょいっと男を引き摺ったまま、結界の外へと飛び降りたのである。
「──ッ」
「ミシマぁ!!」

 夜の闇に飛び込むなんて、多分生きている内にもなかったことだ。
 嗚呼、どうせなら会社の屋上から飛び降りてやればよかったかなぁ? 加速度がついてゆ
く降下の中でミシマはそんなことを考えてみた。
 既に両手は離してある。さっきの男はぶらんと空中で大の字になり、気を失ったままだ。
 ああ、でもあまり意味はないか。自社ビルや社名を変えれば、俺のそれも多分無かった事
にされるだろうし……。
「……」
 時間は夜の筈だったのに、自分がよく見えた。
 見下ろす掌、腕、胴体に足。今やぼやっとしていたそれらは、現在進行形で全体的に蒸発
していっている。
(こういう風に消えるんだな……)
 思考がだんだん出来なくなっていた。それだけ魂から「自分」は剥がれ、無に還っていっ
ているのだろう。
 ミシマは目を閉じることなく見続けた。
 消えゆく自分、失っていく五感、紺み掛かった世界の黒。
 最期だ。今度こそ最後だ。
 解けてゆく。もう何も考えなくていい。苦しまなくていい。
 やっと、俺は……。

「──やれやれ。結局こうなっちゃいましたか」
 そして、そんな一部始終を眺めていた者がいた。
 場所は冥府の街並み。そのとある高塔の天辺に彼はちょんと立っていた。
「自死系の魂魄候補は自滅願望が強いものですが……まったく、こうしてわざわざ候補者達
に紛れて監視任務をしていた僕の苦労はどうなるんですか」
 ぶつぶつ、ぷんすか。
 その呟きの主は少年──サクラだった。
 但しその格好はくすんだ白の装束ではない。腕章と金属の腰巻で締められた漆黒の装束で
あり、その手には身長以上の大鎌が握られている。
 だが、サクラは口にするほど怒っているようには見えなかった。
 飄々としている。苦笑いこそ最初に少し漏らしたが、それでも平常心。まるでそれがごく
普通の日常であるかのように彼は夜風に吹かれ、ややあっておもむろに懐からデフォルメさ
れた眼のような道具を取り出すと、言う。
「こちら死神(エージェント)サクラ。鬼籍局へ通信。従魂魄C263-4459805番
及び同組4460024番の自滅(ドロップアウト)を確認。除籍処理を開始されたし」
                                      (了)

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  1. 2013/11/03(日) 18:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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