日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(書棚)感想:花村萬月『眠り猫』

書名:眠り猫
著者:花村萬月
出版:新潮文庫(2004年)
分類:一般文藝

男と女。金と暴力と性。
哀愁の念は、血みどろの抗争すら消し去るよう──。


今回の読書感想は、花村萬月氏の『眠り猫』です。僕自身、氏の作品を手に取ったのは初め
てですが、名前は聞いた覚えがありまして。映画化もされた『ゲルマニウムの夜』などが
有名どころでしょうかね(芥川賞受賞作でもあります)
尚、本作は金・暴力・セックスと云うようなアングラ感の強い世界観になっています。一応
ではありますが、未成年の方はそこを念頭の上で……。
物語の概要は以下の通りです。

新劇の看板女優・冴子が副業として勤めるバーで出会った二人組は彼女とはまるで違う世界
の住人かのようだった。
一人は、元ヤクザの長田。
一人は、元刑事で猫の旦那こと<眠り猫>の仁賀。
彼らは共に私立探偵であり、時折互いを使い合う仲なのだという。
“人生の裏を見られるかもしれない”
そんな“猫”の殺し文句で倦怠していた女優の道を捨てた冴子は、彼の助手となった。
時を前後して長田に持ち込まれる依頼。“猫”の息子、長田の元妻の存在。
ゆったりと気だるい時間。だけどもやがて彼女達は、期せずして暴力団同士の抗争に巻き込
まれることに──といった内容。

正直言いまして、この手の小説は人を選ぶかなぁと思います。
僕がまだまだ青二才というのもありますが、本作中で一貫して漂うアングラ感・哀愁の類は
好む人間なり解る人間でないと面白みが随分目減りするのかもしれないなぁ……と。実際、
僕自身は暫く、この淡々とした、大きな進展もなくのんべりと続く活字につい頁を捲る手が
止まっていたものでした(この前に読んだのが短編集だったというのも大きかろうですが)
ですが……分量も折り返す所で、ぐわんと状況は一変します。
とある事件。もたらされたその報せ。“猫”と冴子、そして“猫”の息子・タケ(威男)は
その舞台──暴力団同士の抗争続く街へと乗り込んでいきます。
所謂ヤクザ物……という訳ではないんですよね。
確かに物語の展開、その屋台骨にはヤクザ同士の抗争が在るのですが、どうも物語が描いて
いこうとする中核というには弱い。後半は関わりもするのに、どうにも“背景”のような、
ぼんやりとした出来事として添えられている印象があります。

勿論、何をどれだけ如何感じ取る・読み取るかは受け手個々人の感性と知性ではあります。
ですが少なくとも、僕がこの物語を一通り読んで思ったことは「哀愁」と「儚さ」でした。
主な語り手である(この、女性の視点というのがまた一つの特徴か)冴子は美人でこそあれ、
今までの自分に虚しさを感じ、長田や“猫”らアウトローに惚れ込んでいきますし、長田は
元ヤクザでありながら別れた妻を案じ続け、遂には己の命を賭して彼女を救おうとします。
“猫”も猫で、元は刑事なのに自由奔放な息子に「止めろ」の一言もなく、されど言葉なく
事故死した亡き妻の形見として、彼を深く愛しているようにみえる。
……おそらく、本作の主題はむしろこちら側になるんだなと思いました。
流されるままであった自己と性、それを自らの意思で支え、時に艶かしく成長する。
冷酷に酔っていたヤクザ時代。その酔いを醒ました妻に、義理を立て続けたダンディズム。
一見ものぐさで、世の悪すらどうでもいいと言わんばかり。だが……背中は語る。散ってし
まった盟友の為に立ち上がる男の背中。

この物語は決してハッピーエンドではありません。
長田も“猫”も、争い合った暴力団同士も、これを喰い止めあわよくば縛り上げようとして
いた警察も。誰も「幸せ」にはならない。敢えてそのカテゴリで括るなら、冴子と“猫”が
そっと成した年の差愛くらいか……。
表立つ題材はヤクザ。彼ら同士の抗争。だけども結局これらは“猫”達が近距離にいながら、
ぼやっと霞を掛けたままで決着をみます。泥仕合です。
ヒーローはいません。確かに“猫”が名探偵役ではあるのかもしれませんが、彼が悪を爽快
に裁く……というような展開は皆無だといっていいでしょう。こちらもまた泥臭いのです。

全てが霞んでしまいます。どれだけ暴力が目の前で蔓延していても、その人その人自身の中
にあるわだかまり、虚しさ、苦悩が深ければ深いほど、そんな眼前の現実はこれほどにも儚
く消し飛んでしまうのか。そしてそんな心を慰むのは、やはり寄り添っていたい・いられる
他の誰かであり、彼らとの出会いと思索の末に改革を果たした(吹っ切れた)自分自身である
のです。

ハードボイルド。そんな横文字で酔ってはいお終い、というようなものではありませんでした。
虚しさ・儚さが駆逐する現実と、入れ替わるように彼らの中で存在感を示す心。愛や仁義。
アクティブな充実感──のような感慨ではありませんでしたが、よい意味で裏切られた作品
だったと僕は思います。
……もっと経験を積み、歳を取ったなら、僕なんかでもこうした味わいをリアルに噛み締めら
れるようになるのでしょうかね?(かといってアングラを好んで嗜めという訳でもない??

<長月的評価>
文章:★★★☆☆(とかく淡々としている。哀愁さの演出でもあるが、若気には物足りない?)
技巧:★★★☆☆(トリック的なものはさほど無い。一方、性愛を絡めた描出が光ります)
物語:★★★☆☆(哀愁と儚さが全体を覆う。後半の事件発生までに投げ出されなければ吉だが)

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  1. 2013/10/25(金) 18:00:00|
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Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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