日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「モバイルヒーロー」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:人形、携帯、迷信】


 一体“遊び”がここまで目の仇にされるようになったのは、いつ頃からなのだろう?

 そう自分に問い掛けてみる。だけど、精々十六年の人生経験しかない僕にそんなスケール
の大きい疑問は、やはりいつものように答えなんて出ないまま霧散するだけ。
 物心ついた頃には、もうゲームこそが子供の遊びの中核だった。
 外で駆け回ったりボールを投げたり蹴ったり。そういう経験がなかった訳じゃない。
 だけど記憶を辿る限り、そっちの引き出しは随分少ない気がする。大体もって、人にぶつ
けると危ないとか何とかで、ボールなりを持ち込める場所が今は予め探しておかないと見当
たらないくらいだ。
『暴力表現のあるゲームをしたり、漫画やアニメを読むと暴力的な子供になる』
『性的描写のあるゲームをしたり、漫画やアニメを読むと将来、犯罪者になる』
 もう耳にたこができるくらい使い回されている言葉。でも何だっけ? 警察とかの統計で
は戦後混乱期などに比べれば、その件数は明確に減少曲線を描いているんだとか。あと北欧
の裁判所でこういう話の因果関係を否定する判決が出たってのもネットで見た。
 ……不安、なんだろうなと思う。周りの皆はすぐに言い掛かりだって怒るけど。
 父さんや母さん、それこそ爺ちゃんや婆ちゃんの子供の頃なんてテレビが普及してきたか
どうかって頃。専ら遊びはイコール外が当たり前だった筈だ。
 だから解らないんだろう。だから怖いんだろう。僕らだって、今の小中学生の流行りとか
名前とか、目を丸くするものが少なくないんだし……。
 それでも、大人達を弁護をするつもりは僕にはない。
 ゲームを機械に作り変えて与えたのも大人だし、遊べる場に色々と苦情をつけたり、責任
を被るのが嫌でホイホイ「禁止」を加えてきたのも大人なんだ。
 反面教師、っていうのかな。
 だから僕らが大人になった時には、そういう厭な連鎖を断ち切れればいいんだけど──。

「……」
 今、巷ではあるゲームが流行っている。
 名付けて『サイバードールズ』──略してSD。スマホ対応の育成ゲームだ。
 現代にあってソーシャルゲームはもう山のようにあるけど、そんな中にあってSDが爆発
的な人気を得るようになったのには大きな理由がいくつかある。
 一つは、無尽蔵なカスタイマズ要素。
 基本的なゲームの流れとして、プレイヤーはデータ上に「ドール」という戦闘ユニットを
作成できるのだけど、このドールは実践や訓練で選んだ内容によってパラメーターが変動し
ていき、手塩に掛ければ掛けるほど自分だけのドールに育てることができる。また装備だけ
じゃなく外見を変えるパーツも豊富で、戦う以外の楽しみ方もあるのが魅力なんだろう。
 そしてもう一つ、それは何より画期的な対戦システムだ。
 別売になっちゃうけど、SDにはリアライザというオプション装置がある。形や大きさは
スマホの頭部分にとりつけるミニカメラくらい。その状態で戦闘をすると、そのレンズから
映し出される自分のドールがホログラム上でまるで生きているように動くんだ。
 正直な話、SDといえばこの臨場感満載のバトルが売りとされている。CMもこの機能を
全面に押し出しているし、実際ユーザーの大多数がこの対戦を目的に遊んでいる。
「おらっ! もういっちょ!」
「うわわっ、こ、こんにゃろー!」
 この日も商店街を歩いていると、道端でSDの対戦をしている子供達──といっても僕も
その年代なんだけど──のグループをぽつぽつと見つけることができる。
 休日だからってのもあるけど、皆熱心に遊んでいた。技(使用装備)をパネル上で選ぶ間
も、互いのドールは激しく戦いを繰り広げている。ホログラムが互いのリアライザから出て
いるのが気にならなくなれば、それこそまるでそこにドール達が実際にいるかのように感じ
られてしまう程だ。
 ……だけど、熱中する彼らの横を通り過ぎていく往来の皆の眼は、冷たく苛立っている事
が多い。
 まぁ当然といえば当然だ。こんな往来どの真ん中で、ぎゃあぎゃあと馬鹿でかい格ゲーを
やっているようなものだから。
 でも、五月蝿いから(それだけ)じゃない。
 これは自身のことだけど、僕は今のSD界隈が、正直言って好きになれないんだ。
 所謂ライトユーザーとヘビーユーザー、ガチ勢だの重課金組だのという、そういう括り。
 SDは基本無料だ。コツコツ育て慈しむ楽しみがあるのだと、僕はそう思っている。
 だが今やそれはだいぶ少数派になっているらしい。手間が掛かる、その前提なのに課金で
装備を買い漁り、パラメーターを底上げしてから無双プレイで楽しむ……という連中が増え
ているように感じてならない。
 確かに効率的だ。勝率が高くなれば対戦でもクエでも報酬──SDでは複数ある装備調達
の為の素材アイテムを得易くなるし、自然とパラメーターも上がっていく。
 でもそれじゃあ何の為にSDをゲームをしているのだろう?
 もう純粋な「楽しさ」じゃなくなっている気がする。そもそも「遊び」なのだろうか?
 厳密に言うなら快楽、とでも言うような……。
「お? 透じゃねーか」
 だから、そうぼうっとしていたのが拙かった。
 名前を呼ばれて振り向くと、見知った顔のグループがこちらに歩いて来ていた。
「げ……。剛士」
 自分より随分ガタイのいい(そもそもこっちは帰宅部で、あっちはサッカー部だが)同級
生が四・五人。うちのクラスでも筋金入りのSD重課金勢の面子だった。
「なんだよ、嫌そうな表情(かお)しやがって。まだ何も言ってねぇだろーが」
「……じゃあ、何の用?」
「SDの対戦しねぇか? さっき一回り戦った(やった)ばっかでさ、そろそろ新しい面子
を呼ぼうかって話になってたんだよ」
「そしたら上手い具合にお前がうろうろしてたからよー」
「暇だろ? やろうぜ?」
「……」
 やっぱりか。僕は片手をズボンのポケットに突っ込んだまま少し黙っていた。
 暇かと言われれば暇ではない。だがその用事も、元はぶらついてくるついでの頼まれたも
のだから今すぐに行く必要もない。
「……分かったよ。一戦だけね」
 言って、僕はポケットからスマホとリアライザを取り出し、装着した。
 相手は早速剛士のようだった。同じ操作をして、手馴れた操作でSDを起動している。
「んじゃ、対戦申請送るぞ」
「うん」
 SDを起動した画面──僕のドールが待機している部屋の上部に対戦申し出のメッセージ
がポップした。正直気は乗らなかったけど、渋々Yesのボタンをタッチする。
 互いのリアライザ、そのレンズから照射されるホログラムの光が交わった。そこからデジ
タルの粒子として形成され、姿を見せたのは、紅いドールと白いドール。
 一方は剛士のドール。確かパンツァーといったっけ。ごつい見た目通り火力重視の射撃型
で、典型的な俺ツエー系仕様だ。
 もう一方は僕のドール。名前はバロン。姿は白銀で統一された鎧騎士といった感じ。剛士
のそれとは違って装備をゴテゴテくっ付けてはいない。大きな丸盾と剣、後は手斧が数本と
いう白兵型だ。
『BATTLE──START!』
 十秒程のインターバルを挟んでカウントダウン、システム側からのゴングを合図に戦闘が
始まった。
 早速パンツァーは飛行ユニットを吹かせて空を飛ぶ。
 いつも通りだ。このまま頭上を取るつもりなのだろう。
(指令(コマンド)選択、オーラシールドっと……)
 画面をタップしてこちらも行動を取る。バロンが盾を上空に構えながら光を纏わせ、広げ
ていた。取得済みの上級防御技である。
「ちっ……またそれかよ!」
 剛士が叫び、パンツァーの武装が火を噴いていた。
 両手に握った二丁機銃、両肩のミサイルポッド、腰二対のレーザ砲。
 だがバロンはこの攻撃全てをその盾で受け止めていた。臨場感満載の爆発と爆音が辺りに
こだまする。往来の人達が少なからず驚いてこちらを見遣っていたが、すぐにSDだと分か
るとホッとしたように、そして一度睨むようにして足早に通り過ぎていく。
「そっちこそ……。もっとゲームボリューム下げないと迷惑だよ」
「はん。そうやって優等生気取りか? これがいいんじゃねぇか。でっかいパワーでぶっ飛
ばす、この快感の為にバトルしてるようなもんだろ?」
「……」
 君は、だろ。
 僕は何とも答えず、ただオーラシールドの指令(コマンド)をゆっくりと何度もタップし
続けていた。つまり一方的な攻撃と、それに耐えている構図。だけど……。
「──ぬっ?」
 不意に、パンツァーの砲撃の雨霰が止んだ。
 いや、違う。……弾薬が切れたのだ。
『WIN BARON』
 攻撃手段──さっき言った通り、射撃系火力特化型なので──を失ったパンツァーが戦闘
続行不可と判定され、勝者はバロンになった。
 僕の画面にはその旨のメッセージが表示され、相棒の白騎士がポーズを決めている。一方
で剛士は苦々しい表情だ。向こうもLOSEの表示が出ているだろう。残念だがその快感と
やらは、僕相手では得られない。
「お前……また『装甲』上がってんのかよ」
「うわ、ホントだ。あんだけパンツァーが攻撃したのに、耐久値が半分も減ってない……」
「相変わらず体力バカだなぁ。お前のドール」
「それはお互い様だよ。何を伸ばすかはプレイヤー次第でしょ」
 ホログラム上でまだ立っている、二体のドールを見比べながら剛士とその取り巻き達が半
ば呆れ気味でこちらを見ていた。
 口に出す。とはいえ、相応に遠回しな表現で。
 剛士のパンツァーは『火力』『射撃』のパラメーターを主軸に上げた強アタッカーだが、
僕のバロンは『装甲』や『白兵』のパラメーターに特化させた防御・カウンター型だ。何故
そんな育て方をしたのかと訊かれると少し困るのだけど、育てている内にこうなったという
側面もあるし、後々その傾向を観てそう育ててきた側面もある。
 少なくとも耐久力が高ければ、勝てないかもしれないけどそうそう負けることはない。
 自分は剛士のように金にものを言わせて装備を買い漁ってない分、地道にデイリークエを
消化して資材(ほうしゅう)を集めているので、実際この振り分けもまた効率的なのだ。
「チッ……」
 剛士が、目に見えて苛立っていた。
 ぎろりとこちらを見てくる。僕は一度はそれを見たが、すぐにリアライザをオフにしSD
も終了させる。
「ったく、つまんねーなあ」
「空気読めよ……」
「もう行こうぜ」
 まるでこちらが悪者であるかのように、剛士達は口々にそんな言葉を吐き捨て、その場を
後にしていった。
 人ごみに紛れて消えていく一行。
 気のせいか往来の人々皆がこっちを冷たく睨んでいる……ような気がする。
(……。用事済ませて、さっさと帰るか……)
 リアライザを外し、スマホと共にポケットの中へ。
 代わりに出掛ける前、母さんから渡された買い物メモを取りすと僕もまた、同じく商店街
の人波へと足を向けていた。


「おはよう……」
「おはよー」「おっすー、白井~」
 その翌朝、週明けのことだった。
 気だるげだけども、いつも通りの登校。クラス教室に入ると何人か同じように挨拶を返し
てくれる面子もちらほらといる。
 鞄を机に引っ掛けながら、とすんと椅子に腰を下ろす。
 眠い……。結局昨夜は消耗した耐久値を修理した後、流れるようにデイリークエの消化に
勤しんでしまった。
「透」
 だがホームルームまでの仮眠すら、こいつは取らせてくれないらしい。
「……なんだ。亜希か」
「なんだ、じゃないでしょ」
 早速机に突っ伏しかけた所──教室に入ってきた所を見て、この幼馴染は心なし目立たぬ
ように足音を殺して近付いてきたようだった。
 肩に掛かるか掛からないくらいのミドルショート、小柄だがテニスで引き締まった身体を
持つ活発な女子……といった所。僕が面倒臭いですよ感を全面に出してのそりと顔を上げて
やると、これまた分かり易いくらいむっと負けん気を帯びてくる。
「その様子じゃまた夜更かししてまでSDやってたんでしょ? 駄目だよー、ただでさえ不
摂生なんだから睡眠くらい大事にしなきゃ」
「お前は僕の母親か。というか、小言なら後にしてくれ。眠い……」
「分かってるよ。だけど、今日はそうも言ってらんないんだから」
 亜希が僕の机の位置、こちらの顔の高さまでしゃがむと、そうついと教室の一角を促して
きた。疑問符を浮かべつつ見遣って……気付く。剛士のグループが、彼の机を中心として朝
から剣呑な雰囲気を放っていたのだ。
「今朝からあんな感じなのよ。……何やったの?」
「先ず僕に疑いを向けてくるのが心外だな。まぁ心当たりはあるけど」
「何?」
「……昨日、西区の商店街であいつとSDの対戦したんだ」
「ああ、なるほど。で、いつものようにあいつの弾切れまで耐え切った、と……」
 ひそひそと話しながら、亜希がこれまたわざとらしくため息をついてみせた。
 近い。息がかかる。
 だがそんなことを気にする素振りもなく、こいつは言うのだ。
「あのね……あんたもいい加減に学習しなさいよ。ただでさえあんたは日岡にライバル視さ
れてんだから。上手いこと負けてやって機嫌取りなさいよ。こっちが迷惑なんだから」
「知るかよそんなこと。あいつの性格だろ? 手を抜いたらすぐにバレるって。それに負け
たらバロンの修復で資材が減っちゃうし」
「……日高達も日高達だけど、あんたも相当だわ」
「??」
 また亜希はため息をついていた。
 まぁ言い分は解っている。そもそもSDが流行りだした当初、向こうのこともよく知らず
対戦に応じ、昨日のように勝ってしまったのがそもそもの原因なのだ。
 伝え聞きでしかないが、剛士は随分ご立腹だったそうだ。重課金勢の維持とあいつ自身の
プライドが許せなかったんだろう。こっちがライトユーザーだったから尚更だ。
 以来、僕は降りにつけて剛士とそのグループから対決を迫られるようになった。
 実際それで向こうの物量作戦に負けたこともあったのだが、それで僕の方も妙な対抗意識
がついてしまった。バロンの防御特化のそれだ。
 気付けば、勝手にライバル扱いされていた。僕はただ楽しみたいだけだったのに。
「……まぁいいわ。もう慣れたし。だから例の如く、暫く再戦しないこと。いい?」
「分かってるよ。他の奴に当てさせてあいつを勝たせて、機嫌が直るのを待つ……だろ」
 よろしい。亜希はこっちの返答に頷いていた。
 いや、だからお前は何でそう僕の母親みたいな振る舞いをするんだよ……。
 つっこみたかったが、もうこれもいつもの流れなので堪えておく。
「あ。そういやさ」
「ん?」
「昨夜のニュース見た? 例の連続強盗事件の」
「……いや、見てない。お前がさっき言ってたけど、昨夜はずっとクエ消化してたし」
「ああ、そうだったわね。でも新聞くらい見たでしょ? 出たのよ。今度はうちの南区に」
 そんな最中だった。
 とりあえず剛士達の件はこれでおしまいと亜希が語り始めたその話題に、僕はつい眉を顰
めて反応してしまったのである。
「え。結構近いじゃないか」
「だから言ったのよ。それにね? 噂なんだけど、何でも被害者は皆『ドールにやられた』
って言ってるんだって」
「……。は?」
 数秒思考がフリーズしていた。
 ドールにやられた。それはつまり、ドールが人間を襲ったということか……?
「何言ってんの? 空想と現実の区別くらいつけようよ」
「ばっ……、馬鹿にしないでよ! あたしだって信じられないんだってば!」
 口を衝いて出た言葉に、亜希がつい力んで叫んでしまっていた。
 教室の皆、剛士達も一瞬何事だとこちらを見てくる。
 それでも僕は目を合わせなかった。剛士達にだ。さっきの助言もある。亜希の方もそれが
分かっていてか、代わりに(というか当人なので)苦笑いしながら皆に繕ってくれている。
「……よく分かんないんだけど、ドールに脅されたんだって。まぁアナライザから映像が出
るしリアリティ凄いし、びっくりはするかもだけど……」
「でも、あれって対戦中──ユーザーがお互いに通信してる時の話でしょ? そうでもない
相手にドールを見せれるもんなの?」
「うーん。そこなんだよねぇ……。第一それができたとしても、所詮映像でしょ? SDも
結構有名だから、そんなに驚くのも変だしさぁ……」
 言いながら、亜希はそう暫く唸っていた。だけども僕はもう一度突っ伏しかける。
 知ったこっちゃない。確かに妙だとは思うけど、ドール達は結局の所データなんだ。現実
の僕達にどうこうできる筈がない。
 ドールはただ隙を作るだけで、その直後に直接殴る蹴るなどするというなら、また話は違
うんだろうけれど……。
「おーい、お前ら揃ったか~? ホームルーム始めるぞー」
 そうしていると、前の扉を開けて担任が教室に入ってきた。
 にわかに慌しくなるクラスメート達。亜希も「じゃあ、また後で」と自分の席へと戻って
いく。どうやら束の間の仮眠はお預けのようだった。仕方ない。今日は一限目から睡眠学習
と洒落込むことにしよう。
(……ぐぅ)
 そう勝手に思って、僕は今度こそ気だるさに身を任せた。
 担任が報告事項を話している、と思う。だがまぁ後で亜希なり誰なりに聞けばいい。
『……』
 それよりも今は、間近の剛士対策(めんどうごと)の為に体力を回復しておかなければ。

 案の定、この日の剛士達の因縁づけはしつこかった。
 自分で言うのも何だが、仮眠を取っておいて正解だった。授業が一つ終わればさっさと教
室を抜け出し、連中のリベンジをのらりくらりと交わして校舎のあちこちに潜んでは頃合を
見て教室に戻るを繰り返す。
 亜希に言われた訳じゃない。だけどこうするのが一番皆が得するやり方だと思っていた。
 僕が場を抜ければ、教室は──クラスの皆は一先ず平穏無事でいられる。気取るつもりで
はないけれど、剛士達の苛々が他の誰かに向くのが何となく嫌だっただけだ。
「こら待て、透ッ!」
「待たないよ。一戦だけって言っただろー」
 それでも流石に、放課後まで張り付かれるのは気が滅入った。
 夕方のホームルームを終えて、やれやれ。だが見れば奴らはこっちに狙いを定めて近付い
てくるではないか。
 嗚呼、むしろ放課後の方が遠慮なくリベンジできると踏んだのか……。
 理解した時にはもう、鞄を抱えてダッシュしていた。向こうは運動部でこちらは帰宅部の
もやしっ子だけども、場数をこなせば何とかなるものなんだなと僕は学んだ。
「透。こっち」
 そうして校門までやって来て、物陰から聞き慣れた声。
 亜希が待ってくれていた。手招きをされ、一緒になって剛士達が通り過ぎ、街に出たと勘
違いして遠退き姿を消すのをじっと待つ。
「……サンキュ。助かった」
「いえいえ。今回はとりわけしつこかったみたいだからねぇ」
「全くだよ……いい迷惑だ」
 立ち上がり、少しずつ茜色になる空を見上げる。
 状況が状況だ。道草を食っている場合じゃないだろう。
 そうと決まれば、今日はさっさと家に帰って──。
「ね? 助けてくれたお礼、してくれてもいいんじゃないかな?」
「えっ? お礼?」
「そう。お礼。この前、美味しいクレープ屋見つけたんだよねぇ……」

「──にしたって、この額は酷くないですかねぇ」
「何言ってんの。女の子にとって甘いものは別腹なの」
 結果。悲しくなるほど財布の中身が羽をつけて飛んでいきました。
 漫画で言うなら斜線の入った真顔。一緒に店を出ながら僕がすっからかんになった財布に
目を落として言うと、亜希はそう便利な言い訳でもって満面の笑みを返してくる。畜生。
「……ま、いいや。入用になったらバイト増やせばいいし。でもさ、亜希。よかったのか?
 今日って部活あったんじゃないのか?」
 何気なく言ったつもりだった。なのに、ピクンと亜希の動きが止まっていた。
 ちょっと面白い。小躍りする兎から油の切れたロボットみたいになった。
「あ、あんたが心配することじゃないのよ。もやしっ子とは違って鍛えてますから?」
「……ふぅん。ならいいけど」
 だけども、追求はしない。伊達に十年以上の付き合いじゃない。
 この気の置けない空気が好きだった。ゆったりと流れる時間が好きだった。
「ここも、随分変わったね」
 だけども、少し先を行く亜希は正反対の感想を持っていたようだ。
 暮れなずみの商店街を二人して行く。場所によってはもう街灯が点き始めている箇所もち
らほらとある。
 僕は黙っていた。
 気付かないだけで、普段テニス部で汗を流している彼女にすればこうして街中をうろうろ
する頻度も少なくなりがちだし、より色んな変化を感じ取れているのかもしれない。
 そうして改めて見渡してみれば、なるほど、確かに変わってきたものはある。
 もっと子供の頃にあった小さな商店は、いつの間にか畳まれていたり潰されて新しいビル
になっていたりするし、何より土の匂いがしなくなった。
 あるのは灰色の地面と猥雑で縦長な建物ばかりだ。……僕らがゲームや施設での“遊び”
に軸足を移すようになったのも、思えばあの頃からだったのかもしれない。
「……透は、さ」
「んっ?」
「その、勿体無いとは思わない?」
 ゆっくりと歩きながら、だけどこちらに振り返ることもなく亜希がそう訊ねてきていた。
 主語が抜けている。だけど多分、こいつにとっては重い話なんだろうかと思った。何とな
く安易に答える訳にはいかないと思い、返事の代わりにじっと次の言葉を待つ。
「……SD、随分流行ってるよね。あれって凄く時間を使うじゃん? だけど折角の青春を
そういうゲームばっかりに使ってるなんて、何か勿体無いなぁって」
「SDは亜希だってやってるだろ?」
「そうだけど……。でも透や他の皆ほど付きっきりな訳でもないし」
「それは人それぞれでいいんじゃない? ゲームだって色々あるんだし。そもそも亜希には
テニスがあるんだし」
「駄目なのっ!」
 だから、思わず面を食らっていた。
 切実……そんな印象を受ける叫びが耳に響いた。
 疎らながらにいた他の通行人達。彼らもまた何事かと僕達を見遣っていたが、亜希は今朝
のそれのように繕うことはない。
「……駄目なのよ。一緒じゃなきゃ……」
「ん……。まぁそうだよな。折角の青春だってんなら、皆も一緒に楽しみたいよな」
 そこでようやく亜希が振り向いていた。通行人達も再びそれぞれに進むべき方向へと歩き
始めている。
「だったらさ、僕達でSD仲間を増やそうか。剛士達とは別で、とにかく楽しむ目的でさ?
 バタフライ……だっけ。亜希のドールとも暫くバトルしてないしなぁ」
「……」
 なのに、何が拙かったのだろう。そう「一緒に」に頷いてみせたのに、何故か亜希は静か
にむくれてしまったようだった。
 かちゃかちゃ。人形やら何やらが付いた鞄が揺れている。
 ため息をつかれていた。小さく「まぁ、透だもんね……」と呟かれていたが、こっちから
すれば訳が分からない。
「ごめんね。あたし先に帰るわ」
「え。でも方向なら一緒──」
「帰るから。……クレープ、ありがと」
 静かに、だけどぴしゃりと追いすがるのを許さないように、亜希は再び前に向き直ると歩
き出していた。
 成す術もなくその後ろ姿を見守る。剛士だけじゃなく、自分は幼馴染まで不機嫌にさせて
しまったらしい。
 距離を取りたかったのだろうか。その足は大通りから逸れて、横道の路地へと──。
「キャッ!?」
「……!?」
 ちょうど、そんな時だった。
 路地裏へと入って行ったすぐ後、他ならぬ亜希の悲鳴が聞こえたのだ。
 何だか不機嫌。知ったこっちゃない。僕は眉間に皺を寄せて後を追い駆け出していく。
「……。これ、は?」
「と、透……」
「……」
 先客がいた。いや、そもそもそういう表現で正しいのか。
 薄暗くなっていてはっきりとはしないが、男が二人。片方はサラリーマン風の男性で、も
う片方は私服姿の青年──フリーター風の男だった。
 だがその場が異常だということに、僕も亜希もすぐに気が付いていた。
 ……倒れていたのだ。サラリーマン風の男が、右肩からざっくりと、まるで何かに斬られ
たように大量の血を流しているのを。
「ドール……」
 呟いていた。信じられなかった。
 だってそこにはいたのだから。フリーター風の男はリアライザを起動したスマホを手にし
ていて、そこには猛牛を彷彿とさせる大斧持ちのドールがこの男性を見下ろすようにホログ
ラムの中に浮かんでいたのだから。
「ちっ。見られちまったか」
 男は舌打ちをし、僕らを睨んでいた。
 僕と彼ら、その間に挟まれるようにして亜希が立ち尽くしている。
「仕方ねぇよなあ……? こんな裏技、他の奴に知られたら大損だろう……??」
 男と彼のドール、血塗れのサラリーマン。
 僕は三者を順繰りに見遣り、混乱の中で必死に思考を働かせた。
 どうやらこの男は足元の彼を斬りつけ、その上で金品を盗んだらしい。
 斬り付ける……何で? ナイフ? いや、あの傷はもっともっと大きな得物だ。
「……」
 ある可能性が浮かぶ。記憶と疑問の線が一つに結ばれていく。

『噂なんだけど、何でも被害者は皆「ドールにやられた」って言ってるんだって』

 今朝、他ならぬ亜希が話していた事件のことだ。
 強盗事件。ドールを使ったらしい噂。ここはその南区。
 何より今現実にそれらしいことが起きているこの光景と、見た限り彼を斬った得物はあの
斧──ドールの武装以外にないこと。

『まぁアナライザから映像が出るしリアリティ凄いし、びっくりはするかもだけど……』

 まさか。僕は自分の思考がすぐには信じられなかった。
 臨場感(リアリティ)だ。もし、もしもだ。仮にドールが通信対戦など無しで人間に襲い
掛かる、それが可能であって相手が“斬られたと錯覚して”しまえば……。
(……そういうこと、なのか?)
 改めて男とそのドールを見た。スマホをアナライザのレンズを向けて、ゆっくりとこちら
に近付いてくる。
 本気だ。遊びでも何でもなくて、本気で殺ろうとしている眼だ。
 殺される……? たかが遊びの筈のSDでドールで、僕が亜希が、殺される……?
「死ねぇッ!」
 猛牛のドールが斧を振り上げていた。その真下には眼を白黒させて動けないでいる亜希の
姿がある。
 亜希──! 僕は殆ど条件反射で駆け出していた。
 やらせない。失ってなるものか。
 鞄を投げ捨てながら手を突っ込み、最早身体で覚えた動作のままにスマホとアナライザ、
SDを起動して、叫ぶ。
「バロン!」
 重い重い、金属質の音が──それこそ本当にそこに在るかのように響いた。
 ようやく幼馴染が正気を取り戻し、ハッとその光景を見上げている。
「!? て……てめぇ……」
「……本当に、できるんだな。対戦通信なしで、ドールを呼び出すなんて……」
 振り下ろされた猛牛のドールの斧を、僕の相棒・白銀の騎士バロンがその盾でがっちりと
受け止めていた。男がまさかと驚愕に目を丸くしている。
 バチバチと火花が散っていた。確かにこれは、臨場感が半端ない。
「ッ──!」
 だが驚きに浸っている余裕なんてなかった。
 ややあって僕は画面をタップする。
 選択する指令(コマンド)は──受け流し(パリィ)。相手の攻撃を防御しながらその軌
道を逸らさせ、反撃の隙を作る技だ。
 はたして、猛牛のドールは大きくバランスを崩す。
 ホログラム上。だけどもしかしなくても、生身の人間に向ければ錯覚だけで出血さえさせ
てしまうほどの臨場感。次のタップ。選択するのは──オーラブレード。
「おぉぉぉッ!」
 抜き放ったバロンの剣に、膨大な輝きが纏い出す。
 先日剛士との対戦で使ったオーラシルード、これはその対になる技だ。
 技としては中程度の威力。だけど隙を突かれ防御が疎かになった敵には……充分過ぎる。
「ぎゃはぁっ!?」
 フリーター風の男が悲鳴を上げるのも聞かず、僕とバロンは渾身の一撃でもってこの猛牛
のドールのどてっ腹を切り裂いていた。ぐんっと一気にその耐久値のメーターが半分を切り
出すと……やがてゼロになる。
 ホログラム上で、このドールがデジタルの粒子となって消えていった。
 WINのメッセージなんてない。ただ残心を保ち、じっと相手を見据えているバロンの姿
があるだけだ。
「あ、うぁ……ひぃッ!?」
 だから僕は、バロンに通常攻撃(アタック)を指示し、男のぎりぎりでスマホを──アナ
ライザのレンズを手繰り寄せる。
 故にバロンの剣先は男の鼻先寸前まで迫って止まっていた。あれだけ射殺すような眼を向
けていた彼は恐怖に震えて尻餅をつき、手にしたスマホを地面に落とす。
「……そのスマホを置いて失せろ。このままじゃ、今度は僕がお前を殺しちまう……」
「ヒィッ!?」
 半分虚勢で、半分本気だった。
 男は落としたスマホを拾う事もなく、そのままほうほうの体で逃げていく。
 大きく深呼吸をしていた。まだ顔が強張っているのが分かる。
 よかった……。
 本当に僕は、亜希に手を掛けられた怒りの余り、バロンにあいつを斬らせてしまっていた
かもしれなかったから……。
「……とお、る?」
 そうしてようやく、亜希が恐る恐る、僕に声を掛けてきた。
 そうしてようやく、僕は我に返り、今自分の中に沸き上がっていた恐ろしい衝動を抑え込
むことができたのだった。
「……もう、大丈夫だよ」
「バロンが……倒したの?」
「うん……。そうなると思う……」
 向き合って、SDをシャットダウンさせて暫く。
 僕と亜希は路地裏の向こうを、残された奴のスマホと血塗れで倒れたままのサラリーマン
を眺めていた。
「そ、そうだ! きゅ、救急車……!」
 最初に動いたのは亜希の方だった。
 むしろ何かしていないと気がおかしくなっていたのかもしれない。僕は彼女の後について
彼の下へと駆け寄り、屈む。呼び掛けると返事があった。とても辛そうだが、まだ死んでは
いなかったのだ。
「は、はい。南区の路地裏です。高科倉庫の裏手です、はい。すぐに来てください!」
 亜希が急いで119番通報をしていた。事が事だけに警察じゃないのかとふと思ったが、
やはり事が事だけに正直に話したって信用されるものでもないかと思い直す。
「……」
 あの男のスマホを手に取り、僕は薄暗い路地裏を見渡した。
 まさか、SDにこんな使い方があるなんて。あんな悪用をしている輩がいたなんて。
 あいつは確か「裏技」だと言っていた。もしかしたら、同じようにこの事に気付いて自分
の欲望のままに使っている人間がいるのかもしれない。

『さいばーどーるだっけ? 透、あんたゲームのやり過ぎで犯罪者になるとか止めてよね?
 流行っているのは母さんも知ってるけど、何でも程々にするのよ?』
『分かってるよ。そもそも僕は重課金じゃないし。最初に初期投資しただけで、後は料金と
か発生してないでしょ? 空想と現実の区別くらい付いてるって』
『……まぁそうよね。所詮ゲームだもんねぇ。今の子はそれが“遊び”なんだし……』

 SDをやり始めた頃、母さんとの会話が妙に懐かしい。
 もしこんな事が起きていると知ったら、父さんも母さんもやはり止めるように言ってくる
のだろうか。
「……ッ」
 握り締める。
 なのに……なのに僕は、今猛烈に胸の奥で熱い炎が灯っているのを感じていた。
                                      (了)

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  1. 2013/10/20(日) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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