日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(書棚)感想:奥田英朗『イン・ザ・プール』

書名:イン・ザ・プール
著者:奥田英朗
出版:文春文庫(2006年)
分類:一般文藝/短編集

『世の中は不思議が満ちている』『性格こそが不治の病だ』
これは破天荒な精神科医と一癖も二癖もある患者達が織り成す、可笑しくも
ふっと胸を撫でゆく“ココロ”のお話──。


先日、また何冊か古本を漁ってきました(嬉々)
今回の読書感想は、奥田英朗氏の『イン・ザ・プール』をお届けしようと思います。
本作は同氏の手掛ける「精神科医伊良部シリーズ」の第一作目の短編集であり、大元は02年
に文藝春秋で発表後、05年に映画化、上記通りその翌年に文庫化されました。
また09年にはノイタミナ枠で『空中ブランコ(シリーズ二作目の表題)』としてアニメ化も
果たしています。
……実は僕自身、この小説は以前に読んだ記憶があるんですよね。だけどもその時は本屋で
ぱらぱらと立ち読みしたぐらいで、通しで読んだという訳ではありませんでした。
でも記憶にはちゃんと残っていました。中々どうしてインパクトが強かったというか……。
とまぁ、その辺りも含めて、先ずは物語の概要へと移りましょう。

舞台となるのはとある街にある伊良部総合病院。その地下階にある神経科。
そこを訪れた(というより半ば放り回された)患者達を迎えるのは「いらっしゃーい」と甲
高い声でやけに馴れ馴れしい、色白の肥満医師・伊良部一郎。
一見すれば“常識”が全くもって通用しない藪医者?の彼だが、彼に関わった患者達は不思
議とその心身に宿した不調を、それまでならばありえなかった(選択することのなかった)
体験と共に乗り越えていく──といった内容。

分類でも明記していますように、本作は短編集の形をとっています。
舞台こそ伊良部総合病院(の神経科)という共通項がありますが、収録されている全五編の
物語同士は直接的な関係性はないものと思われます。本編中も基本的に各話の主人公=患者
の視点で物語は描かれています。
文章自体も比較的淡白な部類という印象。合わせても三百頁に満たない分量です。
……ですが、それでも軽く立ち読みしただけで今まで記憶に残っていたのは、ひとえにある
意味もう一人の主人公(というか名脇役)ともいえるハチャメチャ医師・伊良部の存在が故
であると言ってしまっていいと思います。
何がって……そのキャラクタ性です。色白で太っちょ、親の七光りだしマザコンだし、患者
が来たらとりあえず注射を打っておくという程の注射フェチ。何より精神科医という職業に
ありながら、
『原因を探るとか、それを排除する工夫を練るとか、そういうの、ぼくはやらないから』
などと、大よそ世間一般の人々が精神科に掛かるにあたって期待なり想像するようなことを
本編開始十頁ほどで真正面から否定してくる。現実にいたら(というか作中、主人公達も)
ドン引きするフリーダムっぷりです。
大体もって本編中、彼が治療らしい治療をしている描写がまるでない(笑)
ある時は謎の体調不良を訴える患者に運動を勧め、結果彼が“水泳中毒”になってしまって
も自身も一緒になって水泳にハマって、あろうことか泳ぎたいがあまり×××××をやらか
しかける。またある時は深刻に悩んでいる患者に元妻からの慰謝料催促を追っ払う為に手を
貸してくれなんて頼むし、美人の患者が来れば煩悩丸出しで口説いたりもする……。
なのに、不思議と物語に登場する患者達は「治って」いくのです。
見落としていた大切なものに気付き、幸せを再発見したり、ずっと覆い隠し背け続けていた
自分自身と向き合うようになったり……。

巧いなぁと思いました。尤も全体的にコメディ調→ほろりとオチる、という流れを繰り返し
ているので多少誇張されている部分もあるのでしょうが。
多分、僕自身がいち患者経験者であるからというのも補正効果になっているのでしょうね。
自身の雑記などでは時折触れているのですが、僕もかつては心身を壊してボロ雑巾のように
なっていた時期があります(今でこそ治療を続けてきた効果が出て、家事などをこなせる程
にはなりましたがね)
そういった時期、僕は主治医にこんな言葉を掛けられたのを覚えています。
「原因を探して自分を責めるのは止めよう。君の仕事は、ゆっくり休んでこれからを生きる
ことだよ」
……被りませんか? そうです。本作の伊良部医師のスタンスとです。
まぁ彼の場合はフィクションであり、極端なキャラクタ描写ではあるのですが、実際として
心の病(と称されるものら)に対するアプローチというのは、案外「何もできない」ことが
多いんだなぁというのが、僕個人の経験も踏まえた感慨なのですよね……。
ただ、聞く。薬はあくまで下支えするもの。
そもそも患者の心は彼・彼女だけのものだし、他人があれこれ言ったって結局は自分自身が
この苦しみと向き合って抜け出していく他ない──。
作中でも、そうした示唆は随所にみられます。
伊良部は鎮静剤などの薬を打ち、話を聞いて「~してみたらどう?」と些事なアドバイスこそ
しますが、基本的に主人公達を“矯正”させようということはしません。ただ此処を訪れたと
いうこと・第三者の出現──変化が加わったこと、それらが相乗的に彼らにもたらす効果を観
ていたりいなかったり(笑)して“何が問題なのかを自認する”のを待っている、とでもいう
ような……。

結果的に、それは彼らにとって少なからぬアクシデントを踏ませますが、この物語の主人公
たる患者はそれらを見つけることになります。見落としていたもの、目を背け続けていた自身
の内面──虚飾。それこそが「本当の自分」と「作り上げた自分」を生み出し、病と為るほど
に自分を苦しませる歪み(げんきょう)になったのだと。
だけども……そこで「糾弾」する訳じゃない。ああそうだったのかと「認めて」いくことを、
おそらくこの物語は(臨床心理という現実的題材で)伝えたかったのかなぁ?と、少々拡大
解釈気味ではありますが、僕は思いました。

だからこそ、文体はキャラクタはコメディ風味でも、妙にリアルが脳裏を過ぎるのでしょう。
誰にだって本音と建前、生身の自分と社会が圧し込める有形無形のしがらみがある。だけど
皆が皆、そこに上手く嵌れる訳じゃない。むしろ押し殺しながら──歪を、意識の有無を問
わず、抱えたままで宥めすかして生きている。

今現実に苦しんでいる人には些か不謹慎?
ある程度穏やかになれたこの身だからこそ?
でも僕は愉しめました。くすっと、頬を緩ませながら読むことができました。
「もっと気楽にいこうよ?」
ヤブだか名医だか分からないけれど、そう伊良部一郎が笑い掛けてくれるような気がして。

<長月的評価>
文章:★★★☆☆(分量はそう多くない。でも心理描写はスマートに収まっていて好感触)
技巧:★★★☆☆(基本話を追うだけなのでギミックなどは薄い。パティーンを楽しむ系?)
物語:★★★★☆(脂っこくないコメディと脳裏を過ぎる社会への眼。自身の経験補正有り)

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  1. 2013/10/17(木) 22:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

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