日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(短編)奴らは攻城戦師

 今、世の中は混沌(カオス)で満ち溢れている。
 政治も経済も、それらを形作る人々も、道筋の見えない現在と未来に戸惑い、矮小な醜さ
と防衛心に囚われているかのように思われる。
 物質的には成熟しているように見えるこのコンクリートの森の如き街並み。
 しかしその裏側では人々の精神は苦悶し、迷い続けている──。
「ふぁ~……。暇だ……」
 そんな灰色の街の片隅に、彼らの事務所はあった。
 雑居ビルの一室。決して広いとは言えない彼らの本拠地。
 そのデスクにどうっと突っ伏して、メンバーの一人であるガタイの良い男性が呟いた。
「暇じゃないですよ~。まだ前の仕事の書類事務、終わってないんですよ? ちょっとは手
伝って下さいよ~、武藤さん」
「うあ? 無茶言うなって。俺は肉体労働専門なんだよ……」
 そんな彼になよっとした言葉を返すのは、もう少し年下らしき線の細い青年だ。
 だがそんな小言は茶飯事なのか、武藤は突っ伏した姿勢でちらと目を遣るだけで面倒臭そ
うに語尾を伸ばしてぐにゃりと脱力。
「ま、体力馬鹿だけどそれが取り得だからね。亮馬は」
「うっせーよ」
 そんな二人のやり取りに、上座の位置にあるデスクで淡々と書類を捌いていた柔和な微笑
の男性がそっと割って入った。
「ふふっ。でも実際問題としてうちは僕と亮馬、内田君の三人だけなんだから。彼の苦労も
分かってあげなよ。それがチームってものでしょ?」
「……はいはい。そうですね~」
 そして所長(といっても三人だけだが)たるこの相棒に言い包められるのも、この武藤の
茶飯事ではあった。
 むくりと億劫そうに身体を起こして積まれた書類の山を手に取ると、武藤もまた二人の書
類雑務に加わる。
 外からは現在文明が奏でる街の喧騒が耳に届いてくる。
 こうしている間も、人々は物質の豊かさの中で多くの苦難に直面しているのだろう。
 時にそれは拗れに拗れ、当人らだけではどうしようもない泥沼に陥ってしまう事も珍しく
なくなっている。
 だからこそ……彼らのような専門の“業者”が、今日街には散在しているのだ。
「──んぁ?」
 そうして黙々と事務仕事をこなしてどれだけの時間が経ったのだろう。
 ふと小さなオフィスに電話のコールが鳴り響いた。
 片眉をついと上げて退屈そうな顔を上げる武藤。するとそんな傍から見れば少なくなく強
面にすら見える表情と視線から逃れるように、内田が優しい声色でそのコールに応対する。
「はい、もしもし~。こちら三ツ谷攻城事務所です」
 営業スマイルの第一声。
 だが相手側からの応答があったのだろう。内田のその微笑みにサッと真剣味が混じった。
「……チーフ。クライアントです」
 そして受話器を胸元に添えて視線を上座の彼へ。
 その言葉に、武藤も何処か元気を取り戻したように心なし目を見開いている。デスクから
立ち、一方で微笑を崩さないままこの小さなオフィスの所長は内田と代わって言った。
「もしもし。所長の三ツ谷です」
 ややあってコクコクと所長・三ツ谷は小さく頷き始めた。
 今回のクライアント──相談者の紡ぐ言葉から概要を把握しようとしているのだ。
 武藤も内田も、暫しその様子をじっと見遣っている。
「分かりました。では先ず詳しい話を伺いたいと思います。お時間は取れますでしょうか?
はい……そうですね。事例も事例ですから、できるだけ早い方がいいかと。ええ……」
 やがて三ツ谷は何やら段取りを始めた。
 近くにメモ紙を引き寄せ、サラサラとペンを走らせて覚書を作る。くるりとペンを指と指
の間で回し、懐から自身の手帳を取り出すとスケジュールを確認してから言った。
「──分かりました。ではそのお時間でお待ちしております。場所は分かりますか? そう
ですか。はい、では……」
 そして最後に確認と配慮を見せ、三ツ谷はその電話応対を終えた。
 カチャンと小さく受話器が下りる音がする。自分のデスクに戻ろうと前を横切る彼に、武
藤と内田はおずと声を掛けた。
「誰からだ? 仕事の依頼か?」
「……聞いていた限り、アポみたいでしたけど」
「ああ」
 薄眼鏡のブリッジを軽く押さえ直して振り向き、三ツ谷は応える。
「新しい依頼だ。これからクライアントがうちに来るよ」

 それから一時間ほどして三ツ谷らの事務所を訪れたのは、一人の女性だった。
 いや、厳密な表現をするであれば「疲労困憊した様子の中年女性」だった。見るからに疲
れ切った俯き加減な表情と、頭部の大半を侵略しつつある白髪がそんな印象を殊更に強くし
ているように思える。
「──ふむ。では要約すると今回の依頼は息子さんを救い出して欲しいという事ですね?」
「はい……。もう私達だけじゃどうしようもなくて……それで、皆さんにお願いを……」
 三ツ谷と内田が中心となって、三人は暫し依頼主であるこの夫人の話に耳を傾けていた。
 どうやら今回は個人的な標的を処理するケースであるようだ。
 眼鏡の奥で静かに目を細めている三ツ谷。ぐったり項垂れ、力の出ない懇願をする夫人。
そんな彼女に、内田はほっこりと温かい二杯目のお茶を給仕して無言の苦笑を見せる。
(なぁ、恵一郎。この依頼、受ける気か?)
(うんそのつもりだよ。実際こうやって話を聞いちゃってるし。……嫌かい?)
(別にそうじゃないけどさ。ほら、こう個人的なケースはあんまり安易に『城攻め』しちゃ
逆効果になる事もあるだろ?)
 それまでじっと後ろで話を聞いていた武藤が、こそこそと三ツ谷に耳打ちしてきた。
 決して頭がきれるタイプの人間ではなかったが、この業界に比較的長く身を置いている武
藤にしてみれば、今回のようなケースはハイリスク・ローリターンになりがちだと知ってい
た。それ故の確認であった。
(それは一理あるね。でもその後のフォローが要るかどうかは、僕らの仕事の範疇外だ)
 だが三ツ谷は同じく小声で斜め後ろの彼にそう答えてみせた。
 そう。あくまで自分達は『城攻め』を担う業者。その後の細やかなフォローはもっと専門
的な技能の者達がいる。
 確かにこの業界に身を置いている時点で“お節介”なのかもしれないが、あくまでこれは
仕事。食い扶持稼ぎ。己の領分は弁え、適切な距離感は決して越えない。それが自分達に課
しているルールなのだから……。
「あの、所長さん」
「何でしょう?」
「え、えぇ。その……やはり引き受けては下さりませんか? 庶民の問題はやっぱり」
 そんな三人の様子にか、それとも卑屈になってしまった自身の心理が呼び起こしたのか、
ふと夫人は不安な表情はそのままに訥々と訊ねてきた。
 思わず「しまったなぁ」とバツが悪そうに苦笑いを漏らす武藤。
 だが三ツ谷は作った微笑みを崩すことなく、はっきりと返答をした。
「そんな事はありませんよ。お引き受けします。できる限りご期待に添えるように尽力させ
て頂きますよ」
「ほ、本当ですか……? ありがとうございます……!」
「いえいえ。そんなに畏まらないで下さい。僕らはまだ何もしてないですしね」
 掴もうとした藁を掴め一先ずの安堵を感じたのか、夫人は深々と頭を下げた。
 三ツ谷の横で微笑む内田と、心なし目を逸らしたまま何事か──おそらくはこの依頼の行
く末を考えているのであろう武藤。
 だが頭を下げていた夫人は、ハッと思い出したようにおずおずと顔を上げる。
「あの……。それで、報酬の件なんですが、一体幾らほど用意すれば……?」
「ああ。その事ですか。いいんですよ。基本的にうちは『城攻め』が成功してから交渉する
スタンスを採っています。前金も受け取りません」
「え……。そう、なんですか……?」
 無理もない。いくら困りあぐねているといっても、手数料などと銘打って大金を請求され
るものだと思っていのだろう。しかし戸惑う夫人に、三ツ谷は営業スマイルのままそうはっ
きりと宣言していた。
「ま、そういう事っすよ。うちの所長さんは奇特な奴でしてね。仕事が成功しないと金なん
て要らないっていうんですよ……。お人好しというか何というか」
「いいじゃないですか。俺は好きですよ、そういうの」
 応接用のソファの後ろでは、武藤と内田が各々に苦笑と微笑で述べていた。
 それを聞いているのかいないのか、或いはそんな仲間二人の反応すらもう把握済みとでも
いうのか、三ツ谷は特にそれらの言葉に反応するでもなく事務手続きを開始する。
「では契約書を交わすとしましょうか。亮馬、内田君。そっちは装備の方をよろしくね」
「はい、分かりました。じゃあ行きましょうか、武藤さん」
「おうよ。へへっ……腕が鳴るぜ」
 目標はこの夫人の息子を“攻城”すること。
 三人は、依頼を受けて動き出し始めたのだった。

 ターゲットの居場所はごく普通の小さな一軒家の一室にあった。
 準備を整え、夫人に案内されて三人は緩やかなスロープ型の木製階段を上っていく。
「──念の為に確認はしておきますが、今回の事ってご本人には話しちゃってますか?」
「いいえ……夫には相談しましたけど。そもそも長い事まともに話してもいませんし……」
「そうですか……」
「まぁ、事務所で話を聞いたとはいえ用心はしておいた方がいいな」
「だね。二人とも、くれぐれも気を抜かないように」
「はい」「ああ。勿論だ」
 だがそんな彼らの格好はある意味では奇妙で、ある意味では真っ当だった。
 三人が着込んでいたのは防弾チョッキよろしくな防護服。サバイバルゲームを嗜む者が装
備するような格好によりリアルさが加わったものと表現すればよいだろうか。
 武藤に三ツ谷、そして内田。
 それぞれの手には二刀の手斧、鎖付きの長い刺叉、筒のような長銃が握られている。更に
共通してはゴツゴツとした装置の取り付けられたゴーグルが頭に乗っかっており、各人の背
にある小振りのリュックの中へとそれら装置から延びるケーブルが続いている。
「……此処です」
 ややあって階段を上り切った先、二階の奥まった一室のドアの前で夫人は足を止めた。
 ドアの向こうの相手に聞こえぬようにだろう。彼女も、そして三人もできる限り息を殺し
音を立てないように小声を守っている。
(それでは始めます。危ないので、下がっていて下さいね。亮馬、内田君)
(おう。何時も通り一気に落とすぞ……。巧)
(はいっ)
 言われて、最初にドアの正面に立ったのは内田だった。
 ガチャリと手にしていた長銃の銃口をドアに向ける。その隣で三ツ谷が空いた片方の手で
三、二、一……とカウントを取る。
(零っ!)
 そして次の瞬間、筒の口先から出た轟音と衝撃と共に目の前のドアが吹き飛んだ。
 もくもくと埃が立ち上る視界。次弾を装填する左右を、得物を手にした武藤と三ツ谷が駆
け抜け部屋の中へと突入していく。
「なっ……、何だお前らっ!?」
 部屋の中から聞こえてきたのは一人の男性の驚きを多分に混ぜた怒声。
 だがそんな声色も、周囲に散乱した生活ゴミと何より彼自身の不精な髭面の所為で何処か
鈍重にすら感じられる。
「勝手に入って来やがって……! ここは俺の──ぐぶっ!?」
「知ってますよ。初めまして。今日は貴方のお母様に依頼されて『城攻め』に来ました」
 もぞもぞとこの急襲者を追い払おうとする不精の男性。
 しかしその動きも一瞬、彼の胴回りはガッシリと三ツ谷の突き出した刺叉によって捕らえ
られてしまっていた。更に手元のレバーが引かれ、その柄先はよりギチギチと狭く締まって
その動きを封じに掛かっていく。三ツ谷は空いた方の手で懐から専用の証明書類を取り出し
てみせると、フッと営業スマイルを浮かべた。
「亮馬、内田君」
 二人の名を呼びちらりと一瞥。
 すると既に二人は三ツ谷と男性の左右を囲むようにして、二頭の手斧と筒型長銃を構えて
いた。更に──頭に乗せていたゴーグルをしっかりと両の眼に下ろしていた。
「おうおう。こりゃあ随分しっかりと固められてるじゃねぇか」
「えぇ、骨が折れそうですね……。でもやらないと」
「その意気だ。恵一郎、そいつしっかり抑えておけよ」
「ああ。分かってるよ」
 そして言うや否や、二人はおもむろにその得物を遠慮なく振るい始めた。
 鈍く鋭く轟音に。急ピッチで荒らされていく──ように見えるこの男性の部屋。
(……さて。今回はどれくらいの時間が掛かる事やら)
 二人に倣い、スチャッと頭のゴーグルを下げた三ツ谷。
 そのゴーグル越しの視界には、捕らえた男性を中心に部屋全体に広がる“無数の鎖や塀、
柵”が映っていた。
 それはまさに『城』。この男性が抱える己の牙城、今回のケースの場合では「引き篭もる
己の闇」そのものであった。
「や、やめろぉ! 俺の部屋を……城を壊すんじゃねぇっ!!」
 身を捩りながら男性は無精髭を揺らして叫んでいた。
 だがその身体はしっかりと三ツ谷の刺叉によって拘束され、動かす事はできない。
「ふっ、らぁぁっ!」
「ここの継ぎ目を撃てばこのラインが崩れて……」
 その間も武藤の二刀斧が、内田の射撃が彼らのゴーグル越しに映る『城』の守りを次々と
破壊していく。
 崩れていく防壁。城は徐々に形を成さなくなっていく。
 そしてそれに比例するかのように、捕らえられていた男性は徐々に魂を抜かれたかのよう
に大人しくがくりと頭を垂れて沈黙し始める。
「よーし、大分いい感じだ。そのまま続けてくれ」
 そんな今回のターゲットの様子を一瞥して、三ツ谷は言う。
 そう……これが彼らの仕事。人の『城』を壊してわだかまりを排除することだ。

 ──と、もしこんな風に拗れに拗れた色んな問題をフィジカルに一刀両断できたのなら、
僕らは一体どれだけ楽になれることか……。
                                                (了)

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  1. 2011/06/26(日) 10:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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