日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅳ〔43〕

 南方のとある小国の王・リファスは悩んでいた。
 椅子にはやや浅く腰掛け、大きく頭を垂れたその額を組んだ両手で支える。押し潰されそ
うな不安と理不尽への怒りが綯い交ぜになり、落ち着いてなどいられなかった。かといって
何か行動を起こすには遅過ぎるし、何より自国の力では限界などとうに見えている。
「……」
 今は、此処は、統務院本会議場の控え室。まさに今回のサミットが始まる寸前だった。
 何てことをしてくれる──それがリファスの吐き出したくもさせられぬ本音であった。
 言わずもがな“結社”についてである。これから採ろうとしている統務院──を主導する
大国どもの選択である。
 確かに、連中の横暴は目に余るものがある。過去自国でも関連の事件があった筈だ。
 だが……だからといって、彼らと全面対決に突き進むとなれば話は別だ。
 トナン内乱以降、水面下で繰り返されてきた統務院加盟各国間の会談、折衝の数は枚挙に
暇がない。ただそれらに共通しているのは、王貴統務院対結社“楽園(エデン)の眼”とい
う明確な対立構造だ。今回の総会(サミット)はそんな方針を公的なものにする──決議と
して示す場であると言っていいだろう。

 ……火の粉を被るのは、ごめんだ。

 決して公式には口にしないものの、加盟国の多くが内心そう思っているのではないのか。
 ヴァルドーを始め大国はいい。地の国力がある。だが自分達は自国の内政で手一杯な所が
ある。なのに万が一“結社”に目を付けられ激しい攻勢を受ければ、どうなるのか? その
炎を彼らは拭ってくれるとでもいうのか? ……十中八九、否ではないか。
 何より、既成事実のように事を運んでいるというのが憎らしい。
 水面下の政争で、その萌芽は見えつつある。
 “結社”の脅威に「世界」が団結する──そんな動きに、仮に反対や独断をしようものな
らば『自分達の利益しか考えていない』『まさか不穏分子の仲間ではないか?』などと陰口
を叩かれてしまう。
 連中はそんな状況を、権力内に生きる者達の上っ面を、見越した上で十把一絡げにしよう
としているのだ。世界を脅かすテロ組織を駆逐する──その美名の下、自分達にとって都合
のよいパワーバランスを作ろうとしているのである。

 ……随分と偉そうな“正義”なことだ。

 そもそも“結社”のような不穏分子──反開拓勢力(保守過激派)が生まれたのは、彼ら
大国が過去よりこれまで、利の為に少なからずを切り捨ててきたからではないか? 放置し
続けたその歪みが生んだ怪物達ではないのか?
 なのに、彼らは駆逐する。目障りだと再び拳を振り上げる。それが正しいのだと云う。
 ……何も自分がそれほど正義感に溢れる人物だとは思わない。だが、違和感や不信といっ
たものは、確かにこの胸に抱いていると自覚している。
 王とは……何ぞや?
 帝国時代、解放戦争、そして統務院(の原型)成立までの少なからぬ混乱期。
 既に遠い過去の出来事になっているとしても、自分達は学んだではないか。
 権力を一人に持たせてはいけない。されど複数人に持たせても争いは起こる。
 だから王は生贄のようなものなのだ。領民の安寧と繁栄を担保する──その一点で権力を
持つことを許され、政務を執ることを委託された存在なのだ。
 だから……? いや、一国の王というよりは、酷く個人的な感情になるのかもしれない。
 不安で不安で、仕方ない。
 さも膨張していくかの如き正義、秩序の正当性、繁栄を謳歌する今の世界そのもの。
 この戦いの先に、自分達は一体何を得るのだろう? どれだけを失うのだろう? 何より
民達は……本当にそんなことを望んでいるのだろうか?
 確かに実際問題、最早“結社”の実害を無視はできない。だが──。
「陛下」
 そうして悶々としている、ちょうどそんな時だった。
 はたと声が降ってきたかと思うと、そう官吏がドアをノックし、外より自分を呼ぶ声がし
たのである。
「そろそろお時間です。本会議場へ」
「……ああ。分かった」
 リファスは疲弊した顔を上げると、ドア越しにそう答える。
 向こうではまだ気配があった。数人分。自分を補助・警備する官吏や高官、兵らだろう。
 身体を起こし、暗くなった表情(かお)を引き締め直してから、大きく深呼吸。
 一国を任されている者として、せめて外面だけは……ふてぶてしくないといけない。此処
は悔しいかなそんな世界だ。
 椅子の背に引っ掛けていた礼装の上着を羽織り直し、リファスは立ち上がった。手櫛で軽
く髪を整えるとドアを開けて彼らと合流する。
 すぐに官吏らが身だしなみをチェックしていた。総会の資料を抱えつつ取り出ししつつ、
最後の打ち合わせをする。
 同席する予定の高官らが一礼し、自分を励ましてくれた……ように思う。だがおそらくは
おべっかなのだろう。だが決して珍しい風景ではない。警備兵に囲まれ大舞台を前に、いい
意味で高揚しているなら心強いのだが。
「……では、行こうか」
 きゅっと唇を結んだ後、言ってリファスは歩き出した。分厚い赤い絨毯が足音をサクサク
と掻き消す。廊下のあちこちで同じく、他国の代表団も本会議場へ向かう姿が見えてくる。
『──』
 リファス達一行も歩いていく。
 天井の高い廊下、その窓から等間隔に光が差し込んでいる。
 だが実際、彼らに去来するイメージは、暗闇のそれに違いなかった。


 Tale-43.正義の集いに彼らは哂い(前編)

 レジーナとエリウッドが運転手を代わり番こに続け、途中何度か休憩と補給を挟みつつ、
どれだけ早く辿り着くことができただろう。
 一般の街道よりも、舗装なき土の上をワイルドに直線距離に。
 そうして猛進するジーク達の行く手に、やがて見覚えのある城壁──鋼都(ロレイラン)
の街並みが現れていた。
「社長!」「皇子!」
 勿論、街に入った後は真っ直ぐにルフグラン・カンパニーへ。
 すると一行の姿を認め、社員達が血相を変えて出迎えてくれる。後ろにはオズも一緒だ。
「無事だったんですね」
「よかったぁ……。フォーザリアがああなった時は、正直どうしたもんかと……」
「ごめんね。心配かけて」「見ての通り、まぁこうして生きてるよ」
 彼らの、驚愕よりも安堵。
「……でもその、一体全体何がどうなってるんです? 結社(やつら)は皇子達を殺したっ
て言ってるのに……」
 そしてそんな安堵以上に、首を傾げた眉を顰めた、疑問符。
「……そうだな。先ずはそこから話さないといけない」
 社員の一人が問うた、当然投げ掛けられるであろうと思っていた言葉に、ジーク達は互い
の顔を見合わせてた。
 頷き合い、代表してジークが、時折補足をエリウッドが挟みながら社員達とオズにこれま
での経緯を話して聞かせることにする。
 一つ、フォーザリア鉱山での採掘に際し、ヴァルドー政府から現地の反開拓派勢力の鎮圧
を交換条件に示されていたこと。
 一つ、材料調達の必要性とジーク達の旅の目的からエリウッドが先行してその打診を受諾
し、実際に鉱山に展開する彼ら──を扇動していた“結社”らと戦ったこと。
 一つ、そこで対峙した魔人(メア)・クロムに敗北し鉱山もろとも爆破されたが、何故か
おそらく彼に手心を加えられこうして生き延びたこと。
 そして何より、その彼が語った“結社”による統務院総会(サミット)襲撃計画を自分達
は止めなければならないということ。
『…………』
 やはりと言うべきか、一通りの事情を聞いた社員達は目を点にして立ち尽くしていた。
 時折ちらちらと互いの顔を見遣っている。だが実際ジーク達がこうして無事に帰って来て
いること、サミットの開催が公にされたことなどを考えても、彼らが嘘をついているとは思
えない。そもそも今この状況で嘘を並べる理由も見当たらない。
「……なんか、その、凄ぇ大変なことになってたみたいですね」
「すみません……。俺達、何もできなくて……」
「気にすんな。それは俺だってそうさ」
 最初の言葉に困り、とにかく力不足を詫びる社員達。
 だがジークは一見気安く、だがよく聞けばついつい自嘲を込めてそう呟いている。
「……と、とにかくミフネさん達に連絡しましょう。ずっと心配なさっていましたから」
「いや、その必要はない」
 意味は心情は、すぐに察された。
 だからこそ、彼らはすぐにアルス側へと一行生還の報を伝えようと動こうとしたのだが、
それを制止したのは他ならぬジーク自身だったのである。
「はい?」
「いや、だって……」
「いいんだ。もっと正確に言えば、まだ知らせない方がいいってことさ」
 きょとんとする社員らに、ジークはばつが悪そうに苦笑(わら)う。
 そしてちらと改めて仲間達とアイコンタクト。語るのは、次の一手の為、彼と彼らが話し
合ったものであった。
「……キレたまま突っ込んでも、結社の魔人達(あいつら)には勝てねぇ。もうこれ以上、
俺の所為で人が死んでいくなんて駄目なんだ。だから先ず、大都(バベルロート)に乗り込
むにしても、最優先するのはアルス達を助けること、そこに目的を絞る」
「だからまだ、私達が生きているという情報を漏らすのは拙いと思うの。結局は時間の問題
だろうし、確定ではないけれど、実際ヤーウェイ駐屯地では“結社”の刺客が私達を襲って
きたわ。……私達を殺した、その宣言も含めた彼らの犯行声明の後でね」
「……??」
「え~っと……?」
「つまり、僕達が生きていること、その情報を“結社”上層部ないし全体はまだ把握してい
ないんじゃないか? ということです」
「或いは知っていても犯行声明を出しちゃった以上、引っ込めちゃうのは体面が許さないの
か、それとも私達のことより今はサミットを妨害することに集中しているのか……」
 ジークからリュカ、そして頭に疑問符を浮かべる社員達にサフレとマルタが。
 語られるのは、そんな“結社”と現状に対する推測だった。
「どちらにしても、少なくとも僕らが生きていますと宣言すればアルス皇子側だけでなく、
結社(かれら)にもその情報は伝わってしまうだろう。だとすればヤーウェイ基地の時以上
に刺客が襲ってくる筈だ。その戦いに……大都(バベルロート)の人々を救い出せる要素は
あると思うかい?」
「……」「ない、ですね」
「でしょ? だからこうしてこっそり急いで帰って来たってわけ。向こうが仕掛けてくる前
に大都(バベルロート)に入って、目的を達成する。その為にね」
「それに、今この段階で皇子側に連絡を取ってもみろ。先ずこの鋼都(ロレイラン)が連中
の餌食になりかねない」
 エリウッド、レジーナ、もう一度エリウッド。念を入れた言葉に思わず社員達はごくりと
唾を飲んでいた。
 た、確かに……。
 彼らが互いの顔を見合わせて青ざめ緊張する、その中にあって、頭抜きん出て立っている
オズは何を思っているのか、静かに茜色の眼を点滅させている。
「……そういうこった。だから協力して欲しい。これから俺達は急いで準備して、オズを直
して、大都(バベルロート)に乗り込む。……本当はオズにはもう戦って欲しくなかったん
だがよ……」
「問題アリマセン。元ヨリ私ハ兵器ナノデス。ソレニ留守ノ間、コノ時代ニツイテ情報収集
ヲ行ッテオリマシタ。“結社”ノ存在、トナン皇国内乱──彼ラトマスター達ノ因縁……今
トイウ時代モ人々ヲ脅カス者達ガイルノナラ、コノ力、幾ラデモ振ルイマショウ」
「……。オズ……」
 相変わらず機械の声だ。だがジークには、この時代跳躍(タイムスリップ)したキジンの
心が窺がえたような気がした。
 命令のまま、殺す。
 そうではなく、彼も彼なりに意気込んでいる──憤っているのかもしれない。
 自分が以前彼に語ったことそのままではあるが、人とキジンが手を取り合って暮らしてい
ける筈の今を壊す“結社”という存在、そんな者達から共に人々を守ってくれようとしてい
るのかもしれないという、身勝手で淡い期待を……。
「そう言ってくれるとありがてぇ。やろうとしてる事が事だからな。正直、戦力は欲しい」
 つい自罰的になる自分を振り払って、ジークは言った。オズも左半身が破損した例の状態
のまま、コクと頷いてくれる。
「よーし、じゃあ早速始めるよ! 鋼車の中に材料は積んであるから、すぐにオズ君の修理
ができるようにして」
「ジーク君達は暫く休んでおくといい。向こうでは厳しい戦いになるだろう。オズ君のこと
は僕らに任せて、一先ず身体を本調子に持っていくことに集中しておいてくれ」
「はい」「ええ。お世話になります」
「……そうッスね。じゃあ、お言葉に甘えて……」
「うぅ。何だか始まる前から緊張してきたなあ……」
 そしてレジーナが社員らに次々と指示を飛ばしていく中、ジーク達四人はエリウッドの気
遣いに感謝し、緊張が並走する束の間の暇を得ることになった。
 当初の予定だったオズの修理は“治療”から“戦力増強”へと。
 焦る気持ちをぐっと抑えて、一行は大都への突入準備を進めていく。

 その日何件目かの会談が終わり、相手方の代表団とシノが別れの握手を交わしていた。
 場所は大都内のホテルの一室。滞在先とは別のそれだ。
 もし大国ともなれば来させる一方なのだろうが、生憎自分たちトナン皇国は名こそ知られ
ど中小国の一つに過ぎない。
「では、我々はこれで」
「皇子も大変でしょうが、皇共々ご健闘くださいませ」
「はい……。ありがとうございます」
 シノ皇──母の補佐として同国代表団に加わっているアルス(とエトナ)も、そんな彼女
の生の外交活動を目の当たりにしていた。
 相棒を傍らに浮かばせ、その上で控えめに微笑みを繕いながら、同じくこちらにも手を差
し出してくる先方の高官達に応える。
(……ご健闘、か)
 しかしアルスの内心は、決して穏やかなものではなかった。
 と言ってもそのイメージ怒りというような灯ではない。むしろもっと薄暗い、どんよりと
した闇の中に立つかのようなものだ。
 それが外交、政治、大人の世界なのだと言ってしまえばそれまでではある。
 だが……やはり知っているから。どうしてもそう素直には受け取れない。
 彼らはどれだけ言葉の通り、自分達の立場を理解し、案じてくれているのだろう?
 結局はこの会談とて彼らにとっては「利」を見出す場の一つに過ぎず、願わくば“結社”
絡みで自国に火の粉が飛ばぬようにと思っているのではないか?
 そして、何よりそんな思考──猜疑心で以って彼らを見てしまっている自分が醜くて、腹
立たしくて、哀しくて。
 会談を行った部屋を辞し、アルス達はホテルの廊下を往った。
 サクサクと絨毯が足音を吸い込んでいく。人数を絞っているとはいえ、自分達の警備の為
に同行する兵らの存在がじわりじわりと圧迫感を与えてくる。
 尤も自分はまだマシな部類なのだろう。リンファやイセルナ、ダン──慣れ親しんだ仲間
達がその面子にいるというだけで随分と精神的に緩和されている筈だろうから。
「ふー、流石に連荘で公務ってのは疲れるよねぇ」
「……エトナは何もしてないような?」
「はは、違いねえ」
「むぅ……。わ、私だっていざとなったらダン達と一緒にアルスもシノも守るんだから!」
「ふふっ。ありがとう」
「頼もしいな。ただ、願わくばそういった事態は起こらずにいてくれた方がいいが」
「そ、そだね……」「……」
 軽く仲間内で雑談を。
 歩きながら、アルスは黙してそっと空を仰いだ。
 と言ってもここは室内。在るのは等間隔に並ぶ窓と、そこから見える切り取られた大都の
風景である。
 そっと光が差し込んでいた。眩しさの角度からしてそろそろ昼になると分かる。
 変わらない。一見変わらないように見える。
 統務院総会(サミット)開催から、今日で二日目。
 アルスはぼうっと、昨日の本会議のことを思い出す。

 ──サミット本番は、その初日から当初の予定を変更し始めていた。
 それは会議内容の変更。具体的には今回採択する声明の草案を、予めヴァルドーやアトス
を中心とした幾つかの国が提案、それに関し審議・修正しながら最終的な合意を得ていこう
とするものである。
 だがその目論見は一日目で挫折の兆しをみた。中小の国々から猛反発を受けたのである。
 開催前より四大国(及びそちらに与する国々)とその他中小の国々との間でどう折り合い
をつけるか、それが今回のサミットでも大きな課題であると目されていた。加えて大都入り
していた反開拓(保守)派諸団体による抗議活動──中にはサミットそのもの、権力による
世界統合への反発も含まれていたという──が存外激しく、既に保守・開拓派双方に逮捕者
が出始めていたこともあって、ゼロから声明を練るよりある程度骨格を有していた方が事も
早く済むのではないかと政治家達は考えたらしい。
 ……しかし、それは結局空回りとしかならなかった。ただでさえ燃えやすいこの政争の二
次会場に自ら油を注いだようなものだったのだ。
 内外の憂いに用心を重ね、今回の要である“結社”への対応を早期に明文化すること。
 そんな結論ありきな提案への反発と、自分達の意見・主張の機会すらなかった不公平感。
 本会議はかくして、初日から紛糾の色を濃くしていった。
 それぞれの立場に立ってみれば当然だろう。
 その影響力故に“結社”に狙われる機会の多い大国勢は、かねてより彼らへの有効打を欲
して久しいし、一方でさほど彼らと対立関係にないその他中小国の多くは、正直火の粉を被
りたくない。安易に「世界」にひっくるめられても彼らにとってはむしろデメリットの方が
大きい──迷惑なのだ。

『そこまで拒絶することはなかろう。奴らを放置し続けることの危険は、貴方がたとて充分
認識している筈だ!』
『勿論だ。しかしだからといって結論ありき、一部の国の言い分だけを拾い上げ我々の総意
とするなどという横暴は許されん。そちらこそ解っているのか? これは議会運営への──
いや、この王貴統務院そのものに対する侮辱であるぞ!?』
『何が侮辱か。こうして総会を開き、皆で審議をしているではないか』
『そうだ。ただでさえ今までも団結した決議が採れず、結果として連中を野放しにすること
になってしまっているのだぞ? 奴らはトナンの内乱にも噛んでいた──この期に及んで、
貴公らはまた我々に同じことを繰り返せというのか?』
『……よもや、保守同盟(リストン)の手の者ではなかろうな?』
『なっ──!?』
『貴様、言葉を慎め! 言うことを聞かぬ、都合が悪いとなれば“敵”とみなすか!?』
『それが横暴だと言っている! み、皆が皆、そう“強い国”ばかりではない……ッ』

 故に、どうにも水掛け論になってしまう。
 何より諸国がこれほど敏感になったのには、声明草案に盛り込まれたある条項があったか
らだった。
 ──結社“楽園(エデン)の眼”及び世界秩序の不穏分子に対抗する為の国際軍の創設。
 彼ら諸王が内心懸念していた火の粉が、この一文からはっきりと伝わっていたのだ。
 巻き込まれたくない。しかしこの国際軍なるものに参加してしまえば、国の規模や地勢に
関わらず誰もが“結社”の標的になる可能性が生じる……。
 アルスらも出席・傍聴していたが、この条項が議題に上った時の諸王らの必死さには正直
目を丸くし、暗澹たる気持ちになったものだ。
 聞けば、この国際軍(仮称)の発起人はヴァルドー王国──ファルケン王。
 初日から荒れ模様の議論、いや口論の嵐の中、アルスは思ったものだ。

 ……どうして、僕らはここまで戦わなければいけなくなったのだろう?

 勿論、話し合う必要がある。話し合わなければならない。対話が必要だ。
 しかし胸が痛んでしょうがなかった。祖国の内乱を治めるため彼らの助力を請うた立場だ
とはいえ、自分達は少なからず“けしかけて”しまったのではないか? そう何度目とも知
れぬ自責の念に駆られたからだ。

「──」
 目を細める。
 だがそれは目の前にある陽の眩しさにではなく、今までとこれからに積もってゆくに違い
ない暗さ、深く黒い泥沼への強い不安であるのだろう。
 窓から見える大都の風景を、アルスは眺めていた。
 共に“現実”ではある。なのにこんなにも重い。自分の力では、二進も三進も……。
「アルス」
 そうして皆に混ざって──というより立場上、中心に遣られて歩いていると、ふとシノに
軽く肩を叩かれていた。
 見上げた母の顔。向けてくる優しい微笑。
 見透かされている。その上で、包み込んでくれる。自分だってもっと辛い筈なのに……。
「そろそろお昼よね? スケジュールも空くし、今の内にご飯にしましょう?」
「ええ。そうですね」
「また本会議がありますしねぇ。……進展するのやら」
「そこに関しては僕らじゃどうしようもないよ。でも、僕らにしかできないこともある」
「……。そうだな」
 そうしてシノが皆に振り返って言うと、面々が口々に喋り始めた。
 束の間の安堵。喜色と燻る不安と、苦笑い。
 ぼうっと、アルスがそんな仲間達を眺めてつい歩を緩めがちでいると、再び母(シノ)が
こっそりと彼に耳打ちをして言う。
「……一人で抱えないで。難しいことを言っているかもしれないけど、その為に皆がいる、
手を差し伸べてくれているってことは……忘れないで?」

「──ほら、しっかり歩け!」
「こちら三〇五七班。……はい。暴力行為に及んでいた者、十二名を拘束しました」
 時を前後して大都(バベルロート)の街中では、巡回する警備兵達がまた一件一件と、衝
突したデモ隊員などを現行犯逮捕していた。
 手錠を掛けられ、防弾装備の鋼車に連行されていく人々。
 サミット本番ということも相まって、間違いなく街はピリピリと殺気立ち、多くの住民ら
の不安を搔き立てている。
『…………』
 しかしまるでそんな頻発する騒ぎに紛れるように一つ、また一つ。
 大都の片隅を路地裏を、音もなく蠢いていく人影らの存在に、ついぞ彼らは気付けないで
いたのだった。


 昼食を摂り体力・気力を回復させた後、アルス達はサミット二日目の本会議に出席すべく
王貴統務院の本部中央棟を訪れていた。
 大都(バベルロート)の中心部、三重の円状城壁の芯に当たるエリア。
 総会に使われている最大規模の議場は緩い傾斜を持つ扇状で、そこにつや出しが塗り込ま
れた木製の長テーブルと椅子がずらりと設営されている。
(……っと、ここだ)
 二回目とはいえ、やたらと広く、天井も高く、豪華な内装。
 係員にそれとなく案内されつつも、アルスはエトナと、シノ以下トナン代表団の面々と共
に用意された席の一つに腰を下ろした。
 ちなみにリンファやイヨ、キサラギ父娘など臣下を除いた傭兵組──イセルナらブルート
バードの面々は、館内の規則・方針として議場の外で待機して貰っている状態だ。
「……」
 そわそわと議場内を見渡す。
 席には、既に出席者──正義の冠(クラウンズ)と正義の秤(ヴァランサ)の王侯貴族や
高官、統務院議員らが埋めつつあった。
 その光景自体は、昨日と同じだ。
 だが今日二日目は、アルス達にとって初日とは違う大舞台が待っている。
『──皆さんお揃いでしょうか? そろそろお時間です。これより統務院総会(サミット)
二日目の審議を始めたく思います。では、議長』
『うむ』
 やがて議場の係員によるアナウンスの後、演壇の更に上の議長席へハウゼン王と補佐役の
官吏数名が着いていった。
 アルス達も、他の出席者達も少なからず息を呑む。ピリリッと緊張で静まり返る。
「それでは、只今より統務院総会(サミット)第二日の審議を始める。議題は、先のトナン
内乱について。──シノ皇、アルス皇子」
『はい』
 そう、サミット二日目の焦点はトナン内乱の戦後処理である。
 即ちそれはあの戦いを彼らに報告することに等しかった。
 音響越しのハウゼン王に促されて、シノとアルス(エトナは流石に顕現を解いたようだ)
はそれぞれに緊張した面持ちで壇上へと登っていく。
「既に報道等でご存知のことを思うが、改めて当人達に語って貰おうと思う。その上で我々
統務院として“結社”への対応を検討したいと考えている。……二人には辛い記憶を思い出
させてすまないがね」
 老練さと威厳。ハウゼン王はある種淡々とした口ぶりでそう言っていた。
 彼に、アルスとシノに視線が遣られているのがひしひしと感じられる。
 主君と友、その子を見つめるセドはいつでもフォローに入れるよう目を光らせているし、
都市連合(レスズ)側ではウォルター議長の肉付きの良い頬の横でサウルも同じくじっと状
況を観察している。共和国(サムトリア)側ではロゼ大統領が両肘をついて手を組み、シノ
とアルスの一挙手一投足をも見逃さぬと押し黙っているのが見える。
 そんな緊張気味な面々にあって、王国(ヴァルドー)側──ファルケン王は相変わらずの
不敵な笑み。既に知られ始めているフォーザリアのテロやジーク達の消息不明の件もあり、
ちらちらとそこはかとなく諸国の王や議員が不信の眼を向けているが、それすらも一見何処
吹く風といった様子だ。
 最後にオブザーバーたる地底層界──万魔連合(グリモワール)の頭目達、四魔長。
 初日がああだったので無理もないが、用意された別席に陣取る彼らもまた少なからず苛立
ちや呆れの感情を引き摺っているかのように見える。
「では、改めて統務院に語っていだたきたい。時系列順に、先ずはアズサ皇のクーデターの
際、貴女はどういう経過を辿ったか」
「……はい」
 アルスが心配そうにその横顔を見遣る中、シノは大勢の諸侯・議員らの前で語り始めた。
 実の伯母・アズサによるクーデター勃発により両親──先々代の皇夫妻は死に、自分はか
ねてより側役だったリンファと共に国外へと脱出したこと。
 その逃避行の中、アトス領内でのちに夫となる冒険者コーダス・レノヴィン、及びセドや
サウルなどの仲間達と出会い、亡命の為に奔走してくれたこと。今に続く友と為ったこと。
 王器・護皇六華についての質問が出れば、それもしっかりと彼女は答えた。
 六華は亡命時に父より託され、のちコーダスと結婚、サンフェルノ村に移住した際に彼へ
とその子ジークへと受け継がれていったこと。
 ……だがそんな王器の不在が、遠く祖国のアズサ皇に苛立ちと焦りを与え、結果“結社”
につけ入る隙を作ってしまった──あのような戦火を広げさせてしまった、その謝罪も。
 亡命後、十数年は穏やかな日々だった。
 祖国を案ずる気持ちはあったが、それでも当初は自分が戻ることで再び争いになることを
恐れ──国が治まっているならそれで構わないと言い聞かせ、二人の子を育て、魔獣から村
を守って散っていった夫らを悼みながら過ごした。
 それでも、受け継ぐ血はそれを許してくれなかったらしい。
 六華の持ち主たるジークを“結社”が狙うようになり、真実の一端を知るところとなった
息子とブルートバードの仲間達はトナンに潜入、そこでアズサ皇と結託した“結社”からの
脅威に晒される。
 強き国へと邁進し、置き去りになっていた少なからざる民。
 自身が諦めてもなお慕い続け、故に内乱が起こり、遂に全面対決となったあの日。
 だから自分は帰る決意をした。争いを、止めたいと思った。
 そこからの経緯は、概ね各種メディアが伝える通りです──。
 我が子らの危機に彼女はかつての盟友らの協力を得て立ち上がり、アトスとレスズ、両国
の支援を得てこれを撥ね退け……アズサ皇と、六華に封じられていた聖浄器“告紫斬華”を
失って……。
 話が進むにつれ、やはりシノの表情は歪んだ。
 胸を締め付ける哀しみ、悔しさ。そんな過酷な運命の一端に、場内には貰い泣きをしかけ
る王や議員も出ていた。
 だが、そうして流される者は……きっと“弱者”なのだろう。
「──証言感謝する、シノ皇」
「……。はい」
 実際セドやサウル、リンファ、当時を経験した当人らは敢えてぎゅっと唇を結んで耐え忍
んでいたし、議長席のハウゼン王も片肘をつくファルケン王も、それぞれ対照的な沈黙を守
ってこれを見つめている。
「何というか……申し訳ない」
「う、うむ」
「だがこれではっきりしたことがあるな。“結社”の目的は聖浄器、ということになる」
 然り。王の一人が感傷的な空気を敢えて払うようにして呟いた一言に、多くの出席者達が
首肯をみせた。
 同時に、特に王や貴族らがその表情(かお)に不安の色を滲ませる。
 王器とは、その国の権力を象徴する器物である。聖浄器を始め、多くのアーティファクト
が指定されていることが多いが、それを彼らが狙っているとなると……。
「何故、なのでしょう? シノ皇、貴女は何か心当たりはありませんか?」
「いえ……。あの時は私自身、空間結界に閉じ込められてしまいましたので。彼らの詳しい
言動は流石に……」
「ですね。私やエイルフィード卿も一緒でしたので」
「ただ、奴らは“回収”と口にしていました。少なくとも何かしらの目的があるのは間違い
ないかと」
 王や貴族、統務院議員らがざわついていた。互いの顔を見合わせていた。
 サウルやセドもシノの応答に追従し、動揺は更に広がる。
「やはり、王器の警備強化は避けられそうにありませんな」
「そのようですな。次に何処が狙われるのか分からない以上、皆が用心するに越したことは
ありますまい」
(……。だとしたら、教団のあれは事前に分かっていて……?)
(小癪な。中立を装っておいて、我々を燻り出す気でおったか……)
 その後の会議は、自然と各国の聖浄器、その防護策についてのものになっていった。
 最初こそ、方々で水面下で送られていた教団からの親書──王器防衛強化の提言を疎まし
く愚痴る者もいたが、現実として次に備えるべき脅威が明らかになった以上、政治家の成す
べき仕事は決まっている。
「──では、声明に警備強化も盛り込むことにしましょう。いいですね?」
「──それと。併せて聖浄器そのものを調べる必要があると私は思うのですが。連中の行動
から動機が分からないのなら、物から状況証拠を拾い上げていくのが妥当ではないかと」
「──そ、それは困ります! 誰がいつどうやって王器を調査するというのです? いくら
連中への対応だとしても、それは内政干渉に他なりません!」
 だが、やはりか二日目の議論もまた荒れることになった。
 各国の王器(聖浄器)への警備強化という点では一致をみた。だがではその実行力をどう
担保するのか? その運用面でまたもや対立の火が点いたのである。
 各国の自己責任ならまだよい。今までと実務は変わらない。手間が増えるだけだろう。
 だが統務院──他国からの監査を入れるとなれば、それは即ち自国の象徴に外部の手が入
ることになる。これには少なからぬ王が、特に領民からの票が生命線である統務院議員らが
強く反発をみせた。王器はただの道具ではない。国によってはそれ自体が信仰の対象となっ
ている地域も珍しくない。その存廃を刺激することは……避けたかったのだ。
「いや……何も我々の王器で調べることはないのではありませんか? 封印──と言えばい
いのか、その実害に遭った護皇六華こそ一番“結社”の足跡に近いでしょう。調査というな
らばまずそこから始めるのが筋な筈です」
「し、しかし。いま護皇六華は……ジーク皇子が所有しているのでは?」
『あっ──』
 議論に熱が入る余り、つい触れたくない部分に触れてしまって面々が押し黙った。
 そっと、おずおずと彼らの視線が席に戻ったシノにアルスに向く。アルスは内心必死に感
情を堪えていたが、傍らの母はむしろ毅然と彼らを見つめ返してさえいる。
「……すみませんがシノ皇、皇子の行方は……?」
「いや、各々方も聞き及んでいましょう? 皇子はフォーザリアにてその消息が途絶えてい
るのですよ!」
 あくまで、慎重に寡黙に。
 するとその凛とした佇まいに気圧されたのか、今度は出席者達はその言葉の矛先をフォー
ザリア鉱山、その領有の王であるファルケンへと向け始める。
「……調査中だ。既に現地へ救助部隊も送り込んでいる。なにぶん、被害が広範でな」
「あまり我々をからかわないでいただきたいな、ファルケン王……」
「そうだ! テロ発生から相応に日数は経っている。あれだけの事件で王である貴公が何も
把握していないとは不自然ではないか!」
「全くだ。なのに、貴公は我々に了解もなしに草案を……また血を流そうとしている。一体
どこまで世界を巻き込めば気が済むんだ……!?」
 ジト目で彼らを睥睨すると、ファルケン王はそう少なからず意図的にそう答えていた。
 故に、また問い質す彼らの憤りは膨らむ。声明草案の主導権がヴァルドーにあったという
前情報──その憎し感情が相まって、議場はまたもや荒れ模様を呈し始める。
「止めてください。昨日のさまをお忘れですか? こうして私達がいがみ合えばいがみ合う
ほど、喜ぶのは“結社”なのですよ?」
 なのに、そんな詰め寄る出席者らを諌めたのは、他ならぬシノだった。
 何故貴女が……? 実の子がいなくなったんじゃ……?
 彼らは驚き、何より大いに疑問符を浮かべていたが、それでも彼女の毅然とした姿に徐々
に感情的な言葉を削がれていく。
(母さん……)
 議長席のハウゼン王が、片眉を軽く上げて小さく驚いてるようだった。
 アルスはぎゅっと唇を結んでこの母を見遣っていた。もし怒りの末に倒れこむようなこと
にでもなったら、すぐに支えてみせると思った。
 彼らはまだ知らない。知らない筈だ。ヴァルドーとトナンが密かに結んだ協定を。
 少なくともこのサミットが終わるまでは、互いにフォーザリアの一件で安易に情報を漏ら
さないこと。結社への対応に力を傾けること──。だからだろう、その事情が分かっている
もう一方、ファルケン王は母が挟んできた牽制を「それでいい」と満足げに見つめている。
「……あの二人、何かあるな」
「え? そうなの?」
「ええ。状況的に、多分そうでしょうね」
「……まどろっこしい。何の為にこうしてわらわら集まってんだ? 俺達は」
 半ば無意識に五感が研ぎ澄まされていたことで、向こう側にいる四魔長らの声が辛うじて
耳に届く。
 ええ、本当に……。
 尚もざわつき、議論がややもすれば口論になりかねない二日目の総会。
 これが「結束」かと、アルスは内心暗澹たる気持ちが膨らむのを抑えきれない。


『──このように大都(バベルロート)は現在、非常に緊迫した空気に包まれております。
以上、現場から中継でした』
 画面の向こう、大都の様子を伝えるレポーターの締めを受け、映像器には再びスタジオの
アナウンサー達の姿が映し出されていた。
 伝えられるのはサミット初日の成果、そして二日目(げんざい)の様子。
 酒場『蒼染の鳥』の映像器を囲み、ハロルドら留守番組は食い入るようにこのメディアら
が報じる情報を見つめている。
 映し出されていた統務院本部の高く大きな建物、厳戒態勢が敷かれ多くの警備兵が目を光
らせる街中、或いはサミットに反対する各種デモ隊の姿。
 スタジオに戻った後、アナウンサーは神妙な表情を作った上でコメンテーターらと何度か
やり取りを交わしていた。
 曰く、初日は結局統務院としての団結が示せず、対立ばかりが目立ったこと。
 曰く、番記者らの報告によれば、その火種の一つに声明草案が先行して作られたことへの
諸国の反発があったらしいこと。
 曰く、その草案を主導したのがヴァルドー王国──ジーク達が消息を絶った地を中心とし
た大国プラスアルファであったようだということ。
 アナウンサーは、コメンテーターらは、さも訳知り顔で語っていた。
 それみたことか。力ずくの政治は何も生まない。
 今こそ調和が必要だ。統務院による一極支配も限界が来ている。
「……何ともまぁ、無責任っつーか上から目線っつーか……」
 テーブルに片肘をつき、最初に口を開いてぼやいたのはグノーシュだった。
 その呟きに他の団員らも少なからず同意の反応を示す。メディアの“正義感”は何も今に
始まったことではないが、まるで足を引っ張るばかりなその態度は、ひいてはアルス達をも
嘲笑っているような気がしてしまうのだ。
「大体、この期に及んで喧嘩してる場合じゃないだろうに」
「お偉いさんの思考なんだかねぇ」
「……まぁ、政治なんてのはそういうものさ。厳密にはあれは政局なんだろうけど」
 そんな中でも、ハロルドは変わらず冷静のようだ。
 だが彼も本当は思うところはあり、されど例の如く多くを語らないのかもしれない。眼鏡
の奥で細められた瞳が、妙に怖いような気がする。
「声明さえ纏まれば、一応は成功ってことはなるんだろうけどな。ただ問題は国同士の折衝
の中で“結社”への制裁がどれほど現実的な有効打になるかだが……」
 加えて同席していたリカルドと、部下の神官騎士らもそう気難しい表情(かお)をして画
面を眺めている。
 それが一番拙い。団結──イコール誰もが“結社”に敵意を向けられうる状況になるのを
恐れ、一抜けたが繰り返されれば、このサミットも過去何度のそれと同様、骨抜きになる。
「……。ジークさん達、本当に死んでしまったんでしょうか……?」
 辛気臭くなる場の空気。
 やがて今度は耐えかねて、そうレナが既に泣き出しそうな表情(かお)で呟いた。
『……』
 押し黙る面々。
 犠牲、犬死に──不吉な言い回しがどうしても脳裏を掠める。
 むしろ自分達としては、そちらの方が一大事であり、大きな心配事であった。
 サミットが始まる少し前、アルス達を送り出した後で、自分達は導信網(マギネット)上
に突如として公開された“結社”の犯行声明を知った。新聞の号外を読んだ。
 まさか、ジークが……?
 信じたくない気持ちと、急速に伝播していく情報の荒波が持つ強さにさらわれそうになる
感覚。すぐにアルス達やルフグラン・カンパニーに連絡を取ったが、返ってきたのは先ずこ
の政局を優先するという旨と、何も知らない分からないと同じく動揺している社員らの声。
「レナ、気をしっかり。イセルナさんも言っていたでしょ。現状連中の犯行声明しかジーク
達が死んだっていう証言は取れてない。揺さぶり目的の可能性もある」
 不安に震える親友(とも)の肩を、ミアはぽんと優しく叩く。
「でも……」
「大体、調査中ですの一点張りは無茶でしょう?」
「シノさんも抗議すりゃいいのに。実の息子の一大事だろ?」
「……それを含めて、政局優先なんだよ。真に受ければ結社(れんちゅう)の思う壺なんだ
と彼女達もよく分かっているのさ。内心辛い選択な筈だけどね」
「ただでさえ“結社”とぶつかる事になるのを、あちこちの国が怯えてる。今表に出しちま
えばそこに燃料をぶちまけるようなもんだからな。まぁあれだけ大事になれば公表されるの
も時間の問題だろうが……。何より、ヴァルドーとトナンの外交問題になる可能性が高い。
……あの王相手じゃ、分が悪ぃだろ」
 尚拭いきれぬ不安に覆い被さるように、何度目かの団員らの義憤が漏れていた。それでも
ハロルド・リカルド兄弟はそれぞれに言う。
 淡々と嘆息と。もどかしい気持ちは自分達だって分かっている、同じだ。
 だがこちらからはどうすることもできない。立ち回る、その世界が違い過ぎるのだ。
「信じるしかないよ。ううん、私達が信じなくてどうするの? 絶対ジーク達は生きてる。
そう簡単にやられてたりしないよ」
「……。そうだな」
「ああ……。そうだとも」
 ぼりぼりと手持ち無沙汰に髪を搔いたり、そっと目を瞑って雑念を追い払おうとしたり。
 ステラが皆を励ますように、自身に言い聞かせるようにそう言い放った言葉(しんらい)
を、団員らは静かに搔き抱いてただ佇む。遠く大都で続く会議に思いを馳せる。
「──すみませ~ん!」
「あの。今よろしいでしょうか」
 ちょうどそんな時だった。ふと酒場の出入り口の向こうから、聞き慣れた少年達の声が飛
び込んできたのだ。
「あ。フィデロ君とルイス君、だったよね?」
「いらっしゃい。……店は開けてはいないけれど」
 レナとミアが立ち上がり、一方がまだ不安に呑まれている友を支えてやりながら扉を開け
ていた。案の定、姿をみせたのはフィデロとルイス──アルスの学友達だ。
「あ、いえ。こちらには確か映像器があったと記憶していたので」
「俺達の下宿にはないッスからね。アルス達の様子、知りたくても見れないし」
「……ですので、宜しければご一緒させていただければと」
 一度打ち上げ会の際訪問したことで気安く、一方あくまで外部の人間として丁寧に、二人
はそう言ってきた。
 なるほど。レナとミアはちらと後ろの皆に振り向いていた。
 心なしか辛気臭い空気が和らいだ気がする。
 それはフィデロの屈託のなさか、それとも扉を開けたという物理的な影響か。
「そういう事なら勿論。どうぞ? 何か飲み物でも用意しようか」
 ここにきてようやくハロルドが微笑んだような気がした。
 程なくして返す快諾。二人が「お邪魔しま~す」と入ってくるのを見ながら、彼はスッと
立ち上がると厨房の方へと歩いていく。
「……そういえばシンシア・エイルフィードは? 一緒ではない?」
「ええ。今日は俺達、下宿から直で来ましたからね」
「それに彼女なら、確か帰省している筈ですよ」

『──以上、現場から中継でした』
 所変わって、打金の街(エイルヴァロ)執政館。エイルフィード伯爵家本邸。
 華美さこそ抑えてあるものの、値打ち物で固められた調度品に囲まれたそのリビングに備
え付けられたソファで、二人の女性が壁掛けの映像器を眺めていた。
 忙しくなく切り替わるのは、大都(バベルロート)の様子を伝える映像達だ。
 統務院本部前、武装した警備兵、デモ隊。それらの後にリポーターが締めの一言を発し、
映像は再度スタジオへと返されていく。
「……うーん。どこも似たり寄ったりばかりねえ」
 一方はシンシアだった。
 その横で、もう一人の女性が軽くため息をつきながらぐぐっと伸びをする。
 腰に淡い緑の帯を巻いたオフホワイトのローブ。胸元にはさりげなく小振りな金のネック
レスをアクセントに添え、肩ほどまで伸ばしたその淡い金髪の毛先はふんわりとウェーブを
描いている。
 シルビア・エイルフィード。
 シンシアの母親であり、即ちセドの妻──エイルフィード伯爵夫人だ。
「まぁ、仕方ないでしょう」
「基本的に総会それ自体が非公開ですからねぇ。メディア(れんちゅう)も結局はあれこれ
推測を並べてそれっぽくするのが限界なんじゃないでしょうか」
 ソファの気持ち後ろ斜めで控えていたゲドとキースが、それぞれにそう宥めるような言葉
を掛けていた。
 だが、肩越しに振り向いたシルビアの表情は「つまんない」といったものだった。
 気品さと並立するように、負けん気の強さが垣間見えるのは流石母娘(おやこ)といった
感じだが、彼女の場合はより良い意味でも悪い意味でも活発な面が滲み出ている。
「でしょうねえ。喧嘩を買う相手が相手だしクローズドになるのは分かるけど……」
 言って、彼女は再び前に向き直っていた。
 だけど内輪揉めしてちゃあ世話ないわよ──。
 それは批判なのか愚痴なのか。本心は分からないが、大よそこの場にいる面々が抱いてい
るであろう感慨と符合するものであることは間違いない。
「……」
 その間も、シンシアはじっと前を見たまま黙っていた。
 画面の向こうでは相変わらず大差のない報道が延々と繰り返されている。母の言うように
サミットが非公開であるのだから情報が限られるのは仕方ないが、そこをまるで開き直って
いるかのような彼らのさまはあまり観ていて気分のいいものではない。
(まったく……。これじゃあ何の為に戻ってきたのか分からないじゃありませんの)
 そもそも自分達がこうして帰省してきたのは、サミット出席に伴い主──父不在となる状
況を心配してのことだ。本心を言うと二浪の手前あまり帰りたくはなかったが、事前にアラ
ドルンからこっそりと懇願されてしまい、結局こうして久々の我が家な訳である。
 それも向こうの父──達のことが、こちらにいれば政府経由で届いてくるかもしれないと
思ったからだ。
 しかし、結果的にはそう変わらないらしい。
 流石にその一点だけでとんぼ返りする訳にもいかないが、実家だというのに自分はもう帰
省して一週間と経たずに居た堪れなくなっている。
「……」
 そうして黙していると、ちらりと母(シルビア)が視線を遣ってきているのに気付いた。
 まるで舐め回されているかのよう。今に始まった事ではないが、どうにもこの母は娘の思
うことを見据えた上で色々と愉しむような所がある。……愛情が故と、シンシアも一応理解
しているつもりではいるが。
「ねぇ、シンシア」
 気持ち口角を吊り上げて、シルビアがそうシンシアに訊ねていた。
 い、一体何を訊かれるのだろう……?
 気後れから街を飛び出していったが故、彼女の脳裏にはそう色んな想像が去来する。
「向こうの学院(アカデミー)では、上手くやってる?」
 だが、存外普通だった。
 目を瞬き、見返す。確かににやつく表情(かお)だった気がするが、今はれっきとした母
のそれである。
 シンシアは内心己を恥じた。
 そうよ。お母様にだって迷惑を掛けて今があるんだもの。自分のプライドばかり守ろうと
したって、何も……。
「え、ええ。問題ありませんわ」
「そう……ならいいんだけど。貴女はセドに似て気難しい所があるから、溶け込めるかどう
か心配だったのよねえ」
 ブフッ。するとはたと後ろで、キースが必死に笑いを堪えていた。
 シンシアは横目でそんな従者を睨みながら、敢えて努めて自身の言の葉も堪える。
(ん? どうした?)
(いえ……。何も……)
 ひそひそ二人が言っているが、しっかり聞こえている。
 大方『お嬢そっくりなのは奥方もでしょ。自覚ないんスか?』とでも言いたいのだろう。
 ……具体的に推測できてしまう自分も、何だか悔しいが。
「やっぱりあの子のおかげかしら? シノさんの息子さん──アルス君」
「ッ!?」
 なのに、いやだから不意を突かれる格好になったのか、次の瞬間母から出されたその名前
に、シンシアはつい大きく反応してしまっていた。
 にやにや。見れば案の定、彼女はこちらを見て笑っている。無駄に嬉しそうにしている。
「か、彼は関係ありませんわ。確かに才能もあって、好敵手(ライバル)として不足はあり
ませんけど……」
 こほんとわざとらしいほど咳払いを一つ。
 お、落ち着くのよ。確かに彼は優秀で、自分とは魔導を志した理由もまるで別次元だった
けれど……。
「ふふ、そう恥ずかしがらなくてもいいじゃない。いい事だと思うわよ? 何も勉強は机の
上でやるものだけではないもの。折角の学生身分だものね。存分に学びなさい? ついでに
彼のハートも」
「~~ッ!? ……!?」
 なのに母(シルビア)は、微笑ましく要らぬお節介をすぐには打ち切らなかった。
 ねっ? そう彼女は言って、ソファの後ろの従者二人に同意を求めている。
 まさか、お母様達にも……? シンシアは茹蛸のように顔を真っ赤にしながらも不機嫌に
眉を顰め彼らを睨んだが、当の彼らはわざとらしく目を逸らして冷や汗を垂らし、軽く口笛
なんかも吹いてみたりしている。……あと、いつの間にかカルヴィンまで交ざっている。
「……口が軽過ぎよ。限度を弁えなさい」
 ジト目で思いっきり凄みを利かせると、三人は『はい』と短く真顔で答えていた。
 まったくもう……。シンシアは嘆息をつくと、テーブルの上の紅茶に手を伸ばす。
「……ねえ。せっかく帰って来たんだし、こっちの学院に編入したっていいのよ?」
 だからか、今度こそ母(シルビア)の声色はとても真面目で、嘘偽りのないものだった。
「そのつもりはありませんわ。さっきも言ったように、アルス・レノヴィンがいますもの。
少なくとも彼を並び越す魔導師になれないようでは、お母様達にも顔向けができません」
「……。そう」
 しかしシルビアにとってそれは、完全に予想範囲内の返答だった。
 負けず嫌いだものね。そして有爵位家の人間としての誇りを、既にセド以上に大切に抱い
て生きている──。
 口にこそ出さなかったが、母として、シルビアは正直嬉しく思った。
 昔はもっとプライドが邪魔をして癇癪を起こすような娘だったけれど、気付けばその悪癖
を自覚し恋もして、本当に自分が求めているものは何なのか? 大切なものは何なのか? 
今は不器用ながらも模索しようとしている。いずれはそれらの為に身を賭すことを覚えてい
くのだろう。
「……」
 だからこそ、守らねば。
 精一杯、そうでなくとも手探りするこの子達のためにも“結社”なんていうラディカルで
独り善がりな連中を、自分達大人は少しでも早く確実に刈り取らなければ。
「……サミット、無事に終わるかしらね」
 ぼそっとシルビアは言った。
 ちらと娘がこちらを見て、されど特に何も言い返すこともなくメイドから紅茶のおかわり
を注いで貰っている。
(セド。こっちも気張ってるから、あんたもしっかり守ってやりなさいよ……?)
 そして心の中で遠くの幼馴染(おっと)にエールを送り、自身もまた紅茶のカップにそっ
と口をつける。

 この街にせよ、輝凪の街(フォンテイム)にせよ皇国(トナン)にせよ。
 何処もかしこも、今はサミット出席で、多くの主が出払っている状況なのだから。


 三日三晩というのはこういうさまをいうのか。
 いや……厳密には四日目か。まぁ帰還後、半日経ってから始まったのだから別に間違って
はいないのだろうが。
「──」
 場所はルフグラン・カンパニーの作業場。
 その一角の丸椅子に腰を下ろし、ジークは一人ぼうっとしていた。
 作業場内では、今も忙しなくレジーナ以下社員達がオズの修理・改造を続けている。
(凄いな……)
 機巧技術に関しては門外漢だが、素人目にも彼女達が驚異的なハイペースで作業している
らしいことは分かる。
 その一部始終を見ていると、自分から頼んだことだとはいえ、連日代わる替わるに加勢と
睡眠を挟みながら動き続ける彼女達に対し、何だか申し訳なくなってくる。
「……」
 できる事なら、すぐにでも大都(バベルロート)へ──アルスや母さん、皆を助けに向か
いたかった。今でもその疼きは胸奥にある。
 だがジークは帰還してから、その道中、ずっとその衝動を抑え続けていた。
 今のままでは結社の魔人(あいつら)には勝てない──。それはフォーザリアで、クロム
と戦って、文字通り身体を覚えさせられ痛感したことだ。
 圧倒的な力量差。それを激情だけで補おうとした未熟さ。
 ……とはいえ、何も策が浮かんでいない訳ではない。伊達に何度も奴らとぶつかってきた
訳ではない。
 一つ、ジークの中にはある仮説が芽生えていた。
 自分達と“結社”の魔人達との間、その力の差を決めているもの。
 常人を超える導力。勿論それもある。
 だが……それ以上にこれまでの戦いで感じ取ったことがあるのだ。
 “重い”のである。ヴァハロやクロム、奴らと戦った時、確かに自分は彼らの攻撃に自分
達にはない重さのような──何か付与されたものを感じ取っていたのである。
 それが何か? 流石に正体までは分からない。そもそも自分のこの感触や表現は正しいの
かさえ判然とはしない。
 しかし、似た感じならば記憶にある。ダンだ。クランにいた頃から彼は、纏ったマナをま
るで炎のように変える技を使うことがあった。
 それにいつだったか……アルスから以前、こんな話を聞いたことがある。
『うーん……。人によるんだろうけど、よく言われるのは“自分オリジナルの術式を創り出
して世に認められること”だね。自分っていう魔導師を、その一体系でもって後世に残すと
いうか……』
 確か「結局の所、魔導を極めるって何なんだ?」といった質問に対する返事だったように
思う。そんな自分の疑問に、分厚い魔導書を読んでいた当時のアルスは、そう小首を傾げつ
つも言ったものだ。
 今思えば、例えばそれはセドさんの“灼雷”などであったりするのだろう。
 ──だからだ。もしかすると錬氣にも“自分達がまだ知らない奥深さ”のような何かがあ
るのではないかと思うのだ。
 そもそも錬氣法(マナ・コート)は戦闘行為に特化させたマナの運用法。即ち魔導のそれ
とは重複する部分も多い。
 リオや師匠(せんせい)が言っていた「ストリームを感じろ」という弁。
 ヴァハロが去り際に残した「自分と向き合え」とも取れる言葉。
 そういうことなのか?
 ならば、自分はまだ、もっともっと強くなれる筈──。
「ただいま」
「ただいまですー。オズさん、どうなってますか?」
 そんな最中だった。作業場の外、社屋内の廊下側からふいっとサフレとマルタが顔を出し
てきたのだ。
 ジークや何人かの社員らが二人を見遣る。見れば彼らの手には、大きな布袋がいくつか提
げられているのが確認できた。
「おかえり~」「こっちは順調だよ」
「……どこか行ってたのか?」
「ああ。魔導店を梯子していた」
「結構あるものなんですねえ。機巧技術の聖地だといっても、魔導もちゃんと需要はあるみ
たいです」
 レジーナが社員達がそれぞれに返事を寄越す中、ジークは近付いてくる二人にそう訊ねて
いた。すると訊かれて彼らは得意顔。特にマルタはいつも以上の癒し系な笑みで答え、手に
した布袋の中身を取り出してみせてくる。
「これ“霊石”じゃねえか。こんなにいっぱい……」
「はい。マスターの提案で朝から調達しに回っていたんです」
 それは掌に収まるほどの、淡い虹色のコントラストを映す石だった。
 霊石──マナが様々な理由で固体化し、結晶となったもの。
 外圧(マナ)を加えてやれば容易に中のそれが融け出していく性質があることから、主に
冒険者などがマナを補給する為にしばしば携行している物だ。
「向こうに着けばきっと長期戦になる。なら、事前に準備ができる今の内に仕入れておいて
損はないと思ってな。特に君は、消耗の大きい得物を使うんだ。持っておくといい」
「レジーナさん達ばかり働かせて、私達だけぼーっと休んでいるのは何だか申し訳なかった
ですしね。後で小袋に分けてお渡しします」
「そっか……。ありがてぇ、助かるよ」
 そうして霊石を詰め込んだ布袋達を検め、話し込む三人。
 すると今度は、オズに繋がれていた据え置き端末から連続して小気味良い電子音と大きな
排熱音がし、レジーナ達がついにその瞬間を告げてくる。
「お待たせ! オズ君の大改造、終わったよー!」
 ジーク達は一斉に彼女らの方を向き、半ば反射的に駆け出していた。
 集まってみればレジーナ以下社員(技師)達は黒く油塗れ。だがその表情は皆一様にいい
仕事をしたと言わんばかりに清々しい。
 社員の一人が端末を操作し、オズを囲んでいた鉄骨の足場をスライド、撤去させた。
 ズン。茜色のランプ眼が光り、新たな身体を得たオズが一同の前に進み出てくる。
「おお……」
「これが、バーションアップなオズさん……」
 一見すると、全体的なデザインは変わらない。鎧を思わせる黒紺色のボディをした、人型
に近い姿のままだ。
「んー、気持ち胴回りが太くなったか?」
「腕や足もですよね。背中にも……何か箱みたいなものが」
 だがよくよく見れば確かに変わっている。先ず全体的にずっしりとした感じが増し、背中
には何かしら補助ユニットのような縦長のパーツが一対。
 ふふんと、レジーナは得意げに笑っていた。
 その横で顔の汚れをタオルで拭ったエリウッドがざっと解説を加えてくれる。
「飛行ユニットと武装パーツだよ。胴体・手足のサイズが一回りほど大きくなったのも現在
の技術に合わせて装備を変更・拡充したからなんだ」
「ハイ。総合的ナ戦闘能力ガ飛躍的ニ向上シタト分析サレマス」
「へぇ……例えばどんなの?」
「まぁまぁ。そこはいざって時のお楽しみってことで。ジーク君だって、元々はオズ君に兵
器に戻って欲しくはなかったんでしょう?」
「……それは、まあ」
 ジークは曖昧に答えて、再度オズを見上げた。黒紺色のボディと茜色のランプ眼がこちら
を見つめ返している。
 確かに彼女の言う通りだ。だが留守の間に収集した今の世界の実情から、当の本人が共に
戦ってくれるという意思を示している以上、自分にはその「心」を否定するつもりも権利も
ない筈だ。
「……。ありがとな」
「トンデモナイコトデス。私ハマスター達ニヒトトシテ生キルコトヲ教ワリマシタ。感謝シ
テイルノデス。コレハソノ恩返シデモアルノデスカラ」
 何とも真面目だなぁ、ジークは苦笑した。
 主従とか恩義とか、もっと“自分”の思いで動けばいいのに。それじゃあ結局ぐるぐると
回ってるじゃないか……。
 だがそれがキジンという種族、金属生命体の性なのだろう。
 仲間達と共に、ジークは笑っていた。殊更に諭し直すこともないだろう。
 助けたいから助ける、それでいいじゃないか。それが多分絆とか善意とか、そういうもの
を作るんだと思う。
 ──だがそんな温かな感触も、世界は容赦なく蹴り飛ばす。
 次の瞬間、突如として無数の爆音が耳に届いた。作業場内を大きな揺れが震わせ、棚から
細々とした器具が次々と床に落ちる。
 それらと社員達、マルタの悲鳴が重なった。
 思わず身構えるジーク達。すると今度は、携行端末を片手にしたリュカとちょうど休憩中
だった社員数人が血相を変えて駆け込んできたのである。
「皆、大変よ!」
「ええ……。それは見ての通り……」
「どうしたんだ、リュカ姉? 一体外で何があった?」
 慌て動揺を隠せない社員達。
 そんな中でジークはサフレ、エリウッドと顔を見合わせると、この合流した彼女らに向か
って問う。
「そ、それがどえらいことになったんですよ!」
「ジーク、サフレ君、マルタちゃん。急いで出発準備を終わらせて。大都(バベルロート)
が……大変なことになったの」

 総会(サミット)二日目は、各国王器の警備強化に関しては一致をみた。
 だがそれだけである。具体的な警戒策を含め、程なくして議場は三度喧々諤々とした政争
の場へと変わっていった。
「──よくよく考えてくれ。テロに屈することで得られる安全と、屈しないことで得られる
ものの大きさを。前者などごく限定的なものでしかないんだ。アドバンテージは常に敵側に
あるだろう? 彼らにとってはローコストでより大きな利益を──我々にとっての脅威を、
テロによって得られると学ばせてしまう。ならば長期的にみれば、毅然とした態度でそんな
暴力的要求を跳ね除け続ける方が、ずっと社会にとってはプラスになる筈だ」
「──やはりここは順当に国別の経済力を目安として配分すべきでしょう。応分負担という
表現にも近似していますし、領民達にも理解が容易い」
「──いや、それだけでは不十分なのでは? 対象は兵力な訳ですから、それらに占める軍
事費率も勘案して決めるべきです」
「──駄目だ駄目だ、それでは到底納得できない。いざ発効すれば等しく“結社”から狙わ
れることになる。自力復旧の難しい加盟国にはもっと補償を手厚くするよう明文化して貰わ
なければ」
 それでもシノが想いを込めた諌言と、何より今回の議長であるハウゼン王がこの状況に対
し柔軟に対応したことは大きかった。
 一日目と同じ轍を踏む訳にはいかない──たとえ相も変わらず互いの利害がぶつかり合っ
ていても、そうした現況認識、危機感に関してはどの国の代表らにも共通するものがある。
 故に今度は会議それ自体の形態を変えることにした。
 両院の総意をいきなり作るのではなく、先ずは一旦個々各国の間での合意を模索、その積
み重ねで以って声明の完成という目標(ゴール)へ到達しようとしたのだ。
 そうなると正義の冠(クランズ)と正義の秤(ヴァランサ)、両者の垣根はむしろ邪魔に
なりうる。
 個別の折衝が議場内のあちこちで始まった時、代表団と議員がその母国単位でスクラムを
組んだことは、やはり必然の成り行きであったと言えるのだろう。
「はい。私どもも乗り掛かった船ですし、多少割り増しとなっても構いません。具体的な追
加数値は本国に持ち帰ってからの確定となりますが……」
 勿論、シノらトナン皇国代表団もそんな折衝の中にあった。
 “結社”絡みで一層名が広まったこともあってか、個別に話し合おうとしてくる先方は次
から次へと後を絶たないような気がする。
 それらを、まだ不慣れながらも、彼女はイヨら臣下の官吏らに手伝って貰いながら懸命に
こなしていく。
「ふむふむ……。なるほど、相分かり申した」
「では一旦我々はこれで。今度は連邦(アトス)に掛け合ってみますゆえ」
 そうしてまた一国、王とその取り巻き達が、表面上こそ丁寧に一礼するとシノ達の陣取る
席を去っていった。
「……ふぅ」
「お疲れ様です。陛下」
「おい、誰か飲み物を持ってきてくれ」
 議場内は尚もあちこちで忙しなく折衝が続いていたが、どうやら自分達の方は人心地つけ
るらしい。イヨが同じく疲労の色を滲ませながらも主君を労わり、他の官吏がシノ、そして
アルスへとほどよく温かいお茶を出させる。
「……これ、今日中に終わるのかな?」
「どうでしょうね。一応日程的にはもう一日あるけれど……」
(ぶっちゃけ無理くさくない? 全部纏めるにしたって時間掛かりそうだしさぁ……)
 とりあえず湯飲みに口をつけて束の間の休憩を。補佐──実際のところほぼ書類などを出
したりするだけで見ているだけに近かった──をしていたアルスでさえもそう気が重そうに
訊ねると、シノは静かに苦笑するだけだった。顕現こそ解いたままだが、エトナも先刻から
の喧々諤々ぶりにはやはりげんなりしているようである。
「ま、揉めること自体は想定していたさ。必死にはなるだろうよ。何せ頓挫すりゃあ間違い
なく“結社”にも領民達にも舐められるしな」
「あっ」
「ファルケン王……」
 そうしていると、今度はヴァルドーの代表団──ファルケン王とその取り巻き達がやって
来た。短く声を漏らし、アルスがつい身を硬くしてしまう。一方その傍らでシノは一国の王
としてあくまで毅然とした、内心を押し殺した身構えようだ。
「ああ、そう硬くなるなって。無理もねぇけどさ……。ちいっと今の進捗を確認しておきた
くってよ。どうだ? 他の王達から賛成は得られそうか?」
「初日に比べればだいぶ。ですが皆さん、やはり警戒心は相当なものですね。一旦“結社”
との戦いに名を連ねてしまえば、国力に不安材料があればあるほど、いざリスクを被った際
のダメージは大きいですし」
 改めて口にすることでもない。だがそれだけ、これらの懸念が今回のサミットを──団結
を阻害しているとも言える。
 草案ありき、というのが予想以上に反発を生んでいるらしかった。
 シノとファルケンは、そう互いにこれまで重ねてきた折衝の成果を報告し始める。
「……」
 何となく間に入れなくて、アルスは手持ち無沙汰に場内を見渡していた。
 相変わらずあちこちで意見をぶつけあっている王や官吏、議員達。
 それでも同じく話し込んでいる連邦(アトス)と都市連合(レスズ)──ハウゼン王の傍
らのセドとウォルター議長の傍らのサウルが、こちらの視線に気付いてフッと微笑み掛けて
くれた時は、心なし気が楽になった。
 共和国(サムトリア)のロゼ大統領も懸命そのものだった。
 こんな事を思ってしまっては申し訳ないが、母と同じくまだ日の浅い元首が奮闘している
のをみると、不思議と励まされる気持ちになる。
「ではやはり、直属軍を拡張する形で?」
「ああ。最低のボーダーは加盟国全部が参加することだ。実際的にドンパチやらずともいい
んだと示せば、多少は他の王達も折れるかと思ったんだが……」
 されど、そうぼんやりしている訳にもいかない。
 アルスが再びシノとファルケンの方に向き直ると、二人はちょうど軍──草案に記されて
いた国際軍(仮)について話している所のようだった。
 聞き耳を立て二人に眼を遣りながら、ぱらぱら、隣席の官吏達と資料を捲る。
 文面によるとこうだ。
 “国際軍(仮称)は、現在の正義の剣(カリバー)及び正義の盾(イージス)をその母体
とした特務部隊として組織するものとする──”
「テロをする側にとっては実際にどうかよりも、どれだけ外部へパフォーマンスが期待でき
るかですからね……。完全に懸念の払拭にはなりませんか」
「実際、一から正規軍をこしらえるよりも早いし、いい案だと思ったんだがなあ。まぁこれ
も半分はハウゼンの爺さんの提案なんだが」
 そう、難航する協議にファルケン王が後ろ髪を搔いた……そんな時だった。
 ただでさえ騒々しい場内に一際大きな口論の声が響いたのである。
「いいや、認められん! 結局割を食うのは我々ばかりではないか!」
「何故解らない!? 負担と覚悟を分かち合う為だ。そうして自分達だけ抜け出そうとする
ことがどれだけ大きなダメージを生むか、分かっているのか!?」
 アルス達は勿論、一帯の出席者らが一斉にそのさまを凝視していた。
 決裂。不満の爆発。それだけは確かに分かった。……だが、それを表に出してはいけない
のだと自分達はずっとずっと言い聞かせてきている。それが政治というもので、それが現在
直面している“結社”絡みの政局であると信じようとしている……。
「──やれやれ……。これで世界の秩序を気取っているのだから、笑わせる」
 すると不意に、今度は議場の一角からそんな明らかな嘲笑の言葉が響いてきた。
 この口論を目の当たりにして喉元まで迫ってきた憤り。
 それらを抱え、王や議員、官吏達がぎろりとその発言の主を見遣る。
「……リファス王」
「発言を撤回しろっ! それでも統務院加盟国の一員か!?」
 彼の名はリファス王といった。確か南方の小国の一つを治めていると記憶している。
 これまでの諸々の不満を吐き出すように、他の王達が次々に糾弾を始めていた。だがハウ
ゼン王以下、四大国や幾つかの国々の王はむしろ怪訝の表情を浮かべている。
 彼は、こんな男だったか?
 かの国の力を考えれば、こんな挑発的な発言などあり得ない──。
「必要ないね。だって俺は……“この男じゃない”んだから」
『──ッ!?』
 それが始まりだった。
 にたり。片肘をついたリファス王の不敵な笑み。
 だが違ったのだ。彼の発した言葉の通り“彼は彼ではなかった”のだ。
 刹那、その背中から大きく身を起こしたのは黒い翼。それが包み込むように彼を覆うと、
そこにはあっという間に別人──鴉系の鳥翼人(ウィング・レイス)が現れる。
「……」
 まさか、偽者? そう悟った時には遅かった。
 彼の双眸が血色の赤に染まって輝くのがみえた。
 魔人(メア)──統務院、世界に挑戦的な物言い──。
「さぁ、ショータイムだ」
 パチンと指を鳴らし、今度は彼の周りに立っていた官吏達の輪郭が急速に歪む。
 程なくして現れたのは、正体を明らかにしたのは、黒衣のオートマタ兵達だった。
 更にこの傀儡兵達は、まるで事前にそう命令されていたかのように両腕を──各々にびっ
しりと文様(ルーン)を描いた両腕でお互いに輪を作ると、自分達自身をその文様を介した
魔法陣として展開、そこから大量の人影を空間転移させてくる。
「くっ……」
「け、結社!?」
「ほっ、本当に殴り込んできやがった!」
 アルスが、慌てて顕現してきたエトナが、リンファやキサラギ父娘が反射的にシノを守ろ
うとその前に立ち塞がった。
 だが……先手を打つことなどできるのか?
 これだけいる。これだけ、世界の要人達が一同に会している……。
『──』
 転移の黒い靄から現れたのは、魔人(メア)と追加のオートマタ兵達。
 目算、十数人と多数。
 そして更に拙いことになったのは、着流しの鬼族(オーグ)──リュウゼンが発動した、
鎖で繋がれた頭と両手の輪からなる魔導具を介した術だった。
「天地(テェンディ)──創造(チャオゾ)ッ!」
 藍と紺の眩い光が幾つもの曲線を作り、辺り一帯を駆け抜けていった。
 それら迫ってくる何かを、皆は殆ど反射的によけようとしてしまう。即ち互いに離れてし
まう格好になる。
 奔る光達は議場の外、大都全体にも及び、待機していたイセルナ達もまた同様にその唐突
な異変に巻き込まれてしまう。
『……??』
 ものの数分ほどの事だった筈だ。
 なのに眩い光が収まり、皆が思わず瞑っていた目を開くと、そこには議場とは大都の街並
みとはまるで似ても似つかない、殺風景な石柱の摩天楼が広がっていたのである。
「お、おい」
「何だ……これ……」
「ちょ、ちょっと待て! ここ滅茶苦茶高いじゃないか! 落ちたら死ぬぞ!?」
 状況の把握は完璧ではないが、存外迅速だった。
 王や官吏、議員、辛うじて残った護衛役などが辺りを見渡している。
 追い遣られていた。王達はいくつかの高い石柱、その頂上のスペースの上で、身を寄せ合
うようにしていつの間にか立っていたのである。
「おいおい……。こいつあ……」
「空間結界? いや、これは異相結界も混ざってる……?」
「拙いよ拙いよ! これって、私達があいつの所為でばらばらに飛ばされちゃったってこと
じゃない?」
 エトナの、そんな相棒へ掛けた言葉が決定打だった。
 わぁっとにわかに狂ったように混乱する面々。それでもファルケンやハウゼン王はじっと
前を見据えより高い場所を見上げているし、シノもリンファやキサラギ父娘というこんな時
こそ傍にいて欲しい武人らと分断され、代わりに居残ってしまったイヨを、そのあまりの事
に気絶しそうな彼女を支えながら黙してさえいる。
 アルス達は、もう一度周りを見渡した。
 無機質──淡い藍の石柱と灰色の空で統一された空間。そこはあたかも複雑に入り組んだ
迷宮のようで、結社達(かれら)による分断の意思の強固さを感じ取れる。
 肝心の魔人(メア)達は上にいた。
 少しアルス達一同よりも高い石柱──というより広さ的には屋上のようなそこで、彼らは
それぞれにこちらを見下ろしている。
『──ごきげんよう。邁進者諸君』
 そして、虚空からそう老人のような声が聞こえた。
 ハッと見遣ってみれば、突如としてその中空から大量の電流のようなエネルギーが迸り、
次の瞬間、巨大な淡い紫の光球が現れる。
 魔人(メア)達が一度、その光球に対して低頭しているのがみえた。
 戸惑い、恐れる面々の中で、アルスはそのさまをじっと見据えて確信する。
(……もしかして。あれが、前にハロルドさん達が言っていた“教主”……?)
 心の中で呟いた言葉。
 だがアルスの胸の鼓動を強く早めるには、それだけでも十分だった。

 心が身体が、戦慄いている。突きつけられている。
 敵が、その中核らが──遂にその本性を露わにしたのだと。

スポンサーサイト
  1. 2013/10/08(火) 18:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<(雑記)美談と物語と幻想と | ホーム | (企画)週刊三題「リ・パニッシュ」>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://higurasisouann.blog27.fc2.com/tb.php/366-43d66cda
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (150)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (88)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (28)
【企画処】 (344)
週刊三題 (334)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (15)
【落書帳】 (6)
【詩歌帳】 (6)
【雑記帳】 (323)
【読書棚】 (30)
【遊戯倉】 (24)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW (16)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

@long_month からのツイート