日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「煙ル島」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:島、先例、殺戮】


「……何がどうなってるんだ」
 上陸した当局の捜査員らが見たのは、文字通りの惨状だった。
 元は自然豊かであったのだろう島の自然。それらが今はもう血の赤と焼け落ちた黒でびっ
しりと塗り替えられており、彼らの眉を顰め鼻を摘ませる。
 舗装すらされていない島の生活道を、彼らは慎重に進んでいった。
 念入りに焼き払われた木々の残骸と点在する惨殺体。
 皆ここの住人達のようだった。彼らと同じく南洋人の日焼けした肌をしている。ただその
彼らはもう誰一人として生きておらず、頭を撃ち抜かれたり、殴られたり、胸を一突きされ
ていたりと様々な方法で以って殺されていた。
「皆殺し、だな」
「生存者はあの青年だけかもな……。惨い事をしやがる」
 間違いなく、ただの偶発的な殺人ではない。予め計画された殺人──殲滅であろうと場の
誰もが確信に近い印象を抱いていた。
 銃器、鈍器、刃物。少なくとも犯人は複数の凶器を使ったものとみられる。
「ッ!? おい、こっちに来てくれ!」
 そうして島内をぐるり検めていると、仲間の一人がはたと今まで以上に緊張した表情と声
色で皆に呼び掛けてくる。
 一行は程なくして集まった。場所は森の中の、少し高台になった広場だった。
「……自殺?」
「状況からして、おそらくは」
 そこにはまた死体が転がっていた。
 数にして十人ほどか。皆がそれぞれ円陣を組むように座り、脳天や口元から大量の血を撒
き散らして動かなくなっている。
 各々の手には、拳銃。
 どうやら此処で自ら命を絶ったらしい。
「弾切れのライフルにピストル、あと血でべっとりの鉄の棒やらミリタリナイフ……」
「……じゃあ、島の連中を殺ったのはこいつら……なのか?」
「多分な。鑑識に調べて貰わない限り断定はできんが……」
 面々の頭の中は混乱していた、酷く戸惑っていた。
 何故ここまでの惨劇が起きなければいけなかったのか? 何故そこまでの凶行を起こし、
尚且つ自殺などという最期を選んだのか?
 彼らのリーダー格らしき捜査員が、ガシガシと髪を搔きながら嘆息をつき、言う。
「……証拠品をまとめたら一旦戻るぞ。こりゃあ、かなりクる事件になりそうだ」

「では、貴方はその彼らに逃がされた……と?」
「はい……」
 一方その頃、先の島を臨む港街の警察署で、一人の日本人青年が保護されていた。
 傍には使い込まれたバックパック。本人の証言からも、彼はこの地を訪れていた旅人であ
るらしい。
 日本語を話せる刑事が対応した。言葉はきちんと聞き取れるが終始青年の声のトーンは低
くか細く、心なしかやつれているように見える。
 無理もない。
 彼はあれだけの惨劇があった島から脱出した、現状唯一の人間なのだ。
『……』
 ざっと事情を聞いて、刑事達は互いに顔を見合わせた。
 把握していなかった自分達が情けない。
 よもや、海を隔てたあの島一帯で、そんなことが続いていたなど──。


 時は、数日前に遡る。
 バックパッカーである太一は、少し前から南洋のとある島に滞在していた。
 都会もいいが、やはり旅の醍醐味は豊かな自然と飾らない人々との出会いである。
 今回は当たりだなと太一は感じていた。
 最初こそ、言葉が通じるだろうかと色々考えていたが、地理的にこの辺りは戦時中日本が
駐屯していた場所──存外に日本語が通じたのだ。
 何より、この島の住人らは気さくでいい人達だと思う。
 初日は勿論、今日もまた夜はまるで宴のような、皆で集まって大きな鉄鍋の料理を囲む一
時となっていた。
 学食でちみちみ食べるのとは違う、便利だけども機械的なコンビニ飯とは違う、そんな確
かに“人”が介在する中で摂る食事というのは格別のものがある。
「ははは、ほれほれ。飲め飲め」
 きゅっと酸い味のある、だけどもそれがまたいい味の地元酒を飲みながら、焼けた肌と髭
面な男達とその夜も笑い合った。
 そんな彼らを、女達は苦笑しながら給仕して回っている。或いは疲れて眠ってしまった子
を膝枕にしてトントンと優しく撫でてあげている。
「……」
 これが日本なら……さてはてどうだろう?
 きっとこんなむさくるしい興に付き合い続ける女性(ひと)はいないだろう。或いはこき
使うと眉を顰めたり、中には直接嫌味の一つや二つを叩き込んでくるかもしれない。
 ただまぁ、何よりも。太一は思う。
 先ずもってこれだけ人が集まり──近所付き合いなり職場的な義理立て云々なしで飲み食
いはできやしないのだろう。
 あっちではむしろ、安易に誘えば煙たがられさえする。個人という垣根が、堅く深い。
「? どうしたよ、タイチ?」
「あ、いいえ……何でもないですよ」
 皿に追加で焼き魚の煮込み料理を盛り、もきゅもきゅと頬張る。
 すっかり下の名前で呼んでくれるようになった、仲の良くなった中年・青年層の島民らと
微笑を交わしてまた雑談が続く。
「あれか、ほーむしっくっつー奴か?」
「……そういう訳じゃないんですけどね。やっぱり、日本とは随分違うなぁって」
「違う?」
「ええ。先ずこうやって皆でご飯を食べるってことが殆どないですからね。何だか昔懐かし
いような、くすぐったいような」
「ふぅん……?」
 そうしていると、同じく煮付けを頬張り、酒を一口。
 島民の一人が太一の苦笑を眺めながら少し黙り込んだ後に言った。
「なら、ここに住んじまえばいい。お前さんのいう、皆で飯とかも当たり前だぞ?」
「ははは、それはいい!」
「タイチなら俺達も歓迎するぜ?」
「なら、この葉巻吸ってみろよ。島の大人の仲間入りする証なんだ」
 にわかに場にいた島民の一同が笑い、同意を示す。
 残りの一口を飲み込んで、太一は正直驚き、きょとんとしていた。
 社交辞令なのか、本気で言っているのか。
 嬉しくない訳ではない。……だが、自分はどうしたって旅人なのだ。
「……気持ちだけ受け取っておきます。僕は、色んなことを見たり聞いたりしたい。だから
こうして暇を作ってはあちこちを旅してるんですよ。だから一ヶ所に留まるのは……。あ、
あと煙草は吸えないので遠慮しておきます」
「……。そっか、残念だな」
「すみません」
 差し出された、芯に枯れ葉を巻いただけの島の葉巻を断り、太一は言った。
 見るからに島民らの──自分に気を良くしてくれている面々が気落ちしているように、彼
には見えた。
 ……違和感。
 ふいっと太一の直感に過ぎった、一抹の感触。
「ま、仕方ねぇわな。ほら、暗い顔してないで飲もう飲もう!」
「んだな。ここを気に入ってくれれば本望さ。街になんざ負けねぇ、此処はいいとこだって
また他の奴にも伝えてくれりゃあ。な?」
 だが、それも僅かな間のことだった。
「……はい。勿論」
 向けられたのは、変わらず気さくな島民らの笑顔。人と人の繋がりを得た瞬間。
 太一は同じく満面の笑みを返す。きゅっと酒で喉を潤し、彼らの言う通りこの豊かな島の
ことを、祖国の旅仲間にも土産話にしようと思う。
「……」
 だから太一達は気付かなかった。
 そんな彼らの中に、一分も笑いもせずじっと自分を注視していた男性がいたことなど。

 この島の魅力は、何も人だけではないと太一は思う。
 むしろ最初は手付かずの豊かな自然が残る、この島の景観に瞳を輝かせていたものだ。
 翌日、太一は一人スマホを片手に貴重品の袋を肩に、島内を散策していた。
 海外なので田舎なので、ネットは使えない。
 だがカメラ機能なら大丈夫だ。太一はこの島を訪れてからというもの、こうして時間ごと
にその姿を変える南洋の自然を写真の収め続けていた。
 青空の下ですくすくと育つ緑、木々、瑞々しいたわわな果実。或いはのんびりと日向ぼっ
こをしたり、集会をしている野良犬や猫といった動物。
 何よりも昼間の青、夕暮れの赤など移ろう空の色彩が強く心惹かれる。
 日本では街では、先ずお目にかかれない光景だ。巨大な自然のパノラマも、あちらでは物
質的繁栄と反比例してビルの雑木林に遮られ、ぶつ切りにされてしまうからだ。
「~♪」
 滞在し始めた頃と同じく、島の様々な表情をデータに収める。
 これらもまた良い土産になることだろう。競うのが目的ではないのだが、こうして見聞き
したものを同好の仲間達と交換・共有するのも、また旅の楽しみという奴なのである。
「やぁタイチ。今日もシャシーンかい?」
「ちょうどよかった。さっきトマトを獲ってきたんだ。一つどうだい?」
「あ、タイチにーちゃんだ」
「あそぼー」「あそぼ?」
 途中で、何度か島民らと顔を合わせた。
 こちらもこちらで、実にゆったりまったりとしていた。
 日差しこそ強いが周りには緑が多く、そこはかとなく日陰を作り出している。何より彼ら
はそんなこの辺り一帯の気候には慣れっこのようで、皆一様に向けてくる表情(かお)は好
意的だ。
(……うーむ?)
 しかし道中で、いや前にも数度、太一には引っ掛かっていることがあった。
(妙に喫煙率が高いんだな……この島)
 そうなのだ。目にする大人という大人、その大多数があの手作りの葉巻を吸っているらし
かったのである。
 カルチャーショック、という程でもないのかもしれない。だが禁煙権という言葉もあるし
ついでに訊ねようかとも思った。だが……彼らがあまりにもごく「普通」にぷかぷかと吸っ
ているのを見ている内に、そんなお節介は止めようという脳内決議に至った。
 郷に入っては郷に従えとでもいうべきか。彼らの嗜好品であるのなら、短慮に批判すべき
ではなかろうと思ったのだ。
「……ん?」「む?」
 そんな時だった。ふと道の向こうから歩いてくる人影があった。
 太一には見覚えがあった。何より印象的だったので記憶に残っていたのだ。
「こんにちは。えっと、クワバラ……さん?」
 南国風の焼けた肌をしているが、彼の顔立ちは自分と同じ──日本人のそれを見つける事
ができる。島の古参らに聞くに、こうした混血者はこの島にも何人かいるのだそうだ。
「……」
 太一が声を掛けると、彼は小さく声を漏らし、眉を顰めていた。
 肩に背負っているのは鉄の鍬。足元を中心に土汚れが目立つことからみても、どうやら畑
仕事へ行っていたようだ。
「何だ」
「あ、いえ。今帰りですか? よければ一緒に」
「……勝手にしろ」
 もう一つ。太一が記憶に留めていた理由が、この無愛想さだった。
 元々の性格なのかもしれないので一々諭す気は毛頭ないが、多くが歓迎ムードで接してく
れる島民らの中にあって、少なくとも彼にはそんな感情がないらしいのだ。
 ぼちぼち引き上げよう……そう天頂に届かんとする太陽を見上げて思った太一の言葉に、
クワバラはやはり興味無さそうにそのまま横を通り過ぎていく。
「畑仕事だったんですか?」
「ああ」
「な、何を作ってるんですか?」
「主にタロイモ」
「えと……。他の人に聞いたんですが、潮が引くと周りの島にもいけるんですよね? 何時
くらいなんでしょう?」
「……。明朝」
 失敗だったかもしれない。
 クワバラと並んで来た道を引き返し始めた太一だったが、絶望的に会話が続かない。
 彼はそれまでこちらに一度たりとも目を遣らず、無駄に長い生活道を歩いている。
 二・三度、道端の他の島民に視線を送り、どうしたものかと訊いてみたが、彼らの反応も
いまいち宜しくない。
 悪いね。こういう奴なんだよ──。
 概ねそんな感じで、肩を竦められていた気がする。
「……そ、それにしても、此処はいい所ですね。自然がいっぱいで、人も皆気持ちよくて」
 だからこそ無難な話題のつもりだった。
 住んでいる土地を褒めておけば、悪い気はしないだろうと信じ込んでいた。
「……本気でそう思うのか?」
「えっ?」
 だが、今思えばそれが始まりだったのだ。終わりの始まりだったのだ。
 クワバラは周りに他の島民の姿が見えなくなったのを確認するかのように辺りをぐるりと
見渡すと、そうそこで初めて太一の方を肩越しに見遣りながら問うてきた。
 多分日系云世だからだろう。薄められた黒い瞳、黒い髪、それらが妙に深淵を思わせるよ
うで、つい太一は心持ち仰け反って立ち止まってしまう。
「ならお前はもっと学んだ方がいい。人は、醜い」
「……ッ!?」
 ぴしゃり。クワバラはそう言い放った。
 哀しい眼をしていた。
 どうして? 太一は強く思う。こんな豊かな自然の中に生きているのに、何故そんな死ん
だ魚のような眼をして自分を見つめてくるんだ……?
「……お言葉ですが、僕は貴方よりずっと見聞きしてきたものは多い筈ですよ。何せバック
パッカーを長いことやってますから。日本に──故郷にいるだけじゃ知りえなかったことだ
っていっぱい──」
 だから太一は少しむきになっていた。
 確かに彼の方が若干年上のようではある。だが、だから何なのだ? そんな簡単に人間を
自分達を否定して……何が楽しいというのだ?
「……色んなことを見たり聞いたりしたい、だったな。それでわざわざこんな所までやって
来たと……」
 しかしクワバラはこちらの憤りなど何処吹く風のようだった。
 反論に気分を害する訳でもなく、特に口論をしたいようでもなく、ただ淡々と先日の宴で
太一自身が語っていたことを思い出し、
「……悪いことは言わない。早くこの島から出て行け」
 彼はそうじっと、この異国からの客に対してそう言い放ったのだった。

 だからか、いや元よりそのつもりだったからか、結局太一はその忠告を聞かずにいた。
 クワバラからそんな非友好的な態度をぶつけられてから三日目。明朝。彼は一人まだ夜も
明け切らない海岸線へと降り立っていた。
「おお……。本当だ、繋がってる……」
 視界の向こうには島があった。
 引き潮である。これまでは見えていても海に隔てられていて上陸することができなかった
のだが、島民らとそしてクワバラから聞き出した話を以って朝早くに来てみれば、潮の引い
た海岸線のあちこちから、周りの島へと繋がる岩道ができていたのである。
 今日はこれら周辺群島の散策をするつもりだった。
 あの後島民らに聞けば、潮が戻るのは早くて夕方頃。土産写真を追加するには充分な時間
といえる。
「……よしっ」
 先日のクワバラの言葉を脳裏から改めて振り払い、太一は岩道の一つを選んで上陸する。
 島民らの生活領域から外れているからだろう。いざ足を踏み入れてみると、中はかなり鬱
蒼としていた。
 こりゃあ、大変そうだ……。
 だが逆を言えば本当に人の手が入っていない自然の姿を捉えられるかもしれない。そう思
って太一は暫し繁茂する草木を掻き分けていった。
 実際、とても澄んだ清流の滝、宝石のような色彩の鳥らが子育てをするさま。波に繰り返
し浸食された結果、様々な人や動物に見える海岸線の大岩など、多くのシーンを捉えること
に成功した──のだが。
(? ここは……?)
 最後に見つけたのは、そうして再び海岸付近に戻ってきた時であった。
 ぐるり。ちょうど本島と岩道、その正反対の陰に隠れた位置だろう。そこに突然一軒の小
屋が建っているのを見つけたのだ。
「……無人じゃなかったのか」
 そう、少し残念そうに呟く。
 これだけ手付かずの自然が残っていたからてっきり島民も寄り付かないのかと思いきや、
どうもそんなことはなかったらしい。
 漁用の倉庫か何かだろうか? 何となく太一は、足元の砂利に気をつけながら気持ち忍び
足で小屋の方へと近付いて行ってみる。
 窓を覗いてみたが──何も見えなかった。どうやら内側から板らしきもので塞がれてしま
っているらしい。
 残念。だが思い直していけないと自分に言い聞かせた。
 いくら島民の皆(一部除く)に快く迎えて貰えているからといって、好き放題していい訳
ではなかろう。もう充分に写真は撮ったし、早め早めに潮が戻らない内に──。
「……」
 開いていた。
 思いながら視線をずらした次の瞬間、小屋の鍵が外され、僅かだが木製の扉が開いている
のが見えてしまったのだ。
「…………」
 こうなると、見てしまいたくなるのが人の性である。
 そしてこの外山太一という青年は、その身分もあって好奇心は強い。だから少しだけ、そ
う自分に言い聞かせて、彼はそっと小屋の中を覗き込んだのである。
「──なっ!?」
 それがいけなかった。最後の一線を、越えてしまったのだ。
 中に置かれていたのは、大量の武器だった。
 多くは箱──島という田舎にそぐわないアタッシュケース──に収めれているようだった
が、いくつかが壁に掛かっていることでこの部屋のおおよその目的は察することができた。
 猟銃、手斧、大鉈。
 大よそここには、誰かを殺傷する為の道具が大量に保管されているらしい。
(拙い……ッ)
 だから逃げようとした。ここにいてはいけないと思った。
 顔を引き攣らせて、ザリッと大きく砂利を踏みしめて、太一は慌ててその場から逃げ出そ
うとする。
「──動くな」
 しかしそれは叶わなかった。
 小屋の前から後退ったその直後、彼はぴたりと後頭部に何か冷たい感触を突きつけられて
しまったから。
「……クワバラ、さん?」
「……。だから言っただろう、早くこの島から出て行けと」
 そこにはその拳銃を突きつけているクワバラと、同じく銃や大型の刃物を装備した数名の
島民らの姿があった。


「──全ては、あの島に生えている煙草の材料なんです」
 惨劇の現場となった島より流れ着いた旅人・タイチトヤマの語った──厳密にはクワバラ
達より聞かされたという事の顛末は、彼を保護した当局の面々を戦慄させた。

『この葉巻だ。こいつは強い中毒性を持っている。加えて、これの原料となる植物はこの島
にしか分布が確認されていない。……この意味が分かるか?』
 群島の一つ、クワバラ一派がアジトにしていた小屋の中で、彼らは太一に語ったという。
 島固有の植物、それらを乾燥させて作る煙草。一度それを吸ってしまった人間は、近い内
に禁断症状に苦しむことになる。即ち──この島から、出ることが事実上不可能になる。
『この麻薬を、環境の存在を知った当時の長老達はこれらを最大限に利用することにした。
この島が抱えるある問題を、強引に解決する為に』
『問題……?』
『若者の流出だよ。人口減少、と言えばいいのかな』
『知っての通り、この島の周り──他の主だった地域は近代化の流れに乗った。港も整備さ
れて安定して物資も入って来て、生活が豊かになっていった』
『……だが、この島の年寄りどもはそれを快く思わなかったんだよ。まぁ歴史的に欧米に対
して思うことが色々あったこともあるが……。それで、この島だけは、その流れを突っ撥ね
続けた。旧態依然(いまというコミュニティ)を維持する。ただそれだけの為にな』
 刑事らは青年が持ち帰った──傍らに積まれていた複数の瓶を見遣る。
 そこには確かに、加工前と加工後、両方の状態で保存された件の材料植物があった。
 筋の人間だからこそ分かる。この青年の話は嘘ではない。
 詳しくは鑑識に回し、その報告を待つ事になるが……これは、他の麻薬の葉とも見た目が
似ている。
『一つはさっき言ったように若者を早い内から煙草漬けにしてこの島から出られないように
する。そしてもう一つは……君のような旅人、外からの人間を取り込む』
『えっ』
『宴会の時、葉巻を勧められていたろう? もうお前は島の主要な連中に気に入られてしま
っている。後は吸わせて、こっちに引き込んでしまえば終了だ。幸い、お前は喫煙の習慣が
なく上手く断ってくれたがな』
『あん時は正直、冷や冷やしてしょうがなかったんだぜ?』
『……』
 島の若者達の、外界への憧憬を断つこと。
 その外界からの客を中毒に堕とし、折に触れて島に新しい血を入れること。
 それが、この島に蔓延する煙草──麻薬の使われ方だった。
『は、話は分かりました。早く出て行けと言われた意味も。だけど、それとこの武器の山は
一体どういう関係が……?』
『……薄々気付いているんじゃないか?』
『今ここにいる俺達は、皆“外の血”を汲んでる』
『……』
『俺達で終わらせるんだ。こんなやり方で集落を続けていくなんて間違ってる。いずれ……
破滅する。この島は自然豊かな楽園なんかじゃない。薬漬けという名の、監獄なんだ』
 青年が抱き始めていた嫌な予感は、避けようもなく的中することになった。
 曰く、クワバラらかつて外界から「取り込まれた」者らの子孫達は、長らく力を蓄えてい
たのだという。
 全ては、終わらせる為。
 毒に塗れた楽園(あくむ)を滅ぼす。この長きに渡った所業を告発する。
 それが……期せずしてこの地に縛り付けられた、先祖達への弔いになると信じて。
『本当は一人、告発役を脱出させてから事を成すつもりだった。だが、今こうして秘密を共
有して尚且つまだあの薬に侵されていない人間がいる』
『えっ……。それって』
『ああ。頼まれては、くれないだろうか? ここに俺達が集めた連中の証拠と、原料の葉の
サンプルがある。こいつを持って当局に全てを話し欲しい。……その頃には、全て終わって
いると思う』
 そうして青年に手渡されたのは、クワバラ達が必死になって集めてきた島の薬漬け計画の
証拠の数々。箱詰めされたそれらを、彼らは青年と共に港町まで送るというのだ。
『ちょ、ちょっと待ってください! 貴方達はどうするんですか? さっきから話を聞いて
いる限りじゃ、貴方達は──』
『ああ。言ったろ? この島は若い内から薬漬けにするんだ』
『どのみち死ぬよ。葉がなくなれば』
 その時、青年は改めて戦慄したという。
 彼らの文字通り生命を懸けた計画を、自分一人の安っぽい正義感で水の泡にしてしまって
はいけないのではないか? そう思ってしまったのだという。
『……海流は計算してある。船もエンジン付きだから、途中で戻ってきてしまうこともない
だろう。後は葉も人も、一人残らず始末してしまえば全て終わる』
 青年は激しく首を横に振った。
 大量殺人をすると宣言している、そのことよりも、葉を失う──自滅を解っていても尚、
この計画を実行しようとする彼らをさりとて送り出せずにいたからだ。
『……すまない』
 だが、青年の意識はそこで途切れたのだった。
『そして、よろしく頼む』
 次の瞬間、クワバラの合図で襲い掛かってきた彼らによって、青年は気絶させられてしま
ったのだから……。

「止められなかった……。だけど、止めてもよかったのか……」
 タイチトヤマは全てを語り尽くすとぼろぼろと泣きじゃくっていた。
 間違いなく悔やんでいるのだろう。
 島の真実も知らず、危うくその悪意に堕ちかけていた自分。その情けなさ。
 そんな島を滅ぼそう(おわらせよう)と、その自滅も厭わぬクワバラ達を止められなかっ
たという無力さ。
 刑事達は暫くの間、ちらちらと互いの顔を見ながらも、彼に掛けてやれる良い言葉を見つ
けられないでいた。
 嗚咽の声ばかりが部屋の中に響く。
 傍らには使い込まれたバックパック。主の哀しみと同調しているのか、一同には不思議と
この旅鞄すらも気持ち全体的に萎んでしまっているかのように見えてくる。
「あの……島はどうなったんでしょうか? 皆さんは? クワバラさん達は……?」
 気絶させられ、そのまま船に乗せられ海に放たれ、時間はかなり経っている。
 彼も解ってはいただろう。しかしまだ、その事実を認めたくなかったのかもしれない。
「……。すまない」
 折に触れ、現場に向かった捜査チームから報告は入っていた。
 島民は老若男女問わず一人残らず惨殺。栽培されていたとみられる件の葉の畑も、自生し
ていたと思われる箇所も、周りの自然もろとも焼却されし……。
 刑事の長い間を置いた後の一言に、青年の最後の堤が崩壊していた。
 先程よりもずっとずっと強く、哀しく、泣く。このまま身体の中身が搾り出てしまうので
はないかというほど、激しく。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
 何度も何度も青年は謝っていた。悔いていた。
 ──君の所為じゃないよ。ただ巡り会わせが悪かった、それだけなんだ。
 ポンとそんな彼の肩を軽く叩き、ゆっくりと背を撫でる。寄り添い、慰める。
 
 ジリリッと、また一報、部屋に鳴り響いた黒電話。
 だがそれはまるで、この若き旅人の慟哭を掻き消す無慈悲のようで、彼らはどうにも胸糞
悪い思いを拭え切れずにいたのだった。
                                      (了)

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  1. 2013/10/02(水) 18:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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