日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)塗り潰さんとする人々

『本当に理性的な人間は、絶対に自分が正しいなどとはめったに思うことはない。
 理性的な人間になろうと思ったら、自分の思想に対しても常に疑いを持っていなくては
 ならない(バートランド・ラッセル)』


先日、反ヘイトスピーチ(憎悪表現)団体が発足したようです。
曰く彼らはデモやHPなどで差別的表現を行う者達を監視・警告したり、差別禁止法制の運動
や各種勉強会をやっていく……とのことのようです。

──何だろう? この物凄い違和感というか、不毛さは。嫌悪感は。
確かに差別感情を剥き出しにして喚き散らすのが善い訳ではありませんが、そうしたデモに
デモで対抗してどうするんだ?っていう……(今月22日には東京・新宿で反ヘイトスピーチ
のデモがあった)徒党の威圧を、徒党の威圧で返してたら同じ穴の狢だろうにと……。

手段は“極端”であるにせよ、そもそも一連の反韓デモはいわゆるメディア偏向報道や過激
な反日活動への反発が火種になっているものであると、ざっくり捉えていいと思います。
だからか、それとも場特有の傾向なのか、ネット上の各所で件の反ヘイトスピーチの報道が
なされた際には反発の声が少なからず散見されています。

『差別じゃない、区別だ』
『“仲良くしようぜ”って上から発言なのがむかつくよな』
(※報道写真にそういうプラカードを掲げた人物が映っていたことからと思われる)
『言った傍から靖国に放火しようとする、そんな連中とどうやって仲良くしろと?』
(※翌23日に、靖国神社内で自称韓国人を名乗る男による放火未遂・現行犯逮捕という事件
が起こっています。尤もあくまで「自称」なので、公的に確定されるまでは韓国人を名乗っ
た嫌韓的な人間のフェイクなのか、それともすこぶるタイミングの悪いホンモノの反日活動
なのか、まだ断定するには早計かなぁと僕個人は思っているのですが……)

等々。
……ただ、僕は(卑怯な立ち回りだと言うならそう思ってくださって構いませんが)今回の
件に関してもことさらイデオロギーで以って語ろうとは思いません。
まぁ正直自分もどちらかといえば右寄りなのかもしれませんが、後述することでありますが、
デモ=威圧行為をしてまでその“正義”を訴える──“悪を作る”必要性があるのかは……
かねてより大きく疑問を抱いていることでありますので。

繰り返しますが、同じなのだと思うのです。少なくとも僕の眼からは、感覚からは。
今回、敢えてこの政的──ぶっちゃけてしまえば炎上し易い題材で筆を取ろうと思ったのも、
これまでの彼ら両翼の諍いの中で冒頭のような「監視」する組織が出来たという話を聞いて
薄ら寒く、非常に不快感を持ったからに他なりません。
……何が違うというのでしょう?
“あいつらは左(右)巻きだ。けしからん”
ただでさえその一点を以って突撃してくる・していく人間の潜在的な多さ、その一方を一義
的に叩き潰してやれと言わんばかりの決起たるもの。
……何が違うというのでしょう? 彼らと彼らの間にどんな“正しさ”の違いがあるという
のでしょう?
故にそうした意味で、既に欧米などでは進んでいるヘイトスピーチ規制──に繋がる動きに
は、僕個人は少なくともコミットできません。
そもそも“憎しみだけが悪である”という価値観に、僕はちょっと待てと言いたいのです。
これまた反ヒューマニズムというか捻くれたものの見方ですが、実際「憎悪」を人間の理性
が駆逐できるとは……僕は思えません。某ライターさんの弁を借りれば『人々の生活を人間
の叡智でコントロールできると思っている傲慢さが嫌』なのです。
勿論、彼らの志は個々の思いまでは否定しません。僕を含め、何を思うかは、自由です。
でも、そこを集団規範やら、社会制度としての圧力へと変化せしめようする──以前からの
弁を用いれば“俺色に世界を染め上げようとする”ことが、何というかひたすらに鬱陶しく
て堪らないのですよね……。

やや堅く定義すると、差別というのはそうした個人的思想に基づいた扱いの差を制度として
設けることです。少なくとも立法的な差別解消とは、イコールこうした仕組みの打破である
のだろうと僕は考えます。
……では、件の反ヘイトスピーチ団体の言う「監視」や「警告」は、どうなのか?
同じでは、ありませんか? 
特定の人々を悪く言う者達を、彼らは断罪せんとしている。己が正義の名の下に。
──憎悪は、消えません。和らげることはできようとも、この世から殲滅することなど在り
えないと断言できる。僕は断言します。
それは単にペシミズムだから、というだけではありません。
感情だからです。博愛と同じく、憎悪もまた人間の持つ感情の一つだからです。
制度としての差別は、いつか崩せましょう。元より恣意的な運用ができうるシステムという
のは概して欠陥品であると言って差し支えなく、差し込む余地無く「業務」がなされるべき
だと考えます。それが公正に繋がるのだと考えます。
ですが……それはあくまで「外枠」の話。
他人の「中身」までは──個人的な内心まではそう容易には変えられない。そもそも他人が
画一的に変えていいものなのか……?
違和感なのです。
一度それを“差別”だと主張されてしまえば、言われた側はばたばたっと“悪者”になって
しまう。徒党を組んで……というのは確かに極端な表現なのかもしれませんが『○○と仲良
くしなければ悪だ』というのは、何か違うなぁと思うのです。

何故“○○と仲良くしないこと”が罰せられるのか? 個々人の嗜好にまで、人権(或いは
愛国)の御旗を振るう連中は恥もなく上がり込んでくるのか?
日常のレベルまで想像力を落とし込んでみれば、誰にだって覚えはある筈じゃないですか。
聖人君子なんてそうそういるものじゃない。やっぱり苦手な人間、嫌いな人間というのは誰
にもいるだろうし、できることなら関わりたくない。でも『御旗』を振るう人々は、そんな
表明すらも「けしからん!」と言ってきたりはしませんか? 
物凄い違和感、不毛さ、嫌悪感──。
冒頭で述べたこれら僕の印象は、多くが其処に起因しているのではないかと考えています。
要するに、辟易、なんでしょうね。
御旗を振るって──彼らの正義を掲げて、世界を均す、自分達にとり都合の良い世界を作り
上げる。自分達色に世界を染め上げんとする。
即ち“信仰(イデオロギー)”なり、最早“利権”が絡みついたその“正義”だったり。
彼らのアクションの向こう側にみえる思惑。それらへの幻滅、厭気。巻き込まないでくれと
いう個人の願い──そうしたものが綯い交ぜになって、僕を決してコミットさせない……。

“棲み分け”ればいいのに。

どうしてそこまで「博愛(同質)でなければならぬ」と自他を脅迫するのか……?
誰かを好きだって気持ちも、誰かが苦手だ嫌だって気持ちも、間違いなく人を人たらしめて
いるものである筈。なのにその“綺麗”な部分だけを浚い、集め、そうでない部分は許さず
に滅しようとさえする……。
そんな姿勢は、僕には酷く傲慢に映ります。人間の理性が、何でもできると思っている。
……違う。少なくともいち物語の紡ぎ手として、僕は思います。
確かに愛に溢れた人々は温かい。そんな世界は眩しくて、ホッとする。
だけど、それらはきっと磨き、削り、整えた末の“幻想”である──そんな自覚(自戒?)
もまた同時にあって……。
だからそれ「だけ」じゃいけない。誰かが暗がりを担当しなくっちゃ──。
何となくですが、そう妙な使命感?を抱く瞬間というのが、ままあるんですよね……。

物語の美しい部分とは、往々にして「願望」が形になったものでもあります。
それはノンフィクションであっても同じ。読み手が得られなかった、足りなかったそれを、
物語の中で他人の世界に触れることで補っている(追体験している)
だから……人の本質は光だけ、じゃない。むしろ同じく巣食う闇にこそ在るのではないのか?

闇があるから、人は光がより眩しく感じられる。自分達の非を知り、反省することができる。
光があるから、人は闇の中にあっても踏ん張り続けられうる。何度だって手を伸ばせる。
なのに、ただ差別的だから、理性的じゃないからという理由で目の前から奪い去ってしまう
というのは……何と馬鹿げていることか。相対すべきものがてんで違っているというか……。

どうにも昨今、あちこちで“清浄(クレンズ)”のきらいが過ぎる気がします。
俺色に染め上げる勢力──とある物書きさんの言葉を借りれば『ああいう連中はいちゃもん
つけたいだけ』なのだそうですが──がそれだけ社会の方々に現れ、幅を利かせているので
しょうか?

正義とは“その集団にとって都合のよい価値観”です。
即ちそれとは非なる他者(群)──“敵”の存在がその成立の際には表裏一体となります。
善とは“その個人がよいと思う価値観”です。
同一のベクトルに向いている限り、正義に内包される概念ですが、必ずしも外“敵”は必要
ではありません。個々自身がその価値を守るか守らないか、そこに力点が向くからです。

繰り返された人の性、その一面。諍いの歴史はきっとこれからも。
でも、僕らの言の葉が縛られる向き、正しさが弄くられるのは……どうにも堪忍し難くて。

スポンサーサイト
  1. 2013/09/26(木) 21:00:00|
  2. 【雑記帳】
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<(企画)週刊三題「壊世記」 | ホーム | (企画)週刊三題「君の息吹」>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://higurasisouann.blog27.fc2.com/tb.php/362-9457f1f2
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (150)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (88)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (28)
【企画処】 (343)
週刊三題 (333)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (15)
【落書帳】 (6)
【詩歌帳】 (6)
【雑記帳】 (322)
【読書棚】 (30)
【遊戯倉】 (24)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW (16)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

@long_month からのツイート