日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「欲しかったもの」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:闇、兵士、希薄】


 ニコルは、幼い頃より影が薄い少年だった。
 生来の大人しく控えめな性格も影響していたのかもしれない。だがそれを理由にしただけ
ではどうにも不自然な、何より彼にとって不幸な星の巡り合わせが、長く彼に影を落として
きたのは事実である。
 彼はとある国の、ごく普通の家庭に生まれた。
 兄と姉、妹、そして両親と祖父母の八人家族。まだ発展途上にあるこの時代にとり、子供
とは社会の宝である以上に今差し迫った貴重な労働力でもあった。
 なのに……忘れられる。
 実の両親、兄弟達でさえ、時に彼のことを念頭に入れないまま家の手伝いをしたり、その
地域(コミュニティー)の仕事に出ていたりした。
 最初の内は、それがおかしいことだと、彼自身も自覚していなかった。
 実際「ぼくは何を手伝おうか?」と声を掛ければ「じゃあ、○○を頼むよ」と家族や集落
の皆は答えてくれたし、毎日必ず汗を流さないと怒られるということもなかった。
 だから最初の内は、彼はそんな余暇を──忘れられた一時を自分の為に使った。
 元より彼は肉体労働よりも、頭脳労働の方が性に合っていたらしい。彼は暇ができれば父
の書斎から蔵書を持ち出し、丁寧に読破していった。
 少なくとも、飛び込んでくる活字達だけは、自分を無視することはなかった。

 ……それでも、ニコルは程なくして悩み始める。
 切欠は教会学校だった。同じように子供達が集まり、神父から文字の読み書きや計算、国
の歴史などを教わっていたが、その頃からどうにも自分が彼や他の子供達から認識されてい
ないのではないか? そう感じるようになったからだ。
 影は薄い。大人しく控えめである。だが精神は歳相応で、遊びたい盛りである。
 なのに誰も誘ってこなかった。ニコル個人を指名して、という形は記憶する限り殆どなか
ったのではないかと彼は眉を顰める。大抵は、こそっと他の子供達の輪にくっ付き、それで
ようやく「一緒に遊ぶ」という体が取られていただけだった。
 結末から言えば、この時点で気付くべきだったのかもしれない。
 神父や子守の手伝いに来る大人達が、彼の抱く孤独を読み取ってあげないといけなかった
のかもしれない。
 しかしその“べき”は果たされなかった。
 ニコル少年は、やはり影の薄い日々を過ごさざるをえなかった。
 心も体も成長していく。
 だがその内面は、本人の意図を離れ、少しずつ歪んでいく。

 成長したニコルが選んだのは、地方の軍隊だった。
 とはいえ肉体労働がそう得意でない彼の性は変わっていない。両親も「何故?」と首を傾
げて考え直させようとした。
 しかし彼の意思は固かった。少なくとも軍隊が課する内、座学の試験を軽々と突破するく
らいには優秀であった。……面接の際、これまた自分の番を危うく忘れられるという憂き目
にこそ遭ったが。
 かくして、ニコルは新兵としての生活をスタートさせた。
 訓練の日々。不得手である運動。何より親元を離れたことで加速していくことになる、周
囲からの忘れられ易さ。
 それでも彼が兵士という仕事を選んだのは、他でもない。
 克服である。物心付いた時からずっと感じてきた、自身の影の薄さを何とかして克服する
為である。
 兵士とは、領民の盾となり剣となり、その安全を守るのが仕事だ。
 ならば自分がその一人となれば、皆も少しは自分という人間を意識してくれるのではない
か──認めてくれるのではないかと、彼は考えたのである。
 なのに……いや、何処かで自身も予想はしていたように、人々の彼への反応は相変わらず
鈍かった。
 少しでも。そう思って彼は街の出入り口、城門の警備を積極的にこなしたのだが、それで
も人々は彼のことなど目に入っていないかのように通り過ぎるばかり。
 一々兵士と談笑する領民……というのも、確かに不自然ではある。
 だが哀しかった。彼は誰からともなくそれまでの努力が否定されたようで、胸の奥がきゅ
うっと締め付けられるように苦しい日々を過ごさざるをえなかった。


 ただそんな日々すらも、本当は平和であったのだと、ニコル自身理解することになる。
 戦争が起きたのだ。国境線を巡り、祖国と隣国が戦争を始めたのである。
 そうなると当然、軍隊に所属するニコルは他の兵達と同じく、戦場に駆り出されることに
なる。
 彼は内心恐ろしくて堪らなかった。
 自分は守りたかっただけだ、認めて欲しかっただけだ。
 忘れられることがどれだけ哀しいことか、彼はこれまでの二十数年の人生の中で痛いほど
に学んでいた。
 だから王やその取り巻き達の都合で人々が死んでいくのを、永遠に直接見、思い出される
ことのない人々が増えていくのを、彼は黙って見ているままではいられなかった。
 直談判である。
 彼は持ち前の頭の良さで、少しでも争いが収まるようにと作戦を考え、上司達を説得して
回った。
 だがその思いは、中々通じない。先ずもって「お前……誰だ?」と質問が飛んでくること
も珍しくはなかった。
 彼は哀しかった。何度胸が引き裂かれそうになったことか。
 しかし彼は粘り強く説き続けた。人を殺すより、相手の物資を奪ってください。補給路を
寸断してくださいと。飲み食いするもの、武器弾薬がなければ、戦争は成り立たない。
 ──ならば、お前がやってみせろ。
 そして上司達がやがて言い放ったのは、そんな危険な命令だった。
 彼は正直、表情(かお)を引き攣らせ身じろいだ。
 だが……と、一方で考える。
 自分一人で全てを変えられる訳ではないだろう。それでも、示すことは必要なのだろう。
 それに……どうせ自分なら“消えてしまっても構わない”のではないかと、思った。

 しかし事態はニコル当人の予想とはあさっての方向へと進んでいく。
 大成功だったのだ。生来の影の薄さが、この期に及んで功を奏したのだ。
 彼が単身、敵軍のキャンプを窺う。先ずは潜入し、そこにどれだけの兵がいるか、何処に
どれほどの物資が投入されているのか、彼は詳しく調べて帰ってくる。
 影の薄さが存分に優位に働いた。勿論身を潜め、細心の注意を払っていたことは言うまで
もないだろうが、隣国の部隊らは彼の偵察に誰一人として気付けなかったのである。
 上層部は大いに驚いた。自分達が苦労して、犠牲を出しつつ行ってきたことを、この青年
兵はたった一人でやり遂げてきたのだから。
 チャンスだった。彼が持ち帰ってきた情報を下に、敵軍の無力化作戦が実行される。
 攻め込まれていたのがこちら側であったことも状況を後押ししたのだろう。国軍は夜闇に
紛れて裏ルートより侵入し、その物資をことごとく鹵獲していった。
 驚いたのは隣国である。
 気が付けば虚を疲れていた。それも、こちらが認識すらしていない場所から。
 次々に各地に展開していた戦力は削がれた。一度退却する他なかった。
 人々は勝ち鬨を上げた。そして敵味方共々、次第に噂をするようになる。
 ──どうやらあの国(この国)には、とてつもなく優秀な斥候がいるらしい。

 だからこそ、目を付けられた時点で斥候という兵種はおしまいなのである。
 それは何度目の役目であったろう。ニコルが例の如く──その頃には彼自身ではなく、上
層部からの命で──敵地への偵察に向かった際、彼はずらりと待ち構えていた敵兵らに包囲
されてしまったのだ。
「……お前が、○○国の斥候(ひみつへいき)だな?」
 問われ、彼はどう答えればいいか大いに迷った。
 白状すれば、我が身可愛さに国を裏切るようなことにはなりはしまいか? もしかしたら
祖国に同じような偵察任務をしろ、と脅してくるかもしれない。そんな繰り返しを、他なら
ぬ自分が許せば、あの志は何処へいってしまうのか。
 だから彼は口を噤み続けた。
 兵達からは敵国の兵であることはバレてしまったが、件の斥候であるかは分かるまい。
 かくして彼は捕虜となった。
 ……心の何処かで、彼らに“認識された”のが嬉しくて。そしてそんな自分の身勝手さに
彼は、何度も何度も自身を責め続けて。


 一番の秘策そのものだったニコルが捕まった──使えなくなったことで、彼の祖国はまた
次第に劣勢に追い遣られていった。
 そして祖国が負けたと知ったのは、一体何年経った頃だったか。
 戦争が終わり、彼がようやく牢から解き放たれた時には、既に自身が知っていた祖国はも
うなかった。隣国により、祖国は吸収されてしまっていたのだ。
 殺されてしまったのだろうか? 急いで舞い戻った故郷は、かつて詰めていた街は戦争の
傷跡を多く残し、見知った顔の者は誰としていなくなっていた。
 戦火によって散り散りになったと考えるのが妥当か。
 しかしそんな理屈よりも、哀しみと激しい後悔という感情が彼を蝕んだ。
 自分が、あんな出しゃばりをしなければ。
 自分が、自身の欲求の為に兵士にならなければ。
 ……いや、どちらにせよ、戦争が起こればこうなっていたのか。
 呆然とした。ぽっかりと胸に穴が開いたようだった。
 とぼとぼ。彼は変わり果てた故郷を、一人寂しく後にしていく。

 そうして、彼はまた影の薄い男に戻った。
 歳月を経たからか、戦争という過酷を経たからか、その性質は一層強くなった気がする。
 最初の十年ほどこそ、彼は家族のその後を調べていた。
 だがあまりに時間が開き過ぎた。捕虜としての時間、断絶された時間が長く、それらを埋
めることすら困難を極めた。
 泣いた。悔いた。磨耗した。
 こんなに辛いなんて思わなかった。考えもしなかった。……それだけ、一度覚えてしまっ
た認識される喜びは、後年彼を延々苦しませ続けた。
 諦めていく。徐々に徐々に、彼は街から集落へ、集落から山野へ自身を追い遣っていく。
 その間に、何度か風の噂を耳にした。
 かつて祖国を呑み込んだあの国が、滅んだという。
 正確には分裂だそうだ。その後も国境線を巡って他国と争い、その領土と人民を組み込み
続けたことで、遂に内部でパワーバランスが崩れてしまったのだ。
 版図を広げた大国は、いくつもの小国に分かれた。
 それでも人々は争った。民族、宗教、政治思想、何より富。彼が諦観と絶望の泥海に沈ん
でいく間も、それは続いていた。
 彼の遁世ぶりは、ますます極端になっていった。


 そうして更に、歳月は巡る。
 彼は老いた。髪は伸ばし放題のか細い白髪と為り、よれよれのぼろ布から覗く身体はやつ
れて多くの皺を刻んだ。
 なのに……死なないのだ。もう百年以上は生きたのではないか? 何度か何処そこに国が
興ったと聞き、その国が滅んだとも聞いた。
 やがて悟るようになった。……自分は、世界からも忘れられたのだと。
 もしこの話を、自分を知れば、権力者達は血眼になるだろうなと彼は思った。何せ永遠と
もいえる身体なのだ。あの手の輩はどうしてかこんな苦痛の日々を欲しがる。
「──すみませ~ん! 誰かいらっしゃいませんか~?」
 そんな、彼にとって長い長い歳月の果ての出来事だった。
 山奥の申し訳程度なあばら屋。既に長くそこに居を構えていたニコルの下へ、珍しく一人
の旅人が訪ねて来たのである。
「……おるにはおるが。珍しいな、こんな所にまで来るなど」
 最初、彼はさっさとこの若き旅人を追い返すつもりでいた。
 空模様もよろしくない。山の天気は変わりやすい。程なくして大雨になるやもしれない。
 だが、旅人は一向に退く気配を見せなかった。
 むしろ、まるで求めて止まなかった何かを見つけたかのように気持ち涙目になると、彼は
懐から大事そうに古びたロケットを取り出して言ったのである。
「山の隠者……。あ、貴方が、ニコルさんで間違いないですか? かつてこの地方で凄腕の
密偵として活躍したという……」
 ニコル老人は、思わず目を見張った。
 どうしてそれを知っている? 随分とまぁ昔話じゃないか……。
 言葉にはしなかったが、肯定に他ならなかった。
 どこぞの物好きか。ならやはり──。
「やはりそうなんですね? よかった……やっと、やっと会えた!」
 ぱかり。旅人は瞳を潤ませて、いや既に涙を零してそのロケットの蓋を開けた。
 ニコルはまたもや目を見張るしかなかった。いや、愕然としていたのだ。
「覚えていますか? ……はい、そうです。貴方とその家族の写真です。私はその一人、貴
方からみれば妹の曾孫に当たります」
 言って旅人──ニコルの曾孫は頭を下げ、再び嬉しそうにこちらを見つめた。
 曰く戦争の後、一家は必死になってニコルの行方を探していたという。それでも終ぞ見つ
からず、その願いは曾孫の代である自分達へと引き継がれていたのだということも。
「よかった……。実を言うともう亡くなっているんじゃないかとも思っていたんです。でも
つい先日、酒場で近くの山の中に妙な隠居老人が住んでいると聞きまして……。それで、詳
しく話を聞いて、もしかしてと思って……」
「…………」
 時折、曾孫の声が涙で途切れ途切れになっていた。
 ニコルはそんな彼の姿に、ぐらぐらと両の瞳を揺らす。心の中に長く巣食っていた深い暗
雲に、ふっと光が差し始めたように思えた。
「お……おぉ。そうか、そうだったのか……。儂は、儂は、ちゃんと皆に覚えておいて貰え
ていたのだな……」
 そうかそうか。そっと彼はこの遠路遥々からの子孫と固く握手を交わした。
「──ありがとう。すまなかった……」
 皺くちゃの顔にぼろぼろと涙が伝う。
 にわかに晴れてきた空から、一条の光がそっと彼に差す。

 手を取り合う二人。
 その一方、長く影の人生を歩んできたこの老人の身体は、その光に解かされるように少し
ずつ塵と化し始めていた。
                                      (了)

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  1. 2013/09/16(月) 18:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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