日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅳ〔42〕

 統務院総会(サミット)開催が正式に発表されたのは、その一週間ほど前のことだ。
 各国メディアはにわかに忙しなくなった、人々の気も少なからず漫ろになった。
 それでも目立った混乱が見られなかったのは、その日数のぎりぎりさ故か。それとも多く
の人々にとって、尚も政治とは日々の営みからは縁遠いものということなのか。
「──では現地から伝えて貰いましょう。大都(バベルロート)の、ウォリックさん?」
『はい。こちらは第三壁区、その北側です。ご覧になれますでしょうか? 既に都内は厳戒
態勢が敷かれ、物々しい空気が漂っています』
 この某メディアもその一つだった。
 大都(げんば)から遥か遠いスタジオ。そこから派遣したリポーターを通じ、今起ころう
としている情勢を伝えようとしている。
 女性リポーターは、映像機のレンズを向けられるとキリッと心持ち顎を持ち上げ、背後に
広がる大都の様子を示しながらそう口上を始めていた。
 隔壁──まさにそう表現するに相応しい高い城壁が街を横断し、更に奥の壁へ。街並みは
基本的に、これら城壁と城壁との間に詰め込まれるように建ち並んでいる。
 世界屈指の大都市だからか、ただでさえごみごみとしているこの街の雰囲気。
 それに加えて今は目を光らせる警備兵があちこちに見え、人は街は、普段のそれより何割
増しにも張り詰めているように感じられた。
 たっぷり数十秒。映像機はそんな街の緊張を気持ち遠めのアングルで人々に届ける。
 なるほど。
 そして改めて、スタジオ側の男性アナウンサーは彼女に問い掛けていた。
「今回、サミット開催の公表は随分と急でしたが……。この警備の厳重さもそれが関係して
いるのでしょうか?」
『はい。今回の主要な議題は先のトナン皇国内乱の事後処理と言われています。そしてこの
内乱には結社“楽園(エデン)の眼”が裏で糸を引いていたとされ、彼らに対し、統務院が
どれだけ団結して強いメッセージを発することができるかが、今回大きな争点になると考え
られています』
「なるほど。彼らにとってそれは都合の悪いことでしょう。公表を遅らせたのも、警備が厳
重になっているのも、全ては報復テロへの対策ということですね」
『はい。ただそれでも情勢は未だ不透明と言えます。サミットという場で強いメッセージを
出すことは、それだけ「全面対立」の様相を呈することになります。彼らを野放しにすべき
ではないという点では各国ともに一致していますが、一方で自ら進んでテロの標的になるの
は避けたい──そんな思惑がメッセージを霞める可能性も充分にあるからです』
 こくこくと、アナウンサーは頷いてみせていた。
 隣席に着くコメンテーター二人も、手を組みじっと中継画面を見つめ、さも真剣ですよと
アピールしているように見える。
 その後も何回か、両者のやり取りは続いた。
 現場の空気を直に感じ取っていたからか、女性リポーターは終始真面目に、抱いた憂いを
ぎゅっと隠すようにしていたが、一方のアナウンサー達スタジオ陣は、何処となく“智者”
の目線であるような言動が入り混じる。──具体的には自分達メディアに、サミット開催の
情報を隠してきた統務院に対する遠回しな批判などである。
「ありがとうございました」
 座ったままの一礼。アナウンサーはそして画面の向こう、大都にいるリポーターからその
視線を外すと、正面に向き直っていた。
「……まさに今、統務院の権威は正念場を迎えています。正しさの為にどれだけのリスクを
示すことができるのか、その覚悟が問われています。……では、次のニュースです」
 即ちそれは、スタジオからの映像機(カメラ)目線。
 そこにはもう生の、不穏に身を縮める人々の姿は見切れ、ただ流れてくる原稿と共に自身
の理知を標榜してみせる表情(かお)だけが映る。

「──へいへい。敵情提供ご苦労さん」
 そんなヒトらを彼らは哂っていた。
 一見仄暗く、しかしゆっくりと七色に色彩を変え続ける光の柱達が、果てのない天上へと
深淵へと延びていく場所。
 魔流(ストリーム)の内部(なか)。
 “結社”の面々はその一角に集まり、無数に浮かぶ中空の映像(ビジョン)へと思い思い
に眼を遣っている。
 両腕を組んで暫しじっと睨んでいたバトナスが、ふっと白けたように腕を解いて踵を返し
ていた。
 分厚い硝子のような足場。
 そこにぽつぽつと建つ柱の一つに背を預け、彼は気だるげに凝った身体を解し始める。
「どれだけ隠したって筒抜けなんだけどねぇ……。まぁ、こうやってご丁寧に説明してくれ
てれば世話ないか」
「フフフ。そもそも、私達にストリームの掌握で以って張り合おうというのがどだい無理な
話ではあるのだがねェ」
 集まっていたのは使徒クラス──幹部階級の面々だった。
 即ち“結社”に属する魔人(メア)。その戦闘能力の高さは最早語るまでもないだろう。
 フェイアンが気障ったらしく肩を竦めてみせ、ルギスが光の反射で眼鏡の奥が見透かせな
いままそう引き攣った笑いを零している。
「……」
 その中には、当然彼もいた。鉱人(ミネル)の武僧・クロムである。
 彼は終始じっと、黙したまま中空の映像(ビジョン)達を眺めていた。それらが囲むよう
に、発動媒体たる魔導の光球が浮かんでいる。
「俗物どもが何をしようが関係ない。ただ私達は大命を果たすまでだ」
 ぽつり、白髪と黒コートの剣士・ジーヴァが呟いていた。
 まるで死んだ──実際、魔人(メア)化は一度死ぬようなものなのだが──魚のような目
をしているな。そうクロムは内心、何度目とも分からない感想を抱いては揉み消す。
 だが油断ならぬ相手だ。何せ彼はこと戦闘能力においては使徒最強とも目されている。
 うむ、と。これまた彼と双璧を成すヴァハロが頷いていた。
 一方でこちらは何が面白いのか、妙に表情が豊かな所がある。古参の余裕か、それとも道
を究めて往った先には彼のような精神が待っているのか。
(……私には、中々至れそうにない)
 仄暗い空間の至る所、散在する足場に、無数と言っていいほどの人影が佇んでいる。
 大小それぞれ。それは皆“結社”の兵士(こま)であり、程なくして始まるであろう新た
な任務を待つ大軍勢である。
 ──そんな時だった。静かに絡まり流れるストリームの中に、薄紫の光球が“教主”が姿
を見せたのは。
 映像(ビジョン)から視線を外し、クロムを含めた使徒全員がさも当然のように低頭して
いた。仄暗さを気持ち照らすその輝き、されど微動だにしない黒き兵士達。やがて頭を上げ
た一同に、彼は厳粛な声色で言う。
『同志らの配置が完了した。これより状況を開始する。総員、大都(バベルロート)へ出発
せよ。手筈は、しっかりと頭に叩き込んであるな?』
 勿論です。使徒達は頷いた。
 その統率された反応に、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ淡紫の光が強くなる。
『行け──』
 そうして、まるで天を仰ぎ指差すような僅かな身の反りに、一同は一斉に空間転移をして
いった。
 硝子質の足場から、にわかに人気がなくなっていく。
 それを確認するように“教主”もまた周囲に纏うストリームに巻かれて姿を消していく。
「待てよ」
 だが、同じく皆に倣い転移しようとした寸前、クロムははたと何者かに背後から片腕を取
られていた。さりとてクロムは特に驚く素振りはなく、ただ黙して振り返る。
「……」
 そこにいたのは、同じ使徒の一人・ヘイトだった。
 見られるのは、あからさまな仏頂面。
 すると彼は、まるで敵でも見るかのようにこちらを睨み付けると、
「……ちょいと、顔貸せよ」
 そう自分を見下ろす格好になったクロムに、ドスを利かせながら言ったのだった。


 Tale-42.英雄擁く都(まち)で

 地図上では比較的近いように見えても、やはり世界は広いのだなと思う。そしてその事実
はヒトの都合など微塵も鑑みはしないのだ。
(──んっ……)
 飛行艇の中で寝泊りをしつつ、数日。アルス達一行は大都(バベルロート)上空に差し掛
かっていた。
 窓から差し込んでくる陽が存外に眩しい。
 寝惚け眼をごしごし。機内の照明がまだ落ちている──明け方というのもあるが、気付け
ば中々この環境にも慣れてきているらしい。
(……。綺麗)
 そっとベッドから降りて窓の外を覗いてみる。アルスの目には次々と後方へ流れていく朝
焼けの雲海があった。
 更にその眼下には大小の浮遊大陸(りくち)が見え隠れしている。
 中でも一際大きく、上空からも都市だと分かる場所が見えた。多分あれが今回の目的地・
バベルロートなのだろう。
「うぅん……? 随分と早起きだねぇ……」
 そうしていると、宙に浮いたまま眠っていたエトナが同じく目を覚ました。
 寝惚け眼をごしごし。むくりと起き上がると手櫛で髪を整えながら大きなあくびをする。
「あ。ごめんね、起こしちゃって」
「いいよ。だって今日でしょ? 確か着くのって」
「うん……」
 窓際から相棒に振り返り、そのまま彼女の下へ。
 アルスはヘッドボードに置いていた懐中時計に手を伸ばすと、時刻と日付を確認する。
 船長やイヨ達からも日程は既に聞いて、頭に叩き込んである。大舞台が、すぐそこまで近
付いてきている。
「でも、ちょっと名残惜しいかも。こんな広い個室付きで飛行艇に乗れるだなんて中々ない
経験だと思わない?」
「あ、はは……」
 エトナは気楽だなぁ。
 そう喉まで来た言葉を呑み込むようにして、アルスは苦笑いを零していた。
 懐中時計を戻し、乱れたシーツを整え直しながら、サイドテーブルに置いておいた着替え
を見遣る。
「公務で遠出したらまた泊まれると思うよ。僕達が頼まなくたって、ね」

 一行を乗せた飛行艇団はバベルロートの上空をゆるりと旋回、その最寄の空港(ポート)
へと降り立った。
 薄灰の均された地面の上。先刻まで空高くを飛んでいた機体はそこに鎮座し、開いた鉄扉
から次々と面々を解放していく。
 アルスとその相棒エトナ、イヨとリンファを筆頭とした侍従衆。その周りを守り囲むよう
にしてイセルナとダン、シフォン以下クラン・ブルートバードの遠征組──団員達が目を光
らせている。更にもう一方で同じように、この船団を手配したセドらアトス政府関係者も自
国の兵達に守られながらタラップを降りた。
「アルス皇子!」
「エイルフィード卿!」
 そうして一行が地に足をつけた瞬間から、メディアの“歓迎”が始まる。
 時刻はまだ明朝だというのに、発着場には多くのマスコミ関係者が押しかけていた。
 一斉に焚かれる写姿器のストロボ、向けられる映像機のレンズ。非常線と警備員らに制止
されながらも、彼らは気持ち何割増しにもなってずいずいとこちらを捉えようとしてくる。
 朝早くから熱心だな──まだ眩しいんだけど──。
 アルスはそっと手で庇を作りつつ、内心そんなことを思いながら皆という人波の中に紛れ
て歩いていた。
 彼らの方々から飛ばされる質問。だが自分も皆も、そうした声に答えることはない。
 無視ではなく、黙秘。出発前にも飛行艇の中でも繰り返し説かれ、今まさに自身も己に言
い聞かせていること。
『──連中は言葉を欲しがってる。言質を取りゃ、ぶっちゃけ向こうはやりたい放題できる
訳だからな』
 セド曰く。頼れるおじさんとして、政務の先輩として。
 彼はそう、若干斜に構えたように苦笑(わら)って言っていたっけ。
『それにお前だって魔導師なんだ。言葉ってものの大切さはよーく分かってるだろ?』
 皇子と判る前からも、映像器でよく見ていた光景。取材攻勢をじっといなし、通り過ぎて
いくお偉いさん。
 あの頃はまさか、自分がその立場になるなんて考えもしなかった。
 ただ一つはっきりしているのは、この何ともやり切れない、やられっ放しのように感じる
悔しさだったり……申し訳なさだったり。
「皇子! 一言、一言だけ! フォーザリア鉱山でのテロについてお願いします! ジーク
皇子の──お兄さんの消息はご存知なのですか!?」
「……ッ」
 だからだったのかもしれない。アルスは不意に耳に届いたその質問に、明らかに身を硬く
し反応してしまっていた。
 見開いた目、揺らぐ両の瞳。
 その眼差しは恨みの類では決してなく、ただひたすらに動揺を噛み殺すような。
「……」
 アルスは、ゆっくりと記者達の方へと振り向いていた。
 誰が発したかは分からない。だが彼らは皆、その返事を知りたがっていたようで、じっと
こちらを見つめて待ち構えている。

 ──ヴァルドー王国・フォーザリア鉱山で起こった“結社”による爆破テロ。
 空の路中、アルス達は導信網(マギネット)上にて発表されたその犯行声明を見つけると
思わず言葉を失った。
 死んだ……? 兄さんが、リュカ先生が、サフレさんとマルタさんが、死んだ?
 信じられなかった。確かに兄達は道中で出会った機人(キジン)を直す為、材料集めに出
掛けていったと聞いている。
 それが、こんな事になっていたなんて。連絡がつかないと思ったらそんな事に巻き込まれ
ていたなんて。
 勿論、急いで回線を繋ぎ、ルフグラン・カンパニーにも確認を取った。
 しかし社員達はその事を知らなかったようで、ただ導話の向こうで慌てふためくばかり。
次いでヴァルドー政府へと繋いで貰っても、調査中だとの返答を繰り返されるばかり。
 何より……その後が歯痒かった。
 口止めを受けたのである。今回“結社”がヴァルドー国内で大規模なテロを起こしたのも
兄達を殺したと声明を出したのも、このサミットを揺さぶり、妨害するのが目的の一つなの
ではないかと諭されたのだ。
 確かにその可能性は充分にある。いや、冷静に分析してみれば多分間違いないのだろう。
 だけれど……そうした論理的思考と自分自身の感情は、必ずしも一致しない。
 出来ることならすぐにでもフォーザリアへ、兄達が巻き込まれたというその現場に行きた
かった。行って、元気なその顔を姿を見たいと願った。
 それでも、今置かれた状況がそれを許してはくれない。
 サミットを放り出して兄達の下へ行けばそれこそ“結社”の思惑通りになってしまうし、
何より頑ななヴァルドーに自分──トナン皇国皇子が突っかかれば、両国の間に要らぬ緊張
を作ってしまう可能性だってある。
 祖国は今、復興の最中だ。外交問題に割けるエネルギーはそう多くはない。
 黙り込むしかなかった。その筈だった。
 少なくともヴァルドーもトナンも多くを語らず、伝えてこない以上、自分の言葉は間違い
なく「公」の皮を被った「私」になってしまうだろう。
 自分の不安を理由に声を発しても……今度はまた、別の誰かを傷つけるかもしれない。
 それが、とてつもなく怖かった。
 喉の奥を、嫌なねちっこさで塞がれるような心地がする。

(アルス様)
 ぐるぐると複雑に絡まる思考の糸。
 そんな暗いイメージをはたと拭ってくれたのは、そう優しく肩を叩いて耳打ちのような小
声を遣ってきたリンファだった。
 びくり。アルスは揺らいだままの瞳で肩越しに振り向く。
 傍らにはリンファがいた、エトナが宙に浮いていた。周りを囲む仲間達もそれぞれにこち
らの内心を慮るように眉を下げ、静かに苦笑を漏らすしかなく、気付けば空港(ポート)本
棟へ向かうその全体の足取りも気持ちゆっくりになっている気がする。
「──」
 ぽんと、リンファがそんな皆の陰に隠すようにして、そっと自身の胸を叩く仕草をした。
 もう一度互いの目が合う。アルスもハッとなって頷く。
 これは……合図だ。
 アルスは普段、胸元にはいつも公務関係のメモをまとめた手帳を忍ばせている。それを指
し示すとは即ち“マニュアル通りに”というメッセージ。いざという時にどうするか、予め
示し合わせてあることの一つ。
 会見の場でもない限り、メディアには基本、言質を取られないよう黙秘するのが方針だ。
 それでもこうして合図をくれたということは、何かしらコメントだけはしろということな
のだろう。一度記者達(かれら)に眼を向けてしまった以上、そのまま素通りしては印象が
悪く映ってしまいかねない。ミスを責める自分と、この彼女からのフォローをありがたく思
う自分がいる。
「……僕からお伝えできることは、ありません。現在調査中です」
 体感的にはもの凄く長い間、だけど実際にはほんの数秒。
 アルスは改めて、記者達を見つめるとそう言う。
 瞬間、彼らの表情には明らかな落胆の色がみえた。
 杓子定規の返答、取れない新情報(げんち)。
 アルスはやっぱりなのかと思い、だがしかしもう一言、予め打ち合わせの中で認めて貰え
た、自分の思いを反映させた言葉を、彼らとその向こう側にいるであろう世界の人々に向け
て紡ぐ。
「……ですがお願いです。皆さんもどうか惑わされず、自身の眼で物事を観てください」
 ゆっくり深々と。その二言目の後にアルスは頭を下げていた。
 焚かれるストロボの光、向けられる映像器のレンズの数が不意に疎らになる。記者達の少
なからずが、虚を突かれていたからだ。
 彼の周りを、ゆっくりと仲間達が通り過ぎていく。
 彼の言葉を聞いていなかった訳ではない。むしろしっかりと耳に届けていたからこそ、そ
の横顔は苦々しく、押し込めた綯い交ぜの感情を漂わせている。
 スローテンポで流れていく明朝の一コマ。
 だがアルスが再び頭を上げ、歩調を合わせるように一団に呑まれていくと同時に、彼らの
歩みはにわかに元に戻っていくかのようだった。
 一行が歩いていく先には、空港(ポート)の本棟。
 そしてその玄関口には既に何台もの鋼車が待ち構えており、アルス達を次々に乗せていっ
てはごうんとエンジン音を響かせる。

 大都バベルロート。
 その成り立ちは、遡ればゴルガニア戦役以前にも求めることができる。
 世界樹(ユグドラシィル)近隣の土地全般に当てはまる歴史だが、世界の中心を臨むこの
地は古くより、多くの者達がその支配権を巡って争い、幾度となく主を替えてきた。
 そんな連綿とした歴史の末、ゴルガニア帝国時代においてこの地を任されたのは、のちに
志士十二聖の長として名を馳せることとなる“英雄ハルヴェート”その人である。
 彼は元々、帝国の有爵位者──国軍将校であった。この地を任されたのも、帝国から自身
の領地として与えられたからに他ならない。 
 しかし……彼は、結果としてその恩を仇で返すことになる。
 圧政続いた帝国末期、彼は同志らと共にこの街の地下で最初の鬨の声を上げたのだ。
 のちの経過は、史実の通りである。
 ハルヴェートら十二聖に率いられた解放軍は次第に帝国軍を圧倒、遂には皇帝オディウス
を討ち取ることに成功した──そんな顛末。物語(えいゆうたん)。
 故に、この地が新たな世界の中枢となったのは当然の流れだったのだろう。
 かつてはいち地方都市に過ぎなかった河沿いの街。それが今では顕界(ミドガルド)最大
の都市にまで成長、王貴統務院の本拠地ともなっている。
 ……惜しむらくは、そんなかつての領地の繁栄を、当のハルヴェート本人は終ぞ目にする
ことが出来なかったという点か。

「──」
 アルス達を乗せた鋼車の列が、バベルロートの街中を突っ切っていく。
 両隣にはリンファとイセルナが、前席にはイヨと運転手が座席に着いている。その頭上に
エトナを漂わせるままに、アルスはぼうっと車窓からの風景を眺めていた。
 一言でいえば、この街は多重構造の要塞なのだろう。
 城壁がそびえていた。街全体をぐるりと仕切るように続く壁。それが自分達の行く道路の
ずっと遠く先まで鎮座している。
 一枚、二枚、三枚──三重の城壁。
 この街の建物達は、あたかもそんな区分けの中に繁茂しているかのようだ。
「……凄いですね。アウルベルツやトナン皇都とは桁違いだ」
「そうでしょう? 何せ、規模だけなら天界(アスガルド)の“神都”すら上回るっていい
ますからね」
 隠すことなく紡いだ感嘆。
 そんなアルスの言葉に、運転手からの反応は何処か得意げだった。鋼車や人々が行き交う
大都の大通りを、彼は慣れた手つきでハンドルを回す。
「この街は統務院本部を中心に、大きな円を描くように広がっています。その中を、内側か
ら順繰りに、第一隔壁・第二隔壁・第三隔壁と城壁が囲んでいる格好でしてね。ご覧の通り
家屋はそれらの間を埋めるように建っています」
「ふーん……。要するに年輪のイメージだね。それって、やっぱり警備の為?」
「ええ。大昔は色んな人間から狙われていた土地だったらしいですから。他所の街以上に念
入りなのも、まぁ無理はないでしょうな」
 年輪──なるほど。樹木の精霊である彼女らしい発想だなと、アルスは思った。
 雑談に加わるエトナと運転手のやり取り。アルスはその通りのイメージを、自分の頭の中
にも描いてみる。
「それでも、今じゃあこんなに大きな街になった。まぁその所為で色々とごちゃごちゃして
ますが、自分はこの街が好きです。だからその礎となった英雄ハルヴェートには感謝しても
し切れない。だから皆さんにも、できればこの街を好いてくれると嬉しいですね」
「……」
 バックミラーに映る彼の表情(かお)は、嘘偽りの無い笑顔だった。
 言葉にしなかったが、アルスは静かに頷いていた。そして同時に、何度目とも知らぬ罪悪
感が心身を疼かせた。
 史料によれば、ハルヴェートは統務院──の原形が成立するのを見ることなく、病に倒れ
この世を去ったという。
 もし彼がもう少し長く生きていたら、もし平和を喜ぶ人々の声を聞けていたら、その人生
はもっと救われたのかもしれない。
 そんな街を……そんな多くの思いが生まれ、散っていた街を、今自分達は往っている。
 今に始まったことではない、と言えば確かにそうだ。
 だがかつて人々が願ったそんな安寧を、この時代、もしかしたら自分という来訪者が壊す
かもしれないと思うと、この胸奥には薄暗く申し訳なさと恐れが同居する。
「うーん、観光ができればねぇ……。でも」
「ああ、難しい注文だな。滞在日数の方は延ばせるにしても、行く先々、アルス様をお守り
する為の準備というものがある」
「……ま、そうでしょうな」
「ええ……。だから今は、サミットを無事に終えることに集中しましょう?」
 ちらりと、再び窓の外を眺めてみた。
 城壁によって仕切られたそびえる建物群、そこに息づく人々と日々の営み。
 そこへ今は、更に警備の兵達という色彩が加わっている。
 間違いなくサミット開催に合わせ、テロを警戒しているのだろう。実際自分達が乗る車列
も各々に黒スモークや防弾加工が施してあると聞くし、うち数台は始めから囮として加わっ
てさえいる。
 ……物々しくない筈がなかった。
 土地柄、住民達(かれら)は諍いには慣れているだろうか?
 それともやはり、厭なものは厭で、遠目から見て感じるように怯えているのだろうか?
「そうですね……仕事中なのにお喋りが過ぎました。でも、機会があれば喜んでご案内させ
ていただきますよ? 繁華街はもちろん、建設中の第四壁区とか、志士聖堂とか」
「……。シシ、セードー?」
 そうしている間にも、エトナ達は運転手と話を続けていた。
 聞き慣れないといったように彼女が小首を傾げている。窓の外を見ていたアルスも、イセ
ルナが促した言葉で一旦暗い思考を引き剥がし、皆に振り返ろうとする。
「志士聖堂、ですよ。確か……ハルヴェートが解放軍を立ち上げた場所だったかと」
「ええ、そうです。伝承によると、彼は仲間達と共にその場所──小さな教会の地下で解放
軍の立ち上げを宣言したといいます。流石に当時のそれは戦火で焼け落ちてしまったんです
が、戦役のあと地元の有志によって再建されましてね。現在は十二聖ゆかりの品などを展示
する博物館になっています。……ただまぁ、見た目が地味で、場所も街の外れ──南の方に
ぽつんと建ってるだけなんで、今じゃあろくに観光客も来なくなってるんですが」
「へぇ~……」
 イヨが片言を引き継ぎ、運転手がまた饒舌になった。
 なるほど。それは確かに英雄ゆかりの地らしい史跡だ。そしてそんなマイナーな場所まで
挙げてくれる彼の厚意・配慮は、少なくとも単なるおべっかには思えない。
「……あ、あのぅ。よろしいですか?」
 すると肩と座席越しから、イヨがそう遠慮がちながらに顔を向けてきた。
 あ、はい──。そんな彼女にアルスはハッとして応え、両隣・頭上の三人と共に真面目な
顔つきになる。
「もうすぐ到着しますので、もう一度、陛下や政府代表団の方々と合流した後の動きを確認
させていただきます。既にお話したように今回のサミット、その本会議は三日間の日程が組
まれています。言わずもがな、本国内乱の件を踏まえ“結社”の脅威に世界が団結して立ち
向かうとの旨がその声明文に盛り込まれる予定です」
「はい。……だけど、そこはやっぱり政治でそれぞれに思惑がぶつかり合うものだから、開
会してすぐにまとまる訳じゃない」
「はい。ですので、実務上の課題は事前もしくは期間中の合間、如何に各国同士が会談──
折衝を図れるかに掛かっているでしょう」
「我々や四大国はともかく、他の国々にとって“結社”への対決姿勢はその大義名分以上に
火の粉(リスク)を被りかねないものだからな」
 黒縁眼鏡のブリッジを触り、薄っすらと目を瞑って俯き加減になり、イヨとリンファは交
互に紡いでいた。
 アルス達も、そのことは重々承知している。
 まさにそこが今回のサミットの肝なのである。統務院──世界として緊密に連携した強い
メッセージを出せなければ、結社(れんちゅう)は今後益々増長していくことだろう。
 それだけは……何としてでも避けたい。
 もうこれ以上、無闇に誰かが傷付かねばならない世界なんて、嫌だから。
「……ただ、トナン皇国としては、そうした戦いの説得よりも内政──復興協力を取りつけ
ることを優先する方針です。先日の通信でも、陛下ご自身が話されていたことですが」
「ええ」
「言ってしまえば、声明が対“結社”色となることは規定路線ですものね。だからこそ問題
の軸足はもう折衝の如何に移っている訳で……」
「はい。ですので、直接的な引き込み攻勢は四大国が主導するようです。むしろ私達は当の
“結社”に被害を受けた証言者──という立ち回りをすることが求められていますね」
『……』
 アルス達は、頷いていた。
 そう、自分達にとっての正念場はむしろこの本会議の方にあるのだ。
 予定では──二日目。シノブ・レノヴィンこと現女皇シノ・スメラギ。その子であるレノ
ヴィン兄弟と、共に戦った仲間達。
 その生き証人らがサミットという公の場であの内乱の顛末を伝えることは不可欠な義務で
あり、同時に“結社”との対立に尻込みする国々への発破ともなる。
 緊張しない……と言えば嘘になるだろう。
 だが自分達こそが尻込みをしてはいられない。ただ自国の復興さえ果たせればそれでいい
というのは、違う。それは内側に逃げ込んだだけで、災いの大元に目を瞑るようなものだ。
「……兄さんの件はどうなるんでしょう?」
「正直、どちらにも転びうると思います。他の国々にとって、ヴァルドー領内でジーク様の
消息が不明になった件の声明は格好の攻め口ではあります。ですがそれ自体“結社”の術中
に嵌ることだと、彼らも理解はしているでしょう。ですから敢えて今回は議論の俎上には出
さないという選択肢が採られる可能性も、また十分にあります」
「…………」
 イヨの眼は真剣そのものだった。アルスもじっとそのさまを見、言葉なく睫毛を伏せる。
 無茶苦茶な感情だとは分かっている。
 だが本音を言えば、安堵と心配が入り混じっていた。
 兄さん達は生きてる。きっと無事なんだ──。
 そんな信じる灯を、渡り綱のようなこの思いを、政争の為に侵されては堪らない。

 そうしている内に、アルス達の車列は目的地へと到着した。
 そこはバベルロートの一角にあるホテル。シノ以下トナン皇国の代表団が宿を取っている
場所だ。故に勿論、その作りたるや荘厳としたものがある。
「──流石は一国の王が泊まってる場所だな。ま、あんまりボロボロんとこに泊まってちゃ
威厳も何もねぇんだろうけど……」
 セドらアトス政府の一団とはここで別れ、アルス達は鋼車を降りた。後続の車両に乗って
いたダンやシフォンはそう目の前の高くそびえる建屋を見上げ、素直に感嘆している。
「……」
 そうして皆と合流し、周りを囲むように守られ、アルスはぐるりと周りを見渡していた。
 胸の鼓動が激しく脈打っている。
 だがそれは緊張ではない、期待──興奮に類するそれだ。
 ここにいる。暫く会うことができなかったあの人が、ここにいる。
「アルス!」
 ちょうどそんな時だった。ホテルの正面玄関のガラス扉が開き、一人の女性が数名の取り
巻きを伴って姿をみせる。
 シノだった。
 トナン皇国女皇シノ・スメラギ。レノヴィン兄弟の母にして、今間違いなく世界が好奇と
警戒の眼を向けているだろう女性──。
「わっ!?」
「おお……っ」
 数歩ゆらりと進んだ所で、アルスは彼女に抱き締められていた。
 がばっと。まさかこんなに激しく飛び込んでくるとは思わず、アルスはただされるがまま
になり、頭上ではエトナが小さく驚いて目を瞬かせている。
「シノさん?」「へ、陛下……?」
 仲間達も、程なくして追いついて来た。同じくシノ側の護衛達──サジとユイのキサラギ
父娘(おやこ)らも、面食らいつつも駆けつけてくる。
「か、母さん……?」
 恥ずかしさなど、すぐに吹き飛んでしまっていた。
 温かい、懐かしい。だが……そんなことよりも。
「──よかった」
「えっ」
「無事で、よかった」
「……」
 触れ合う肌から伝わる、溢れんばかりの母の不安が、アルスには痛いほど分かっていた。


 何件目かの会談が終わり、先方の王とその取り巻き達が部屋を後にしていく。
 時は前後し、サムトリア共和国代表団の滞在先。
 ようやく訪れた小休止に、同国の若き大統領・ロゼッタは椅子の背に体重を乗せぐぐっと
伸びをすると、その身体に溜まった凝りを解きだす。
「お疲れさまです。大統領」
「よろしければお茶にしませんか? 用意はしてあります」
「……ええ、ありがとう。お願いするわ」
 程なくして隣室からスタッフ達が顔を見せ、労をねぎらってくれた。
 本国の政務官もいるにはいる。だがここにいる大半は、彼女の統務院議員時代から苦楽を
共にしてきた仲間達だ。
 ぱたぱたと動き回る彼女達。
 そんな信頼のおける後ろ姿を横顔を、ロゼは静かに微笑ましく眺めている。
「大統領。首尾はどうでした?」
 そして横から聞こえてくる声。振り向けば、そこには“黒姫”ロミリアの姿があった。
 大統領就任の少し後、その星詠みと傘下の魔導兵団の力を買い、非公式ながらこの国の用
心棒とした七星の一人である。
「……可もなく不可もなく、といった所です。隣で聞いていたのでしょう? 今の所、どの
先方ともミクロな部分の外交ばかりです」
 ロゼは膝の上で手を組み、そう小さく息を吐きながら答えた。
 どうぞ──。ちょうどスタッフが紅茶を淹れてきてくれたので、彼女は「ありがとう」と
サイドテーブルに置かせた上でカップを手に取り、一口二口と喉を潤しながら続ける。
「無理もありませんね。今回のサミット──実質トナン内乱と対“結社”の対応において、
我が国は蚊帳の外といって差し支えありません。風都(エギルフィア)の一件で態度を示し
てみせたとはいえ、こちらはレノヴィン一家とのコネクションが皆無ですから」
 本音を言えば、不安だった。
 議員時代には毎日のように詰めていたこの街だが、サムトリア大統領になってからは初め
ての総会(サミット)だ。同じようで、あの頃と今ではその目に映る景色はまるで違う。
「仕方ありませんわ。先ずは国内の地盤固めが大事。その点では自国内の“結社”で手一杯
だったヴァルドーも同じでしょう?」
「ええ……」
 ロミリアが言った。
 だが、向こうにはジーク皇子滞在というカードがある。いや、あった、のか。
 確かな情報源がまだ“結社”の犯行声明だけというのが怪しい。
 ヴァルドーにトナン。既に調べさせてはいるが、開催期間中には揃わないだろう。
(トナン皇国……)
 加えて、個人的にはあの国には応援と心配、半々二つの思いが入り混じっている。
 新女皇シノは、自身の戴冠式で自国を将来的に共和制に移行したいと語っていた。
 それは、構わない。元より他国の内政だ。王政──今日も尚主流の形態である諸国は内心
おもしろくはないだろうが、カテゴリーという括りで捉えれば“仲間”が増えるかもしれな
いし、歓迎したい。
 しかし……果たしてそんなに上手く、綺麗にいくだろうか? 自分は同時にそう気持ちが
塗り替えられる心地がしてならないのだ。
 一人より皆で決める。それは確かに力の分散を防ぐのかもしれない。
 だが、結局“暴力”には違いないのである。王の暴力か、数の暴力か。
 議員時代も散々搔き回された。そして大統領となった今も。
 十人の人間がいれば、十人の考えがある。思いがある。
 では、それが百万・千万と膨らんでいった先は……? 制度として彼らから代表が選ばれ
委任されるとはいえ、やはりぶつかり合う思惑、諍いというものは避けられないものだ。
 そこを、シノ皇(かのじょ)は美化し過ぎてはいないだろうか……?
 そう、お節介だとは承知だが、個人的に思ってしまうことはある。
「……」
 更に今回のサミットでは、我が国を含めた四大国──六大陣営の残り二つ、教団は政治的
場面では中立を装うし、保守同盟(リストン)はそもそも匿名の保守派有志の集まりで、形
ある勢力ですらなく除かれる──が、各々にトナンへの影響力を増そうとするだろう。
「リモコンを」
 私情を押し込めるように深呼吸をして、ロゼはスタッフを見遣って言った。
 すぐにデスクの上に置いてあったそれが差し出され、彼女は壁際の映像器に向けてスイッ
チをオンにする。
 画面には、今回のサミットを特集・中継する番組が映し出されていた。
 何度か局番(チャンネル)を回しながら、同じような構図が続くのを一同で観る。録画さ
れているものもあるのだろう。そこにはメディアも似た思考なのか、大都に訪れている大国
の王らの姿を捉えた映像も少なくない。

 ──今回の議長国、北方の盟主・アトス連邦朝。
 国主は老練の王・ハウゼン。ロゼも議員時代から見かけている御仁であり、あまり口数は
多くないが、思慮深い人物だと記憶している。
 トナン内乱の際にはレスズと合同で介入してその戦いを終結させた。現在は、シノ皇が亡
命していた場所を領内に抱えていることもあり、事実上の後ろ盾ともなっている。そのため
既にかなりのアドバンテージを持っているといえる。
 だが注視すべきはハウゼン──基本的に穏健な王よりも、彼にトナンへの介入を進言した
というエイルフィード伯であろう。
 またの名を“灼雷”の魔導師。かつては冒険者だった経歴もあり、シノ皇とは二十年来の
仲間(とも)であるとも報告を受けている。内乱後、対トナンの特命大使に任じられている
ことも踏まえ、今後も注意が必要だ。

 ──トナン皇国の位置する、東方の盟主・レスズ都市同盟。
 他三国とは違い、各地の領主が手を結んだ広域連合。そのトップがウォルター議長だ。
 ただああいう彼らの商魂と独立独歩の態度は、正直個人的には付き合いたくないタイプで
はある。アトスと共同して介入したものの、主導権を彼らに取られた格好でおもしろくない
というのが同盟内の多くの意見であるらしい。
 調べさせた内では、既に持ち前の財力で周辺勢力の取り込みを図っているそうだ。何とも
彼ららしい攻め口ではあるが……やはり相性は悪そうだ。我が国も、乗せられないよう再度
厳命する必要があるかもしれない。
 ただ、こちらから立ち回るとなれば……先のエイルフィード伯と盟友であるフォンテイン
侯がキーマンとなろうか。報告では、トナン介入を実現させた、アズサ皇と“結社”内通の
証拠を握っていた人物であり、現在同盟内の諸侯らとは関係が冷え込んでいるとも聞く。

 ──そして、西方の盟主・ヴァルドー王国。
 言わずとも知れた機巧技術先進国で軍事大国。そのアトスすら凌ぐ広さの領土を、強権と
カリスマが同居するファルケン王が治める。
 この国に、今回のサミットにおいて、見逃す訳にはいかないのは、やはりジーク皇子一行
の消息とこれまでの“結社”に対する強硬姿勢への変化の如何か。
 後者は、おそらくあの王の性格からして引け腰になるとは考え難い。むしろ件のフォーザ
リア爆破テロが、彼の闘争心に火を点けたのではないかと自分は踏んでいる。
 どのみち“結社”への強いメッセージを集約せんとする今回の流れは変えられまい。我が
国も、特にそこへ異は挟まないつもりだ。ただ少しでもローリスク・ハイリターンをもぎ取
れる可能性があれば、しっかりと手を伸ばす……それだけだ。それが政治であり、外交だ。

「……それにしても、一体ファルケン王は何を考えているのかしら。ジーク皇子が自国領内
で消息不明──“結社”自身の声明によれば、殺害されたというのに」
 ロゼにはそれが一番引っ掛かっていた。
 映像器の画面には、バベルロートの某所を往くファルケン王の一行が映されている。
 まさか無配慮という訳ではなかろう。更に被害者たるトナンまで尚、この件に関して沈黙
しているということは……やはり両国とも、サミットへの悪影響を懸念しているのか。
「大丈夫。まだ彼に死兆の星は出ていませんわ」
 ぽつっと、ロミリアが呟いていた。
 見てみれば、また腕を組んだ指に数枚の占札(タロット)を挟み、そう軽く目を細めた妖
艶な笑みを浮かべている。
「……」
 正直言って、対するロゼは半信半疑だった。
 自分で、彼女の星詠みは信用することにするとは言った。だが鉱山一つを瓦礫の山に変え
たほどの爆発の中、彼らが生き残っているものなのだろうか……?
「……少なくとも、ファルケン王は何か隠しているでしょうね。もっと言えば、この状況を
利用したカードを何枚も携えてきている」
「ええ……。きっと」
 ロミリアの静かな同意。
 ロゼは小さく首を横に振って、推測だらけのその疑念を掃った。
 先ずは政務だ。サミットの成功だ。政治経験なら自分だって負けていない。故郷の人々の
為にも、世界の人々の為にも、自分は頑張るんだ……。
(? ファルケン王、耳打ちをされてる……?)
 スタッフの一人が「あっ」と短い声を漏らしたのは、ちょうどそんな時だった。
 一瞬、映像器の向こうのファルケン王に目を凝らしていたロゼ。だがすぐにこのスタッフ
の声と物音に気付くと、彼女は意識を切り替え、何事だと視線を遣る。
「どうかした?」
「あ、はい。その、こちらでも携行端末で報道をチェックしていたのですが……」
 その彼女が恐縮しつつ、手にしたそれをこちらに持ってきた。
 ロゼ達が観ていたのとは別の映像。
 そこには何処かの広場を行く、見覚えのある四人とその大勢の取り巻きの姿が映し出され
ている。

「──ほほう。暫く見ねぇ内に地上(こっち)も随分でかくなったなあ」
 一つは額に角を持ち、着流しや和服に身を包んだ、鬼族(オーグ)の集団だった。
「眩しいわねぇ……。あ~、やっぱり爺達に任せとくべきだったかしら……」
 一つは闇色揃いな衣を羽織り、ちらとその鋭い牙を覗かせる、妖魔族(ディモート)の集
団だった。
「う~ん……? 何だか周りの人達、じろじろ私達のこと見てない?」
 一つは羊のような巻き角を持ち、どうにも露出の多い服を纏った、幻夢族(キュヴァス)
の集団だった。
「そりゃあ、てめぇら色魔(いちぞく)は珍しいからな。力、制御しておけよ?」
 一つは両目の下に線を持ち、マフィアの一行よろしく威圧感を放つ、宿現(イマジン)の
集団だった。
 彼らが行く先、通った道の両側に人々がざわめきながら人だかりを作っていた。
 “万魔連合(グリモワール)”。
 魔界(パンデモニム)・器界(マルクトゥム)・幻界(アストラゥム)──地底層世界の
先住種族、通称「魔族」達を中心とした地下世界版の統務院。その最高権力者達が、今まさ
にこの場に集結していたのだ。
 “鬼長”セキエイ。
 “夜殿主”ミザリー・ファントムベイン。
 “幻姫”リリザベート。
 “首領”ウル・ラポーネ。及びその取り巻き達。
 彼らは今回、統務院総会(サミット)のオブザーバーとして招待されている。
「……そういや“神託御座(オラクル)”の連中は来てるのか? あいつらも俺らと同じで
統務院に呼ばれたんだろ?」
「来てないみたいだよ? お休みするって~」
「ふん、臆病風に吹かれおって……。天上の神々とやらも堕ちたものだ。大層に構えておき
ながら何も事を起こそうとせん」
「ま、仕方ないんじゃない? あいつらにとっては信仰がイコール自分達の存在そのものだ
からさ。今回は議題が議題だし、それで保守派にまとめてそっぽ向かれたら大損失だし」
「予想はしてたけどな。まぁ俺達だけでもしっかり仕事はするさ」
 一見してまだ歳若い少女に見えるリリザベートの返答に、テンガロンハットと革コート、
咥え葉巻といういでたちのウルが、不機嫌に苦々しく吐き捨てた。
 ミザリーはそんな四人最年長のぼやきをそれとなくいなし、赤髪の偉丈夫・セキエイはそ
う前向きに笑って皆を率いている。

「──万魔連合(グリモワール)の一行も到着したようですね」
「ええ……。招待されたとは聞いていたけれど」
 政務官の緊張した呟きに、ロゼは静かに眉間に皺を寄せて応えていた。
 画面を、携行端末を見せてくれた女性スタッフから皆が離れ、誰からともなく大きな息が
漏れる。刻一刻と確実に、サミットはその規模の大きさを見せつけつつある。
 まさか彼ら──「四魔長」全員が揃うとは。
 それだけ“結社”が撒き散らす被害は広範に及び、深刻であるという証拠か。あちらでも
開拓の波は押し寄せていると聞く。その波が生む歪みに、連中の魔手が迫っている……。
「大統領、そろそろお時間です。先程、ヤハル王一行が到着されたと連絡が」
「あ、ええ。分かったわ」
 だがロゼ達に、じっと考え込む暇はあまりない。気付けば相応に時間は経ち、ドアの向こ
うから伝令のスタッフが顔を出してきた。
 頷き、ロゼは応える。残りの紅茶を飲み干し、差し出された水で口内をゆすぐ。
 そして同じく差し出された鏡を見ながら、改めて身なりを整えて。
 若き女性大統領の、顕界(ミドガルド)四大国の一角を占める元首の、政務は続く。

 他の使徒達も黒い兵団も、教主もこの場から姿を消し、ストリーム内部は本来の静謐ぶり
を取り戻していた。
 静かに色彩を変えていく光の束。無数にたゆたう光の粒。
「説明、して貰おうか」
 そんな戻った筈の静けさの中で、ヘイトは硝子質の足場とそこから伸びる柱、その物陰に
目的の人物を追い遣り、突き飛ばすと問い詰めていた。
「……何の事だ?」
「とぼけるな、ジーク・レノヴィンだよ! てめぇ……本当にあいつらを殺ったのか?」
 その相手は──クロム。
 ヘイトは彼の胸倉を掴み、持てる限り最大限の威圧でそう脅した。問うた。
 だが両者には少年と成人というかなりの身長差がある。ヘイトは気持ちこそクロムを押し
遣っていたが、実際傍から見たならば、その無理な背伸びが先ず目に映るだろう。
 クロムは暫くの間、何も答えずに黙っていた。
 眉間に皺を寄せて睨みつけているヘイト。だが彼はそんな若くして魔人(メア)になって
しまった組織の同胞を、感情の無い瞳ながら何処か哀れむように見下ろしている。
「見ていなかったのか? 私は彼らを打ち破っていただろう?」
「ああ見たさ。だがそこまでだ。あの後、お前がやつらにとどめを刺した所を見た奴は誰も
いない」
 ゆっくりと、クロムは目を瞑っていた。
 静かに唇から漏れる息。そのあまりの落ち着きようは、仮にこの場を見た者にある錯覚を
起こさせるだろう。
 追い詰められているのは、焦っているのは、彼ではなく少年の方ではないか? と。
「撤収しろと言ったのはお前じゃないか。あの爆発で生身の人間が生きていると思うか?」
「……けっ」
 再び目を開いたクロムが淡々と言う。
 だが対するヘイトの眼には、不信と猜疑の色が濃く宿っていた。
「ならどうしてだ? 本当にあいつらを殺ったなら、何故六華を回収せずに帰って来た?」
 吐き捨てるように笑い、攻勢をもう一段階。
 クロムは答えなかった。ただじっと、もう仲間とは思ってくれていない──いや、以前か
ら自分が気に入らなかったらしいこの彼を見下ろしている。
「だんまりか……。まぁいい。少なくとも僕はお前が奴らに手心を加えたと思ってる」
「そうか。そんなことの為に私達の任務遂行を遅らせたのか」
「そんなことだぁ? お前、本気で言ってるのか? 結社はもう、あいつらをフォーザリア
諸共吹き飛ばしたって宣言しちまってるんだぞ? もしそれが、お前の勝手な行動の所為で
大ぼらだってことになったら、僕らの面子が丸潰れじゃないか!」
「……」
 クロムの眉間に刻まれる、僅かな皺。
 それは彼の言う通りになることへの懸念か、それとも……。
「……だからもう一回あっちに向かわせた。本当にレノヴィン達がくたばったのか、信徒を
遣って今確かめさせてる」
 今度はヘイトが言って、にっと口元に弧を描いてみせた。攻撃的な笑いだった。
 しかし対するクロムは見てみる限り表情に変化はない。軽く眉間に皺が寄ったまま、じっ
と自身の胸倉を掴んだままでいる彼を見下ろしている。
「……ちなみに、首尾は?」
「はん。何でよりにもよってお前に話さなきゃいけないんだよ。でも気になるってことは、
やっぱり黒なんだな? そうなんだろ?」
「……」
 鼻で笑い、得意げに視線を刺してくる。
 それでもじっと、クロムは特に言い返すこともなく彼を見ていた。
 十秒、二十秒、三十秒。
 しかしそう中々折れないクロムに苛立ってきたのか、ヘイトはようやく、またしても突き
放すように胸倉を掴んでいた手を離すと、カツンカツンと硝子質の足場の上に後退った。
「……見てろ。今に口を開けば救いだの何だの、綺麗事ばっかり吐くその化けの皮を暴いて
やる。ぶっ潰す為だろうが……。あいつらをどん底に叩き落とす為に、僕らは結社(ここ)
にいるんだろうが!」
 最後に宣戦するように叫び、内に秘めた憎しみを投げつけ、ヘイトは片腕を横に薙いで空
間転移をしていった。
「…………」
 宙に、黒い電流のような痕跡が霧散する。
 クロムは暫く無言のままその場に立ち尽くしていたが、やがてゆっくりと突き飛ばされた
壁際から身を起こすと、やはり同じく黒い靄に包まれながらその姿を消したのだった。


「改めておかえりなさい。そしてリン、イヨ、皆さん。アルスを支えてくれてありがとう」
「そそ、そんな」「……ありがたきお言葉です」
 久々の再会も、玄関先で長々と続ける訳にはいかない。
 シノらと合流したアルス達は、早速彼女達が滞在する部屋へと移動していた。
 そうして案内されたのは、ホテルの上層一フロア丸々をほぼ貸し切ったスイートルーム。
滞在者がトナンの女皇一行と分かっていてか、中の調度品もその本国のテイストに合わせた
もので統一されているようだ。
「──じゃあシノさん達も、ジーク達が今どうなってるのか分からないんッスね」
 戸締りと警備をしっかりと。
 人心地ついた一行は、すぐに互いの情報交換を始めていた。
 彼女たち皇国政府から一通りの話、把握している事柄を自分達のそれと照らし合わせる。
顎を擦りながら、ダンはそう気難しい表情(かお)をしながら再確認していた。
「ええ。こちらでも密偵を遣っているのですけど、現地がどうなっているか、詳しい報告が
来ないんです」
「……それは、やはり?」
「捕捉されたんでしょうね」
 シフォンの言葉を継いで、静かに目を細めていたイセルナが言った。
 場の面々が思わず口を噤んで重苦しい空気になった。
 ヴァルドー、フォーザリア鉱山。そこに向かわせた密偵の音信が途絶えたということは、
即ち彼らが捕まり──始末された可能性が高い。
 ただ、そうした結果はそう珍しいことではなく。
 そもそも密偵という職業自体、常に危険と隣り合わせだ。何より今日も各国は互いにこう
した人材を放っては情報を収集・妨害し合っている。
 悲しくない、憤っていないと言えば嘘になるが、結果的にそれは「失策」でしかない。
「どうやら向こうはよほど件の爆破テロを隠しておきたいらしい。……厳密には、サミット
への悪影響を避けたい、か」
「……悔しい、ですね」
「そうね。だからすぐに密偵を遣るのは止めさせたわ。心配だけど、あれほどの事件がずっ
と公にならないなんて事はないでしょうし」
 リンファがじっと眉間に皺を寄せ、言う。アルスが俯き加減になって呟く。
 それでも母は、シノは気丈であろうとしていた。
 あくまでそう言って微笑みを、苦笑を崩さず、今は耐える。それがより大きなものを得る
のに必要なことなのだと言い聞かせる。
「ただここで一つ。どうやらジーク様達は、フォーザリア鉱山での資材調達に関し、現地で
活動する“結社”の討伐に加わるという約定を結んでいたようなのです」
『えっ』
 するとそれまで壁際に控えていたサジが、視線でシノから承諾を得るとそう切り出した。
 短く、アルス達の側一行に驚きの声が重なる。
 初耳だった。少なくともルフグラン・カンパニーの社員達に導話をした際、そんな素振り
はなかったように思う。
「なるほどね……。ヴァルドーもだんまりになる筈だ」
「だな。ただ領内で巻き込まれただけじゃなく、間接的に自分達も原因だとなりゃ、そりゃ
馬鹿正直には言わねぇだろう」
 シフォンとダンが顔を見合わせ、頷き合っている。
 兄さん達が、そんな取引を──。
 一方でアルスは、心なし顔色を悪くしながらも、口元に手を当てじっとこれまで得てきた
情報を思考を、何度も組み立て直しているかのように見える。
「ぬぅぅ……じれったいなあ。がつんと言ってやればいいじゃない。会議の場でファルケン
に問い質せば、あいつだって知らんぷりもできないんじゃない?」
「落ち着け、エトゥルリーナ」
 その頭上で、エトナが痺れを切らすように声を大にする。
 だがその叫びを逸早く制したのは、フッとイセルナの肩の上で顕現したブルートだった。
「道中、その件については何度も話し合っただろう? 結社(やつら)がこの時期にテロを
起こしたのは、間違いなく今回のサミットを揺さぶり妨害する為だ。肝心の会議の場でその
話を持ち出し対応策が宙ぶらりんになれば、喜ぶのは奴らなのだぞ」
「それはぁ、そうだけどぉ……」
『……』
 両手を握り締めて、それでもエトナは不満そうな表情(かお)。
 アルス達も、思いならば同じだった。
 自分だって、できるのならすぐにでも現地に飛んで行きたい──だけどそうすれば世界に
その行動が動揺が伝えられるだろうし、せっかく対“結社”で纏まろうとするサミットへ水
を差すことになる。それはブルートの言う通り、連中の思う壺だ。
 何よりサジ達の調べが本当なら、事が公になればヴァルドーとトナンの外交問題になるの
は必至だろう。
 顕界(ミドガルド)屈指の軍事大国と、伝統さえあれど復興只中の小国。
 王同士よりも、きっと周りが騒ぎ立てる……。
「……心配じゃないなんてことはないんだけどね。でも、先ずは今目の前に迫っている仕事
に集中しましょう? 少なくともフォーザリアの現場では今も夜通し救助作業が続いている
らしいわ。さっきも言ったけど、いずれこれらは明るみになる。それに、あの子達が死んだ
っていう証拠だって──」
「へ、陛下!」
 ちょうど、そんな最中だった。
 皆を代表するように、再度自他に言い聞かせるようにシノが口を開いていた途中、はたと
部屋の外から警備の兵や官吏が数人、こちらに顔を出してきたのだ。
「? どうかした?」
「その。へ、陛下達にお会いしたいと……“正義の盾(イージス)”の長官殿が……」
 小首を傾げて問うシノ。
 そんな皇に、彼らは明らかに動揺した様子で答えていた。
 一同の表情がにわかに硬くなる。
 “正義の盾(イージス)”──統務院が有する、直属軍の片割れ──。
「……お通しして」
「は、はいっ」
 続き部屋を一つ、二つ、三つ。シノは凛と女皇の雰囲気を纏うと言い、サジ達を連れると
応接間のある方へと歩いていった。
 にわかに緊張する場の空気。アルスや侍従衆、イセルナら団員達は、その後ろ姿を心配・
応援半々の気持ちで見送り、或いはこそっと物陰から窺いだす。
「初めまして、女皇陛下。私はダグラス・レヴェンガート。正義の盾(イージス)の長官を
任されている者です」
「同じく副長官のエレンツァ・ピューネです。以後お見知りおきを」
 王貴統務院は、細々とした下部機関を除けば、主に次の四つの機関によって構成される。
 一つは“正義の冠(クラウンズ)”。
 統務院の議会上院に相当し、各国の王や政府代表らによって構成される。
 一つは“正義の秤(ヴァランサ)”。
 統務院の議会下院に相当し、各国から選挙された統務院議員らによって構成される。
 だが、この二院だけでは世界の秩序を名乗るには足りない。実行力──決議された内容を
遂行する「力」が必要だ。
 それが直属軍“正義の盾(イージス)”であり、“正義の剣(カリバー)”である。主に
前者は警護活動を、後者は懲罰活動を担当している。
 今シノ達の目の前には、その片翼を担う者らのトップが椅子に座っていた。
 短く刈り揃えた淡い茶髪の偉丈夫と、白めいた銀色──眞法族(ウィザード)であること
を示す長髪をふわりと携えた魔導師風の女性。
 そんな二人と向かい合い、先ずにこやかに会釈を返したシノは席に着いた。
 その後ろにはサジやユイ、官吏などの取り巻き。だがそれは、軍服姿ばかりとはいえ、相
手方も同じである。
「こちらこそ。初めまして……ですね? シノ・スメラギです。わざわざ御足労くださって
すみません。今、お茶でも」
「あ、いえ結構。ただ皆様のお顔を一度直に拝見したく押しかけたまでです。先刻、アルス
皇子ご一行もこちらに到着したと聞きましてね」
 最初こそ穏やかだった。
 実際、長官ダグラスも誠実そうな上級将校という印象で、傍らのエレンツァも、お淑やか
な佇まいのままじっと静かに座っている。
「なにぶん場が場ですから。やはり私達としては警護すべきお相手を知っておくに越した事
は無いかと」
「──ちょ、ちょっと待ったぁ!」
 だが程なくして、そんな穏やかな空気が変化する。
 次の瞬間、部屋の向こう側で様子を窺っていた面々の内、ダンが不服と彼らの下へ飛び出
してしまったのだ。
 びっくりしてアルスが、シフォンが止めようとしていた。
 だが元より大柄なダンを止められる筈もなく、彼はずんっとテーブルを回ってダグラスら
の前に立つと、口をへの字に曲げてから直訴する。
「警護だ? 話が違うじゃねぇか。シノさんにはサジさん達がいるからともかくとして、俺
達はアルス──皇子の護衛を任されて今日まで来てる、この街にも来た。御役御免を言いに
来たのかよ? 聞いてねぇぞ」
 ああ……。
 アルスを含め、ブルートバード遠征組の面々は無言ながらも納得。コクコクと各々に首を
縦に振りつつ、彼らをお互いを見合わせていた。
 暫しの睨み合い。
 ダンが飛び出してきたことで、二人の背後に控えていた取り巻きが──二人の将校を筆頭
に彼へ抜刀・抜銃しかける。
「おい。よさないか」
 だがそれを止めたのは、他ならぬダグラス本人だった。
 あくまで穏健に。争う気はなく。
 その意図を汲んだのだかダンもそっと退き、されど顰めっ面は残して仲間達に囲まれる。
「……御役御免とまでは言いませんよ。ただ我々も、両院より各国要人を最大級の警戒で以
って警護するよう命じられているだけのことです」
 言いながら、暫しダグラスは場に集まった面々──女皇シノと皇国政府関係者、アルスと
クラン・ブルートバードの面々をぐるりと見渡しているかのように思えた。
 そこに敵意は感じられない。言葉に偽りはないようだ。
「充分ご理解しておられると思いますが、シノ皇、アルス皇子。貴方がたは今や世界の大事
なのです。今回のサミットが“結社”にとって面白くない──報復攻撃の可能性が高いもの
となることが明らかな以上、統務院としては用心に用心を重ねても足りないのですよ」
「……」
「それは、分かっていますが……」
「奴らはジーク皇子を討ったと吹聴しています。その真偽は定かではありませんが、本当に
貴方がた冒険者クランは、このお方達を護れると保証できますか?」
 シノやアルスは勿論、リンファらを始めとした面々の表情が強張っていた。
 説教ではない、そう直感は言っていた。だが痛い所を突かれたことには変わらず、ダンや
ユイなどは再びこの「盾」を名乗る長官を睨んでいる。
「……。尤も、仮に件の吹聴が事実だとすれば統務院も黙ってはいないでしょう。我ら直属
軍のもう一方、“正義の剣(カリバー)”による鉄槌があるものと思います」
 それは確かな情報だったのか、それとも彼個人の気遣い・励ましだったのか。
 だがその判断は結局付かずじまいだった。
 彼はまた暫し黙り、じっとこの皇国と蒼鳥の集まりらをひとしきり眺めると、
「……では私達はこれで。不躾に失礼致しました」
 エレンツァ以下部下達を促し、そのまま丁寧にシノへ腰を折ってから退室していく。

 ──どうやらあの母子(おやこ)は、良き仲間達に恵まれたらしい。
 それが実際、レノヴィン母子と会ってみてダグラスが抱いた印象だった。
 まぁ多少血の気の多い者もいたようだが……そこは冒険者。何より今や世界にとっても大
事である彼女達を守護する一味として、それくらいの負けん気があった方が個人的には頼も
しいと思う。
 トナン政府代表団の滞在部屋を後にし、ダグラスは部下達と階下に降りていった。
 一階ロビー。そこは既に、先の部屋主に合わせたトナン風ではない普通の──と呼ぶのは
些か差別的かもしれないが──様式で統一されている。
 当たり前だが、滞在客は他にも多くいる。
 何せここは顕界(ミドガルド)最大の都市であり、今はサミットを目前に控えている。
 象牙色の絨毯が広がるロビーには見渡すだけでもぽつぽつと、多彩な種族の人々が話をし
たり、思い思いに時間を過ごしたりしている。
(む……)
 そんな中でダグラスは見つけてしまった。
 思わず眉間に皺が寄る。いけないと分かっていても、それだけ苦手としている証だった。
 ロビーの一角、柱傍のコの字型のソファに彼らは座っていた。
 一人は自分達と同じ、統務院直属軍の軍服をきっちりと着こなしている剣士風の男。
 一人はバキバキの腹筋半裸、上には軍服のコートだけを羽織った荒々しい感じの大男。
 一人は同じく軍服、されど小柄な身体とショートヘアでどうにも着られている感の女性。
「お? 何だ、思ったより早かったじゃんか」
 最初にこちらに気付いたのは、その内の半裸男だった。
 次いで残りの二人もこちらを向く。女性は「おーい」とこちらに軽く手を振っている。
 ダグラスはやはり眉間に皺を寄せ、少々困ったようにエレンツァ──副官を見る。
 だが彼女も優しく肩を竦めてみせるだけだった。
 ……仕方ない。無視するのも拙かろう。彼は一度呼吸を整え直し、とすとすと絨毯の上を
進んで彼らへと近付いていった。
「……何故君達がここにいる? サーディス三兄妹」
「いきなりだな。多分、あんた達と同じだと思うぜ?」
「噂のレノヴィンご一行が揃ったと聞いてね。それで足を運んでみたんだが、そうしたらど
うだい。正義の盾(イージス)長官殿がやって来たじゃないか。なんで、俺達はそっちに譲
ったって訳さ」
 ダグラスが一瞬片眉を上げ、彼らを見下ろしていた。
 サーディス三兄妹。
 彼らこそ、統務院直属軍のもう片方──“正義の剣(カリバー)”の長官達なのである。
「……ああ、その判断は正しいな。いきなり“魔人(メア)が三人も来たら”彼らも驚くだ
ろう。戦ってきた相手が相手だけにな」
 ピンッと、その場の空気が張り詰めた気がした。
 通りすがりの客がビクッと、怯えたように傍を駆けていった。この雰囲気を嗅ぎ取ったの
か、それとも単に軍服集団に恐れをなしたのか。
 半裸男と女性が揃って、ダグラスを睨み返していた。
 だがそんな二人を、残る剣士風の男がサッと片手で制してみせる。
「で? どうだったんだい? 彼らは、俺達が剣を振るうに相応しい者達だったかい?」
「……少なくとも、外野があれこれと邪推しているような者達ではないさ。いいチームでは
ないかと思う」
「へぇ。あんたがそんなに簡単に認めるなんざ珍しい」
「……それと。君達は彼らの守護を任されている訳ではない。我々は盾で、君達は剣。くれ
ぐれも職権を乱用することのないように」
 そこで初めて剣士風の男が笑った。
 にんまりと。そう口元に弧を描いてダグラスを見上げている。
「相変わらず真面目だね……。そんなにお守りが大変ならこっちにも回せばいいのに」
「生憎、私の部下達は優秀でね。本来懲罰部隊である君達を煩わせるほど、敵に後れを取る
つもりはないさ」
 二人は暫く、そう言い放った後見つめ合っていた。
 サーディス兄妹は三人とも魔人(メア)であり、特にこの長兄ヒュウガは元・七星という
実力者でもある。副官である次兄グレン、末女ライナもかなり腕が立つ。
 そんな彼が統務院からの秋波に応えたのには、幾つか理由があったからだと聞く。
 一つは、魔を狩る組織のトップに魔がいてはおかしいという理屈ゆえ。
 一つは魔人(メア)という、人々から畏怖され迫害される存在が公権力で力を示し必要と
されることで、その社会的地位を向上させる為──らしい。
 その志自体は構わない。皆が皆「悪」ではない。
 だが自分は……正直言って恐ろしい。
 彼らのその志が、目的が、もしかしたら不必要な戦火を生んではいないか? と。
「……」
 勿論そんなことは口に出せなかったし、出すべきではないと、ダグラスは強く自らを戒め
て続けてきた。
 しかしそれでも苦手意識は残る。それが自分の中の差別感情だとしたら、尚更だ。
 なのにヒュウガは余裕をみせて笑っている。そんな表情を常に作っている。
 根っこはそれで、周りを覆うのはきっとそうした彼の人となりなのだろう。
 自身長く、公に“真面目”に仕えてきたからこそ、こういう腹に色々と秘めている──何
よりそれを堅く隠そうとしないタイプに、自分は苦手を覚えてしまうのだろうなとダグラス
は考える。
「ああ、そういえば外に蝿(マスコミ)が集っていたから掃っておいたよ」
「なっ!?」
「そんなに驚くことないんじゃない? 話題の王族だもん。そりゃあ連中には格好の餌よ」
「……そうじゃない。あまり乱暴はしてくれるな。権限を弁えてくれ」
「分かっているよ。俺達だって公僕だ。彼らは“敵”ではない」
 思わずくしゃっと頭を抱えたダグラスに、サーディスの三兄妹が余裕を振り撒いている。
 やはり苦手だ……。ダグラスは渋面のままながら姿勢を正すと、一つ咳払いをして部下達
を軽く見遣る。
「すまない、そろそろ行こう」
『はっ』
「君達も、あまり油を売っているんじゃないぞ?」
 ダグラス達は、きびきびとその場から離れていった。
 その間も、背中には「じゃ~ね~」と手を振るライナの声が届く。
 嘆息が漏れた。
 冒険者というのは、本当に色んな者がいる。

「──む~、何さ。アルスやジークを守ってきたのは他でもない私達じゃん」
 少し巻き戻り、来客の帰ったスイートルームで、そうエトナがむくれていた。
「落ち着いてエトナちゃん。長官さんも気を遣ってくれたのよ。……今までが今までだし」
「まぁ、そうッスね。でも考えてみれば自然じゃないか? お偉いさん達にとっちゃ、いつ
までも傭兵連中に大事な証人の警護をさせてると格好がつかないんだろう」
「……見栄、か」
 それでもひとしきり波が引いた後の面々、団員達は冷静だった。
 フッと暗くなるシノへダンがフォローに入り、シフォンも何かを思い出すように目を細め
て呟いている。
「……思い出した。あの女性(ひと)“紫の魔女”だ。前に論文を読んだことがある」
「え、そうなの? ってアルス、今そこなの?」
 がやがや。面々がそれぞれに話していた。先刻をこの後を思案していた。
 そうして感情は巻き戻る、繰り返される。再び皆に去来したのはジーク達の消息だった。
 不安の表情(かお)があちこちで復旧する。政局に呑まれていく仲間、或いは仕えるべき
相手を憂う。
「……。はいはい、皆、落ち着いて。あの子達なら大丈夫。きっとまた元気な顔して戻って
くるわよ。少なくとも証拠は現状“結社”の宣言しかないわ。推測だけでヴァルドーに突っ
かかるのも無茶よね? 何より……私達が信じなきゃ、誰があの子達を信じてやれるの?」
 ぱんぱんと手を叩き、シノは最後にそう締め括ってみせた。
 アルスとエトナ、リンファやイヨの侍従衆、団員達と官吏達もハッとして身を硬くする。
 同時に思った。
 一番辛いのは彼女の筈なのに。母親なのに。それでも……彼女は気丈に振舞っている。
「さぁ、疲れたでしょう? 今日はゆっくり休んで? 明日から、予定がいっぱいよ?」
 そう言ってウインク。優しい笑顔。
 そんな女皇の励ましに、一同は最早、苦笑を押し殺してでも首肯するしかなかった。


 昔の記憶は無い。厳密に言うと、親や家族との思い出といったものが自分の中ですっぽり
と消えてしまっている。
 原因は、きっと戦火だ。
 あの暴力の赤が、僕の中から失った者達のことを抹消したのではないかと考えている。
 遡れる限りの過去を手繰り寄せてみれば……傷跡だった。
 かつてあった集落は真っ黒に焼け落ち、動かなくなった人型の肉塊があちこちで転がって
いる。手足も見えた。酷く煤けて、地面から生えているかのようだった。
 ──僕らが何をしたのだろう? 同じ子供達が泣きじゃくる中で、僕はそんなことを思っ
ていたように思う。
 戦争。国と国が武力で以って相手を屈服させる行為。
 人の営みは破壊される。月並な表現だが、今に至るにつれ、それ以上にもそれ以下にも、
この事実を誇張したり軽んじたりするべきではないと僕は思うようになった。
 さてどう生きる? 親は死んだ。同胞は死んだ。縁(よすが)は何処にある?
 そうして途方に暮れていた僕達を拾ってくれた人物、それがファルケン王だった。
 周辺、ないし自国内で起きた戦いに責任を感じていたのだろうか。いや、多分それでも尚
冷静にその先を観ていたか。とにかく彼は、各地を回って孤児となった子供達を引き取り、
次代を担う人材として育てようと考えていたらしい。
 実際、衣食住・教育などが存分に与えられた。
 ただそこに在ったのは、生存の可能性に縋り付く者と、それを利用し“精鋭”を作らんと
する思惑であった。
 始めは等しく穏やかに。
 だが望んだ者は、この国に仕えると答えた者は、レールの上に乗せられていった。
 僕はその一人として、そこで多くのことを学んだ。
 政治、経済、哲学、歴史──何よりも軍事、他人を斃す術を学んだ。
 気付けば脱落していく者も現れてきた。だが王はそれを殊更に詰りはしない。ただ届かな
かっただけだ、そう言って彼らのその後を斡旋してやると、再び僕らの前に立つ。
 そうして僕は、ヴァルドー空軍に所属することなった。
 操縦が一番の取り柄だった。気付けば戦闘艇のエースパイロット“空帝”などと呼ばれ、
持てはやされていた。
 ……だが、そんな名前などどうでもいい。
 どれだけ大仰に呼ばれても、あの頃の僕はただの十八歳だった。それでも身体に似つかわ
ぬ勲章ばかりが増えた、階級ばかりが上がっていった。
 心を殺す。ただ引き金をひき、機体を己の身体のように。
 だけど……本当は分かっていたんだ。僕らがやっていることは、あの日の繰り返しだって
ことを。どれだけ壊しても壊して、殺しても殺しても、何も終わらない。
『──だから~、違うってば』
 そんな中で、僕は彼女に出会ったのだ。
 当時はまだ機巧師協会(マスターズ)の理事の一人で、国軍のメンテに自ら加わらせて貰
えるほどで。それでいて……その力に驕らない。
 若さもあったろう。だが何より彼女の魂がそうだったんだと思う。
 何て、眩しいんだろう。
 何で、こんなに楽しそうなんだろう?
 とても同年代には思えない。それが、僕の方が死んだような目をしているからだと気付け
たのは、もう少し後になってからのことだけど。
『……違う?』
『そうだよ。さっきから君の言ってることは、全部“お国の為”じゃん』
 あの頃も今も、彼女は笑う。問いかけてくる。
『──君は、君っていう人間は、何をしたいの?』

「も、元大尉!?」
「どっ、どうかなさいましたか?」
 エリウッドが部屋の前に来ると、見張りをしていた兵士三人がびしっと敬礼をして迎えて
くれた。彼はそっと線目の下でこの“後輩”達を見る。歳月を経ても、誤解・誇大というも
のは中々消えてくれないらしい。
「……何、ジークく──皇子の様子を見に来ただけだよ。下で飲み物も買ってきた。通して
くれるかい?」
「は、はい」「どうぞ……」
 やはりどうにも、向けられる彼らの目が輝いているように思う。
 あの時加勢するのは拙かっただろうか……。だがすぐに仕方ないと思い直し、エリウッド
は軽く手を振って礼としながら、彼らが退いてくれた部屋の扉に手を掛ける。
「……?」
 その、すぐ後のことだった。
 扉を開けて半身を入れた時点で足が止まる。眉間に皺を寄せて室内を見渡している。
「おい。彼がいないぞ」
『えっ?』
 兵士達は、そう肩越しに振り向いたエリウッドの言葉でにわかに驚き、青ざめていた。
 皇子が……いない?
 そんな筈は。
 彼はまだ怪我をしていて、入り口はずっと自分達が交代で見張っていて……。
「散歩に出た訳ではないんだな?」
 開けた扉、エリウッドの後ろから、三人は視界に広がる室内を確認していた。
 確かに、ジークの姿は忽然と消えていた。ベッドの上も空っぽだ。念の為といった感じで
尋ねてきたエリウッドに、兵士らは三人とも、コクコクと動揺のままに首肯する。
「拙いぞ……まだ彼は怪我人なのに……。君達、急いで捜すんだ! 僕はリュカさん達に伝
えてくる!」
「は、はいっ」「了解しました!」
 くわっと、緊迫した表情のエリウッド。その呼び掛けに、三人は弾かれるようにして飛び
出していった。にわかにしんとする部屋の周辺。すると彼は、まるでこの瞬間を待っていた
かのようにフッと落ち着きを取り戻すと、その足で今度こそ部屋の中に入る。
「……芝居上手いんだな、エリウッドさん」
「そうでもないよ。僕はただ、彼らの憧憬を利用したに過ぎない」
 ジークはいた。具体的に言うと、開けた扉の裏、その壁際に隠れるようにして。
 そんな彼の褒め言葉にエリウッドはあくまで自嘲的である。
 そうっすか……。
 ジークはさりとてそれ以上フォローするつもりはないらしく、随分包帯の減った身体、懐
に差した金菫をザラッと抜くと、躊躇なく発動。自身に突き刺してもう何度目かも分からな
くなった治癒行為をする。
「……乱発して大丈夫かい? いくら動けるようにコンディションを持っていく為でも」
「そこは、まぁ。リュカ姉やサフレにも口酸っぱく言われてるんで。加減やら頻度は守って
やってきてますよ。それに一発の消耗は太刀の方に比べればまだ小さいですしね」
 発動を止め、金の光を収束させながら鞘に収めて深呼吸を一つ。
 壁にもたれかかっていたジークは立ち上がり、肩に引っ掛けていたいつものコートを上か
ら羽織った。次いで立て掛けていた残りの六華もいつもの位置に差し、準備を整える。
「始めるかい?」
「ええ、リュカ姉達を呼んで来てください。……もう、あまり長居はできませんし」

 合流したジーク達五人はにわかに慌てている基地内を潜り抜け、その外、敷地内のとある
倉庫の前へとやって来ていた。
 そこには既に、一台の貨物用鋼車。
 運転席には、一見いかつい男の運転手がハンドルに腕を乗せている。
「待ってたよ。こっちは準備完了」
 だが彼から発せられた声は、明らかに女性──レジーナのものだった。
 そして彼、いや彼女が見遣るその一団も、一見すればジーク達ではない、駐屯地関係者の
ように見える作業員や兵士の五人組であった。
「……無茶に付き合ってくれてすみません。すぐに出発しましょう」
 からくりはこうだ。
 先ず、エリウッドが自身のかつての威光を利用し、ジークを見張る兵士らを遠ざける。
 その一方で、リュカは並行し、レジーナを含む仲間達に幻視の魔霧(イリュージョン)の
魔導を掛けておく。
 後は基地内の混乱を逆手に取り、皆で脱出する……という寸法だ。
 各々に魔導で化けた六人は早速この鋼車に乗り込んだ。
 ちなみに付け加えておくと、拝借ではない。一応エリウッドとレジーナが、袖の下で以っ
て買い付けておいたものだ。
「……あのぅ。この山盛りの箱って」
「あ、うん。鋼材とか色々。言っておくけどちゃんと買ったものだからね? オズ君の件も
あるし、手ぶらで帰る訳にはいかないもの」 
「まぁ調達自体は、フォーザリアを出る前も試みていたんだけどね。この鋼車も輸送に必要
だということで調達したんだ。先ずはこっちへの足代わりとなったんだけれど」
 車内に詰まれた頑丈な荷箱の山を見て、童顔兵士の姿なマルタが言った。
 エンジンを再稼動させながら、レジーナが笑う。エリウッドが補足をする。
 こんな状況になっても元々の目的、仕事を忘れない辺りは流石だ。作業員の姿なジークと
士官の姿なサフレは互いに顔を見合わせ、苦笑していた。
「ジーク」
「……ああ、行こう。一度、鋼都(ロレイラン)に戻る」
 女性将校な姿のリュカに促されて、ジークが言った。
 アイアイサー。レジーナが笑ってぐっとアクセルを踏み込む。
「しっかり掴まっててね? かっ飛ばすよー!」
 急発進する鋼車。
 混乱に紛れ、六人を乗せた車体はヤーウェイ駐屯地より飛び出していく。

「ば、馬鹿者ッ!」
 基地内の混乱が収まるのは、それからもう少し時間が経ってからのことになる。
 報告を受けた司令室の将校の一人が、そう焦ったように目の前の兵達に怒鳴っていた。
「ハルトマンは“元”大尉だ、今は軍属ではない! むしろ今は、レノヴィン達の味方では
ないか!」
 兵士達がはっとなって互いに顔を見合わせていた。
 “空帝”エリウッド・L(ローレンス)・ハルトマン。
 自分達はその歩く伝説に浮かれてしまっていたということか。
「と、とにかく捜せ、連れ戻すんだ! このままでは──」
「構わん。好きにさせておけ。陛下もこうした事態は既に想定されておる」
 しかしそんな現場の彼らを宥め、落ち着きを取り戻させたのは、他ならぬマルコ将軍──
ジーク達を追ってこの駐屯地の一時責任者となり、王都から派遣されたフォーザリア救助部
隊の指揮官を務めている人物だった。
「…………。りょ、了解しました……」
「うむ。だが後は尾けさせろ、こっそりとな。随時王都──陛下の御耳に入れるように」
 数度目を瞬き、この将校は拝承の意を。
 再びぱたぱたと動き回っていく部下達を眺めながら、マルコ将軍は「ふぅ……」と静かに
息をつくと、ゆっくりと座るその椅子の背に体重を預け直す。

「──ほう? あいつらが飛び出して行ったか」
「はい。どうやら鋼都(ロレイラン)に向かっているようです。ルフグラン女史が行動を共
にしているので、おそらく社に戻るのではと」
「……そうか。引き続き情報収集と報告を続けさせろ。精霊伝令でな」
「はっ」
 そうして時も場所も離れ、ジーク一行出奔の報は、ヴァルドー王・ファルケンの耳にも入
っていた。
 大都(バベルロート)の一角、会談の為にとある石畳の渡り廊下を歩いている王一行。
 そんな彼の下へ、官吏が一人そうひそっとやって来ると耳打ちをしてきたのだ。
 ファルケンの口元にはにやりと弧。それでも返すのは小声で、官吏はその指示を受けると
サッとまるで霧にむけるように一行の人ごみの中へと消えていく。
(ふふ、やっぱり動き出したか。そうこなくっちゃな……)
 カツンカツン。何人分もの靴音が石畳を叩く音が聞こえる。
 ファルケンは内心でほくそ笑んでいた。だが表情はあくまでも神妙だった。
 ちらと側方中空を見上げる。渡り廊下の屋根が多少邪魔をするが、その視界には高々とそ
びえる大都の城壁と、それらの間に詰め込まれた街の姿が遠巻きに見える。

 これで勝ったなんて言わせない。
 俺達は負けちゃいけないんだ……。
 
 空仰ぐ西方の破天王と、黙々と往くその取り巻き達。
 一見して彼らは真面目で厳粛だが、既にそこには多くの思惑が交錯している。
 
 ──“祭り”が、始まるのだ。

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  1. 2013/09/12(木) 18:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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