日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(書棚)感想:米澤穂信『インシテミル』

書名:インシテミル
著者:米澤穂信
出版:文春文庫(2010年)
分類:一般文藝/ミステリー

他人を殺せば、報酬二倍、犯人を突き止めれば、報酬三倍。
高額報酬の「実験」──それはまさに狂った享楽がゆえ。


およそ四半期ぶりの読書感想となります(小説自体は時たま読んでいたんですけども)
今回は米澤穂信氏の『インシテミル』。文庫化された同年には映画化もされています。氏の
ことは“古典部シリーズの人”と言えばピンと来る方も多いでしょうか。
(ちなみに此方も第一巻「氷菓」の題名でアニメ化されています。自分は此方の方から知っ
た手合いの一人ですね)

物語の概要は以下の通りです。
ごく平凡な大学生・結城は夏休みを利用して車を買う為のバイトを探している。
そんな中、求人広告に見つけた自給十一万二千円という破格の募集。
内容は人文科学系「実験」の被験者として丸七日間、その全てを監視されるというもの。
即ちそれは、ただ参加しているだけで112000×24×7=18816000──1800万円以上も貰えると
いうことを意味する。
最初はただ誤字だろうと思っていた結城。しかし偶然、求人誌を見に同じコンビニに居合わ
せた令嬢系?美女・須和名とのやり取りの後、彼は結局そんな怪しさ全開の募集に応募──
そしてまさかの選考に通過を果たしてしまう。
そうして集まったのは全部十二人。
その中には油断できない優男・安藤、その体格とバイタリティでやがて面々のリーダー役に
なっていく大迫とその恋人でやや依存気味な若菜、負けん気の強い少女・関水、日和見的で
小心者の釜瀬、そしてまさかの須和名など。
連れられた先は外界から隔離され、されど衣食住が整えられた地下シェルター。
そこで結城達は「実験」の常軌を逸した目的を聞かされることになる。
“他者を殺せば報酬は二倍”になり、その“犯人を突き止めれば報酬は三倍”になる。
逆に“突き止められれば半減”し、推理披露の“補佐(助手役)を務めれば”一.五倍。
まるで互いに殺し合うことを要求されているかのようなその真の目的。
更に面々に宛がわれた個室には、それぞれ「凶器」まで用意されてすらいる。
募っていく相互不信と不安。
されどこのまま殺めなどせずじっと七日間をやり過ごせば……。
しかしそんな面々を嘲笑うかのようにメンバーの一人が射殺体で発見されたことから、事態
は否応もなくデスゲームへと突き落とされていって──といった内容。

上記の通り、本作は所謂クローズドサークル(密室モノ)です。
文章もそう無駄はなく、非日常な物語として読むには確かに中々のものなのでしょう。
……ですが、僕自身がそう「ミステリー畑」ではないことが、今回の感想と評価に大きく影
を落とさざるを得なかったことを先ず述べておかなければなりません。
おそらく、作者と受け手(自分)が意図した──重んじた所が互いに噛み合わなかったとい
う点が尾を引いてしまったのでしょうね。推理小説なのだから当たり前だろと言われるかも
しれませんが、僕は「物語」を読みたかった。正直「トリック合戦」や「薀蓄」は二の次に
位置していたのです。
著者である米澤氏の言葉が、あとがきでもこう載せられています。

『ミステリの読者はこういうことを愉しむのか、喜ぶのか、という外部の視線を強調したり、
内輪の話に淫しても、外部には伝わらないという感覚を表現したかったんです』

嗚呼、そういう心算だったのか……。
あとがき(解説)を読んで僕はようやく理解しました。
平凡ないち学生であると示しておきながら、実際はかなりのキワモノであった主人公・結城
への(豹変していくその)違和感。終盤彼がとある人物と長々と交わすミステリー談義。
最初、僕は己の無知を馬鹿にされているのかな?と思いました。実際、作中の人物らの中に
は己が知恵を誇示せんとし──そして無惨にメッキが剥がれていく者も登場します。
そもそも読書家という程本を読んでいる訳でもないのに、更にそこから隅を突くようにミス
テリの“常識”を“美学”を「実験」主催者どもは分かっていないだのと作品内でその作品
自身を批判しているという奇妙な画。
それらは、僕には作者から叩きつけられた【壁】に思えてならなかったのです。
(……まぁ“虚構を現実に持ち込んで何が楽しい”という彼らの見解に関しては自分も頷く
所ではあったのですけれど)

こうなると、評価の天秤は宜しくない方へと傾いてしまいます。
中盤から終盤にかけて、殺されていったメンバー達の謎も明らかにされます。更に群集心理
を描いていった先で、主人公もまたその罠に嵌ったりもします。
ですが僕個人としては、既に事件が紐解かれる「快」よりも【壁】を感じてしまった「不快」
が勝っていました。影を落としてしまいました。
するとやはり細々とした荒が悪目立ちを始めます。
時折話主が混線する会話文、行詰めをしない長台詞(カッコ内文章)といった技巧上の問題
は勿論、デスゲームの割りには冷静な人間が多過ぎる気がするし、殺し合いを誘引する主催
者側の方策も妙に詰めが甘い。何より(直接手を下していないにせよ)一時を共にした犠牲
者達の死があっても、エピローグでは生存者が皆、しっかり貰うものは貰っていることへの
強い不快感です。……割と「常識人」な自分に軽くびっくりです。
(尤も作中で守秘義務が登場していましたし、どうせ口外しても信じて貰えない・そもそも
自分で自分の首を絞めるだけだから──とも解釈してしまえばいいのかもしれませんが)
中には罪悪感やトラウマを抱く生存者の描写もありました。ですが……何というか消化不良
な感がするのですよね。最後は急いて、蛇尾になったかなぁという印象というか。
決して救いのあるエンディングではありません。むしろ最大の悪であろう主催者のことは殆
ど何も分からずじまいで、もしかしなくてもまたあの作品世界の中では同じように手を変え
品を変え「殺し合いを傍観する催し」が開かれているのかの如き余韻で物語は終わります。

……まぁ、それ自体はいいのです。現実もまた決して“物語”に完全な終わりはなく、また
別の“物語”の端緒にもなり得るのですから。
だから、だからこそ、氏が表現したかったことが僕といういち受け手へと意図通りに響かな
かったことが残念でなりません。
“ミステリ愛好家はこんなことを考えてるんだよ、喜ぶんだよ”とか。
“でもそうじゃない人には伝わらないよね~(苦笑)”とか。
僕はそうした指摘を「笑え」なかった。その意図を愉しめなかった。
むしろ『嗚呼、やっぱり僕なんかではミステリには釣り合わないんだな……』と隔たりを感
じてしまい、顔を顰めてしまった。氏の所為では、無いんだけれど。
作中でそう直球に投げ掛けて来なければ、もっと印象は違っていたのかもしれません。
だけど……少なくとも、僕という相手にはこの意図された変化球はデッドボール気味の悪球
となってしまったようです。

この小説を読んだ上で二つ、学んだ(再認識した)ことがあります。
一つ目は、僕が論理的思考に向いていない──やはり情緒に押し負けているということ。
二つ目は、○○畑の垣根を越えていくというのは、想像以上に難しいんだなということ。


<長月的評価>
文章:★★★☆☆(読み易さは充分……だが、細々としたイレギュラーさが気になった)
技巧:★★☆☆☆(心理描出は好感だった。だけに、興醒めをねじ込まれたのは残念)
物語:★★★☆☆(辛うじて星三つという所。ネガティブ評の理由は上記の通り)

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  1. 2013/08/26(月) 17:00:00|
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Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

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