日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「温の向こう側」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:炬燵、時間、記憶】


 本当は、帰って来るつもりなんてなかった。
 そもそも最初に連絡があった時、きちんと確かめておけばよかったのだ。……それだけあ
の時、自分が“動揺”していたからなのだろうけど。
「美弥子~、醤油取って~」
「ははは。ほらほら、くいっとくいっと」
「……」
 幸久は暫くぶりに実家に帰って来ていた。
 季節は新春──世に言うお正月真っ只中である。
 彼の実家は都会からずっと離れた、とある田舎町の一角にあった。故に、こうした町村の
大よその傾向として、この実家もまた無駄に大きさを持つ一軒家である。
 客間では今、お節料理を広げて昼間の宴と洒落込んでいる。
 父や母、妹にその夫と娘という普段の家人を始め、先日からは父や母繋がりの親戚も顔を
出してその輪に加わっている。そんな中一人ちびちびと、幸久は炬燵の一角に座り、まるで
その存在を隠さんとするかのように飲んでいた。
(……誰が倒れたって? 親父もお袋もピンピンしてるじゃねぇか)

 実家の妹から、父が倒れたと電話を受けたのはもう少し前、師走の暮れであった。
『だからお兄ちゃん。一度家に戻って来て』
 歳末であろうが何であろうが、勤め人のブラックさは和らぐ気配すらない。むしろこんな
時期だからこそ無茶振りな案件がなだれ込んでくるのだとさえ思う。
 しかし……しかしだ。だからといって仕事を抜け出せる理由がそんな内容では、気を休め
る所ではない訳で。
 スマートフォンを耳に当てたまま、幸久は暫し立ち上がりかけたその格好のままで固まっ
ていた。必要最低限の照明だけが残された、ぽつねんとした残業プログラマー達のオフィス
に嫌な沈黙と一瞥が流れる。
「……急にそんなこと言われても。向かうには向かうが、間に合うかは怪しいぞ」
『怪しいぞ、じゃなくて間に合わせるの! いい? 絶対よ? もし死に目まで避けようも
のなら化けて出るんだから!』
「わ、分かったよ……」

 なのに、だ。
 いざ上に理由を話してタスクを振り分け直して貰い、急遽帰省のスケジュールを整えた自
分を待っていたのは、そんな病床状態とは無縁の元気そうな両親の姿で……。
 ──騙された。
 そう分かって眉を顰める一方、幸久は内心安堵した自分にいることにも気付いていた。
 だからこそ『だって……ああでも言わなきゃ今年も帰って来る気なかったんでしょ?』と
むくれっ面の妹(ちょうほんにん)を叱ることもできず、結局こうして悶々とするだけの格
好になっている。
 意外であり、申し訳なかったのだ。今更自分が、両親の無事に安堵できる神経を持ち合わ
せているということに。彼ら──少なくとも妹には、想像していたほど憎まれていなかった
のだろうかと思えたことに。
 ……自分は逃げたのだ、幸久は家族・故郷に対しての自身をそう評してきた。
 同じ世代、或いは後輩が皆そういった感性がどうかは分からないけれど。だけど少なくと
も自分には重苦しくてならなかった。
 田舎特有の──密着が過ぎる人間関係、伝播の早い情報網。
 集落ごとに回ってくる雑務や行事への狩り出し。個人を二の次にした責任の押し付け。
 何よりも「家を継ぐ」のが嫌だった。この家の建て主──祖父は嫡男ではなかったのに、
戦時中という環境が彼をそうさせざるをえなかった。上の兄達は皆、戦地で死んだという。
 別にそうした彼らの死と、そこから繋がる巡り会わせを怨んでいるからではない。
 ただ嫌だったのだ。此処にいる限り、ほぼ変わらないであろう人間関係──上っ面では互
いに笑顔を繕って、個々の家に戻れば陰口を叩くことに悦さえ覚えるような土地に、この先
もずっと自分が暮らすのだという選択が……怖くて仕方なかった。
 だから逃げた。必死にバイトをして、学校を出た後すぐにこの故郷を出た。
 もっと冷淡でいい。無関心でいい。
 ただ粘着質な人間達から逃げたかった。よく報道では隣人の顔すら知らない、などと否定
的に云うが、むしろそうした性質があるからこそ田舎から都会に人が出てくるのではないか
とすら自分は思っている。……勿論、普通は金銭的な理由が第一義なのだろうけど。
(……さっさと帰らねぇとな)
 襖で仕切られていた筈の二つの客間は、今開け放たれて一つにされていた。
 一方には自分達が座る大き目の炬燵があり、一方には人数を補うようにホットカーペット
が敷かれた上に木の長テーブルが置かれている。
 昆布巻きをそっと摘んで口に運びながら、幸久はそう思った自分を哂った。
 “帰らないと”か……。実家(いえ)はここだろうに。
「お義父さんこそ。ささ」
「おっ? 悪いねぇ」
 テーブル席の方、その中央縁側に父は座っていた。横には仲の良い親戚や、気付けば近所
の飲み仲間まで上がり込んでいる。
 そんな、病気で倒れた訳ではない彼に酌を返していたのは、妹の夫・篤也だった。
 年格好は自分と同じくらいか、少し上だろうか。自分とは違いがっしりとした如何にも頼
りがいのありそうな身体つきをしている。確かこっちで体育教師をやっているのだったか。
「……」
 自ずと幸久は、そんな彼ら──二人から視線を逸らしていた。まだ残る缶ビールだけを手
にして、そっと宴の本丸を離れる。
 妹が結婚したのは……今から七年前になる。
 何も知らないまま、いきなり新しい家族が増えると知らされたのだ。
 それは結局、今回こうして騙される格好でなければ十年近く実家に寄り付かなかった自分
の不精さの所為であるのだが、いざ向こうから式の招待状が届いた時には酷く動揺した。
 ……式には、出なかった。
 両親や妹本人から義弟になる彼のことを電話越しに聞かされこそしたが、やはりその時も
自分は都合が合わないと言って頑なに帰ることを拒んだのだ。
 故郷から逃げた負い目が故だった。
 いや、それ以上に彼が、実家の婿養子に──自分に代わって家を継いでくれることを了承し
ているという話を聞いたのが一番の打撃だったのである。
 今でもはっきりと覚えている。……いや、今この状況だからこそぶり返しているのか。
 どす黒く渦巻くかのような罪悪感だった。自分は、自分の“勝手”の尻拭いを見も知らぬ
他人にさせてしまったのだ。何よりまるで身代りのように、妹をこの土地に縛り付けたので
はないか……? そう疑って、責めて、ならなかった。
 馴れ初めは、多少惚気を含みながらも聞かされている。
 同じく教員となった妹が仕事に馴染めず挫折したのを親身になって支えたのが、他ならぬ
彼──当時先輩であった篤也であったのだという。
 邪推ではあるのだろう。だけども、妹がそんな挫折を味わったのも、もしかしたら自分だ
けが「一抜け」したことで余計な重荷を負わせてしまっていたのではないだろうか? そう
思ってしまったのだ。

 ……こんなに後悔するなら、もっと素直に故郷に根を下ろすべきだったのかもしれない。

 幸久は思ったが、これまで何度も何度も思ったが、多分それは出来なかったのだろうとも
今こうして振り返っているからこそ自覚している。
 あの頃は、逃げ出すことしか頭になかった。とにかくこの粘着質な絆(おり)から逃げ出
すことに意識の大半を費やしていたから。
 既に心は離れていたのだ。身体はこの田舎に在っても、既に思いは遠くへ遠くへ旅立って
いたのだ。
 実際、それ故の「溝」を自分はこうして帰省してみて厭というほど味わった。
 十年ぶりに戻ってきた幸久君──だが、そう歓迎と思い出話を携えて話し掛けてくる小父
さんや小母さんの誰とも、自分は共鳴できた気がしなかった。
 違い過ぎてしまった。時間も、知識も、何もかも。
 元より田舎と都会では流行も情報量も違うのだから当然……ではある。だけども彼らのあ
まりの「遅さ」と「不変」ぶりをみる度に、胸奥が責め苦を受けるように締め付けられる。
 
 嗚呼。やっぱり俺は逃げたんだ……自分が、大事で……。

「──ここにいたんですね。お義兄さん」
 だから、三賀日が終わったらすぐに戻ろうと考えていた。
 自分はやはり此処に来るべきではなかったのだと思った。
 なのに……追ってきた。縁側の隅で一人ぼうっと足を放り出して座っていた自分の所へ、
篤也がわざわざ足を運んできたのだ。
「……。おう」
 幸久は最初、そんな返事かどうかも怪しい言葉しか返せなかった。
 思えばこうして二人きりで話すなんて始めてではないのか? 自分でそうしたとはいえ、
式に出なかったことがこうも尾を引くとは。
「えっと、篤也……さんかな? 美弥子よりは歳上らしいが」
「呼び捨てで構わないですよ。多分、お義兄さんとは同い年くらいだと思いますけど、僕が
義弟(おとうと)であることには変わりないですから」
 くそ、無駄に爽やかな笑顔をしやがって……。
 幸久は結局、彼に近付かれるままにならざるを得なかった。そっと、だけど気持ち間を空
けて、隣に座られる。
『……』
 暫くの間、二人は黙り込んでいた。
 お互いに相手の顔を見つめる訳もいかない。まだ冷たさの残る昼下がりの微風と光が縁側
に入ってくるのが分かる。
「その、先日は美弥子が芝居を打ったようで……。すみませんでした」
 だがそれでも、わざわざ顔を顔を出した手前もあったのだろう。やがて先に口を開き、ち
らとこちらを見遣ったのは、篤也の方だった。
「……別にあんたが謝ることじゃねぇよ。そりゃあ、俺に嘘の忌引きをさせたのは事実だけ
どさ。あいつにも言っておいてくれ、同じ手はもう通じねぇぞって」
 一方で、幸久はやはり彼の顔を見ることもできなかった。
 縁側から覗く小さな芝と植木、庭の枯れ模様をじっと眺めたまま、そう一見して淡白な声
色で言う。
「……何で、ご自身で仰らないんですか」
 しかし、あまり間を置かずそう発せられた篤也の言葉に、幸久は一瞬固まっていた。
 一体何を意図してそんな言葉を返してきたのか?
 だがそう脳裏を掠めた疑問も束の間、すぐに悟る。同時に、彼は続けている。
「初対面なのに不躾ですが、お義兄さんは美弥子やお義父さん、お義母さんを避けておられ
るように感じます。……知っていますか? 本人は酔った勢いでもう覚えていないと思いま
すが、お義父さん達は貴方に嫌われてしまったのではないかとずっと気に病んでおられたの
ですよ?」
 ようやく、幸久の顔がこの義弟の方を見遣った。
 ガチガチ……まるで錆びた人形が首を動かすように、強張った表情(かお)と眼が、この
真剣な眼差しの義弟を捉えようとし、しかし揺らぐが故に捉え切れないでいる。
 ぱくぱくと、幸久は言葉が喉につっかえて出ない錯覚を味わっていた。
 俺に、嫌われている……?
 違うだろ。親父達が俺を嫌って──恨んでいるんじゃないのか? そうなって当然なこと
を態度を、俺はずっとやってきたんだぞ……。
「……。やっぱり、そうでしたか」
 なのに、そう戸惑っているのに、対する篤也は微笑を浮かべてさえいた。真剣にこちらを
見つめて暫く、彼はまるで言葉にできなかった自分の思いを汲み取ったかのように優しい眼
をしている。
「僕には……父がいません」
「へっ?」
「離婚したんです。僕らがまだ小さい頃に。だから僕はずっと、父親というのものがよく分
からないまま育ちました」
 今度は篤也が目を逸らす番だった。
 だがそれは決して気まずかったからではない。もっと別の、遠くに置いてきた何かをもう
一度見る為に、敢えてそうしたのだと幸久には思えた。
「だから僕にも分かる気がします。……家族だからこそ、本音を言えなくて自分から距離を
置いてしまうっていう気持ち。僕も結構長い間、自分の所為で両親が仲違いしてしまったん
じゃないかと疑っていた時期がありましたから」
「……」
 幸久も顔を逸らし、同じく小さな庭を眺めながら缶ビールに口を付けた。
 思ったよりも時間が経っていたらしい。大分アルコールが抜けてしまって味も半端になっ
てしまっていた。
「なら、尚の事お袋さんの傍にいてやった方がよかったんじゃねぇのか? うちの婿養子に
なる必要は、なかっただろ」
「それなら大丈夫です。うちには姉と兄がいます、僕は末っ子ですので。……僕が美弥子を
選んだことに、悔いはありません。多分、美弥子の方も」
「……。睦まじくてよろしいことで」
 ひっくと小さくげっぷが出て、幸久は淡々と皮肉っていた。話を逸らす心算だった。
 とはいえ、それは口先だけで内心は安堵したのかもしれない。十年近く顔を合わせていな
かった実兄よりも、もしかしたらずっと妹のことを理解しているのではないかと。彼ならば
任せておいても大丈夫ではなかろうかと。
 篤也は言葉なく苦笑していた。ぽりぽりと軽く頬を掻いて、それまで手にしていた新しい
缶ビールを一つ、こちらに寄越してくる。
 どうぞ。眼がそう言っていた。
 幸久は数拍押し黙ったが、結局先の口直しも兼ねて素直に受け取っておくことにする。
「他人の気持ちなんていうのは、ずっと複雑なんですよ。こっちの推測よりもずっとカバー
している範囲は大きくて、こっちが諦めているよりもずっとしぶとかったりします」
 穏やかな声だった。
 先程に比べて随分とぼやっとした言い方になったなと思った。だが直後に「子供達ですら
そうですからね」と軽く自嘲してみせた彼に、ああなるほどと幸久は思う。
 そういえば相手は教師だった。他人と関わることにおいて、彼は間違いなく自分よりも濃
いそれを経験してきている筈──。
「……だからお義兄さんも、もっと美弥子達と話してみませんか? 意外と自分の推測って
いうのは外れているものなんですよ。少なくとも、彼女達はそうです。貴方の両親も妹も、
誰も貴方を恨んでなんかいない。実際こうやって貴方は美弥子の芝居とはいえ、駆け付けて
くださった。本当に嫌っているというのなら、今回も無視していた筈だ」
「お前ッ……!」
 幸久は叫びかけていた。
 何がそんなに機嫌を悪くさせる? 本音を見破られていることか。それとも、何年か前に
は他人でしかなかった男にそんな説教を喰らうのことにか。
 強く、強く唇を噛んでいた。叫びかけた言葉を半ば無理やりに呑み込んでいた。
 やめろよ……ここでキレちゃあこいつの思う壺じゃねぇか。それに何故、俺はここまで胸
中を知られることを恐れている……?
「……っ」
 幸久は改めて、ゆっくりと篤也を見た。彼も同じくこちらを見ている。
 いや、違う。そうじゃない。
 こいつは心配してくれているんだ。いつの間にか溝を作ってしまった、自分たち婿入り先
の“家族”のことを。
 庭を見遣り、缶を少なからず強く握り締めて、幸久は残りを一気に呷った。
 嗚呼、何て恥晒しだ。大の大人になってまで「先生」に諭されることになるとは……。
 要するに『対話を恐れるな』ということ。
 頭ではあった、知識にはあった筈なのに、何てことはない。他ならぬ自分自身がその態の
いい反面教師に為ってるじゃないか……。
「……あんたもお人好しだねぇ。たまにしか顔を出さないんだし、放っときゃいいのに」
「それでも家族ですから。それに、身近な人すら無視するような人間が子供達を──もっと
広い先の誰かを教育しようだなんて、おこがましいとは思いませんか?」
「……殊勝な心掛けだな。美弥子もそうやって口説いたってか?」
 それでも、やはり中々というべきか、幸久はそうやって嫌味をついてばかりいる。
 はたして篤也も間違いなく苦笑していた。
 そうだ、そうやって気を悪くしてくれればいい。構うことなんてねぇんだ……。
 半分それは懇願で、半分それは心配だった。
 なるほど。どうやら美弥子の言っていた馴れ初めは本当らしい。当時もこのような心持ち
であったのなら、彼が妹に手を差し伸べたのも合点がいく。
「俺からすりゃあ、お前こそ気張り過ぎだよ」
 だから……だからこそだった。
 優等生なのはいい。そこを全否定はしない。しないが……そうやって誰にも彼にもいい顔
をした所で、先ず潰れていくのは他ならぬ自分自身だ。
「話す相手もしっかり選べ。話の通じない奴は通じないし、悪意を持って臨んでる連中なん
ぞごまんといる。意外と自分の推測ってのは外れてるんだろ? ……そういう連中にお前が
潰されちまったら、美弥子と娘っこはどうなるよ」
 今度は篤也が目を丸くしてこちらを見ていた。自身の持ち出した言葉で返し刃を受けたと
いうこともあるが、それ以上に驚かされたものがあったらしい。
『……』
 幸久本人も、それには程なくして気付いていた。
 この義弟が微笑(わら)っている。
 ──そうだな。今俺は「本音」でお前と語ったのか……。
 暫く、二人はぽつんと縁側の隅で佇み続けた。
 まだ冷たい微風と光が差してきている。心なしか先刻より明るいような気がした。ちらと
空を仰げば、太陽を遮っていた雲間が少しずつ晴れてきている。
 二本目の空の缶ビールが、日に当てられて徐々に温くなっていくのが分かった。
 だがそれほど幸久は嫌には思わなかった。
 もう飲み干してしまった後だから、というのもある。
 しかしそれ以上に、今自分は、少し前の自分よりも許せるようになった気がしたから。
 温かさ──ややもすれば、粘性を帯びただけの繋がりに。
「おいちゃ~ん」
 そうしている最中だった。ふと舌足らずな声が自分を呼んでいた。
 振り返ってみれば、とてとてと幼い女の子や男の子が自分達の所へやって来ていた。
 親戚の子達だ。さては酒が進み過ぎて等閑にしやがったな……。
「何だい? 皆してぞろぞろ」
「おとしだまー」
「おいちゃん、ミヤおばちゃんのおにーさんでしょー?」「おとしだま、ちょーだい」
 嗚呼、そういうこと……。
 幸久はちらと篤也を見遣ってから苦笑し、どうしたものかと思案した。
 そもそも自分は父が倒れたと(嘘だったのだが)聞かされて帰って来たのだ。荷物もいざ
という時に備えた喪服と私服、貴重品などが少々。間違っても誰かに配るほどの持ち金を忍
ばせてくる筈もなく……。
「ほ、ほのか。駄目だろう? いきなり言っても。はしたないぞ?」
「じゃあおいちゃんがちょーだい」「おとしだまー」
「えっ。いや、だからね……?」
 そしてどうやら、この子達の中には妹と篤也の娘──つまり自分の姪っ子も含まれていた
らしい。
 囲まれてねだられる幸久に助け舟を出すように、篤也が苦笑しながら自分の娘を抱き上げ
ると、そう他の子共々に言い聞かせようとする。
 だがそれでも無邪気は強いというか、そうなると今度はおねだりの矛先は彼に向く。
 彼もまた幸久と同様、困った様子だった。
 まさか自分のように全く用意していない訳ではなかろうが……流石に十人近くから一斉に
集られれば財布は簡単に空っぽになってしまうか。
「あ~、えっとな? 皆はいつ頃家に帰る? それともまた来るのか?」
「うーんとね、いつかー」
「夜には帰るよー」「とーかにまた来るってママがいってたー」「ぼくはじゅーにー」
 だから、ここぞと思い、幸久は言った。正直初対面ばかりだし、子供の扱いには慣れてい
ないが、できる限り優しいおじさんを演じてみる。
「そっか。じゃあその時に渡してやるよ。それまでに用意しとくから。いいな?」
『はーいっ!』
 なので、滞在予定は随分と延びてしまうことになる。
 だが……それでもいいやと、彼は思った。
                                      (了)

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  1. 2013/08/05(月) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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