日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「鉄槌団」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:携帯、正義、燃える】


 やたらとだだっ広い会議室に、これまたぎゅうぎゅうに人が詰め込まれている。
 ずらりと並べられた業務用テーブルとパイプ椅子。塚本はそんな用意された席の、部屋全
体から大分後ろの一角に腰を下ろしていた。
 場所は本庁内にある大会議室。塚本はそこそこのキャリアを持つ中堅の刑事だ。
 といっても、彼は決してエリート街道を行っている訳ではなく、ましてや警察組織の幹部
でもない。普段は都内の所轄で働く、いち刑事に過ぎない。
 では何故、そんな彼が本庁という組織の本丸にいるのか?
 理由はごく単純なものだ。今回、本庁から各所轄署に対し、人員を寄越せとの指示があっ
たためである。
「──という訳で、今回総力を挙げて鳥羽氏の警護を行うこととなった」
 壇上に立ち、その横の席にずらりと踏ん反り返って座っている幹部達。内一人が語る中、
残る彼らはじっと不機嫌とも真剣とも取れる面持ちで以って腕組みをしていた。
 目の前には壁一面に下ろされたプロジェクター画面。そこには今回自分達が警備するビル
とその周辺の地図が、配置を示す赤点と併せて事細かに記されている。
(ったく、面倒な真似しやがって……)
 館内は禁煙であるため、ポーズだけで煙草を吸うイメージをしながら、塚本は内心悪態を
ついていた。
 そもそもに鳥羽議員は今や前総理──それも落ち目一辺倒となった、いわばそう遠くない
将来“過去の人”とされてしまうであろう人物である。正直言って、そんな終わった大物と
やらを守る為に身を張るというのは、その渦中へ遣られたのが、塚本にとっては面白くなか
ったのである。
 ぱらりと、手元にある冊子な資料を捲る。
 他にも周りには同じような動作をしている、顔もよく知らない──あちこちから引っ張ら
れてきた面子だから当然ではあるが──刑事達もいたし、熱心にメモを取っている若手の類
もちらほら見えた。だが当の塚本は、気持ちダウナーなまま、資料と幹部らの表情(かお)
間に視線を行ったり来たりさせているだけで一見すると勤勉だとは言えない。

 ──“鉄槌団(ハンマー・パーティー)”。

 資料の随所に書かれているそれが、今回鳥羽前首相を狙っているというグループの名だ。
 彼らをざっくりとで形容するなら“ネットの私刑集団”とでも言おうか。
 雑務でパソコンをいじることがある程度の塚本には、彼らがいつ頃誕生したのかは分から
ない。資料によれば少なくとも五年前とあるが、刑事の勘がいやもっと──「根っこ」は以
前よりあった筈だと囁いている。
 主にネット上で暗躍するこの集団は、メンバー同士で日々審議──採決している。自分達
がこの世の中にとって不必要、害悪であると判断した人物達に「鉄槌」を下して回っている
のだそうだ。
 その方法は「悪者」である証拠をネット上や関係各所へばら撒く社会的抹殺から、文字通
り対象を暗殺するという物理的抹殺──完全に有罪(クロ)な行いまで。
 最初、当局は他にもある雑多なアンダーグランドのネットサービスの一つとしか見ていな
かったが、彼らによると思われる犯行が十件・五十件・百件と加速度的に数を増していくに
つれようやく慌て出した。
 主にその原因となったのは、先々月に起きた元経産相刺殺事件であろう。
 ……結局お上はお上であって、下々ではない。金と権力を脅かす輩を、彼らは許さない。
 そこに加えて、今回通報された鳥羽氏暗殺の予告である。
 “鉄槌団”は原則、そのコミュニティ内で決議された内容は全てネット上に公開すること
を是としている。……だからこそ、こちらも動くことができる訳だが。
 おそらく彼らにとって、それらは「犯行予告」ではなく「判決文」なのだろう。
「……」
 義賊──そんな語彙が塚本の脳裏を過ぎった。
 馬鹿馬鹿しい。権力(ちから)のない人間がどれだけ集まりどれだけ騒いだって、そこに
正当性などありはしないのに。そうして好き勝手に正義を掲げることこそが争いの元、連鎖
の始まりであるからして、権力というお墨付きが付くようになったのではないのか。
「それでは総員、配置に就くように。怪しい者がいれば遠慮せず職務質問をしろ。たとえ連
中のメンバーではなくとも、我々が警備を固めていることが伝播すれば少なからず抑止力に
繋がる。以上だ!」
 巻き添えを喰う方は傍迷惑以外の何物でもないがな……。
 会議が終わり、幹部の活で以って一斉にパイプ椅子から立ち上がる面々に雑ざりながら。
 塚本は内心そう、組織の焦り具合を哂う。

「お? 何処行くんだ、塚本?」
「……ん。まぁちょっと、な」
「煙草ですか? これだけ締め付けが強いんだし止めた方が得ですよ」
 会議室を出て廊下へ。途中塚本は、同じ署から遣られた面子で同期の嶋と一期下の柳田に
出くわした。
 二人がぶらりとしていたのは自販機の前。缶コーヒーを片手にしていた嶋はこちらを小さ
な怪訝で見遣り、柳田もそんなことを言って柔らかな苦笑をみせながら先の会議でのメモら
しき帳面を時折捲っている。
 一瞬、塚本は彼らを見て歩を落とした。
 だがこの後輩の一言を受け苦笑いを返すと、彼は会議中もそうだったように指先で喫煙の
ポーズを取ってみせ、そのまま再び廊下の向こう側へと歩いていく。
 喫煙室には向かわなかった。その足は暫く止まることなく、やがて塚本は本庁のビルを出
てオフィス街の雑踏へと消えていく。
(……?)
 向かった先は、大通りから随分と外れた小さな喫茶店。
 塚本はそこへ入ろうとしたのが、はたとその店内における変化に気付く。
 いなかった。本来そこに来ているべき顔見知りが、別の青年になっていた。
「あ、あの……。塚本さん、ですよね? 驚かせてすみません。僕は若林といいます。少し
前から財津さんの助手をやらせて貰っている者です。今日は彼の代理で来ました」
 線目の、一見人の良さそうな若者だった。
 約束の時間、指定したテーブルに彼が座り、こちらに気付くと少し腰を浮かせてそうお辞
儀をしながら自己紹介をする。
 ああ、そういうことか。
 塚本は片眉こそ上げども、改めて彼のいる席へと近づいていった。
 同時にへこへことして渡される名刺。確かにそこには、見覚えのある紙質に「若林一成」
の名と「財津探偵事務所」の銘が印刷されていた。
「……あいつが助手をねえ。初耳だが」
「はい。所長も本当は早い内に知らせたかったみたいですが、そちらからの調べ物で手一杯
な状態でして。だから人を募ったのかもしれません」
 塚本が、腰を浮かせていた若林が、互いにテーブルを挟んで座り、向かい合う。
 調べ物──その一言に塚本は静かに眉を寄せていた。
 あいつが選んだ人間なのだから信じてやりたいが、果たして何処まで……。
「鉄槌団(ハンマー・パーティー)の活動内容について、でしたよね?」
 だが初対面の警戒心は、そこで一旦ぷつりと切れることになった。
 俺の依頼内容を知っている。本当に助手で、代理らしい。
「……ああ。お前代理っつったが、財津はどうしてるんだ? 事務所か?」
「いえ。今朝も何処かへ出掛けられました。どうやら連中をもっと詳しく調べようとあちこ
ちを回っているみたいで……。それで、これまで調べた分の結果を僕に」
「……」
 あの野郎、無茶しやがって……。
 だが同時にあいつらしいな、とも塚本は思った。
 そういう“正義感”に身を焦がしつつも踏み止まるだけの精神を持っているからこそ、自
分達はこれまでずっと共闘関係を築いてこれたとも言えるのだから。
「……そうか。じゃあ、聞かせてくれるか」
「はい」
 促されて、若本は傍に寄せていたビジネス鞄からノートパソコンと付箋がびっしり貼り付
けてある手帳を取り出した。
 テーブルの上にノートパソコンを乗せて電源を入れる。
 立ち上がりまでの数分。その間にウェイトレスが、二人分のアイスコーヒーの注文を受け
て立ち去っていく。
 その後は彼はこなれたようにキーボードを滑らせ、手帳にメモされているらしいURLを
入力していった。
「これです」
 若林はノートパソコンを九十度ずらして、塚本にも画面が見えるようにしてくれた。
 そこに映し出されたのは、殺風景な緑と黒を背景にぽつんと浮かんでいる鉄槌のマーク。
 The Hammer Party──そうロゴが打たれた上に描かれたそれは、件の私刑
集団・鉄槌団の印だった。鉄鎚の絵。その頭部には不気味な一つ目も描かれており、同団の
ページにやって来た二人をぎょろりと見定めているかのようだ。
「随分とこざっぱりしてるんだな」
「まぁログイン画面ですからね。ここにIDとパスワード、それと画面認証を入力して本丸
を見ることができるんです」
「……要するに会員制なのか。若林、といったな。君は入れるのか?」
「まさか。塚本さんが刑事さんだってことは所長から聞いてます。これから先取り締まろう
って予定の連中の一員にこっちがなるなんて世話ないでしょう?」
 やんわり否定しながら若林は苦笑した。
 なるほど。一見貧弱そうだが、頭は相応に回るらしい。財津が引き入れ許した助手という
だけはあるか。塚本はちらを彼を一瞥し、再びこの不気味な画面を目に焼き付ける。
「じゃあどうやって連中の中身を調べたんだ? まさか財津が」
「どうでしょう。でも彼らの活動内容──ルールみたいなものの写しは既にネット上に流出
しています」
 言って、若林はまたぱらぱらと手帳を捲ると読み上げ始めた。
 それは“鉄槌団”が自らに課した掟。何より彼らの異常性を垣間見れる材料でもあった。

 一つ、我らは裁かれぬ悪をその手で裁く為に集った者である。
    我らは同じ志を抱く者を会員とし、それ以外の者による模倣を推奨しない。
 一つ、会員は皆、裁かれるべき悪人を告発することができる。
    但しその謂われを示す証拠は基本、告発者が提出するものとする。
    参加した会員はこれらを各自吟味し投票する。尚、参加後の撤退は許されない。
 一つ、採決は二通りある。一つは「排除決議」、もう一つは「抹消決議」である。
    前者は全会員の二十五パーセント以上の参加と過半数以上の賛成を、後者は全会員
    の五十パーセント以上の参加と三分の二以上の賛成を用件とする。
 一つ、排除決議が成された場合、対象には様々な社会的制裁が下される。
    抹消決議が成された場合、対象にはその死を以っての制裁が下される。
    告発者はどちらを希望することも、どちらかのみを希望することもできる。
 一つ、我らの採決を無視した制裁を行った場合、その会員には上記と同様の手続きを経た
    上で制裁が下されるものとする。

「……内ゲバまでついてんのかよ」
「?」
 そのメモされた内容に、塚本は思わずそうごちていた。
 だがそもそも世代が違うからか、読み上げてくれた若林の方はというと頭に疑問符を浮か
べている。塚本は「何でもない」というように小さく首を横に振ると、改めてため息をつき
ながら続けていた。
「こりゃあ思ったより重症だな。こんな連中が堂々と存在してるなんて世の中も随分と腐っ
たもんだ」
「でも、実際彼らを支持する声も少なくないんですよね。僕も所長から話を聞いて評判を集
めてみたんですけど、彼らをヒーローみたいに捉えているネットユーザーもいて……。彼ら
が狙うのが専ら“庶民の仇(てき)”だから、でしょうか」
「残念ながらそうだろうな。でも犯罪は犯罪だ。嫌がらせはともかく、殺すことまでないだ
ろうに……」
 故にはたと、塚本が彼らを全否定しないかのような言葉を漏らしたのを、若林は少なから
ず驚いたようにして見返していた。塚本当人は数拍その意味を取りあぐねていたが、すぐに
気付き、弁明するように──それでいて何処か面倒臭そうに言う。
「あ~勘違いするなよ? 別にこいつらを許す訳じゃねえ。何処そこの誰それはこんなに酷
い奴なんだっていう吹聴自体は、何も今に始まったことじゃないからな。そんなのは週刊誌
とかが昔からこぞってやってる仕事だ。そういう意味では、悪人どもも報いは受けてる」
「それはそうでしょうけど……ネットの拡散力は雑誌の比じゃないと思いますよ?」
「ああ。だから警察(こっち)が動かざるを得なくなってんだよ。怨み嫉みは勝手だし人間
ってのは元よりそういうもんだが、かといってこういう手合いを許していちゃあ封建時代に
逆戻りだからな。裁きは、ちゃんとした司法の場でやるべきなんだ」
 若林が、やはり驚いたように黙して塚本を見遣っていた。
 そこでようやく冷静に──恥ずかしくなったのか、彼も一度コホンとわざとらしく咳払い
を挟むとそれなとく話題を変えようとする。
「……このこと、他人には話すなよ? 特に上の連中に知られたら目ぇ付けられちまう」
「はは、分かってますよ。所長との共闘関係も、口外するなと直接仰せつかっていますし」
「……そっか」
 財津とは学生時代からの友人であり、相棒だった。
 共に多くを語り合い、答えの出ぬ問いに悶々として、それでも大人になっていきながらそ
の着地点を必死に探し続けた。
 自分は刑事──「公」の中で。財津は探偵──「私」の中で。自分達は、少しでもこの世
の中が良くなることを切に願っている……。
「ありがとよ。件に当たる前に参考になった。財津にもよろしく言っておいてくれ。それと
無茶だけはするなよって」
「……はい」
 予備知識はたっぷりと詰め込んだ。
 そして、暫くしてやって来たコーヒーを飲みながら小休止を挟むと、塚本はそう相棒の代
理たるこの青年に伝言と会計代を残し、足早に店を出て行ったのだった。


 若林との出会いから数日、塚本は遂に警備の現場に赴くことになった。
 場所は高層ビル建ち並ぶ都心の真っ只中。その一角にある高級焼肉店に、今回自分達が警
護する鳥羽前首相らが会食に来ているのだという。
「……大層なご身分ですよねぇ」
「ま、元とはいえ、実際大層なご身分だろ?」
 炎天下の中、辛うじて街路樹の影にありつけた塚本と嶋、柳田の三人は眩しげに鉄とコン
クリートで出来た塔らを見上げていた。
 ハンカチで汗を拭いながらぼやく柳田。
 そこには少なからずやっかみ──こちらが危険を知らせ守ろうとしているのにのうのうと
肉を食おうとしている神経に対する非難──が含まれているのだろう。
 ……気持ちは分からなくもない。いやむしろその点では自分も同意見だ。
 しかしこれも仕事だ。力の有無という現実だ。半分慰め、半分それとなく煽り、塚本はこ
の後輩をちらを見遣りながら、彼の漏れ出たぼやきに応える。
「お喋りしてる暇があったらもっと周りを警戒しろ。もう鉄槌団とやらは辺りに潜んでいる
かもしれないんだぞ」
 一方で、嶋はこの暑さの中でも真面目を貫いていた。
 とはいってもそれはあくまで職務の責任感であり、彼自身も同じように嘆きや鬱陶しさは
覚えているのかもしれない。ただ彼という人間が、その性格が、それらを緩みとして許さな
いのだろう。
「分かってるよ……。だけどもこれだけ警官がうろついてりゃあ、何かあるぞって気を張り
そうなもんだがな」
 塚本はへいへいと肩を竦め、次いで道向かい、大通りに点在する警官らの姿を見遣った。
 陽炎で揺らめくアスファルトの上、そこに行き交う人々と天高く伸びる建物たち。会議で
も指示があったように、彼らは積極的に人々に眼を光らせ、時には呼び止めては立ち去るの
を繰り返している。
 遠巻きにも窺える、人々の怪訝と不信。揺らめく姿。
 その歪みは何も物理的に見えているそれだけではないのだろう。精神的にも、きっと自分
達は今、互いを厳しく見つめ、却って見え難くしているのではないか。
(……やっぱムカついてきたな)
 故に塚本は、先の柳田の呟きにより同情的になっていると感じた。
 鳥羽折人──この国の前代総理大臣。しかしその評判は総じて辛辣の一言である。
 要するに権力に溺れ、尚最後の最後まで抗い続けた強欲の人なのだ。
 改革を謳い一旦数の利を得ると、まさに水を得た魚のように次々と政策を繰り出した。
 といっても、それらの大半は選挙で謳ったものではない。厳密に言えばどんどんかけ離れ
ていったのである。
 詰まる所、彼は自分の望む世界を作りたかった。
 その為には邪魔になる勢力を、価値観を排除する法律──規制を次々と設け、従わない者
は権力の座という甘味を活かして徹底的に干しに掛かる。自然、彼の周囲には彼の思想に従
順な者しか揃わない。
 ……だが、この国に定期的な選挙制度がある以上、その天下は終わるのだ。
 最初は不信任決議だった。それ自体は過去何度と彼に叩きつけられて、しかし数の利で以
って、飼い慣らした議員(ひょう)で以って撥ね付けてきた。
 しかし利で釣れた人間というのはやはり利で離れるのである。
 それまでの独善的な政権運営による国民からの不評は議員達も知る所であり、選挙が近く
なっていたその時期に出された不信任案に多くの造反者──と表現するのかは怪しいが──
が出、可決されたのだ。
 焦ったのは勿論、鳥羽陣営だ。
 彼らはそれでも辞職することはプライドが許さず、総選挙に望んだのだが……結果は最早
言わずもがな。そして一昨年、反鳥羽による連立政権が成立し、現在に至っている。
 故に、今や鳥羽は権力者ではなく、国民の大多数から憎まれる「敵」であった。鉄槌団が
彼を悪人として殺そうとするのも、背景だけならば理解はできる。
 それでも──それでも、だからそれでどうなるというのだ?
 憎き相手を滅ぼすことが民意なのか。仮にそれを果たしたからとして、では今政権に就い
ている者らが第二第三の鳥羽にならぬという保証は何処に在るのか? 或いは保証に変わる
のものなのか……?
(……チッ)
 塚本自身、確かにあの男は気に入らないが、かといっておいそれと殺させるのことには決
して賛同しない。実際、警察上層部も本気で彼を失わせたくないとは思っていないのではな
いだろうか。ただ彼という大物議員が攻撃を受ける、それによる“秩序”に対するダメージ
とリスクを考えてのことではないかと思うのである。

「──全く、仰々しいな。こんなに警備は要らんだろう。周りが怯えているじゃないか」
「申し訳ありません。ですがこれも議員の安全を配慮してのことです。ご理解を」
「……ふん、まぁいい。だがぼうっと突っ立っているだけか? 私を殺しに来ると抜かす輩
がいるというのなら、さっさと捕まえろ。何の為にそれだけ人数がいると思っている?」
 一方その頃、高級焼肉店の特等席に鳥羽とその取り巻きらはいた。
 彼らの座る円形テーブルの周囲には、ずらりと物々しいSPらの姿。流石に鳥羽本人もそ
うした厳重さに眉を顰めたが、あくまで淡々と切り返す面々のリーダー格に頭を下げられる
と次の言葉はなく、そう嫌味を吐き出すだけだ。
「折角の食事が不味くなるではないか。……私の何が、いけないというのだ」
 呟き、少なからず苛立ちながら鳥羽は店の者に注文を促した。
 ややあって、シェフらしき男がへこへこと苦笑しながら、黒胡椒らしき下ごしらえが施さ
れた肉の山を持ってくる。
 鳥羽らはそこでようやく喜色をみせた。
 火が入れられるテーブル中央の金網。取り皿が並べられ、さぁ焼けと促す一声。
 そしてシェフが、長い菜箸でその肉の一つを掴み、赤々となった網に乗せると──。

『──ッ!?』
 突然の、雑踏すら切り裂かんばかりの爆音だった。
 陽炎の先の街並みを眺めていた塚本らも、殆ど反射的に空を仰ぐ。
 黒煙が上がっていた。見れば高層ビルの上層、その一角から轟々と火の手が上がっている
のが分かる。
「おい……あそこって確か、鳥羽議員らのいる……」
 嶋の声に、塚本も柳田もハッとなった。
 そうだ。あのビルは確か、鳥羽氏らいる焼肉店が入った──。
「テロだ! テロだー!」
「やられたッ! 畜生、やられたッ!」
 程なくして、周囲は官民入り乱れての大混乱に陥っていた。
 いきなりの爆発に驚き、逃げ惑う人々。その不規則な人の大波に流され、現場に急行しよ
うにも上手くいかず、忙しなく互いに無線の連絡を取り合う警官・刑事達。落ち着けという
方が無茶な注文なのだろうが、あたかも犯人の高笑いが聞こえてきそうな様相である。
「……まさか、本当に鳥羽議員が?」
「分からん。が、ここでぼやっとはしていられんだろう」
「俺達も行くぞ!」
 まるでそれらは人工の濁流。
 その中へと、塚本ら三人も意を決し、飛び込んでいく。


 鳥羽折人は死んだ。
 何せ爆風の真正面に座っていて、もろにその直撃を受けたのだ。ほぼ即死だったらしい。
 同席の取り巻き議員達にも、彼らの警備に当たっていたSPにも、多くの死傷者が出た。
 あの日以来、連日メディアはこの近年稀にみるテロ事件を口酸っぱく、そして下世話に不
安を煽り立てて伝えた。
 隠しようのない大事件であるのは勿論、標的が「庶民の敵」鳥羽氏であったこと、そして
テロを未然に防げなかった警察に対しても、連中の口撃はひたすら饒舌だった。そもそも彼
らにとって、これほど美味しい材料はないだろう。とりあえず「敵」を作り出し、さも人々
の代表を気取って、賢明を標榜してみせればいいのだから。
(……くそったれが)
 故に、塚本達は上司からこってりと絞られてしまった。
 いやそもそも、自分達は現場の外周に配置されたんですよ? 議員の至近距離から殺しに
来た犯人をどうやって止めろっていうんです──?
 勿論、残念ながらそんな弁解は通らない。結果こそが全てだった。
 塚本も解っていた。これは叱るのではなく怒っているだけだ。トップから幹部、幹部から
傘下の署長クラス、署長クラスから各中間管理職、そして彼らから自分達末端へ──。内外
から向けられた非難によって溜まりに溜まった赤黒いエネルギーが、順繰りに上から下へと
伝言リレーのように投げ渡されているだけなのだと。
 最早奴らが、ただの好事家ではなくなったのは間違いない。
 “鉄槌団(ハンマー・パーティー)”──彼らは今や、力ある者らの仇と為っている。

 ──対策本部が鳥羽の死によって解散し、署に戻った塚本らが自宅に帰ることができたの
は、事件から更に数日が経ってからのことだった。
 要するに事後処理がゆえである。
 上司からの叱責は勿論、これだけの大事件が起こったことで付随した様々な雑事を塚本達
はへとへとになった心身で片付けねばならなかったのだ。
 書類、市民の苦情、マスコミの取材攻勢。
 必死に思いでそれらを捌き、何とか帰宅が許されたものの、時刻は終電にギリギリ間に合
うかどうかの時分だった。塚本は文字通りほうほうの体で、そう長くはなかった筈の最寄り
駅から自宅までの道を行き、上っていくエレベーターの中でぐったりと身体を預ける・
(……?)
 チィンと金属音が鳴り、扉が開く。
 のそのそと身体を這い出させた塚本が異変を嗅ぎ取ったのは、ちょうどそんな時だった。
 差してあったのだ。真っ直ぐに伸びるアパートの廊下、そこに規則正しく並び立つ部屋の
扉の郵便受けに明らかに同じチラシが差さっている。
 妙だな、と塚本は思った。
 また何処ぞの業者が差していったのだろうか。そういえばエレベーターに乗る前、一階の
部屋にも同じようなチラシが差さっていたような気がする。
 それだけなら、まぁいい。問題はこんな夜遅くにまでそういう物量作戦の後が残っている
という事実である。
 業者の仕業ならその実行は大抵昼間の筈である。それを考えれば、こんなにチラシがあち
こちに差さったままであるのは不自然だ。一応何軒か既に手に取ったらしい痕跡はあるが、
他の場所でもそうであるように、アパートの住民が皆一時に帰宅──せずチラシを取ってい
ないというのは妙なのだ。
「……」
 溜まりに溜まった疲労が、逆に自分の感覚を昂ぶらせているのかもしれない。
 塚本は、普段は通り慣れていた廊下を、そうゆっくりゆっくり一軒一軒確かめるようにし
ながら歩を進めていた。
 全く……面倒な事は続くものだな。
 思い、肝心の自宅を見る。郵便受けにチラシはなかった。……当然か。十中八九、妻が先
に見つけて手に取っているだろうから。
「あ、あなた……」
 はたして、家の中にいた妻は件のチラシを手にしていた。
 しかし様子がおかしい。台所の料理もそこそこに、何故か夫である自分をまるで怪物でも
見るかのようにしてわなわなと震えていたのだ。
「お、おい。どうしたんだ?」
「……こ、これ。本当、なの……?」
 薄暗く台所のそれしか点いていない灯り。
 その下で、塚本はそんな明らかに挙動不審な妻からチラシを受け取った。何事かと眉を顰
めたまま、その紙面に目を落とし──驚愕のあまり硬直する。
 そのチラシは、端的に言うならば檄文であった。
 そこには、ある二人の人物が繰り返してきた秘密が綴られている。
 それは告発であった。裁かれぬ悪を、彼らは週刊誌などを相手にリークしていたというの
である。そして思わぬネタを得た記者達は、嬉々としてその“悪人”を釣るし上げる──。
(……何で、こんなのが)
 チラシを握る手が震えていた。全身から冷や汗が噴き出す。
 何故だ? 塚本は頭の中が真っ白になり、次の瞬間には疑問符で一杯になった。
 何故バレた? あれは知られてはいけない、しかしそれでも自分達がやり抜かねばならぬ
ものだ。固く守っていたのに……何故。
(そうだ、財津! 財津は知ってるのか!?)
 塚本はややあってはたと思い至った。動揺(ふるえ)が止まらない手でもたつきながら、
何も語ってくれないのかと不安がる妻を余所に、彼はポケットから携帯電話を取り出そうと
する。
 そんな時だった。
「──ッ!?」
 着信が入った。期せずして財津からだった。
 塚本はその文面を、目を見開いて凝視すると、妻の呼び止める声も聞かずに飛び出して行
ってしまう。
『大変なことになった。すぐにこっちに来てくれ』
 彼が握り締めたその画面には、そう短くも切迫したような文面が表示されていた。

 疲労困憊していた身体は何処へやら、塚本は電車を待つ時間すら惜しいと必死に駆けた。
 財津が居を構える自宅兼事務所はここから一駅を挟んだ下町の中に在る。
 塚本は息切れするのも押し込め、ひたすら走った。
 道中自転車に乗った青年や、酔ったサラリーマンに一瞥を食らったが、そんなことは最早
瑣末なことである。
 二十分ほどして塚本は目的地──財津探偵事務所に辿り着いた。荒い呼吸を大きく肩を揺
らしながら整え、二階建ての元古民家を見上げる。
 明かりは点いていなかった。メールの通り、やはり相棒に何か危機が迫っているのか。
 塚本は後悔した。若林から“鉄槌団”の追跡調査をしているらしいと聞いた時、もっと強
く、その場で当人に釘を刺すべきではなかったのか。
 しかし今更悔いても何も変わらない。塚本はぎりっと唇を噛み締め、その扉を開ける。
 ……中はまるでもぬけの殻だった。各種資料などがあちこちの棚にしまってあるのはこれ
までと変わらなかったが、人の気配というものが一切ない。
「財津! 何処だ!?」
 薄暗い中で叫んでみても返事はない。塚本は舌打ちを漏らすと、一旦外に出て側壁に延び
る金属の階段をカンカンと上っていった。二階──即ち、財津の住居部分である。
 だが、ここにも彼の姿はなかった。
 一階とは違い、生活感の溢れた、しかしその当人の影も形もない室内。
 塚本は滲み出る汗を拭いながら念入りに中を調べて回った。
 居間、台所、風呂場、寝室──男の一人暮らしで小汚い面ばかり目につくものの、やはり
肝心の当人は何処にもいない。
「あいつ、一体何処に──」
 そう、何気なしに居間の出窓に肩を預けた、次の瞬間だった。
 塚本はようやく見つけたのだった。……ネオンと月明かりの下、事務所のちょうど裏手に
当たる路地の一角に、財津がしんと突っ伏しているのを。
「財津ッ!?」
 塚本は弾かれるように部屋を飛び出した。ドアを開け閉めするのも面倒だと、力任せに突
っ切って階段へ。ガンガンと大きな音を鳴らして駆け下り、裏手の路地へと回る。
「……死ん、でる……」
 何度も呼び掛けた。揺さぶった。なのに財津は返事をすることはなかった。
 まさか。恐る恐る脈を取ってみる。……明らかに沈黙していた。それに何故か触れた瞬間
から不自然なまでに冷えている。
 塚本の直感は、はたして正解だった。
 死んでいた。財津(あいぼう)は死んでいたのだ。死後硬直がない──解けた後らしいこ
とから考えても死後三日は堅い。やたら冷えているのは……冷蔵庫にでもぶちこまれていた
所為か。あいつの部屋には大きな冷蔵庫があったと記憶している。
 塚本は暫し、その場で呆然となった。
 友を抱えたままうずくまり、また頭が真っ白に、思考を拒否しようとしてくる。
「──やっと来ましたか。塚本真志」
 ちょうど、そんな時だった。塚本にとっても聞き覚えのある声が、路地の物陰から聞こえ
てきたのである。
 顔を上げる塚本。そして目を見開く。
 そこには、若林が立っていた。……どうしてか、財津のスマートフォンを片手に。
「若林……? お前、何で……」
「何で? もうちょっと頭使いましょうよ。これ、その人のでしょ? つまりどういう事か
分かりませんかね」
 目の下がぴくぴくと痙攣するのが分かった。線目の穏やかな青年──そう塚本が彼に抱い
ていた印象は、まるで見当違いだったことを痛感する。
「財津旺太郎を殺したのは、僕です。まぁもう二週間近くの話ですけどね」
 二週間? 塚本は怒り──を露わにする前にもう一度、押さえつけられるような思考の渦
に呑まれた。
「……ちょっと待て。それってあの時じゃねぇか。俺がお前と、始めて会った……」
「そうですよ。貴方に“鉄槌団”のホームページを見せた、あの日です」
 つまり、こいつは元から財津の助手でも何でもなかった訳だ。
 塚本は強く強く唇を噛む。やはり連絡しておけばよかった。直接、声を聞こうとしておけ
ば、こんなことには……。
「何者なんだ……? お前は、一体誰なんだ!?」
「──三木一豊」
 怒りと後悔が綯い交ぜになって、責めるよりも問う言葉に。
 だが当の若林は、代わりにぽつとそんな一人の人物の名を返す。
「まさか覚えていないなんて言わないでしょうね? あんたと財津が、七年前ブラック企業
の社長だと言って週刊誌にリークした、自殺させた男の名だッ!」
 塚本は目を見開いた。
 忘れてなどいない。自分達のしていることを自覚している分、俺達二人はしっかりと記憶
しておかねばならないとさえ思っているのだから。
「でも、何であの男の名を」
「兄だからだよ」
「えっ」
「兄だからさ。僕の旧姓は三木、三木一成。……尤もそもそも兄さんとは半分しか血が繋が
っていなかったけれど。腹違いって奴さ」
 若林、いや三木一成の表情がどんどん怨嗟に満ちていくのが分かった。
 彼は朗々と語る。異母兄を死に追いやった、仇を睨み付けながら。
「兄さんは優しい人だった。後妻の子である僕にも、実の兄弟のようによくしてくれた。大
学に行くのを諦めていた僕らに援助をしてくれたのも、当時起業していた兄さんだった」
 ぐしゃり。
 憎しみで殺すとはこういうことか、そう言わんばかりに握っていた財津のスマートフォン
が液晶から握り潰されていた。
 手から血が滴っている。それでも一成は構うことなく続けた。恨みの言葉を吐き続けた。
「それを……お前らが寄って集って追い詰めたんだ。ブラック? そんなのこの世の中何処
にでもある! 人件費の安い海外と勝負なんかできない! 何でだよ……何で兄さんだった
んだ。他にもいただろ! もっと大きい、もっと大人数を“苛めて”いた経営者はごまんと
いるじゃないか!」
 塚本は何も言い返せなかった。
 確かにそうだ。大企業をいきなりリークするのはリスクが大き過ぎた。だからこそ、眼前
にある悪を、裁かれぬ悪をその土俵を持っていこうとした。……そうやって、自分達は長年
悪を司法の場(あるべきばしょ)へ誘ってきたつもりだった。
「必死に調べたよ。どうして兄さんが死ななければならなかったのか、そもそも誰が兄さん
を悪者だと言い始めたのか。そして見つけた……お前達二人だ」
 壊れたスマートフォンを投げ捨て、ゆっくりとこちらを指差す。
 嗚呼、鉄槌だ……。塚本は彼の背後に鉄槌を振りかぶる鬼をみていた。
「ち……違うんだ。俺達はただ、彼らをきちんと法の裁きに掛けたかっただけなんだ。決し
てお前の兄さんを死なせようとした訳じゃ」
「黙れ! ……殺したんだよ。お前らがッ!」
 弁解の余地はない。事実、三木一豊は既に自ら命を絶ったのだ。
 今更、と言えば噴飯物かもしれないが、塚本は激しい後悔に襲われていた。こんな筈じゃ
なかった。こんな、筈じゃ……。
「……チラシ、見てくれたかい? あれは僕らがやったんだ」
 しかしまたもや、塚本は弾かれたように顔を上げさせられることになった。
 あのままポケットに突っ込んでいたチラシ──檄文。それは他ならぬ自分と財津が長年、
秘密裏に大小の悪をリークし、法廷へと引き摺り出していたことを知らせる文面だった。
「あんたの相棒は律儀だよ。こっちが思っていた以上に証拠を残していた。まぁその分管理
は厳重で、鍵の暗号を当てるのにも難儀したけどさ」
「……」
 つまり財津(あいぼう)は、単に家捜しの邪魔だったから殺されたというのか?
 記憶に刻む、そんな自分達の自戒が仇になった──いや、そんな悔いや怒りよりも、塚本
はまだある種冷静だった。一言一句、一成の発言を咀嚼していた。
「僕、ら? 仲間がいるのか」
「……鈍いなぁ。あの時も見せたじゃないか」
 言って一成は、今度は自分の物らしきスマートフォンを取り出すと、何度か画面をタッチ
して何やら操作をしていた。
 そしてふいっと見せてきたその画面。そこに映されていたものに……塚本は驚愕する。
「“鉄槌団(ハンマー・パーティー)”……」
「そう。会員なんだ、僕」
 嘘をつかれていたのである。引きずり出すべき悪はあの日すぐ目の前にいたのだ。しかも
自分は、そんな彼から彼らの話を聞かせて貰っていた……。
「あの時も話したけど、告発者がターゲットを有罪にするには、きっちりと証拠を集めてこ
なくっちゃいけない。だけど僕にはそんな伝はなかった」
「……だから俺に近付いたのか。偽者の名刺まで用意して。いや……でも」
「時間稼ぎだよ。財津旺太郎の家捜しをする間、相棒のあんたに来られちゃ困るからね。だ
からあんたとは別に、どでかい案件に参加してあんた達の行動を縛らせて貰ったんだ」
「……。まさか──鳥羽折人!?」
 ご名答。まるでそう答えるかのように、一成はほくそ笑んだ。
 何て奴だ……。こいつは自分の復讐を果たす為に、元とはいえ一国の総理だった人間を囮
にしたというのか。
「あ~、一応言っとくけど、鳥羽折人はいずれにしろ殺られてたと思うよ? 僕が案件を立
てる前から、他の会員が何人か同じように彼の抹消決議を希望していたし」 
「……」
 そういう問題じゃない。そういう、問題じゃ──。
「さてっ、と」
 だがそんな塚本の内心の感情──後悔と怒り、無力さを余所に、一成はまた何かを取り出
そうとしているようだった。下手をすれば飛んでいきそうな意識を必死に繋ぎ止め、何とか
その様を見遣る。すると、
「ほい」
「わっ!」
 何かがこちらに投げ寄越された。思わず、塚本は反射的にそれを受け取ってしまった。
「……これは」
「拳銃だよ。見れば分かるでしょ? これ手に入れるの苦労したんだから」
 塚本は混乱していた。
 何故渡す? 明らかな凶器を──怨みある相手を殺す道具になるであろうこれを、自分に
寄越してくる?
「──ッ」
 だがそんな頭の中を満たす疑問符も、直後たんっと地面を蹴って至近距離までやって来た
一成に掻き消される。
 ネオンと月明かりが照らす中で、塚本は見た。
 この青年の瞳は……今、激しく燃えている。
「憎いでしょ?」
 そう、憎悪だ。燃え滾る、憎悪だ。
「殺りなよ。復讐の為に相棒を殺して、元総理大臣を殺させて、中傷のビラまでばら撒かせ
た相手だよ? 殺したいほど憎くない?」
「おま、え……」
 だがそれは酷く歪んでいたのだ。その炎を宿す瞳は真っ赤ではなく、赤黒い。あまりの憎
悪によって尋常を壊してしまった者の眼ではないか、そう塚本は直感したのだった。
 手の中に拳銃がある。警官が持っているタイプのリボルバーだ。
 自然と、まるで一成に誘導されるように、握り直して引き金に指がいく。が……そこで塚
本は己の理性をフル稼働させた。
 駄目だ。殺しちゃ、駄目だ。捕らえなければ。彼を、法の裁きに──。
「ああ、念の為に言っておくけど中の弾は一発だけにしてあるからね。一撃で僕を殺るか、
それとも自殺するか、どっちでもいいよ。生かそうなんて思わないでよね? よーく思い出
してよ。チラシはあんたの近所周りに一通り配ってある。相棒も死んだ。もう二度と、今ま
でのような生活は……絶対にさせない」
 手が、手の中の拳銃が激しく震えてカチャカチャと鳴った。
 そうか。そうだったのか。
 こいつは……死ぬ気だ。始めから自分への憎しみを募らせるようあの手この手を使い、そ
の死を以って塚本真志という人間を「同じ復讐者」に仕立て上げようとしているのだ。
「──っ、ッ……!」
 だから塚本は、引けなかった。決して引いてはいけなかった。
 憎い。確かに憎い。今こそこんな状況で、家を飛び出して来たが、事が済んで家に戻って
も妻子にご近所に、世間に何と言えばいいのか。どのみち、もう善良なる市民を名乗ること
などできない。……いや、ずっと前からそんな資格はなかったのだ。ただ、ずっと隠し続け
ていただけのことで。
「……どうしたんだよ? 殺せよ? 殺せよ。殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ。僕を──殺
せぇぇッ!」
 しかしそんな逡巡すら、一成には憎悪を燃やす燃料にしかならなかったようだ。
 怨嗟を、自滅への命令を叫ぶ。伸ばされた右手が、引き金に伸びそうで伸びないこちらの
指を押そうとする。
 塚本は必死に抵抗した。引いてしまってはいけないと自分に言い聞かせ続けた。
 今更だ、偽善だと言われてもいい。
 彼を死なせちゃいけない。憎悪の中に沈んだままこの命を“使わせて”はいけない……。
(──?)
 そんな時だった。
 ぎりぎりっと一成と揉み合う塚本の視線の先、一成の背中側遥か向こうに、いつの間にか
見知らぬ男が立っていて、
「ころ」
 乾いた銃声が鳴った。
 消音器(サイレンサー)──撃ったにはやけに大人しいその音にそんな語彙が塚本の脳裏
を過ぎった、次の瞬間、何度も叫んでいた一成のそれが不意に途絶えたのだ。
「……?」
 最初、何が起こったのか分からなかった。
 それでも向こう、大通りとこの路地の境目に経つ男が遠めに銃を構えており、硝煙が上が
っていること、一成がどうっと倒れ、自分の顔面にべたべたと生温かい感触が飛び散ってき
たことから、塚本はようやく理解するに至る。
 ──彼が撃たれた。
 そしてその瞬間、塚本は彼の返り血で汚れていることもお構い無しに、屈んで一成を抱き
起こしていた。
 しかし一撃であった。
 男の撃った弾は、寸分違わず一成の後頭部を真っ赤に染めていたのだから。
 息がないのは明らかだった。仰向けにしてみても、既に目に光が宿っていない。
「どうして……」
 ぽつり、誰にともなく塚本はごちた。
 どうして彼を撃った? 一体、お前は──?
「あっ」
 だがそんな問いすら不要だったのだ。許されていなかったのだ。
 顔を上げて男を見た瞬間、目に入る赤い光──自分の額へと当てられたレーザポインタ。
 短い塚本の声。
 そして間もなく、二発目の弾丸が彼の頭を撃ち抜いて──。

「……」
 死体は一人から三人になった。
 先ずは財津、その上に一成と塚本が左右から折り重なるように倒れている。
 男は銃をしまい、アスファルトに落ちた薬莢を丁寧に回収すると、ゆっくりと彼らの亡骸
の下へと近づいて来た。
 沈黙。
 それは決して黙祷の類ではなかっただろう。それはきっと……冷淡に見下ろす眼だった。
 やがて何を思ったか、男はもう一度銃を取り出すと、三発撃った。
 塚本、一成、財津。三人の心臓を恐ろしいほど性格に狙って一発ずつ。これでもう生き延
びることはないだろうという風に。
 男は再び先と同じ作業を済ませると、今度こそ踵を返して歩き出した。
 かつんかつん、冷たい夜のアスファルトに靴音がする。だがそれらも時折通り過ぎる車や
街の雑音に呑まれると、いとも容易く掻き消されてしまう。
「……」
 目深に被った帽子の下から、男は自身のスマートフォンを操作していた。
 呼び出されていた画面は黒と緑の単調デザイン。鉄槌団(ハンマー・パーティー)のそれ
である。彼は慣れた手つきでサッとログインを済ませると、現場を立ち去りながらページ内
の専用スレッドにこう書き込んだのだった。

“案件番号20335:対象名「塚本真志」、案件番号20383:対象名「若林一成」
 ○月×日 午前1時13分
 同団にあらざる私刑者たる罪及び国家反逆の罪にて、両名に対する抹消決議を執行完了”
                                       (了)

スポンサーサイト
  1. 2013/07/28(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<(企画)週刊三題「鋼樹からの風景」 | ホーム | (雑記)さりとて秩序を願えども>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://higurasisouann.blog27.fc2.com/tb.php/340-95933769
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (151)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (89)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (28)
【企画処】 (349)
週刊三題 (339)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (15)
【落書帳】 (6)
【詩歌帳】 (6)
【雑記帳】 (326)
【読書棚】 (30)
【遊戯倉】 (24)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW (16)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

@long_month からのツイート