日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)寄り添うことの考・疑・信

執筆再開φ(`・ω・´)

先日より、ユー録の四十章─第Ⅳ部出だしの執筆を始めています。
相変わらず季節は猛暑が続きますが、書ける時にノれる時に創っておかないとその一刹那と
いうものはおそらく二度と同じようには現れない思うのです。
……と形容すると流石に気障かなぁ;
それでも、既にプロットを弄り直しながら書いている現状をみても、理屈だけではない感覚
の成せる業の大きさ、何よりもその神出鬼没さ・奔放さにあたふたしてしまいますね……。
まぁそれも創る愉しみの一つではあるんでしょうけども。

プロット作りの方で長編にはブランクがあったのですが、それでもこれだけ創作中毒の様相
を呈していると割合さっくり感覚が戻ってくる─ノってきてくれているような気がします。
まぁあまりここでキタ━━(゚∀゚)━━!!と調子付いて前のめりになると、後々の反動が大きく
だるくなるんですが。うーむ、この極端さは何とかならぬものか……f(=_=;)

せめて今月一回分くらい、従来通り月一スパンの更新ができるといいですね。
体調が良ければ他にも何か創るやもしれませんが、当面はユー録・三題・雑記が主になると
思われます。
例の如く、進捗状況はツイッタ(小日記)でも折りにつけて呟いておきます。
宜しければ併せて参照いただけると。

拙作らが貴方の愉しみや糧になるのなら、これ幸いですm(_ _)m


さてさて。
先日、物書き仲間さん達との語らいで、僕は自身の小説に関してある指摘を頂きました。
曰く『主人公全員が長月さんのクローンみたい』
曰く『最近、迷走している感じがする。何処に向かいたいのか』
……最初に言及しておきますが、今回の雑記はこれらの指摘に僕が顔を真っ赤にする趣旨で
はございません。むしろ納得でき過ぎて笑えてくるっていうレベルなんですよ(苦笑)

これらのご指摘を分解・換言していくとすれば、こんな感じになるのでしょうか。
──僕が小説という形で表現をしているそもそも理由、動機というのは、その大半が自身の
思考の延長であるというのは自他共に認識しているところです。「思索ぶっ込み」ですね。
そうなると、特にノって来たり壮大になったりすると、物語の中に占める“主張”の割合は
どうしても増えてしまいます。
今回「クローン」と表現されたのもそこにある訳です。
要するに、作中のキャラクタ達が僕(作者)の代弁者になっている、と。展開される思考が
「僕の思考回路」を突き破れていない。……個人の思索が出張り過ぎている、というか。
加えてその思索自体が、設定する問題意識自体が、どだい「解の出ない問い」ばかり好みた
がるものだから、結局これ!という明確な着地点を示し難いのだと思います。これが二番目
に言われた迷走感ですね(正直、僕自身どう〆るか迷うことがしばしばあります……)

だからこそ、更なる高みを求めるとなれば、それはきっと“キャラクタが勝手に動く”程の
生命力──個々が活き活きとしているさまを描けるか?に向かっていくと考えられます。
前々から自覚はあるのですよね……。どうにも僕は、キャラや世界観を「要素」「属性」と
してみている向きが(所謂?我が子愛に比べて)あって……。
尤も、ではどちらが優れているか?という問い掛けはナンセンスかなと考えています。
実際それで揉めた人達を見たから、というのもあるのですが、これもまた物書き仲間さんと
の語らいで得た──頂いた見解を継承してみれば、一つ解決できうるからです。

「どちらもキャラが“存在”しているとみている点では変わらない。ただ論理的にみている
か、感情的にみているかの違いがあるだけ」

ついつい僕らは物事を二項対立的に考えてしまいがち──例えば趣味全開で書くこと・エン
タメ商業作品として書くことが正反対にあるという見方──なのですが、これも結局その人
にとって「何が楽しいのか」「何を目的としているのか」によって変わる、という方が厳密
であり真実に近いのではないでしょうか?
先の例を続ければ、趣味全開で書いているのは「利己的」です。
ではエンタメ精神を最優先にして書くことは果たして「利他的」であるのか……?
……ここに来て、僕はまたこのループしそうな問いに分解要素をみた気がします。
即ち、エンタメ精神≠文字通りの利他的。≒自分以外(売り手なり受け手なり)の「利己」
からの要請であるという見方です。
二項対立的に考えていると「従うか否か」になってしまいますが、こう考えるようにすると
もう少し広く、自分で選択している感が出はしませんか?
他人に見せること前提の文章であるなら、他者の要請に応えなければ広く衆目に触れること
が難しいですが(僕個人ように)創作が思考の延長にあり、そこに拘るなら「絶対に」他者
の為に書かないといけない訳ではないんですよね。
……そりゃあ本音を言えば物書きで食べれるなら嬉しいですけど、所謂世のワナビさんほど
僕は野心──いや覚悟が足りないのです。保険的というか、甘えというか。
だから僕は、現状「好きで書いている」が結構に優勢のようです。……うん。
尤も先の言及通り、生命力を感じさせるキャラクタ達を描けられるようになるのなら、経験
値の積み上げなり鍛錬を重ねることに吝かではないのですけれども。

生命力あるキャラクタを描ける為の“経験値”。
では実際どうするのが一番有用であるのか……?
これはちょっと想像すれば分かるかなと思うのですが、やはり自分のキャラクタとて「他者」
な訳で。となれば、これまた先述した「僕の思考回路」ではない、もっと第三者の生をその
引き出しとしてたくさん持つことに他ならないと思うのです。
……要するに、自分のセカイじゃなく他人もいっぱい知れ、と。
二番目の指摘をくださった方の言葉を借りれば『恋愛しろ』なんですよね。
(まぁ正直恋愛云々の異性って未だに怖いし、面倒臭いんですけども……(笑))
「他人」がどう思うのか、動くのか、その想像力が活力を演出する。
ならばそれを鍛えるには「自己」だけでは限界があろう。だから「他人」を多く知り、ぶつ
かったり想い合ったりして、経験する──生の経験値から想像(創造)できる引き出しを増
やしていこうぜということなのでしょう。
(尤も、こんな形で他者を「素材」的にみることが善いのかは疑問符が拭えませんが)
或いは自他の経験値を積み上げる点では似ていても、創作されたセカイ達を自分の分身──
まさにクローンだと割り切ってしまうか、でしょうか。
以前にもこういう言い回しを使っていますが、受けるか否かというのは博打のようなものな
のですよね……。誰かの創作への評、それ自体が多分に評する人の好き嫌い・相性に影響さ
れるものだと考えれば。
(だから『その人が何が楽しくて書いたのかを観たい。そうしないと感想が私の好きの押し
付けになってしまう』と一番目の評をくださった方も仰っていました。……なるほど)

──さて。
此処から少し話が飛ぶというか変わるというか。それでもここまでの話から継続した思考で
あると思います。
このように、他人を知るという経験値は創作においても人生においても財になる筈……そう
展開させてきましたが、長らく僕個人はあまりそういったポジティブさとは縁が薄かったよ
うに思います。
それはコミュ力の拙さ云々というのもありますが、同じようにそうして“他人に寄り添う”
ことに対してネガティブな印象を持っていたからに他なりません。

──どうしたって自分は自分だし、他人は他人。
──他人の思いを全部受け取れるなんてできないし、そう期待されたらしんど過ぎる。
──そのくせ、いざ「安易に寄り添いません」的なことを言うと非常識だのと叩かれる。

いつだったか他人に寄り添えない者が人間を描ける訳がない、なんてことを言われた記憶が
あります。まぁ「間違って」はいないんでしょうが……そこまで僕は人間というものに対し
てポジティブな感情を、全幅の肯定を持てないでいるんですよね……。だからこそ、先程の
ような「観察対象」やら「経験値扱い」みたいな発想があったりするのかもしれません。

苦しんでいる人がいるなら、手を差し伸べる。それが常識。
だけど一方で色々と面倒になるから見てみぬ振りをする。それも常識──処世術。
じゃあ何故後者がややもして幅を利かせてしまうのか?
構造的理由ははっきりしています。──苦しんでいる当事者を取り囲む、騒音のような支持
者が多過ぎるからです(勿論、規模や有無はケースバイケースなのですが)
ただ関心がある、純粋に手を差し伸べたい。
でもいざ彼らの中に飛び込んでしまえば、呑み込まれる──その彼らを纏めている「寄り添
うべき理由」に入信するよう迫られ、「配慮」を迫られ、拒めばやれ非常識だの薄情だの偽
善者だのと罵られうる。距離を取り直したくても、同じように口撃が。
……そりゃあ慎重になりますよ。懐疑的にもなります。下手に関わらない、染まらない方が
安全だと考えるのが普通でしょう。そうして騒音の密度──もしかしたら本当の当事者、真
に苦しんでいる方々をミュートしながら──だけは高められていく……。

……私怨が過ぎますかね。
だけども、少なくとも寄り添うことに「強制」があってはぶち壊しだと、僕は思うのです。
寄り添いたいから、この人に寄り添う。
(この人になら)寄り添って欲しいから、そっと隣を空ける。
本来、人と人の円満な距離感というのは多分そんな穏やかさではないでしょうか? 奇麗事
だと哂ってくださるのなら、貴方が隣にいるその人はどれだけ笑っていますか?

僕という人間は、未だ「観察者」であり「経験値を稼ぐ者」に留まっていると感じます。
それでも、僕のような青二才を有用と思ってくれる人がいるのなら、おずおずとでも僕は応
えていきたい。もし途中で失望させてしまったり、傷つけたりしてしまっても、いつか互い
にそんな事もあったなぁと笑い合えればいいなって。

信じること。疑うこと。
ジレンマにはキリがないから。
……僕から、踏み出さないといけない。

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  1. 2013/07/10(水) 23:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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