日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「夏の雑想」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:夏、雑草、嫌】


 天頂からゆっくりと、しかし確実に沈んでいく日差しに曝されながら、畦道を往く。
 僕が今住んでいるのは郷里──山間のとある田舎町だ。一応は古びたアスファルトの道路
こそ延びているが、一旦そのルートから外れればこうして土や砂利、草の繁茂した場所ばか
りになる。
 腰に巻いた止め具から伸びるリード。その先を愛犬が歩いている。
 薄茶色の雑種。雌の十歳……くらいだったか。正直を言うともう正確なこの子の誕生日す
らも、僕は覚えていない。

 一番の理由は、就職だった。
 学生生活を終えた僕は、一度は街にある商社に勤め始めたからだ。そうなれば必然、実家
に住まない訳で、この子を含む家族とも暫く会わない日々が続いていた。
 だけど……向こうでの暮らしはそう長くは続かなかった。
 誰のせいでもない。僕自身の所為だ。他人の所為にしてはいけない、そういつもつい弱音
を吐いてしまう自分に自戒の楔を打ち込み続けている。
 座学は、そこそこ出来る方だ。
 だがそれが実社会でどれだけ価値があるのかというと、怪しいものがある。
 何というか……そういう知識だけではやっていけないのだと、誰彼ともなく突きつけられ
たのだと思う。
 配属先は経理部だった。
 向こうは営業マンをたくさん募集していたけれど、僕はお世辞にもそういう饒舌さの芸は
苦手だった。だから自分の適性に合った部署を希望したし、向こうもそう判断しての配属だ
ったと思っていた。
 ……違和感は、一年も経たない内に迫っていた。
 何というか、視線が厳しくなっている。そう感じていたのだ。
 妙だなとは思っていた。
 僕はちゃんと真面目に職務はこなしていた筈だし、入社してからも“勉強”を欠かした事
はなかった。疎まれる理由など無いと思っていた。
 しかし、それが僕の大きな勘違いだったと判明するにはそう時間は掛からなかった。
 ある時、自分に関してこんな噂を耳にしたのだ。
『経理部の丘野、付き合い悪いよな』
『ああ。飲みに誘っても来ないし、何か暗いし』
『あーあ、もう辞めてくんねーかな。こっちまで陰気が移っちまう』
 正直言って、驚いた。そこまで僕は、彼らに疎まれることをした覚えなどなかったのに。
 確かに飲みに行こうと誘われても応じなかったことはある。
 でもそれはその日の仕事が片付いてもいない内に放り出すのが嫌だったからで、既に大人
数が集まっているから断っても支障はないだろうと思ったからで、別に彼らを否定するつも
りなど微塵もなかったのだ。
 なのに……彼らは僕を疎むようになっていた。
 こっちは真面目に仕事をしている、それだけなのに……。
 職務能力より、対人関係──少し古臭い言い回しをすればノミュニケーション。それらを
軽んじていた僕を、彼らは気に食わない奴と断じたらしかった。
 それだけなら、まだよかったのかもしれない。
 悪評は、静かに伝播していたのだ。
 最初は班長。次は係長。更には部長──。
 皆が直接的に「あいつは好かん奴です」と言った訳ではないのだろう。
 だけど目は口ほどにものを言う、この国の人間は言外の挙動に対し執拗なまでに気を配り
たがる。
 ……何となく空気で。
 そんな曖昧だけど、確かな威力を持ったエネルギーは着実に僕の居場所を奪っていった。
 飲み会などは、勿論誘いの一つも来なくなった。
 仕事中も、オフィスでは誰も話しかけては来ない。あっても事務的に必要な用事がある時
のみだ。そもそも、徐々に僕に割り振られるタスク自体が……減らされていた。
 ──要するに、耐え切れなかったのだ。
 お前は、要らない。集団(おれたち)を不機嫌にする。
 そんな曖昧で恣意的な、だけど彼らにとっては切迫した理由で、僕は追い詰められた。
 やがて眼だけで解るようになった。
 悪意──敵意が透けて見える。向こうも最早隠しさえしなくなった。僕が姿をみせただけ
で、不機嫌を表明する。
 自覚した時には、もう全て手遅れだった。ドロップアウトするしかなかった。 
 ……あれは社会の荒波、と云う奴のだったのだろうか?
 とにかく僕はコテンパンにされて、いよいよ辞表を出さざるを得なくなったのだった。

 そうして──今年で五年目になる。
 事実上故郷に逃げ帰った僕は、息子の弱さを詰る両親の声に耳栓をしながら、何とか転職
先を探し出した。
 小さな、文具問屋の事務だ。
 僕は現在(いま)細々とそこで、在庫データの管理をしながら日々を過ごしている。
 環境は、だいぶ変わったろう。少なくとも都会と田舎というインフラの差は酷い。
 あれだけコテンパンにされたのにも関わらず、かつての中高生時代のように『こんな田舎
なんて出てやる。都会に出てビッグになるんだ!』と馬鹿の一つ覚えに意気込んでいた当時
を思い出す。……戻れるものならあの頃の自分をタコ殴りにしてやりたい。
 勿論、変わらないものもある。
 言わずもがな、人だ。都会だろうが田舎だろうが、他人を足蹴りにして都合のよい環境を
整えたがる性分の人間は──表に出ないだけで実際ごまんといる。
 それでも、こっちでのそれらは皮肉にも逆の方向で動いてくれた。
 お局、と云うべきなのだろうか。気の強い女性事務員がいた。同じ役職だから、余計に対
抗心があったのかもしれない。
 だけどそんな彼女のいびりに、他の社員──といっても半分以上が年配のおばさま方──
が立ち上がってくれたのだ。折角地元に戻ってくれた若者を逃がしてなるものか、そうとで
も考えたのか、むしろ彼女らが団結して結果的に件の女性事務員が辞めることでこの静かな
諍いは絶たれることになったのである。
 ……正直、手放しで彼女達に感謝できなかった。
 入れ替わっただけではないか。
 苛める側と、苛められる側。こっちに戻って来ても、人は同じ事をやっている……。
「──」
 はたと、愛犬が立ち止まった。リードのたわむ感触が伝わる。
 農作業中だったのだろう。老夫婦が道端に捨て置かれた石材──らしきものに腰掛けなが
らこちらを見ていた。愛犬が短く息を吐き、鼻をすんすんと鳴らしている。
 見覚えのある夫妻だ。名前はちょっと出てこないけれど……。
 軽く会釈をし、ほぼ一方的でスローテンポな世話話に耳を傾けてから、僕と愛犬は再び歩
き出した。
 一面に広がる田園風景。
 梅雨も半ばを過ぎ、田植えを済ませたあちこちの田にはなみなみと水が張られている。
「……」
 草が、生い茂っていた。
 畦道の左右を分けるように、人が車が轍を作っていった結果こんもりとなった中央ライン
上に。何よりもそんな路と自然──田畑・林を区切る境界上にずらりと。
 ゆっくりと、ゆっくりと歩いた。
 家に戻ればまた何かしら母の小言、独り言を聞かされる──それが自分に向けられたもの
ではなくとも、ある種無理やりに耳へ叩き込まれる──ことだろう。そんなぼんやりとした
気鬱を知ってか知らずか、愛犬は心持ち急き気味に進んでいる。たわんでいたリードが、再
びピンと張っていこうとする。
 そんなに急いで、何になる……?
 言葉にせず問いかけ、そしてすぐにその詮無さと矛盾に自身を哂った。
 本当は、焦っている癖に。こんな生活のままでいいのかと、迷い続けている癖に。
 自分の分の衣食住は、一応稼げている。
 だがそれだけだ。何処か街の方へ遊びに行くでもなく、親孝行する訳でもなく、余暇を過
ごすに適した趣味すらもない。
 辞める前までは、実はずっと急いていたのだと今ならはっきりと分かる。
 勉強した。勉強した。努力した。
 だけどそれが「違う」と「要らない」と突っ撥ねられた。ポキリとあの瞬間、自分の中で
蓄積していた塔は、あっという間に見誤った基礎にひび割れを来たして崩れ落ちた。
 それでも……自分は一向に建て直そうという気が持てないでいる。
 ただ真面目に勉強する、仕事をこなすだけではなく、他人にとって必要とされるユーモア
だのアドバンテージだのといった、もっと人的(しめっぽい)要素を鍛えようという気概が
一向に湧いてこないでいる。
 それが人付き合いというものの本質なんだ。そう経験では分かっている。
 だけど……認めようとしない自分がいる。そんなもので僕は否定されたのだと、未だに変
にプライドが邪魔をして進めない。
(五年も経ってるのにな……)
 初夏の頃は、まだこの辺りはこんなに草が伸び放題にはなっていなかった。農家や地区の
皆さんが野焼きをし、草刈りをし、奇麗に刈り取ってしまった後のさまを、僕は確かに記憶
に留めている。
 だけど、夏草はすぐにまた伸びる。こうしてまた、僕と愛犬を覆い隠してしまうほどに高
く広く繁茂している。
(僕は、一体どれだけ成長出来ているんだろう……?)
 酷い差だと、そう思った。
 ほんの短い時間──梅雨という特例の恵みがあるにせよ──でこれほどに草木は成長する
というのに、自分のそれの何とも貧相なことか。
 愛犬がすんすんと、また匂いを嗅いでいる。
 僕には、人間には分からない。
 だけど季節特有の何かが、この子の感覚を刺激しているのだろうか──。
「…………」
 風が吹いていた。
 少しずつ陽の色が茜になって視界に存在感を示してくる中、着古したシャツをジャージを
その真下の素肌を、一陣の涼風がすり抜ける。
 理屈を云々と並べるよりも早く、いいなと思った。
 田舎に住むことの一・二を争う良さといえば、やはりこの豊かな自然だろう。
 自然は、いい。人のように陰険さがない。清々しい時は清々しい姿をしているし、猛威を
振るう時は徹底的に攻撃的だ。如何せん後者は近年極端になりがちだが……それでもまだ人
よりマシだと思ってしまうのは、ずっと街(むこう)での挫折を引きずっているからか。
 愛犬も、とうとう僕の佇みを見上げて突き進むことを諦めたのか、その場でそっと腰を下
ろしていた。
 暫く、二人して田園の向こうから吹いてくる風に当たっていた。
 空には筋の雲が少しあるだけ。気付けば茜色が、すっかりその多くを占めている。
 もう暫くぶらついてから帰ろうと思った。
 先刻までは古傷を刺激してくるだけだった周りの伸び散らかした雑草達も、今は不思議と
風に揺られて穏やかな表情をみせているような気がする。
「……また、夏か」
 何度か風が吹きぬけた後、僕はそうぽつりと呟いていた。
 遠く点々と、農作業をしている人の姿が見える。
 風に乗って何処からか、繁茂したものらを削ぎ取る草刈り機の音が聞こえていた。
                                      (了)

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  1. 2013/07/01(月) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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