日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)全て遠き聖人像

まとまった雨キタ━━(゚∀゚)━━!!

先日からこちらでも雨が降り注ぐ日々が続いております。一時は空梅雨からの猛暑コンボを
思い気鬱気味だったのですが、これでだいぶ田畑も潤った筈。
(思考力維持&インドア的な意味で)夏よりも冬、日本晴れよりも薄曇りが好き。
こんにちは、長月です。

ユー録Ⅳ部のプロット作成、地道に続けております。
状況は、昨日現在の時点で全体の半分弱まで進みました。
中編終了まで固まれば、また改めてツイッタやなろうさんの活動報告に記載しようと思って
いますので、併せて見ておいて頂ければとφ(・_・三・_・)φ

……ようやく(というか、毎回こなす内にそう為ってくるのでしょうけど)プロット作成も
自分なりのリズムが見えてきたような気がしますね。
話の大筋という道の上に、重要イベント?や結びのシーンという大きな杭を先ず仮打ちして
ゆく。そこから互いの整合性を合わせるように中小の杭(その他シーン)で隙間を埋めてい
きながら、骨格を固めていく──。
一応書く頻度の多い短編でもプロットは書いているのですが、形態が違うのもありますし、
何よりそっちはざっくり粗くても割合何とかなってしまう故これまであまり互いの連絡性が
見えてこなかったんですよねぇ……。
それでも、数だけはこなしてきたからか、一連の作成作業の中で以前よりは「ああ、こんな
感じかな?」という──論理的ノウハウと呼ぶにはまだまだ漠然としているものの──肌身
に付いた経験値?を視る機会が増えてきたように思います。
流石に今月中に全部を終わらせ、本編の執筆・更新までいくには至らないと思われますが、
せめて作成作業は来月前半には終わらせたいですね。

……と、ここ暫くプロット作りに集中していて当庵の更新も間が空きがちですが、ご容赦を
頂きたくm(_ _;)m。oO(というか、更新ネタが繰り返しばかりで芸がなぁ……)


僕自身も含めてのことなのですが、往々にして「文化芸術への批評」というのは難しいもの
があります。言ってしまうと、攻撃的・排他的になりがちだよなぁと思うのですよね……。

先日も、以前からも、僕はそういった場面を目にしてきました。

ある人は、昨今のラノベ調──エンタメ路線ばかりが目立つ小説界を嘆き。
またある人は、個別具体的な矛盾を突き回し、粗探しをする。
そして別のある人は、今日巷に多く占められた創作とその読者を“凡百”と言い切る──。

予め断っておきますが、僕は別にそういう批評者の皆さんを「批評」する気はないのです。
むしろそんなことをしても無限ループでしかないというか、意味が薄いというか。
創造に関して高尚を希求していくこと、答えの出ぬ問いを問い続けること、それ自体を咎め
ようなどとは思いません(そもそも僕だってそんな営みの徒です)
ただいち創作人として、そういった志向に与しない・価値を見出さない他者をさも劣等種で
あるかのように──殆どの方は違うと仰るのでしょうが──見下す向きがあることに、僕は
違和感や不安を感じざるを得ない……という趣旨なのです。

要するに文藝の「格」を維持・向上させようとするが余り、新参者に対して排他的になって
いるんじゃないかということ。少しでも彼らの隙──不勉強(と突ける一点)を見つければ
これみよがしと口撃して憚らないさま。
……そりゃあ僕も、かねてよりもっと僕らは“領分”を弁えるべき、とは言っています。
だけどもこれは、違う。何だか違う。
仮にそれらの口撃が「教育」させしむものだとしても、そもそも不勉強だから初心者の類と
もいえる訳で、そこを初っ端から怒鳴ったら拗れるでしょうに。
これがスポーツなどの部活なら「体罰」になっている──とても似た構図を呈しているので
はないでしょうか?(あれだけ報道を受け、皆がけしからんと声を荒げていたというのに)

創作だけに、留まらないんですよね。
今に始まった事ではないにせよ、もう(僕も含め)世の人々は“他人に教えること”が凄く
下手になっている(厳密にはそんな心身の余裕がなく自分で精一杯?)ように思うのです。
『半年ROMってろ』なんてのは、その代表的な例ですよね。
ROM=Read only member。所謂「読み専」を意味します。
つまり“少なくとも半年はこっちに入って来るな。手前で見て覚えろ”というニュアンス。
昔気質に云うなら「目で盗め」と解釈できるのかもしれません。ですが僕には、両者には決
定的な違いがあると確信しています。
それは“排除に対する積極性の有無”。
前者は突き放しながらも来るなら来いという構えがあります(尤も今日びそれを「察して」
貰えるかは怪しいのですけど)が、後者は根本的に邪魔だから要らないというメッセージ性
が強い。造詣のレベルに関わらず「まぁいいけど」と迎える姿勢が弱いと思うのです。
……もっと僕らは“領分”を弁えるべきだ、とは僕は言います。
だけどそれは『レベル差』で以って訪問者を切り捨てる“積極的な排除”ではありません。
僕が意図しているのはもっと退け腰──仮に彼の者がレベル差なり不勉強なりで自分達の界
隈を乱すのなら、皆で追い出すのではなく、そっと距離を置き直してぐにゃんと柔軟に捌い
てみせる、そんな“消極的な排除”であるのですから。
不勉強それ自体が罪ではないと考えるのです。
不勉強であると自覚し、それでも尚、その界隈にいる己を恥じようとしない──そこに限定
した上で僕は罪を観るのです。
足りぬなら、そっと教えてみればいいじゃないか。
それでも気付かないなら、そっとこちらが身をかわしておけばいいじゃないか。
そこでわざわざこちら側が真っ赤になるなんて、どうにもスマートじゃない気がする……。
もしかしたら彼の者はこの界隈にいる自分達とは違う視点で世界を見ているのかもしれない
し、もしそこで思っていること・考えていることを伝え交換し合えたら、もしかしたら僕ら
にとっても有益な刺激──経験値になるかもしれない。

……と、屁理屈でこう、ぐるぐる考え悶える一方、もっとサッパリと「諦める」という道も
またある。そんな話もしておきましょう。
ここからは少なからず宗教的?な物言いになります。
というのも時折弁を借りるのは、本の虫であり心理学を齧り、メンタルケアの学徒である方
(及び他何名か)との語らいの中で至った思考であるからです。
それは“そもそも白黒ハッキリさせなくてもいいや”という態度。
先も述べたように、ある界隈(ここでは小説など創作分野と仮定します)にとっては大きな
問題、関心事であっても、人が変われば当然その判断(目線)は変わるのです。言い換えれ
ば、そもそも当該クラスタが云う「レベル差」という指標自体が実は限定されたごく一面的
なベクトルでしかないとも言える訳です。
なので……そこで優劣を競ったりしてもあんまり意味が無いよね?
そういう発想の下、何より「白黒を付けようとするから争いになる」という現実を回避する
意味でも、ある種諦観の如く白でも黒でもない“グレーな自分達”を認識せど許すという態
度は、これもまた一つの「回答」ではあるまいかと。
これは仏教的には“目盛のない物差し”であり、キリスト教的には“汝人を裁くなかれ”に
通じるものだと考えます。

また話は跳びますが、拙作ら──自分の創作の中においてこうした『何が正しいのか?』と
いう問いはしばしば姿を現しています。
既存の秩序を重んじること、身近な大切な何かを守ること、或いは世界に抗っても、自分達
の抱いた理想を現実というこの世界に固着させること。
これらは、現在進行形・現時点での僕の考えとして、やはりどれも一面的に過ぎないのだと
思っています。
良識という“公が認めた押し付け”に収まって安寧を得ることも、我が身可愛さと言われよ
うが這いつくばり生きることも、今をぶち壊してその先に新しいセカイを打ち立てようとする
ことも──どれも、誰もが「自分勝手」が故。即ち「利己」を抱くが故ではないでしょうか?

しばしば、拙作では『誰か(何か)の為に身を捧げる』者がいます。
意識的にしろ無意識的にしろ、彼らは一見すると「利他」的に……見えます。
ですが僕が思うに、どこまでも利他的な人間──聖人など、この世の何処にもいない。
それは単純な絶望ではなく、事実として。どれだけ博愛的な言動を尊び、成しても、その者
は何処かでそんな自分に酔っている・そんな自分であることに意味を見出して──しがみ付
いている。……それは、まさしく「利己」そのものではあるまいか。
全方位的な善も悪もない。同じく潔癖なまでの利己も利他も、きっとないのだろう──。

だから僕は違和感や不安を抱いたのだと思うのです。冒頭の批評者達をみて、厭な意味で胸
がざわついたのです。
──エンタメ小説は文学じゃない? そうだろうか。
そもそもラノベは中高生向けの小説入門書という位置付けから始まっているのだし、そこに
留まるのも俗に言う一般文藝などの先──いや、多くの枝分かれに進むのだって個人の自由
である筈だ。
──矛盾を突きより物語の精度を高めること自体は構わない。僕もいち書き手として勉強に
なる。だけどそんな人達は、ややもして批判材料を探すことそれ自体が目的と化してはいな
いだろうか? 手段と目的が逆転していないだろうか? 何より楽しめているのか?
──もっと高みへ。その希求を否定はしないけれど、そこに付いて来ない人間を凡百と切り
捨てていいなんて僕は思わない。誰にだって緩やかに、時に激しく、様々な領域へ足を踏み
入れる可能性がある。楽しみ考える権利がある。貴方がそれら多彩を否定し、自分が高尚と
考えるものだけに視野を狭めていくさまを……僕はとても不安で危なっかしく思う。

灰色に在ることは、確かにしんどいし面倒です。
今のご時勢、何かにつけ白か黒かを言及しないと「敵」とみなしてくる輩の何と多い事か。
解っていないんじゃないかと疑ってしまいます。
そうやって“俺の気に入る回答”ばかり強要するから、皆無難に無難にと黙り込んでしまう
のではないのか? そして、そうやって灰色を許さなくなった言の葉のセカイは……きっと
凄く窮屈(モノクロ)なものになると思うのだけれど……。

自分を知り、他人を知り、尚且つ大海のような寛容さを持て──聖人に為れなんてことは、
言えない。そもそもそんな僕の思いだって「自分勝手」だし「押し付け」の一つなのだから。
……なのでせめて、僕がふと見かけた、こんな名もなき人の呟きを引用して結びとしたいと
思います(但し具体的な一字一句に関してはうろ覚えですが)。

“文学に高尚だの何だのっていうの、気持ち悪いんだよ”

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  1. 2013/06/21(金) 22:30:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

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