日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「ハーム・スノウ」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:雪、終末、記憶】


 今日もまた雪が降っている。
 尤も積もって身動きが取れなくなるようなものではない。しんしんと、そんな形容が似合
う状況と言うのが正確だろうと思う。
 だが──それでも別の意味で、この時代のこの雪は、酷く世界を侵している。
「……」
 そっと、静かに降りしきる雪の粒が分厚い手袋の上に落ちた。
 真っ白ではあり得ない、明らかに鈍色にくすんだそれ。やはり同じく分厚い防護ゴーグル
越しに見えたそれは、半開きの掌の中で溶け消える。
 今が何百年も前であれば、この冷たさも白さも、何より情緒も、存分に味わえ微笑むこと
ができたのかもしれない。
 しかしそれは、もう叶わないと僕らは知っている。
 僕らが、その子供達が生きるこの先の時代はずっと、雪とは即ち死そのものなのだから。

 ──“毒雪(ハーム・スノウ)”。

 大気中の水と冷気、そして地中から噴き出す様々な有毒物質が合わさって発生する現象。
 最初に観測されたのは三百年ほど前に遡る。
 当時、世界でも指折りの版図を有していた大国で巨大な地震が起こった。
 間違いなく過酷な災い。
 だがそれでも、人々はある意味楽観的であった。記録を遡っていけば分かるのだが、その
時代既に、人々は頻発する地震に慣れっこになっていた節があった。勿論それで被害が少な
くなる訳ではなく、実際に何とかこの大地の荒ぶりから多くを生き延びさせる術を確率しよ
うと奮闘した人々は民間にも公にも少なからず存在した。
 しかし……災いは、まだほんの序章に過ぎなかったのだ。
 相次ぐ地震と気候の異変の中、世界各地で原因不明の体調不良に見舞われる人々が確認さ
れ始めたのである。
 最初は心因性だと、少なからぬ専門家が考えた。
 実際、度重なる天災によって心身が疲弊してノイローゼになり、結果として身体自体を壊
すという患者はそれまでもいたからだ。
 だがそれにしては、発症頻度が多過ぎると人々が気付き始めた。
 だがそれにしては、発症者の分布に年齢層などの規則性が見られなかった。
 ……やがて災厄は加速する。
 ただの体調不良──そう思われていた人々が次々と激痛を伴う症状を訴え、病院に搬送さ
れていったのだ。
 中には顔面から全身に至るまで、まるで焼け爛れたような炎症を起こす者も現れ、人類は
ようやく自分達の取り組みが甘かったことを思い知らされる。
 原因自体は、比較的早く判明した。
 “毒雪”だった。患者は皆、地震──大地の裂傷によって大気中に放出された、無数の有
毒物質の粒子を吸い込んでいたことが判明したのだ。
 勿論事実を知った人々は訴えた。ひび割れた大地を塞ぎ、空気を奇麗にしようと。
 だが、あまりにも遅過ぎた。人の手だけで押さえ込むには、全てが大規模になり過ぎた。
「──教授!」
 はたと声がした。僕と同じく専用の防護服で全身を守った研究室(ラボ)の仲間達だ。
 背負われた機械は計測器、この“毒雪”の濃度と降雪量を記録する為のもの。
 僕らは、今日も今日とてこの死の雪が降り注ぐ地域に居る。
「数値が二百を超えています」
「そろそろ、私達も離脱しないと……」
 ゴーグル越しの曇った表情ながら、皆が苦渋の思いをしているのが分かった。
 此処も、駄目なのか──。
 僕は静かに溶けて蒸発していく鈍色の粒を見遣りながら、ぎゅっと眉根を顰めていた。
 大地だけではない。空もまた、この数百年で様変わりしてしまっていた。
 繰り返される地震(だいちのひめい)。
 滅多に晴れることのない分厚い曇天(そらのひまく)。
 どれだけ人が巨額の予算を投じて地面の亀裂を埋めようとも、すぐにまた別な何処かで幾
つもの地震が起こる。滞留した空気は天に留まり続け、その上下を境とした熱と冷気の差が
無秩序な豪雨・豪雪を生む。
 まるで人を──生けとし生ける者全てを包囲せんが如き環境だ。
 僕らが住める場所は、年々狭まっている。
 今や少なくない地方──かねてより多い降水量に悩まされていた地域を中心にその放棄は
進み、塞ぎ切れない大地は分厚いコンクリートによって埋め立てられ続けている。
 今や僕ら多くの市民が暮らすのは、かつての豊かな緑ではなく、何度も何度もそんな傷付
いた大地を見捨てるようにして塗り固められた人工の棟型都市ばかりだ。
 ……判ってはいるのだ。
 地面から噴き出す毒の大元、それがかつて僕達の先祖が処分に困り地中深くに埋めること
で封じ込めてきた廃棄物であることは。
 だけども……時代が変わったからといって後輩である自分たちにもまた、あれらはどうし
ようもなかった。むしろ多くの人々は、そんなものが大地の底深くに眠っていることを意識
する機会すら持たぬまま、一生を終えてきたと言ってもいい。
「……そうだね。今日はもう研究室(ラボ)に戻ろう」
 それでも、大地は毒を噴き出し続ける。
 空からは死がしんしんと降り注ぐ。

 “毒雪”のメカニズムが解明されようとしていた頃、この世界にはまだ少しだけ解決策が
存在していた。
 一つは既に述べた通り大地の亀裂を塞ぐこと。
 もう一つはこの惑星(ほし)を捨て、かねてより進められていた宇宙開発から他星移住を
目指すというもの──即ち大地に拘るか、空の可能性に賭けるか、という視野であった。
 この空への架け橋という意味においては、ご先祖様の残したものは大きかった。
 空高く。その志は古今東西を問わないようで、僕が生まれた頃には既に宇宙ステーション
なるものが軌道上に建設されており、そこを拠点として日々見果てぬ宇宙(そら)への夢が
馳せられていたのである。
 彼女も、またそんな一人だった。
 昔の事だ。正直自分でもパッとしない僕にも、恋人がいた。
 間違いなく地味でインドアな僕に比べて、彼女は常に前向きだった。バイタリティに溢れ
た強い女性だった。……正直、何で僕に告白してくれたのかさえ分からない。
『よく考えてみなよ? 地球の人口はどんどん増えてる。そりゃあ“毒雪”でたくさん死ん
ではいるけど……それでもまだ八十億人に迫ってる。どのみちこの惑星(ほし)だけじゃあ
皆を養え切れないんだよ?』
『そんなことはない! 壊すだけ壊しておいて見捨てるなんて、人の高慢だ。僕は何として
でも方法を見つけてみせる。その為にここで学んでるんだから』
 確か出会いは、学生の頃たまたまキャンパスで“毒雪”関連の論文を読んでいる所を話し
掛けられたからだったと記憶している。
 その時から、僕と彼女の志向するベクトルは文字通り天地の差だった。
 僕は何とか毒を封じ直すか“毒雪”になる前に浄化しようと考えていたのに、彼女はそん
なものは始めから投げ捨て、宇宙(そら)の向こうの新天地を目指していた。
 当然、そんな考えの持ち主同士が穏便に済む訳はなく……(主に彼女の所為で)僕らは顔
を合わせる度にそう似たような議論を延々と繰り返していた。
 だから、きっと嫌われているとばかり思っていたのに。
 なのに、彼女はある日呼び出して、告白してきて……僕らは恋人同士になった。
『何でって? うーん……。見直した、からかな。どう考えたってこの惑星(ほし)はそう
長くないんだよ? 人口もそうだし資源の問題もあるしさ。なのに……あんたはずっと同じ
目を輝かせてた。だから、だと思う』
 不思議でならず、訊いてみればそんなにかっと笑ったはぐらかし。
『……それにさ。あんたが大地であたしが空。どっちかの研究が実れば皆が救われる。なら
喧嘩してないでお互いに高めあえれば……凄く、素敵じゃない?』
 いや、直球。
 竹を割ったような性格そののまま押し切られる格好だったけれど、それでも、少なくとも
嫌な感じはしなかった。
 時に高め合い、時に一緒にいてホッと寛いで……そんな時間が、こんな死に包囲された世
界でも過ごせるんだと内心嬉しくて堪らなかった。
『──死ん、だ……?』
 なのに。
 なのに彼女は逝ってしまった。
 彼女が正式に宇宙飛行士となってから初めて、仲間達と共に宇宙ステーションへ補給任務
へと向かったその日、大気圏を突き抜ける筈だったロケットが大爆発したのだ。
 原因は……空だった。年々分厚い“毒雪”の発生源となっていたそれは、遂にロケットの
飛行を妨げる──燃料に引火するほどの濃度と広域に達し、人類に宇宙(そら)への脱出が
最早不可能であると告げたのである。
 大学に残り、研究者として歩み始めていた僕に、今まで経験した事のない絶望が襲った。
 最愛の人を失ったこと。方法は違えど同じ目的(ゆめ)を語り合った友を失ったこと。
 二重の──いや、三重の苦しみが襲った。
 それは彼女の家族だった。
 どうやら彼らは、彼女が宇宙(そら)へ行くことに強い反対をしていたらしい。
 勿論彼らは素人で、高濃度に達したかの曇天がロケットすら拒むとは知らなかった。ただ
逃れようもない大地と空の威圧に、その他多くの人々がそうであるように、従順と為って目
を伏せていただけだ。
『あんたが! あんたがあの子を殺したのよッ!』
 葬式に出た僕を、彼女の母は対面一番に平手打ちした。そして戸惑う相手を気遣う余裕も
なくそう怨嗟と罵声を浴びせ続けた。
 曰く、僕と出会ったことで、彼女は益々自分達の反対を受け付けずに“無謀”へと突き進
んでいったのだと。
 流石にすぐ、周りの人達が彼女を止めに入ってくれたけれど……今でも僕はあのまま、彼
女に殴り殺された方がよかったのではないかと思うことがある。
 ──かくして、空への活路は事実上断たれた。
 そして行き場を失った人類は、長らく凍結されていた計画に再び油を差し始める。
 “人類生存計画(サバイバル)”。要するに土地の放棄と集約だ。
 記録を辿るに、どうやら大昔にも何度かこの計画は実行されたらしい。
 大きくひびを開いた大地を埋め直すでもなく、豊かな緑を取り戻すでもない。
 ただ注ぎ込むのは大量のコンクリートと巨大な鋼鉄骨。力づくで本来の大地を押し込め、
その上に新たな都市を形成する──。
 当時まだ“毒雪”の降雪が観られなかった地域を選定し、こうした幾つかの埋め立て都市
が造られていった。かくいう僕も、勤めていた大学・近隣の街ごと移住を余儀なくされた者
の一人だ。
 現状、方法がないとは解っている。その為に今も“毒夢”の研究を続けている。
 何より許せなかった。
 僕はいち専門家として知ってしまっている。この生存計画(サバイバル)は確かに今生き
る人々を生かす試みだが……同時にその過酷な建造作業の中で、高給を餌に飛びついてきた
持てぬ者らを「間引く」政策でもあるということを。
 
 皆を救う──そんな、奇麗な正義感。
 だけど気付けば、今やその理由は、先に逝ってしまった彼女との約束を果たす、ただそれ
だけへと成り代わってしまっているように思う。
 そう言えば、聞こえはいいけれど。
 嗚呼、僕の抱いた「正義」なんてこんなものか……。
 そう何度も何度も、己を哂い貶す瞬間が、僕を捕らえて離さない。

「──教授、教授っ!」
 突然、少々乱暴に身体を揺さぶられる感触がした。同時に頭上から何度も自分の名を呼ぶ
声が降ってくる。
「……。ああ、すまない。寝てしまっていたか」
 どうやら研究室(ラボ)に帰って来た後、ついソファでうとうとと眠ってしまっていたら
しい。僕がふるふると頭を振って身を起こすと、助手や所属学生──ラボの仲間達がやけに
不安そうな表情(かお)で自分を見下ろしていることに気付く。
「どうかしたのか?」
「ええ……。その……」
「ちょうど今やっているんです。テレビを見てください」
「……?」
 答えた彼らの表情は、やはり硬かった。
 促されて自室を出、皆で共用のリビングスペースに移動する。
『──これは訓練ではありません。連合政府による決定事項です』
 次の瞬間、僕は目を丸くし総毛だっていた。
 繰り返される画面の向こう、厳しく整えられた記者会見の場で語るこの国の首相の顔。
 その言葉と画面右上のテロップ。そこには『連合政府 第七次生存計画発動』の一文。
「……先月、北関東で一発大きなのがありましたからね」
「やっぱり駄目だったみたいです。濃度が許容上限の百八十倍を記録したって話で……」
「さっき事務局から内線がありました。三十分後に職員全員を集めて会議だそうです」
 思わず、片手で顔を押さえてよろめいていた。
 咄嗟に何人かがフォローに入ってくれる。すまないと僕は言った。だが間違いなく、その
声色は憔悴へ転げ落ちるそれと気付かれてしまっただろう。
(そんな……。あれからまだ三十年と経っていないんだぞ?)
 恋人との日々が蘇る。束の間の安寧、彼女を失い責められた日々、そこから半ば逃げるよ
うにして研究に没頭してきたこの二十五年という歳月。
 まだなのに。まだ肝心の浄化技術は実験段階だというのに。……遅過ぎたのか?
「きょ、教授……!」
「お、お気を確かに!」
 若かった身体は随分衰えた。今では立派な中年だ。
 きっと気のせいではないのだろう。必死に支え、声を掛けてくれる皆の声が顔が、どうに
も遠くぼやけて見える気がする。
「……」
 いや、それよりも込み上げてきた。
 怒りだ。“毒雪”が何たるかを知っても尚、政府(かれら)が採ろうとしているもの。
 確かに僕達はまだ根本的な解決策を見出せていない。だが、だからといって彼らがやろう
としているのは、間違いなく先送り──かつての人々が繰り返してきたそれではないか。
「また……また繰り返すのか? 無数の死の上で胡坐をかくつもりか!?」
 ラボの仲間達が唇を結んで黙り込んでいる。
 それでも僕は、画面(かれら)に向かってそう叫ばずにはいられなかった。
                                      (了)

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  1. 2013/06/05(水) 18:00:00|
  2. 週刊三題
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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