日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「時の墓穴」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:井戸、時間、家】


 懐かしいその佇まいが壊されようとしている。とある古びた家屋が、今まさに取り壊され
ようとしている。
 ……尤もそれは、私達が決めて頼んだからこその現状であるのだが。

 私達は山間に囲まれた小さな田舎町で生まれ育った。
 祖父母に父と母、姉と私と弟の七人家族。現在(いま)でこそ大所帯な部類に入るのだろ
うが、当時は子だくさん・親戚もろとも同じ屋根の下という暮らしをしている家はあちこち
にあり、私達一家もごくごくそんな“普通”の中に埋もれていたと思う。
 確かに周りは山野ばかりで、娯楽らしい娯楽もない。買い物だって、気まぐれに開かれる
市場を利用するか、隣市のデパートまで車を走らせるか、くらいしかない。
 それでも私はこの田舎が好きだった。
 姉は人付き合いがべたべたして気持ち悪いと、弟は面白いものが何一つないちんけな村だ
とそれぞれ愚痴っていたものだが、生来そう身体が丈夫でもなく気を抜くと体調を崩しがち
だった幼少時の私は、どれだけこの村の自然に救われただろう。
 目いっぱいに映る奇麗な緑、濃い緑、秋には赤や黄で色づく山々の表情。
 水も空気も澄んでいて実においしいものだ。……大人になって街に住むようになり、その
澱んだ天地の気配に心が重くなる経験を繰り返して、改めてかけがえないものだと認識する
ようにさえなった。
 思い出が美化されているだけと哂われることも少なくない。歳を喰ったが故の郷愁の念で
しかないのかもしれない。
 だけど……あの日、一人この故郷の生家に住み続けていた母が倒れたと聞いた時、私は仕
事を無理を言って切り上げ、今度こそと駆けつけた。
 心筋梗塞だったらしい。近所の人が知らず戸口にやって来た時には、既にぐったりと倒れ
ていたという。
 程なくして母はそのまま息を引き取った。姉や弟も合流し、二度目になる親の死と向かい
合う日々の到来を余儀なくされた。
 また、助けられなかった……。
 私は臨終の場で嗚咽してしまったが、姉は眉間に深く皺を寄せつつも強い女性(ひと)の
ままであろうとした。長男坊が大泣きするんじゃないよ。そんな言葉に、私はざわっと胸奥
が激情をくべるのを感じた。
 はん……。親父の時とは随分な違いじゃねぇか。
 そして次にそう吐き捨てた弟に、私はつい掴み掛かっていた。
 違う。確かに父の時はあまりにも急で、駆けつける暇も作れなくて……。
 ようやく姉が私達を止めてくれた。
 尤も止めてくれたというよりは、ただ目障りな雑音を排したかったというような、それは
それで冷静な姉らしい態度だったのだが。
 父さんの時のことを責めたって、母さんは戻らないのよ──。姉はそうごちた。
 弟が黙り込む。私もすまないと呟く。
 父の時は言ったように、私は終にその臨終にも葬式でも出られなかった。
 ふらりと道に出て事故に遭ってしまったらしい。
 当時、父は認知症を患っていた。
 そんな子供だが、態度だけは変わらず亭主関白な父を、母がたった一人で世話していた。
 ようやく時間が取れて駆けつけた時には、もう父は位牌になっていた。あの時は何度も何
度もすまないすまないと墓前で謝り、一番ショックであったろう筈の母の気持ちを鑑みる事
すらできていなかったように思う。
 だからこそ、今度こそはと心に誓ったのだ。
 父さん、母さん。
 貴方達の遺したものは、きっと大事にするから──。

「……」
 古びた家屋、かつての我が家。
 最後の住人であった母の死去により、私たち姉弟にとっての目下の問題は、この家をどう
するかということだった。
 一番理想なのは、自分達が代わって住んでやること。守り伝えていくこと。
 だが私はとうに街に暮らして長く、現在の職や人脈を投げ棄てて帰郷するのは事実上不可
能だった。
 バリバリのキャリアウーマンな姉は言わずもがな、そもそも弟がこの村を出て行ったのは
都会に憧れていたからというのは周知の事実。されど二人に頼むという選択肢も取ってみた
所で拒まれるだろうことは明らかだ。
 だから、私がこの家を相続した。ちなみに土地以外の資産はそう多くはなく、姉弟三人で
均等に分配することで早々に決着させている。
 どうしたものか? 故の目下の問題は古びた生家をどう処理するかだった。
 姉や弟にもしばしば時間を取らせてしまった。
 売っちまえよと弟には言われたが、その時点で既に、私はある考えを実行に移す勇気を説
得することに集中していたのかもしれない。
「二之宮さーん。来られていたんですねー」
「あ、どうも。お邪魔しています」
 我が家が重機や人の手で次々に解体されている。
 そんな、思っていた以上に呆気ないさまに遠目から立ち尽くしていると、ふと見知った顔
らがこちらに気付いて近付いてきていた。
 村の同窓生とその仲間達だ。彼は今、隣市で小さな解体業者を営んでいる。
「そう畏まるなって、依頼主さん? ……やっぱ、我が家が潰されていくのは辛いか?」
「辛くないといえば嘘になるけど……でも仕方ないことだから」
「……そっか」
 私が下した決断は、我が家を取り壊すことだった。
 だがそれは単に、自分では維持できないからという理由ではない。
 自分たち姉弟──子供達では“家”の面倒はみれない。ならいっそ、この土地を丸々村の
皆の為に使えるようにしてはどうだろう? そう考えたのだ。
 溜まっていた有給休暇をここぞと利用し、私は一旦こちらに帰省した。そして村の皆に集
まって貰い、この計画を打ち明けたのである。
 あんた……本当にそれでいいのかい?
 勿論、村のご老人方は遠慮した様子も少なからずあった。
 だが母が亡き今、現状街で生活を営んでいる自分達子供らではこの家を切り盛りすること
が不可能な今、このままただの空き家にするのは惜しい。ならばいっそ、皆さんの暮らしを
助けるものを呼び込んでみてはどうでしょう? そう私が言って、彼らもようやく承諾して
くれるに至ったのだ。
 案としては、雑貨屋の類。外から呼び込んでもいいし、何なら村の有志の方々の市場にし
て貰っても構わない。これでも商社勤めの営業マンだ。大手とは言わずとも、小さな店一つ
くらいなら何とかなる算段は出来ていた。
「この前も例の社長さんと話してね。一度自分でも見に来るって言ってたよ」
「おお……。じゃあ、この村にもようやくスーパーが」
「ああ。写真や地図は以前にも見せてるけど、やっぱり」
「商売が成り立つか──採算が合うどうか、か……」
 同窓生(かれ)はそう口元に手を当て、思案顔をしつつ私の報告を聞いていた。
 仕事の人脈からとあるスーパーの社長と商談を重ね、肝心の雑貨屋──もといスーパーが
ここに建つことになった。
 これで村や近隣の人々も、だいぶ買い物が楽になるだろう。先日から彼の会社にこうして
仕事を頼んでいるのも、招致が決まったからこそのものだ。
「……」
 遂に柱が折れて崩れる、かつての我が家を見遣った。
 最初この構想を伝えた時、姉や弟は酷く驚いた様子だった。家の面倒をみれないことは私
も同じだと解っていた筈なのだが……。
 多分、長男ということで相続を容認していたのだろう。
 だから改めて丁寧に、今回の計画とその進捗状況は随時二人にも連絡している。
 現状三人ともが面倒をみれない以上、廃屋としてしまう。
 それ以外の道が採れるなら……そう考えたのだろう。やがて姉も弟も認めてくれた上で現
在に至っている。一応詫びのつもりで、社長の手前安価に設定した地代の収入を一緒に分け
ると約束したことも、もしかしたら影響しているのかもしれない。
 何だか姑息な感じもするが、これも交渉術の一つだ。
 私は村に寄付するという形でも良かったのだが、流石にそこは“お人好し”過ぎると二人
に反対された経緯もある。
 ……大量の土埃を舞いあがらせて、古びた家屋(わがや)がその役目を終えていた。
 嗚呼、これでお終いだ。
 だが同時に始まりでもある。願わくば両親の遺した、私達が幼い日々を過ごした土地が、
この地の人々を少しでも豊かにしれくれればと思う。
「社長ー、二之宮さーん!」
 そんな時だった。
 ふと解体があらかた終わった現場の方から、私達を呼ぶ作業員らの声が聞こえた。
 何だろう? 私達は二人して歩き出す。
「こんなのがあったんですが……」
「どうします? やっぱりこれも解体、するんですかね?」
 そこには、一本の古い石造りの井戸がぽつんと、生えっ放しの雑草らに紛れて口を開けて
いた。石を積み合わせた本体はとうにくすんで汚れており、つるべを上げ下げする滑車を付
けていたであろう屋根と骨組みも、今や柱の根元だけを残して朽ち果てている。
 暫し目を瞬かせて、私はそのさまを見遣っていた。
 嗚呼、そうだ。そういえばこんなのもあったっけ……。
 我が家の跡をちらと見て、その位置関係を確認し直してみる。間違いない。中庭だったそ
の奥にあるこの古井戸は、昔まだ祖父母が若い頃に使っていたものだ。
 ただ私達が物心ついた頃にはもう枯れてしまっていたらしく、少なくとも自身の記憶には
これが使われていた姿は見つけ出せない。
「……まぁ、随分昔から枯れていたみたいですからね。下手に残してお客さんが落ちちゃっ
たら大変だし……。解体、というか、埋めるってできるんですか?」
「んー、俺達だけじゃあ難しいな。すぐにという訳にはいかんよ。無闇に土をバコバコ入れ
ちまうと関連する水質がおかしくなるからな」
「ああ……なるほど」
「ま、それ以上にここらみたいな田舎だと、埋めたら祟られるだの何だのと騒ぐ奴もいるん
だよなぁ。迷信には違いねぇんだが、どのみちややっこしい事になりかねんってことさ」
 私が答えると、彼は部下達と共に枯れ井戸の中を覗き込んでいた。
 その輪に私も加わる。まだ昼間なのに、その内部は真っ暗でどのくらい深いのかも判然と
しない。
「おーい、縄梯子と照明持ってきてくれー!」
 彼が他の部下らに指示を飛ばしていた。やがてガチャガチャと音を鳴らし、彼らによって
金属製の縄梯子と大きな懐中電灯、据付型の照明器具が幾つかが運ばれてくる。
「……ちょっと様子見だけでもしとこう。おい、誰か行ってくれるか? 深さと水気の有無
を見て来てくれ」
 最初、流石に作業員達も黙り込んでいた。
 それでもやがて、一人二人と勇敢な者が手を挙げた。とはいえあまりに人数が多いと窮屈
なので、結局三人のチームを編成して潜らせることにする。
 カッと据付照明が、光を重ねて井戸の中を照らした。そこへ慎重に縄梯子を垂らして引っ
掛け、三人が懐中電灯を点したままゆっくりとそのアルミ製の足場を降りていく。
「……大丈夫かな」
「ビビることはねぇよ。そもそも枯れちまってるんだろ? なら水の中にボトンなんてこと
もないだろうし……」
 カツン、カツン、嫌に彼らの足音が軽い金属音が反響して耳に届いていた。
 私はついそんな深淵のような暗がりに眉を顰めていたが、部下を見送り見守る彼の表情は
あまり変わらない。深く降りるに合わせて少しずつ、照明の角度を微調整さえさせている。
「ああ、そういえばさ。二之宮」
「うん?」
「この前、お前の姉ちゃんと弟さんが来てたみたいだぞ。俺はその日現場(こっち)にいな
かったから会ってはないんだが、うちのがこの家の周りをうろうろしてたのを見たんだと」
「姉さん達が……?」
 妙だなと思った。
 自分以上に遠方に暮らしている筈の二人が、命日でもないごく普通の日になぜこっちに?
 承諾したとはいえ、やはり生家が壊されるのが忍びなかったのだろうか? それにしたっ
て、連絡の一つくらい寄越してくれても──。
『ひゃあぁぁぁッ!?』
 だが次の瞬間だった。突然、井戸に潜っていた三人が悲鳴を上げたのである。
「お、おい、どうした!?」 
 隣の彼が仲間達が身を乗り出して呼び掛けていた。
 もう一度灯りを底へと向ける。するとカンカンッと、三人が大慌てで上って(もどって)
くるのが見える。
「どうしたんだよいきなり?」
「なんかあったのか?」
 同僚の作業員達が眉を顰め、或いは小首を傾げて、這々の体で戻ってきたこの三人を囲ん
で訊ねていた。
 一人は荒く息をついている。一人はガチガチと震えの止まらぬ身体を抱えている。
 そして三人目、一番体格の良い男性が、心なし青褪めたままの顔で私達に向き直るとそう
確かに答えたのだ。
「……死体があった。骸骨が、血だらけの甚平を着た骸骨が……いた」
『えっ──』
 私達は思わず固まり、言葉を失った。

 甚平。
 父が生前、好んで着ていた服装の一つだった。
                                      (了)

スポンサーサイト
  1. 2013/06/01(土) 00:00:00|
  2. 週刊三題
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<(企画)週刊三題「ハーム・スノウ」 | ホーム | (雑記)漠然とした不安─雑感旋回>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://higurasisouann.blog27.fc2.com/tb.php/322-30fb619a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (147)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (86)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (27)
【企画処】 (334)
週刊三題 (324)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (15)
【落書帳】 (6)
【詩歌帳】 (6)
【雑記帳】 (315)
【読書棚】 (30)
【遊戯倉】 (24)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW (16)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

@long_month からのツイート