日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)愛でなく哀を綴る、剣に代えて筆を執る

お久しぶりです(・ω・) 創作メモを走らせてぼやっとしていたら、あっという間に前回から
日数が経ってしまっていますね……。嗚呼、何とも時間が勿体無い_(:3 」∠)_

何もしていなかった訳ではないんですけどね。冒頭の通り創作メモ(但し何時使うのか自分
でも分かっていない)を書き留めていたり、積んでいる小説を消化していたり。
今週は三題が早く済んでしまって気が抜けた──のかもしれませんね。アナログではペンを
握っていたとはいえ、書き物らしい書き物ができず終いでしたし。

でも多分、本当はこれくらいの安寧(ゆとり)を喜べるのが一般人なのかな?とも推測して
しまいますね。自分ときたら逆にその「空白」が怖いなどと感じてしまっている……。
以前にも呟いていた事ではあるのですが、感性というのは意識的にアンテナを立てていない
と確実に鈍って──妥協と無関心が常になって──いきます。これは何も意識だけの話では
なく、年齢を重ねるごとに反比例するという実に厭な経験則まである訳でして。
だからこそ「怖い」のでしょうね。
自分が思考する存在だという自負?で何とか保っていると認識している・経緯がある故に、
それらがすっぽ抜けてしまうことはイコール精神的な死にもなりかねない、そんな脅迫感。
「創りたい」が容易に「創らなければ」に変じてしまう傾向なども、多分そんな自身の偏り
に起因しているのでしょうね……。

ものを思うことに、必ずしも“重さ”は必要ないのに。
明るくて笑えるような思いだって、きっと一側面であろうものなのに。
だけどどうにも、自分は硬く密度あるものばかりを求めてしまうきらいがある。
だから余計にアンテナが上手く集め切れず、自滅よろしく悶々としてしまう事多々──。

分かっていても中々治せずに今に至る、悪い癖の一つでありまして(;=_=)φ


お陰様で拙作・ユー録も次章で第Ⅲ部完結を迎えます。
現在の段階でPV62000・ユニーク5800人。相変わらずの亀足更新ですが、それなりに手に取
って頂けている方はいるようで、他の拙作共にレスポンスも貰えたりして、中の人はこれで
も小躍りしていますm(_ _)m
三十九章の執筆開始は月末か、来週上旬になると思われる……のですが。

先日からぽつぽつ漏らして(のたうち回って)いる処のそれは、不安やら迷いです。
前回の雑記でも言及したように、ここ暫く自身の言の葉が乱暴──その毒気が強まっている
気がしてならないのですよね……。そしてそれは間違いなく、創作活動における思考状態に
も影を落としていると言わざるを得ない状況で……。

『怒りは、創作のエネルギーとして瞬発力はあるが、持続性はない。
全ての創造の源は愛である。ストレート過ぎるけれど、他者に対する愛や、尊敬や、優しさ
を抜きにしては、作品は成り立たない。人生と同じく(by 小池一夫:劇画家・作家)』

結構前になりますが、ツイッタ上で見かけたとある作家さんの言葉です。
「他者に対する愛」──今の僕には、何とも欠けているものだろうか。
前半は理解、というか経験的に分かるのです。怒り──私的怨憎を創作という形で叩き付け
ることはその行為へのハードルを下げてくれるものです。ですが、これまでも僕自身、その
過去の経験と反省から言及しているように、それ「だけ」では創作は芸術性にまで昇華され
ることは難しいと考えます。
結局の所、怒り(憎悪)がその思いの発端である以上どだい「私的」な訳で、どれだけ理屈
を捏ね回して装飾してもそれらは「鬱陶しい他人事」の域を出ないのですよね。
もしかしたら(似た経験がある等の)共感は得られるのかもしれませんが、そうでなければ
私的に縮こまった分、反発された際の突き上げは強い訳です。何より創作としてスマートで
はない。荒削りを誇るのは、何だか違うなーと。
……しかし、先述の小池氏の云うように「愛」で人を語れるのか?という後半の投げ掛けが
今の僕をややっこしく、もどかしくします。
ぶっちゃけ僕にはできません。まだできない、人生経験が足りないからなのかもですが。
少なくとも自分はそこまでヒューマニストじゃない。人の素晴らしさを謳うよりも、むしろ
僕は人の醜悪さを謳い、そこから人という僕らの本質を抉って観たいと渇望している。それ
は少なくとも「愛」ではない筈です。そもそも憎悪による言の葉を否定する(厭に思う)の
だって、先程の筋立てを援用すれば“不満はあるらしいが、お前の情動はお前のものだ”が
根っこにある訳で……。
(事情や背景を知っても、それらばかりをごり押しされるだけで相互理解すら図れないなん
てケースが悪目立ちするから、じゃあ端っからやたらに同情し合いっこしないでいようぜ?
というスタンスがデフォなだけです。一応補足をば)

だからこそ、自身の言の葉が毒気を帯びてしまうのでしょうか。
どうにも目に付くのは、愛を注ぐのに値しないような醜悪をいかんなく発揮して止まない
人々であったりします。所謂スルースキルを行使して遠回りしやり過ごしてみても、やはり
悶々と後味の悪いものは悪いものなのです。
それでも尚(こうして嫌悪感=怒りを抱く自分を含めた)人間を信じ、先ず彼らに喜びを与
えるのがエンターティナー精神であるのなら、やっぱり僕はその方面には向いていないなぁ
と再確認できてしまいます。
他人の感情とは基本的に「他人事」であり、考慮はしても賛同しないといけない義務は無い。
僕にとっては観察・分析対象であり、物語という名のシュミレーターへと組み込まれる登場
人物達の原型であり、だからこそ僕が描くものがもし“共感”される時は、そんな利己性故、
己自体を誇るべきではないとすら考えるのです。
……創ることの目的意識が明らかに他者ではなく、己の関心事に向いているから。
全方位的に人が悪ではないとは解っていても、されど善だとも言い切れない。単純に愛を語
り人間を賛美するよりも、もっと“剥き出しの人間”を描きたいと願ってしまう自分がいる。
故に、どうしても言葉は描出のさまは、奇麗なままではいられない……のかもしれません。
僕の思う人々の本音と、他なからぬ僕自身の憎悪(厭気)が相まって、尚更に。

ユー録を始め、自身の拙作らに横たわるテーマは総じて“重苦しい”に尽きると思います。
『無難な勧善懲悪に流されていないところが良い』なんて感想を頂いた事もありますが、逆
に言えばいわゆる王道?を好み、娯楽として物語を愉しみたい人々を嘲笑っている物語達で
あるとも言える訳ですよね。
僕もできる限り、全面に真っ黒のバッドエンドではなくせめて一縷の光があるようなエンド
マークを持つお話を描こうとしているつもりですが、どうにも僕の思考・嗜好・志向を支配
している(くる)のはやはりそんな重苦しく硬いもの達であるように思えてなりません。

それが僕の創作人としての毛色なんだ──。そう割り切れれば、いいのでしょうけどね。
だけども、そうやって自分を固定化することをよしとできない自分も、確かにいる。
思考する力はたださえ簡単に衰えます。すぐに硬直化し、鈍化し、異なる価値観を持つ者を
攻撃することばかりになってしまう。そうしないと自分の中の秩序(コスモス)が壊れる。
……辟易していたのは、間違いなくそんな人間達の姿の筈なのです。自分の為に他人を踏み
台にしても構わないような──ある意味とても人間的ではあるのですが──そんなさまに僕
は何度となく歯痒い思いをしてきました。
だから、聖人君子にはなりえなくとも、自分は怨憎の中に凝り固まらないように自戒し続け
なければならない。その為には誰かを許しておく心持ち──氏が言うような愛、他者への優
しさなるものが必要になるのかな? そう解釈しつつ、難しいなと悶々としつつ。
(許し責め説かないのはイコール、跋扈する輩を自身が止められない無力さでもあるゆえ)
しかし現状、僕の内面はそうじゃない。
怨憎の跋扈に怨憎を叩き返す負の連鎖を何とか自制しようと努めつつ、されど彼らに先ず与
える(愛)までには至らない。徒に関わり(同調)を持たない。結局の所それは自衛策──
いわば数直線上の負値と零を行ったり来たりしている状態とでも言うべきで……。

……やはり僕には、愛だの奉仕の精神だのというものには合いそうにありません。
どれだけ押し込めて理知的に在ろうとしても、僕の思考の根底に流れるのはきっと他の誰か
もそうであるように怨憎なのでしょう。誰かが吐き出した怨憎、それらがセカイを壊してい
くことへの沸々とした怒りであり、捏ね回しひた隠しにせんとする復讐の念なのでしょう。
それを考えると、折につけての『貴方の愉しみや糧となればこれ幸いです』という文言の何
とも取り繕った言葉なことか。物語達をどう解釈するかは半ば相手の自由であるとはいえ、
やはりそうなら書き手である自分は“卑怯”ではないのか……?

まだまだ人生の経験値(愛することへの自信?)が足りないのでしょうか。
芸術家気取りをしその界隈に棲もうとする人間は、大抵人生上の苦労や責任から逃げてきた
連中だ、なんて云いもあったりしますし……。
利他的でなければ本当の創作者ではないとまでは言わない(むしろ個人的には創作なぞ我欲
の塊だと思っている節さえありますし)けれど、こうもっと悪い意味での私情に浮かされぬ
言の葉を紡げればなぁと憂いてなりません。はたと気落ちばかりします。

まるで、重苦しい物語・抱く思想自体が「悪」であるかのような気がして。
そもそも自分が、跋扈する人々を変えたいと思う──思いながら筆を執ること自体「間違い」
なのだろうかといった思考が僕を苛むようで。

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  1. 2013/05/17(金) 15:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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