日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「紅い箱」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:籠、破壊、小学校】


 淡々と、文字通り機械的に自分達を持ち上げ運んでくれるものと信じて疑わなかった鉄の
箱が、突然照明(ひかり)を失いながら止まった。
 ガクンッと大きく内部から揺れた。数度の点滅の後、内部は真っ暗になった。
 異変が起きて暫し静まり返る。そこにはちょうど四人の利用者達が乗り合わせていた。
「お、おい……。何が起きた?」
 一人は、如何にも粗暴そうな茶髪の青年だった。
「停電かしら? どうしましょ……」
 一人は、対照的に優しそうな、ワンピース姿の若い女性だった。
「嘘でしょ!? 冗談じゃないわ! 誰か、誰か出してッ!」
 一人は、苛々と我を張って憚らない中年の女性だった。
「……そう騒ぐな。トラブルがあれば管理会社の者が来るだろう?」
 一人は、四人の中でも最も冷静で年上の壮年男性だった。
 青年と中年女性は、苛立ちや混乱で堅く閉じられたままの扉を叩き、或いは叫んでいた。
若い女性は不安そうに胸元に手を掻き抱いて暗がりの周囲を見渡し、壮年男性はじっと思案
顔のままその場に佇んでいる。
「ともかく、外と連絡を取らなければ」
 残りの面々の様子を一瞥して、壮年男性はずいっと操作盤の方へと近づいていった。
 階数を示すボタンと開閉を促すボタン。それらは全て光を失い沈黙している。彼は数拍手
を止めて黙っていたが、ややあってそれらの下にある蓋を開くとこの外部連絡用の受話器を
引っ張り出す。
「……。やはり駄目か」
 だが通信は繋がらなかったらしい。気付けば残り三人が固唾を呑んで見守っていて、静か
に首を横に振った彼に露骨な落胆をみせる。
「やっぱりってなんだよ。ぬか喜びさせやがって」
「そ、そんな所に電話があるなんて知らなかったです……」
「もうなんなのよ!? 出してよ、早く出してよッ!」
 壮年男性はじっと眉を顰めていた。
 このトラブルはおそらく停電が原因だろう。だからこの受話器も使い物にならないのだ。
先程は管理会社の者が来ると言ったが、停電の規模によっては発見がもっと遅れる可能性が
ある……。
「落ち着くんだ。ただでさえ密室だ、無駄に叫んで酸素を消費すれば自分の首を絞めること
になる。それより君達は携帯電話を持っていないか? 私はそういう機械は苦手でね」
 三人がハッとなってそれぞれに鞄や上着のポケットを探った。
 しかし青年はポケットを探る途中で何か思い出したのかばつが悪そうにし、女性二人も開
いた画面を前に押し黙ってしまう。
「……悪ぃ、持ってくるの忘れてた。ちょっと下までゴミ出しに行ってただけだから」
「すみません。圏外になってます……」
「もう、なんなのよ! こんな時に限って電池切れなんてばっかじゃないの!?」
「……そうか」
 運の悪さというものは存外に重なるものであるらしい。壮年男性は静かに嘆息した。
 何とか押し込めている苛々、ある種純粋でさえある不安の感情、そしてこちらの諭告を聞
いてすらいない騒々しいパニック。
 何とか落ち着かせなければ。
 彼の脳裏に、切迫して過ぎったのはそんな意識だった。
 既に告げたように酸素を浪費するのは拙いからか、或いは単にこの場の最年長であるとい
う正義感──老婆心が成すものなのか。自身でも判然とはしないが、直感が告げている。
 このままでは、自分達は──。
「うぇ……、ひっく……!」
 そんな時だった。はたと今まさに泣き出し始める幼子の声が聞こえたのだ。
 彼も、残りの三人も振り向いた。見れば四隅の一角に小さな女の子が怯えており、目に大
粒の涙を浮かべながら全身を震わせている。
(もう一人いたのか……)
 壮年男性は静かに片眉を上げていた。
 見た所、小学校低学年くらい。ちょこんと髪を短めのサイドポニーに結わい、まだ真新し
い赤いランドセルを背負っている。
 いつの間に? 彼は思ったが、実際に目の前にいる。背丈で気付かなかっただけだろうと
自身に言い聞かせた。それよりも今は、皆の混乱を治めなければと思った。こんな小さな子
を怯えさせてしまうのであれば尚更だった。
「うわぁぁぁん! お母さーん!!」
 なのに、事態はどんどん悪くなる。
 最初、少女が遂に泣き出してしまった。自宅が目前だったのかもしれない。だからこそ、
この幼い子には辛く恋しくなったのだろう。
「──やかましいッ!」
 なのに、周りの大人達は非情で自分勝手で。
 次に動いたのは青年だった。何とか吐き出さぬよう抑えこんでいたのは傍から見ても分か
っていた。だからこそ、この少女の泣き声がその最後の一線をぶち壊してしまったのだ。
 青年の表情(かお)が鬼気迫るものに為った。ずんっと彼は少女に近寄り、見下ろしたま
ま躊躇いも容赦もなくその蹴りを放つ。
「な、何してるんですか! 止めてください!」
 面白いように少女が跳ね、壁に叩きつけられた。その一撃を以って、ようやく若い女性が
真っ青な表情(かお)をしてその子を庇うように抱きしめる。
 少女の口からは赤い液体が漏れていた。涙の透明と混じって、されど薄まらぬ赤。
 青褪める女性の表情(かお)が更に悲惨なさまになった。それでも青年は一度爆発した苛
立ちをぶつけずにはいられない。
「どけよ。こんな時にギャーギャー泣かれたら苛々するんだよ」
「だ、だからって蹴り飛ばすことないでしょう? それでも男の子なの!?」
「やかましいっ! 優等生ぶってんじゃねーぞッ!」
 少女を、庇う女性もろとも青年は蹴り飛ばした。何度も何度も、自身の苛立ちを少しでも
発散させようと、ただそれだけの利己で以って振るう。痛みで咽る女性の声と、尚も泣き叫
ぶ少女の声が鉄の箱の内部で反響する。
「止めるんだ! 君のやっている事は紛れもなく」
「うるせぇ! ジジイ、てめぇもだ。さっきから偉そうに……。どうせてめぇも俺達を哂っ
てるんだろ!?」
「何を馬鹿なことを……。いいから落ち着──げぶっ!」
 壮年男性も、勿論彼を止めようとした。しかしそこは若さと激情の差である。割って入ろ
うとした彼は青年の蹴りを拳をまともに受けてしまった。
「くそっ、くそっ、くそッ! 全部てめぇらの所為だ! むかつくんだよ、どいつもこいつ
も事あるごとに俺を腫れ物扱いしやがって! 糞が! 糞ったれがッ!!」
 同じく壁際に叩き付けられる。少女と若い女性、壮年男性。青年はこの三人にまとめて殴
る蹴るを繰り返す。
 もう怒りの原因があさっての方向に向かっていた。
 おそらくは、彼の日頃の鬱積か。冷静に考えれば理不尽そのものだが、閉ざされた空間に
おいてはもうその分別すら押し込められてしまっている。
「あははははは……。おしまいよ、もうおしまいよォ……!」
 鈍く生々しい音がしていた。何度も何度も赤が周囲に飛び散っていた。
 そんな中で中年女性は一人笑う。焦点が合っていない眼で中空を見上げ、限りある密室の
酸素を目一杯吸っては高らかに叫ぶ(くるう)。

「──なん、だ。これ」
 街の大半を襲った停電が復旧し、あちこちで被害確認に人員が奔走した。
 それはあの五人が閉じ込められた鉄の箱(エレベーター)についても同様であり、数人の
技術者が現場に駆けつけていた。
 だが……配電を修復して扉を開いた一行が見たのは、予想を遥かに超えた惨劇の跡だった
のである。
 死んでいた。中にいた彼らは、皆真っ赤に広がり飛び散る池の中で息絶えていたのだ。
 若い女性、壮年の男性は何度も何度も暴行を受けたのか、顔も酷く腫れ上がり血塗れの状
態で横たわっていた。中年女性は扉の傍で白目を剥き、何度も首に掻き毟った痕を残して倒
れている。若い青年は何故か、二人と反対側の壁に自ら頭部を叩きつけるようにしてその身
を半ば爆ぜさせていた。
 技術者らは、そのおぞましさに言葉を失った。
 中にはあまりの光景にその場で吐瀉してしまう者すらいた。それでも彼らは、恐る恐ると
いった足取りで身を乗り出し、一体何が起きたのか確かめようとする。
「……殺しでもあったのか?」
「で、でも、復旧するまでここは密室だった筈でしょう?」
「まさかとは思うが……パニックになって自滅、とか?」
 それでも戸惑いは隠せなかった。ぽつぽつと面々が言葉を漏らし、別の誰かが疑問を呈す
る中、一人の技術者の「まさか」が言葉にされた瞬間、一同は悪寒を覚えて立ち竦む。
 そんな事がありうるのか?
 だが、目の前の惨劇は間違いなく事実だ。少なくとも自分達は狂っていない……筈だ。
「と、とにかく、警察に──」
「待て」
 たっぷりと沈黙を経て、若い技術者が一人踵を返そうとした。そんな彼を、場のリーダー
らしき中年の技術者が呼び止めて言う。
「その前に事務所に話を通しておけよ? 一時的だろうとはいえ、十中八九俺達の持ち場が
一つ減ることになるだろうからな」
 目を瞬き数拍。それでもややあってこの若手は彼の言わんとすることを理解し、やはり青
くなった表情(かお)を引き摺って立ち去っていく。
『…………』
 転がる死体は四人分。
 そこに幼い少女は、影も形も存在していなかった。 
                                      (了)

スポンサーサイト



  1. 2013/04/28(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<(雑記)二つ巡りの時節に添えて | ホーム | (書棚)感想:東野圭吾『赤い指』>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://higurasisouann.blog27.fc2.com/tb.php/308-6c54cc5c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

11 | 2019/12 | 01
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (194)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (111)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (49)
【企画処】 (472)
週刊三題 (462)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (2)
【落書帳】 (2)
【詩歌帳】 (8)
【雑記帳】 (403)
【読書棚】 (32)
【遊戯倉】 (25)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW(凍結中) (17)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

Tweets by long_month