日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(書棚)感想:東野圭吾『赤い指』

書名:赤い指
著者:東野圭吾
出版:講談社文庫(2006年)
分類:一般文藝/ミステリー

“平凡”であるほど実は歪んでいるもの──それは、家族?
これはとある家族から生じた、哀しい悲鳴の物語。


今回は東野圭吾氏が直木賞受賞後、その第一作として発表した『赤い指』の読書感想です。
氏の小説は以前に感想をしたためた『さまよう刃』に続いて二作目となります。

これまではマイルールというか、傾向が偏らないようできるだけ同一作者の著作を選ばない
ようにしていたのですが、先日自身も所属(登録)している某小説系コミュにて同作を課題
図書にした読書会が開かれることとなり、僭越ながらその為の備忘録も兼ねて先んじて感想
をしたためておくことにしました。
では、大まかな粗筋は以下の通りです。

物語の舞台はとある住宅街。その一角にある公園内で一人の女児の遺体が発見されます。
警察は早速、死体遺棄事件として捜査を開始。動員された新米刑事・松宮とその親戚である
所轄刑事・加賀もまた、コンビを組んでその一端を担い始めます。
そんな中で捜査線上に浮かんでくるのは、近隣住民のとある家族。
一見してごく「平凡」な家庭と松宮はみるも、経験豊富な加賀は彼らをマークし始めます。
曰く「この家には、隠されている真実がある」と。更に「それはこの家の中で、彼等自身の
手によって明かされなければならない」とも。
推理の先に加賀は何を観ていたのか?
松宮とその親類達、マークされた一家・前原家。二つの「家族」模様を軸に、事件は静かで
ありながら衝撃の展開を迎えて……といったお話。
尚、同氏における「加賀恭一郎シリーズ」の一つで2011年にはドラマ化もされたようです。

はっきり言って、物語自体の「動」はそれほど大きくありません。新米刑事・松宮と彼が恩
人と慕う伯父の病床、及び徐々に狂気の中に落ちていく「平凡」な一家・前原家のさまが交
互に入れ替わり描かれることで物語は進んでいきます。分量の方も三百頁弱とあっさりめで、
文章それ自体も全体的に読み易く仕上がっています。
僕が一番この物語を読んで思ったのは“平凡に潜む暗澹さ”これに尽きます。
少し物語の核心に触れざるを得ませんが、一見「普通」の家庭である前原家には幾つかの問
題が抱えられています。
一つは妻・八重子と姑・政恵の不仲(といっても八重子の一方的な嫌悪だが)
二つは舅から姑へと連鎖する死と認知症との闘い。
三つは我がまま放題に育ってしまった息子・直巳の存在。
そして何よりも、お互い理知的に“話し合う”ことすらできなくなっている夫婦仲。
……猛烈な既視感(デジャヴ)でした。
いくら物語──空想の中の世界だとはいえ、どうにも現実味が強くって暗澹とします。
どれだけ平凡であると自分達は思っていても、全く問題のない家族などないのです。
嫁姑、夫婦仲、親と子──。ありふれた、しかしおそらくはどの家族も程度差はあれ切って
も切り離せない問題がひたすら淡々と本作には描かれています。
そしてそんな中で起きる、事件。
きっと切欠はもっと些細なことでも起こりえたのでしょう。何にせよ「露出」してしまった。
厭だと思いそれぞれの日常に埋没し続けた結果、家族という自分達は後戻りもやり直しも効
かない泥沼へと陥っていく……。
そんな、必死に押し隠した歪みとそこから産声を上げた狂気を加賀が見破ったのは、単なる
理詰めの推理だけではなかったのだと僕は思います。松宮家を通じて描かれることになる、
加賀自身の「家族」が抱えてきた暗がりを知っていたからこそ、彼はあくまで前原家の面々
自身に“告白”させたのだと思うのです。

……と、始めから曖昧にしながら語っていますが、この物語は所謂サスペンス式ではなく、
古畑方式──序盤から犯人が読者に明かされた状態で進む態を採っています。
それ故なのか、作中で重きを置かれるのは、推理物にありがちなガチガチの理詰めトリック
ではありません。多くの頁を割かれて描かれているのは、前原(家の面々)が抱える内面で
あると言ってしまっていいでしょう。ごく「平凡」ではあるけれど、普遍的。家庭を持てば
家庭に育っていれば、誰もが少なからず経験しているであろう煩悶が彼らを悩ませ、遂には
狂気の沙汰に陥れてしまいます。そんな経過を僕らは、果たして「所詮は作り話」と思える
のでしょうか? ……少なくとも僕は、他人事ではないと感じ、暗澹たる気持ちが伝染する
かの心地を味わいました。本作裏表紙にも言及されている通り『家族の在り方を問う』物語
なのです。

ただ──物語に込められたテーマこそ感慨に至るものでしたが、一方で思い返せば粗という
か、もっと詰めておくべきではないか?という甘さが方々にありましたね。
最大のツッコミ所は“○○が実は△△△の××をしていた”という、物語上もトリック上も
一番肝となる部分の現実的説得力が弱かったこと(実際にこんなことありうるの?)。尤も
それだけ○○達が××らに「無関心」「無理解」であったさまを示している……とも言えな
くもないのですけれど。
あとは事件の犯人の動機が曖昧──はっきりと明示されないまま終わってしまい、正直肩透
かしを食らった思いをしたことなどでしょうか。物語の中のメッセージは評価できる一方、
その為の描出に力を入れ過ぎ、事柄の細部まで行き届かなかった感があります。
(これも気にし始めたら拭えなくなった、というレベルなだけなのかもしれないのですが)

と、そんな感じで最初こそ暗澹としつつも良き思索の刺激になったと思ったのですが、少し
間を置いて見返すとちょこちょこと足りなさを散見してしまい、残念だったなーというのが
正直な感想です。
とはいえ、物語自体は(個人的に)中々有意義なものでした。尤もこの手の話が持つ暗さを
どれぐらい甘受できるか、人によって感じ方が違ってきそうには思いますけれど。

東野氏らしい、問題提起型のミステリーといった処。
ただの娯楽ではなく、文学性と思索を味わいたい方にお勧めの一冊です。


<長月的評価>
文章:★★★☆☆(文章運び自体は淡々として読み易い。人によっては物足りない?)
技巧:★★★☆☆(終盤のどんでん返しは良かったのですが、思い返せば粗がちらほら)
物語:★★★★☆(問題提起や思索の一冊としては優秀。なので娯楽を期待すると痛い目に)

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  1. 2013/04/23(火) 00:00:00|
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Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

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