日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「ディア・グラッシーズ」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:赤色、眼鏡、魅惑的】


 まだ自分がこの学園の一年生だった頃だ。
 あれだけ受験勉強に没頭してようやく入学できたというのに、肝心の学校生活は半年も経
たない内に、色褪せたようにつまらなくなっていた。
 それは、これといってクラスという集団全体に積極的に馴染めなかった──馴染もうとし
なかったのが多分一番大きい原因なんだろうけれど。でも、それでも一応は気の合う友人も
できるにはできた。だから、それでいいやと妥協して久しくなっていた。
 幻想を抱き過ぎていたんだろうか。
 環境が変わればきっと良いことがある。素敵な出会いがある。薔薇色の日々が来る……。
 何てことはない、やっている事は入学前と殆ど同じなのだ。
 朝起きて昼間は学校、夕方は友人らと駄弁りつつ、夜はだらだらと──時には課題を相手
に涙目になりながら──時間を過ごす。一日一日が過ぎていく。

 “悩んどけ。それが青春ってもんだ”
 “歳を取ったら懐かしい記憶になるんだよ”

 父など、周りの大人達は大抵そんな話をする。今の内に「自由」を謳歌しておけ、とでも
言わんばかりに。どうせ社会の出たらもっとしんどくなるんだ……。そんな半分以上嘆き節
を伴う、乾いた哂いを向けてきながら。
 はいそうですか、とは正直思えなかった。
 何とも……味気ない。
 この道の先にだるっと何十年も続く徒労しかないのなら、一体学生をやっていることの意
味は何処にあるんだろう? 問い掛けることすら無粋なのだろうか? 文句を言わず、そこ
そこに学を修めて、今や絶滅危惧種となってしまった「平凡」に手を伸ばして縋りつく日々
を余儀なくされるのだろうか。
 ──だから、酷く眩しくて見惚れていた。
 季節は秋。学園で文化祭があった。
 うちの学校ではこの手のイベントは中々に規模が大きく手が込んでいて、三日間の日程の
中で、特設会場での有志出演者らによる様々なパフォーマンスが人気を博していた。
『~~♪』
 その中に彼女はいた。
 サラリと肩口まで伸びた髪、円らな可愛らしい瞳。何よりも安らぐ優しい歌声。
 何かつけて“騒ぐ”ことで受けを狙う演者が多い中、彼女はフォークギターで伴奏を加え
てくれる、もう一人のニット帽とサングラスの少女と共に歌っていた。最初こそその毛色の
違いにぽかんとしていた周りの観客達も、徐々に笑顔を綻ばせると伴奏に合わせて合いの手
の拍手を重ねる。
 自分も同じくそれに倣っていた。というより、歌う彼女の姿に見惚れていたのだが。
 誰なのだろう? 元より此処は結構なマンモス校だからよほど動かないと先ずそれすらも
分からないのだろうけど。
 胸奥が揺らぎ、熱を持つのを感じていた。
 この一瞬、この舞台でだけのことかもしれない。
 それでも眩しかった。学生というこの道の先が少なからぬ徒労でも、彼女は今この瞬間を
精一杯、歌声に乗せて生きているように思えたから。
 歌い終わり、わぁっと会場が沸く。
 はにかんだ様子で苦笑するその顔が姿が、それからずっと頭から離れなくて──。


「よう。今日も相変わらずみたいだな」
 緩慢な気だるさを、少々不躾な声色で引っ張り上げてくる声がある。
 太一はむくっと、突っ伏していた机から顔を起こすと、登校し前の席へと座った悪友を面
倒臭そうに見上げていた。
「相変わらずって……。お前には俺がどう見えてんだよ……」
「ん? そりゃあもう決まってるじゃんか。こ・い・わ・ず・ら・い」
 なのに彼は変わらずにししと笑っている。つい愚痴ってしまったが、この返答もまた既に
何十回と繰り返されたものだ。もう一度、不貞寝しようかとすら思い直す。
「はは、そんなにむくれるなよー。俺も嬉しいんだぜ? 万年色恋に興味なしだったお前に
もようやく春がやって来たんだ。親友として喜ばしいことじゃないか」
「どう見てもからかって楽しんでるだけに見えるのは気のせいか? というか、春が来るっ
てのは実った時に使う言葉だろ。そもそも今は秋だ」
「ははは、細けぇことはいいんだよ!」
 バシバシと、太一は背中を叩かれていた。
 悪友の調子こいた笑いが嫌に耳に響く。こそっとボキャブラリーを指摘したり皮肉を言っ
たりしても、この男にはまるで効かないということだけは無駄に学習していたりする。
(秋……。あれから一年か……)
 結局、去年の文化祭でみたあの娘のことは分からずじまいだった。
 今でも割と深刻に後悔している。この悪友にポロリと漏らしてしまったのが間違いだった
のだ。それだけ、恋患いとやらが当時重症だったとも言えるのだが。
 一時は、何気に顔の広いこいつの協力で何処の誰かが分かるんじゃないかとも考えた。
 しかし現在になっても手掛かりはなし。生徒会にも訊いてみたそうだが、何でも本人達の
意向で詳しい事は話せないのだという。
 故に残ったのは空虚と、この悪友にとって格好の弄りネタの提供してしまった悔いだけ。
 まだ自分が未練を断ち切れないでいるのを分かっていて、こいつはほぼ毎日のようにやれ
惚気だの青春だねーだのとへらへらしている。……それ自体はいつもの表情(こと)だが。
「でもまぁ、実際生徒会が答えてくれないとなると、もう総当たり覚悟で探してみるくらい
しかない手がないんじゃね? そうやって悶々してても変わらんぞ?』
「うちがどれだけデカいと思ってるんだよ……。第一、それって状況によっちゃストーカー
だぞ? お前じゃないんだから、流石にそこまでがっつく訳にはいかないって」
「はは、照れるな~」
「褒めてないぞ!?」
「……まぁ、それはいいんだよ。でも実際あれだけ可愛いと、もう彼氏の一人や二人いても
おかしくないんじゃないか?」
「ああ……って、いや、複数人は駄目だろ」
「一々細かいなぁお前は。……禿げるぞ?」
「やかましいわ!」
 正直、もう放っておいてくれという気持ちが今は勝っている。
 理由は分からないが、当の彼女が素性を知られるのを拒んでいるらしい、というのは確か
なのだ。
 考えられうるのはあの日だけの限定出演だったから、或いは「悪い虫」を嫌っての予防線
といった事情か。毎年、あの舞台でちょっくら名を挙げてやろうという下心で参加する有志
が多いと聞き及ぶものの、だとすれば彼女達はむしろ逆になる。……もしかしたら、誰かに
頼まれて出演した(でた)だけ、なのかもしれない。
 なのに、自分でも解っているのに、今も未練が消えてくれない。あの日眩しく映った彼女
が忘れられない。
 せめて「歌、凄く良かったよ」とだけ伝えられれば──いや、それこそ下心満載か。
 もう一度、もう一度深くため息をつき、悪友をやんわり振り解き、机に突っ伏す。今日も
このもどかしさは治ってくれそうにもなかった。
「……。はぁ」
 この心地の所為で今日まで一体、どれだけの学生生活が素通りしていったのか。尤も元よ
り噛み締めたいほどの充実さが在る訳でもないが。……でも、だからこそ、彼女のような姿
に惹かれたのだろうなとも思う。
「おっはよ~」
 そうしていると、教室にまた登校してきたクラスメートが入ってきた。
 ミドルショートの髪をした快活そうな女子。そしてその後ろをてくてくと歩く、黒縁眼鏡
とアップに纏めた髪が目を引く女子の二人。
「おはよー。橋本さん、宇野さん」
「うん、おはよう。……矢作君、今日も荻原君は?」
「ああ。見ての通り患ってるぜ」
「……やかましい」
 彼女達の姿を認めて、矢作(あくゆう)がすかさず挨拶をしていた。活発な方の彼女、橋
本も気さくに応じてくれる。
 また煩いのが一人増えた……。
 最早恒例となった二人のそのフレーズ。突っ伏した顔はそのままに、太一は悶々とした気
持ちを払い切れぬまま、そう威力のない抗議を呟く。
「よ~し、お前ら。席に着けー」
 それから十分ほどして担任が教室に入ってきた。まるで計ったようにホームルームの予鈴
が鳴り、朝の談笑に興じていたクラスの面々が席に戻っていく。
 今日も無難にこなしますかね……。
 仕方なし、とようやく起き上がって、しかしぼうっと教壇の方を見つめている太一。
「……」
 しかしそんな自分を先の二人のもう一人、宇野が横目で見遣っていることに、彼はついぞ
気付くこともなく。


 そもそもの切欠は、まだ太一達が二年に進級して間もない頃に遡る。
 秋から冬、冬から春になってもあの少女のことが分からずじまいだった太一は、現在以上
に悶々としながら新学年を迎えていた。
 幸か不幸か、矢作とはまた同じクラスになった。
 そうなると二人の間で上る話題は、自然と例の彼女のことになる。
 以後何度も繰り返されることになるのはそんな現状とぼやき、あと矢作からの弄りとボケ
へのツッコミ対応。
 変わらぬ、されど切り捨てられずにいる状況も手伝い、そんな悪友につい声を大きくして
しまったことで、太一は新年度早々クラスの面々から一斉に視線を浴びる……というこっ恥
ずかしい経験を積んでしまった。程なくして担任が入ってきたことで場の空気が寸断された
のがせめてもの救いだったと思っておくしかない。
『……宇野詩織、です』
『えっと、荻原太一です。よろしく』
『橋本響だよ。去年一緒だった人も、そうじゃなかった人もよろしくねー』
『俺は矢作享(すすむ)っ! 絶賛彼女ぼ』
『そこまでだド阿呆』
 ある意味お決まりとはいえ、初めてのホームルームでは各人が自己紹介をした。
 途中、苗字的にトリでもある悪友の暴走を背後の席から食い止め、太一はざっと一通り新
たなクラスメート達を見遣ってみた。
 見知った顔は三割ほど。後は殆ど新顔だ。女子となれば尚更分かる筈もない。
(なぁなぁ、太一)
(……何だよ。つーかお前、初っ端からがっつき過ぎだろ)
(何でさ? 第一印象って大事だろ)
(自分でぶっ壊してりゃ世話ねぇよ……)
 悪友に向けられた失笑も暫くすれば波が引き、後は諸々の連絡事項が読み上げられるだけ
になった。そんな状況を横目に、彼はこっそりと自分に話しかけてくる。
『……』
 ふと、互いに目が合ってしまった。
 確か橋本さん──さっきの気さくそうな女子だ。その隣向こうには、宇野と名乗っていた
女子が物静かに座っているのが見える。
 いかん……!
 太一は思わずサッと視線を動かして自身の窓際、そのあらぬ方向をじっと見つめてみる。
 しかしちらっと見てみると、彼女はもう気にした様子もなく、詩織とひそひそ喋っている
ようだった。
 とはいえ状況は響が一方的にという形。詩織はただちょこんと黙っているだけだ。
(さっきの通り、大人しい感じの子……なのかな?)
 黒縁眼鏡、もっさり多い髪量をアップにしているため、言っては申し訳ないが野暮ったく
も見える。どうやら二人は仲がよさそうだが、これは中々に対照的なコンビである。
(なんだよ、お前もか?)
(えっ?)
(えっ……じゃねぇよ。狙ってんだろ、橋本さん。憎いねぇ、例の子が届かないから手近に
乗り換えようって寸法か? だが悪いが、彼女は俺も目を付けたんだ)
(……お前の中の俺を、今度じっくり語らせて貰う。というか、そういうつもりはねぇよ。
偶然目が合ってばつが悪かっただけだ)
(ふぅん? じゃあ俺、アタックしちゃうぜ? いいよな?)
(……くれぐれも相手の迷惑にならない程度にしとけよ?)
 そんな自分の視線を、悪友は一時妙な勘違いで把握しようとしていたらしい。
 色々問い質したいことはあるが、二度も同じ失敗はしたくない。既にふーっと鼻息を吐い
ているこいつに不安がなかったとは言えないが、自分もある意味似たような事情がある分、
そう静止すべき資格もない。

「──」
 なのに……なのにだ。
 何故あの時、自分はこいつの口説きの道連れにされなければならなかったのだろう?
 結果的には「はは、面白いねー君。よろしくね?」と好意的──社交辞令に捉えてくれた
からよかったにしても、下手すれば自分は橋本さん・宇野さん両名から悪友もろともブラッ
クリストに書き込まれていたのではないかと思う。酷い綱渡りだ。
「それでね? それでね?」
 とはいえ、それが今の自分達を結び付ける切欠になった。
 いつしか自分たち四人は、こうして昼休みになると集まって一緒に弁当や購買パンを突付
く程の間柄になっていたのである。
 主に喋るのは橋本さんと享。ぐいぐい引っ張るタイプという点では互いに共通点があるよ
うで──地味に敗北感みたいなものがあるが──宇野さんを自分を、二人はそれぞれに後押
ししてくれながら心地よいランチタイムを提供してくれていた。
 本音を言えば、この友には感謝もしている。
 あの子に関しての気休めというには失礼なのだろうけど、結果的に他の誰か──それも女
子との繋がりを持てるようになったのは、毎日の単調な繰り返しに華を添えてくれるようで
内心安らぐ思いもあったからだ。
 薄情というか、移り気というか。
 だけど、多分こうして少しずつ忘れていくのが一番──。
「……」
 いや、心残りなら実はまだあるにはある。
 宇野さんだ。ちらと横目で見遣ってみても、今日も彼女は至って物静かだ。……というよ
りは口を噤んでいるとさえ見受けられる。
 もきゅもきゅと、購買のバターロールを咀嚼している。
 最初の自己紹介の時からそうだったが、どうにも彼女は他人と話をすることを避けている
かのような、苦手としているかのような……。
「……ッ!?」
 あ、いけない──。
 だがそう太一が思った時には、もう遅かった。
 詩織がこちらの視線に気付いて、怯えたように目を丸くしたのだ。
 自身の弁当と共に身を引こうとする。だがそれは彼女の方も同じで、しかも勢い余って口
の中にあったパンで咽てしまう。
「詩織!? だ、大丈夫!?」
「おい太一、お前何したんだよ?」
「何って……。そ、それより水だって。お、お茶とかは……」
 太一ら三人は少なからず慌てた。
 咽せる親友の背中を響が擦ってやり、太一は立ち上がると彼女の傍に置いてあった紙パッ
クの野菜ジュースを取ってやる。
「ほ、ほら。流し込んで──」 
 アクシデントは、そんな時に起こってしまった。
 咽て俯き加減な詩織本人、差し出された紙パックを受け取ろうとする反射的な乗り出し。
 それによってコトッと、彼女がいつも掛けていた眼鏡が地面に落ちたのである。
「……ッ!? ……ッ!?」
 最初、太一や享は“その程度”のことだとばかり思っていた。
 なのに彼女の様子がどうにもおかしい。さっきまで咽ていたことすら忘れたかのように、
大慌てで眼鏡に駆け寄ると制服の袖口でレンズを拭い、急いで再装着しようとしたのだ。
「おい、大丈」
「だだだ、大丈夫ですっ!」
 流石に鈍感な悪友も怪訝の眼を遣っていた。なのに彼女は無理やりにでも繕おうとしてい
るのが筒抜けで……。
(あれ?)
 そして太一ははたと気付いたのである。
 この子、結構円らな瞳をしてるんだなぁ。こうしてみると可愛いのに、勿体無い。
 いやそれよりも。この感じ、何処かで──。
「……あ、あのっ!」
 しかしそんな意外な一面も束の間、当の詩織本人は眼鏡をつけ直すと皆がまた声を掛ける
よりも早く、それまで着いていた中庭のウッドテーブルから立ち上がっていた。
 何故かその表情(かお)は今にも泣きそう。
「わ、私、眼鏡洗ってくるから……っ!」
 彼女は購買パンもジュースも放置したままそう言い、一目散に駆け出してしまう。
「……。何だってんだ?」
「お、俺に訊訊くなよ……」
 太一と享はぽかんとしてその走り去った方向を見つめ、響は苦笑しながらぽりぽりと頬を
掻いて黙っている。
 結局その日、昼休み中に詩織が戻ってくることはなかった。


 それでも人間というのは、妙に都合がいいというか学習しないというか。
 一週間もすると、太一の頭からはランチタイムでの一件はすっかり削ぎ落ちていた。
 日数としてはその出来事があった週末。太一は享ほか何人かの友人らと集まり、たっぷり
と休日の街を楽しみ、帰路に就く。
「──え? フラれた?」
 そんな中すっかり日も落ち、他の友人らと別れた太一は、一緒にネオン煌く夜の街中を行
く享から、思いもかけずそんな報告を受ける。
「ああ……。“友達としては面白い人だと思うけどねぇ~”って……」
 何でも先日、彼は意を決して響へ正式に告白したらしい。
 しかし結果は玉砕。彼女は友達以上の関係を望まなかったという。
「……そっか。お前ら結構気が合ってる感じがしてたんだけどな」
 流石に凹んでいるだろうし、実際心なしか肩を落としているようにも見える。
 太一はいつものツッコミ口調はぐっと抑え、慎重に言葉を選びながら応じていた。その言
葉の通り自身、この二人はいい所までいくのではないかと思っていたのだが……そうは問屋
が卸さないということなのか。
 女心は難しい。尤も、こいつなら好感の一つや二つ平気でぶち壊していそうだが。
「まさかとは思うが……もしかしてそれが理由か? 昨夜ギリギリになって遊ぼうぜって俺
達にメールを送ってきたろ?」
「おお、流石は我が友だ。分かってるじゃないか~」
 そして何となく、まさかと思い訊ねてみれば案の定だった。
 言うと待ってましたと言わんばかりに妙に喜んでくるこの悪友。つい太一は「くっつくな
暑苦しい」と揺り解いたが、本音を言えばそこまで嫌には思わない。何だかんだ言いつつ、
例のあの子の件では色々手を煩わせたのだ。馬鹿騒ぎをして傷心を癒す手伝いくらい、友人
として恩を返してやってもいいだろう。
「ホント、ホントありがとなー。お陰で元気になった。まぁ実を言うと、断られた時ちょっ
とゾクゾクしたりもして──あだっ!?」
「……ちょっとでもお前を美化しようとした俺が馬鹿だったよ」
 いや、やはり訂正が必要だ。全く懲りてない。
「ん……?」
 ちょうど、そんな時だった。ふと街の雑踏から音が聞こえてきたのだ。
 ただの騒音の類ではない、音楽だ。ちょっと危ない方向にへらへらしていた享も耳に聞き
届けたらしく、太一と共にふっと顔を上げて辺りを見渡している。
「見つけた。ほらあそこ」
 ややあって、身長で勝る享が先にその音楽の主を見つけて指差した。
 二人して近付いて行ってみる。周りには中々の人だかりができていた。繁華街という立地
からもしやと思っていたが、どうやら予想は当たっていたらしい。
「~~♪」
 一組の路上ライブの演奏が行われていた。
 奏でるは二人の少女。一人は優しい歌声を響かせる長髪の少女で、もう一人はニット帽に
サングラスを掛けたギター弾きの少女である。
 通り掛かった人々がぽつりぽつりと足を止めていた。太一と享もその群集の中に交じる。
 穏やかなフォークソングだった。忙しない人の波をそっと撫でる音色、優しい声。途中か
らなのでどうしても断片的になってしまうが、どうやら移ろう人と人を歌った詩らしい。
「なあ、太一。あの子達って」
「……ああ」
 だが二人はその音色以上に驚いていた。
 何故なら、自分達に囲まれて歌っているのは、間違いなくあの時──去年の文化祭に出演
した例の二人組その人だったのだから。
 そうしている内に、演奏が終わりを迎えていた。
 方々で拍手が、入れ物などを用意してもいないのにお捻りをくれる人もいた。
 歌う彼女がふぁさっと髪を揺らしてはにかみ、サングラスの彼女が「よかったね」と言う
ようにそんな相棒の肩に触れて労っている。
 やがて群集は散っていき、徐々に二人と太一達の間の距離が露わになった。
 今ならまだ……。しかし太一は動けなかった。享もこの友がどういう反応をするのか、自
身が動くよりも先ずそれを見極めんとするように横顔を覗いているのが分かる。
「……?」
 彼女達がこちらを見た。それぞれの眼が、驚きで目を見開いているのが分かる。
 嗚呼、そうだ。太一は確信する。
 あの時、昼休みのちょっとしたアクシデントでみた可愛らしい円らな瞳。それと全く同じ
さまが目の前の彼女、長髪の歌姫と重なっている。
「……宇、野?」
「ッ!?」
 呼び掛けるべきじゃない──。そう直感が語っていた。
 だけど太一の口からはついそれが漏れてしまう。ビクンッと、彼女──髪を下ろし眼鏡を
取った姿の詩織が大きく身を震わせるのがはっきり見える。
「詩織っ!」
 もう一人のニット帽の彼女が叫んでいた。
 しかしその言葉は押し留める力を持ちえず、詩織は一人夜の街中へと逃げ出していく。 

「──最初はさ、あの子の背中を押してあげたいって思ってやったことだったんだ」
 三人になった太一達は夜の街を走り回った。
 途中、人気のない公園でそっとサングラスを外し、ニット帽の彼女こと響は酷く哀しげな
面持ちで吐露を始めた。
「二人とももう分かってるとは思うけど、あの子、昔から人見知りする子でねー。私とか、
付き合いの長い相手じゃないと中々話もできないの。でもある時、カラオケで優しく歌って
るあの子を見た時、これだって思ったの。ちょうど私もお父さんのお下がりでギターやって
るし、コンビ組もう一緒に人前に出る訓練をしようって」
 響曰く、去年の文化祭もその一環であったそうだ。
 但し詩織本人が身バレすることを怖がったため、生徒会にお願いして個人情報は外に出さ
ないようにと約束させた上で。
「それからだよ。荻原君、君が詩織──あの時の詩織に一目惚れしたって話を小耳に挟んだ
のは。……本音を言うとちょっと嬉しかったんだよ? もし新しい誰かと詩織が親しくなっ
てくれれば、それこそ恋人なんかにでもなっちゃえば、もしかしたらあの子も明るくなれる
んじゃないかなって」
 更に続けて話すには、享からのアプローチがそれを実行に移す切欠にもなったらしい。
 いきなりは難しいだろうけど、少しずつ慣らして、あわよくば……とのこと。
 それは遠回しに享のことを元より別段想っていなかった告白に等しかったのだが、その当
人が逃げ去った詩織捜索という目下の行動に一直線になってくれている、その快活な性格の
お陰で追い討ちを感じずに済んだのは幸いだったのかもしれない。
「……でも駄目だった。荻原君を見てあんなに怯えてた、あんなにバレるのを怖がってた。
焦り過ぎたんだよ。結局……私の余計なお節介だったんだ」
 だけど今度は響が哀しんでいる。親友を慮らなかったのだと、酷く悔やんでいる。
 共に駆けながら、太一は眉根を顰めて麻痺するような喉の感覚を覚えていた。
「そんなこと──」
 違う。そうじゃない。
 伝えたい思いはたくさんある筈なのに、まるで根詰まりしたように言葉にならなくて。
「いた、あそこっ!」
 そんな最中でまたしても享が目的の人影を見つけ、叫んだ。
 駆けながら目を凝らす。公園の更に奥、植林に囲まれた石畳と噴水の広場に詩織は背を向
けて佇んでいた。
「宇野!」
 また同じ反応だろうと思いつつ、実際肩を震わせてしまいながらも太一は叫んでいた。
 先んじる彼に享、響が続く。流れる水の音。確かに流動するそれらの音が灯りの乏しい夜
闇の中に飲み込まれていくかのようだった。
「……なん、で」
 ようやく相手の顔が見えて、太一は享は、響は立ち止まっていた。
 手を伸ばしても到底届かない。およそ五メートル。顔を拭っていたのだろうか? それで
も尚、彼女の表情(かお)は涙でぐしゃぐしゃになっている。
「何で私なの? 放っておいてよ! 私はっ、そんなに強くないのッ!」
 背後で、響が嗚咽し出すのが分かった。
 おそらくだが、彼女も親友の気遣いを理解している手前、頑張ってはいたのだろう。だが
そうした背伸びの日々も、自分という存在が現れたことで大きく揺るがされたのだ。
 ……大体の事情は、橋本から聞いた。
 言葉も出せない響の代わりに太一は代弁して言う。詩織もまた状況からして予想はついて
いたらしく、されど何もその点に関してはリアクションをしない。
 代わりにボロボロと泣いていた。
 現れた太一という男子への戸惑い、親友の期待に添えない申し訳なさと自分への苛立ち。
そんな色んな感情が今、彼女という存在を掻き回しているのだろうことは想像に難くない。
「萩原君が好きなったっていうのは、歌ってる時の私なんでしょ? 普段の地味で眼鏡な私
じゃないんだよ。だから、もう止めて……」
「……」
 それでも──。
「……ざ、けるな」
「えっ」
「ふざけるなって言ってんだよッ!」
 太一の怒声が夜の公園に響き渡った。
 驚いて動きを止めたのは、言われた詩織だけではない。響も享もそれぞれに目を丸くして
固まってしまっている。
「お前、他人の──橋本の事情を聞いてなかったのか? そりゃあ、お前の内気を何とかし
てやりたいってのは余計なお世話だったかもしれねぇよ。だけど、その気遣いを分かってて
逆ギレするなんざ筋が通らねぇだろーがよ。……結局は逃げだ。ダチを泣かせてでも自分を
可愛がってるだけだ」
 詩織は黙り込んでしまっていた。太一の怒声、次いで抑えて語られる指摘が図星であった
ことが白日の下に晒される。
 だが……太一の思いは、それだけに留まらない。
「……それに、今歌ってる時の自分と普段の自分が違うって言ったが、そんなことはあり得
ねぇんだよ。変わりたいって思ったんだろ? お前は勘違いしてる。変わる前の自分と変わ
った後の自分、は繋がってるんだよ」
 それは太一自身の実経験からの思いだった。
 以前は学生生活の意味を見出せず、抜け殻に近い精神で過ごしていた。
 だけど、変わることができた。他ならぬあの歌姫に──詩織に出会ったことで今まで持つ
ことのなかった感情を抱けるようになった。
 想いを伝えたいけれど、誰かも自分は知らない。
 しかしそんなもどかしさの連続は、恋をしたという経験は、決して自分という人間を分断
するものではなかったのだ。
 抜け殻のような自分も、恋に慌てふためいた自分も、名前すら判らず諦めかけてまた脱力
していた自分も、全部が繋がって今の自分を作っているのだと自覚する。
「だから宇野。歌っていようがいまいが、お前はお前だ」
 今、その当人がすぐ傍にいる。
 だからこそ自分は伝えたいのだ。
「……だから、ありがとう。良い歌だったよ」
 しんと、公園の静けさが一時深まったような気がした。
 大きくため息をつき、苦笑しながら必死に伝えたありがとう。その言葉に、視線の向こう
の詩織が両の瞳をぐらぐらと揺らして立っている。
「……太一」
「何だよ? 今、折角──」
「いや……。お前、それってぶっちゃけ告白みたいなもんになるんじゃね?」
『……』
 だが、おずっと享の漏らした言葉に、場の全員が固まった。最初とは別の意味で。
「~~ッ!?」
 噴き出すようにボンッと、太一の顔が真っ赤になった。見れば詩織も同じく頬を朱に染め
て俯いている。
 やれやれだぜ……。
 享が言葉少なくにやにやと、友とその想い人の両者を見ていた。響も徐々にそんな場の雰
囲気の変化に頬を緩め、やがて大きく苦笑いをして涙目になる。
「いや……。その……」
 もう目を合わせていられない。太一は片手で顔を覆うようにして忙しなく髪を掻き毟って
いた。それでも耳には、くすくすと控えめにだが確かに詩織の笑い声が届いてくる。

 私こそごめんね? ありがとう、荻原君──。


 結局、彼女が二つの姿を周囲に明かすことはなかった。
 無理もない。ああは言っても人の性格なんて中々直せないものだ。大事なのは彼らにとっ
て最善の解を出すことで、絶対の解ではない筈だから。
「おはよう。太一君」
 だけども今では、それもまた乙なものなのかなと自分は考えている。
 学園の正門へと続く並木道。その木々の紅葉も、見上げれば随分と石畳の上に散り始めて
いる。そろそろ冬の足音ってやつか……。そうぼんやり歩いていると、ふと後ろから彼女の
声が聞こえた。
「ああ。おはよう、宇野」
「……」
「あっ。えっと、詩織」
「うんっ、おはよう」
 今も詩織は響と一緒に音楽をやっている。あの路上ライブも互いの予定が合えばより積極
的に行うようにしているらしい。
 つまり、自分は学生とアーティスト、二束の草鞋を履いている彼女達の秘密を知っている
特別な仲という訳で……。
「いやいや~、今日も熱々ですなあ」
「のわっ!? い、いたのか、響」
「そりゃいるよ。何たって詩織は私の相棒だからね」
 そうしていると、今度は自分達二人の首根っこを捉えるように響が飛び込んできた。どう
やらさっきの挨拶(やりとり)をばっちり見られていたらしい。
「ま、荻原君ならお姉さん許しちゃうよー? もうさーいい加減付き合いなよー」
「おまっ!?」「ひ、響ちゃん!?」
 俺達は殆ど同じタイミングで悲鳴に近い声を上げる。
 もしかしなくても、もしかした。おずっと視線を周囲に向けてみると、自分達と同じく登
校してくる制服姿の生徒達がこちらを見遣っている。
 静かに遣られるジト眼、或いはひそひそと話しながらこちらを一瞥。
「おのれ太一おのれ太一おのれ太一おのれ太一おのれ太一……」
 約一名、木の陰で歯軋りをしている奴がいるが……。まぁうん、下手に声を掛けても状況
が拗れるだけだ。触らぬ仏に祟りなしである。
(なんだかなぁ……)
 知りたいと願い、だけどいざ知り合ってしまうと今度はその弊害が出る。
 世の中とは何とも絶妙なバランスで出来ていると思いながらも、一方で間違いなく頬が緩
んでしまっているだろう自分が情けないというか。
「……?」
 ちなみに対する詩織は気付いてはいないようだ。こうして自分が内心唸っている間もちょ
こんと隣に位置取って歩いている。普段は例の如く黒縁眼鏡にアップの髪という格好だが、
気のせいか以前よりも魅力的に映るなんて思うのは……やはり惚気なのかもしれない。

 何だか気まずくて、視線を逸らし気味にポリポリと頬を掻く。
 詩織はほんのり頬を紅く染め、静かに付いて来てくれる。響はそんな自分達をからかい半
分に弄りながら笑い、享はやっぱり草木の陰。
 さて、今日はどう過ごそうか?
 劇的に何かが変わったかというと、そうでもない。響にからかわれてはいるが、詩織とは
まだ恋人とか、そういう所までは踏み出せないでいる。
 だけど……少なくとも、彼女は微笑んで(わらって)いる。もう周囲に怯えて自分を閉じ
込めてばかりの女の子じゃない。
 もしも、天狗かもしれないけれど、その切欠が自分達であるのなら、凄く嬉しいと思う。
「……」
 朝の光を浴びる並木を見上げる。
 いつか自分が反発していた、歳を取ったら懐かしくなるんだよというフレーズ。
 まだ実感はないし、解らない。
 でも、現在(いま)というこの日々も、かつて鬱屈としていたあの過去(ひび)も、いつ
か共に一緒に受け入れて笑い飛ばせる日が来るんだと……今は思えるんだ。
                                      (了)

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  1. 2013/04/15(月) 21:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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