日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅲ〔37〕

 暴動。そのフレーズを耳にした瞬間、ジークは半ば反射的に眉を顰めていた。
 剥き出しの悪意が自分を哂っているような気がした。西方(こちら)では抗争は茶飯事だ
といっても、この胸奥を撫でる不快さは何なのか。
「またか……懲りずに何度も何度も……。警備の兵は?」
「はっ、既に現場付近を巡回していた兵らが鎮静行動を開始しています。場所は第三西口。
ただ如何せん連中の人数が多く、どうやら手榴弾などまで持ち込んでいるようで……」
「……他の哨戒区域からも応援に向かわせろ。それと館(ここ)の警戒レベルをBに引き上
げる。手荒な鎮圧は避けたいが、もし兵達に命の危険が及ぶ事態になれば連中の現行犯逮捕
も許可するよう伝えるんだ」
「は、はいっ!」
 抱く感情は、オーキス公も一見して似たようなものだった。
 少なからずその表情(かお)にうんざりしたと言わんばかりの感情を漏らし、彼は報告に
飛んできたこの若い官吏に仔細を訊ね、指示を飛ばす。また官吏の方も焦りと緊張ですっか
り硬くなってしまっており、オーキス公の命を受けると最初と同様、転がるように部屋を飛
び出していく。
「レノヴィン殿」
 そんな彼を見送って、他の部下達が慌しく動き出すのを横目にして、オーキス公はサッと
ジーク達の方へと向き直った。
「申し訳ありません。予定では一度皆を集めた上で、顔合わせと今後の作戦会議を行いたい
と思っていたのですが」
「気にすんなって。それよりさっき言ってた第三西口って何処だ? 俺達も加勢する。どう
やら連中はこっちの都合なんざお構いなしみたいだからな」
「……ご協力、感謝致します。すぐに案内させましょう。おい」
 サフレにリュカ、マルタら仲間達と顔を見合わせて頷き合い、ジークは視線をオーキス公
に戻すと言った。
 言葉の通り、彼らにとってもこのタイミングでの暴動発生は──元より起きないに越した
事はないのだが──宜しくないらしかった。
 オーキス公は数拍ばつが悪そうに唸っていたが、すぐに部下の一人に追加の指示を飛ばす
とそう硬い表情のまま礼の言葉を添える。
「レジーナさん、エリウッドさん。二人は此処に居てください」
「そうね、まだ館内の方が安全だと思いますから。すぐに……戻ります」
「え、ええ」
「……気を付けて」
 当然ながら民間人であるレジーナとエリウッド、技師二人には待機して貰うことにした。
 リュカの言う通り、暴動対策とみられるこの頑丈な造りの館内にいれば、ちょっとやそっ
との事では巻き添えは喰うまい。
 緊張気味な硬さと至極落ち着き払った一言。
 二人のそれぞれの首肯を確認して、ジーク達四人は警備兵の一人に案内されて部屋から駆
け出していく。
「陛下。申し訳ありませんが、一旦通信はここで切らせていただきます。陛下が此処を見て
いると奴らに知れれば、油に火を注ぎかねません。……鎮めた後、また」
『……分かった。くれぐれも油断するなよ』
「はい。それでは……」
 そしてオーキス公も、ホログラムの向こうのファルケン王にそう言い残し通信を切ると、
自身もまた陣頭指揮を執る為に部下達と応接間を後にしていく。

「──ふぅ」
 通信が途絶え、フォーザリア執政館の様子が画面ごと失せたのを見届けると、ファルケン
王は深く静かな息をついて玉座の背にぐっと体重を掛けた。
 グランヴァール王宮内・王の間。
 彼と眼下に並ぶ臣下達は、幾度も繰り返される保守過激派らの暴挙に、個人差こそあれ嘆
きと厭気を覚えずにはいられなかった。
「……僭越ながら、陛下。本当によろしかったのでしょうか?」
「その、一国の皇子をあのように使うというのは……」
 だが不安というものは次から次へと湧いてくるもので。
 通信が沈黙したその次の瞬間には、列席した諸候らの何人かがそう、ファルケン王に自分
達の抱く懸念の類を伝えようとしてくる。
 ファルケン王は内心で哂っていた。動き始めた事柄に、事実に今更ブレーキを掛けるなど
できる筈もなかろうに。
「何度も言ったろ。向こうも分かってて応じてる。それを証明する為の、いざって時の保険
の為の、いち冒険者っていう形式だろうがよ。……依頼手続きそれ自体に不正はねぇぜ?」
 ただ彼とて解っていない訳ではない。この地に漂い、我が臣下達すらも呑み込まんとして
いる暗い曇天のような心地自体は。
 即ち反発と突き上げである。
 この国──だけではなく世界中で推進される世界開拓に対する反対運動と、その急先鋒で
ある“結社”が人々に落とす影。開拓に与すれば、いつ何処でテロの巻き添えを喰らうかも
しれないという恐怖心。そこから保身に走った領民達が、そのめいめいの領主でもある臣下
らをも足元から揺るがしているのだろう。
 だが、それこそがテロリズムの狙いなのだとファルケンは考えている。
 本当に連中と“闘う”ことは正しいのか……?
 そう人々に疑問や迷いを抱かせ、その心の隙を容赦なく抉る。そこから力ずくで自分達の
望む世界を、酷く強引に、引き寄せようとする。
「……俺はよ、この国の王を任されてるんだ。国を豊かさに導くのが仕事だろうがよ」
 ファルケン王の、ぼうっと中空を眺めたまま呟く言葉に、場の臣下達は少なからず戸惑っ
ていた。互いに顔を見合わせ、それでも必死にこの主君の意図を汲もうとしている。
「どうせ何をやったって、やろうとしたって、賛成する奴も反対する奴もいる。糞真面目に
一々聞いてたら何もできやしねぇよ」
 結局の所、政治などゲームに過ぎないのだとファルケンは思う。
 パワーゲーム。利害の絡む者同士を配分する、どうしようもなくクソッタレでされどある
意味一番人間らしいとさえ言える、延々と繰り返される決定の連続。
 “失敗”すればアズサ皇のような末路が待っている。彼女の場合は結社の魔手に堕ちたと
言い換えていいのかもしれないが、少なくとも円満なピリオドではありえまい。
 ……では自分達は、繁栄を謳歌してきたこれまでを、それらを可能にしてきた多くの英知
を放り出すことができるのだろうか?
 できやしない。それは他ならぬ、民衆達が望んできたことだ。
 王というものが彼らの意思を代行する存在だと云うのなら、自分達が開拓を進めることに
ここまで“敵”が出てくること自体がおかしいのである。……本来ならば、凶刃を突きつけ
られるのは彼らであろうものなのに。
「暫くオーキスからの折り返しを待つ。それと一応、各地の定期報告をもっと細かく吸い上
げるようにしろ。各々の裁量を弄くる気はないが、情勢の把握に完璧なんてねぇからな」
 長考の後ファルケン王が出した指示を、臣下達は恭しく承った。控えていた官吏達が次々
に王の間から一時退席してゆく。
 大きく再びの息を一つ。
 ファルケン王は肘掛け越しにサイドテーブルへ手を伸ばすと、通常よりも一回り以上大き
めな、自身の携行端末を手に取り立ち上げる。
 手馴れた手つきで画面上のアイコン群を流してワンタッチ。
 次の瞬間、彼の周囲中空に現れたのは、多数の蒼く半透明なホログラムだった。
 浮かぶのは地図をベースとした、この国で起こっている紛争をリアルタイムで表示するよ
う作られた一大パノラマ。臣下達もつられて見上げる中、彼はフォーザリアを始め、地図上
のあちこちで散発する赤い点滅にじっと目を凝らす。
(──どうせ王ってのは、民衆が自分達の責任逃れにこしらえたツールなんだよ……)
 魔導と機巧技術。この世界の二大テクノロジーが作り出す作り物の現実。
 暫くの間、それらによって刻々と紡がれてゆく事実の群れを、この破天王はただじっと黙
り込んだまま見つめていた。


 Tale-37.それは燃え立つ紅蓮のように

 館の外で合流した他の傭兵らと共に鋼車に乗り込み、ジーク達は暴動の起こった現場へと
急いだ。
 疾走する遠景にはそびえ佇むフォーザリアの鉱山群。
 だがそんな粛々とした景色とは裏腹に、一行の耳には既に複数の爆発音が届き始める。
「押せ押せー!」
「オーキスは館にいるぞ、ひっ捕らえろーッ!」
 ジーク達がようやく現場に、第三西口に着いた時には、事態は存外に進んでいた。
 防壁用の盾こそ構えていたものの、デモ隊が投げ付けてくる手製の榴弾によって防衛に当
たっていた兵らが今まさに突き崩されようとしていたのだ。
「ぬぅ……っ。や、止めるんだ!」
「こ、これ以上暴力を振るうのなら、現行犯逮捕するぞ!?」
「うるさい、この開拓派の狗め!」
「やれるものならやってみろ! 私達は絶対に負けない!」
 急いで鋼車から降りる。長盾を構えて壁を作る兵士達の説得にもデモ隊は聞く耳を持とう
とせず、内心ジークは胸奥を無遠慮に棘で撫でられているかのような心地だった。
「どうする? 明らかに危害を加える気でいるし、こっちも……」
「そ、そりゃあ公爵から許しはあるけど……。本当に民間人を撃っていいのか……?」
 響く怒号。じりじりっと、数で勝るデモ隊が兵らを押していく。
 このままでは己の“正義”に酔いしれた彼らによって、少なからぬ被害者が出るだろう。
鉱山側の面々──作業員や警備の兵だけではない。実力行使が発動すれば、彼らだって無傷
では済まないだろうに。
「……ちっ」
 傭兵達同様、躊躇う気持ちは同じだ。
 だが誰かが止めなければ、情動が爆ぜたその時の傷は共に大きいものになる。
 ならばいっそ、自分が──。
 そうジークは到着した誰よりも早く、腰の得物に手を掛けると駆け出そうとする。
「待って、ジーク」
 しかしその歩みを止めたのは、他ならぬ仲間──リュカだった。
 思わず立ち止まって肩越しに振り返る。サフレも自分と似た思いを抱いたのか、魔導具の
槍を起動させて(よびだして)いた最中だった。
 そんな中、あくまで冷静に、彼女は口元に手を当てて何やら思案をしつつ呟く。
「……妙ね」
「えっ?」
「よく見て。あのデモ隊、警備の兵とぶつかっている人達もいるけど、何もせずに突っ立っ
ている人達もいない?」
 言われてみて、ジーク達もようやく気付いた。
 確かに、彼女の指摘するように、デモ隊の一部──こちらからみて後方に位置取っている
面々は妙に大人しい。正義(ねつ)に浮かされている訳でもなく、その表情はまるで感情が
削ぎ落ちたかのようだった。
「……」
 するとどうだろう。ややあってリュカは、何を思ったのか突然尚も防衛線を押し出そうと
しているデモ隊へと掌を向けて詠唱を始めたのである。
 驚いたのは傍にいたジーク達だけに留まらない。
 彼女の掌に魔導の風が集まっていくのを認め、警備の兵やデモ隊らが慌ててその場から離
れようとしたのだ。
 ──ただ一つ、後方に控えていたこのデモ隊の面々が、むしろ迎え撃つようにスッとその
感情のない顔を上げたことを除いては。
「皆、あいつらを押さえて! “人間じゃない”わ!」
 そんな反応をまるで予想していたかのように、リュカは掌を閉じ詠唱をキャンセルすると
叫んだ。ジーク達も、その声量に弾かれるようにしてようやく理解する。
 魔導攻撃を向けられても動じない、感情の失せたような佇まい。
 ここに来る前から聞き及んでいた、彼らデモ隊に“結社”が絡んでいるという情報──。
 真っ先にジークが、次いでサフレが地面を蹴った。
「死にたくなきゃ退いてろ!」
「一繋ぎの槍(パイルドランス)──」
 鞘から逆手に抜き放ち、宙で順手に握り直す六華の一振り・蒼桜。
 片腕を引きながら握り締め、バネのように急速に縮んでゆく魔導具の槍。
「っ、せいッ!」「改(スプリング)ッ!」
 慌てて左右に分かれたデモ隊・警備兵両者の間を縫うように、二人の飛ぶ斬撃と伸び射出
された槍先が駆け抜けた。
 避ける暇は与えられなかった。後方に突っ立っていたデモ隊員らしき者達は、二人からの
一撃をもろに受けて──その被っていた人皮の変装を破られてどうっと倒れ込む。
「やっぱりてめぇらか……」
 そして土埃が立つ中で、ジーク達ははっきりと見た。
 デモ隊の一部と思われていたこの無表情な者達は、黒ずくめのオートマタ兵──“結社”
の量産兵達だったのだ。
 ぼろりと、作り物の人皮マスクが破れ、剥がれ落ちていく。
 ちゃんとした人間な方のデモ隊の面々が、殆ど反射的に悲鳴を上げて後退る。
「くっ……。やはりお前達と“結社”がつるんでいたという噂は本当だったんだな!?」
「ち、違う! そんなつもりなんて全然……」
「俺達だって知らなかったんだよ。こ、こんな奴らと一緒だったなんて……!」
 一番困惑していたのは、警備兵らに詰め寄られたデモ隊(かれら)自身だったのだろう。
 ジークとサフレは肩越しにリュカを、彼女の傍で身を硬くしているマルタ以下同行の傭兵
達を見た。
 最初魔導を──確証を得る為のフェイクを打ってくれたリュカが頷いていた。
 おそらく彼らが訴えている通り、このデモ隊は知らなかったのだろう。ただ反開拓運動に
ついて来てくれる、その同志が増えたとばかり思っていたのだろう。
 ……同じだ。風都(エギルフィア)の時と、規模こそ違えど状況が重なる。
 当人達は至って“真面目な正義”を振るっていたつもりなのに、実はその機に乗じた悪意
に煽られていただけだったという構図。
 もう一本、紅梅を抜いて二刀を構えながら、ジークは歯痒さと悔しさで深く眉を潜める。
「お、おい。さっきのあれって……」
「青い、飛ぶ斬撃……まさか」
 そしてそんなジークの姿を見て、ようやく傭兵達以下、場の面々が彼が何者かを悟り始め
たらしい。
「……そうだよ。でも今は此処に雇われたいち傭兵だ。それよりも」
 土埃の中で傀儡兵らがぐったりと倒れている。だが全滅まではしてないか……。
 ジークはそうぶっきらぼうに肯定するが早いか、視線を再び正面へと向けていた。
 そして“敵(むこう)”に変化があったのはちょうどその直後。
 土埃がまだ残っているのを利用して、まだ動けたらしい傀儡兵の一部が素早く跳躍、その
ままジーク達のすぐ脇で口を開けていた坑道内へと着地し逃げ込んでしまったのだ。
「くそっ、逃げられた……!」
「拙いぞ……。まだ作業員の避難が終わってない……」
「通信を繋げ! “結社”が入り込んで来た!」
 警備兵らが慌てて走り回り始めていた。
 一方で思いもしなかった状況に、残されたデモ隊の面々はただ呆然と立ち尽くしている。
「……彼らは、オーキス公らに任せよう」
「ああ。そうだな」
 ちらりと横目でそんな彼らを一瞥して歩き出すサフレに、ジークも真剣な面持ちのまま同
調していた。ザリッと踵を返し、仲間達と共に彼は一緒に来ていた傭兵達に呼び掛ける。
「皆、聞いてくれ。俺達はさっきの奴ら──“結社”のオートマタ兵どもを追いかけようと
思う。全員じゃなくてもいい、執政館の方に報告する面子も要る。でも正直ここには不慣れ
だから、坑道の中に詳しい奴に案内を頼みたいんだが……」
 傭兵達が、警備兵達が互いの顔を見合わせた。
 入り込んだ“結社”の追討──あのジーク皇子と共に戦う──。
 戸惑いが優先したのは最初の内で、ややあって面々の表情には鼓舞された負けん気が強く
宿り出す。
「了解しました。ご一緒します!」
「おい、誰か鉱夫を連れて来い。皇子達に加勢するぞ!」
 にわかに面々が活気付いていた。いや、共通の敵を前に団結したと言い換えるべきか。
 剣や銃、拳を突き上げて彼らが応えてくれる。一方で追跡の為の準備をと駆け出す者達も
視界に映る。
 ……これがファルケン王の言っていた士気云々という奴か。
 ジークはそんな彼らを心強くこそ思ったが、同時に何とも言えぬ後ろめたさも覚える。

 ややあって避難済みの鉱夫が二・三人、案内役として引っ張り出されてきた。
 当然と言えば当然だが、最初は再び──それも“結社”が紛れ込んだ坑内に入ることに難
色を示していた。それでも何とか応じてくれたのは、ジークという王族からの頼みという手
前があり、何よりもまだ同僚(なかま)達が脱出し終わっていない状況があったからだ。
 すまない……。何としてでも追い払うから……。
 ジークは鉱夫達に、傭兵達が慌て恐縮するのもお構いなしに頭を下げていた。
 口を開く坑道の闇色。それがまるで自身の泥沼を思わせるようで心苦しく、脈打つように
負い目が疼く。
「くれぐれも足元には注意してくだせえ」
「入口辺りはともかく、奥の方はまだ均し切れてないんで」
 皆でぐるりと、鉱夫達を囲った状態で坑道内へ入る。当然ではあるが、内部は申し訳程度
に吊るされた魔導式のカンテラ以外、視界を照らすものはなかった。鉱夫や傭兵達の何人か
が予め持ってきた分も含めて、ようやく前後左右が確保できる。
 路は非常に複雑に思えた。数十往(リロ)もしない内に何本も曲がり角が見え、更にそれ
らがまた新しい路をうねうねと形作る。
 少しでも多くの鉱資源(せいか)を──。
 そんな欲望が、可能性を求め掘り進んだ結果が、こんな枝分かれの構造にさせしめたのだ
ろうなとジークは想像する。
 尤も自分達とて、元はと言えば同じくその恩恵に与りたくて足を運んだ訳なのだが。
「あの……。話にあった結社のオートマタってのは、今何処に?」
「……さてな。あんた達みたいに中に詳しい訳でもなきゃ、そう遠くまで行ったとは考え難
いんだが」
 すると、そうして進む中でおずっと鉱夫がジーク達に問うてきた。
 同僚(なかま)達が心配なのだろう。接触する前に避難できていればいいのだが……。
 ジークは傭兵数人と先頭を歩きながらも、肩越しに彼らを見遣って微笑を繕う。
「奴らが見つかれば、すぐに俺達がぶっ倒す。でも皆がちゃんと逃げられるように、こっち
でも先に脱出口みたいな所を確保した方がいいのかもしれねぇな」
「ああ、それでしたら……」
「大丈夫だと思います。坑内(ここ)には区画ごとに基地(ベース)があるんです。自分達
も普段、そこを拠点に作業に出向いてまして」
「ここみたいな通路よりもずっと広いですし、何より外への昇降機が取り付けてあります。
他の面子もそこから避難してると思うんですが……」
「そうなのか? だったら話は早い、俺達もそこに行こう。そんでもって残ってる奴らを誘
導してやればいい」
 自分の呟きにそう反応した鉱夫らの言葉を渡りに船と、ジークは頷いた。
 サフレ・マルタと共に殿にいるリュカに目配せをし、彼女の携行端末で通知の準備をして
貰うことにする。
「鉢合わせになっていないといいんだがな……」
「そ、そうなったら最寄の昇降機優先ですね。こちらに来て貰うまでに危ない目に遭っちゃ
うなんて本末転倒ですし」
 仲間達が憂う中でも一行の足は止まなかった。止める訳にはいかなかった。
 道中カンテラをかざし、鉱夫らが入り組む坑道内をあっちだこっちだと案内してくれる。
 曰く、各区画には迷わないように番地が書かれているのだという。
 ……確かに言われて見てみれば、時折彼らがかざすカンテラの向こう、通路の壁に点々と
赤いペンキらしきもので書かれた数字があるのが分かった。
 D18、D19、D20──。
 一見すると似たような薄暗さばかりが続くが、そこはヴァルドー直轄の大鉱山。作業の効
率化などといった点で抜かりはないらしい。
「……」
 暫く、ジーク達は案内のままに坑内を進んだ。
 会話も途切れ、耳に届くのは反響する皆の足音。肌に感じるのはカンテラの灯りと岩土の
ひんやりとした気配。
「……なぁ、おっさん達」
 やがてその沈黙を破ったのは、他ならぬジークだった。
 案内を続ける鉱夫らに向けた一言。彼らははてと先頭を往くこの若き皇子に視線を遣った
が、当の本人は真っ直ぐ前を向いたまま振り返ることはない。
「訊いていいか? あんた達は、この国の──西方の開拓ってモンをどう思ってる?」
 鉱夫達はお互い頭に疑問符を浮かべ、顔を見合わせていた。
 質問の意図を量りかねたのは他の面々も同じである。……但し、これまで一緒に旅をして
きたリュカら仲間達を除いて。
「俺達は西方(こっち)に来た時も、ここに来る途中も、それに今も、開拓してる側と反対
してる側の争いをみてる。あんたらには茶飯事なのかもしれねぇが、少なくとも俺にはこれ
が“普通”だとは思えねぇんだ。……だから訊きたい。あんたらはどれだけ真面目なんだ?
依頼を受けたからには全力を尽くす、それは変えないつもりだが、せめて当事者の思ってる
ことくらいは成る丈知っておきたくてさ……」
 鉱夫らが、傭兵達が、めいめいに控えめなざわめきを伴っていた。
 全てが伝わった訳ではないのだろう。だが彼らも、どうやらジークが本気でこの地で続く
諍いを憂いていることは理解できたらしい。
「どう、ですか……」
「すみません。難しいことは自分達にゃあ分からんですよ。ただ自分達は、ここで鉄を掘っ
て飯を食ってるってことで……」
「一応、世の中の機巧技術が俺達の働きで回ってるんだって自負はあります。だけども結局
一番美味しいとこを持っていってるのはお上や金持ち連中な訳で……皇子の言うその手の争
いってのは、どのみち庶民にはどうしようもないもんだとは思ってます」
「まぁ自分達に近いことで言うなら、こうやってあちこち掘ってることでドワーフやら何や
らと喧嘩になっちまう時があって……。仕事だから仕方ないとはいえ、そういう時にはやっ
ぱいい気分にはなりませんね」
「……」
 ジークはじっと黙っていた。戸惑いながらも応えてくれる彼らの言葉を噛み締めていた。
 そうだ……生業なのだ。ただいち庶民である彼らは、大局的な闘争云々よりも先ず、今日
明日の食い扶持の為に働いているのだ。
 自分だって冒険者として暮らしていた日々は似たようなものだったのに。自身でも気付か
ぬ内に、皇子という肩書きに自惚れていたということなのだろうか。
 もどかしかった。心苦しかった。
 ただ彼らは日々の営みを繰り返しているだけだ。何よりその過程で生み出す軋轢も自覚し
ており、同時にそれらを仕方ないものだと嘆きつつも諦めている。
 なのに……そんな苦悩する善意に、悪意はつけ込む。ただでさえ引き裂かれそうになりな
がらも踏ん張っている人々を、乱暴な“理想論”で引き千切ろうとする。
 沸々と怒りがわいてきた。
 やはり奴らを許してはおけない。野放しにはできない。……自分達が、守るんだ。
「……そうか」
 たっぷりと沈黙と内心の長考を経た後、ジークはそう心なし俯き加減になったまま呟き、
だらりと下げていた両拳に一人力を込める。
「ジーク」
 異変があったのは、ちょうどそんな時の事だった。
 はたと後方のサフレが短く呼び掛け、指に嵌めた待機状態の魔導具に指先を走らす。
 不穏な気配。それはジークもほぼ同じくして嗅ぎ取っており、やや遅れて気取った傭兵達
と共に鉱夫らを囲んだまま立ち止まる。
「で、出たぁ!?」
「チッ。こんな狭っ苦しい所で……」
 カンテラが照らす灯りの向こう、その明暗のグラデーションの奥から鈍い金色の眼が次々
に現れた。ザラリと鋭利な刃物の音がする。ゆっくりと、近付いてくる足音が聞こえる。
 間違いない。通路の前後から迫ってくるのは“結社”の傀儡兵達だ。
「……おっさん達、じっとしろよ」
「巻き込まれないよう、私達と距離を取っていてください」
 守るべき者らを皆で囲い、自分達の身で以って空白を伴う防衛線を張りながら、ジーク達
もまた一斉に得物を抜き放つ。

「──そうですか。レノヴィン達が坑内(こちら)に」
 時を前後して、坑道内の一角にその男はいた。
 茶色い白縁のローブを目深に被り、一見すればその表情は穏やかな線目。……だが、彼と
その取り巻きらしきごろつきと対面しているのは、まごうことなき“結社”の傀儡兵達。
「では予定通り任務を遂行なさい。地の利は私達にあります。路地に追い詰めまとめて始末
するのです」
 男がそう指示をすると、黒衣のオートマタ達はサァっと散っていった。
 彼らがそれまで居た巌の部屋の中、その一見すると岩壁にしかみえない一角が、駆け去っ
てゆく傀儡兵らを何の引っ掛かりもなく通してゆく。
「……」
 自らが施した岩壁の幻──この開拓の徒らの懐に忍び込めている理由たる出入口を眺める
と、彼は暫し黙した。
 遂に我らが“教主”が敵と宣言した、あの東国の皇子が現れた。
 これは大きなチャンスでもあり、同時にリスクでもある。
 聞く所によれば、以前急き勇んだ他の信徒(どうほう)が失敗し、処刑されたという。
 自分に限ってそんなヘマは……と思うが、不安材料であることは確かだ。勅命を無視する
気は持ち合わせていないが、今心臓は緊張で激しく脈打っている。
『──ほほう? 隠れ家とは聞いていたが、何ともみみっちいのぅ』
 そんな時だった。突如、彼と取り巻き達の耳にそんな豪胆な声が聞こえた。
 思わず部下達と共に身を硬くする。だがその緊張はある意味で杞憂であり、またある意味
ではもっと性質の悪いものだった。
 一同の目の前に現れたのは、どす黒い靄──瘴気と共に空間転移してくる人影。
 一人は竜族(ドラグネス)の武人、一人は鉱人族(ミネル・レイス)の武僧、もう一人は
身体中に包帯を巻いた人族(ヒューネス)の女性。それは他ならぬ、以前ジーク達と一戦を
交えたヴァハロ、クロム、アヴリルの三人であった。
「こ、これは“使徒”の……。わざわざ御足労をくださるとは……」
 そして彼らの姿を認めた瞬間、男は取り巻き達と共に恭しく頭を垂れていた。
 使徒──自分達“結社”構成員の中にあって、その最上位に属する魔人達。
「世辞は要らんよ。時間が惜しい」
「……信徒イザーク。ジーク・レノヴィンとその同調者達がこの坑道にやって来ていること
は知っているな?」
 だが当の彼らは、この男イザークらのおべっかなど微塵も期待していなかった。
 相変わらず暑苦しく微笑(わら)うヴァハロの横で、クロムが淡々と用件を伝えてくる。
「は、はい。勿論です。今し方オートマタ兵を向かわせ、挟み撃ちを」
「分かってるよー。でもそれじゃあ温いって話が出ててねー」
 まさか……いきなり処罰を?
 しかし内心のイザークの恐れなどは全く無視され、ひょいっと顔を出したアヴリルが口に
するのは、そんな話の腰を折る言葉だった。
「は、はあ。つ、つまり何を……?」
「そう怯えなくていい。私達はただ加勢を命じられただけだ」
 そして、頭を覆うフードを押さえながら彼が目を点にする中、
「──彼らもろ共、この鉱山(ばしょ)を終わらせにな」
 かつてジーク達と対峙したこの使徒らは、そう終わり(はじまり)を告げる。


 まるで、闇から生まれるものどもを相手にしているかのようだった。
 カンテラの灯だけが頼りの視界。その範囲外の暗闇から次々と襲い掛かってくる傀儡兵。
 ジーク達は鉱夫らを守るべく、挟み撃ちにされるがまま戦うしかなかった。採掘が中断さ
れ静まり返った坑内に、鋭い金属音や銃声が繰り返し鳴り響く。
「縮こまるなよ、潰される前に押し返すんだ!」
「分かっている! 君こそ早く進め。このままじゃいつまで経ってもキリがない!」
 苦戦を強いられている、その事実は否めなかった。
 何よりも先ず場所が悪い。視界も限られ空間も狭い。暗がりの向こう、通路の前後から襲
ってくる傀儡兵らの数は知れず、剣も思うように振り回せない。 
 それでも突き出される鉤爪を防いでは弾き返し、先頭に立って斬撃を浴びせようとする。
 だが反撃の刃、その軌道が限られていることで相手には中々当たらず、そうしている内に
また別の傀儡兵がわらわらと押し寄せてくる。
 じれったさもあってジークは叫び、また充分に捉えられなかった斬撃を。
 そんな彼に、殿で戦うサフレはむしろ前進をと急かす。やはりこの環境では斬るより、彼
のように槍──突きで戦う方が効果的か。
「そ、そこを右です!」
 何度目かの鉱夫の指示で、一行はまた方向変換した。
 曲がり角、最寄の基地(ベース)への道のり。襲撃を弾き退けつつのじれったい進行。
 だが同時に右折や左折、その瞬間は一番危険となる。三叉路ないし十字路になる際に自分
達の中列──鉱夫やリュカ達が直接敵の間合いに入りかねないからだ。
 仕方なく前後列のメンバーが割って入り、食い止めるという構図が続く。そしてそこから
また追ってくる迫ってくる傀儡兵らに対応すべく、決して広くない道を駆け戻る。少しずつ
ながら、しかし確実に数の劣勢が身にしみる。
「ちぃ……ッ!」
 この立ち回りからして、十中八九奴らは単に逃げたのではなかったのだろう。
 誘い込む為だ。前後左右が薄暗く、武器を振り回すには向いていないこの場所に。
 不案内だろうなどという推測は大外れだった訳だ。知り得た理由は判然としないが、少な
くとも地の利は向こうに渡ってしまっている。
 抜かったと思った。今更悔いても仕方ないが、もっとやりようがあったのかもしれないと
ジークは歯を食い縛る。
 自分の愚かしさ──ある種の愚直さのようなものを呪った。
 後先を考えず、目の前の誰かに手を伸ばそうと勇み立つ。思えばダン(ふくだんちょう)
などにもよく窘められていたことではなかったか。
 “敵”に弄ばれるこの不快さ。
 その最中に何度となく人々を巻き込んでしまっている罪の意識。
 にも拘わらず、自分がセカイに対して「冷静」で在れる気がしないという現実。
 全てが……自分を哂いながら刃を振り上げてくる。
「ぶっ飛ばせ──蒼桜(あおざくら)ッ!」
 まとわり付く鬱々とした重みを振り解くように、ジークは力を込めた。
 左手に握った六華の刃。
 大上段から振り下ろされた飛ぶ斬撃が、行く手を遮る傀儡兵らを斬り飛ばしながら坑道の
奥へと蒼い軌跡を残していく。
「一繋ぎの槍・改(パイルドランス・スプリング)!」
 反撃(まきかえし)は続いていた。
 殿に立つサフレが、後ろの通路から追ってくる傀儡兵らに狙いを定めると、ぐんと縮めた
槍を一気に射ち解いたのだ。
 加速と威力がついた一突きが、迫っていた彼らを一纏めに串刺しにする。
 オートマタの、されど妙にリアルな骨肉を砕く感触が手に伝わる。がくりと次々に崩れて
ゆく敵達を見遣りつつ、サフレの手の中へ元サイズに戻った槍がバチンッと戻ってくる。
「皆さーん、伏せてくださーい!」
 十字路の片側面からの迎撃に苦慮していた傭兵達の背に、マルタの呼び声が届いた。
 皆の連射で以って傀儡兵を押し留めていた勢いが思わず緩む。傭兵達が何だと振り返って
みると、そこにはマルタと、今まさに詠唱を完成させようとしているリュカの姿があった。
 狙いを定めるのは、自分達に迫る傀儡兵──だらけの通路側。
 かざした掌に展開するのは白い魔法陣と、ぐんぐん球状に凝縮されている高密度の風。
「盟約の下、我に示せ──重の風弾(エアブレット)!」
 殆ど反射的に身を屈めた面々を確認すると同時、リュカの天魔導が発動した。
 頭上を掠めて飛んでゆくのは、掌に集めた巨大な風の弾丸。
 射出されたその一撃は空を切りながら一直線に傀儡兵らに向かっていき、盛大に爆ぜると
まとめて彼らを吹き飛ばす。
「……本当、キリがないわね」
「分かってるよ。でも突っ切るしかねぇだろ」
「もう道という道に待ち伏せられている可能性も、あるがな」
「せ、せめてもっと広い場所に出られればいいんですけど……」
 リュカの呟きに三者三様の反応が漏れた。
 焦燥、勇猛、慎重、不安。
 するとリュカは何を思ったのか、はたと目を見開くとジーク達に言う。
「それだわ。皆、一旦奴らをギリギリまで引き付けて!」
「は? 何で」
「いいから早く!」
 ジーク達は互いに顔を見合わせたが、促してまたすぐに詠唱を始める彼女を見て何か仕掛
ける気なのだと悟った。
 指示通り、迎撃の手を止めて衝撃に備える。
 傀儡兵らも、これはチャンスとみて突っ込んで来る。
「盟約の下、我に示せ──夢想の領(イマジンフィールド)!」
 彼らの鉤爪が眼前に迫る、その瞬間だった。
 詠唱を完成させたリュカが魔法陣を纏う手を掲げたと同時、薄暗い坑道内に白ばんだ光が
満ちる。岩と土で固められていた空間は水が引いていくように変容し、目の前にはひたすら
にだだっ広い空間が、文様(ルーン)が流れる無機質な空が広がる。
『……ッ!?』
 空間結界である。
 傀儡兵らは詰めた筈の距離も無いものとされ、何より地の利を覆されたのだと悟って慌て
ていた。
「ジーク、道を開いて! 囲まれる前に抜け出すの!」
 そして再びのリュカからの指示で、ジークは思わず「……お、おう!」と頷く。
 なるほど。此処でなら存分に戦える──。
 先程はどうしても抑えていた力のたがを外し、彼は横殴りの蒼桜を放った。
 長く蒼い軌跡が真っ白な空を切り、傀儡兵らを斬り伏せる。すかさず一同はそこに出来た
空白へと走ると、踵を返し、彼らと真正面から向き合う構図を作り出す。
『……』
 それでも、傀儡兵らはややあって臨戦態勢を取り戻していた。ギチッと鉤爪が鳴る。
 確かに地の利は崩された。だが、まだ数でなら──。
「出でよ、石鱗の怪蛇(ファヴニール)!」
 しかしまるでそう踏ん張ろうとした彼らの意思を、サフレの解き放った巨躯が挫いた。
 黒宝珠の指輪から召喚されたのは、全身が岩で出来てる巨大な蛇。以前、皇国(トナン)
にてジークの窮地を救ったこともあるサフレの魔導具の一つだ。
 思わずその巨体を見上げ、固まっている傀儡兵。
 そんな様子を一瞥してがら、サフレが掌に光球を浮かべているリュカを見る。
「ありがとうございます。これで僕達も存分に戦えます」
「結界の維持、頼んだぜ? あと何人か、リュカ姉とおっさん達のガードに回ってくれ」
 ファヴニールを従え、マルタの戦歌(マーチ)による強化を受け、ジーク達が一斉に得物
を構えた。傀儡兵らも半ば反射的にそれに倣う。
 次の瞬間、無機質な白を背景に面々が地面を蹴っていた。気合の叫び声が響いた。
 初手はファヴニールが薙ぎ払った尾。それにより軒並みに崩された傀儡兵側の隊列。その
土埃と混乱を突いて、ジーク達が一気に突撃していく。
 こうなれば地の利・数の利といった話ではない。単純に個々の戦闘能力の差である。
 その点で、戦況は着実にジーク達に傾いていった。彼の二刀とサフレの槍を先頭にして傀
儡兵らは一体また一体と倒されていく。
 剣が斬り裂き、槍が貫いた。
 ならばとリュカらを狙って大回りに攻めようにも、迸る雷波(スパークウェイブ)や飛ぶ
斬撃、傭兵達の銃撃に捕捉され、数は更に減らされるばかりだった。
 加えてジークからは、紅梅の増幅された斬撃が振り出される。
 残された傀儡兵達は鉤爪の両手甲で防御しようとしたが、そんな抵抗すらも強烈な一撃は
意味をなさいものにした。振り抜かれた紅い斬撃は彼らを腕ごと吹き飛ばし、その身体を真
っ二つにして残骸へと変える。
「──ッ、はぁ……!」
 そう長くない時間で勝負は決した。
 無機質な白の地面に転がり、じわじわと消滅していく傀儡兵らの残骸。そんな中でジーク
達はようやく乱れた呼吸を整えるのに集中できる。
「これで、全部……か?」
「みたいだね。追って来ていたオートマタ兵は、多分」
 辺りを念入りに見渡し、ジーク達は傀儡兵らが全滅したのを確認した。
 それを受けてリュカが頷き空間結界を解くと、張られた時と同様、水が引くように無機質
な白が消滅して元の薄暗い坑道の景色が戻ってくる。
 しんと坑内は静まり返っていた。どうやら暫く追っ手の心配はなさそうだった。
「一先ずってとこか……。だがあそこまでわらわら出てきたってことは、奴らも随分ここに
は詳しいって考えた方がいいな」
「そうね。まんまと誘き寄せられちゃったみたいだから。他の鉱夫さん達が無事だといいの
だけど……。上手く避難してくれているかしら……」
 一旦それぞれが得物をしまう。魔導具を収める。
 皆の心境はリュカの発したその一言に集約されていた。
 加えて鉱夫達は「でも何で……」「まさかあいつら、ずっと坑内(ここ)にいたのか?」
などと、度重なる戦闘からくる疲労で酷く不安になっている。
 ジーク達はちらと、そんな彼らを見遣って互いの顔を見合わせた。
 ……あまり長居もさせられない。そろそろ限界か。
「そもそも、連中は何処から湧いてるんだか。風都(エギルフィア)の時みたく、多分親玉
みたいなのがいると思うんだがな」
 しかしこのまま逃げ帰る訳にもいかない。結社(やつら)の居所すら掴めていない。
 頭を振って雑念を掃う。そうぼやいてジークが向き直り、皆を励まそうとする。
 ちょうど──そんな時だった。
『……ッ!?』
 襲ってきたのは、激しい轟音と坑内を脅かす揺れだった。
 思わず面々が近くの壁に手をつき、ふらつく身体を支える。それでも尚、暫し爆発の余波
とみられる揺れは続き、パラパラと天井のあちこちから石や土が零れ落ちてくる。
「な、何っ!?」
「爆発……? また暴動? いや……」
 仲間達はそれぞれに慌てていた。きょろきょろと辺りを見渡す者、感覚を凝らし何があっ
たのかを推し量ろうとする者。少なくともこれは自然に起こったものではない。
「何なんだよ……。一体、この鉱山(やま)で何が起きてる……?」
 眉を顰め、決して高くない巌の天井を仰ぐ。
 戸惑う一行と共に、ジークは一人嫌な胸騒ぎを覚え始めていた。

「な、何だぁ……?」
 鉱山のあちこちから、濛々と煙が立ち上っているのが見えた。
 突然響いた爆音に思わず身を屈め、恐る恐る顔を上げた警備兵らが見たのは、そんな坑道
に起こった明らかな異変。
 ジーク達が内部へ突入したのと時を前後して拘束したデモ隊の面々を含め、場に居合わせ
た者達は一様に戸惑い、お互いの「知らぬ」を確かめ合っている。
「……おい、誰だよ? 勝手に火薬使ったの」
「知るか。っていうか、この状況で採掘してる訳ねぇだろ」
 兵の一人がジト目で振り返ったが、勿論語るようなことは誰もしてないし、今は“結社”
の出没でそれどころではない筈だ。
 だとすれば、まさか……。
「た、大変だーっ!」
 そして彼らの懸念は程なくして現実のものとなった。他の持ち場にいた警備兵が次々と、
この鉱山に起こりつつある異変の正体を知らせに来たのだ。
「第一西口が塞がれた! “結社”の野郎、坑道をぶっ壊す気だ!」
『何っ!?』
「第二の方もだ!」
「北口も全部やられた! 南口も似た感じらしい」
「東口の方は今、他の奴らが確認しに行ってる。だが多分……」
 畳み掛けられるように絶望が駆け巡った。
 やはり結社(やつら)が。今まではこんな直接的な攻撃はなかったのに……。
「ま、拙いぞ……。おい、第三はどうなってる? 皇子達は!?」
 それと同時に面々が危惧したのは、坑道内へ連中を追って行ったジーク達の消息である。
 急かされ、警備兵が何人か第三西口の内部を確かめに行く。
 だが半刻もしない内に、彼らは青褪めた表情(かお)をして戻ってきた。まさか、と言葉
少なく問う仲間達に、彼らは力なくコクリと頷く。
 間違いないと悟った。
 あの時“結社”達は逃げたんじゃない、皇子達を誘い込んだのだ。そしてその上で坑道の
出入口を──何故細かく場所を把握していたのかまでは分からないが──爆破して塞ぎ、彼
らの命を狙っているのだとしたら?
「くっ! 急いでオーキス卿に報告するんだ! 救助の準備を!」
「はいっ! ……って。あ、あれ?」
「どうした?」
「その、通信がおかしいんです。急に繋がらなくなって……」
「繋がらないって……。何でまたこんな時に」
 なのに、こんな時に限って執政館への連絡が上手くいかない。携行端末を手にした者達が
一様に謎の不調に首を傾げている。
 時間が惜しかった。こうしている間にも、皇子達は“結社”の謀略に苦しめられているの
だと思うと。
 ……もしも、万が一此処で彼らを死なせてしまうような事態になれば、それこそ自分達に
圧し掛かる責任や罪の意識は生半可では済むまい。
「た、端末が駄目なら精霊伝令だ! 誰か、誰か魔導が使える奴はいないか!?」
 責任感。いや、それ以上にぞくりと悪寒を伴う保身の念が彼らを突き動かす。
 表情(かお)はあっという間に文字通りの必死さになり、坑道前の現場ではそんな警備兵
や駆けつけた者達の叫び声が飛び交っていく。
 混乱していた。
 それが結社(てき)の仕掛けた策の一つであろうと頭の片隅で理解はしていても、この山
で自分達の至らなさで、あの皇子達を失わせる訳にはいかないと皆が焦っていた。
『……』
 そんな、慌てふためく面々が駆け回る物陰で。
 自身の携行端末を片手に、魔人(メア)の少年──“使徒”ヘイトは、その両眼を紅く染
めて邪悪にほくそ笑む。

 暗がりの向こうから点々と小さな光が飛んでくる。
 精霊達だった。突然の爆音と揺れの後、リュカが彼らに呼びかけて周囲の様子を探って貰
っていたのだ。
 光る毛玉だったり、羽を持つ小人型だったり。
 戻ってきた彼らの小さな鳴き声にコクコクと頷くと、彼女は「ありがとう」と礼を言って
微笑んでから、成果を待つジーク達へと振り返る。
「……どうだった?」
「残念だけど、嫌な予感は当たっていたみたい。坑道の出入口があちこち塞がれてしまって
いるわ。私達が入った第三西口も含めて殆ど。……さっきの爆発は、多分私達を閉じ込める
為のものだったんでしょうね」
 精霊達が顕現を解いて姿を消したことで、坑内は再びカンテラの灯りだけが頼りとなって
いた。半ば直感していながらも皆を代表したジークからの問いに、リュカはそっと眉を顰め
ると抑えた声色で首を横に振る。
 やっぱりか……。皆の反応それ自体は大よそ同じものだった。
 悔恨、思案、焦り、恐怖──されど各々が漏らす表情は大きく異なってもいる。
「それに、端末も通じなくなってるの。さっきから不自然に魔流(ストリーム)が乱れてい
る所為だと思うんだけど」
「……十中八九、連中の妨害工作でしょうね。確か、ここに来るまでは問題なく繋がってい
ましたし」
「えぇっ!? じゃ、じゃあ助けを呼ぶ事もできないんですか?」
「端末からだとね。でも落ち着いて? 時間は掛かっちゃうけど、さっき精霊達に執政館へ
の連絡も頼んだから救助の方は何とかなると思うわ」
 加えてリュカが懸念を示すのは、手にし示した自身の携行端末だった。
 アイコンが並ぶ画面自体は支障ないが、外との通信を取ろうとすると画面が音声があっと
いう間に乱れる。サフレが推測し、マルタや傭兵、鉱夫達がうろたえるが、彼女曰く一応外
との連絡自体は辛うじて確保できているらしい。
(ストリームが、乱れる……)
 一方でジークははたと、ある事が脳裏に引っ掛かっていた。
 今、リュカ姉はストリームが乱されていると言った。サフレも言うようにそれも連中の策
ならば、自分にはそんな芸当に心当たりがある。
 あいつだ。
 “万装”達に風都(エギルフィア)へ連れて行かれる切欠になった、あの村で戦った奴ら
の一人に、確か端末を使ってストリームを弄くっていたガキがいた筈だ。
 近くにいる。奴らが、結社の魔人(メア)がこの山の何処かにいる。
 如何せん事態が矢継ぎ早ではあるが、求めるものに近付いている……。
「基地(ベース)に向かおう。徒歩の出口が塞がれてるんじゃ、どのみち昇降機で脱出する
しかないしな。一旦おっさん達を外に逃がそう。奴らへの借りは、その後で倍返しだ」
 改めて、ジーク達は最寄の基地(ベース)へと急いだ。
 先刻の爆発がまるで嘘だったかのように、坑内は再びしんと静まり返っている。点々と設
けられたカンテラの灯りがどうにも心許なく思える。
 新たに傀儡兵らが追ってくる様子もなかった。
 あれで全部だったのか、それともまた何処かで待ち伏せているのか。ジークは胸騒ぎがぶ
り返すのを感じながらも頭を振り、右へ左へ、皆と共に坑道内を駆け抜ける。
「ん……っ」
 刹那、視界が開けた。
 同時に飛び込んでくる光量が膨れ上がり、ジークは思わず眩しさで目を細める。
 これまでの細長い通路とは打って変わって広く円い場所に出た。壁には通路のそれよりも
短い間隔でカンテラが吊るされており、照度が大きく向上している。
 壁際にはぐるりと通路整備用の資材や採掘機材、坑道内を通っていると思しきトロッコが
幾つか。他にも粗末ながら、カーテンの間仕切りを備えた休憩スペースも在る。
「……ここが?」
「はい。D区画の第一基地(ベース)になります」
「もっと奥に進めば第二、第三とあるんですけどね。大体は何処もこんな感じでさあ」
 一応見遣ると、後ろから鉱夫達が首肯していた。ようやく着いたという安堵感から、その
表情には少なからぬ緩みがある。
 目当ての昇降機はちょうど奥向かいで鎮座している。
 行こう。そうジーク達が再び真っ直ぐに歩き出そうとする、
『──ッ!?』
 その瞬間だった。
 通路側の入口から通り過ぎ、部屋の真ん中へ至りかけたその時、突如として鋭く尖った岩
礫の群れが飛んできたのだ。
 逸早くその奇襲を、向けられた何者かの殺気を気取り動いたのはジークとサフレだった。
 立ち止まるのと半身を返して飛び出すのはほぼ同時。抜き放った二刀、展開と同時に鞭の
ようにしならせた槍が、撃ち出されたそれらを早業で以って叩き落す。
「皆、怪我はないか?」
「チッ……何処に居やがる。出て来い! お前らなんだろ、楽園(エデン)の眼ッ!」
 数拍遅れて傭兵達も、リュカやマルタ、鉱夫達を庇うように陣形を取り直し、一斉に岩礫
が飛んできた方向へと銃口を剣先を向けていた。
 サフレが肩越しに皆の無事を確認する。ジークが姿の見えない敵に怒声を放つ。
 すると次の瞬間、一同の視界の先──見る限りは岩でしかない壁が揺らいだ。
「ふむ……。やはりこの程度の細工では仕留められませんか」
 そこから通り抜けるように現れたのは、茶色い白縁のローブに身を包んだ男だった。加え
てその左右からは、同じように壁をすり抜け、手下とおぼしき荒くれや傀儡兵達が続く。
「よく来た、ジーク・レノヴィンとその同調者達よ。我が名はイザーク、このフォーザリア
にて摂理の敵を滅する者……。貴様らの首、我らが貰い受ける」
「はん! その台詞、そっくりそのまま返してやるよ!」
「そうだそうだ!」
「何の仕掛けか知らんが、こそこそ隠れてた奴にやられて堪るかってんだ!」
 イザーク、そう名乗った“結社”の刺客はサッと片手を広げた。
 ざりっと地面を踏み、また一歩と迫ってくる彼の手勢。ジーク達も同じく、それぞれの得
物を構えて一触即発の臨戦態勢に入る。
「──」
 だが、他ならぬジーク自身が、はたとすんでの所で理性という糸に己の前のめりを引っ張
り直されていた。
 倒すべき敵がいる。父の情報を知っている可能性がいる。
 しかしこのまま戦いになだれ込めば、この場を危険な色に塗り替えてしまえば、また繰り
返すのではないかと思った。仲間や傭兵達はともかく、鉱夫(おっさん)達を巻き込む訳に
はいかない。
「……ッ、リュカ姉!」
 ぐっと一度歯を噛み締めて、ジークは叫んでいた。
 はたと彼を見るリュカや場の面々。
 その瞬間彼は、既に一足早く二刀を引っさげ地面を蹴り出していて……。
「結界を! 皆を外にっ!」
 強く跳躍。肩越しにジークが彼女に叫んでいた。
 言葉は簡潔で、しかし確固で。
 そんな彼の叫びと今という状況を瞬時に呑み込み、リュカは真剣な顔つきで頷いていた。
やや遅れてジークに続くサフレを視界に映しながら彼女は詠唱を開始する。
「ぬっ……? させませんよ!」
 だがイザークもその仕掛けてくるものを悟ったようだった。
 眉根を寄せた次の瞬間、五指に嵌めていた指輪──魔導具に力を込め、地面から岩石で出
来た砲台をずらりと並べる。
 そして一斉に撃ち出されたのは、やはり岩石の砲弾。
 更にその弾道を追い掛けるように、彼の部下達がジークらを──呪文を唱えているリュカ
を狙おうとする。
「邪魔を──」
「すんじゃねぇッ!!」
 しかし押し勝ったのはジーク達の側だった。
 ぐんとイザークらへと間合いを詰めた二人は、蒼桜と楯なる外衣(リフレスカーフ)──
飛ぶ斬撃と反射する布で岩砲弾を斬り裂き、弾き、迫る“結社”の荒くれや傀儡兵達を一網
打尽にしたのだった。
 イザークが、傭兵達が、目を見開いて驚いていた。
 “結社”の雑兵らが弾き返された岩砲弾の巻き添えになり、尚も勢いを失わない蒼い斬撃
に叩き伏せられる。
「盟約の下、我に示せ──夢想の領(イマジンフィールド)!」
 そしてリュカの詠唱が完成した。
 空間結界。それはちょうどジークやサフレ、イザーク達を藍色の魔法陣でスキャンするよ
うに巻き込んで発動していく。
「み、皆さん! リュカさんをお願いします!」
 本来の空間とは隔絶されていく境界線。更にそこへマルタが、傭兵達にリュカの事を肩越
しに頼みながら飛び込んでいく。
『……』
 白ばむ光が広がって、目の前からジーク達の姿が消えた。
 残されたのは、制御用の光球を掌に浮かべたリュカと、傭兵達と、鉱夫達。
「あ、あの」
「大丈夫。ああ見えてあの子達は結構強いですから。今はそれよりも、早く鉱夫さん達を」
「は、はい……」
「よし、なら二手に分かれよう。半分はおっさん達と昇降機で外へ、残りの半分は此処で竜
の姉ちゃんをガードする」
『応ッ!』
 最初こそ戸惑っていたが、それでも彼らとて冒険者(プロ)である。
 ジークが残した言葉とリュカからの促しによって、彼らは避難と守備の二手に分かれると
迅速に行動を開始した。
「……くっ、兵達が……」
 一方で、空間結界の中では先んじられた反撃で少なからぬ部下を失ったイザークが苦々し
い表情を浮かべていた。ジークとサフレ、マルタもそれぞれに得物を構えて今まさに追撃を
加えんとしている。
(残るのは、俺と結社(こいつら)だけでいいんだ……)
 脳裏を走り去っていくのは、これまでの自身の旅路と巻き込んでしまった人々──強い悔
恨と焦りの念。
 情動と理性に引き千切られそうになりながら、ジークは顰めっ面にて二刀を放つ。


「──坑道が爆破された!?」
 慌てふためいた官吏達からの報告に、館の執務室で指揮を執っていたオーキス公は思わず
デスクを叩きながら立ち上がった。
「は、はい……。現場から精霊伝令でそう報告が」
「どうやら“結社”による皇子達への妨害工作のようでして……」
「……。何てことだ」
 その逞しい体躯も相まって、場の官吏達がビクッと震える。
 オーキス公は出かかった諸々の言葉を呑み込むと、どさっと椅子に腰を落として白髪に占
領された頭を掻き毟る。
 正直を言えば、暴動が起きた時点でぼんやりとは思っていた。
 だがこうも早く奴らが攻勢を掛けてくるとは。
 主だった坑道の出入口が爆破され、塞がれたということは、奴らは皇子達を閉じ込めた上
で亡き者にしようとしているのだろう。
「……急ぎ救出隊の準備を。早々に彼らを失う訳にはいかない。王都──陛下にもこの事を
伝えよ」
 俯いた苦渋の表情から紡がれたオーキス公の指示に、官吏らが慌てて了承し、駆け出す。
 面々が出て行く足音を聞きながら、彼は大きな嘆息を吐きながらゆらりと顔を上げた。
「……」
 中空、室内にずらりと表示された各ホログラムは全て砂嵐になっていた。
 原因は不明だが、どうやらこのフォーザリア鉱山一帯のストリームが不自然に乱されてい
るとの報告が館の魔導師達からあった。
 故に、導信網(マギネット)に寄り掛っている自分達の情報網はほぼ壊滅状態になってし
まっていた。現場からの連絡に時間がかかったのも、ひとえに精霊伝令で代用するしか術が
なかった所為である。
(これも“結社”の妨害なのか……?)
 自分達の通信回線に対するジャミング。
 自然発生というには、その程度もタイミングもあまりに不自然であることを考えれば、そ
れが一番妥当な原因だろうとオーキスは推測した。
 しかしストリームを人為的に歪める術と力量を持つ者がはたしているものなのか──?
 そう「常識」が疑問を投げかけてきたが、一方ですぐにそれが今という状況にあっては殆
ど意味を成さないと思い直す。
 相手は“結社”なのだ。一説には何百年も暗躍してきたというあの規格外の無法者達に、
自分達の常識は通用しないと考えるべきだったのだ。
 つい数刻前の自分の、何とも愚かなことか。
 今度も上手くいくと思っていた。結局は不満分子の発散行動──坑道にさえ、敷地内にさ
え入れなければ、またやり過ごせると思っていた。
 文官出身故、真に戦いというものをを知らなかった、と言えばそれまでである。
 しかし自分は責任者なのだ。此処フォーザリア鉱山の管理を任され、派遣されている陛下
の代理人なのだ。

『──あんたはこの争いをどう見てるんだ? 一体どうしたいと思ってる?』

 はたと、あの時皇子が問うてきた言葉を思い出していた。
 確かに自分は哂っていた。下々(れんちゅう)の争いとて所詮は利害の対立であり、自分
個人が判断を下すものではないと考えていた。どのみち開拓は国是なのだから、大事は陛下
が中心となって導くもの──個々人に肩入れしていては政治生命に要らぬリスクを伴う。
 なのに……彼は詰問しようとしていた。
 真っ直ぐに、馬鹿正直なくらい真っ直ぐに、目の前の有象無象と並んでいた。
 政治を知らぬ青二才、今は知名度だけがあるカモというくらいの認識しかなかった。
 なのに、何故だ? 何故私は今、こんなにもあの青年の姿に怯えている……?
(……。まさか……)
 強烈な悪寒と共に、オーキスははたと悟る。
 ただ「暴れた」過去が故だけではないのではないか? 彼が“結社”にここまで執拗に狙
われる理由──動機付けとなるものは。
 今回の一件、まるで奴らは彼らが此処にやって来るのを待っていたかのようなタイミング
ではないか。これまでも連中の関与は噂こそされていたが、今まで尻尾の一つも出してこな
かったというのに。
 確かに書類の関係上、七星連合(レギオン)の支部を経由してはいる。
 それでも情報流出の虞は最大限抑え込んだおいた筈だ。なのに……。
(彼……なのか? そもそも、この交戦自体が彼らを──)
 異変は、ちょうどそんな時に追い討ちをかけてきた。
 一人内心を大きく揺るがすオーキスの耳に、激しい銃撃音が聞こえてきたのである。
「なん──」
 彼が思わず立ち上がるも、その騒ぎは激しさを増す一方だった。
 意識を向けると、聴覚を刺激するのは銃声と金属音、そして何度も重なる兵達の悲鳴。
 侵入者か!? オーキスは急ぎデスクを離れ、壁に掛けてあったサーベルを手に取った。
鞘からザラリと刀身を抜き、不慣れながらも身構える。
 文官の出とて、部下達を呼ぼうと叫べば知られるという知恵くらいは働いた。
 彼らが駆けつけて来ないということは……おそらく、もう。
「オー、キス……卿……」
「逃げ」
 次の瞬間だった。執務室のドアを、警備の兵や官吏が瀕死の状態になって突き破って来た
のである。
 いや……。厳密には彼らをそんな目に遭わせた者が叩き付けたと言うべきか。
『──』
 どうと、赤黒い血を染み込ませながら倒れた彼らの横を通り過ぎて、はたしてその張本人
達は姿を現した。
 以前より報告にあった黒衣のオートマタ──“結社”の量産兵達。
 撫で付けた金髪と白衣姿の、嫌な引き笑いをの痩せぎす男。
 そして……ボロのマントで身を隠した、機械の義眼を持つ男。
「……久しいな。オーキス卿」
「ッ!? その声、まさか……グノア卿!?」
 “結社”がここまで直接殴り込みに来たという事実もそうだったが、更にオーキスを驚愕
させたのは、その侵入者の中に見知った者がいたという点であった。
 セルジュ・グノア。
 自分と同じヴァルドー王国の有爵位家の一つ、その当主を務めている男である。
「な、何故貴公がそこにいる!? いや、そもそもその格好は何なんだ!?」
 何故? 多分心情的には何百回とその場で繰り返したであろう言葉を、オーキスは彼にぶ
つけていた。これでも貴族の端くれと握ったサーベルの切っ先が震えている。
「……解らないか?」
 ガチャリと、グノアの身体中から重厚な金属の音がする。
 そっと捲る布越しから覗くのは、あちこちが機械のそれに替わった姿。
 傀儡兵を率いたまま、白衣の男──ルギスは変わらず不気味に笑っていた。オーキスの両
の瞳が、静かにぐらぐらと揺れている。
 グノアが持ち上げた腕、鋼鉄の義手が前髪で隠れていたもう片方の眼を露わにした。
 刹那、上がったのは声にもならないオーキスの悲鳴。
 そんな、腰を抜かして倒れ込む元同僚の姿を、グノアの義眼は淡々と映している。
「こういうことさ」
 全身の少なからずを機械の義肢に換えた元侯爵・グノア。
 その生身側の左眼は、紛れもなく血色の紅に染まっていた。

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  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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