日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅲ〔36〕

 定期試験後という余熱は、数日も経つと静かに引いていった。
 即ちそれは、従来の学院生活が戻ってくるということ。
「来るよっ、アルス!」「うんっ!」
 その日もアルスとエトナは演習場(アリーナ)の利用許可を取り、ブレア指導の下、魔導
の実践訓練に励んでいた。
 何度目かの、障壁の束を破った煌(オーエン)とその咆哮。
 紅蓮を纏った一つ目の巨体が片腕を振りかぶり、アルス達に襲いかかる。
「……!?」
 だがその一撃は当たらなかった。オーエンがその一つ目を大きく見開いている。
 彼の放った拳。その接する一点に、アルスは群成す意糸(ファル・ウィンヴル)──無数
のマナの糸で編んだ手術刀(メス)や鉗子を重ね、この一撃を受け止めていたのだ。
「ふ、防いだ……」
「まぁあいつらも、伊達に何度もオーエンと練習して(やって)きてないからな。以前に比
べて導力も上がってきている。オペ具自体の耐久力を高めてきた、ということだろうが」
 そんな訓練のさまを、同アリーナ内の一角からブレアとリンファが見ている。
 彼女は彼──皇子の成長に素直に驚いていたが、一方のブレアはあまり大きな揺らぎを見
せてはいない。
 護衛に彼女が就く、その以前からアルス達の修練を見てきているということもある。
 だが何よりも、ブレアは知っていた。
「パワーに劣る意魔導で、俺の使い魔(オーエン)を止められるとは──」
 彼の理由、抱き続ける願い。
 そして……直接口にこそ出していないが、その動機が持つ“歪み”の深さを。
「エトナ、残りに強化を!」
「オッケー!」
 しかし見守る二人のそうしたやり取りと内心を余所に、アルス達は新たな動きをみせ始め
ようとしていた。
 束ね重ねたマナで編んだオペ具。
 それを以ってオーエンと力比べを演じる中で、アルスは頭上の相棒(エトナ)にそう指示
を出したのだ。
 そして次の瞬間、ブレア達──とオーエンが心なし同時に目を見開いていた。
 エトナが力を滾らせたのと同時に、地中から無数の植物が突き破るように出現、アルスが
操作するマナのオペ具へと次々に巻き付き覆っていったのだ。
「せいっ!」
 それはさながら、濃い緑にコーディングされたかのようで。
 オーエンがその拳を除けるには数拍遅かった。
 拳を突き出し、真正面で重ねられたオペ具と向き合っていたが故にガラ空きとなっていた
その両脇腹。そこへ強化(コーティング)された、残りのオペ具が一斉に凶器となって叩き
込まれる。
 短い呻き声を漏らし、オーエンの一つ目が大きく見開かれ──そして瞳を小さくしながら
痙攣するようにぐらぐらと揺らぐ。
 拳の力が大きく弱まった。アルスはその隙を逃さず指先から伸びるマナの糸を操作し、足
払いから突き上げと腹への一斉打撃。強化オペ具を再びオーエンに叩き込み、遂にその巨体
を転倒させることに成功する。
 アリーナ内に響く轟音。
 リンファと、流石の召喚主(ブレア)もこれには驚きを隠せない。
「──」
 紅蓮の身体に叩き付けた故、コーディングは早くもあちこちで焼け落ち始めていた。
 だが炎が時に再生のシンボルとなるように、この植物の皮膜もまた自己再生──随時生え
直すという特性を備えていた。
 大地から供給されるエネルギー。その恵みが、エトナの呼び起こしたこれら緑の蔦の群れ
を活発な新陳代謝で以って、炎熱にも負けない強さに組み上げてくれる。  
「領域選定(フィールド・セット)!」
 先日、アルスらの下に兄達からの導話が届いた。
 曰く彼らは今、鋼都(ロレイラン)にいるらしい。何でも道中で見つけた、珍しいキジン
の損傷を直す(けがをなおす)為だという。
 正直言うと、その報せを受話筒越しから聞いてアルスは何処かホッとしていた。何かにつ
けて戦うばかりではない、困った誰かを放っておけない兄の優しさが嬉しく思えた。
 ……風都(エギルフィア)での一件が、まだ脳裏に焼き付いている。
 ただ、失いかけた父を救い出したい。父を攫っていった“結社”を追う。
 兄の思いはそれだけなのに、どうしてあんなにまで大事になってしまうのだろう? 皇子
という立場から逃げたくはないし逃げられないが、映像器越しに見たあの世の悪意なるもの
らにはどうしても気が塞いでならなかった。
 力が、足りないと思った。学び知性を尊んでいるだけでは足りないのではと焦った。
 暴力は振るいたくない。だけど、せめてセカイを蝕む理不尽を振り払えるように。そんな
心の毒から、何とか人々を救い出したくて。
 “そういったことは俺がやる事だから気にすんなよ──”
 多分兄さんは、そう言って苦笑する(わらう)んだろうけど。
「施術、開始(オペレーション・スタート)!」
 大きく地面に倒れ込んだオーエンに、アルスとエトナはすかさず中和結界を仕掛ける体勢
に入った。両手の五指に大量のマナの糸を伸ばしたまま、この紅蓮の巨人を重ねたドーム状
の障壁で包み、間髪を入れず彼に繋がる魔流(ストリーム)を切断していく。
「オ、オォォォ……!?」
 一つ目を驚きで大きくして、オーエンはよろり起き上がりながら唸っていた。
 しかし気のせいだろうか。彼はかつて初戦でそうしたように、何としても自身の腕力で障
壁を破ろうという素振りをみせない。
 アルス達によって次々にストリーム──魔力が供給される経路が断たれて力が抜け、身体
が少しずつ赤い粒子となって蒸発し始めていたことも大きい。
(……?)
 だがそれよりも。
 アルスには、まるで彼のゆっくりと細められていく眼が、自分に「よく成長したな」とで
も語り掛けているように思えて……。
「よし、そこまで!」
 オーエンの炎の外皮がほぼ全て剥がれ落ちたのを見計らって、ブレアは叫んだ。
 それを合図にオーエンは渦を巻きながら収縮し、姿を消す。アルスとエトナもそれまで張
っていた結界とマナのオペ具を解除し、中空で塵になって消えていくコーティングの植物達
を見上げながら大きくその荒くなった呼吸を整える。
 ……ちなみに、中和施術の最終工程である聖気注入は、オーエンのような使い魔──マナ
で出来た存在にはむしろ元気を与えるだけであるため割愛されている。
「お疲れ様です。アルス様」
「やったな。遂に煌(オーエン)相手にオペが上手くいくようになったじゃないか」
「……ありがとうございます。でも、多分二度目は同じようにはいかないんでしょうね」
 ブレア、そしてリンファが二人の下へ近付いていき、そう労をねぎらってやった。
 だが当のアルスは、静かな苦笑いを浮かべるだけ。
 彼の頭上中空でエトナが「そんなに追い込まなくたって……」と心配げに呟いていたが、
やはりその表情は何処か硬いままだ。
(もしかしたら、この訓練自体も実際には役に立たないのかもしれない……)
 確かに以前に比べればずっとスムーズに手術刀(メス)や鉗子を操れるようになった。加
えてこれらオペ具自体も強化を施し、ある程度なら自分達単身での戦闘もこなしうる。
「……」
 だけども、とアルスは思う。
 力とは……何なのだろう?
 守ること救うことの意味はあるのだろうか? 何より、本当に可能なのだろうか──。

「──ただいま~……」
『おっ? おかえり~』
『お、おかえりなさい……ませ』
 そしてこの日もまた、アルス達は一日の講義と訓練を済ませて帰宅する。
 ホーム──酒場『蒼染の鳥』に一歩足を踏み入れると、こちらも一日の働きを終えて一息
を入れ始めていた団員達が口々に顔を上げて言葉を返してくれる。
 一方では気心の知れたといった気さくな、一方ではまだまだ硬さの残る遠慮がちな。
 新旧の団員らの反応がおもしろいほど奇麗に分かれていた。
 だがアルス自身、そこに何か文句をつけるつもりは毛頭ない。日暮れの中、店内を照らす
灯りの下、アルスは努めて分け隔てなく微笑を返す。
「おかえりなさいませ、アルス様。あ、あとリン」
「うん?」
「昼間に送ったメール、ちゃんと読んだ? 空メールばかり返信されてくるから気付いてな
かった訳じゃなさそうだけど……」
「ああ、それなんだが……。すまない、まだ操作に慣れなくてな……」
 仲間達との日常、帰宅後の緩やかな時間がアルス(とエトナ)を包み込んでくれる。
 だがその傍らでふとイヨが友(リンファ)に何やら話して──軽く問い詰めているのが目
に入った。
 言いながら苦笑し、リンファが取り出したのは携行端末だった。
 アルスの復学と彼女の護衛役着任、ちょうどその少し後日から支給された代物である。
 ただ根っからの武人である故か、彼女はまだその扱いに苦戦しているようだった。イヨに
弁明しながら画面を操作してみせるそのさまは、やはりどうにも覚束ない。
「……あの。メールって、何かあったんですか?」
 だからかアルスは、何となくイヨに振り返り訊ねていた。
 自分に気を遣ってわざわざメールにしてくれたのだろうか? 基本的に講義中、彼女には
外で待機して貰っているからそんなに気にしなくてもいいのに……。
「は、はい。その、本国より連絡がありまして。まだ確定ではないのですが……」
「……?」
 だが訊ねられた彼女は、心なしか言いよどんでいるように思えた。
 アルス、そして遅れて振り向いてきたエトナが小首を傾げる。そんな二人に、彼女は一度
リンファと顔を見合わせると、
「陛下──シノ様の戴冠式です。日程調整等がありますので、本国よりアルス様のご予定を
確認したいとの連絡がありまして……」
 コホンと一つ、咳払いをしてから言ったのだった。


 Tale-36.鉄の絆もいつしか錆び付き

 一夜が明けて、ジーク達はルフグラン・カンパニーの作業場に集合していた。
 朝食の後エリウッドに連れられて構内に入ると、レジーナ以下技師(しゃいん)達は既に
オズの点検の為の準備を整えつつあった。
 先日にはなかった、床一面に敷かれた厚手の保護シート。引っ張り出してきたらしい中小
の機材諸々。何よりも、所狭しと置かれ、多数の箱に突っ込まれた様々な部品と図面らしき
古びた紙の束。
「お? 来たね。昨夜はよく眠れた? 早速始めるけど、いいかな?」
「あ、ああ。宜しく頼む」
「じゃあオズ君、こっちへ」
「ハイ。ヨロシクオ願イシマス」
 ジーク達がやって来たのに気付いて、レジーナが振り返る。昨日と同じ作業着姿だ。
 後ろではガタゴトと技師達が動き回っている。
 そんな一人からエリウッドを含む五人に渡されたのは、レンズの分厚い作業用ゴーグル。
 高い天井で換気扇らしきものが数基回っているのをみるに、粉塵などにやられないように
と気を配ってれているらしい。エリウッドが慣れたように装着し、オズをシートのど真ん中
へと誘導しているのを見送りながら、ジーク達四人もいそいそと彼らに倣う。
「適当に座っててね。あと、あっちの端末で内部スキャンも撮ってるから見てていいよー」
 これまた使い込まれた作業手袋を両手にはめながら、レジーナが促しつつ言う。
 一方でエリウッドと技師達は、オズの巨体を、鉄骨で組んだ土台の上に立たせようとして
いた。見ればあちこちに重そうな止め具や梯子が繋がっている。さしずめ、手術台のキジン
版とでもいった処なのだろうか。
(……なんか、見てるこっちがドキドキしてくるな)
 ぼんやりとそんな事を思うジークは傍の椅子に腰掛け、サフレとリュカは端末を操作する
技師らの方を覗きに歩き出す。
 一方でマルタは、同じ作られた存在故か、何処に座るという訳でもなく不安げに“拘束”
されてゆくオズを見上げていた。
「作業台準備できました!」
「いつでも走査(スキャン)できます!」
「オッケー、それじゃあ始めるよ。先ずは外部損傷──左腕と脇腹から視ていこっか」
 それからのレジーナ達の手際の良さは、流石機巧技師(せんもんか)と言うべきだった。
 不規則な形に剥がれ、大きく千切れているオズの傷口。
 そこから覗く各パーツを工具で順繰りに分解して取り出すと、作業台の上から下へバケツ
リレーよろしく、彼女達は丁寧に保護シートの上へと運んでいく。
「……やっぱり大分ボロボロになってるねぇ」
「というか、焦げてますよね。凄く」
「ああ。高熱でへしゃげた跡と考えるのが自然だろう」
「へしゃげる、ねぇ」
「何でまたこんな壊れ方を……?」
 保護シートの上に並べられた、オズに残された左腕のパーツ群。それを一つずつ検めなが
らレジーナ達は呟いていた。
 すると技師の一人が呟いたその一言で、スッと面々の視線がジークへと向く。
 主人(マスター)なんだから知らないか? ということなのだろうが……。
「訊かれても知らないぞ? 俺達が見つけた時にはもうそうなってたし」
「はい。でも、オズさんは帝国時代の戦闘用キジンだった訳ですから……」
 今度はジーク達がオズを見遣る番だった。
 分解検査の中で崩れ落ちぬよう、作業台に繋がれたその機械の身体。
 彼はまん丸な茜色のランプ眼を静かに瞬かせると、言う。
「再起動前ノ記録情報(アーカイブ)ハ、アチコチデ損傷ヲ受ケテイルヨウデス。読ミ込ミ
可能ナ部分デアレバ出力スル事ガデキマスガ、如何致シマショウ?」
「アーカイブの損傷……。やはり内部機構にもダメージが」
「んー……まぁ思い出せるんなら話してやってくれ。そもそも俺達だって、お前が何をして
きたのかよく分かってないんだし」
「了解シマシタ。最新時系列ヲ照会シマス」
 仲間達の首肯を得て、ジークはそう伺いを立てるオズを促してやった。
 茜色のランプ眼の奥で何かが動いている気配がする。普通に意思疎通ができても、やはり
彼は機械なんだなと思う。
「ゴルガニア暦八百十二年、私ハ帝国本領南域ニ配置サレテイマシタ。当時、反乱軍──皆
サンが語ル所ノ解放軍ハ既ニコノ頃外領地ノ要衝ノ多クヲ攻略、各地カラ軍ヲ合流サセツツ
帝都ヘノ進撃ヲ試ミテイル状況デシタ。私及ビ同胞ノ陸戦機兵三百体ニ命ジラレタ任務ハ、
コノ合流ヲ阻止スベクソノ経路ノ一ツヲ強襲、分断スルコトデシタ」
『……』
「シカシ私ノアーカイブニハ、コノ作戦開始直前ニ大規模ナ人為的爆発ヲ記録シテイマス。
断片的データカラ分析スルニ、第三者ガ事前ニ大量ノ爆発物ヲ仕掛ケテイタモノト推測サレ
マス。コノ爆発ニ、待機シテイタ私達一隊ハ工廠ゴト巻キ込マレ──」
「もういい、オズ! 分かった……もう、分かったから。そんなのは忘れていい。戦争は、
終わったんだ」
「? 宜シイノデショウカ? 損傷ガアルトハイエ、修復ヲ受ケテイル今、削除処理ヲ行ウ
ベキナノカト確認ヲ取リマス」
「……」
 だからこそ、彼が淡々と語る記憶──大戦の一コマを聞いて、ジーク達の表情は半ば反射
的に歪んでいた。
 特にマルタのそれは激しい。まるで自分の痛みであるかのように泣き出しそうだった。
 端末の方に行っていたサフレとリュカがおずっと戻って来て、そっと彼女の背中を擦りな
がら慰めている。ジークは眉間に深い皺を寄せてそう少々突き放すように言うと、尚も真面
目に語ってくるオズに二の句を継げず、ついむすっと黙り込んでしまう。
「……。ま、損傷の理由は分かったんだしもういいじゃない。作業を続けましょう?」
 その後はいよいよ、オズの分解・点検作業が本格化していった。
 分厚い鋼鉄の皮を電動式の工具を使って丁寧に外していき、彼の機械仕掛けの体内が露わ
になる。先の左腕も含め、取り外したパーツの状態を一つずつ確認し、走査(スキャン)を
掛け、当時の図面と照らし合わせてその型番と形状のメモを取っていく。
 作業は進み、やがてオズは中枢部──ちょうど心臓の位置に在る奇麗な白銀色の球体──
と配線で首が繋がっているだけの状態にまでなった。
 顔の外装も外され、内部構造が嫌でもはっきりと見える。
 それでも尚、ぱちくりと瞬き皆を見つめる彼の茜色の眼を眺めていると、ジークはどうも
申し訳ないといった気持ちになってしまう。
 ヒトの都合で生み出された金属の生命。彼らはそのヒトを殺すことを期待された。
 もう千年以上も昔の話だ。だがその罪深さを、自分達は「時代が違う」からというだけで
逃れていいものなのか?
 むしろ現在(いま)だって、世界(おれたち)は変わりもせず──。
「どう?」
「……駄目ですね。これもかなり痛んでます」
 レジーナが、リュカらが走査(スキャン)映像を映す端末を覗き込み、操作している技師
が小さく首を横に振って答える。
「うーん……。オズ君のこの状態は思ってた以上に奇跡的だってことかー」
「そうだね。このままではそう遠くない将来、機能不全に陥ることは間違いない」
 レジーナとエリウッド、社のツートップの見解を合図にするように、一同が保護シートの
上に広げられたオズを成す部品達を見遣った。
 爆風により損傷した左腕と脇腹付近のものを中心に、その外見は激しい焦げと変形を呈し
ていた。それ以外のパーツ群は見た目こそ大きな損傷はないものの、長い年月が経っている
こともあって、検査を通してその大部分にガタが来ていることが判明したのである。
「お、オズさんは助かるんですか?」
「助けてみせるわ。その点は任せておいて、マルタちゃん。でも……」
「……?」
 作られた者同士、心配げにマルタがその検査結果に眉を下げていた。
 しかしレジーナは不敵に笑う。そしてついっと彼女が視線を向けた先は、先程からずっと
眉間に皺を寄せていたジークで……。
「ねぇ、ジーク君。君はオズ君を“どれだけ換えてもいい”と思ってる?」
「えっ?」
 ジークは最初、その質問の意味がよく分からなかった。
 だが数拍遅れて悟る。一度目を見開いて、また気難しく眉を顰める。
 あちこちガタの来たオズの各パーツを取り替えること。
 それは即ち、オズという「個」を一度否定する──いくらでも代替可能な存在として扱う
ことを意味する。その非生物性を、どこまで受け入れる用意があるのか。
「……俺の一存で決めちまうことはないんじゃねぇか? 訊くべきは俺じゃなくてオズの方
だろうよ。……そこん所、どうなんだ?」
 レジーナ以下、技師や仲間達の視線を一斉に受け、ジークはつい回答を避けていた。
 代わりに問い返した先は、他ならぬオズ自身。
 後付──逃げだと思われても仕方ないとは思う。だが主人(マスター)だの何だのと呼ば
れるという理由だけで自分が決めてしまえば、それこそオズを“ただの機械”と見なす表明
にはならないだろうか。
「……。構イマセン、現在(イマ)ニ相応シイ身体ニシテクダサイ」
 なのに、オズは少し考えたように目を瞬き、言う。
 明確な自律意思だ。しかし一方でその分解された身体のさまは酷くアンバランスにも思え
てしまう。
「同胞達ハ、ソウシテ皆サンノ中ニ交ワッテイルノデショウ?」
 ジークらは唇を結んで互いを見遣っていた。
 何処まで彼が考えているのか、正確な所までは訊かねば分からない。
 だが少なくとも、彼という個体は、自身が代替されていってでも今の人々の中に入ってい
けることを望んでいるらしい。
 四人は頷いた。それを見て、レジーナ以下技師面々も彼らの方針・意思を承諾する。
「オッケー。なら今以上の名機にしてあげる。どーんと、大船に乗ったつもりで任せて?」
「……しかしそうなると、問題は部品の調達だね。昨日皆と確認したけど、ほぼ造り替える
となれば在庫分では足りないよ」
「あ~、そっかぁ」
 しかし一方でエリウッドはあくまで冷静だった。
 副社長、相棒の名よろしく彼が指摘してくるその状況に、レジーナも口元に手を当てて暫
し考え込む。
「……仕方ない、か。正直あんまり頼りたくはないんだけど……」

 エリウッド達に社の留守を任せ、一旦元通りに戻されたオズを含むジーク達はレジーナに
連れられて鋼都(ロレイラン)の街中へと出た。
 ねちっこい暗さと猥雑さの漂う金属質な街並みから、見かけこそ小奇麗にした街並みへ。
 先日エリウッドに連れられて歩いたように、この街はやはり独特の雰囲気を纏っているよ
うに思う。
 機械によって成り立つヒトの街。
 その繁栄と小奇麗さの中に押し込められた影が、絶妙かつ何処か不穏なバランスを抱いて
佇んでいるかのような印象。何となく嗅ぎ取り、直感が伝えてくる危なっかしさ。
(……?)
 だが、それよりも。
 時折レジーナとすれ違う街の人々がちらちらと、敬遠するような、或いは逆に歓迎するか
のような、白黒双方ある表情を覗かせてくるように感じるのは……気のせいだろうか?
「さて。着いたよ」
 言って、おもむろにレジーナが立ち止まった。カツンと石畳の上で靴音が鳴る。
 道向かい──鋼都の中心部にそれは建っていた。
 レンガ造りのやたらに幅広く高い建造物。自分達の目に間違いがなければ、その大きな鉄
製門の脇には『機巧師協会(マスターズ)本部』の文字が彫り込まれている。
 予想していた以上に大規模だった。
 同時に協会が、この街にとってこの国にとって大きな影響を及ぼしていることも窺える。
「……さて。行きがけにも話したけど、これからあたしは協会の連中と交渉する。あそこに
は今まで造られてきたパーツなりの製品全部の記録があるから。実物を取引できなかったと
しても、せめて図面のコピーさえ手に入ればあたし達で造れる筈よ」
 すると彼女はふと、まるで周囲を──本部前の人通りを警戒するかのように声量を落とす
と、ジーク達に振り向いてそう念を押すように語り掛けてくる。
「正直言って、あいつらはあたしを嫌ってる。ほぼ間違いなく返ってくるのは嫌味の類だと
思うけど、ジーク君達もそのつもりで、一々本気にならずに聞き流しててね?」
 ジーク達は思わず眉根を寄せ、互いの顔を見遣った。
 もしかしなくても、昨夜彼女が語っていたことか……。
 中でも一度事情を聞いているジークは特に、発言の先にある剣呑とそれでも尚明るく振舞
おうとする彼女に、何とも言えぬ居た堪れなさを感じてしまう。
 ロマンよりも実利を追い求める、昨今の技師達の風潮。
 そんな風向きに反抗し、主流組織を追い出された過去。
 だがジークが何と声を掛けようか迷っている間に、レジーナは再び通りの方に向き直ると
一人正門の方へと歩いていってしまう。
「どちら様ですか?」
「ここから先は関係者以外、立ち入り禁止です」
「……。元マスターズ執行委員レジーナ・ルフグランよ。ドゥーモイに会わせなさい、商談
があるの」
 正門を警備していたのは、銃剣を携えた傭兵と思しき男達だった。
 中へ踏み出そうとするレジーナを、斜めに重ねた剣先で阻止して事務的に問う。それでも
彼女は分かり切っていたかのように僅かな嘆息をつくと、懐から会員証らしきカードを彼ら
に見せて用件を伝える。
「……アポイントはとってありますか?」
「ないわ。でも彼にこう伝えれば通してくれる筈よ。“起動中のタイプ・オズワルドを手に
入れた”ってね。商談というのも、その子に関することよ」
 おずっと後を追ってきたジーク達──と行動を共にするオズを顎で示されて守衛らは互い
の顔を見合わせていた。
 技師(せんもんか)ではないので分からない。だが間違いなく彼女は元関係者で、言葉の
通りそれらしきキジンも連れて来ている。
 逡巡しつつも同僚に促され、「暫しお待ちを」と言い残し、うち一人が門を開け鉄格子を
潜って中へと駆けていった。
 少し視線を斜めに傾け移してみれば、本部建物に続く路途中にある守衛室らしき中で、彼
が他の同僚らに状況を伝え導話を掛けているのが辛うじて窺える。
 暫くの間、レジーナ及びジーク達はその場で待った。
 するとやがて奥からやって来たのは、どう見ても技師とは程遠い紺の礼装姿の男が一人。
「……お待たせしました。案内致します」
 おそらくは慇懃無礼。
 男は門を開けた守衛らの間から出て来ると、そうやはり事務的に一行を促してくる。

 やたらにだだっ広い本部内を進み、ジーク達は導力仕掛けの昇降機に乗って一気に上層階
へと移動する。
「ルフグラン氏ご一行をお連れしました」
『通せ』
 それからまた暫く長い廊下を進むと、職員らしきこの男は奥にある一室のドアをノックし
て来訪を告げた。扉の向こうからは短く、そして既に不機嫌気味な声色が返ってくる。
「……久しぶりだな。レジーナ」
「あんたこそ相変わらずみたいね。ドゥーモイ」
 室内、その奥のデスクには、一見ヤクザかと見間違うほど体格と威圧感の大きい中年男性
が片肘をついて座っていた。開口一番、彼とレジーナは互いに全く友好的ではない形だけの
挨拶を交わす。
 マチス・ドゥーモイ。機巧師協会(マスターズ)の現会長である。
 レジーナから一応の紹介を受けたが、ジーク達は正直「本当か?」と自分の目を疑いたく
て仕方なかった。
 ……まるで技師には見えない。まだヤクザと言われた方が納得できる。
 入口でじっと立つ職員の男もそうだが、彼は如何にも贅を尽くしたといった感じの黒い礼
装の下に黄色のシャツを着、髪型に至ってはバッチリ刈り込んだ角刈りと来ている。また彼
ほどではないが、その周りにも数人、似たような男達がこちらを見ている。
(これが、最先端の機巧技師……?)
 すっかり怯えてしまっているマルタをサフレがそれとなく庇うように立ち、リュカとオズ
は目を瞬いて黙している。
 そんな中、ジークは次々と投げ付けられる違和感に、じっと眉根を寄せせていた。
「それで? お前から商談とは珍しいじゃねぇか。下からは動いてるタイプ・オズワルドと
聞いたんだが?」
「ええ……。この子よ」
 問われてレジーナはオズをずいと前に出させた。
 その瞬間、ドゥーモイ以下協会の男達──状況からしてほぼ間違いなく幹部級──の眼が
驚愕で丸くなる。見た目こそアレだが、それでも技師としての知識・経験は確からしい。
「ほう……。こりゃあ驚いた」
「ほぼ完全な形じゃないか。私も実際に見るのは初めてだな……」
「……で? 商談ってのはまさかアレか? こいつの負ってる損傷を直したい、と?」
「そうよ。ここにいる彼ら──この子のマスター達が依頼人。少し前にこっちで全点検して
みたのだけど、内部損傷が思ったより散見されてね。一度思い切ってパーツを交換しないと
将来的には機能不全になるわ。だからあんた達協会のアーカイブを使いたいのよ。帝国時代
の分もあったでしょ?」
 ドゥーモイ達の表情が曇るのが、剣呑となるのが分かった。
 ジークがちらりとレジーナを見遣る。しかし彼女の横顔は、この男達との対峙で精一杯だ
とでも語っているかのように硬い。
「無くはないが……お前、まさか俺達から商品を卸せると思ってんじゃねぇだろうな?」
 否だった。金云々以前の、互いの信頼関係がそもそも最悪といってよかった。
「散々好き勝手やっておいて、協会に迷惑を掛けて、抜け出して、それでいて抱えてる在庫
を売れだぁ? 舐めんじゃねぇぞ。はみ出し者にそんな貴重なモンをやるかよ」
「……ッ! おい──」
「分かってるわよ、そんな事。でも市中に出回っているブツは全部あんた達が牛耳ってるん
だから。一応話を通しに来ただけでもまだ良心的と思いなさいよ」
「ど阿呆。金云々以前に信用の問題だ。協会を抜けた技師相手に商売はしねぇし、そもそも
てめぇのとこみたいなオンボロ業者から金を毟らないといけないほどこっちは縮こまってる
つもりはねぇよ」
 とっとと帰りな。オズワルド(そいつ)はてめぇが触るべき代物じゃねえ──。
 ドゥーモイが言って、取り巻き数名と職員がレジーナとオズを押さえ、引き離そうとして
きた。そのあまりのにべのなさに途中で口を挟もうとしたジークや仲間達も、そんな彼らの
魔手に迫られる。
「このっ、分からず屋! そうやって凝り固まってばかりだから、あんた達は……!」
「凝り固まる? 業界を守る為だ、当然だろう。そもそもてめぇはもう部外者だろうが」
「いけしゃあしゃあと……。あんた達があたしを追い出したんじゃない!」
「……さて、どうだったかな?」
 レジーナが遂に感情的になって叫んでいた。
 しかしドゥーモイはあくまで“排他的”だった。組織にとって害だと判断した人間を、彼
は二度と赦すことはない。
「どうせこのオズワルドもルール無視で手に入れたんだろう? レアな個体だ。罰も兼ねて
後は俺達が責任を持って管理・修復する」
「ふざけんなっ! オズはずっと、ずっとあの山の中で……!」
「わわっ。ジ、ジークさん!」
「落ち着きなさい! 抜いちゃ駄目!」
 感情的になっていたのは、ジークもまた同じだった。
 彼女の理由(わけ)を聞かされたから。疎外されても尚、褪せない夢を聞いたから。
 彼の過去(きず)を聞かされたから。人殺しの道具であっても、ヒトと平和に暮らせる時
代が来たのだと知った彼を助けたいと思ったから。
 嫌悪と焦燥で、背に負っていた六華の布包みに手が掛かっていた。
 仲間達が止せと叫んでいる。しかしもう自分という胸奥の火は、この視界を焼き払わんと
するかのように真っ赤に膨らんで──。
「ジー、ク……?」
「まさか。皇国(トナン)の……」
 だが皮肉にも場を収めたのは、はたとこの憤激する少年の正体に気付いた幹部達だった。
 ジーク。その名を聞き、布包みから覗きかけていた六本の剣を見、改めてまじまじと顔を
見遣ってくる。
「……ジーク皇子、だと?」
 ドゥーモイがデスクからゆらりと身を乗り出すのを合図とするように、ジーク達を取り押
さえる者達の手が一斉に止んだ。中にはつい今し方まで自分がやろうとしていたことに畏れ
を感じ、引き攣った表情(かお)で後退る者もいる。
「……そうだよ。俺がジーク・レノヴィンだ。オズは俺達が旅をしている途中、偶然怪我を
して倒れてる所を見つけたんだ」
 仲間と顔を見合わせたのは語ってしまっていいのかという確認の為、そして皆からそこは
かとなく受ける注意の眼。自身、カッとなってしまったことを悔やみながら、ジークはオズ
を違法に手に入れた訳ではないと釈明しつつ改めて名乗る。
「そ、そうでしたか! いやぁ申し訳ございません。これはとんだ早とちりを……」
「そうでございましたら是非、我が協会がその修理お受け致しましょう。ルフグラン氏も話
していた通り、我々マスターズは機巧技術においては最高水準の集団でありますゆえ……」
「……」
 すると次の瞬間返ってきたのは、文字通りに掌を返した幹部達の反応だった。
 取り押さえられるのではなく、擦り寄られるように囲まれる。
 だがジークは終始その豹変ぶりにむすっとしていた。……彼らは、この少年のある種の情
熱家な面をまるで解っていなかったのだ。
「……悪いが、俺はレジーナさんにオズの事を頼んだんだ。あんたらにじゃない」
 じっと睨み付けた後、ジークははっきりとそう拒否の言葉を述べた。
 幹部達が面を食らい動揺する。言及されたレジーナ当人も思わず目を見開き、リュカ以下
仲間達もやれやれといった様子で苦笑、互いの顔を見合わせている。
「そうね。それに、ドゥーモイ会長?」
「うん?」
「出会ったまま、その成り行きで私達──ジークに関わって本当に大丈夫ですか? 私達が
言ってしまえば詮無いですが、ご存知の通り彼は“結社”と対立関係にあります。そんな彼
とマスターズが関係を持ったと知られれば、連中は貴方がたをも攻撃対象に含めてしまう可
能性があります」
 リュカの言葉(フォロー)に、幹部達の顔が青褪めるのが分かった。
 だがそれでも、相手は巨大利権を牛耳る組織の長である。
「随分と自虐的じゃないですか。……構いませんがね? そもそも機巧技術自体、開拓派の
ものと見なされて久しい。そういう輩に反感を持たれている事実は変わりませんよ」
 そんな中でもドゥーモイだけは片眉をついっと上げてみせただけで、彼らのような狼狽は
みせなかった。
『……』
 ジークと、その傍らで立ちぼうけになったオズを先頭に、一行はドゥーモイらと暫し睨み
合う格好になった。
「……レジーナさん」
「え? あ、はい」
「行きましょう。何も俺達の為に、因縁ある相手に(そこまで)頭を下げることはない」
「……。ジーク君……」
 そして、たっぷりと間が経ち。
 やがてふいっと踵を返して一人先に立ち去っていくジークを追って、深く眉間に皺を寄せ
るドゥーモイらを背景にして、レジーナとリュカ達はそのまま気持ち足早に協会を後にした
のだった。


 その日もいつも通りに午前の講義をこなし、アルス(とエトナ)は他の生徒達の人波に混
ざって一息をつきつつ、講義棟内の廊下に出た。
「お疲れ様です」
「はい。リンファさんも」「お疲れー」
 程なくして、向かいの部屋の壁際に背を預け待機してくれていたリンファと合流する。
 自身の護衛の為──万が一に備えてというのは解っているつもりだが、未だに慣れきって
いないというか、自分の為というのが申し訳ないというか。
「……」
 ちらちらと、他の学院生や教員がこちらを一瞥して通り過ぎていくのが分かる。
 学院に復学してからというもの、自分達という「留学皇子」は最早彼らにとって日常風景
になっている節がある。だが彼らから向けられるその視線は、多分そう好意的な意図を含む
ものではないのだろうとアルスは思っている。
 街の正門、執政館。二度に渡り襲ってきた“結社”の魔手、嫌悪の記憶。
 当初に比べれば遠因たる自分への意趣返しは減った──のも、リンファさんという護衛が
付いてくれているからなのだろう──が、それをすぐに楽観材料とするには無理がある。
「どうしたの? お昼行こうよ」
「あ、うん……」
 促されて、ロビーを抜けて今いる講義棟を出ようとする。
 するとその出入口のガラス扉の前に、見覚えのある少女──シンシアが立っていた。
 シンシアさん? 何となくきょろきょろしている彼女に先んじてアルスが話し掛けてみる
と、当人は虚を突かれたようにビクッと驚いていた。
 アルスの背後中空で、エトナがジト目で彼女を見ている。リンファも、相手が貴族令嬢で
あることを鑑みてか、無言ながらも静かに会釈をしつつ気持ち後方で控えている。
「どうかしたんですか、こんな所で?」
「な、何って……。その、昼食時でしょう? だから……」
 シンシアの返答はどうにも歯切れが悪かった。緊張しているのか、頬もほんのり紅い。
 アルスは「あぁ……」と苦笑混じりに呟いていた。
 もしかして一緒にどうだと誘いに来てくれたのだろうか。彼女の背後──つまりこちら側
の視線の向こう、その植え込みの中にゲトとキース(いつものふたり)が隠れて、コクコク
とこちらに頷いてくれているので多分間違いない。
「そうですか。わざわざ足を運んで貰ってすみません」
「い、いえ。そんな事……」
「ふふっ。じゃあ──」
「お、いたいた。アルス、飯にしようぜ~!」
 だがそうシンシアを加えて再び歩き出そうとした時だった。
 別の方向、講義棟前広場の向かいから、フィデロとルイスがこちらにやって来たのだ。
 当の本人はいつものノリで学友を迎えに来たつもり。
 だがそんなフィデロの満面の笑みを、彼に振り向いたアルスの横で、シンシアが恨みがま
しく眉を顰めている。……勿論、友を迎えて微笑むアルスはその事に気付いていない。
「お? エイルフィードも来てたのか。ちょうどいいや、お前も一緒に食うか?」
「……。元よりそのつもりですわ」
 次いでシンシアにも気付き、フィデロは友人(アルス)と雑談を交わしつつ眼を向ける。
彼女の方も顰めた眉をそのままに、何とか冷静にそう短く答える。
「よし。じゃあさっさと食堂行こうぜ」
「うんっ」「おー」
 彼とアルスを先頭に、六人になった一同は歩き出していた。
 二人の後をむすっとしたシンシアが行き、その後ろ姿を中空のエトナとルイスが互いに顔
を見合わせてニヤリとほくそ笑みながら続く。リンファはそうして歩いていくアルス達を横
目に確認しつつ、植え込みの中から出て来たゲド・キースと大人の会釈を交わしている。
「──それじゃあ、いただきます」
『いただきまーす!』
 そのまま食堂へと入り、二テーブルを確保したアルス達は早速昼食を摂り始めた。
 一方はアルス・エトナと学友三人、もう一方はシンシア・ゲド・キースの従者組である。
 ルイスやフィデロがそれぞれに学食の献立を会計してくるの待ち、アルスの合図で束の間
の会食タイムが幕を開いた。
 暫し続く、皆との談笑と食事。
 話題は主にフィデロが振り、シンシアが翻弄されるさまを、主にエトナやルイスが眺めて
は更に弄ったり適度にツッコミを入れて諌めたり。
 そんな皆を、アルスやリンファ達は微笑ましく──時折苦笑も交えて見守り、食す。
「いや~……そにしても試験が終わってホッとしたよ。これで後は夏休みを待つだけだな」
「少々気が早い気もしますけど」
「まぁね。でも、僕らにとっては入学して最初の長期休暇になる訳だから……」
 それは自然と話題が前期日程後──夏期休暇に移った時のことだった。
 早くも講義の日々から解放されると心待ちにするフィデロに、シンシアとルイスがそれと
なく呆れ顔を向けている最中だった。
「その通り! でだ、アルス。お前って夏休みの間、予定があったりするのか?」
「……?」
 いつものようにミアが作ってくれたお弁当。
 その日の献立の一つ、アスパラ巻きを口に含んだまま、アルスは頭に疑問符を浮かべた。
「んぐ……。何でまた僕の?」
「いやさ、俺もルイスも夏休みを利用して一回帰省しようと思ってんだよ。まだ日程までは
決めてないけど、そん時にはアルス達も一緒にどうかなと思ってさ。親父達にもダチができ
たって話してるから紹介したいんだよ」
「勿論、アルス君の都合がつくなら、だけど」
「なるほど……」
 アスパラ巻きをしっかり咀嚼して飲み込み、されどアルスは二つ返事はしなかった。
 ちらと、隣テーブルのリンファを見遣る。彼女もフィデロらの話にはちゃんと耳を傾けて
くれていたようで、すぐにその意図を汲み取ってくれたようだ。
「その日取りにもよるね。詳細はイヨ──うちの侍従長に訊くのが一番確実だが、既に何件
か公務の予定が入っていた筈だ」
 それに……。
 自身も手帳を取り出し、自分なりにスケジュールを確認しようとしていたアルスを再度見
遣って、リンファははたと言葉を止めた。
 十中八九、思案の気配。
 彼女がこちらを見て伺いを立ててきたので、アルスは頷くと自分の口からせめて友人達に
は話すことにする。
「……それにね。今度、母さんの戴冠式があるんだ」
 フィデロ達は思わず目を丸くして言葉を、食事の手を止めていた。
 ほう? とゲドが人々の無関心を確認するように周囲を見渡し、キースもどうやら初耳ら
しいその情報に心持ち身を乗り出しかける。
「それは……つまり、シノ女皇の?」
「うん。ここではちょっと、詳しくは話せないけど」
 目を細めたルイスに、アルスはそう苦笑しながら唇の上に立てた指を乗せていた。
 誰からともなく、アルスを囲む皆が身を寄せて防壁を作ってくれる。エトナも中空から他
の利用者らがこちらへの関心・視線を失っていくのを確認して、面々に「大丈夫」のサイン
を送る。
「そっか。あの葬式から一月過ぎてるもんなあ……。喪も明けてるのか」
「うん。だから家臣さん達も、そろそろ母さんに正式に国王になって欲しいみたいで……」
「そうでしたの……。ではまた、その時には皇国(トナン)に?」
「ううん。出席はするけど、向こうには行かなくていいみたい。映像器越しでいいって」
「……ほう?」
 できるだけ周りに漏れないように、アルスは大まかな話だけを友人らに語って聞かせた。
 煌(オーエン)を自身の魔導で押さえ込むことに初めて成功したあの日、ホームに帰った
アルスはイヨ達侍従衆からこの戴冠式についての話を受けたのだ。
 曰く、先皇アズサの為に設けた服喪期間は、あまり長くできないらしい。
 考えてみれば当然なのかもしれない。
 アズサ皇はいわば、現在の政権にとっては忌むべき“敵”であった。他ならぬ母──新女
皇の意向とはいえ、彼女の存在を長く国内外に意識させるのは家臣ら実務集団にとって快い
ものではなかったのかもしれない。
 そして母自身も、ある種の区切りと踏ん切りを付ける為にも戴冠式というパフォーマンス
は不可避と考えたようだ。これはイヨからこっそり聞いた話だが、女皇代行という肩書きの
ままでは相手にしてくれない国もあったのだそうだ。
『──そんなに気にしなくていいのに。こっちの事は私達に任せておいて? アルス、貴方
はできる限り自分の学業に……夢に専念なさい』
 なのに導話越しで、母はそう自分の勇み足を宥めてくれた。
 大丈夫な訳はない筈だ。それでも尚、母は自分のことを気遣ってくれた。
「だから、式典の前後と他の公務の日以外は大丈夫だよ。二人の故郷かぁ……どんな所なん
だろ?」
「ああ。前にも話したけど、南の清峰の町(エバンス)っていうとこだ」
「川ぐらいしか目立った所はないけど、まぁ住めば都ってね。長閑でいい所だよ」
 だから、アルスは努めて微笑(わら)う。皇子の重圧も友との交わりもまとめて引き受け
てやるんだと自分に言い聞かせて、微笑(わら)ってみせる。
「……」
 そんな護るべき皇子(かれ)を、リンファは茶を啜りながら見ていた。
 密偵の職業病か、キースが何度か詳細を訊いてくるが、悪いが応じられないと理解を求め
ておく。実際、詳細なスケジュールはイヨら文官側の仕事だ。第一、戴冠式も概要が固まれ
ば彼らの雇い主──盟友・セドにも話がいかない筈はないだろうから。
(アルス様の学業を優先して、か……)
 コップを置き、リンファは内心で皇──と本国政府の本音にはとうに気付いていた。
 即ちリスク回避である。これまで二度、彼は“結社”の刺客に命を狙われた。
 もし今回の戴冠式の為に本国へ戻ろうと飛行艇なりを駆ろうとしよう。そんな時脳裏にち
らつくのは……内乱の折のあの撃墜事件だ。
 あの時は恐怖心・敵愾心を煽る偽装工作だったとはいえ、多くの人命が失われた事には変
わりない。
 命に貴賎はないと言いたいが、もしあんな凶行を“結社”がまた我ら皇子を亡き者にする
為に仕掛けようとしたら? ……考えただけでぞっとする。ならばいっそ、映像器越しでの
出席に留めておけばそんな危険を冒すこともない。
(……陛下も、苦肉の策だったろうな)
 皇子の安寧を守護する、その任に自分は誇りをもって臨んでいる。
 だが一方で、一番の主君である彼女の苦心を、その場で軽減して差し上げられないことが
とても口惜しく思えた。
 尚もアルス様は、シンシア嬢及びご学友らと談笑している。
 フィスター君は相変わらずの快活な少年だが、もう一方のヴェルホーク君は中々に知性溢
れる人物だ。先程の反応を見ているに、おそらく彼も本国へ直接出席しない本当の理由に気
付いていたのだろう。
(陛下。ジーク様、アルス様……)
 そっと、手が腰に下げた太刀を撫でていた。
 染み付いた柄の感触。瞬間、何通りにも脳内でシュミレートされる、この場を舞台にした
襲撃のイメージ。
 何としても護ってもみせる。もう二度と、貴女達を暗闇に落とさせはしない──。
 内に秘めた主達への愛おしさを胸に、忠臣(リンファ)は改めて気持ちを引き締める。

「──という訳で、アルス様には映像器越しでの出席をお願いしている所です」
 一方、クラン・ブルートバードの宿舎内会議室。
 イセルナ以下幹部メンバーとちょうど暇をしていた団員の一部は、そうイヨらから戴冠式
についての説明を受けていた。
「そっか。これでシノさんも正式な国王になるって訳か」
「僕らとしても安堵すべきこと、なのかな?」
 一通りの皇国(むこう)の情勢を聞いて、面々のみせた反応は先ず控えめな安堵だった。
 ダンやシフォンが、破顔とまでは言わないでも、頬を緩ませる。
 大変なのはむしろこれからなのだろうが、正式に王位継承を果たすことで彼女が少しでも
先皇アズサの影から解放されればと願う。
「……できる事ならアルス君、ジークも揃っていればよかったのだけどね」
 それでも皆が手放しで喜べなかったのは、次にイセルナが呟いた一言に面々の思いが凝縮
されていたからであろう。
 少しでも。
 それは即ち、現状認識としてもシノ──及びその息子達であるレノヴィン兄弟と彼らを守
護する自分達に今も尚、“結社”の存在が影を差していることを意味する。
 今回のアルスの出席形態もそうだ。
 シノ曰く、アルスの学業を邪魔したくない。
 だが実際は、イヨが付け加えて推測と共に語ってくれたように、本国へ戻る際に刺客に狙
われうるリスクを回避する為である。
「妥当な判断だと思うよ。暴力に反発して、無理に現地へ飛んで落とされるようなことにで
もなれば、それこそ結社(れんちゅう)の思う壺だろうしね」
 ハロルドの発言に、皆は渋々ながらも頷かざるをえなかった。
 まるで“結社”の暴力に屈しているかのようだ──。
 実際、皇子達の直な出席が見送られると発表されれば各国は同じような推測と意見を持ち
うるだろう。むしろ露骨に「弱腰」と批判するのはマスコミの方かもしれない。
「チッ。何で“敵”の方がアドバンテージを持ってんだよ? おかしいじゃねぇか」
「おかしいも何も、それがテロリズムの目的さ。……奴らに祈りなんて届かない」
 誰が指示するでもなく、一同は暫し黙り込んだ。
 グノーシュの言う憤りも解るし、リカルドが自嘲するように語る返答も事実ではある。
 ……もどかしい。
 どれだけ皆の力を合わせても、奴らは容易くその守りを突き崩しうる。
 清く正しく在ろうとすればするほど、手段を選ばぬ悪意に蹂躙されるかのようで……。
「あ、あのぅ」
 そんなイセルナ達の沈黙を破ったのは、おずおずっと声を掛けてくるイヨだった。
 皆が何を思っているのかは彼女もまた想像がついていたのだろう。ぎこちなさが否めない
ながらも、ずり落ちかける眼鏡のブリッジを押え、彼女は更なる情報を伝えてくれる。
「その……。実は本国より、もう一つ大事な報告がございまして」
 一同の視線が一斉にイヨに向いた。なのに、当の本人はその反応にすらビクつく。
 シフォンとハロルドが会議室の外に耳を澄ませた。
 誰かに聞き耳を立てられている気配はなかったが、念には念をとリカルドに異相結界──
時司の領(クロノスフィールド)を張って貰う。
 室外と、時間の流れが一時的に分断されたモノクロの世界。
 効果対象を室内にいるメンバーのみに限定させた上で、促されたイヨは続きを語った。
「これはまだ極秘情報ですので、くれぐれも他言無用ですよ? 日程的には戴冠式の後にな
ると思われますが……近々、統務院総会(サミット)が開かれる予定なのです」
「サミッ、ト?」
「……ということは、とうとう?」
「はい。十中八九“結社”への対応が最大の焦点になると思われます」
 王貴統務院両院総会。
 今日の顕界(ミドガルド)の秩序を司る同院に加盟する全ての国の代表が一堂に会する、
国際政治の大舞台である。
 名目上、多国家間に及ぶ懸案を議論する場……ということになっているが、その実情は国
家間のパワーゲームの二次会・三次会の様相を呈して久しい。
 イセルナの半ば確認するような問いかけに、イヨは一層真剣な面持ちで頷いていた。
 皇国(トナン)の内乱終結から早一月が過ぎた。
 当初は戦後処理諸々に追われていた世界も、ようやく攻勢に出ようとしているのだろう。
 そう。これまで何度となく世界が手を焼いてきた“楽園(エデン)の眼”を、先の内乱に
おいても暗躍していた彼らを、今度こそ討伐する為に。
「ですので、既に陛下やジーク様、アルス様にはその“証人”として総会に出席して欲しい
との打診が来ています。皇子お二人はともかくとしても陛下が断る理由はありませんから、
今回のサミットが実質の外交デビューになるでしょう」
 一同が、思わずそれぞれに渋面を浮かべたり嘆息を漏らしたりした。
 よりにもよって……。それが皆の抱いた感慨だった。
 理由は分からなくはない。これまでの経緯からも仕方ないのだろう。だが、
「……どう考えても、穏便に済みそうにないじゃねぇかよ」
 ダンが皆の気持ちを代弁した。
 代行の間も政務を執っていたとはいえ、シノは新米の王だ。そんな彼女に早速世界の権力
者らから手加減のない質問(ことのは)が浴びせられるのかと思うと、一同の胸奥は否が応
でも塞ぐ心地になる。
 他言無用とイヨが前置きした意味が、改めて噛み締められた。
 刺激を避ける為である。
 対“結社”の話し合いをしようと集まる一大イベントに、当の連中が黙っている筈はない
だろうから。二重の意味で、既に多難が予想されて辛い。
「だけど……進むしかないわ。このままずっと結社(かれら)に怯えたままではいられない
もの。それにサミットがきちんと成果を上げれば、ジーク達を後押しすることにもなるし」
 沈痛な皆を励ますように、イセルナがそう言った。
 ええ。はい。
 ぽつぽつと何とか、しかし気が塞ぐような思いと声色は簡単には消えてくれない。
「まぁ、ぼやいても仕方ねぇ。イセルナの言う通り、俺達はできることをやりきるだけだ。
ミフネ女史。実際スケジュールはどの辺まで決まってるんだ? シノさんは皇国(むこう)
の軍なりが警護するんだろうが、ジークやアルスも呼び出しを受けるとなると……」
「あ、はい。そのことなんですが──」
 改めてダンが皆の士気を引っ張り上げようとする。イヨら侍従衆との打ち合わせは続く。

 “父を取り戻し、結社(やつら)を倒す”
 “守られるばかりじゃなく、皆を守れるようになりたい”

 だがそんな兄弟の願いは少しずつ、しかし着実に世界の思惑に呑まれつつあった。


「──あんの、石頭っ!」
 機巧師協会(マスターズ)本部から帰って来たジーク達の第一声は、思い返したように憤
りを吐き出すレジーナの怒声だった。
 つい近場の壁を叩こうとして、辛うじて寸前で裏拳を止める。
 ジーク達や社員ら一同がハラハラと見守る中、彼女は拳をぎゅっと握り締めながら引っ込
めた腕を下げると、今度は代わりに大きな大きなため息をついた。
「成果は上がらなかったみたいだね」
「うん……。まぁそれ自体は予想してたんだけど、あいつらったら、暫く顔を出さない間に
また腐りっぷりが酷くなっててさ~」
 彼女が落ち着くのを待ち、そっと近付いてからエリウッドが言った。
 レジーナは苦笑(わら)っていた。そんな口調でもなければ、また憤りがぶり返してしま
いそうだった。
「……すみません。ついカッとなっちゃって」
「えっ? いやいや、何でジーク君が謝るのさ? ムカついたのはあたしだって同じなんだ
から。あいつら、皇子だと知った途端に掌を返して……情けないよ、ホント」
 なのに、だからジークがそう詫びたのに、彼女は責めることをしなかった。
 帰路でリュカやサフレに説教を喰らったのもあったが、申し訳ないという思いそれ自体は
素直に喉奥から飛び出してくる。
 でも……。そう言いよどむジークをその苦笑いで宥めつつ、彼女はもう一度、元同僚らへ
嘆息をついてみせていた。
 エリウッド達に、改めてマスターズへの交渉が無駄足だったことを話す。
 最初彼が声を掛けたように、社の面々もこうなることは想定の範囲内だったらしい。
 各々から漏れるため息や舌打ち。それは誇りを手放さないが故の孤独か、それとも弾き出
された側の怨嗟でしかないのか。
「でも、どうしましょう? オズさんの部品、皆さんが持っている分では足りなさそうなん
ですよね?」
「結局、図面のコピーすらままならなかったからな……」
「ジーク君。君の、皇子としての立場でもう一度掛け合ってみるというのは?」
「……頼まれてもごめんですよ。ああいう連中は、好きじゃない」
「そうね。好き嫌いはともかく、実際こっちも半分脅しを掛けておいて、それで自分達から
突っ撥ねて帰って来ちゃった訳だし」
「……」
 ジーク達はどうしたものかと、妙案もなく互いの顔を見合わせていた。
 オズの茜色のランプ眼が、エリウッドの提案に程なく否を返すジークを見つめている。
 するとエリウッドは、そんな行き詰まりを漂わせる面々の中で一人、そっと口元に手を遣
ると何やら静かに思案顔をみせ始める。
「まぁ、レジーナにドゥーモイらが協力的になるとは思えなかったけど」
「むぅ……駄目元だなんて分かってたよ。だけど、他にどうしろってのさ? パーツを用意
しなくちゃ始まらないよ?」
「ああ。だから、君達が出掛けている間に手を回しておいた」
 レジーナを始め、ジーク達、そして社員ら──も把握していなかったらしい──が一斉に
彼のその言葉に反応した。
 皆の視線を受けるエリウッド。彼は懐から手帳を取り出すと、朗々と言う。
「時間は掛かるだろうけど、オズ君がこちらにいる以上、僕らの技術力があれば彼の身体を
再現することは可能だ。実はあの後、主だった鉱山に入山許可を仰いでいたんだよ」
「鉱山? もしかして僕達自身で、オズの部品を作ろうと?」
「そういうこと。既製品で手に入らないなら、自分達でどうにかするしかない。そうなれば
先ずは材料だ。質のいい金属を大量に仕入れる必要がある」
 ジーク達は誰からともなく、彼の手帳を覗き込んでいた。
 最初出会った時もそうだったが、こういう交渉(ねまわし)は彼の担当であるらしい。
「数も打てば当たるって奴でね。何とかアポが取れた所がある。──フォーザリアだ」
「えっ……フォーザリア山? でもあそこって、かなり大きい所だよね?」
「ああ。かなりというか、国内でも屈指の採掘場の一つだね」
 交渉が通じた先があった。
 それだけでジーク達が互いにハイタッチ、まだ諦めなくてもいいと喜ぶ。
 だがその一方で、レジーナは片眉を上げて怪訝の面持ちをみせていた。
 少なくとも、彼の言い口からして多くの場所で断られたようなのに、何故ヴァルドーでも
屈指の鉱山からOKが出たのか……?
「簡単なことだよ。向こうから条件が付けられたんだ」
 国内をよく知らないジーク達も加わり、改めて一同がエリウッドを見遣る。
「──現地に居座る“妨害勢力の排除”さ」
 すると彼は、静かに目を細めて皆を見据えると、そう言った。

 フォーザリア坑道は、ヴァルドー北西部に広がる大鉱脈地帯である。
 外出中にエリウッドが手を回してくれたことにより、ジーク達はこの山からオズの修理に
必要な原料を採取できる運びになった。
 しかし先方──鉱山を管理するヴァルドー政府関係筋から、その条件として提示されたの
は、同山にて繰り返される反開拓派の妨害活動を鎮圧せよというもの。
 曰く、フォーザリアを始め主だった鉱山都市ではこうした者達の過激な行動が目立ち、作
業員らも日々危険に晒されているのだという。
 故に最初、ジークは乗り気ではなかった。争いを掻き混ぜても……虚しいだけと思った。
 しかし次に、エリウッドから語られた話に、ジーク達は耳を傾けざるをえなかった。
『これは向こうからの情報でしかないんだけど……どうやらその過激派というのが“結社”
の後ろ盾を受けているらしいんだよ』
 まさかと思った。だが、あり得なくはない。
 そもそも西方(ここ)までやって来たのは連中の──開拓派と保守派の争いが激しい故に
出没情報も多いだろうと踏んでのことだったのだ。立て込んでいる時分とはいえ、見過ごし
てしまうには惜しい。
 結局ジーク達は話し合いの結果、その条件を呑むことにした。
 皇子としてだと周りからの騒ぎ立てが大きいと判断し、あくまでいち冒険者の一人として
その「依頼」を受ける──という形で。
 すぐにその日の夜から旅支度に取り掛かり、先方の受け入れ準備が整うのを待って、一行
は再び慌しくも鋼都(ロレイラン)を後にする。
『うーん、大丈夫なのかなぁ? 君達の一存でヴァルドーと共闘して、トナンと外交問題に
なったりしない? あまりそういうのはよく分からないけど……』
『……その心配はないと思いますよ。前に話した通り、前回も今回も、話を持ち掛けてきた
のは向こうです。前回に至ってはファルケン王が直々にやって来た。そもそも僕達は奴らを
追う為に旅をしていますし、その点はシノ女皇やクランの皆も承知済みですから』
『それに第一、何でこっちが縮こまらなくっちゃいけないんだって話でしょ? 故郷を散々
滅茶苦茶にされた上に怯えてちゃ、ヴァルドーもトナンも立つ瀬がないですよ。一応俺個人
が依頼を受けたって態にもしてますしね』
 現地へ向かう途中で、レジーナは珍しくそんな言葉を投げてきた。
 おそらくは自分達への配慮、心配なのだろう。
 それでもジークらは進むことを選んだ。進む以外になかった。
 結果的には、対立の溝をより深く掘り下げてしまうのかもしれない。でも“暴力”で理想
を実現しようとする者達に屈すれば、きっとセカイはどんどん貧相になる……。
「──ふぁ~……。おっきいですねぇ」
「そうだな。大鉱脈というだけあって、規模はまるで違うらしい」
「ええ。いい金属が採れるといいのですが……」
 鉄道を乗り継ぎ、内陸を更に奥に分け入って数日。
 レジーナとエリウッドを加え、六人となったジーク達一行はようやくフォーザリアの地に
到着していた。最寄駅に降り立ってすぐに、高く切り立つ山々が遠景に見える。
 ちなみに、オズと他の社員達は社で留守番とした。
 一から部品を作るにはただでさえ時間が掛かる。ならばジーク達が採取に赴いている間、
少しでも綿密にオズ本人のデータを採っておいた方が確実であろうという判断である。
 だが実の所それは方便で、ジーク個人としては、ようやく現代(いま)に慣れてきたオズ
に抗争の場を徒に見せたくなかったという理由が大きい。……結局の所見栄というか、手前
勝手さであるだけなのかもしれないが。
 程なくして、鉱山サイドから迎えの鋼車がやって来た。
 ヴァルドー官吏らの糞丁寧な挨拶を受けつつ、一行は車内に乗り込む。
 走り出した車は、フォーザリア領内の巌だらけな道をぐんぐんと、何度も右折と左折を繰
り返しながら駆け上っていく。
『節度なき開発を中止しろ!』
『世界の破壊と開拓利権を、許すなー!』
 それは、うんざりする“洗礼”であった。
 暫くして鉱山の麓に設けられた執政館へ続く道を通っていると、はたと窓の外にシュプレ
ヒコールを上げ、プラカードを掲げる集団を見つけたのである。
「……話にあった通りだな」
「あの人達も、例の居座っているという方々なのでしょうか?」
「皆さん。あまりじろじろと見ない方がいいですよ」
「こちらが反応してしまえば、ああいう連中はつけ上がるだけです」
 それでも、運転手や警護役の面々は歯牙にもかけないといった様子だった。
 あまりにも多発し過ぎて「感じる」ことを止めているのかもしれない。実際、彼らの言う
通りな側面もあるのだろう。
「……」
 だがジークは、暗澹たる気持ちと向き合ってしまう。助言して貰っておいて悪いのだが、
そうすぐには“慣れ”てしまうことはないのだろうなと思う。
 それに……見る限り、彼らの中には巧人族(ドワーフ)や鉱人族(ミネル・レイス)──
俗に「山の民」と呼ばれる者達も交じっているではないか。
(鉱人族(ミネル・レイス)か……)
 単純な善悪の話ではない筈だ。
 だが彼らを見て、ついジークはあの僧侶の顔を思い出してしまう。

「嗚呼レノヴィン殿、遥々ようこそお越しくださいました。私が現在、当領内で開拓政務を
執っているサザランドです。以後お見知りおきを」
「……ああ。よろしく」
 執政館の応接間でジーク達を待っていたのは、現地で指揮を執るオーキス公爵だった。
 壮年ながら逞しい体躯を礼装で包み、がしりとジークと握手を交わす。敢えて皇子と呼ば
いのは、あくまでいち冒険者という態を尊重してくれているからか。
 オーキス公に促され、これまた高級そうなソファに向かい合って腰掛ける。
 使用人に案内されてくるまでも感じたことだが、どうにもこの館は内外共に相当ぶ厚く造
られている印象があった。例の土地柄もあって警備に気を遣っているのだろう。
 なるほど、確かにこれなら「声」なんて届かないよな──。
 ふと、ジークは脳裏にそんな思考を不毛な循環を過ぎらせたが、すぐに内心で振り払い目
の前に現状に集中しようとする。
「既にお話は通してありましょうが念の為に。今回皆さんには、此処フォーザリアで過激な
妨害活動を繰り返している者達への警戒・排除をお願いしたいと考えています。具体的には
当方の警備隊に加わっていただくという形ですね」
 その間にも、オーキス公は手際よく説明を続けてくれた。
 官吏から書類の束を受け取り、テーブルの上に傭兵契約に関する書類を提示する。冒険者
時代にもギルドでよく見かけてきた書式だ。
「そちらのご意向に沿って、扱いもいち傭兵という形式を採っています。尤も、貴方の姿を
見て他の傭兵達がどう受け取るかまでは保障しかねますがね」
「……」
 懐かしい。だが同時にそんな余韻に浸ってもいられないことは重々承知のつもりだった。
 ジークは仲間達にも一通り文言を見せた上で、再び書類を手に取る。思えばこうして丸々
個人で依頼を受けるのは随分と久しぶりになるのか。
 ただ、新米(ルーキー)なあの頃とは、状況は随分と違ってしまっている。
 この身分を、彼らが利用しようとしていることくらいは解っている。それでも自分達は進
まないといけない。そう言い聞かせて、置かれていた筆立てからペンを取る。
「一つ……訊いてもいいか?」
「何でしょう?」
「ここに来る途中、デモ隊を見た。中にはドワーフやミネル・レイスも交じってた。山の民
って言われてるくらいだから開発に反発してるのかもしれねぇ。でもいざここに着いてみれ
ば、その同じミネル・レイスとかがここの警備員をやってたりする。……あんたはこの争い
をどう見てるんだ? 一体どうしたいと思ってる?」
「如何とは……。これはまた変わった質問をなされますな。それを決めるのは私ではありま
せんよ。我々は王の命の下、ただ粛々と政務を遂行してゆくだけです。なまじ権力を持つ側
であれば、それこそ恣意的な運用は排除せねばなりません」
「……」
 書類にペンを走らせながら、しかし俯けたその顔は深く眉根を寄せた顰め面で、ジークは
オーキス公の寄越した返答に黙していた。
 無難な回答、大人の対応。そうなのかもしれない。
 だが……違うと感じた。これだけ人々が争いに巻き込まれているというのに、彼はまるで
遠い世界の出来事だとでもいうように語っている。力を持ちながら、自身の足元を守ること
ばかりを考えているようにも聞こえる。
「それと、種族・民族が必ずしも一つとは限りますまい。彼らとて生業を失くせば等しくの
たれ死ぬのですから。……お解りでしょう?」
 更に、彼はそうも付け加えてきた。
 最初は「色んな人間がいる」程度に捉えていたが、ふと仲間達を見るとリュカやサフレが
憤るように彼を睨みかけていることに気付いた。
 故に遅れてジークは悟る。
 当て付けだ。民族が一つとは限らない──それは少し前の皇国(トナン)の姿と全く同じ
ではないか。
「オーキス卿」
 しかし、ジーク達が目に見えた反撃を述べることはなかった。
 書類への記入が終わろうとしていたその時、部屋に入ってきた官吏がオーキス公にとある
メッセージを伝えてきたのだ。
「陛下より通信が入っております。今回の件でレノヴィン殿と話したいと」
「ふむ……。分かった、繋いでくれ」
 急いで室内の機材が立ち上げられた。暖炉の上の壁、その空きスペースにややあってホロ
グラムが展開し、次の瞬間、あの不敵な笑みのファルケン王が姿を現す。
『よう。久しぶりだな』
 開口一番、ファルケン王はジーク達を見遣るとそう口角を吊り上げた。
 一応曖昧ながらも返事──会釈を返しておく。だが当の本人はそこまでレスポンスを期待
していた訳でもなかったようで、気付けば既にオーキス公へと質問を飛ばし始めていた。
『オーキス、加勢の件は進んでるのか?』
「はい。今し方書類のサインを頂いたところです」
『そっか。引き続きそっちの陣頭指揮を任せる。巧くやれよ』
 彼が低頭するのを一瞥して、ファルケン王はもう一度ジーク達を見た。
 テーブルの上には報告の通り、記入の済んだ契約書類が並べられている。これでジーク達
は形式上、フォーザリア鉱山の警備兵となった訳だ。
 しかし以前の件もあり、この目の前の公爵共々、契約関係以上の気を許すつもりはない。
 故に面々の見返す視線は、お世辞にも従順とは言い難い。
『……おいおい、そう硬くなるなって。直接じゃないが一応俺も雇用主だぜ?』
 そんな面々の内心を見抜いているのかいないのか、ファルケン王は相変わらずの様子で苦
笑いを漏らしていた。ホログラムの向こう、玉座の肘掛の片方に体重を乗せ、彼は語る。
『ま、いいや。俺もお前らと腹ん中を探り合う為に回線を繋いだんじゃないしな。……先ず
は戦線への協力、感謝する。自由に歩けばいいとは言ったが、思いの外早い段階で戻って来
てくれて嬉しいよ』
 ジーク、そしてサフレが眉根を顰め、片眉を上げた。
 まるで自分達と共闘──もとい利用することを前提としているかのような語り口だった。
 いや実際、今回の話をエリウッドから聞かされた時にもそういった思考が脳裏を過ぎった
のは事実ではある。それでも他に有用な策がなかったからこそ乗ったのだ。
 それはあたかも、彼の掌の上で転がされているかのような……。
 尤も彼が治めるこの国にいる以上、その影響力を回避する方が難しいのかもしれないが。
『詳しい話と指揮はオーキスから受けてくれ。何度も“結社”を退けてきた皇子(おまえ)
達だ。傭兵どもの士気も上がるだろう』
 なのに、この王はそう呑気に自分達への駒扱いを笑い、戦いを推し進めんとしている。
『……それに今回は“空帝”もいるしな』
「えっ?」「……」
 やはり好かぬと思った。
 しかしジークがそれを言葉にするよりも早く、他ならぬファルケン王がぼそりとそんな事
を呟いた所為で、代わりに漏れ出たのは別の小さな疑問符だった。
 ちらりと、ジークは仲間達と顔を見合わせる。そんな仇名、自分達の中には──。
『──ッ!?』
 ちょうど、そんな時だった。
 館全体を突如、大きな揺れと爆音が襲ったのだ。
 敵襲? ジーク達は反射的に立ち上がり窓の外を見ようとした。エリウッドは目を細めた
ままレジーナを片手を出して庇い、マルタはサフレとリュカに挟まれた格好でおろおろと周
りを見渡している。
「チッ。来て早々ってか?」
「そうみたいね。でも、この館の強度でこの揺れとなると……」
『相変わらず加減を知らん連中だな。それとも──』
「も、申し上げますッ!」
 ジーク達、そしてオーキス公らが窓の外に目を遣っていた最中だった。慌てて駆け込んで
くるのは、先程とは別の若い官吏。
 一同が一斉に振り返った。
「またですっ! また連中が暴動を……!」
 そんな中、この官吏はまだ自身の息が荒いのも構わず、叫ぶ。

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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