日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「追出村」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:神様、迷信、歪み】


 尾出(おいで)村という小さな集落がある。場所は某県内陸の深い山奥だ。
 集落全体を囲むように近隣には鬱蒼とした森が茂り、村の南北を清流が流れる。時の宰相
が国土強靭を唱え各地で開発が進み、自然が失われていく中、ここは旧き風景を色濃く残し
ている場所の一つであろう。
「……さてと」
 そんな村の石畳、月夜の下。方々で焚かれる人工の照明。
 とある男が、集まった村人達を前にし、今まさに暴こうとしている。
 彼らは引き攣った顔で身構え、しかし早くも絶望のような表情を浮かべている。
「もう言わずともご理解されているでしょうが、まぁこれも仕事の内なので」
 男はニッと口元に弧を描き、目深に被っただぼだぼの帽子に手を掛ける。
 ゆっくりと、示したその指先は誰とは決めず。
「犯人は──」
 まるで彼ら全てに告げるように。


 前田は妻と共に、この村で小さな民宿兼居酒屋を営んでいる。
 普段こそ気心の知れた村の仲間達が集まるこの家屋に、今珍しい客が来ている。
「おはようございます~」
 ずるずると気だるげな足音と共に二階から降りて来たのは、まさしくその男だった。
 名を銀乃市という。
 だぼだぼの幅広帽子と色褪せた枯れ草色の着物、貼り付いているのは終始へらへらとした
何とも味のある表情だ。本人曰く、彼は湯治に来たのだという。
「あ、はい……。おはようございます」
 確かにこの村の奥には温泉が湧いている。天然の露天風呂のような立地であるため、時々
余所から浸かりに来る旅人もいなくはないのだが……。
「朝食も美味しく頂きました。いやはや、何だかもう治った気になりそうですよ」
「はあ……」
 彼はどうにも怪しいというか、胡散臭いというか。
 自分で言うのも何だが、わざわざこんな辺境にまで足を運んでくるものなのだろうか? 
湯治が目的ならばもっと有名所があろうものなのに。
 なので前田はそれとなく先日問うたのだが、答えて曰く、友人から聞いたのだそう。
(……変わった人だな)
 しかし宿代などはしっかり払ってくれている為、無碍にはできない。
 前田は奥で訝しんでいる妻を自身の身体で隠しながら、表面上は営業スマイルに努める。
 朝食を済ませて、早速温泉に行くのだろうか? 本当に病気なのか、つい疑ってしまう程
の行動力をどうしても垣間見るようで違和感が拭えない。
「ああ、そういえば」
「? はい」
 それに、もう一つ気になる事がある。
「森の方にお社のようなものが見えたんですが、こちらでは何か祀られているのですか?」
 どうやらこの男は、温泉以外にも村の方々を散策しているらしいのだ。
 彼がこの村に来てから数日が経つ。勿論、その噂はこんな小さな村ではあっという間に広
がり、真意を量れぬうろつき具合に眉を顰める村人も少なくないのだという。
「……ええ。ヤマガミさまという、この村の守り神様です。それが……?」
「あ、いえいえ。ただちょっと気になったものですから」
 前田は心持ちつっけんどんに答えていた。
 街の人間とはもっと他人に淡白な性格をしているものだとばかり思っていたのだが、この
旅人に関しては例外であるらしい。
「さて……それでは、出掛けてきます。大体お昼過ぎには戻りますので」
「……はい。畏まりました」
 前田と妻が見守る──怪訝の眼差しを送るのに気付いているのかいないのか、この銀乃市
と名乗る旅人はこの日もまたぶらり村の只中へと出掛けてゆく。

 いつものように、山岡は村の主婦仲間と共に井戸端ならぬ道端会議に興じていた。
 やれどこそこの旦那の金遣いが荒いだの、どこそこの未亡人が村の若い衆に色目を使って
いるだの。
 正直、自分でも少なからずくだらないとは思っている。
 まだ村の活性化などを話し合った方が建設的なのだろうが、生憎女というものはそんな堅
苦しい──言ってしまえば男が酒の肴にやっているような話よりも、他人の不幸や粗探しを
やっている方がよっぽど生き生きとする生き物なのだ。
「……?」
 そうして、今日もまた息の短い生産をしている中、山岡らはそれに気付いた。
「おや。こんにちは」
 だぼだぼの帽子を被った、見知らぬ男がこちらに近付いてくるのが見えた。
 自分も含め、皆が警戒の眼差しを送っている自覚がある。
 あの特徴確か、何日か前から湯治に来ているという旅人だったか。
 名前は、そう……銀なんとか、だったと思う。
「銀乃市です」
 思わず山岡はハッとして彼を見た。
 帽子の下に隠れたへらへらとした表情。その細めた眼差しがまさか自分の思考を読んでい
たとでもいうのだろうか。
「そう、ですか。例の旅人さん、ですよね」
「他に滞在している方がいらっしゃらなければそうなりますねぇ。有名人だなあ」
 殆ど訊くもない応答を返してやったのに、当のだぼだぼ帽子の男──銀乃市の様子は飄々
としている点で全く変わらない。むしろこちらの言葉を真に受けるように、その笑い顔を薄
く広げるようにして、帽子越しに自身の髪を掻き毟っている。
 彼はそれから少しばかり、ぼやっと空を見上げていた。
 何となく山岡もその視線に倣う。映るのは自身にとってはとうに見慣れた、鬱蒼と茂る山
の木々ばかりである。
「いやぁ……ここはいい所ですなあ。森も川も澄んでいる。東京ではこうはいかない」
「……はあ」
 マイペースな男だと思った。
 街の人間はもっとせかせかしているというイメージがあったが、彼に関しては例外と考え
た方がよさそうだった。……いやむしろ、都会の毒気に中てられてこうなったのか。
「ところで」
 すると、フッと視線を戻して彼は自分達に訊ねてきた。
 後々になって思い返したことだが、この一度困惑させてからの“距離”の詰め方は、実は
巧妙に計算されたものではないかとすら感じてしまう。
「皆さんは、お互い顔見知りなんでしょうか?」
「はい?」
「まぁ……そうですよ。小さな村ですからね」
「でも、何でまたそんなことを?」
 だからか、今度は皆が口々に彼に問い掛けようとしていた。
 しかしこの男はどうにも油断ならない。そう女の直感が告げている。
 なのに、彼は相変わらずへらへらと笑ったままで、
「はは。なぁに、ちょっとした切欠ですよ。宿のご夫妻が、私を物珍しく見ていたような気
がしたので」
「ああ……。前田さん」
「確かに、あまり外から人は来ませんからね」
「……なるほど?」
 そんな可もなく不可もない返答だけを寄越すと「いやはや、お邪魔でした。では」とだぼ
だぼの帽子を軽く持ち上げて挨拶とし、またゆらゆらと立ち去って行ってしまう。

「──どうぞ。分かっておられるかと思いますが、墓前での失礼がなきように」
「はい~。どうもお手数を掛けます」
 倉持は手にした鍵束から一本を取り出し、柵と塀で閉ざされた村の墓地への道を開いた。
 そんな彼のすぐ横を、心持ちそそくさと通り過ぎて入っていくのは、先日からこの村に滞
在している銀乃市という男だ。
 先刻、ふらりと家にやって来て雑談をし始めたかと思うと、不意に村の墓地を見せてくれ
ませんかと訊ねてきた。
 倉持は最初こそ怪訝いっぱいにこの男を見返したが、
『この地の温泉に厄介になっているのですから、この地のご先祖方にも挨拶をするのが礼儀
かなと思いまして』
 次にそう彼に言われてしまうと、表立って断れなかった。
 確かに自分はこの村の庄屋だ。墓地などの主だった場所の鍵は一通り管理している。
 しかし……この男は何処でその話を聞いたのだろう? 彼が村を去った後、それとなく探
りを入れておいた方がいいかもしれない。
「……」
 暫くの間、倉持はこの旅人にくっついていく格好で墓地の中をうろつく事になった。
 自分達の住む村のものとはいえ、正直言って昼間でもここには来たくない。日が差してこ
そあれ、静かに並び建っている墓標は奥まった高台の斜面──年代の古いものであるほど無
言の視線を向けてくるような気味の悪さがある。
 なのにこの男は余所者にも関わらず、律儀にも一基一基に跪き、じっと手を合わせている
のである。
(……ん?)
 いや、違う。この男……墓をじっと見ている?
 思わず顔が不快感で歪んだ。
 何のつもりだ? 一体何が目的で私に門を開けさせた?
「……そういえば」
 だが倉持が実際に排除に出るよりも早く、銀乃市がふいっと肩越しにこちらに顔を遣って
来たかと思うと訊ねてきたのである。
「耳に挟んだんですが、この村には土地神様がおられるそうで。確か、ヤマガミさま」
「……。ええ」
「何でも随分気性が荒いお方らしいですねぇ。温泉も、もしかしたらそんな関係が」
 今度こそ、倉持は不快の表情を彼に見せ付けていた。
 来客だが何だが知らないが、馴れ馴れしい。お前にヤマガミさまを語る資格など──。
「あ、いや……。そう怖い顔をなさらないでくださいよ。私も仕事柄あちこちに行っていま
してね? その影響というか何というか、気付けば訪れた土地の民族風俗を調べるというの
がある種のライフワークのようになっているんですよ」
 なのに、銀乃市は全くと言っていいほど動じている様子はなかった。
 声色こそ少し遠慮めにはなった。しかしへらへらとした微笑は変わらず、頼みもしていな
いのにそう自身の趣味嗜好的なものを告白しては、ポリポリと帽子越しに頭を掻いている。
「……そうですか」
 何とも責めにくく、つい引っ込めてしまう不快の表情(かお)。
 だが倉持に貼り付いていた感情は、間違いなく暗く燃えるようなそれであった。
「っと……。流石にお喋りが過ぎましたねぇ」
 そんな彼の内心を知ってか知らずか。
「どうもありがとうございました。では、そろそろ行きましょうか?」
 対する銀乃市は、やはり笑いを貼り付けたままおもむろに立ち上がると、そう言う。

 陽が頂点に差し掛かる頃、銀乃市は村の奥にある神社にいた。
 森の木々の中に埋もれるように佇む、小さくも古き良き風情ある境内。
「どうも。銀乃市さん」
 長い石段を上り終えた彼を迎えたのは、予め連絡を受けていたこの神社の若き青年宮司・
下谷であった。
「──お探しの物は、こちらになりますね」
 社務所に案内された銀乃市は、下谷が部屋の奥から持ってきた古びた綴じ本らをへらへら
と恐縮しつつ受け取り、一冊一冊丁寧に目を通し始める。
 これで三度目になろうか。
 彼がこの神社を訪れている目的は、この地で祀られているというある土地神について調べ
てみたいという好奇心からである。
「生贄と引き換えに安寧をもたらす……ねぇ」
 何より印象的だったのは、その気性の荒さとでもいうべき記述だ。
 通称・ヤマガミさまと呼ばれるこの神は、村に暮らす者の中から巫女を通じて生贄とすべ
き者を指定する。そして村人達は祭壇──といっても、境内の一角にある小屋だが──へと
その者を捧げることでヤマガミさまの機嫌を取り、一時の安寧を約束されるのだという。
 銀乃市はゆっくりと、しかし着実に資料を読み込んでいった。
 生贄にまつわる伝承自体はそう稀有なものではない。だがその多くは時代が下るにつれ、
廃止に向かうのが常である。何より現在(いま)は経済成長著しいご時世だ。街の人間から
すれば、こんな風習がまだ残っているなど噴飯物だろうなと思う。
 ……そう。今も残っているのである。
「記録を当たる限り、随分最近まで生贄が捧げられていたようですね」
「ええ、最後は五年前に。短いと一年おきの時もあったようですが、多くは数年に一度ほど
のペースでお告げがあったようです。……僕が宮司になってからはまだ──」
「当たり前じゃ!」
 そんな時だった。
 突然、社務所の引き戸を乱暴に開け放ち、二人に怒声をぶつけてくる者が現れた。
 細めのまま銀乃市が、困ったように眉を顰めて下谷が、それぞれ机の上に広げていた資料
から顔を上げる。
「お前はヤマガミさまの声を聞けぬ! お前はヤマガミさまに認められておらんのじゃ! 
そうして容易く余所者を招き入れておる体たらくだからの!」
 それは一人の老婆だった。
 杖をつき、やつれてこそいるが、どうやら虫の居所が悪いらしく開口一番、彼女は下谷に
向かってそう攻撃的な声色をぶつけてくる。しかし当の下谷はもう慣れているのか悟ってさ
えいるのか、苦笑するだけで目に見えて落ち込むような様子はない。
「……駄目じゃないですか、お義母さん。ちゃんと寝ていなくちゃ」
 老婆は、下谷の義母だった。
 彼曰く元々は彼女がこの神社の宮司──ヤマガミさまよりお告げを受ける巫女を務めてい
たらしい。しかし五年前、病に倒れてからはその職務を婿である下谷に譲ったのだと。
「ふん。そうやって儂を追い出すつもりじゃろう? 分かっておるぞ。佐弥子だけでは飽き
足らず儂をも腫れ物扱いするか!」
「お義母さんッ!」
 しかし譲った、というのは形だけのことで、実際はまだ彼女自身は巫女であることを自身
の存在意義のように思っているらしかった。
 再び暴言が飛ぶ。
 すると流石に下谷も腹に据えかねたのか、キッと強い口調で咎めに入る。
「誰か来てくれ。またお義母さ──御婆さまが起き出してしまったよ」
 それでも元々の性格が優しい所為もあり、彼はそれ以上の怒りを表すことはなかった。
 フッと、何処か哀しげに表情を戻し社務所の外に声を掛けると、バイトと思しき若い巫女
さんが三人ほど、ぱたぱたとこちらに駆け寄ってくる。
「すまないね」
「いえ……。私達も心配な気持ちは一緒です」「行きましょう、御婆さま」
「ぬぅ、離せっ! お前達、この儂を怒らせればどうなるか──」
 女性相手とはいえ、もう老婆である。
 巫女らに両脇を固められた下谷婆はそのままズルズルと社務所の外、境内奥にある下谷家
の住居へと引っ張られていった。
 じっと、銀乃市がその一部始終を眺めていた。下谷がそっと振り向き苦笑する。
「……すみません。お見苦しい所を見せてしまいまして」
「いえいえ。私は独り身ですが、中々どうして辛いものですな」
 言って銀乃市が、それまで手にしていた綴じ本をぱたむと閉じた。
 もう宜しいのですか? 下谷が机の方に戻ってきながら問うと、
「ええ。──ご協力、ありがとうございます」
 彼はだぼだぼ帽子をついと摘み、そう例の笑みで答える。


 それは神社を訪ねてから三日目の夜のことだった。
 日はとうに落ち、ネオンなどある筈もない村はひっそりと静まり返っている。
『……』
 そんな夜闇の中を、息を殺して進む一団があった。
 人気の失せた村の片隅を沿うように進み、着いた先は──村の民宿。そして彼らは真正面
からその戸を何の障害もなく開けると、より一層の忍び足で二階へと上っていく。
 向かった先は、銀乃市が泊まっている部屋だった。
 月夜が僅かに差す。彼らが各々に、棍棒や鉈で武装しているのが分かる。
 一旦扉の前で左右に分かれ、残った数人が面々の頷きと共に扉を──懐から取り出した鍵
で開ける。
 部屋の片隅で、こんもりと布団が膨らんでいた。
 そろりそろりと彼らは周りを取り囲み、頷き合う。
 そして次の瞬間、一斉に、その得物を大きく振り上げて──。
『……ッ!?』
 いなかった。ざっくりと突き立てた布団の中には、毛布が詰め込まれカモフラージュされ
ていたのだ。
 彼らは慌てる。きょろきょろと辺りを見渡す。
 あの男──銀乃市は何処だ?
「おい! あそこ!」
 すると彼らの内の一人がようやく異変に気付いた。
 見れば、閉ざしてあるとばかり思っていた窓が、心持ち開いて隙間風が入って来ている。
 彼らは慌てて駆け寄った。するとそこには、布団カバーを結び合わせて作ったロープが下
がっているではないか。更にそこから地面、外を見遣ってみれば、遠くに銀乃市と思しき人
影が森の方へと駆けているのが見える。
「くそっ、逃げやがった!」
「追え! 絶対に逃がすな!」
 雲間から覗く月明かりが照らすのは、棍棒や鉈で武装した、種々の獣の仮面を被った怪し
げな一団。
 彼らは殺気立った声色を放つと、次々に慌しく部屋を飛び出していく。

 銀乃市が逃げついた先は、あの神社だった。
 境内で背を向けたまま、彼は一人夜闇の中に立っている。そこへようやく仮面の一団が石
段を上って追いついてくる。
「……」
 ゆっくりと、銀乃市が肩越しに、次いで踵を返して振り向いた。
 仮面の一団が得物を握り締め、じりじりっと間合いを詰める。この旅人を逃がさぬよう、
少しずつ左右に広がりながら包囲しようとする。
「……もう、辞めませんか?」
 だが銀乃市がそう深いため息の後に呟いた瞬間、状況は一変する。
 境内一帯を突如として、眩い光が包んだのだ。
 いや……正確には、無数に焚かれた人工の照明。加えて同時に、それまで隠れていたのか
物陰から出て来た人影らが一斉に仮面の一団を取り押さえに掛かる。
 彼らは目くらましもあってろくに抵抗できなかった。
 飛び出してきた一団──制服姿からしてまごうことなき警察官らに確保され、仮面の一団
は次々にその化けの皮を剥がされる。
「ぐっ……。は、離せっ!」
「や、ヤマガミさまのご意思に逆らえば──」
「いませんよ。そんな方は」
 その正体は他ならぬ村人達だった。
 変装を剥がされ、それぞれに石畳の上に転がっている彼ら。
 そんな面々の叫びをぴしゃりと阻んだのは、同じく銀乃市らの側から進み出てきた下谷。
「修二……」
「お前、まさか……!」
「半分は正解ですよ。ここまでやってくれとは最初頼んでいませんでしたから」
 村人達は驚きと、それ以上の憤りを露わにしていた。
 しかし下谷宮司の表情は変化がない。いや、務めて冷淡であろうとしているのか。
「ぐぅ……離せ! 離さんかぁ!」
 そうしていると、今度は若手の刑事数人に羽交い絞めにされた下谷婆が姿を見せた。
 相変わらずの気の強さである。しかし村人達には、この彼女が捕らわれた事実こそが決定
打となったようで、一様にぐたりと力尽きて抵抗を止めていく。
「……さてと」
 警官と照明が村人達を囲む中、銀乃市はゆっくりと口を開いた。だぼだぼの帽子は目深に
被せられており、詳しい表情は夜闇も相まって隠れ気味である。
「もう言わずともご理解されているでしょうが、まぁこれも仕事の内なので」
 ニッと、口元に弧が描かれた。
 まるで絶望したかのような村人達。彼はそんな面々を前に、帽子をついっと持ち上げて瞳
をしっかりと向けると、ゆっくりと指を差して言う。
「犯人は──貴方がたこの村の全員。間違いありませんね?」
 村人達は、下谷婆は、じっと黙り込んでいた。
 しかし状況的にも、その態度は事実上の肯定に他ならない。
「……ヤマガミさまという土地神は、存在しない。これは今回の依頼主である下谷さんから
提供された神社の資料からも読み取れます。少なくとも、五十年前までは」
 銀乃市の声色は、それまでとは明らかに異質なものになっていた。
 へらへらとした気だるさではなく、可能な限り迂遠に断罪──もしない、ただ淡々と判明
した事実を披露する声。彼は隣の下谷を一瞥すると、少しばかり間を置いて続ける。
「要するに、暴力を併せた“陶片追放”な訳です。貴方がたはヤマガミさまという架空の土
地神を作り出し、その怒りを鎮めるという名目で生贄を捧げた。……村にとって、邪魔者と
判断された者を」
「妻が亡くなってからずっと、僕は調べていたんです。何故五年前のあの日、佐弥子は死な
なければならなかったのか……? 理由は、すぐ近くにありました。僕を……生贄にしよう
としていたからなんですね」
 倉持以下村人らは、あからさまに視線を逸らし押し黙っていた。
 それまで暴れていた下谷婆も、はたと表情(かお)を引き攣らせると涙を流し始める。
 目は口ほどにものを言う。──事実は、白日の下に晒される。
「彼女は身代りになったのでしょう? 貴方がたは最初、下谷さんを生贄に仕立て上げるつ
もりだった。それまでの通り、こっそり村人らの秘密投票という形でこの社に意見が集約さ
れ、一応の手続きを踏んで下谷さんに決定とした。だが……不幸にも奥さんがそれを知って
しまった。そして悩んだ末に彼女は、夫に事実を告げることもなく、代わりに呼び出し場所
へと赴き──夜闇に紛れて殺されたのです。神への生贄を捧げるという美名に乗じた、貴方
達の狂気の餌食となった」
『……』
「正直、ショックでしたよ。確かに僕は元は余所者です。婿養子としてこの村に来た訳です
から。でも、分かり合えると思っていた。佐弥子と同じように、分かり合えるって……」
 下谷の感情が少しずつ漏れ出し始めていた。
 悔しさ、妻への申し訳なさ、拭い切れない彼らへの怒り。
 それらを必死に堰き止めようとしているのが銀乃市らからも確かに見て取れる。
 ……なのに村人達は、彼に顔を合わせようとしない。ちゃんと思いを告げても尚、彼らに
は端っから“余所者”を受け入れる気などなかったのだ。
「最初、人伝に依頼を受けた時は耳を疑いましたよ。まさか今の時代に生贄の風習が残って
いる場所がこの国にあるなんて。しかもそれが、意図的に人を殺める口実に使われているか
もしれないなんて……」
 銀乃市の細目が、そっと開かれ尚も黙秘を続ける村人達を見ていた。
 直接には責めていない。だが、その瞳の奥には間違いなく怒りがある。真実を暴く探偵と
して、善を尊び悪を憎む心は誰よりも強い。
「……目黒さん、もういいですよ。連れて行ってください」
「ええ。分かりました」
 そうしてどれだけ彼らを見下ろしていただろう。
 やがて銀乃市は、刑事らを率いていた大柄の男──旧知の仲である本庁の刑事・目黒に合
図して村人達を連行させた。
 一人一人に掛けられた手錠。
 その冷たさ、重みを、彼らはどれだけ認識してくれるのだろう?
「……。何とも後味の悪い事件でしたね」
「そうですねぇ……自分も流石に驚いてますよ。下谷さんが必死に集めてくれた証拠がなけ
れば、もっとこの村で多くの犠牲者が出ていたかもしれないですし」
「おそらくは。実際、私もその一人になりかけたようですからね。まぁ、始めから現行犯で
しょっ引くつもりでああ振舞っていた訳ですが」
 村人達がごっそりといなくなり、焚かれていた照明が一つまた一つと落とされていく。
 目黒の言葉に、銀乃市はこれとないほど賛同の弁を漏らしていた。
 人の思いとは時に残酷である。結び合う者もいれば、一方で決して交わらないが如く凝り
固まった者達も少なくない。この村も、きっとそんな閉じたセカイであったのだろう。
「……下谷さん」
「はい」
「本当に、これでよかったんですか? 今回の件が明るみに出ることで少なくともこの村は
元通りにはならないでしょうし、貴方も多くを失うことになる」
 ゆっくりと踵を返して、銀乃市は尚もずっと石畳の上で立ち尽くしていた下谷に問うた。
 夜闇をそっと照らす月明かり。沈黙する──もしかしたら本物の神々が潜んでいるかもし
れない深い山々。あちこちで赤が剥げ、朽ちかけた鳥居。
 そんな風景を背後にして、下谷は哀しげに微笑(わら)う。
「……いいんです。あのまま憎まれ役を作り続ける村であったなら、どのみち長くはもたな
かったでしょう。それに、佐弥子は僕の中で生きています。全てがなくなった訳じゃない。
僕が忘れさえしなければ……彼女は消えません」
「……。そうですか」
 ありがとうございました。
 下谷は深く深く頭を下げて、この探偵と刑事のコンビに礼を述べた。
 銀乃市と目黒は静かに微笑む。彼がそう言ってくれるのであれば、自分達にもまだ救いは
あるのだろうか。
「行きましょうか。あまり夜風に当たり過ぎると、身体に障ります」
 やがて目黒がポンと、軽く下谷の肩を叩いて促した。
 感触が酷くか弱い。
 元々痩身な彼ではあったが、間違いなく精神的な辛さも反映されている筈だろうと思う。
(……これにて一件落着、ですかね)
 冷たい夜風が淡々と吹き抜ける。
 トレードマークのだぼだぼ帽子を目深に被り直して、銀乃市は彼らと共にそっと、この閉
じた村(セカイ)を後にしてゆくだった。 
                                      (了)

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  1. 2013/03/25(月) 18:00:00|
  2. 週刊三題
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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