日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「終わる日々に」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:動物、死神、残念】


 その日、足を運んで最初に驚いたのは、彼が自分のことを認識していることだった。
「どちらさんかな? こんなボロ屋に来るとは珍しい」
「……。俺が、見えるのか?」
「見えはせんよ。目はとうに弱くなっておるからのぅ。じゃが代わりに目に頼らなくなった
分か、他の感覚が鋭くなっておいるやもしれん」
 年季の入った田舎の一軒屋、その縁側で今回の任務対象(ターゲット)である老人が静か
に座っていた。
 彼はいつものようにそっと顕界し、この老人の最期を待つつもりだったのだ。
 なのに、老人は庭に入ってきた彼に呆気なく気付き、そしてこれといった警戒心も示さず
穏やかな声を掛けてくる。
「お前さんはどちらさんかの? ご近所さん方の“感じ”は大体把握しとるつもりじゃが、
お前さんのはどうにも覚えがなくてのぅ。薄いというか、何というか……」
 彼は眉を顰めて少し黙っていた。
 本人が語っている通り、おそらく半ば無意識に“心の眼”を鍛えてきたのだろう。
 ……自分達を、本来こちら側の人間が視ることは不可能な筈だから。
「俺は、死神さ」
 だから隠し通すのを諦め、彼──死神は答えた。
 真っ黒な着流しに身を包み、左袖には死神の身分を示す腕章、手には鈍色の刃を持つ大鎌
を握っている。
「……ほう? という事はいよいよ私にもお迎えが来たのかい」
 何かしら狼狽し、拒絶するかと思った。それが自分達の受ける役回りだと思っていた。
 なのに老人は、色を失った瞳で彼を眺めて数度目を瞬くと、のんべりとした声色でそう何
処か微笑(わら)っているようにも見えた。
「あっという間の人生だったねぇ。できればサクッと一思いに頼むよ」
「……あんたは勘違いをしているようだな。まぁ無理もないが。俺達死神の仕事は、あくま
で死んだ魂を冥界まで誘うことだ。直接殺すことじゃない」
「そう……なのかい?」
「ああ。あんたの言うような死神像は、人間(おまえ)達が勝手に作り上げたイメージだ。
死神個々人はそこまで大きな権限はないよ。言わば俺達は冥界(あっち)での役人のような
ものだからな」
 別に義務はなかったのに、死神は何故か老人に説明してしまっていた。
 かねてより死神というだけで殺人鬼を見るような眼をされるのが心苦しかったのかもしれ
ない。だがそんな私情はなるべく──死神の基本として抑えながら、淡々と語り聞かせる。
「ほほ、そうか。そりゃあすまなんだね。……じゃあお前さんは、私が死ぬのを待ちに来た
ということか」
「……そういうことになる」
 身体は老いですっかり衰えていても、頭の方は存外しっかりしているようだ。
 死神は別の意味で眉を顰めると、首肯していた。
「……。あと、どれくらいなんだい?」
 だから、たっぷりと間を置いて次に問うてきた老人の言葉は静かで重くて。
「……あと三、四日ほどだろう」
 死神は目を細め、もう一度揺らぐ鈍色の視界の中でこの老人の余命を精査する。
「あんたらの云う死とは、肉体と魂及び精神の繋がりが切れてしまった状態を指す。こうし
て視ているに、あんたのそれは大分剥離が進んでいる。……長くはない」
 老人は暫く黙ったまま、庭越しに夕暮れの空を見ていた。
 いや……厳密にはもう目は殆ど利いていないのだから、感じ取ろうとしていた、か。
 見れば、その膝の上には一匹の三毛猫が薄らとした目で丸まっている。
「四日、か」
「……随分と落ち着いているじゃないか。もっと喚かないのか? 俺の所為だとか何とか、
恨み節の一つでもぶつけるのが人間ではないのか?」
「ははは。まぁ正直恐ろしくないと言えば嘘になろうなぁ。じゃが──」
 一見すると、あまりに落ち着いているように思えた。
 これまでの任務経験から、人間とは最も生に執着して喚く動物だと死神は認識していた。
なのにこの老人は、もう抗う気力もないのか、この飼い猫の優しく撫でてやりながら笑って
さえいる。
「生き死にを弄ろう、そこまでして生きようなんて、高慢じゃろうに」

 毎日来てくれているというヘルパーさんに介助をして貰いつつ、その翌日もゆっくりと時
間は過ぎていった。
 老人曰く、目や足腰は不自由になったものの、今や感覚全体で周りの障害物も分かるし、
日常の動線にもさほど支障はないのだという。
 死神は内心、感心していた。
 生に執着することを止めている節度。しかし一個の生命として不足を補い進化し続けんと
する身体の機能というもの。人間とは不思議なものだとつくづく思う。哲学……を得た者は
ブレない。そして真に賢者であるものはその揺らぎなさを殊更に誇ることを戒める。
「──そうやっている内に、次の出撃前に終戦になったんじゃよ」
 最初出会った時と同じように、老人は縁側に腰掛け語っていた。三毛猫は彼の膝の上には
おらず、今日はまだ昼下がりの陽に当たりたいらしく傍で丸くなって眠っている。
 引き戸の枠に背を預け、死神はじっと彼の話を聞いていた。
 よくある、老人の(往々にしてしつこく繰り返される)身の上話である。
 面倒な人間に“見つかって”しまったなと思った。
 第六感が鋭い人間はいる。そんな者らも多くは自分達ような存在を見てみぬふりをし、無
関係を装う場合が多い。実際、それは「正しい」判断と思う。
 なのに……この老人はむしろ逆をいく。
 死神が直接人を殺す訳ではないと知って警戒を解いたのかもしれないが、どのみち他人の
死を持ち帰る仕事をしている身としては、あまりこういう繋がりは作りたくない。
 ……自分も何人か、情の移ったターゲットを延命させて処罰された同胞を知っている。
「それで今は、一週間に一度ほど様子を身にきてくれるようになっておる。私は構わんよと
言っておるのじゃが、私が独り暮らしをしておるのを負い目に感じておるのかもしれんな」
「……」
 身の上話は続き、今に至る段階に移っていた。
 終戦後、妻の待つ故郷へ戻って子を設け、彼らの独立を見送ってきた。
 そうして二人三脚をしてきた妻もやがて亡くなり、子らの多くも街に行ったきり中々会え
なくなってしまったが、長男一家だけは近郊に移り住んでこまめに様子を見に来てくれてい
るのだと。
「おかしなものじゃろう? 年寄りがもう構うな一人でいいと言い、若いもんがいや放って
おけないと言う。まぁ多分あれじゃのう。こ、こど……」
「孤独死か?」
「そう、それじゃ。そうなられるのが辛いんだそうじゃ。……死ぬのは誰だって一人なのに
のう。生まれる時だって一人じゃ。妙な欲とは思わんか?」
「……さてな。人間の価値観など時代の変化でどうにでもなる」
 背に預ける力を込め、死神は素っ気ない態度に努めた。
 どちらが正しいのだろう?
 死にゆく者は、静かに表舞台から去り隠居すべきなのか。それとも、その最期の瞬間まで
他人達(ひとびと)の輪の中で生き抜くべきなのか。
 だが少なくとも……自分がそこに回答を示せば、しくじった同胞らの二の舞になる。
「……何故俺にそんなことを話す? 俺はあんたが死ぬのを待ちに来たのに」
「何でかのぅ。ただ聞いて欲しかったのかもしれんな……」
「それこそ家族や友にすればいいではないか。……随分と臨機応変な“独り暮らし”だ」
「ふっ、ははは。こりゃあ一本取られたわい」
 言って老人は笑っていた。死神は淡々とそんな横顔を見下ろしていた。
 すれ違っているような。
 人間社会の仕組みが故であるのものの、死が世者にとって「面倒」であることに変わりは
ない。遺された者は哀しみよりもその事後処理を急かされ、偲ぶ気持ちよりも迷惑を被った
恨み辛みが先んじる。それを知っているからこそ、逝く者は関わり合いを減らそうとする。
 そんなことをやったとしても、事の本質が変わる訳でもないのに。
「……もう一度訊ねるが。本当にこのままでいいのか?」
「? 何のことじゃ?」
「このまま、ただ淡々と最期の時を待っていていいのかと訊いている。本当に思い残した事
はないのか? 未練は死後の魂を鈍重にする。下手をすればそのまま悪霊へと変じる。そう
いう危険性を掃っておくのも、俺達の仕事なんでね」
 目を瞬き、老人は暫し考えているようだった。頭の中の引き出しをもう一度洗い直し、何
処かに忘れてきた思いはないかと検めている。
「……そうじゃの。強いて言えば」
 すると、やがて老人は。
「私がいなくなった後、この仔が独りぼっちになってしまうこと……かのぅ。息子達なりご
近所さんなりが引き取ってくれればいいんじゃが」
 そっと、自分の傍らで丸まったままの三毛猫の体を撫でてやりながらそう答えた。

 三日目の朝。老人の家を訪ねてきたのは、彼の息子一家だった。
 老人は少なからず怪訝の表情を浮かべていた。
 今日は──いや、もう次の機会はなく──息子嫁が様子を見に来る日ではなかったのに。
「その、さ……。昨夜みたんだよ。父さんが倒れて死ぬって夢を」
「偶然だと思いたかったんですけど、私も全く同じ夢をみていたんです。だからどうしても
不安になっちゃって……。すみません、急に押しかけてしまって」
「……はは。なぁに構わんよ。こっちこそすまなかったのう。伸一、お前仕事は」
「休んだ。会社に連絡しといたよ。僕のことは心配しないで自分のことを心配してくれ」
 曰く、息子とその妻が同じ夢──(義)父の不幸をみたのだという。
 まぁとにかく上がりなさい。老人は驚きながらも、ややあって微笑みを寄越すとそう彼ら
を家に迎え入れた。二人と、彼らの幼い息子・娘がとてとてと続いてくる。
「……」
 廊下を行く途中、老人は静かに壁際に寄り掛っていた死神を見た。
 言葉は交わしていない。だが彼がその視線ついと目を逸らしたことで、老人は確信する。
 もしかしたら──彼が自分の為に息子達の夢枕に立ってくれたのではないか、と。
「じ~じ」
「にゃ~にゃ~」
 和室な居間で、祖父と孫と息子夫妻の五人、それと三毛猫と死神の計七人が一堂に会して
いた。幼い子供達はこの日両親に連れられた意味を分かる筈もなく、久しぶりの祖父にあど
けない笑顔をみせる。普段は物静かな三毛猫も、この子達にとってはよい遊び相手だ。
「本当、貴方達ってばコロちゃんが好きねえ」
「うんっ!」「もふもふ~」
 それは昼食時にも続いていた。
 妻が手料理を振る舞い、居間に配膳している最中、子供達がこの猫を揉みくちゃにして可
愛がっているのを見て、彼女は微笑ましく笑って声を掛けている。
「……何なら、お前さん達が飼うかい? 私の後は独りぼっちになってしまうからねぇ」
『えっ』
 息子と妻の顔が思わず青褪めていた。
 要らぬことを言ってしまったか? だが老人(ちち)の表情(かお)は穏やかだった。
「え、いいの?」「コロが家族になるのー?」
「ああ。今までもこれからも、家族さ。たっぷり可愛がってあげるんだよ?」
『はーい!』
 子供達が三毛猫のコロを抱きしめている。老人はそんな孫達を優しく撫でている。
 優しい時間が……過ぎていく。

 その、翌日だった。
 一晩が明け義父を起こしに部屋を訪れた嫁が、布団の中で冷たく動かなくなっている彼を
発見したのだ。
 すぐに救急車が呼ばれた。医師らが懸命に処置を続けた。
「──最善は尽くしましたが」
「ご臨終です」
 呼ばれて入ったベッドの周りで妻は泣き崩れた。息子も声には出さなかったが、眼鏡の下
の目頭が猛烈に熱くなり、何度もハンカチで拭っていた。
 孫達はよく分かっていなかった。ただ一緒に布団に連れ込んでいたコロを抱えて、この場
の尋常ではない雰囲気に言葉を失う。
 自分達は、父の最期を看取れたのだろうか? もっと何かしてやれなかったのか?
 だがもう時既に遅しだった。せめてもの救いは、彼の白い顔がとても穏やかだったという
点だった。
「……もしかしたら、父さんも気付いていたのかもしれないな」
「そう……ね。いつも傍に置いていたコロちゃんを、子供達に託すなんて言ってたし……」
 震える肩を取り、息子は妻をそっと慰めていた。
 じっと、子供達は小首を傾げて祖父の亡骸を見ていた。コロが、一度だけにゃーおとまる
で別れの挨拶するかのように彼に鳴いていた。
『──結構呆気ないものだの。自分が死ぬというのは』
『それはそうさ。死は生への準備であり、生は死への猶予でしかない。そうして生けるもの
らは魂を循環させていく』
 担架ベッドに載せられ運ばれていく自分の身体を、老人は奇妙な感触で眺めていた。
 その隣には死神が、同じく真っ黒な和装束と大鎌を携えて立っている。
『やはり、お前さんが気を利かせてくれたんだろう? コロや息子達のこと』
『……悪霊になられたら困るからな。職権の内だ』
 担架の車輪がガラガラと明け方の病棟内を滑っていく。周りには医師と、最期の最期まで
愛した家族達の姿がある。死神からの返答は相変わらず素っ気ないものだったが、老人の胸
奥はとても温かく、穏やかなものに思えた。
『ありがとう。もう……思い残すことはない』
 物質世界の背景に、老人はぼんやりとした輪郭と半透明の姿で透けていた。
 それは死神とて同じ。二人は肉体という器を持たず、ただ魂と、かつて肉体を繋いでいた
精神という名の緩衝材的なガスだけの存在と為っている。
『……では行くか。あまり長居をしているとお前の精神が干乾びる。“審判”に支障はない
とはいえ、俺も心を失った死人を相手にするのは趣味じゃないんでね』
 そっと踵を返す彼に、老人はほほと笑った。
 やはりお前さんはいい人だよ、そう背中に投げてやると、人じゃない死神だと彼は振り返
りもせず言い返してくる。

 死んだ(からっぽの)身体が運ばれていく。それを遺された者達が偲んでくれる。
 老人は一度だけ、一度だけそんな生きていた頃の自分を振り返ると、やがて死神と共にそ
の場から霧にむけるように姿を消した。
                                      (了)

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  1. 2013/02/18(月) 18:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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