日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「ある智者の末路」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:本、残骸、燃える】


 その日、閑静な住宅街の一角が燃えていた。
 三階建てのモダンな一軒家。さぞ裕福な暮らしをしていただろうと思われるその家屋は、
今まさに紅蓮の炎に包まれて次々と焼け落ちようとしている。
 夜闇の中に紅がまざまざと映えていた。
 近隣住民らは野次馬根性もあり、少なからぬ者達が自宅の窓からや道路に出てその火災の
一部始終を見つめていた。
 ざわめく現場。やがて駆けつける消防隊。
 消火作業が始まる一方で、隊員らは近隣住民らの話からこの家に住む壮年夫妻を知り、彼
らを助けるべく火の海へ身を投じていく。
「おい、あそこ!」
「先生だ!」
「よかった……。助かったんだな」
 暫くして、隊員らに支えられながら一人の男性が奇跡的に救い出された。
 騒ぎを見ていた近隣住民らが少なからず安堵する。男性は近所でも有名な知識人だった。
「大丈夫ですか!? 意識をしっかり!」
 不幸中の幸いか、男性に目立った怪我はなかった。
 火に煽られ、紺色のスーツや肌のあちこちが黒くなっていたものの、隊員らからの呼び掛
けには弱々しく応えている。
 それでも、隊員達は妙だなと思い始めた。
 ぐったりと灰色の道路にへたり込み、ぼうっと燃え盛る我が家を眺めている彼。
「──は、──たよ……」
 すると改めて呼び掛けてみた隊員の声に、男性は泣き腫らした顔のまま、まるで歯車が壊
れたかのような歪な哂いを浮かべて振り返る。


 幼い頃、彼は小柄で身体もそう丈夫な方ではなかった。
 発育は遅く、周りの育ち盛りの子供達に比べても明らかに見劣りする風体。
 故に、無邪気さが孕む残酷さで、彼は苛めを受けるようになった。
 チビ──根暗──ばい菌──。言葉の棘だけならまだ心の外壁で弾いていればしのげた。
だが学年が上がり周りの体格が大きくなるにつれ、そこに暴力が加わるようになった。
 勝てる訳がない。
 何度か抵抗しようとしたが、その素振りをみせる度に彼はより酷く殴られ蹴られた。
 直接苛めに関与しなかった子供達もいたが、彼らは彼らで見てみぬふりという間接的な痛
みを与え続けた。
 だから彼は、身につけざるを得なかった。
 それは「知恵」である。彼は体格こそ劣っていたが、学ぶことに関しては人一倍意欲的で
秀でていた。
 彼は可能な限り同級生らと顔を合わせないようにした。
 代わりに足しげく通ったのは、校舎内の図書館。そこで彼は大量の蔵書を読み漁った。
 知識が増えるという悦びがあった。
 だがそれは、もしかしなくても、今ここにある痛みを慰め、苛めという現実から逃げる為
の行動でもあったのだろう。
 それでも、一見して状況は好転の兆しをみせた。
 黙々と勉強に励み我がままを言わない彼を、教師や親は「真面目なよい子」と評するよう
になった。故に苛めによって目に見えるような怪我を見つけると、担任らはクラス会を開い
て“喧嘩”を止めるように言った。彼は「よく出来る子」なのだから皆も彼を見習うように
と教え子達に言いつけた。
 分かりました、先生。
 子供達は担任の忠告にそう元気いっぱいに返事をした。
 故に暴力は、より陰湿で目立たないものへと変貌していった。

 小学校を上がり、中高生になった彼への苛めは少しずつ減っていった。
 だがそれは周囲の者達が理知的になったからではないと彼は確信していた。暴力を振るう
ことで、この頃の年齢になったことで、いざバレてしまった時のリスクが彼らに損得の算盤
を弾かせていたからだった。
 相変わらず、苛めは続いた。
 物理的な暴力ではなく、精神的な暴力が陰湿に執拗に続いた。
 その卑怯さに比例するように、彼の勉学への勤勉さ・本の虫度合い──ある種の脅迫的な
逃避行動は加速度的に増していった。
 学校が変わっても多くは地元民である。悪しき者は絶えなかった。
 環境が変わっても人は醜い存在である。彼はひたすら耐え続けた。
 それでも、時の流れは子供を変える。
 少しずつ自身のセカイが広がることで、彼らはこの時期特有の万能感を持て余すようにな
っていった。
 部活に色欲、或いはちょっと悪いことがカッコイイと感じる幼さと成長の混在。
 いわゆるそんな青春の日々を謳歌するかつての同級生らを、彼は内心冷たく哂い徹底的に
見下していた。
 書物から得た知識は膨大だった。
 世界は、お前達の知る以上に広大だ。そしてその中に有象無象の醜悪が詰まっている。
 馬鹿馬鹿しかった。もっと早く、もっと沢山の事を知りたかった。
 所詮は学校という名の檻の中でしかないセカイの広さに酔いしれている彼ら。
 そんな凡骨どもに苛められてきたのかと思うと……無性に腹が立ち、馬鹿馬鹿しかった。

 彼はその後、国内でも屈指の難関大学に進んだ。
 それだけ先ずは安堵。故郷を離れ彼は単身大学のある都会へと移った。
 そこからの彼は、まさに一昔の立志出世を抱く学徒のようだった。
 多くが与えられた自由時間(モラトリアム)を謳歌する中、彼はただ黙々と更なる高みを
目指して学び続けた。
 専攻したのは、社会学。特に社会を制御する法制度に関してだった。

 “何故ヒトは、こうも理知的になれないのか?”

 それは彼にとって長年の疑問であり、積年の恨みと同義だった。
 彼は信じた。万全の制度(システム)を構築すれば、情動に走って周囲を壊す人間を排除
しつつ、より理性的な理想の社会を作り出せると信じた。
 過去・現在の文献を片っ端から読み漁る。
 時折キャンバスや街中に出て、その中で蠢く人々を一日中じっと観察する。
 全てが彼にとっての学びだった。だがその全てが、彼一人のものだった。
『──○○君。君はもっと他人(ひと)と交わるべきだと思うよ』
 なのに。なのに所属する研究室の恩師は、時折そんな言葉を彼に掛けるようになった。
 彼は表向き恭順の姿勢を示したが、ついぞそれを実践に移すことはなかった。
 自分達はヒトを分析し、よりよい社会を作る研究をしているのではないのですか? 下手
な情に流されてはいけません。そんな返答をたまに口にする。
『──制度に心を求めては、いけないというのかい?』
 だが、恩師はそんな時に限って眼鏡の奥の瞳を開かせていた。
 流石の彼も、こういう時の恩師には反論の弁を紡ぐことができなかった。議論に負ける、
というよりは彼は駄目だと、一種の諦観が彼の口を噤ませていたのだ。
 ……もう遅過ぎるんですよ、先生。
 心の何処かで紡いだ暗い悲鳴を、彼はついぞ口にすることはなかった。

 彼は四年間ののち院に入り、研究者としての道を歩み始めた。
 人付き合いは相変わらず必要最低限を除き避け続けたが、それでも学業面では非常に優秀
であった為、大学側としても下手に追い出すこともできなかった。
 下積みを経て、彼は多くの論文を著した。
 それこそまさに、破竹の勢い。
 己の奥底から湧き続ける積年の恨み(ぎもん)を理論という武装でガッシリと固め、彼は
次々に筆を執った。
 その賛否はここでは割愛する。批判論者曰く、彼の言説は“温かみ”が無いと云うのだ。
 だがそれがある意味で彼の特徴だったのかもしれない。
 徹底的な脱ヒューマニズム。データと論証に基づく論理的考察の数々。
 始めはいち講師に過ぎなかった彼は、その後助教授から教授へと確実にステップアップを
果たしていった。更に助教授昇進が決まろうとしていた折、恩師の計らいで行われた見合い
の相手と結婚も果たした。彼女は、学生時代のゼミ仲間だった。
 何故、自分が……?
 彼自身、そこまで結婚や恋愛に興味はなかったが、恩師からの気遣いを無碍にする訳にも
いかずそのまま彼女からのアプローチを受け家庭を作った。
 妻と息子の三人家族。ずっと一人だった彼に、居を共にする家族ができた。
 しかし彼は相変わらず、研究に没頭する日々を送り続けた。
 結婚も子育ても、将来の社会を回す歯車を作る営み。社会の一員として責任──。
 彼の冷淡なまでの論理的思考は、揺るぐことなく彼を自己完結させる。

 彼と妻の夫婦生活は、彼自身の人となりもあって非常に物静かなものだった。
 歳月を経て、彼は学問領域でも有名な知識人として名を馳せるようになっていた。
 それでも、幼き日々と変わらず、彼を疎む人間は存在し続けた。
 『偉ぶって見下すような奴』或いは『感情のないヒトモドキ』などなど。
 だが彼当人は全くというほど意に介すことはなかった。
 罵られることは、もう慣れている。
 そこに鋭敏になるような心など、とうの昔に磨り減り削ぎ落ちている。
 彼にとって他人(ひと)とはデータだった。世界を究明し、よりよい世界を思索する為の
材料でしかなかった。
 ……なのに、なのに妻は違った。
 彼自身の人付き合いの悪さもあってのことなのだろう。彼女はよく彼に尽くした。子育て
やご近所、或いは大学関係者との付き合い。それらを長年に渡りサポートしてきたのだ。
 彼は不思議に思っていた。だが一方で支えてくれるからこそ、自分は研究に没頭できるの
だとも思っていた。
「──でね? 私もうそこで白けちゃって」
「……」
 その日も彼は、いつも通りだった。
 夜長のゆったりとした時間。彼はリビングで最近の論文に目を通しながら、いつものよう
に日々の雑事で溜まった妻の愚痴を聞き流していた。
「……ねぇ、あなた」
 心なしか妻の声のトーンが下がった気がする。
 彼は論文用紙から顔を上げ、ちらと妻を見遣った。見合いから結婚に至り、こうして連れ
添うようになって何十年経つだろう? 子供も今や独立して他の街へ出て行ってしまい、妻
の容貌はここ数年で一気に色褪せてきたような気もする。
「話、聞いてた?」
「……いや。いつもの愚痴だろう? 吐き出したければ吐いているといい。言語化する事で
ストレスは緩和される。根本的解決には程遠いがな」
「……」
 妻は明らかに気落ちしていた。
 だが彼はその変化に気付かない。いや、彼は他人の感情というものすらも長らくデータと
して見てきた人間だ。
 再び論文へと目を落とそうとする。
 すると妻はガシリと彼の袖口を掴むと、半ば叫ぶように口走っていた。
「ねぇお願い……。もっとちゃんと他人(ひと)のことを見て」
 最初、彼は言っている意味が分からなかった。
 理解に苦しむ。今更自分の思考を否定されたかのような、そして何故そんなことで今にも
泣き出しそうに表情(かお)を歪めているのか。
「……論点を整理してから喋るんだ。主語をつけろ。君の言わんとすることから推測してみ
るに私の人付き合いに苦言を呈しているように思うが、私とて教授会や飲み会などには参加
している。必要な場には、ちゃんと出席している筈なのだが?」
「そう、じゃ……。そうじゃないのよ……」
 ぐたりと、妻の握る手が離れて垂れ下がった。それまで堪えていた涙がボロボロとフロー
リングの木目へと落ちる。
「……そろそろ時間だ。風呂の用意を頼む」
 だが彼はいつも通りだった。
 リビングの壁時計を見、自身の腕時計で確認をし、彼はいつもの行動ルーチンに忠実であ
ろうとする。
「……。はい」
 妻がゆらりと立ち上がり、部屋の向こうへと消えていくのを見送った。
 結局彼女は何を言いたかったのか?
 しかし彼の抱いた小さな疑問は、この時も染み付いた論理的思考と潔癖な生活リズムの中
へと埋没していく。


 それはこの翌日に起こった。
 彼はいつものように起き、いつものように朝食を摂り、いつものように出勤した。
 そしていつものように数コマの講義と自身の研究を進めて帰宅すると、何故か家の中は灯
り一つ点いていない真っ暗闇だった。
「……帰ったぞ。出掛けたのか?」
 玄関の鍵は掛かっていた。
 怪訝に思いつつも合鍵で扉を開け、陽の落ちた外も相まって真っ暗な室内を歩く。
 買い物にでも行っているのだろうか? しかしタイムセールを狙うにしては少し時間帯が
遅いと思うのだが……。
「──ッ!?」
 そして、彼は見つけてしまった。
 自分たち夫婦の寝室、そのど真ん中で、妻が首を吊って動かなくなっている姿を。
 彼は言葉が出なかった。冷静だからではない。動揺していたからだ。
 何故? 脳裏の全く同じ疑問符がリフレインする。
 外から漏れる街灯の光だけではよく見えない。彼は一度寝室のカーテンを厚く閉めると、
壁伝いに照明のスイッチを探して押した。
「……これは」
 惚けたように時間差で点く灯り。
 彼は暫し妻の変わり果てた姿を見つめながらも、ふと傍の布団の上に置かれていた便箋を
見つけていた。
 裏返すと、それは妻の字で、他ならぬ自分に宛てたものだと分かる。
「……」
 少し戸惑ったが、封を切り、彼は一気にそこに書かれていた文言を読み解く。 
 便箋は十数枚にも及んでいた。
 多くはこれまでの夫婦生活の思い出と自死を詫びる内容だったが、書き連ねられた言葉の
中から、彼はややあって彼女がこのような行動に出た理由を知ることになる。
『私は貴方を変えることができませんでした。これを最後の説得にしようと思います』
 妻は憂いていた。
 彼の、徹底した脱ヒューマニズム。人間という存在に対する深い絶望感。
 手紙の中で、彼女はまだゼミ仲間であった頃からそんな彼の心の闇を心配し、何とか救っ
てやりたいと願っていたと告白していた。
 卒業後、見合い話に応じたのもそれが大きな理由だったという。
 見ていて痛々しいがあまり、心配するがあまり、いつしか彼への思慕と不安が引っ付いて
離れなくなってしまったのだという。
 自分が寄り添うことで、家族を知ることで、その心を蝕む痛みを取り除いてあげられるか
もしれない──。しかしそれはお節介だったのだと、偽善だったのだと、彼女は手紙の中で
語っていた。
 他人を変えたい。
 それは多かれ少なかれ、たとえ善かれと思ったとしても、押し付けがましくて。
 きっと何処かで気付いていた筈だった。だけど自分の行いが間違っていると中々認められ
なくて、今更貴方から離れようとは思えなくて、ずるずると今日まで過ごしてきたのだと。
 だから……けじめだと彼女は綴っていた。
 深い心の傷をよく知らずに、自分の善を押し付けようとし続けた、自分への罰と決別の意
を込めて。その為の別れはもうこれしかない、と。
「…………」
 彼は力なくパサッと手紙を落としていた。
 瞳に力ガ宿らない。だがそれは吊ったままの妻も同じで、じっと夜闇と人工の灯りの中で
小さく揺れ続けている。
「……は、はは」
 彼は哂った。彼女個人というよりも、自分自身とこの世界を哂った。
 ゆらりと近くに転がっていた踏み台を引き寄せ、妻だったこの女性を首吊りから降ろして
やる。身体はすっかり冷たくなっていた。生気はもう望むべくもない。
 彼はそっと彼女を敷き直した布団の上に寝かせてやると、一人とぼとぼと廊下に出る。
 辿り着いた先は、彼の書斎だった。
 キィと年季の入った音と共に扉を開く。そこには彼の数十年にも及ぶ、人生を賭けた知が
集まっていた。各種専門書から新書、小説まで。雑多で大量の書物が、天井の高い部屋を埋
め尽くす本棚にびっしりと詰め込まれている。
「──った」
 ゆらり。力が一気に何十年分も抜けたかのように弱々しい足取り。
「……無駄だった!」
 だが次の瞬間、その脱力は怒気へ、そして狂気へと変わる。
「無駄だった! 無駄だった無駄だった無駄だった無駄だった無駄だった無駄だった無駄だ
った無駄だった無駄だった無駄だった無駄だった無駄だった無駄だった! 結局は全て無駄
だった!!」
 吼えるように彼は両腕を振るった。蹴りを繰り出した。
 本棚に収められていた書物を片っ端から引っ張り出すと、打ち棄てる。書類のような薄い
ものであれば乱暴に破り捨てる。
 次々と、蒐集してきた筈の書物が壊されていった。
 何度も蹴られ、引きずり落とされ、本棚は大きな音を立て内包する書物と共に崩壊する。
 彼は暫く体力と激情が続く限り、延々と己の書斎を滅茶苦茶にし続けた。
 無駄だった。意味を成さなかった。
 どれだけ知識を集めても、どれだけそれらによって世界を再構築しようとも、人間はそこ
に入り込めないのだ。
 妻が死んだ。自ら命を絶った。
 この現実に知性(おまえら)は何と回答する? どんな解を持ち合わせる?
「ぁ、ぁああああああ!!」
 何度目とも知れぬ叫び。疲労する身体を無視してまた本棚を打ち崩す。
 そんな時だ。前屈みになっていた姿勢故、スーツの胸ポケットからある物が落ちた。
 煙草と……ライター。時折襲ってくる不可解な苛立ちに対抗する為、いつからか吸うよう
になっていた百害あって一利なしである筈の毒物。
「……」
 だが彼の思考はそこではなかった。
 はたと動きを止め、ゆっくりとライターを手に取る。

 彼は燃やした。自分もこの家も、全て消してしまおうと思った。
 幸い火をくべる紙の束ならごまんとある。
 全部灰にしてしまいたかった。
 冷たく凝り固めてきた自身の人生全てを、この時を以って終わらせようと思った。
 だが──世界(うんめい)はそれを許さない。
 やがて炎に包まれる室内に、防火服を着た男達がどかどかと入り込んで来たのだ。
 煙と熱気で意識が朦朧とする。
 だが彼は、この時“一緒に逝けなかった”ことだけははっきりと理解していた。
「大丈夫ですか!? 意識をしっかり!」
 彼は助け出された。さっきまでいた、妻が命を絶った我が家が燃えている。
 消防隊員らの呼び掛けには殆ど応える気にはなれなかった。
 実際に何と言ったかは自分でも覚えていない。ただ彼は「もう放っておいてくれ」と伝え
たかった。
 へたりと灰色の地面に座り込む。
 あれだけを燃やしたって、意味がないじゃないか。どうして最後まで、自分を知識らと共
に逝かせてくれなかったのか……。
「○○さん! ○○さん!」
 嗚呼、五月蝿い。また隊員どもが自分を呼んでいる。
 彼は黒ずんだ自身の変わり果てた姿を一瞥し、ゆっくりと彼らに振り返った。
 身体に力が入らない。あれほど塗り固めた理性(ぞうお)が今、ドロドロと自分の外壁を
伝って溶け出している心地がする。
「……だよ」
「え?」「す、すみません。もう一度言ってください」
 でも、不思議と彼は笑っていた。いや……哂っていた。
「私は……、愚者だったのだよ……」
 あまりの狂気を放つその雰囲気に、隊員や周囲の野次馬らが一様に身じろぐ。
 だが当の彼だけは、ただ一人、そんな無数の眼差しすらも破滅の甘美に換えていた。
                                      (了)

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  1. 2013/02/10(日) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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